11月6~7日に関西学院大学で開かれた,日本消費者行動研究学会(JACS)の
第41回研究大会に参加した。この学会の名物の1つは, JACS-SPSS 論文プロポーザル賞。生涯で最も研究時間に恵まれ,頭が最も柔らかい(はずの)大学院生たちが研究のプロポーザルを競う。賞金金額はこの種のコンペのなかで(多分)最高額の部類に属する。
ぼくが個人的な趣味で最も楽しみにしていた発表の1つは「デザイン属性が多属性意思決定に与える影響」という京都工業繊維大学の山本将介さんの発表だ。製品のデザインは,現代のマーケティングにとって最重要かつ最難関の問題である。これに若手研究者が挑むというのは素晴らしいことだ。しかも,それを選択の文脈効果と結びつけるというから興味津々である。
この研究はすでに何回かプリテストが行われている。デザインを主観的な属性と捉え,複数項目で評価したあと,因子分析を行うというのは,定番的なアプローチといえるだろう。そして,それを魅力効果や妥協効果といった文脈効果と結びつけようとするわけだが,これまでのところ期待する結果は得られていない。捲土重来を期してのプロポーザルであった。
問題意識は大変面白い。ただ,デザインに従来型の多属性アプローチを適用していくのはどうなのだろう・・・。もちろん,そんな評論を述べることは簡単だが,実際にどうするかは簡単ではない。当面は既存のツールで何とかしていくしかないかもしれないが,やはりいずれは方法論のブレイクスルーが望まれる。その課題は当然,自分を含む学界全体に投げかけられる。
午後からの自由論題発表で最初に聴いた,明治大学の上原義子さんの「伝統的工芸品のマーケティング」についても同じことを感じた。この課題を自分ならどう扱うか考えてみたが,なかなか奥が深い。伝統的工芸品の評価には熟練を要する。そして,それは単純な線形関数では表現できないはずだ。一筋縄でいかないからこそ価値ある研究テーマなのである。
なお,ぼくの出ている学会で明大の院生に会うことは滅多になく,大変心強く思った。彼女は商学研究科に属しており,ぼくはいまのところ,そのメンバーではないのだが・・・
早大の中川宏道さんの「デジタルサイネージが商品選択に与える影響について~アイトラッキングによる効果測定」という発表は,下條信輔先生の「
視線のカスケード効果」について熱く語ることで始まる。中川さんは日本ではまだ少数の,「無意識」の選好形成に注目する若手研究者だ。いずれ精緻化-見込みモデル等々を乗り越える地平を開くことを期待している。
自分が関わったのが,山田尚樹,秋山英三,水野誠「選択における葛藤回避と正則性の破れ~個人の心理特性の影響」である。人間はトレードオフ(二律背反)を回避するため,意思決定を延期しがちだという主張がある。だが,実験してみるとそうした被験者は少数で,一般より合理的な思考傾向を持つ人が多いことが見いだされた。
決定の延期をよりよい解を探求することだと考えれば,それは合理的である。トレードオフ下での選択の認知コストや,選ばれなかった選択肢への後悔(regret)を考慮すれば,それは合理的選択としてモデル化することができる。一方,その裏返しとして,ある種の「非合理性」が働かないと,人は意思決定できないということを強調してもよい。
ただし,合理性という概念は多義的で,安易に手を出すと迷宮に入り込む恐れがある。また,個人差で説明することは,変数を増やして問題をより複雑にすることでもある。消費者行動(CB)の研究は,実際は単純な事態を複雑に記述しているように見えることが時々ある。初日の基調講演で
小川孔輔先生が批判した「研究のための研究」と重なる問題だ。
小川先生は JACS の創設メンバーだが,これまでそこで発表されたことはなかったそうだ。確かにマーケティング・サイエンス(MS)の中核的な研究者は,あまりこの学会に入会していない(逆も真かもしれない)。その理由の1つは,複雑に見える現象をより単純な原理=モデルで説明するという「倹約志向」が,CB では弱いことにあるのではないか。
しかし,少なくとも INFORMS Marketing Science Conference などに行くと,CB の成果が MS に吸収されていることがわかる。実際,行動経済学の興隆以前に,MS はプロスペクト理論,メンタル・アカウンティング,非補償型決定ルールなどを吸収してきた。米国の博士課程では,MS 専攻の院生も CB を勉強させられる(逆もあるだろう)のが一因だろうか。
行動経済学は,新古典派経済学を批判するにせよ補完するにせよ,経済学というよくも悪くも一貫性の高い理論を意識して展開されている。その結果,倹約原理が適度に作動している。そういった縛りのない CB は,多様な学派から「使えそうな」概念をアドホックに動員する。それでも個人内に一貫性があればまだいいが,一人百家争鳴状態が見られたりする。
それも一つの学風であり,一概に悪いとはいえないが,行動経済学や行動意思決定理論に見られる,ほどよい一貫性を追求する流れがあってもいい。日本では竹村和久先生がその先陣を切っている。一方,そのことがデザインや工芸品の研究に潜在する,消費者行動のホリスティックな側面の探求につながるかどうか。自分でも何かできないかと思うのだが・・・。
何てことを書き散らしつつ,しばらく落ち着いて研究に時間が割けない日々が続く・・・。