Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

ブランド戦略研究の金字塔

2017-12-27 13:15:00 | Weblog
田中洋『ブランド戦略論』は500ページを超えようとする大著である。したがって、簡単に読み通すことはできないが、拾い読みするだけでもその価値が伝わってくる。嘘だと思う人は本屋で本書を手にとってパラパラめくってほしい。この本を一言で評するなら、ブランド戦略に関して現時点で最も包括的で、かつ挑戦的な本だということになる。

ブランド戦略論
田中洋
有斐閣


本書がどれほど包括的かは、ブランド戦略に関する話題を何か思い浮かべ、本書でどう扱われているかを調べればわかる。私の見た限り、その守備範囲はかなり広い。定番的な話題に加えて、一般によく知られていない(もちろん私も知らない)最近の話題が多数紹介されている。それらを深く知るための参考文献のリストも、かなり充実している。

その意味で、本書はブランドに関して何らかの研究を行うとき、まず当たってみるべき百科全書的な本といえる。しかし、それだけではない。本書の後半には、日本で活動する企業の事例がなんと30も掲載されている。理論より事実に興味がある実務家にとって、あるいは実務的な教育を目指す教員にとっても、本書は役に立つ情報源となる。

一方、本書が挑戦的だと私が思ったのは、最初の数章がブランドについての原理的考察に当てられていることにある。そこでは交換という概念をめぐってマルクスが参照され、沈黙交易についての文化人類学の議論が参照されるなど、著者の教養の深さが示される。先史時代から現代に至るブランドの歴史が概観される章も、純粋に読んで面白い。

本書を「著者の永年のブランド研究の集大成」と呼ぶのは、いまなお精力的に研究中の著者に対して不適切だろう。長年の研究成果を体系的な書物として残したいと願う研究者は少なくないはずだが、本書を一瞥すれば、それがそう簡単ではないことも実感できる。その意味で、本書はマーケティング研究者に1つの模範を示したといえるだろう。

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わが内なるポピュリズム

2017-12-25 17:03:03 | Weblog
ポピュリズムということばが世界的に話題になったのは、昨年の冬頃である。その背景にどのような政治的事件があったかは、いまさら説明するまでもないだろう。Google Trends を見ると、昨年の冬を除くと、このことばは一定の周期を持って話題になっていることがわかる。それはまるで、社会がバイオリズムを刻むようでもある。



ポピュリズムとは何かを議論する上で難しいのは、自分の政治思想はポピュリズムであると自認している人が、ほとんどいないことである。したがって、何がポピュリズムなのかは、それはポピュリズムだと一定の範囲で合意できる政治運動から帰納的に分析されるしかない。しかし、ポピュリズムの基準が曖昧なので、それはそう簡単ではない。

水島治郎『ポピュリズムとは何か』は昨年の今頃出版され、石橋湛山賞を受賞するなど、ポピュリズムに関する書籍として高い評価を得てきた。南北アメリカからヨーロッパに至る、「ポピュリズム」とみなし得るさまざまな政治運動が紹介されているが、それらは決して同じではないことも丁寧に説明される。ただし、いくつかの共通点がある。

ポピュリズムとは何か
- 民主主義の敵か、改革の希望か (中公新書)
水島治郎
中央公論新社


本書の副題「民主主義の敵か、改革の希望か」が示唆するように、ポピュリズムは民主主義とは切り離せない関係にある。それはしばしばエリート(すなわち既存の政党や官僚)から民衆への権力移行を主張する。国民投票のような直接民主制的手続きを好む。そこで推進しようとする政策が右翼的か左翼的かは、置かれた状況によって変わる。

ポピュリズムは「大衆迎合主義」と訳されることもある。有権者の欲求に適合することを目指すのは、民主政治においては当然のことである。マーケティングのことばを使えば、ポピュリズムは政治における顧客志向だということもできる。どんな政党・政治家であっても、大なり小なりポピュリストにならなければ、選挙で選ばれることはない。

ポピュリズムが危険であり、抑制すべきものであるとしたら、エリートによる大衆の善導という思想を受け入れるべきなのだろうか。あるいは、エリートへの依存は避けつつ、人々のなかにある異質性が尊重され、維持されるような社会を目指すべきなのか。それはそれで社会が分裂し、対立し合う危険をはらんでおり、平坦な道のりではない。

ちなみに「熱狂」は、マーケティングの研究において私が関心のあるテーマの1つである。政治行動における熱狂まで視野に入れると、熱狂現象の負の側面にも目配りが必要になる。
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経済物理学と行動経済学の狭間で

2017-12-11 08:15:42 | Weblog
経済物理学と行動経済学 … 新たな経済研究の方法という点では共通するが、視点においてはある意味で対極にある2つの分野の会議に続けて参加した。いずれも京都での開催だ。どちらでもビールの購買データを分析した研究を報告したが、問題意識やアプローチはかなり違っている。



経済物理学 2017」は京都大学・基礎物理学研究所(湯川記念館)で開かれた。建物の前には、風雪に耐えた感のある湯川秀樹博士の像がある。隔年に開かれる会議で、だいぶ前に参加したことがある。ファイナンスに関連した研究発表が多く、当該業界の実務家も参加している。

そんな会議で私が発表したのは、先週 JIMS で報告した研究である。今回は共著者のお二人が一緒なので大船に乗った気持ちでいた。発表後、ある物理学者から、複素ヒルベルト主成分分析がマーケティングでも使えるのを知って驚いた、といわれた。少しはお役に立てたかもしれない。

翌日は、日本とは思えない美しいキャンパスを持つ同志社大学に向う。ふらっと聴講した、実験経済学の第一人者・西條辰義先生の講演が刺激的であった。一言でいえば、無視されがちな将来世代の選好を現在の政策に反映させる試みで、「仮想将来人」を加えたワークショップを行うもの。



行動経済学会の大会では、マーケティングに関する特別セッションで、石原昌和さんと行っている期間限定の効果に関する研究を発表した。すでに上海で発表しているが、今回は個人差についての報告や、背景に潜む心理的メカニズム(リアクタンスやリグレット)の議論を追加した。



この研究は、選択モデルの発展を継承した、マーケティング・サイエンスらしい研究といえる。その一方で、期間限定品の効果を仔細に見ると、合理的な選択行動としては説明しにくい面があると指摘している。つまり、行動経済学会で話すのに相応しい内容だと思い発表した次第。

セッション・チェアの星野崇宏さんからはモデリング面で、フロアの先生からは行動仮説について貴重なコメントをいただき、感謝している。その逆に、こちらの研究が行動経済学者にとって得るところがあれば win-win な関係になるが、実際のところどうだったかが気になる。

初日を締めくくるパネル討議は「感性マーケティング」がテーマで、清水聰さんと実務家3人が登壇した。NTTデータの方による、時間選好から価値観まで多様な変数を含むデータの話も興味深かった。行動経済学会として、ビジネス界からの期待に応えようとしているようだ。

実は、はるか以前にも行動経済学会の大会で発表したことがある。その後も何回か聴講したが、入会には至らず、今年から正式に入会することにした。行動経済学を学ぶには経済学の基礎知識が必要となるし、研究は日々進化しているので、新参者にはそれなりの勉強が必要となる。

経済物理学が、集団レベルの現象に対する computational なアプローチであるのに対して、行動経済学は個人レベルの意思決定に対する behavioral なアプローチだといえる。冒頭で「対極」と書いたのはそういう意味だが、相補的ともいえる。実際、私はその双方に関心がある。

今回、これら2つの会合の両方に参加した人は、私の知る限り、もう一人いた。彼は経済物理学のパネルに招待されたほか、行動経済学会の理事にも選ばれている。ファイナンスの分野でこれら2つのアプローチの交流が進むかもしれない。自分としては基礎的な勉強から始めたいw

行動経済学 -- 伝統的経済学との統合による新しい経済学を目指して
大垣 昌夫, 田中 沙織
有斐閣


マルチエージェントのためのデータ解析 (マルチエージェントシリーズ)
和泉 潔,‎ 斎藤 正也,‎ 山田 健太
コロナ社
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JIMS@電通ホール(2017年冬)

2017-12-04 08:43:55 | Weblog
2017年冬のJIMS研究大会は、校務のせいで初日はほとんど聴講できなかった。したがって限られた見聞でしかないが、深夜アニメの視聴率を力学系モデルで分析した研究(大阪府立大・荒木先生)やYouTube上でのアーティストネットワーク分析(明星大学・片野先生)など、消費者のコンテンツ消費や発信を扱った発表が印象に残った。

モデルの精緻さを競いがちな当学会にあって、研究上の革新はデータの開発にあると考える慶應の清水聴さんの発表も面白かった。サンプリングがネット上のクチコミを伴いつつ購買にどのような効果を持つかをフィールド実験で検証している。これは、シーディング戦略の効果を研究している自分にとっては、注目せざるを得ない研究だ。

今回私が発表したのは、青山秀明さん(京都大学)、藤原義久さん(兵庫県立大学)と行った複素ヒルベルト主成分分析(CHPCA)の応用研究である。マクロ経済領域で応用されてきたこの手法を、ビールに関するスキャナーパネルデータ(i-SSPデータ)に適用し、カスタマージャーニーの類型とブランド間の競争反応(同期関係)を分析した



CHPCAとは多数の時系列の複素相関行列を固有値分解する手法で、複数の時系列間のタイムラグを伴う相関を計算できる。それによって、多数の変数の時間的動きからノイズを除去し、いくつかの次元でのシステマティックな co-movement を抽出できる。多変数の動きについて明確な知識が事前にない場合、非常に有用な分析手法だと思う。

今回の分析では、主要なブランドでウェブ/モバイルでの検索やサイト閲覧→テレビ広告接触→価格と数量の共変、という時間的展開が見出された。また、いくつかのブランド間にはテレビ広告やサイト閲覧が同期する現象も見られた。これは従来の意味での適応的な競争反応というより、競争するがゆえに行動が同期する現象かもしれない。

マーケティング研究者からは、集計データの分析はカスタマージャーニーの個人差が埋もれてしまう、という懸念が表明された。また、大会に先立って行われた部会では、タイムラグを実時間で表現してほしい、という要望が実務家からあった。これらは、少なくともマーケティングでの利用を考える限り、重要な研究課題であるといえよう。

Macro-Econophysics: New Studies on Economic Networks and Synchronization (Physics of Society: Econophysics and Sociophysics)
H. Aoyama, et al.
Cambridge University Press
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