Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

次世代マーケティングリサーチ

2011-03-31 10:52:00 | Weblog
萩原雅之氏の『次世代マーケティングリサーチ』を読んだ。いろいろな思いが胸に去来した。80年代後半から00年代にかけて,ぼくが広告会社のR&D部門で取り組んでいたのは,まさに「次世代マーケティングリサーチ」の開発であった。そのときの「夢」をはるかに凌ぐものが,いま現実になっている。

マーケティングリサーチが進化した背景に,企業が求めるデータの変化がある。萩原氏はそれを以下のように整理する:

 集めるデータ  →集まるデータ
 集団データ   →ひとりのデータ
 スポットのデータ→パネルデータ
 過去のデータ  →リアルタイムデータ
 意識のデータ  →行動のデータ
 要素のデータ  →関係のデータ

このときマーケティングリサーチは asking から listening へと転換する。調査対象者はrespondent から participant へと変わる。つまり,リサーチャーは消費者と対峙して仮説検証するのでなく,消費者との壁を取り払って行動を観察し,ウェブ上での発言を聴き,そのインサイトを獲得することになる。

そうした方法論の典型がエスノグラフィだ。さらに,ウェブ上のコミュニティが活用される。それは,利用できる企業が単一か複数か,オープンかクローズドかで4つに分類される。複数企業が利用するクローズドなコミュニティは,従来型の標本抽出が難しくなるなか,調査の一定部分を代替するだろう。

ブログやツイッターなど,ソーシャルメディアの活用を扱った章は,とりわけ現在のぼく自身の関心に合致する。感情の観測や未来予測を「集まるデータ」によって行うことはもはや「夢」ではなく,現実になりつつある。その延長線上にライフログの収集があり,購買履歴データとも連結していく。

次世代マーケティングリサーチでは,高度なテクノロジーが駆使される。デジタルサイネージ,GPS,顔認識技術,3次元映像解析,RFID,バイオメトリクス・・・様々な最新技術の応用が紹介される。それらを幅広く取材している著者もすごい。コストとベネフィットが実用に耐えるかどうかが今後の論点だ。

次世代マーケティングリサーチ
萩原雅之
ソフトバンククリエイティブ

新しいリサーチ手法の1つの特徴は,標本理論からの脱却である。その理由は,現実に無作為に近い標本抽出が不可能になってきていることと,そもそも巨大な母集団を考えることが実務的に無意味になったという2つの側面がある。後者の点に関連して,本書が紹介する次のエピソードが興味深い:
・・・「江夏の21球」を掲載した『Number』編集長(当時)の岡崎満喜氏は、1986年に「江夏の経歴を洗って人物クローズアップ的な手法をとるよりも、広島―近鉄の日本シリーズの最終戦で彼が投げた21球を徹底的に“解剖”する方がより江夏の本質に迫れるのではないか」と記している。
そこでは,データのサイズとしては小さくとも,そこに凝集された(本質的な)情報がある,という考え方が示唆されている。それは標本理論とは真逆の考え方であり,別の理論的基礎づけが必要になる。次世代マーケティングリサーチが普及する上で,それはアカデミアに課せられた問題だろう。

ともかく,この本はマーケティング「業界必読の」書である。日常に埋没しがちな人には未来に向けて目を開かせることできるし,逆に変革を志向している人にはさまざまなヒントを与えることになる。実務家はもちろんだが,研究者もまた一読して,自分が次世代に適応できるかを自問すべきであろう。
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喪失と再生,そして創造へ

2011-03-30 10:52:49 | Weblog
「3.11」から20日が経とうとしている。東北から北関東にかけて太平洋沿岸を襲った津波は,多くの街や集落を徹底的に破壊し尽くした。港も住宅も商店も工場も農地もすべてが瓦礫に化した。3万人近い生命が失われた。どう考えても信じがたい光景だ。それを肉眼で目にした人々の悲しみは計り知れない。

復刊アサヒグラフ 東北関東大震災
2011年 3/30号 [雑誌]
朝日新聞出版

多くの人々が自分に何ができるかを考えた。すぐさま行動し始めた人々もいる。そこでソーシャルメディアが果たした役割については,アジャイルメディアによる素晴らしいドキュメントがある。同社の徳力基彦さんによる論考もまた,ソーシャルメディアの限界と可能性をほぼ完璧にまとめている。

絶望で立ち尽くすしかないような被災地において,復興に向けて動き出す人々がいる。他方,その遥か遠方でも,誰に頼まれた訳でもなく,ネットを駆使して支援の仕組みを作ろうとする人々がいる。絵を描けるものは絵を描き,ウェブに通じたものはサイトを作り,語学に通じたものは翻訳を行っている。

こうした行為をクリエイティブといわずして,何をクリエイティブと呼ぶのだろうか。何かを創り出すのは,いうまでもなく一人ひとりの意志なのだ。それが最も純粋なかたちで,いま現れているといえる。法律や制度,あるいは政治がそれを推進することはあっても,邪魔することがないことを願いたい。

東日本における電力供給量の低下を含め,日本経済が巨大な供給力の喪失に見舞われた。有効需要の不足とか,規制による供給制約といった次元の話ではない。失われた生産基盤を取り戻すために,戦後経済のように行政(官)の役割が重視され,「人よりコンクリート」へと政策がシフトするかもしれない。

先週の週末,ぼくは名古屋大学で開かれた進化経済学会研究大会に参加した。ぼくが報告したのは「ロングテール」をテーマにしたセッションで,冒頭,塩沢由典先生が需要の飽和のもとで成長が抑制される現代経済において,その制約を打ち破るのは製品イノベーションであるという発表をなさっていた。

塩沢先生は,多様なサービスへの需要がベキ分布に従うとき,都市の集積がニッチ的なサービスを収益化させることで成長が起きると考える(詳細は『関西経済論』)。その前提には,クリエイティビティの力がある。では,現在のように供給力が大幅に失われたとき,今後の成長についてどう考えるべきか。

被災地ではインフラの再構築が喫緊の課題である。そこで復旧以上の復興を目指すのであれば,地元の人々の意思を踏まえたクリエイティブな取り組みが必要となるだろう。たとえば,地域経済の復興に一見それとは矛盾する集積のメリットを活かすために,ICT によるバーチャルな統合ができないか・・・。

一方,将来不安と「自粛」ムードで収縮しがちな需要の活性化が,被災を免れた地域の課題である。野菜や乳製品,水産品に対する安全管理と風評被害の抑止を両立させるコミュニケーションはどうあるべきなのか。製品開発にも広告・販促活動にも,この環境下で需要創出を行う革新が求められている。

あらゆる分野の専門家が,自分たちの専門性を日本の復興に生かそうとしている。マーケターもまた何らかの貢献が求められている。一研究者であるぼく自身,そこに向けて研究テーマを組み替えつつある。といっても,見通しの全く利かない新しいテーマに,これから挑むという意味ではない。

たとえば,これまで取り組んできたクチコミの研究で,非常に大きなリスクを伴う選択,善意に基づくものから政略的なものまでさまざまな誤情報の流布を扱うことが1つ。別のいくつかの研究では,地域の活性化や,コーズ・リレイテッド・マーケティングの視点を組み込むことを考えている。

それに向けて,様々な人々と準備を始めている。
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東日本大震災

2011-03-21 15:55:43 | Weblog
3月11日(金)午後2時46分,東北地方の太平洋岸,三陸沖を震源地とするマグニチュード9.0の地震が発生した。それがもたらした惨禍は筆舌に尽くし難いものだ。現時点で,この震災で亡くなられた方の数は2万人を超すと報じられている。被害の総額は20兆円ともいわれている。戦後日本が経験した,最大の惨事であることは間違いない。

地震が起きたとき,ぼくは山形県蔵王の山中にいた。蔵王で開かれたネットワーク生態学シンポジウムのフリータイムに,他の参加者とともに樹氷を見に出かけていたのだ。その帰り際,山腹でロープウェイに乗ろうとした瞬間,駅が大きく揺れ始めた。それから約6時間ほど,停電した駅の構内で,数十人の方々とともに救援を待ち続けた。

その間,iPhone を通じて,特に Twitter を通じていま何が起きているのかの情報を収集し続けた。最初に見たのは,仙台駅構内で掲示板が落ちている写真だと記憶する。蔵王だけでなく,東北全域で停電が起きていることもすぐに分かった。だが,それをはるかに上回る悲惨な出来事が各地で起きているとを,当初全く想像できなかった。

Twitter はさまざまなニュースを告げるとともに,シンポジウムの参加者の安否情報も伝えてくれた。遥か遠方の友人から励ましをもらった(なかには,仙台で被災された方もいた)。Twitter は非常に有用なメディアだと実感したが,充電池の残量がなくなってきたのには焦った。アクセス回数を減らしてしのいだが,スマホの脆弱性も実感した。

停電したままのホテルで一晩過ごしたあと,被災を免れている新潟経由で東京に戻ることになった。これをコーディネートしたのは,同宿の初老の男性だ。彼はバスをチャーターし,自分たちのグループ以外にわれわれにも声をかけた。その判断力や交渉力には感服した。災害時には,こうした無数の草の根リーダーの役割が大きいと感じた。

それから1週間,つねにTVを眺め, Twitter を眺めたり呟いたりしながら,非常に低い生産性で仕事などもしている。Twitter は便利なメディアだが,負の側面も多いことがわかってきた。単なる事実誤認から政治的な思惑を秘めたものまで,さまざまなデマや毀誉褒貶が飛び交っている。主観的には,その量が時間とともに増えている印象だ。

ぼくの研究テーマの1つにクチコミがある。新製品について様々な情報が伝播され,消費者がその影響を受けて選好を形成していく状況を想定していた。いま,Twitter 上ではそこでの想定をはるかに上回る速度で,激しい感情を伴ったクチコミが流布している。善意が悪意に,正義感が攻撃性に転化している。Twitter がそれを拡散している。

Twitter 上のデマがマスメディアに起点を持つ場合もある。マスメディアの報道に,Twitter 上で怒りが集中する場合もある。扇情的な既存メディアが非難され,これからはソーシャルメディアの時代だと語る人もいる。しかし,デマと憎悪が席巻している点で,ソーシャルメディアは必ずしも胸を張れない。そう単純な話ではないと思われる。

この事態に何か社会に役立ちたい,日本の復活に貢献したいという気持ちは誰もが持っている。それぞれの持ち場でそれを行うべきだとしたら,ぼくにとっては,研究と教育がその場になる。マーケティング研究者として何ができるか。ぼくにとって,クチコミの研究がその1つ。さらには,クリエイティブ・ビジネスの研究と教育がある。

救援は一刻一秒を争うが,復興は長丁場である。この1週間ですら,あれほど愛と善意が膨れ上がったように見えた日本社会で,憎しみと悪意が膨れ上がっているように感じる(それが誤認識であればうれしい・・・)。何ができるかわからないが,何かをする必要があるだろう。しかも,一時の盛り上がりで終わらない,持続するかたちで。
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衣笠祥雄監督とそのコーチたち

2011-03-06 13:37:32 | Weblog
「衣笠祥雄は、なぜ監督になれないのか?」―カープファンなら誰でも胸にしまってある疑問である。そして多くの人々が想定している答えは,本書が示唆する答えとそう違ってはいない。だが,真実はまだ明らかになっていないし,ある意味で誰にとっても明白な真実は存在しないかもしれない。

衣笠祥雄は、なぜ監督になれないのか?
堀治喜
文工舎

本書はまず,FA で広島を去っていった新井や黒田といった選手を取り上げる。記者会見での発言や報道記事から,彼らが広島カープから去った本当の動機を探ろうとする。その結論は,一度は優勝を経験したい彼らが要請するチームの戦力強化について,球団が真剣な対応をしなかったことにあるという。

著者の批判は,結果を出せない監督への甘い態度,内部出身者で固めたコーチ陣,以前にもまして大物を穫らないトレード,そして13年間Bクラスでも責任をとらない球団経営陣に向かう。シーズン最後にあれだけ黒田を引き留めながら,翌年の開幕戦では熱が冷めていたかのような地元ファンへも・・・。

こうした主張に共感するカープファンは少なくないだろう。著者は最後に,「夢の」監督・コーチ陣を披露する。確かにオールド・カープファンを魅了する顔ぶれだ。そのほとんどが,カープの黄金時代を支え,その後他チームにトレードで移った「反主流派的な」選手である(正田はちょっと違うが・・・)。

監督       衣笠祥雄
ヘッドコーチ   安仁屋宗八
野手総合コーチ  高橋慶彦
投手コーチ    江夏豊
         川口和久
打撃コーチ    江藤智
         金本知憲 引退後?
バッテリーコーチ 古田克也 →敦也?
内野守備コーチ  正田耕三
外野守備コーチ  長島清幸
二軍監督     古葉竹識

だが,高橋はロッテの二軍監督だし,長島も同じくロッテ,川口と江藤は巨人,正田はオリックスでコーチを務めている。みんな指導者としての経験に不足はない。こうしたOBの存在は,本来ならチームの資産といえるはずだ。プロ根性に溢れる彼らが,チームの士気を高めることは間違いない。

だが,それは結局,酒場で語られる夢物語でしかない。仮に球団のガバナンスに問題があるとしても,ではどうすればいいのか,そのあり方が見えない以上,批判は批判として終わってしまう。ソーシャルメディアを使った「ジャスミン革命」・・・なんてことが,ついつい頭をよぎったりする。

もちろんファンの意見は過激になりがちであり,球団にも言い分があるだろう。今年カープがAクラス入りでもすれば,ファンの怒りはたちどころに霧散する。特定企業の広告費に依存せず,独立採算を維持し,地域密着の先駆者であるカープの将来を,実現可能なイノベーションとして構想したい。

つまり,過去のあれこれ,恩讐を超え,未来志向で!
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村上憲郎氏の読書案内は量子力学に及ぶ

2011-03-05 23:49:15 | Weblog
グーグルの副社長,日本法人の社長・名誉会長を歴任された村上憲郎氏による「仕事術」の本。というと IT を駆使して仕事を効率化する方法が書かれた本だと予想してしまうが,そうではない。村上氏が仕事を通じて辿った思索と読書の遍歴が書かれている。その範囲はいわゆるビジネス書を超える。

村上式シンプル仕事術―厳しい時代を生き抜く14の原理原則
村上 憲郎
ダイヤモンド社

第1部では会社の仕組みや簿記など,経営の基本が語られる。最後にデール・カーネギーが出てきたのには少し驚いた。村上氏はことあるごとにカーネギーに教えられ,助けられてきたという。これまで何となく敬遠してきたが,非常に合理的な村上氏が推奨するなら,せひ読んでみようという気になった。

人を動かす 新装版
デール カーネギー,山口 博
創元社

道は開ける 新装版
デール カーネギー,香山 晶
創元社

しかし,本書が本領を発揮するのは第2部からだと思う。村上氏は米国で勤務していたとき,米国人を理解するにはキリスト教の知識が必要だと気づき,勉強を始める。そしてその形而上学に違和感を覚え,原始仏教を学ぶ。これは,当時人工知能の開発に携わっていたことも関係するという。

村上氏は,あらゆる領域について原典ではなく,コンパクトにまとめられた良書を読むことを奨める。グローバル時代に教養としておさえておくべき西洋哲学については,以下の2つの本が推奨される。木田元氏,黒崎政男氏ともに過去に著書を読んだことがあるが,魅力的な哲学者だ。これも読まねば。

反哲学入門 (新潮文庫)
木田 元
新潮社

カント『純粋理性批判』入門 (講談社選書メチエ)
黒崎 政男
講談社

村上氏は,文系の学問のなかで唯一科学的なのは,経済学だと考えている。経済学を学ぶのに,さすがに薄い入門書はないようで,マンキューの教科書が推奨される。もう1冊はハイエクだが,こちらは池田信夫氏による新書サイズの解説書が推奨される。このあたり,村上氏の社会観が窺えて興味深い。

マンキュー経済学セット
N・グレゴリー・マンキュー
東洋経済新報社

ハイエク 知識社会の自由主義 (PHP新書)
池田 信夫
PHP研究所

最後に,村上氏は理系の読者に対して,量子力学を学ぼうと提唱する。そのために量子力学を学ぶという視点に立った数学や解析力学の入門書が紹介され,ついで量子力学,量子コンピュータの参考書が紹介される。一部を書店でチラ見してみたが,やはり自分は理系でないなと痛感する羽目になった。

文系の読者に対しては,村上氏は放送大学の「初歩からの物理学」「物理の考え方」を視聴するとよいという。テキストは不要だと。しかし,ぼくはとりあえず以下のテキストを購入した。量子力学を学びたいからというより,最近交流が増えている経済物理学を理解するうえで必要と思ったからだ。

初歩からの物理学―物理へようこそ
生井澤 寛,鈴木 久男
放送大学教育振興会

物理の考え方
木村 龍治
放送大学教育振興会

ついでにこれも・・・(村上氏が,数学を忘れた理系出身者に奨める再入門書)。

初歩からの数学
岡本 和夫,長岡 亮介
放送大学教育振興会

面白いのが,これらの本を amazon で検索すると,仏教の本が推奨されたことだ。その本は村上氏が推奨していた本であり,かなり多くの人々が,村上氏が推奨する多様な分野の書物を amazon で注文したことを示している。この本は出版市場でかなりのインパクトを持つということだ。

ブッダが考えたこと―これが最初の仏教だ
宮元 啓一
春秋社

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