Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

1970年に描かれた「暗黒の未来」

2017-01-27 00:21:22 | Weblog
いま米国ではオーウェルの『1984』が突然売れ始めたという。ハクスリーの『すばらしい新世界』も同様らしい。その理由はいまさら解説するまでもないだろう(笑)。日本のディストピア小説、ではなくマンガで、個人的に思い出深いのは、山上たつひこの『光る風』である。

山上たつひこといえば「がきデカ」が有名だが、それ以前の作品に、1970年に少年マガジンに連載された「光る風」がある。少年時代の私はそれを連載中に読んでいた。「ワル」「アシュラ」など問題作を次々登場させていた少年マガジンは、当時必読の雑誌だったのである。

「光る風」の舞台は19xx年の日本とされるが、ベトナム戦争が続いているという想定なので、当時の近未来を描いたといえるだろう。そこでの日本は徴兵制が敷かれ、若者は戦争に駆り出され、反対者は弾圧される。出征する兵士たちを皆で駅で見送る光景は戦前と変わらない。

光る風
山上 たつひこ
フリースタイル


1970 年といえば大阪万博が開かれ、高度成長が頂点を迎えていた年だ。一方で70年安保の翌年でもあり、「光る風」のような予言が出てくる土壌があったことを記憶している。しかし、それから50年近く経ったいま、その「予言」どおりになったとは、誰もいえないはずだ。

もちろん、ディストピア小説(漫画)は世に警鐘を鳴らすために創作されているので、予言が外れたほうが好ましいのかもしれない。「光る風」の予言が外れた要因としては、米国のベトナム戦争における敗退が大きい。その後も冷戦の終結など、予想できない変化が次々起きた。

いずれにせよ日本は「光る風」で想像された社会になることはなく、「がきデカ」を読んで笑い転げることができる時代が続いた。政権交代が二度起き、日本でも民主主義が(一定程度は)機能してきたといえる。ディストピアはユートピア同様、実現しないものかもしれない。

いや、2017年のいまこそ「光る風」の予言に真実味があると主張する人々もいるだろう。それに対して、狼が来たとまた叫ぶのかと冷笑することもできる。だが、ディストピアがそのまま現実になることはないにしろ、それを想像しておくことの価値はあると自分は考えている。

ディストピアの物語には、社会の潜在的病理を映し出す力がある。それを描く本が売れ始めるのは何かのシグナルなのだ。アマゾンがデータ解析を通じてその需要を感知し、「光る風」を Kindle Unlimited に組み入れたのだとしたら、アマゾンこそビッグブラザーに相応しいw



一人勝ちするアマゾンに誰が挑むか

2017-01-25 21:04:06 | Weblog
自分のアマゾン依存度は、最近ますます高まっている。米国に滞在しているため、邦書はほとんどKindleで買うようになった(紙の本しかなく、どうしてもほしい場合は紀伊國屋書店NY店まで行くが)。最近、Kindle Unlimited にも入った。無料試用期間中だが、値上げがない限り継続するつもりだ。

同時に、米国のアマゾンも利用している。まれに洋書(紙)を買うが、どちらかというと米やトイレットペーパーなど、かさばるものを買っている(日本のビールも扱っていればいいのだが・・・)。送料を節約するためプレミアム会員にもなった。そういえば映画をまだ見ていないことを思い出した!

といっても、このままアマゾンの進撃が続いて、あらゆる小売業を支配するようになることには不安がある。競争相手も成長し、健全な競争が維持されてほしい。本書によれば、米国でオンラインでアマゾンに対抗しているのは、実はウォルマートである。意外に思ったが、ピーポッドも健闘している。

アマゾンと物流大戦争 (NHK出版新書)
角井亮一
NHK出版


著者は物流(ロジスティクス)の専門家なので、特にその観点からアマゾンとの競争を分析している。日本でアマゾンのライバルというと楽天が思い浮かぶが、物流面の強さを考えると、ライバルはヨドバシカメラやアスクルなのだ。物流はもちろん、流通全体に知識の乏しい自分には学ぶところが多い。

巨人どうしの競争ばかりではつまらない。米国でのベンチャー的な小売業の例も紹介される。オフラインの店舗は商品展示や顧客とのリレーションづくりに徹し、決済や配送はすべてオンラインで行うのは、確かに合理的に思える。ザッポスのような、徹底した顧客サービスや返品ポリシーにも感心する。

本書は現在 Kindle で 399 円で販売されており、アマゾンの巧みな価格政策につられて購入した。もちろん紙のほうを買っても、十分お得な本だと思う。オムニチャネルについても勉強しなくては・・・


「『熱狂』は共創される」寄稿

2017-01-17 14:25:08 | Weblog
富士通総合研究所から発行されている機関誌『ER』2月号に、拙稿が掲載された。「『熱狂』は共創される」というタイトルで、カープ女子ブームを論じている。昨年出版された『プロ野球「熱狂」の経営科学』をベースにしているが、ささやかながら新たな議論もしている。



この号は「共存・共在の論点」というテーマのもと、以下のような寄稿を集めている。一括ダウンロードできるので、ご関心のあるものがあれば、ぜひここをクリックしていただきたい。

清水 博「共存在の場を支える〈いのち〉の与贈循環」
ミルタ・ガレシック、ワンディ・ブルイン・ドゥ・ブルイン「集合知を頼りに、より精緻に選挙結果をデザインする」
ジェフリー・クリッチマー「人を幸せにするロボットをつくる」
若林 直樹「企業組織はエコシステムと共進化している」
坂本 尚志「共同体と他者」
田島 知之「人はなぜ他者に与えるのか」
出村 嘉史「まちを共有する主体について」
水野 誠「『熱狂』は共創される」
江間 有沙 「人間と人工知能の共存を共有し共創する」
上田 遼 「災害に対するレジリエント社会の共創に向けて」
生田 孝史 「企業と社会との共創」

●amazonへのリンク
プロ野球「熱狂」の経営科学: ファン心理とスポーツビジネス
水野誠、三浦麻子、稲水伸行
東京大学出版会

ポスト民主主義は国民クイズ

2017-01-17 02:46:53 | Weblog
近未来の日本では議会制民主主義が廃止され、政府が「国民クイズ」を実施、その様子がテレビで中継されている。クイズの出場者のうち最後まで勝ち抜いた者の願いだけが叶えられる。国家財政が破綻し、全国民に社会福祉を提供できないが、国民クイズのおかげで国民の不満は爆発しない。

ごくわずかな参加者しかクイズに勝ち残ることができないが、実力と運で決まるので、ある意味でフェアであり、機会平等ともいえる。大多数の国民は、クイズに敗れて転落していく人々の姿をテレビでショーとして楽しんでいる。費用をかけずに国民の満足を充足させる仕組みというわけだ。

なお、民主主義が廃止されたのは政党間の対立で意思決定が遅れ、非効率だから、とされている。この漫画がモーニングに連載されていた 1993 年は細川内閣の頃だ。しかし現在は衆参で与党が3分の2以上を占め、状況は異なる。それはそれで、議会制が無効化した時代といえるかもしれない。

[まとめ買い] 国民クイズ
杉元伶一, 加藤伸吉
講談社

問題は人口減ではないと指摘する本

2017-01-08 21:20:29 | Weblog
日本の急速な人口減がどんな事態をもたらすかは、すでにあちこちで語られている。多くの場合、その結果は深刻であるという結論に導かれる。しかし、人口減だけで日本人の生活が悲惨になるというは短絡的だと、昨年出版された吉川洋氏の『人口と日本経済』は主張している。
人口と日本経済
- 長寿、イノベーション、経済成長
(中公新書)
吉川洋
中央公論新社

経済成長率は、長期的には労働力人口の伸び率と労働生産性の伸び率の和で決まる。人口が減少しても労働生産性がそれ以上に上昇すれば問題はない。高度経済成長期の日本では、労働力人口は微増したに過ぎず、労働生産性が大きく増加していたことを著者は指摘する。

生産性を上昇させるのは技術進歩、イノベーションである。イノベーションさえ活発であれば、人口減少は怖くない。それが本書の基本メッセージであろう。まさにその通りだと思う。そこで関心は、どうやったらイノベーションを活発化させ、労働生産性を高めるかに移る。

これからの日本経済を飛躍させるイノベーションはプロダクト・イノベーションであり、需要側を無視できない。しかし、医療・社会保障に関する将来不安が消費を抑制していると著者は述べる。これもその通りだと思うが、消費を抑制させるのはそれだけなのだろうか。

需要が飽和したという説もある。著者によれば、経済学に古くからある考え方だという。実証研究によれば、製品カテゴリーの需要はロジスティック曲線に従い、その限りでは飽和説が成り立つ。しかし、イノベーションによって新たな成長が生じるなら、飽和は生じない。

著者は最後に、日本企業において貯蓄性向が高まり、果敢に投資を行うアニマル・スピリットが低下している現状に警鐘を鳴らす。確かにそれではどうしようもない。経済政策として有効なのはさらなる金融緩和なのか、規制緩和なのか、それとも何らかの産業政策か・・・。

企業側からすれば、全般的に消費需要が伸びるという展望を持てず、個別の需要はきわめて選択的なので高いリスクを感じてしまう。ではどうすべきかは、マーケティング研究者もまた取り組むべき課題だろう。自分としても、次の「大」研究課題にしたいぐらいである。

本書は統計データを用いて手堅く分析する一方で、マルサス、リカード、ミル、マルクス、ヴィクセル、ミュルダール、ケインズといった経済学の巨人・・・最近ではディートンらを参照し、人口と成長の問題がどう論じられてきたかを概観する。読書量の幅に驚かされる。

新書なのでページ数は適量、文章も読みやすく、年始にあたり日本の将来を考えるのにオススメの本だ。古典から最新のデータまでをバランス良く取り上げたこんな本を、いつか書いてみたいなと、身の程知らずにも思ってしまった。


2016年の回顧と2017年の抱負

2017-01-06 00:23:10 | Weblog
2016年の年末は私事でバタバタしたので、昨年の回顧と今年の抱負をまとめて書くことにする。

昨年、自分自身が行った学会での発表は1回にとどまる。3月に東大・本郷で開かれた JAFEE の大会での発表がそれである。「クリエイティブな仕事とクールな消費~社会関係資本・文化資本・消費行動」というタイトルで、クリエイティブ社会資本概念の提案などを行った。

この研究、自分としては 2015 年の元旦に掲げた研究課題の ABCDE の1つ、Aesthetics に対応させているのだが、その部分の切り込みが弱い。そこで研究費を獲得して、もう一度データを取りたいと思っている。したがって、これはいまは塩漬け中ということになる。

学会発表は、共著者としてならば、6月上海で開かれた ISMS での、NYU 石原昌和さんとの "When and How do Firms Benefit from Limited-time Products?" がある。その後より一般化して論文化の準備を進めている。いうまでもなく石原さんの貢献が圧倒的に大きい。

感慨深いのは、8月の『プロ野球「熱狂」の経営科学』(東京大学出版会)の出版だろう。私はそこで、プロ野球ファン調査の分析を扱う1・2章を執筆した。故あって多くの執筆者がカープファンなので、カープへの言及が多い。そこにカープ25年ぶりの優勝が重なった。

その結果「カープ女子」現象への関心が高まり、関連する部分を執筆していた私に、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌の4媒体から取材があった。一過性とはいえ貴重な経験だった。取材を受けながら、一般に関心を持たれそうだが、書籍では扱っていない論点に気づかされた。

書名の一部となった熱狂、つまり Enthusiasm は、上述の ABCDE の1つである。カープの優勝が示したのはファンの熱狂が生み出すポジティブな効果といえる。資金難で苦しんだ球団が収入を増大させ、優勝を呼び込んだのだから(日本シリーズでは敗れたとはいえ・・・)。

昨年はしかし、11月の米国大統領選挙で、熱狂の別の側面が見えたように思う。その根底にはイデオロギーが、そして無意識の働き、つまり、Blindness がある。イデオロギーは冒頭で記した JAFEE で発表した研究とも関連する。これらは深部ではつがった現象かもしれない。

2年の在外研究も、残り3ヶ月を切ってきた。そこで始めようとした新たな Diffusion 研究は、ようやく光が射してきたような状態だ。それとは別に、数年来の課題であったTwitter マーケティングに関する研究を、この期間内に脱稿させることが、最低限の目標となるだろう。

4月以降は、しばらくは授業などの日常業務に忙殺されるだろう。しかし、慣れてきたら、せっかく火のついたいくつかの研究について火が消えぬよう、いやいっそう燃え盛るようにしなくてはならない。なかでも Complexity 関連の本の執筆は、今年もまた最重要課題になる。