Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

1からの商品企画

2012-07-13 22:00:37 | Weblog
本書は碩学舎の「1からの」シリーズの一冊で,商品企画(product planning)の教科書である。探索的調査,コンセプトデザイン,検証的調査,企画書作成の4部から構成される。各章では具体的な手法に加え,実務の現場での事例が紹介されており,読み物としても楽しめる。

各章を横断する一貫ケースとして,編者の西川英彦先生(法政大学)が立命館大学で指導した学生による商品企画が紹介されている。学生のチームでもここまでやれることが示されているので,同様の企画プロジェクトに関わろうとしている学生には参考と刺激になるはずだ。

内容面では,標準的な新製品開発の教科書(もはや絶版になっているがアーバン,ハウザー,ドラキアなど)と比べ,最近注目されている IDEO 流のアプローチなどが取り込まれている点にも特徴がある。つまり,実務における「定番」と「先端」がうまくミックスされていると感じた。

実は,ぼくの担当する2年生のゼミでは本書を前期に輪読した。1日2章ずつ読み進めて(他の活動をした日もある)本日読了した。この枠組みを参考にしながら,今後彼らに某市場に関する「探索的調査」と「コンセプトデザイン」に挑戦してもらうつもりだ。その成果はいかに・・・

1からの商品企画
西川英彦・廣田章光
碩学舎

計算と社会~金融,伝染病,交通流

2012-07-07 14:53:02 | Weblog
岩波講座『計算科学』第6巻「計算と社会」の構成は以下の通り。見て分かるとおり,社会現象に対する「計算科学」の先端動向について,各分野の第一人者が寄稿している。特に注目されるのが,金融市場に対する経済物理学と人工市場という2つのアプローチが取り上げられていることだ。

杉原正顯,はじめに―人間が関わる集団現象の数理
高安美佐子,金融市場―経済物理学の観点から
和泉 潔,金融市場―人工市場の観点から
佐々木顕,伝染病と流行
杉山雄規,交通流

計算と社会
(岩波講座 計算科学 第6巻)
岩波書店

本書の後半で取り上げられている伝染病や交通流は,純粋な(狭い)意味での社会現象とはいえないが,伝染病のモデルをクチコミ現象に応用するなど,様々な拡張が可能である。計算科学的モデル(たとえばエージェントベースモデル)の社会現象への適用を志す研究者には必携の書だ。

残念ながら,本書ではマーケティングは扱われていない。マーケティングにも金融に匹敵するほど膨大なデータがあり,データマイニングという計算科学的手法が多用されている。しかし,問題と解法がアドホックで一般性を欠くため,こうした講座で取り上げるには至らないともいえる。

ある企業のあるキャンペーンの収益性をどう改善するかより,世界的金融危機をいかに回避するかといった問題のほうが一般性はあるし,社会的意義がある。宇宙や生命の神秘を解き明かしたいと願って生きてきた理工系の研究者にとって,そのほうが知的関心を惹かれるということもあろう。

マーケティングが「科学」のなかで名誉ある地位を得るには,より一般的な「問題」を見つけることが必要だ。極論すればそれを解くことが人類の課題といえるもの。あるいは,一見単なる知的パズルだが非常に奥の深い問題。少なくとも後者について何かないか・・・と数年前から考えている。

そうした問題を見つけ,その意義を広く伝えることができれば,自分でそれに対する解答を出すことができなくても「研究者として」なし得る十分な貢献をしたといえるだろう。

コア・テキスト マーケティング

2012-07-05 14:13:26 | Weblog
本書ははしがきで「マーケティングに関心をもつ学生のうち,初めてマーケティングを勉強する人たちのために書かれています」と述べている。ページ数にして2百頁強,手頃なサイズであるし,二色刷で親しみやすい文体で書かれている。各章には演習問題も用意されている。

コア・テキストマーケティング
(ライブラリ経営学コア・テキスト)
山本晶
新世社

では,マーケティングの教科書が多くあるなかで,どのような特徴を持つのか。著者の山本さんは大学院でマーケティング・サイエンスを学び,その後消費者行動研究の研究でも活躍されている。しかし,本書では「戦略論」の視点が強く出ている。そこが意外であり,かつ価値のある点でもある。

第I部の冒頭でSTPについて解説したあと,コトラーの競争地位別の戦略の分類(リーダー,チャレンジャー,ニッチャー,フォロワー)について述べ,ポジショニングの章では主にポーターのファイブフォース・モデルを紹介,4Pの「製品」の章でもPPMやアンゾフが大きく扱われる。

マーケティングサイエンスの「狭い」視点に立つと,ポジショニングというと知覚マップ,製品戦略では製品属性への選好やその最適化が取り上げられがちだが,本書はむしろ経営者の視点に立っている。それは,初学者が経営学の一環としてマーケティングを学ぶには適切な構成だと思われる。

著者らしさが出ているのは「インターネットと広告」を扱っているセクションである。そこはマス広告に関するセクションなど比べてより詳細に,力をこめて書かれているように感じる。それはこの分野が著者の得意領域だということもあるが,時代の流れを反映しているといったほうがよいだろう。

初学者向けに書かれた教科書というものも,時代の変化を反映して着実に「進化」して行かなくてはならない。本書はそうした実践の1つといえる。ご恵投いただいた山本晶先生に御礼を申し上げます。

丸山真男が経営学者だったら

2012-07-03 09:11:14 | Weblog
ぼくが最初に読んだ本格的な「社会科学書」は丸山真男『現在政治の思想と構造』ではないかと思う。背伸びした読書をしていた高校時代,虫垂炎で入院した病室に同書を持ち込んだ。内容を正しく理解したとは思えないが,その見事な論理(ないし修辞法)に魅せられたのは確かである。

大学に入りゼミの先生と話したとき,影響を受けた著者として丸山真男の名前を挙げたところ否定的な反応をされたことを思い出す。そのとき丸山真男は誰からも賞賛されているわけではないことを知った。それまでは丸山真男の名前を出せば知的印象を与えるだろうと信じていた・・・。

本書は大学で丸山真男に師事し,その後開銀,トリオ(ケンウッド)とビジネスの道を歩んだ著者が,卒業後も続いた丸山との交遊を記したものである。丸山真男に対する知識や関心がないと面白くないかもしれないが,ぼくには再びプチ丸山マイブームを起こすインパクトがあった。

丸山眞男 人生の対話 (文春新書)
中野雄
文藝春秋

著者と丸山真男の交流が続いた1つの要因は,丸山真男がクラシック音楽の大ファン(という域を超えた,ある意味研究者)であり,オーディオメーカに勤める著者がそのオーディオ環境の整備を支援していたためでもある。したがって,本書でも音楽関係の記述が多い。

個人的に面白かったのは,メーカーの経営に関わるようになった著者に丸山真男が助言したエピソードである:
... 丸山は「研究所に余り金を出してはいけないよ」と言い,「秀才に潤沢に金を与えると材料ばかり買い集め、材料の珍しさに頼って、自分の頭で考えなくなる。創造力は、使える材料に制限が課されるところに生まれる」... (同書 p.154)
政治思想史の研究者である丸山真男がなぜそのような提言を行えるのかというと,江戸時代が生み出した独自文化やドイツ・クラシック音楽の歴史から得た教訓に基づいている。そこでの鍵概念は「精神的エネルギー」と称するものである。

いうまでもなく丸山真男に研究開発マネジメントや経営全般の知識があったとは思えないが,該博な社会や歴史に関する知識を一般化して判断を下したわけである。その是非はともかく,より一般化(大きな物語?)を目指すという意味で,そのような越境は刺激的である。

丸山真男は 57 歳で東大を退職し,吉祥寺の自宅で暮らしていたが,あるとき近所の家電量販店を訪れる。購入した電話機の使い方を店員に尋ねるが,誰も的確に答えられない。すべてについて説明できないという店側の弁明に「問題の捉え方が違う」と一喝し,次のように述べたという:
... いかなる客観的事情があろうとも,使用法=つまり内容や使用法をキチンと説明でないようなものを売るという,そういう商いの仕方自体がおかしいんじゃないか。こちらは別に、物理学者でもない技術者でもないあなた方に、動作原理を説明せよなんて言ってるわけじゃない ...(同書 p.126)
著者によれば,丸山真男はかつて「専門家とは、自分の扱う分野の事柄については全て知っていて、関連する分野については、浅くてもいいから、広く知識を持っている者のことを言うんだ」と語った。これは研究だけでなく,人生全般に当てはまると考えていたのだろうと著者は述べる。

あり得ないことだが,もし丸山真男が「経営」や「商い」を研究していたとしたら,どのような成果を生み出しただろうか。日本の近世の経営・商業思想史を掘り下げたかもしれない。あるいは『日本の思想』で見せたように,日本の消費者に固有の心性を鋭く抉りだしたかもしれない。

丸山真男は 1984 年に行われた鶴見俊輔らとの対談で,高度成長を予言できなかったことが「政治学を廃業した」要因の1つだと語っている。著者は,丸山の期待した,勤労者を基盤にした革新勢力が政権を担うというビジョンが高度成長により崩れたためだと示唆している。

本書は後半で,一見唐突だが高度成長を予言・推進したとされる下村治の話題に移る。著者は開銀時代,下村治を所長とする研究所の創設に携わる。著者の自分史は,高度成長によって生まれた丸山政治学の空白を下村経済学で補間することで完結するのかもしれない。

では丸山真男の学問的貢献は,日本が高度消費社会に移行するなかで終わったのだろうか?その後彼の著作が読み継がれ,座談会や講演会の記録や手紙などが掘り起こされ,出版されている事実から見ても,その知的ポテンシャルはまだ枯渇していないように思う。

そこでぼくとしては顰蹙を買うのは承知で,丸山真男が経営学者だったら,さらにはマーケティングを研究したら,と仮想してみたい。

2012年後半 研究の抱負

2012-07-01 15:36:50 | Weblog
今日から今年の後半に入ったので,年初に掲げた「研究の抱負」を見直してみる。冒頭で当時申請中の研究プロジェクトへの期待を語っているが,いずれも採択されなかった。原発再稼働や消費税増税をめぐる社会的議論の「沸騰」を見ると,こうした研究の意義は大きかったのだが。

しかし,ソーシャルリスニングの研究については「民間ベース」(?)の共同研究が継続している。データは着々と収集され,ある程度構造も見えてきているが,最難関の「影響があることの証明」をどうするかが残る課題である。既存研究から学びつつ少しでも新しいことをしたい。

繰り越し中の研究テーマのうち「アフィリエイト広告」については助成いただいた財団への報告を行い,ABM の初期モデルについて学会報告を終えた。あとは WCSS2012 に向けてモデルの拡張を行い,論文を書く。他の学会で新たなデータ解析の結果を報告することも考え中。

若い共著者たちに申し訳ないのが「乗用車の重装備」に関する研究だ。論文を書き始めたところで「アフィリエイト」が忙しくなり,中断してしまった。現時点に至っても他の「締め切り」のせいで「復帰」できないでいる。邦文か英文かの悩みも消えない。「喝だっ!」

「クリエイティブな仕事意識と消費行動」については貴重な追加データをいただいたので,まずはその整理から。「鮮度」の高いデータを入手しても,分析が遅れるとまた鮮度が低下する。年内に一部発表したいという「野望」があるが,そうなると理論武装,周辺取材など課題が山積。

「顧客視点のロングテール・ビジネス研究」も昨年発表した予備的研究を前に進めたい。この研究の背景には,ニッチを含む需要の多様性,顧客の成長を視野に入れた CRM を提案するという構想がある。このプロジェクトにとっても,いろいろな意味で残された時間はあまりない(涙)。

まだまだ「在庫」はあるのだが,きりがないのでとりあえずここまで。これ以上課題を増やすのは明らかに愚行だが,新たに夢想している課題もある。それは「教科書」執筆で,これまで行ってきた「自分なりの」講義体系を世に問いたい気持ちがある。需要があるかは不明である。

現状自分を取り巻く制約を無視していえば,今後研究したいことの1つが消費者の「熱狂」である。自分自身を顧みて,なぜ弱小カープを応援し続けるのかは謎である。また,なぜアップルの提供する美しさにはまっていくかも,よく考えると不思議なことである。熱狂は究極の選好である。

したがって,このテーマは「選好の進化」という,自分にとって博論以来の関心の延長線上にある。「熱狂」と「進化」がどのようにつながるのか。そもそも消費者行動にとって進化とは何なのか。関連して,そもそも「複雑系」のビジョンがこうした研究構想にどう役に立つのか。

そう考えると,数年かけてじっくりと文献を渉猟し思索に耽りたい,という思いに駆られる。もちろん当面そんなことは不可能だし,仮にそれができたとして何を生み出せるだろうか?自分の研究も少しは「進化」しているのだろうか・・・複製(保持)と変異と選択の繰り返しのなかで。