Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

「行動経済学」は死んだ?

2016-08-25 01:18:31 | Weblog
正確にいえば「行動意思決定論」におけるいくつかの有力命題、たとえば選択における文脈効果はもはや死んだ・・・という主張を行うのが、当該分野を主導してきた Itamar Simonson だというのは、マーケティングや消費者行動の研究者にとって天地がひっくり返るほどの驚きだろう。

さらに正確にいえば、ネットが普及し、サーチ、ソーシャルメディア、レビューサイトなどを一般消費者が使いこなすに至った今日、選択肢として何を比べさせるか次第で選択が変わるという「文脈効果」など、相対的な評価に伴う選択のバイアスが消えてしまう、という話である。

それを本書では絶対価値(absolute value)で消費者が購買する時代になったと述べる。絶対価値という表現は誤解を生みかねないが、それは「相対的でない価値」という意味である。ネット上で他者による評価を参考に、十分に満足度の高い選択肢を簡単に見つけることができる。

ウソはバレる
――「定説」が通用しない時代の新しいマーケティング
イタマール・サイモンソン,
エマニュエル・ローゼン
ダイヤモンド社


こういう時代になると、従来のマーケティングの常識であるポジショニングという発想は効果を失い、セグメンテーションの仕方も根本から変える必要があり、ブランド構築や広告による認知の獲得も無意味になる。ロジャーズ流の普及モデルやキャズム論ももはや非現実的とされる。

従来のマーケティング・リサーチも役に立たない。より高度な手法であるコンジョイント分析やラダリングなども出番がない・・・となると少なからぬリサーチャーが失職してしまう。いやいや、従来のマーケティング手法が役に立つ分野は残るので安心せよ、と一応の気遣いはある。

それにしても、レビューサイトに投稿された消費者の経験はどこまで信じるに足るのか?著者は、デマやヤラセがあったとしても、サイト間の競争で大体淘汰されると基本的には楽観的だ。部分的にはいろいろツッコミはあるにしろ、大勢としてはそうかもしれぬ、と思ってしまう。

さて、本投稿のタイトルは煽り気味に「行動経済学の死」としたが、もちろん著者たちはそんなことは一言もいっていない。行動意思決定理論が発見してきたバイアスやアノマリーを人々の理性が克服したのではなく、それが出にくい方向に情報環境が変わった、ということなのだ。

現在進行中の情報環境の変化が消費者行動にどのようなインパクトを与えるのか、その極限を探究した本として、マーケティングの研究者には非常に刺激的である。実務家にとっては、著者自身が本文中で何度も警告しているように、本書の主張を過度に一般化しないようにしたい。

コメント

ブルデューを難解と感じる私のために

2016-08-08 23:28:32 | Weblog
私の研究上の関心の1つに「階級(階層)と消費」がある。その初期の成果については、今年3月の JAFEE で「クリエイティブな仕事とクールな消費~社会関係資本・文化資本・消費行動」と題する発表を行った。そこで大いに参考にした文献の1つがブルデュー『ディスタンクシオン』である。

『ディスタンクシオン』は、文化資本に基づく社会階層のありようを実証的に示した有名な文献だ。質問紙調査の結果に多重対応分析を施すあたりは、マーケティング研究者は親近感を覚えるだろう。とはいえ、さすがフランスの一級知識人の著作らしく、多くの箇所で難解な文章に遭遇する。

そこでブルデューについての理解を深めるべく『ブルデュー 闘う知識人』を読んでみた。著者の加藤晴久氏はブルデューの多数の著作の翻訳に関わり、ブルデュー本人との交流も深い。本書の前半では、ブルデューの生い立ちや人となりが、著者自身が経験したエピソードを含めて紹介される。

ブルデュー 闘う知識人
(講談社選書メチエ)
加藤晴久
講談社

あるとき加藤氏が哲学者のフーコーになぜ難解な書き方をするのかを聞くと「フランスではすくなくとも10%、理解不可能な部分がなければならない」という答えが返ってきた。これを聞いたブルデューは「10%ではだめで、すくなくともその二倍」はなくてはならない、と述べたという。

晦渋な表現を好むのは、フランスに限らず、少なからぬ哲学者や社会科学者によく見られる傾向だ。過剰に高度な数学を使うことも同じことかもしれない。そうする本来の理由は、理論をより厳密に記述することであるはずだが、そこに衒学的な動機が忍び込んでいる可能性も否定できない。

ブルデューもまた難解な文章の書き手であることは加藤氏も認めるとおりである。本書の後半では、ブルデュー社会学の基本概念がわかりやすく解説されており(ただしブルデューの著作から引用された文章を除く!)個人的にはありがたい。ブルデューもこんな感じで書いてくれたらと思う。

しかし、そうならない理由の1つが、知識人間の競争であろう。本書で述べられているように、フランスの教育では哲学が重視され、またごく少数のエリートを教育するグランゼコールが君臨する。フランスにおいて知識人として生き抜くには、難解な表現による修辞法が不可欠なのだろう。

地方の郵便局員の子であったブルデューはグランゼコールに進学し、最終的にはフランスのアカデミズムの頂点にあるコレージュ・ド・フランスの教授に就任する。思弁的な同僚たちを軽蔑しつつも、自分の地位を築き、後進を育てるためには、それなりの戦略が必要だったと思われる。

文化資本や学歴に基づく階層構造に対して批判的なブルデューが、ある意味でその構造に安住しているように見える矛盾についても、本書で言及されている。本書の面白さの1つは、ブルデューをただ一方的に称賛するのではなく、彼のもつ多様な側面について公平に描いている点にある。

ディスタンクシオン I
ピエール・ブルデュー
(訳:石井洋二郎)
藤原書店

ディスタンクシオン II
ピエール・ブルデュー
(訳:石井洋二郎)
藤原書店

コメント