Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

Excelだけでできるデータ解析

2010-11-30 17:48:00 | Weblog
文科系だが一定のデータ解析を必要とする学生あるいは社会人にとって,統計ソフトをどうするかという問題は依然としてある。SPSS は確かに使いやすいが,高価なので自分で買うわけにはいかない。無料という意味なら R があるが,やはり敷居は高そうだ。で,結局のところ選択肢は Excel に絞られる。

Excel による統計分析入門,といった本はたくさん出ている。このたび献本いただいた以下の本もその1冊。マーケティングへの応用の例が多いこと,比較的コンパクトなこと,Excel の最新バージョンにも対応している(ただし Windows 版のみ)のが特徴だ。以上の条件は,うちのゼミ生にぴったりである。

専門知識ゼロでも使いこなせる ビジネス統計入門 (ビジネス新・極意)
兼子 良久
アスキー・メディアワークス

構成は記述統計,推測統計,多変量解析の三部からなる。多変量解析は重回帰分析だけで,それでは物足りない読者も少なくないだろう。しかし,学部生(あるいは新入社員)のうちは,これらの基礎的な統計分析手法を使いこなすことに専念し,そこを卒業したら,より上級の手法を学ぶという考え方もある。

分析手法だけ紹介するのでなく,最後にピボットテーブルを使ったクロス集計表の作り方が紹介されているのは,なかなか便利である。データ解析はしたいが Excel しか使えないという方が最初に手に取ってみるべき教科書である。
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マーケティング・サイエンスの新定義

2010-11-29 23:01:54 | Weblog
日本マーケティング・サイエンス学会の代表理事であり,この分野の第一人者である片平秀貴先生が,ツイッター上でマーケティング・サイエンスの現状についてきわめて重要な指摘をされている:
JIMS研究大会無事閉会。今までマーケティング・サイエンスという分野の仕事のほとんどは企業の「マーケティング担当者」を助けるためにあった。開発も生産も商品企画もなく皆で体で顧客を感じ、顧客を喜ばせる時代に入り、改めてその存在意義が問われている。
次のツイートで,マーケティング・サイエンスの新たな定義が提案される:
Mサイエンス、今まで:”scientific approaches to marketing decisions”、これから:”adapting knowledge in the various scientific fields to marketing contexts”
昨日の投稿で紹介した JIMS での片平先生のコメントでも,マーケティングを企業の特定部署,特定の職能を持つ人々に限定する時代の終焉が指摘されていた。我流に解すれば,マーケティングという行為がなくなるのではなく,遍在するようになる,ということだ。その結果,マーケティングの能力は特殊技能ではなく,一般教養に近いものになる。

遍在するマーケティングにおいて重要なことの1つが,顧客インサイトの獲得であろう。現場の最前線にいるクリエイターやプランナーがそのために重視するのは行動観察やブレーンストーミングであって,サーベイデータや統計解析ではない。一方で,膨大なマーケティング・データの蓄積が,かえって「高度な」解析モデルを使えなくするという皮肉がある。

こうして使われなくなるマーケティング・サイエンスのツールの「高度化」に,少なからぬ研究者が血道を上げているのも皮肉である。それは同業者間で優劣を競うゲームでしかない。あるいは,それですらまだましと思える現状がある。そこに埋もれている限り,自分もまた免罪されない。だからこそ,片平先生が提示する新しい定義を噛み締める必要がある。
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JIMS@電通ホール~プラトーを超える

2010-11-29 08:42:30 | Weblog
11月27~28日は,汐留の電通ホールで開かれた日本マーケティング・サイエンス学会の研究大会に参加した。もう20年近く,春と秋の大会にほとんど参加してきた。つまり,自分にとっては正月やクリスマスに近い年中行事である。それだけに,大概の発表では刺激を受けなくなってきた。しかし,質疑応答や懇親会での会話が心を揺さぶることもある。

マーケティング組織の「市場志向」を調べた研究に対して,片平秀貴先生から,いまの時代そもそも社内に独立した組織としてマーケティング部門を持つことこそ,どうしようもないというコメントがあった。また,市場志向という概念自体,現在意味のあることなのかどうかとも指摘された。後のセッションで阿部誠先生もまた,同じ意見を表明されていた。

これは1つの例にすぎない。この学会ではどれだけ「先端的な」分析手法を用いているかが関心を集めがちだが,それ以前に,取り上げているテーマがどこまで現代的で,その分析枠組みが革新的かどうかが問われなくてはならない。そういう観点から振り返ると,冒頭で取り上げた研究に限らず,多くの研究が迷路に入り込んでいるといわざるを得ない。

では,自分たちの発表はどうであったか?
新保直樹,高階勇人,田内真惟人,城沙友梨(構造計画研究所),水野誠(明治大学):Twitterによる企業と顧客の対話:企業ツイートのコミュニケーション効果分析
ツイッターをテーマとして取り上げていること自体は現代的といえるだろう。もちろん,マーケティングにおいて,ただ新しい話題を取り上げればよいという問題ではない。それをいかに新しく扱うかも重要だ。

この研究のポイントは2つある。企業がツイッターを用いたコミュニケーションを行うときの「対話効果」と「情報拡散効果」だ。後者について,ツイッターは貴重な情報を提供してくれる。今回分かったことは,企業アカウントのフォロワーを超えた情報伝播力はフォロワー数と関係がないこと,そして,個々のツイートの拡散範囲はベキ分布に従うことだ。

では,まれに爆発的な拡散が起きるのはなぜか。そこまで分析が及ばなかったのであくまで予想だが,それはツイートの内容や単なるタイミングといった「個別要因」だけではたいして説明できないだろう。当の企業がいかにつぶやいてきたか,そのとき世のなかで何が起きていたか,さらには各人のタイムラインで何が流れていたかという「文脈要因」が重要だ。

一方,対話の効果はどうか。企業から消費者への返信と消費者から企業への返信に相関がある。両者の間の返信のセンチメント(ポジティブかどうか)にも相関がある。このことは対話の正のスパイラルを示唆しているように思う。ただし,それがさらにどんな効果を持つかを検証することは難しい。ソーシャルメディア・マーケティング全体が抱える課題でもある。

われわれのあとに発表した日経リサーチの佐藤邦弘さんは,ブログやツイッターで起きているコミュニケーションを可視化し,定性的に理解しようとしている。個別事例の分析からインサイトを得ることは非常に重要である。われわれの発表にコメントされた電通の丸岡吉人さんが指摘されたように,対象は急速に変化しており,一般化するのは時期尚早である。

いずれにしろ,こうした研究が分析枠組みにおいても革新的であったというつもりはない。ただ,これまでにない対象を相手にすることで,個々の手法の背後にあるパラダイム変換が迫られていることは確かだ。そういう意味で,視覚マーケティングに取り組む中川宏道さんや里村卓也さんの研究も見逃せないものであった。革新の芽生えは確実に存在している。
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川越のビジョナリー・カンパニー

2010-11-28 21:41:38 | Weblog
金曜の夜は,淡路町近くの産業経理協会で開かれた「産学連携サービス・エンジニアリング講演会」に参加。川越でバス事業を展開するイーグルバスについて,筑波大の岡田さんによる導入のあと,谷島社長から詳しいお話を伺った。運行ダイヤの最適化など,科学的アプローチによる効率化で優れた企業と聞いていたが,それ以上に感銘を受けたのが,「社会的企業」であることを目指す同社のミッションである。

イーグルバス・グループは観光事業から出発した。バス事業への参入が福祉送迎バスから始めたこともあり,介護・福祉事業も手がけている。同社はこれらの事業を単にポートフォリオとして分立させるのではなく,シナジーを追求している。車椅子対応のバス開発で特許を取ったり,外国人障害者向け川越ツアーを企画したり,介護施設の利用者向けのバーチャルツアーを実施したり,サービス開発のクリエイティビティは高い。

運行ダイヤの最適化など,徹底した効率性の追求は,都市部近郊あるいは過疎地域で路線バスを運営するという同社の引き受けたミッションに起因する。もちろんコスト削減だけでなく,顧客への調査をさまざまな形で行うことで,顧客満足の向上にも注力している。これまたミッションにつながる課題である。つまり,まず出発点に社会的ミッションと利益を両立させようという意志があることがきわめて重要だと思われる。

素晴らしい「小さな巨人」的企業は日本中にある。そうした企業が日本中を覆い尽くせば,この国はさらに住みやすくなるだろう。それは一見,世界中でアップルやグーグルのような「大きな巨人」が繰り広げていることと距離感がある。だが,問題は二者択一ではない。各地の小さなビジョナリー企業たちが結びつくことで,何かが生まれるのではないか・・・。そのことを,大文字のサービス・イノベーションと呼んでみたい。
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利益誘導政治のゲーム理論

2010-11-26 13:25:19 | Weblog
卒論指導とゼミと授業でびっちり埋まった一日だったが,帰宅途上に,斉藤淳「戦後日本政治と説明責任」と題する VCASI セミナーを聴講した。講師は現在「イェール大学」で教える気鋭の政治学者だが,民主党に属する国会議員であった経験も持つ。最近『自民党長期政権の政治経済学―利益誘導政治の自己矛盾』という本格的な研究書を上梓された。

自民党長期政権の政治経済学
―利益誘導政治の自己矛盾
斉藤 淳
勁草書房

斉藤氏は,かつての自民党長期政権を囚人ジレンマゲームで分析する。与党が有権者に利益を与え,彼らが投票するなら「協調」が成り立つが,両者ともそれを裏切る誘因がある。有権者が必ず投票するなら,与党は利益供与をする必要はないし,与党が必ず利益を与えるなら,有権者は投票する必要はないからだ。では,なぜ自民党長期政権は持続し得たのか?

1つには,政権交代が事実上ない状況では,無限の繰り返しゲームが行われているとみなし得る。第2に,裏切りへの罰が存在すること。斉藤氏は日本の投票所が「国際基準」から見ると秘密投票を保証していないと指摘する。さらには,与党を支持する業界団体や企業が果たす監視・強制機能が存在する。こうした仕組みが,入れ子状となって日本の隅々まで覆う。

その結果,利益供与を期待する有権者が,与党に対してどれだけ集票に貢献したかの「逆説明責任」を負うことになる。民主主義の建前からすると本末転倒だが,それが現実だと。では,一見盤石に見える自民党体制がなぜ崩壊したのか。1つの要因として,斉藤氏は市町村合併を挙げる。人口に比して地方議員数が多い市町村こそ重要な基盤になっていたからだ。

自民党政治の本質は,投票した有権者への選択的な利益供与である。公共財自体は非選択的に提供されるが,その工事の発注は選択的である。これに対して民主党の政策は,一定のルールに基づき有権者に一様に利益供与する点で異なる(それを「ばらまき」と呼ぶなら,自民党は「えこひいき」になるという)。そこが昨年の政権交代の本質的意味かもしれない。

では,現在の民主党政権をどう見るのかという質問に対して,斉藤氏は,民主党議員の側に政策立案に十分なインフラがないまま霞ヶ関に対峙したことの限界,そしてこの政権が持続しないことを見越した官僚たちのサボタージュを指摘する。つまり,政治家と官僚のゲームという,自民党長期政権の時代とは異なるゲームを分析する必要がある,とのこと。

自民党は地域に密着してサービスのカスタマイズを行うフランチャイズチェーンであるのに対して,民主党は全国一律のサービスを提供するチェーンストアだという比喩も面白い。自民党長期政権を支えた体制はもはや過去のものとなったのかという問いに,斉藤氏は,自民党が再び政権に返り咲き,中選挙区制に戻すことをした場合,復活するかもしれないと答える。

現下の政治状況を具体的な個人が繰り広げる「政局」として見るのでなく,俯瞰した視点から,いったん抽象化して眺めることで,その深い意味が見えてくる。それは一定の仮定の上に築かれている。しかし,そこから導かれた結果が,いくつかの集計レベルのデータをうまく説明するのであれば,有力な説明原理になる。本研究はまさにそうした例の1つといえよう。

研究という面では,モデルの仮定,抽象化することで捨象されたものをつねに問い直していくことが必要だ。たとえば,政治的に配分される経済的利益と勝ち馬に乗ることで得られる心理的効用を,相互に補償可能だとして加算することをどう考えるか。情動という要因が加味されたときの振る舞いはどうなるのか。個人的にはそういった超ミクロなことも気になる。

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今年のXmasはマエケン祭りか?

2010-11-22 15:12:26 | Weblog
三省堂書店本店という,読売巨人軍の本山がそう遠くない書店においても,スポーツ書コーナーは「前田健太」で溢れる。広島カープに限らず,セ・リーグに現れた久々のスター。来年のプロ野球界は,斉藤祐樹,大石達也,ダルビッシュ,田中将大など,パ・リーグの選手の話題一色になる。セで話題になり得るのは,おそらくマエケンだけである。

そんな選手を万年Bクラスのカープが抱えていいのか,いずれどこかに行くのではとファンは不安を抱きつつ,「いま,ここにある歓喜」に溺れている。そして思う。スターの出現を機にダメチームが奮起して強豪チームをなぎ倒していく「映画のような」展開が起きないか・・・あれだけ叩かれた「岡ちゃん」がいま「ありがとう」といわれるように・・・。

ともかく,クリスマスが近づき,街中に赤い装飾が溢れるとき,マウンドで躍動する彼のピッチングフォームを思い出すだろう。それに備え,前田健太「著」の本を購入した。さらに,前田健太「監修」のムックもだ。ついでにマエケン特集を掲げる「広島アスリートマガジン特別増刊号」も・・・。これで,ぼくのクリスマスへの備えは万全だ。

以下,前田健太「著」
#(背番号)18マエケン
前田 健太
ベースボールマガジン社

前田健太「監修」
前田健太 RED-18
(別冊宝島 1704 カルチャー&スポーツ)
宝島社

前田健太「特集」
広島アスリートマガジン
2011年特別増刊号
広島アスリートマガジン編集部
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間接クチコミの重要性~JIMS部会

2010-11-20 09:54:01 | Weblog
昨夜の JIMS 部会には,最近『大ヒットの方程式』を上梓された,鳥取大学の石井晃先生をお招きし,「ヒットの数理モデル」についてお話しいただいた。石井先生は物性物理の専門家だが,数々のヒット音楽をプロデュースしてきた吉田就彦さんとの縁で,ヒット現象の数理解析にも取り組まれてきた。

石井モデルは,マーケティング・サイエンス(MS)の立場からは,普及モデルの古典 Bass モデルに「間接コミュニケーション」を加えたものとみなせる。Bass モデルでは採用者から非採用者へのクチコミが扱われているが,石井モデルではそれが第三者に伝播する可能性が考慮される。

さらにいえば,採用者→非採用者のクチコミの流れだけでなく,非採用者のもたらすクチコミもモデルに組み込まれている。ヒットが生じるのは,まだそれを採用していなくても話題にするほど注目される場合だといえる。これらの要素は,従来の普及モデル研究では見逃されてきたことだと思う。

石井先生が主に取り上げるのは映画であり,クチコミはブログから測定される。映画の場合,クチコミは封切り前にすでに盛り上がる。その時点で誰も映画を見たものはいないが,広告やパブリシティといった外力が働く。封切り後は直接/間接のコミュニケーションがクチコミの盛衰を左右する。

間接コミュニケーション,非採用者のクチコミを考慮することで当然モデルは複雑化し,パラメタが増える。そのことで予測が多少面倒になるとしても,普及プロセスの実態がより深く理解される意義は大きい。石井モデルが刺激になって,普及研究がより厚みを増していくことが期待される。

映画の観客動員数は,MS では Eliashbergらが精力的に研究してきた(日本では荒木先生など)。映画の普及パタンには独自の特徴があるように思われ,石井モデルを他の財の普及にあてはめるとどうなるのかも興味深い。タレントのライフサイクルの予測に拡張できないか・・・という話題が二次会で出た。

大ヒットの方程式
ソーシャルメディアのクチコミ効果を数式化する
吉田 就彦,石井 晃,新垣 久史
ディスカヴァー・トゥエンティワン

研究会の後半では,ぼくも共著者の一人である「Twitterによる企業と顧客の対話」が報告された。実はまだ分析の途上であり,来週の JIMS 研究大会までにもっと充実させる必要がある。ということで,その内容の紹介は延期したい。
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サービス産業のグローバル展開~グマ研

2010-11-19 12:48:04 | Weblog
経営学部の大石先生が主宰するグローバル・マーケティング研究会(グマ研),いつもは夜の授業がある曜日に開催されていたが,今回はたまたま水曜の夜に実施された。今回のテーマは「我が国サービス産業のグローバル展開」で,講師はジェトロのグローバル・マーケティング課長である北川浩伸氏。精力的に海外進出企業の調査と支援をされている。

いうまでもなく,日本企業のグローバル化というと,製造業を中心に考えがちである。だが,国内市場に頼っていただけでは成長できないのはサービス産業も同じだ。大手の小売業や外食産業のチェーンがアジアに進出していることはよく知られている。それだけでなく,地方の小規模サービス業者を含む様々な分野の企業が,積極果敢に海外進出している。

サービス産業のグローバル・マーケティングは,理論的に未確立らしい。製造業の場合,グローバル化は製品輸出から始まる。しかし,生産と消費の同時性という特徴を持つサービス産業は,基本的に最初から現地進出するしかない。しかも消費地のど真ん中に。通常,現地には既存企業があり,競争は激烈になる。国内産業を保護する規制もある。

サービス産業の海外進出において最重要な要素の1つはいうまでもなく人である。そこで懸念されるのが,最近若者が海外(特に途上国)に行きたがらないという傾向だ。それをめぐるフロアを巻き込んだ議論で面白かったのが,米国でグローバル経営研究が発達した背景に,米国人もまた海外勤務を嫌うという問題があったということだ。

日本のサービスは,ある種のきめ細かさが売り物である。だが,グローバル化には標準化が欠かせず,チェーン店が成功している背景にはそれがある。日本のホテルがグローバル化に失敗した理由を伺うと,北川さんはやはり標準化の失敗が一因ではないかと指摘された。だからというべきか,東横インなどは順調に海外進出を果たしている。

きめ細かな高品質なサービスと標準化のトレードオフ・・・ そう書くと教科書的に響くが,問題はやはりそこに帰着するということだろう。日本車の成功には製造品質面での標準化が大きく寄与している。しかし,いま日本車が直面しつつある限界は,ブランディングやサービスのような非モノ的な品質での標準化に関わっているように思える。

日本企業のグローバル・マーケティング
グローバルマーケティング研究会
白桃書房
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選好形成研究の道具箱

2010-11-18 08:51:01 | Weblog
先日のセミナーで竹村和久先生が挙げていた,選好形成に関わる重要な過去の心理学的・認知科学的研究:

 フレーミング
 選好逆転
 理由に基づく選択
 優越構造

 認知不協和
 単純接触効果
 状況焦点化
 視線カスケード
 選好の構成

最初のカテゴリーは,知覚バイアス系かな・・・

いずれにしろ,選好形成の既存研究は,経済学にもマーケティングにもたくさんある。実はそのへんを博士論文でレビューしたが,いまから思えば,浅く狭かった。もう一度レビューを行って,まとめる価値があるかもしれない。博士論文と違い,そこに自分独自の研究を加えることにこだわらないなら,そう難しいことではないだろう。
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選好形成の先端的研究が日本でも・・・

2010-11-16 07:40:58 | Weblog
慶應義塾大学(三田)で開かれた「特定領域研究2010年度第2回意思決定班ワークショップ」を聴講した。以下の3つの報告がなされた:
竹村和久(早稲田大学):ゲーズ・カスケード効果および選択反応効果による選好の形成についての実験心理学的研究

坂上貴之(慶應義塾大学):直前の強化間での出来事が次の強化間での行動に影響を与える

酒井裕(玉川大学):合理的学習戦略から顕れる非合理行動
竹村先生が冒頭,行動実験やプロトコール分析のみならず,アイトラッキングや脳神経科学的分析までを動員して「選好形成」を研究しようという壮大なプロジェクトを紹介する。報告のタイトルにある「ゲーズ・カスケード効果」(下條先生の著書では「視線のカスケード効果」)が示唆するように,行動が選好を決めるという側面が強調される。いうまでもなくこれは,選好が行動を決めるという,経済学に代表される社会科学の標準的な枠組みへの挑戦である。

竹村先生はかねてより「状況依存焦点モデル」を提案している。このモデルは,Tversky, Kahneman 等がフレームを重視するのに対して,注意を重視する。注意の比(のベキ関数)が選択反応の比と比例することは,(一般化)対応法則(マッチング則)として知られている。これは一定の条件の下で,ルースの選択公理あるいは確率選択モデルと数学的に同値になるという。この研究は数理心理学的でもある。

竹村先生の著書:
行動意思決定論―経済行動の心理学
竹村 和久,
日本評論社

数理的な研究という点で,酒井先生の報告から1つの最先端を窺うことができた。元々物理学の立場から計算論的神経科学の研究を始め,いまは神経計算論を目指しているという。シナプスと人間行動に共通する学習の原理を数理的に追求する。上述の対応法則は,報酬の最大化をもたらさない。ではなぜそれが学習の帰結として得られるのか。あるいは,どのような学習ルールの下でそうなるかが数理的に分析される。

それによれば,理想的な条件のもとでは,報酬を最大化する行動も,対応規則に従う行動も,グローバルな最適点に到達する。しかし,現実にはそのような理想的な条件は達成されない。すると,なぜ「非合理」な対応規則があえて選ばれ続けるのか・・・。実はこれは,TD学習と呼ばれる,ドーパミンに関わる学習ルールに近いという。また,対応規則と最大化行動の間は連続的なものとして定式化できるという。

なお,坂上先生の発表は,ラットを使った学習の実験に基づく。VR (Variable Rate) とか VI (Variable Interval) といった行動分析学特有と思われる専門用語に戸惑っているうちに,わからなくなった・・・。だが,選好形成を研究するという以上,行動分析学や強化学習は,きちんと勉強しなくてはならない領域の1つだ。ちなみに酒井先生によれば,VR は草食動物の選択課題,VI は肉食動物の選択課題だという。

選好形成というのは博士論文で取り組んだテーマであり,自分としては一丁目の一番地だと思っているテーマだ。それに関わる研究なのに,すべてが初めて聞く話で,いかに自分が不勉強かを思い知ることになった。いずれにしろ,この分野のミクロレベルの実験的・理論的研究が心理学者や神経科学者によってかなり進められていることを認識した。残すはマクロレベル,あるいはメゾレベルの研究かもしれない・・・。
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森川町食堂から師弟食堂まで

2010-11-12 10:46:53 | Weblog
『荷風!』Vol. 26 で「東京の大学町」が紹介されている。具体的には,本郷,早稲田,三田,駿河台,西池袋などである。最も扱いが大きいのは「本郷」だ。東大のキャンパス自体が歴史的建造物で満ちている。そして大学の周辺にも様々な名所がある。個人的には,いまは「食堂 もり川」と改名,改装までした森川町食堂が思い出深い。明治時代,その周囲は実際に森川町だったという。しかもその頃,東大の教員の半数近くは,大学周辺に住んでいたらしい。

もう1軒は,「白糸」という居酒屋だ。森川町食堂が指導教官である先生との昼食の場所であったのに対し,「白糸」は研究会のあとの懇親会でよく行く場所だった(人数が増えると,この雑誌には出てこないが「加賀屋」がよく使われるようになった)。最近行っていないが,外から見る限り「白糸」はあまり変わっていないようである。その後この研究会の座長を継承された先生は「チムニー」がお好きである。なお,本郷界隈の飲み屋は減少傾向にあるらしい。

荷風 !
2010年 12月号 [雑誌]
日本文芸社

早稲田の周辺に関する記事もかなり多い。特に「食」に関しては,早稲田はかなりいい環境にあるようである。ただし,ぼくはそのあたりを訪れたことがほとんどないので,知っている店は全くない。一方,早稲田に比べ,慶應の周辺・三田に関する記事は少ない。この対照は興味深い。慶應の周辺に大学町が出来なかったのは,豊かな家庭の子弟の多く,銀座や六本木に遊びに行ってしまうからか・・・それとも同じ大学の仲間でつるむのが嫌なのか(三田会の話を聞くと,そうは思えないが)。

さて,わが駿河台はどうか。登場するのはやはり姉弟食堂だ。明大 OB のみならず,浪人中にお世話になったと語る人は多い。姉弟食堂の成り立ちを知ると,明治法律学校に食うや食わずで通学していた苦学生たちのパワーが偲ばれる。当時の大学の運動会で,生きた豚を叩き殺して食材にする競技まであったというから,何と「肉食系」だったことか。現在,姉弟食堂は名前を変えて,高層ビルの17階のこぎれいな学食になっている。明治大学は今年130周年を迎える。
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多様系の数理~生態系からコンビニまで

2010-11-11 22:57:53 | Weblog
昨夜は東京財団VCASIで開かれた「生物の進化と多様化のメカニズム」と題するセミナーを聴講した。報告者は東京大学の伊藤伸泰教授(統計物理学)。伊藤教授は冒頭,コンピュータパワーの急速な進化について語る。以前この話を聞いたことを思い出す。昨年の春に開かれた,経済物理学の会議だ。

講演時間の約半分を費やして,コンピュータ・シミュレーションの可能性の広がりが熱く語られた。そこで伊藤先生が,生物多様性の年に標的に選んだのが生態学だ。端的には食物連鎖。Lotka-Volterra 方程式が俎上に上がる。そこで種が増加する拡張を行うと,現実の生態系とは異なる帰結が現れる。

Lotka-Volterra 方程式では捕食者と被食者の相互作用は単なる掛け算だが,伊藤研究室ではここを修正し,種が増えても安定な(size-invariant)モデルを導いた。そして化石から明らかになった種の絶滅までの期間が「拡張された指数分布」に近似的に従うこと,このモデルがそれを再現することを示した。

そこで終わることなく,よりシンプルなイジング・モデル(格子モデルの一種)から同じ分布を導きだした。これは,エージェントベース・モデリングの研究者には閃きを与える。dynamical graphical model と名付けられたこのモデルを基礎に,製品の多様化について何か「作れる」かもしれない。

伊藤研究室では実際,拡張された指数分布を自動車のブランドの寿命(1台1台のマシンではなく)やタレントの寿命に当てはめようとしたが,データ収集の段階でうまくいかなかったようだ。むしろその実例は,東工大の高安美佐子研究室で水野貴之さんたちが行ったコンビニのデータから見いだされている。

「拡張された指数分布」というのは,初めて聞く言葉だ(正確にはいままで聴いたことがあるかもしれないが,初めて意識に上った)。生死が完全にランダムであれば寿命は指数分布に従う。他方,ベキ分布に従うなら,カオス的になる。拡張された指数分布は,指数分布のテールをわずかに太らせたものだ。

ぼく自身が関心を持つ,製品の多様性がいかに進化するかというロングテール論がらみの問題を研究する上で,この理論はかなり重要な先行研究になるかもしれない。複雑系ならぬ多様系(diversifying system)・・・今後の発展が注目される。
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情動の時代~下條先生講演会@早大

2010-11-10 23:17:47 | Weblog
火曜夜の講義(MBA向け多変量解析)の直前に早稲田大学に向かい,CALTECH 下條信輔先生による「自己と他者~認知神経科学の知見から」と題する講演を聴講。下條先生の研究については,7月にじっくり拝聴する機会を得たが,改めて直近の問題意識を含めたお話を伺い,再度大きな刺激を得た。

認知神経学者としての下條先生は,マーケティングあるいは消費者行動の理解に重要な含意を持った基礎研究を行ってきた。ところが最近では,CM を素材にした実験なども行われており,消費者行動研究そのものに「参入」されている(ただし,その研究意図はより普遍的なものである点で一貫している)。

いろいろ拝聴したなかで,今回改めて印象的に感じたことを記録しておこう。それは「情動は非選択的」だという命題である。恋をしている人には世のなかがバラ色に見えるといわれるが,情動は本来関係のないものにも転移する。そこが,一般に選択肢の属性として扱われるものと根本的に異なる。

例えば,画面の中心にあるロゴマークを評価させたとき,周囲にあるロゴとは関係ない画像(たとえば女性の顔)に影響を受ける。Attractiveness is leaky なのである。ところが,たとえば雑誌の広告を見せて全体を評価するよう教示すると,全体の魅力度はパーツ別の魅力度の線形和と一致するという。

他方,評価が周囲の要素と非線形の相互作用を起こすのは,特定のパーツに注意が集中している場合だという。これは非常に重要な含意を持つ。優れたデザインの魅力がパーツ別評価の線形和でないとしたら,消費者は全体をおしなべて見ているのではなく,どこかに注意を集中させている可能性が高い。

それが消費者自身の認知方略なのか,企業が(半ば無意識に)仕掛けたことなのかはわからない。いずれにしろ,全体をまんべんなく見て評価するという調査上の設定は,現実の選択行動とかけ離れている可能性がある。そのとき,情動が意識された属性を超えてあちこちに飛び火することになる。

情報は十分あるが時間がないとき,人はヒューリスティクスを使って選択するが,それは合理的な選択と結果的に同じになる。他方,情報は少ないが時間はたっぷりあるとき,人はじっくり考え,特定の部分に注意を向ける結果,かえって局所解に陥る。このような予想に反する実験結果は大変興味深い。

ということは,非日常的で,比較的高額で,本人のコミットメントが大きな製品に対して,合理的選択モデルは当てはまらないことになる。こうした状況は,デザインが重視される領域と重なる。そしておそらく,ブランドが重要な役割を演じる領域でもあるはずだ。そこで情動はどのように働くのか・・・。

これはぼくの勝手な願望だが,合理的選択理論ならぬ,情動的選択理論がこうした研究を基礎に構想されてもいいかもしれない。なお,上述の議論は,下條先生の講義のごく一部であることを断っておきたい。しかも,自分の関心に引きつけて,本来の所論にかなりバイアスを加えているはずなのでご注意を。

政治学専攻の学生の質問に答えて,下條先生は現在の政治ではイデオロギーが後退した代わりに情動の力が強まっていると指摘された。日本では小泉元首相のワンフレーズ・ポリティクスあたりから始まり,最近のメディアの報道に顕著に現れていると。もっとも政治は元々情動が支配する世界ともいえる。

そういう意味でも,情動や潜在認知プロセスを意思決定理論や選択モデルのなかに正しく位置づけていくとは,マーケティングに限らず,社会科学全般にとって喫緊の課題なのである。
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JACS@関西学院大学

2010-11-09 14:23:29 | Weblog
11月6~7日に関西学院大学で開かれた,日本消費者行動研究学会(JACS)の第41回研究大会に参加した。この学会の名物の1つは, JACS-SPSS 論文プロポーザル賞。生涯で最も研究時間に恵まれ,頭が最も柔らかい(はずの)大学院生たちが研究のプロポーザルを競う。賞金金額はこの種のコンペのなかで(多分)最高額の部類に属する。

ぼくが個人的な趣味で最も楽しみにしていた発表の1つは「デザイン属性が多属性意思決定に与える影響」という京都工業繊維大学の山本将介さんの発表だ。製品のデザインは,現代のマーケティングにとって最重要かつ最難関の問題である。これに若手研究者が挑むというのは素晴らしいことだ。しかも,それを選択の文脈効果と結びつけるというから興味津々である。

この研究はすでに何回かプリテストが行われている。デザインを主観的な属性と捉え,複数項目で評価したあと,因子分析を行うというのは,定番的なアプローチといえるだろう。そして,それを魅力効果や妥協効果といった文脈効果と結びつけようとするわけだが,これまでのところ期待する結果は得られていない。捲土重来を期してのプロポーザルであった。

問題意識は大変面白い。ただ,デザインに従来型の多属性アプローチを適用していくのはどうなのだろう・・・。もちろん,そんな評論を述べることは簡単だが,実際にどうするかは簡単ではない。当面は既存のツールで何とかしていくしかないかもしれないが,やはりいずれは方法論のブレイクスルーが望まれる。その課題は当然,自分を含む学界全体に投げかけられる。

午後からの自由論題発表で最初に聴いた,明治大学の上原義子さんの「伝統的工芸品のマーケティング」についても同じことを感じた。この課題を自分ならどう扱うか考えてみたが,なかなか奥が深い。伝統的工芸品の評価には熟練を要する。そして,それは単純な線形関数では表現できないはずだ。一筋縄でいかないからこそ価値ある研究テーマなのである。
なお,ぼくの出ている学会で明大の院生に会うことは滅多になく,大変心強く思った。彼女は商学研究科に属しており,ぼくはいまのところ,そのメンバーではないのだが・・・
早大の中川宏道さんの「デジタルサイネージが商品選択に与える影響について~アイトラッキングによる効果測定」という発表は,下條信輔先生の「視線のカスケード効果」について熱く語ることで始まる。中川さんは日本ではまだ少数の,「無意識」の選好形成に注目する若手研究者だ。いずれ精緻化-見込みモデル等々を乗り越える地平を開くことを期待している。

自分が関わったのが,山田尚樹,秋山英三,水野誠「選択における葛藤回避と正則性の破れ~個人の心理特性の影響」である。人間はトレードオフ(二律背反)を回避するため,意思決定を延期しがちだという主張がある。だが,実験してみるとそうした被験者は少数で,一般より合理的な思考傾向を持つ人が多いことが見いだされた。

決定の延期をよりよい解を探求することだと考えれば,それは合理的である。トレードオフ下での選択の認知コストや,選ばれなかった選択肢への後悔(regret)を考慮すれば,それは合理的選択としてモデル化することができる。一方,その裏返しとして,ある種の「非合理性」が働かないと,人は意思決定できないということを強調してもよい。

ただし,合理性という概念は多義的で,安易に手を出すと迷宮に入り込む恐れがある。また,個人差で説明することは,変数を増やして問題をより複雑にすることでもある。消費者行動(CB)の研究は,実際は単純な事態を複雑に記述しているように見えることが時々ある。初日の基調講演で小川孔輔先生が批判した「研究のための研究」と重なる問題だ。

小川先生は JACS の創設メンバーだが,これまでそこで発表されたことはなかったそうだ。確かにマーケティング・サイエンス(MS)の中核的な研究者は,あまりこの学会に入会していない(逆も真かもしれない)。その理由の1つは,複雑に見える現象をより単純な原理=モデルで説明するという「倹約志向」が,CB では弱いことにあるのではないか。

しかし,少なくとも INFORMS Marketing Science Conference などに行くと,CB の成果が MS に吸収されていることがわかる。実際,行動経済学の興隆以前に,MS はプロスペクト理論,メンタル・アカウンティング,非補償型決定ルールなどを吸収してきた。米国の博士課程では,MS 専攻の院生も CB を勉強させられる(逆もあるだろう)のが一因だろうか。

行動経済学は,新古典派経済学を批判するにせよ補完するにせよ,経済学というよくも悪くも一貫性の高い理論を意識して展開されている。その結果,倹約原理が適度に作動している。そういった縛りのない CB は,多様な学派から「使えそうな」概念をアドホックに動員する。それでも個人内に一貫性があればまだいいが,一人百家争鳴状態が見られたりする。

それも一つの学風であり,一概に悪いとはいえないが,行動経済学や行動意思決定理論に見られる,ほどよい一貫性を追求する流れがあってもいい。日本では竹村和久先生がその先陣を切っている。一方,そのことがデザインや工芸品の研究に潜在する,消費者行動のホリスティックな側面の探求につながるかどうか。自分でも何かできないかと思うのだが・・・。

何てことを書き散らしつつ,しばらく落ち着いて研究に時間が割けない日々が続く・・・。
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