Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

渡来人からトヨタのネットワークまで

2014-01-24 19:05:13 | Weblog
昨日のJIMSマーケティング・ダイナミクス部会では、複雑系モデルの応用研究について伺った。前半は人類学・考古学に対するマルチエージェント・シミュレーションの応用、後半は自動車産業のサプライネットワークに対する複雑ネットワーク解析で、それぞれ既存の研究に挑戦している。

最初の坂平文博さん(構造計画研究所/東京工業大学)による研究は、人類学・考古学の資料に生じる「ミッシング・リンク」をマルチエージェント・シミュレーションで補おうとする研究だ。具体的には、弥生時代に起こった、縄文人から渡来系弥生人への人口転換が取り上げられている。

この問題については、簡単な数理モデルによる分析が過去にあるものの、それだけではなぜ転換が起きたのかの仕組みがわからない。坂平さんは、狩猟か農耕かという生業、一夫一婦か一夫多妻かという婚姻制度が、どのように上述の変化に影響したかをシミュレーションで探っている。

このモデルは、婚姻による遺伝、そして文化(ミーム)の継承といった要因が含まれている。つまり、生物学的なメカニズムをベースに、社会科学的な要素が加味されている。後者のウェイトが高まるにつれ恣意性は高くなるが、そのぶん歴史に近づいていき、面白みが増す(自分としては)。

2番目に登壇された鬼頭朋見さん(東京大学/オックスフォード大学)は、元々はロボティクスやエージェントモデルの研究者だったが、オックスフォード大学のBスクールに就職されたのを機に、自動車産業のサプライネットワークを複雑ネットワーク・モデルを使って解析されるようになった。

そういうデータは簡単に手に入るわけではなく、収集には相当苦労されている。しかし、トヨタのサプライネットワークが従来考えられていたピラミッド型ではなく樽型であり、さらにスケールフリーではないことが発見され、実データが安易な理論的予想を覆すというスリリングな展開となった。

産業というレベルでは、物理現象とは異なる独自のメカニズムが働いているのかもしれない。そして、頑健性のテストやサブネットワーク解析など詳細な分析が行われている。別のデータでの、二部グラフから入れ子構造(nestedness)を分析し、部品特性との関連を調べた研究も刺激的であった。

複雑ネットワークの社会現象への応用について、やはり現象の固有な特徴に合わせた中範囲のアプローチが重要なことを学んだ。同じようなことがマーケティングでもできないか・・・とりあえずは、いま自分が手にしている某ネットワークデータを、もっと念入りに分析しなくてはと反省した。

というわけで、またまた知的刺激に富んだ夜になった。

もはや消費者ではない消費者たち

2014-01-23 08:19:54 | Weblog
「マーケティングのパラダイム変革」というと手垢のついたことばだと感じてしまうけれど、やはりそう呼ぶしかないと思われるのが、ユーザーイノベーションの広がりだろう。35年前に MIT のフォン・ヒッペルが指摘し、日本でも慶応大学の濱岡豊さんたちが長く研究してきた現象だ。

本書の著者、神戸大学の小川進先生はそのフォン・ヒッペルの弟子であり、またユーザーイノベーション研究の第一人者である。昨年10月に出版されたこの本は、一般の読者向けに、その現状をまとめたもので、豊富な事例が紹介されている。そして、何といっても大変読みやすい。

ユーザーイノベーション: 消費者から始まるものづくりの未来
小川進
東洋経済新報社

ユーザーイノベーションとは、消費者が製品を改良したり、製品を創造することである。フォン・ヒッペルの初期の研究では生産財が取り上げられていたが、いまや消費財でもかなり行われるようになった。その実態を、著者を含む研究グループが日米英の調査で明らかにしている。

その結果によれば、米国では消費財メーカーのR&D投資額の3分の1に相当する額がユーザーイノベーションで投資されている。日本では13%だが、それでも想像したより大きな額だ(英国では何と144%に及ぶが、これは企業による R&D が衰退しているということかもしれない)。

かつてトフラーが「プロシューマー」という名前で予言していた変化が現実のものになってしまった。よくいわれるように、仕事で製品開発の経験があったりして、ものづくりのスキルを持った人々が消費者のなかに増えている。消費者がもはや純粋な消費者ではなくなりつつある。

つまり、消費者やユーザーと、企業の開発者の関係がシームレスになっているのだ。消費者のなかには、プロの開発者やマーケターに限りなく近い人々がいる、と考えると、消費者を十把一絡げに扱うことができなくなる。あるいは、製造者と消費者の間に、第3の層がいると。

企業における開発者は、ふだんの生活では、その第3層に属しているかもしれない。そのことが、製品開発に新風を持ち込むのか、あるいはプロフェッショナリズムの衰退につながるのか・・・。後者であるとしたら、当然ユーザーイノベーションへの反発・反動は起きるだろう。

個人的には、ユーザーイノベーションをモデル化できるのか、といったことに関心が及ぶ。イノベーションのモデルに、どんなものがあるのだろう?(そもそもそれは可能なのか・・・)消費者モデルのイノベーションもまた必要なのだろう・・・それを起こすのは、やはりユーザーか?

好かれるマーケティング

2014-01-21 09:45:04 | Weblog
「インバウンド・マーケティング」については、すでにハリガンとシャアによる解説書があるが、昨年秋刊行された高広伯彦氏の本は、さらにわかりやすい。たとえばインバウンド・マーケティングの前史が詳しく書かれており、これまでのマーケティングの流れにおける位置づけが概観できる。

インバウンド・マーケティングのエッセンスは一言でいうと Get Found(見つけてもらうこと)だが、別の表現を本書から拾うと、Make Your Marketing Lovable になる。好かれるマーケティングを目指すということは、裏返せば、既存のマーケティングが好かれていない、ということだ。

インバウンドマーケティング
高広伯彦
ソフトバンククリエイティブ

既存のマーケティング=アウトバウンド・マーケティングは、売る側の都合で潜在顧客にアプローチし、日常生活に割り込んでいく。そこで提供されるメッセージは、人々にとって必然性がない情報だ。だから好かれない。インバウンドは逆に、買う側が訪れる。そこには必然性がある。

この本の後半は、インバウンド・マーケティングを実践するための手引書になっている。細部まで理解したという自信はないが、本書の基本的な主張については、同意できる部分が多い。マーケティングが進化を重ねた末に、現在どういうステージにあるかを窺い知ることができる。

一方、マーケティング・サイエンスに、本書が描くような顧客行動を的確に捉えたモデルがあるか・・・ぼくが不勉強で知らないだけならいいが、どうもそこには大きなギャップがあるような気がする。もちろんそれは、自分の研究にもいえること。その意味で研究者にもお薦めの本だ。

セルオートマトンから気迫ある製品企画まで

2014-01-16 01:02:57 | Weblog
本日の企業・産業の進化研究会@東京大学はなかなか刺激的だった。最初の発表者は、稲水伸行(筑波大学)、福澤光啓(成蹊大学)両氏で、実際の工場の生産ラインでリーダーがどう行動するかを観察し、そこから得た洞察に基づきエージェントベースモデルを構築している。

構築されたモデルは、西成活裕氏の『渋滞学』で紹介されている1次元のセルオートマトン・モデルに着想を得ている。そこから、生産ラインの密度、事故の発生率、リーダーの介入などがもたらす効果が解析される。シンプルなモデルにも非線形性が生じていて興味深い。

さらに興味深かったのは、聴衆からのさまざまなコメントであった。特に、塩沢由典先生(中央大学)から、より普遍的なオートマトン・モデルとして研究を進めたらどうかという提案があったこと。帰り道に、戸田格子、ソリトン、箱玉系の数理、等々について教わった。

マーケティングでのエージェント・モデルの嚆矢が Goldenberg, Libai & Muller 2001 だとすると、それはまさにセルオートマトン・モデルであった。現実への適合を目指し、エージェントに内部構造を持たせたり、エージェント間を複雑ネットワークで結んだりすればいいとは限らない。

ぼく自身、エージェントベース・モデルを用いた研究を進めるにあたり、その原点を確認する必要があると考えている。となると、オートマトン・モデルでマーケティング現象の何が語れるのか、そこから普遍的な何かへ架橋できるのか、といったことをもっと考えるべきだろう。

後半では、藤本隆宏氏(東京大学)が、今年1月10日に日経の経済教室に掲載された「成長へ「現場」強化支援へを」という寄稿について話された。それは、アベノミクスには供給側、とりわけ生産の「現場」への視点が欠けている、という問題意識に基づくものである。

そのことに異論はないが、需要側は重要ではないのかという疑問に対して、藤本先生は「気迫のある製品企画」が必要だと述べられた。それは、顧客の人生を変えてみせる、というほどの気迫だという。例としてあげられたのが、ハーレダビッドソンとホンダNシリーズであった。

マーケティングの人間としては、正直いうと、生産ラインの話より製品企画の話のほうに興味があるので、そこをもっと深く聴きたい気がした。とはいえ、それはむしろ、マーケティングの研究者が頑張って仕事をすべき領域といえるだろう(すでに優れた研究があるかも・・・)。

今日の二題は、製造業の「現場」を扱ったものであったが、7時から10時半まで続くこの研究会の伝統のおかげで、さまざまな話題が飛び出して勉強になった。セルオートマトンから気迫ある製品企画まで、自分としてもどうにかして手を出してみたいテーマである。

渋滞学 (新潮選書)
西成活裕
新潮社

また、以下の書籍には、稲水さんが、組織論におけるエージェントベース・モデリングに関して概観した章がある。

組織論レビューII
組織学会
白桃書房

Easley & Kleinberg に圧倒される

2014-01-08 13:55:50 | Weblog
複雑ネットワーク理論をマーケティングや経済学に応用するうえで、非常に網羅的な教科書といえる Easley & Kleinberg の翻訳が出ていることを知った。訳書の発売は昨年6月なので旧聞に属するかもしれない。

ネットワーク・大衆・マーケット
―現代社会の複雑な連結性についての推論―
D. Easley & J. Kleinberg
共立出版

ともかく、その内容はリッチである。グラフ理論やゲーム理論(進化ゲーム理論)の入門に続いて、マーケティングにも深く関連しそうな応用が次々紹介される。たとえば、

オークション
マッチング・マーケット
仲介が存在するマーケット
ウェブのリンク解析と検索
スポンサー付き検索のマーケット
情報カスケード
ネットワーク効果
べき乗則
スモールワールド現象
伝染病
投票
財産権

などなど、これだけ並ぶと、どこか引っかかってもおかしくない。とはいえ、781 ページで 11,550 円。どでかく、高い。だが読みたい、という方には原書の Kindle 版がある(訳書の Kindle 版でないことに注意)。価格が訳書の4分の1になり、持ち運びが便利なので、かなりお買い得である。

Networks, Crowds, and Markets
D. Easley & J. Kleinberg
Cambridge University Press

Kindle で残念なのは、印刷できないこと、そして図表が見にくいことだ(paperwhite の場合)。つまり、どの形態も一長一短なので、電子出版にはまだまだイノベーションの余地がありそうだ。それはともかく、こんな先端的かつ包括的な本を書ける著者の力量には、感嘆するしかない。

2014年の新年を迎えて

2014-01-03 12:55:51 | Weblog
大学教員になって10年が経とうとしている。大学では、この程度のキャリアはまだ「若手」かもしれない(笑)。会社に残っていれば、定年までのカウントダウンが始まっていただろうから、奇異な感じだ。とはいえ、大学教員として残された期間は、決して長くない。

今年は、教務において多少変化がある。1年生の演習を担当するなど、新たな挑戦がある。もう1つ、筑波大学と明治大学で10年間、我流で「マーケティング」を教えてきた内容を、1冊の本にまとめる予定だ。世の批判を仰ぐという以前に、どれだけの読者が得られるか・・・。

にしても、こうした「我流」が通じるのは、マーケティングという「自由な」分野を教えているおかげだろう。「ありがたい」ことである。ただ、その我流にも、限度を超えた行き過ぎがあったことが、執筆中の原稿を何人かの研究者にチェックしてもらった結果、発覚した。

研究については、相変わらずあれこれ追いかけ、何をしている奴かわからん、というイメージを払拭できそうにない。しかし、消費者行動のエージェントベース・モデリングについてモノグラフを書くという目標ができた。それに向けた研究の集中と集積が、今年の課題となる。

・・・という舌の根も乾かぬうちに、全く別の研究も進めようとしている。この10年間の宿題の1つである「クリエイティブ志向の生活・消費」について、入手済みデータの分析とともに、新たな調査を実施する。できれば、何らかの形で、世間に成果を問いたいなとも思う。

これは、生活や消費において「クリエイティブ」なもの、新しく、美しく、知恵に富んだものを愛する傾向のことだ。それは、人々のテイストに基づいている。それはしばしば、熱狂を生み出す。これを自家薬籠中のものにできた企業は強い。それを消費者の側から探れないかと。

まあ、簡単にいかないとは思う・・・理論的骨格が弱く、その裏付けとなる読書量が足りない。

他に仕掛け中の研究プロジェクトがいくつかある。ここでは、まだ具体的なことを書けないものが多い。確実なこととして、近く実施予定の「経済政策への選好」の調査がある。そこで登場するであろう、価値観・イデオロギーといった話題には、ある種の懐かしさがある。

過去にそういうテーマで研究したことがあるわけではない。ただ、価値観ということばは、マーケティングの実務家時代にさんざん耳にしてきた。イデオロギーは、中学から高校にかけての「多感な」時期に悩まされた(?)問題だ。一度取り組んでみたいテーマであった。

仕事を離れた一大課題は、しばらく行っていない人間ドックに是が非でも行くこと。オンボロの車を少しは長持ちさせるために、検査とメンテナンスは欠かせない。余暇では、今年は大阪、名古屋、札幌のドームと、幕張と仙台の球場に行きたい。それで12球団がカバーできる。