萩原雅之氏の『次世代マーケティングリサーチ』を読んだ。いろいろな思いが胸に去来した。80年代後半から00年代にかけて,ぼくが広告会社のR&D部門で取り組んでいたのは,まさに「次世代マーケティングリサーチ」の開発であった。そのときの「夢」をはるかに凌ぐものが,いま現実になっている。
マーケティングリサーチが進化した背景に,企業が求めるデータの変化がある。萩原氏はそれを以下のように整理する:
集めるデータ →集まるデータ
集団データ →ひとりのデータ
スポットのデータ→パネルデータ
過去のデータ →リアルタイムデータ
意識のデータ →行動のデータ
要素のデータ →関係のデータ
このときマーケティングリサーチは asking から listening へと転換する。調査対象者はrespondent から participant へと変わる。つまり,リサーチャーは消費者と対峙して仮説検証するのでなく,消費者との壁を取り払って行動を観察し,ウェブ上での発言を聴き,そのインサイトを獲得することになる。
そうした方法論の典型がエスノグラフィだ。さらに,ウェブ上のコミュニティが活用される。それは,利用できる企業が単一か複数か,オープンかクローズドかで4つに分類される。複数企業が利用するクローズドなコミュニティは,従来型の標本抽出が難しくなるなか,調査の一定部分を代替するだろう。
ブログやツイッターなど,ソーシャルメディアの活用を扱った章は,とりわけ現在のぼく自身の関心に合致する。感情の観測や未来予測を「集まるデータ」によって行うことはもはや「夢」ではなく,現実になりつつある。その延長線上にライフログの収集があり,購買履歴データとも連結していく。
次世代マーケティングリサーチでは,高度なテクノロジーが駆使される。デジタルサイネージ,GPS,顔認識技術,3次元映像解析,RFID,バイオメトリクス・・・様々な最新技術の応用が紹介される。それらを幅広く取材している著者もすごい。コストとベネフィットが実用に耐えるかどうかが今後の論点だ。
新しいリサーチ手法の1つの特徴は,標本理論からの脱却である。その理由は,現実に無作為に近い標本抽出が不可能になってきていることと,そもそも巨大な母集団を考えることが実務的に無意味になったという2つの側面がある。後者の点に関連して,本書が紹介する次のエピソードが興味深い:
ともかく,この本はマーケティング「業界必読の」書である。日常に埋没しがちな人には未来に向けて目を開かせることできるし,逆に変革を志向している人にはさまざまなヒントを与えることになる。実務家はもちろんだが,研究者もまた一読して,自分が次世代に適応できるかを自問すべきであろう。
マーケティングリサーチが進化した背景に,企業が求めるデータの変化がある。萩原氏はそれを以下のように整理する:
集めるデータ →集まるデータ
集団データ →ひとりのデータ
スポットのデータ→パネルデータ
過去のデータ →リアルタイムデータ
意識のデータ →行動のデータ
要素のデータ →関係のデータ
このときマーケティングリサーチは asking から listening へと転換する。調査対象者はrespondent から participant へと変わる。つまり,リサーチャーは消費者と対峙して仮説検証するのでなく,消費者との壁を取り払って行動を観察し,ウェブ上での発言を聴き,そのインサイトを獲得することになる。
そうした方法論の典型がエスノグラフィだ。さらに,ウェブ上のコミュニティが活用される。それは,利用できる企業が単一か複数か,オープンかクローズドかで4つに分類される。複数企業が利用するクローズドなコミュニティは,従来型の標本抽出が難しくなるなか,調査の一定部分を代替するだろう。
ブログやツイッターなど,ソーシャルメディアの活用を扱った章は,とりわけ現在のぼく自身の関心に合致する。感情の観測や未来予測を「集まるデータ」によって行うことはもはや「夢」ではなく,現実になりつつある。その延長線上にライフログの収集があり,購買履歴データとも連結していく。
次世代マーケティングリサーチでは,高度なテクノロジーが駆使される。デジタルサイネージ,GPS,顔認識技術,3次元映像解析,RFID,バイオメトリクス・・・様々な最新技術の応用が紹介される。それらを幅広く取材している著者もすごい。コストとベネフィットが実用に耐えるかどうかが今後の論点だ。
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新しいリサーチ手法の1つの特徴は,標本理論からの脱却である。その理由は,現実に無作為に近い標本抽出が不可能になってきていることと,そもそも巨大な母集団を考えることが実務的に無意味になったという2つの側面がある。後者の点に関連して,本書が紹介する次のエピソードが興味深い:
・・・「江夏の21球」を掲載した『Number』編集長(当時)の岡崎満喜氏は、1986年に「江夏の経歴を洗って人物クローズアップ的な手法をとるよりも、広島―近鉄の日本シリーズの最終戦で彼が投げた21球を徹底的に“解剖”する方がより江夏の本質に迫れるのではないか」と記している。そこでは,データのサイズとしては小さくとも,そこに凝集された(本質的な)情報がある,という考え方が示唆されている。それは標本理論とは真逆の考え方であり,別の理論的基礎づけが必要になる。次世代マーケティングリサーチが普及する上で,それはアカデミアに課せられた問題だろう。
ともかく,この本はマーケティング「業界必読の」書である。日常に埋没しがちな人には未来に向けて目を開かせることできるし,逆に変革を志向している人にはさまざまなヒントを与えることになる。実務家はもちろんだが,研究者もまた一読して,自分が次世代に適応できるかを自問すべきであろう。