Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

物語と類似性~JIMS部会

2012-11-29 18:25:37 | Weblog
昨夜の JIMS マーケティング・ダイナミクス部会には,東北大学の澁谷さん,津村さんに登壇いただいた。まず津村さんから「マーケティング・コミュニケーションにおけるコンテンツの効果」について報告いただく。

物語論は文学研究から始まり,構造主義を経て認知心理学に至る広がりを持つ。その周到なサーベイを聴き,着眼点に敬服する。津村さんはこれをCMの効果分析に応用しようとする。そのために統制実験が行われる。

この研究に限らず,広告表現の効果の実験でいつも気になるのは,意図した実験要因と刺激とする広告素材の対応関係である。広告素材は手作りとはいえ,かなりの複雑性を有しており,別の要因の混入が混入する可能性がある。

しかし,難しさを指摘しているだけでは研究は進まない。多くの実験やフィールド調査を積み重ねるなかで,知見が蓄積されていくだろう。物語性の効果を知ることは,今後の広告の実践に大いに貢献すること間違いない。

次いで澁谷さんが「消費者間の類似性認知プロセス」と題する報告をされた。社会心理学における「社会的比較」の研究を振り返り,それらの諸問題を克服する統合的枠組みが最後に提案される。研究の手本のような流れである。

人がなぜ特定の人と自分を比べるのかは自明のようでいてそうではない。比較は特定の属性に注目して行われるが,別に一種の統制変数として参照される属性もある。その意味で人間は一定の合理的な思考をするのは事実である。

しかし,人は比較によって相手との差異を感じると優越(劣等)感を持つ(対比)一方,相手と同一化することによって差を埋めようとする場合もある(同一化)。こうした分岐の原因を探ることが重要な研究課題になっている。

自分自身の研究でいえば,社会ネットワーク上で影響が伝播するというモデルを作るわけだが,個々人の潜在/顕在的な認知プロセスがどうなっているかで,そのメカニズムは大きく変わり得る。ミクロの視点が重要な所以である。

お二人の発表を聴き,1つの研究テーマを極めようとすることの重要性をあらためて実感した。

明日はわが身の解雇・失業

2012-11-24 10:54:13 | Weblog
「人ごとではない。明日はわが身の解雇・失業」「普通解雇がフツーの時代に突入したニッポン」... 先週に発売された週刊東洋経済11/17号の表紙にはこんな文字が躍っている。遅ればせながら一読し,いまさらといわれかねないが,進行する厳しい雇用情勢を再認識する。

リストラによる退職勧奨はいまに始まったことではないが,記事で紹介される有名企業の事例からも,雇用者側がより強気になっていることが窺える。その背景には,最近下された東京地裁の判決があるという。それによって退職勧奨を繰り返すことにお墨付きを得たのだと。

日本は解雇規制が厳しいといわれているが,退職勧奨や配置転換の制限は緩い。そこを突いて人員整理が進められている。労働者から見るととんでもないことだが,厳しい競争に直面している企業からすれば,能力が陳腐化した社員を雇い続けることは受け入れがたいだろう。

週刊 東洋経済 2012年 11/17号 [雑誌]
東洋経済新報社

この特集では,後半はいかにリストラから自分を守るか,リストラされたらどうすべきかといったノウハウ編になる。他方で,政策論として東京大学・柳川範之教授が提案する「40歳定年制」が紹介されている。能力を再構築して第2の人生へ軟着陸させるというアイデアである。

40歳定年制は雇用がなし崩し的に流動化することに比べよい案のように思えるが,業種や企業によっては,最低20年の雇用を保証ことすらリスキーだろう。イノベーションが活発な領域で能力が20年間陳腐化しないのか,さらに中高年になって能力を新たに構築することが可能なのか?

もう1つの政策は,本特集でも紹介されているが,デンマークなど北欧諸国のように,解雇をしやすくして企業の競争力を強化する一方で,政府の役割として失業手当や能力開発・再就職支援を充実させることだろう。これを flexicurity (flexibility + security)と呼ぶという。

40歳定年制にしろフレキシキュリティにしろ,能力の再構築が可能かどうかが鍵を握る。少子化時代を迎えた大学にとって,それは新たな事業機会になるかもしれない。だが,そのとき教員の能力の再構築が重要な課題になるに違いない。それは誰が,どのように行うのだろうか?

科学とアートの間にある生命

2012-11-22 11:31:45 | Weblog
生命とは何だろう・・・あるいは,生命の生命らしさとは何か。こうした問いは非常に難しく思え,また実際に難しいため,とりあえず解ける範囲で解くのが大方の研究者の戦略といえる。しかし,解けるか解けないかのぎりぎりの線に挑み,その線を少しでも広げようと試みる研究者もいる。

物理学者として生命の本質を探求する研究を続けてきた池上高志氏もまたその一人ではないかと思う。ここ数年はアートも1つの手段に加え,生命の持つ非統計的な可能性を探究されている(とぼくは勝手に解釈している)。そうした池上氏の思考が詩的なことばでつづられている。

そして,アーティストの植田工氏が全ページにわたってイラストを描いている。後書きによれば,池上氏から植田氏のかなりダメだしがあった模様で,結果として絵と内容とのシンクロが「進化的に」進んだはずだ。帯の推薦文で茂木健一郎氏は本書を「科学絵本の傑作」と述べている。

生命のサンドウィッチ理論
池上高志,植田工
講談社

本書から,池上氏が志向するところが感覚として伝わってくる。それは「絵本」の形をとったことが大きく寄与している。絵がときおりノイズに見えたとしても,それもまた計算のうちといえる。サンドウィッチは一体として,一口で食べないことには正しく味わうことができない。

ぼくは池上氏に畏怖と憧憬の念を抱いている。生命とか宇宙とか「高邁な」ことを研究しているわけではないが,重要なことは研究対象ではなく,つねに研究上のフロンティアを目指す志向性にある。どんな分野にも,池上氏が「油滴」に見いだしたのと同等のものがあるのではないか・・・

マーケティングとか消費者行動とかいった「辺境」の地にさえ,そうした何かがあるのではないか,と考えている。

経営情報学会@金沢星陵大学

2012-11-19 09:32:00 | Weblog
金沢星陵大学で開かれた経営情報学会の研究発表大会に参加した。自分の発表は初日の午前中で「アフィリエイト広告のパラドクス~ソーシャルメディアと広告は共存できるか?」と題する発表を行った。聴講者は10人にも満たなかったが,いろいろ貴重なコメントを得ることができた。

このテーマで様々な学会や研究会で報告してきたが,今回いただいたコメントのいくつかは新たな視点のもので,有意義であった。たまたま知り合いの方が何人かセッションにいらして,聴講者が少ないので,気軽に発言できたのがよかったのかもしれない。幸運に恵まれたといえる。

経営情報学会,なかなかいい・・・と感じる一方で,その夜出た懇親会では,若い参加者が少ない印象*を持った(女性が少ないことを嘆いておられる方もいた)。これは経営情報学会に限らず経営系の学会でよく見られる現象だし,若い参加者が多ければいい,というわけでもないだろう。
* 懇親会費が高いので院生たちは出られないという指摘をいただいた。自分の発表と座長が重なって出られなかったポスターセッションに行けば印象が変わったかもしれない。
経営情報学会は創立されて約20年で,比較的若い学会のはずだが,そのまま「高齢化」してしまったように見えるのは,学会に問題があるのか,「経営情報学」という分野自体の問題か・・・。取り上げているテーマ自体は今日的なので,実務家の参加を促進すれば若返る可能性はある。

しかし,学会を実務家に開かれたものにすることで,研究コミュニティとして活性化するかどうかわからない。この学会に限らず「学会」という組織の限界を見据える必要がある。組織としてきちんとすればするほど,組織の存続が自己目的化していく。「名誉」の互助会と化していく。

現在,10以上の学会に属し,整理しなくてはならない身としては,学会をどう選択していくかが重要な課題だ。しかし,もっと重要なことは,学会に拘らない,ダイナミックな枠組みを個々人が創り出すことだろう。学会はせいぜい知識や人材のアーカイブで,編集するのは別の主体なのだ。

SMWS2012Fall@松島

2012-11-19 08:54:29 | Weblog
一週間遅れになるが,11月10~11日,松島で行われたソーシャルメディア研究ワークショップについて簡単に報告しておきたい。参加したのは,マーケティングの研究者と実務家を中心に,社会学,社会心理学,物理学,情報工学,政治分析など多岐にわたる。



報告のタイトルを列挙すると以下の通り(当日変更されたものもある)。

・ソーシャルメディアを観光ビジネスに生かす
・ブログ記事からの観光体験談の抽出
・Twitter影響力評価のビジネス課題
・Twitterにおける情報伝播力の推定
・医薬品の購買行動と「ピッタリ指数」-Web通販サイトにおける実証実験
・SNSを活用したブランド・プロモーション事例研究
・ソーシャルメディアで広告は可能か?~アフィリエイト広告の教訓
・言語処理とソーシャルメディア
・ブログデータを用いたニュース・ブームの統計的解析
・エージェントベースモデルを用いた人間の集団行動の理解
・ヒット現象の数理モデルによるソーシャルメディア上の話題性の強さの分析
・異質な他者のいるネットワーク
・政治報道とソーシャルメディア
・ソーシャルメディアの自浄作用
・ソーシャルメディアテキストを用いた「マーケティング道場」実験

これらを見るとテーマは非常に幅広く,研究対象がソーシャルメディアであること以上の共通点はないように見える。実際,このワークショップが始まったとき(昨年の冬のことである),ソーシャルメディアについてどんな研究があり得るのかがはっきりわかっていなかった。

参加者のうち多数派を形成するマーケティングの研究者・実務家にとって,物理学や工学における緻密な分析,また社会(心理)学における深い考察から学ぶ点は多いと思う。他方,マーケティング側の発表が,他分野の研究者にどんな価値のある情報・刺激を与えたかが気になる。

このワークショップは今回で3回目になる。このまま同じような運営を続けていくことがよいかを問い直してもいい時期かもしれない。たとえば共通に取り組むべきテーマを設定し,それを中心に企画するのはどうだろう? もちろん,多様性を維持していくことも重要ではある。

1年経つと,そもそもソーシャルメディアのあり方がどうなっているかわからない,という意見もある。本当に研究したいのはソーシャルメディア自体というより,それを使う人間の社会行動である。そう考えると,一時的現象の背後に潜む普遍性を見いだせるかどうかが鍵となる。

JAWS2012@つま恋

2012-11-02 13:01:23 | Weblog
先週のことになるが,10月24日から26日まで,静岡県掛川市のヤマハリゾートつま恋で開かれた合同エージェントワークショップ&シンポジウム(JAWS: Joint Agent Workshop and Symposium)2012に参加した。全部で100件近く発表があって,なかなかの盛会である。

ぼくが参加したのは「人工社会」関係のセッション。自分の関心に近いものとして,以下のような発表があった:

和泉潔他:可能世界ブラウザとしてのエージェントシミュレーション ~ ターゲットマーケティングへの応用

須藤勇一郎他: マルチエージェントシミュレーションによる政治的意思決定における序数的効用が投票に与える影響分析

小林知巳(発表者は寺野隆雄):エージェントシミュレーションでケースを説明する

最初の2つは,コンビニのID付POSデータ,世論調査という実データを用い,エージェント間の関係は仮想的に構成する。その点でぼくの発表した「消費者生成型広告のエージェントベース・モデル」とも共通する。こういう研究が増えるにつれ,方法論の精緻化が求められるだろう。

一方,最初と最後の報告では,エージェントシミュレーションの結果をいかに「役に立つものにする」かが議論されていたと思う。そのための方法として,和泉先生は「ブラックスワン」を見つけること,寺野先生はシミュレーション結果をケース分析することを提案している。

いずれもマーケティング,政治学,組織論という既存の学問に対するエージェントシミュレーションによる挑戦といえる。元々その分野を伝統的アプローチで研究する人々と対話し,win-win な関係を築けるだろうか・・・という思いが頭をよぎる。ぼく自身はそれが必要だと思っている。

自分の研究分野に近い和泉先生の発表は,相変わらずの華麗な語り口,ブラックスワンを探すという野心的な課題設定もあって,今大会の最優秀論文賞を受賞した。それに刺激されて,マーケティング領域でのエージェントシミュレーションに参入する工学系研究者が増えることを期待したい。

一方,伝統的なマーケティング研究者から見れば,細かいところで気になる点がいくつかある。カウントデータに主成分分析をかけていいのか,購買生起がポアソンなのに比べてブランド選択はあまりに単純化されていないか,マーケティング変数を入れないのはどうか・・・などなど。

つまり,領域科学の側からすると,いかに斬新なアイデアに満ちていたとしても,細かな流儀で問題があると受け入れにくい,ということがある。とはいえ,この研究が本質的にいいたい「可能世界のブラウジング」という提案に目を背けてしまうと,知的な停滞が加速されていくだろう。

工学系エージェント研究者と社会科学の領域別研究者が対話する場として,残念ながら JAWS はあまりに大きすぎる(工学色が強すぎる)。経営とかマーケティングに近い側でこうした研究の場があるといいのだが,工学系に比べあまりに層が薄い。自分自身の研究も力不足。課題が多い。