Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

実証分析の発展に遅れないために

2015-06-22 10:04:42 | Weblog
先週開かれた Marketing Science Conference では "IV" という略語が何の解説もなく使われていた。「独立変数」の意味で使われている場合もないわけではないが、より一般的なのは「操作変数」という意味の場合である。他には「固定効果」という言葉を頻繁に耳にする。

上述の会議では耳にすることはなかったが(たまたまかもしれない)、differences-in-differences とか regression discontinuity とかいった手法も然り。旧世代の計量手法しか学んでいない者として、いつの間にか新しい概念に取り囲まれ、焦りを感じている。

新しい手法が現れた背景には、純粋な無作為割当実験ができない環境下で政策(介入)効果を厳密に測定しようとする、労働経済学や教育経済学などの応用ミクロ経済学の発展がある。それが経済学にとって重要な進歩になったことは、たとえば以下のブログ記事でわかる。

Noahpinion: A paradigm shift in empirical economics?

上述の手法は「自然実験」派に分類されるが、それに対抗するのが「構造推定」派である。いうまでもなく、それは「構造方程式モデリング」(SEM)とは別物である。構造推定については以前、自分が主宰する研究会で斯界の第一人者の方に講義していただいたことがある。

自然実験にしろ構造推定にしろ、最近の計量手法について概観するには、以下の本がお奨めである。『法学セミナー』での連載をまとめたものであり、文系の読者を対象に書かれている。法学や経済学での研究事例が紹介されているのも、社会科学系の研究者にはありがたいはずだ。

実証分析入門 データから「因果関係」を読み解く作法
森田果
日本評論社

この本で直観的なイメージを得たあと、実際に使えるようになるためには、何を読めばいいのだろうか。自然実験については以下の教科書が挙がるだろうが、構造推定については思い当たらない。これだけ注目を浴びているということは、早晩出版されると予想されるが果たして・・・。

「ほとんど無害」な計量経済学―応用経済学のための実証分析ガイド
ヨシュア・アングリスト, ヨーン・シュテファン・ピスケ
エヌティティ出版

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Marketing Science Conference@Baltimore

2015-06-21 23:02:43 | Weblog
ボルチモアは、現在滞在中のニューヨークからは電車で2時間半の距離にある(もちろん順調に行けばの話で、実際は出発が遅れたり途中で止まったり・・・)。そこにあるジョンホプキンス大学が主催校になって、INFORMS Marketing Science Conference が開かれた。

会場は、海沿いにあるマリオット・ウォーターフロントというホテルで、周囲には高級ホテル、ヨットハーバーなどが林立する。ジョンホプキンス大学のビジネススクールも、すぐそばの高層ビルを間借りしている。ビジネススクールとはいえ、異例の立地ではないかと思う。

会議のあと、日本から来た旧知の先生方と、水上タクシーに乗って遊覧した(2枚目の写真)。ボルチモアはいまが観光シーズンで、冬の厳しさはNY以上だという。会場付近は別として、治安がよくない場所もあるらしい。今回、市内を回遊する時間的余裕はなかったが・・・。



さて、自分の発表は初日の午後という、非常にありがたい時間であった。そこで阿部誠先生、新保直樹さんとの共同研究 "Quantifying the Impact of WOM Contagion over the Twitter: Is the Influencer-Seeding Strategy Effective?" を発表した。このプロジェクトでは3回目の発表となる。

そこで私は、クチコミ・マーケティングにおいてどのようなシード戦略(クチコミ伝播を最初に誰に仕掛けるか)が最適かを、コストを考慮して行う分析を報告した。これを一応の到達点として、今後いくつか補足分析を行ったのち、論文として仕上げていく予定である。

とはいえ、デジタル・マーケティングや社会的影響に関する研究は相変わらず山ほどあって、論点がますます細かくなっている印象を持った。自分が聴講した範囲では、有名研究者たちの報告でさえ驚くような話は出なかった。研究において何らかの飛躍が必要だと感じる。

エージェントベース・モデリングを用いた研究については、発表数は相変わらず少ないといえ、それを一貫して追求している研究者がいて非常に心強く感じた。ただし、普及現象やクチコミを研究するだけでは、いずれジリ貧になる。ここでも新たな飛躍が必要だと痛感する。

一方、今回目立ったのが、神経科学に関連するセッションの多さである。主催者の肝いりで企画されたと想像されるが、Journal of Marketing Research の掲載予定論文を見ても、神経科学的研究がずらっと並んでいる。学界全体で見ても注目分野であることは間違いない。

ここ数年、米国の大学に留学・勤務している日本人研究者とこの会議で出会ってきたが、今回も新たな出会いがあった。多くの分野で国際的に活躍する日本人研究者は少なくないが、マーケティング研究では、しばらく稀有であった。その意味で、非常にうれしいことである。

ただし、彼らの多くが、そもそもミクロ計量経済学や産業組織論を基盤としている。それが(特に日本の)経営学・商学が持つ曖昧さと対立する可能性に目を閉じてはならない。その曖昧さは愛すべきものだとしても、科学と名乗る以上、それではすまないはずなのだから。

もちろん、連携すべき経済学には、行動経済学や神経経済学、あるいは計算経済学(複雑系経済学)なども加えるべきであろう。今回の会議で私が聴いていたのは、そうした学派がお互いに対立しながらも、ときおり近づいてスパイラルを描く未来図であったかもしれない。
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経済学の多重宇宙

2015-06-02 00:45:12 | Weblog
岩井克人『経済学の宇宙』は、著者が積み重ねてきた主要な研究を振り返りながら、生い立ちから国内外の著名な研究者・知識人との交流まで、様々な話題に満ち溢れていて読者を飽きさせない。岩井経済学のファンにはもちろん、これまで縁のなかった人々にも一読を薦めたい。

なぜか。1つには、この本は独創的な知的発見のプロセスに関する一級の記録だからである。セレンピディティなんて言葉もあるけど、気づきは突然、思わぬところから現れる。その一方で、発見は十分考え抜いた者にしか現れない。そのことが、著者の実体験を通じて語られる。

スティーブ・ジョブズはスタンフォード大学の卒業式で、自身の生涯を振り返りながら、いろいろな行為が、その後、当時全く意図していなかったかたちでつながっていくことの重要性を語った。同じことが、岩井氏の独創的な研究が生み出されるプロセスで起きていたのである。

その一例が、著者がある時期、意外にも経営学者・伊丹敬之氏の主宰する研究会に出ていたことだ。その時点では全く予期されなかったが、のちに法人論の研究を始めたとき、研究会で聴いた経営者たちの話が活かされた。こうした驚きの逸話をいくつも味わえるのが本書の魅力だ。

もう1つ、本書からは、知的誠実さへの勇気づけが得られる。カバーの折り返し(あとがきの引用)に「私の学者としての人生は米国の大学院に入ってすぐ「頂点」を極め、その後直ちに「没落」してしまいました」とある。しかし、そのおかげで自由に独自の研究を行えたと。

著者は学部を卒業して3年後(!)に MIT で博士号を取得する。その間に一流誌に掲載された諸業績が「頂点」だが、すぐに不均衡動学の構築に向かう。その背景に、東大在学中に宇沢弘文氏の「悩み」(反新古典派の心情と用いている方法の矛盾)に接したことがあった。

「不均衡動学」の原書は日経・経済図書文化賞の特賞を受賞するなど、日本の論壇では評価されたが、米国を中心とする経済学の主流からは、当時著者が期待したほどには評価されなかった。本書では、それがもたらす挫折感と解放感のアンビバレンスが何度も語られる。

経済学の宇宙
岩井克人
日本経済新聞出版社

岩井克人氏の著作のうち、特に『ヴェニスの商人の資本論』あたりは、マーケティング関係者にけっこう読まれてきたのではないか。つねに普遍性に向かう岩井氏の志向が、個別性にこだわりがちなマーケターや実務家にとって、逆に大きなインスピレーションの源になる。

ヴェニスの商人の資本論 (ちくま学芸文庫)
岩井克人
筑摩書房


もう一つ、エージェントベース経済学なり計算社会科学をなりを目指す研究者にとって、岩井氏の著書はアイデアの宝庫でもある。もしかすると、美しく数理化するために生まれた制約をシミュレーションで突破することで、思いがけない自分独自の貢献ができるかもしれない。

岩井氏が最近関心を寄せているのは、脳科学である。そして、物理科学や生命科学に還元されない、もう一つの「人間科学」を探求しているとのこと。岩井氏のことだから、凡百の研究者が想像する人間科学とは全く違うものになるだろう。早くそれを読みたいと心から願う。
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