Mizuno on Marketing

あるマーケティング研究者の思考と行動

ソーシャルメディア・マーケティングの効果測定

2011-10-27 21:36:19 | Weblog
ソーシャルメディアをいかにマーケティングで活用するかの本は巷に溢れている。そのなかで本書は,原題 Social Media Metrics: How to Measure and Optimize Your Investment が示すように,「効果測定」に焦点を当てているのが特徴だ。デミングがいうように,測定なしには管理できない。

実践ソーシャル・メディア・マーケティング
戦略・戦術・効果測定の新法則
ジム・スターン
朝日新聞出版

本書は冒頭で,100 の効果指標をずらずら並べる。そして,そのなかのどれが有効かを一般的に述べることはできないので,「目標を設定する」ことが重要だという。そして,第一に「注目」,そして「影響力」「感情」「行動」という順に効果測定を論じていく。マーケターにとって自然な流れだ。

次いで,最近流行りのことばでいう「傾聴戦略」が扱われる。そして最後に,効果指標が総括的に議論される・・・それで終わりかと思うとそうではなく,ソーシャルメディアの利用がなかなか社内で認められないことを想定して,いかにこれを組織内で推進していくかの方策が論じられる。

非常に実務的でまとまりのいい本だと思う。ただ残念なのが,米国におけるさまざまな効果測定ツールが紹介されているものの,掲載されている画像が見にくく,URL が記載されていないことだ。さらに訳語にいくつか?な部分がある。そのあたりは,本書を出発点に自分で調べるべきだろう。


ルフィの仲間力~夢の共有が出発点

2011-10-24 09:02:35 | Weblog
最近立て続けに著書を出版されている安田雪先生の最新刊にして,おそらく最も一般向けに書かれた書物。大手書店で平積みされ,多くの人に読まれているようだ。ただし,本書の標題や帯を見て,上司や部下とうまくつき合う方法,あるいは友達づくりの方法を書いた本と期待するのは早計だ。

ルフィの仲間力
『ONE PIECE』流、
周りの人を味方に変える法

安田 雪
アスコム

本書の冒頭には次のように書かれている:
仲間は、夢を共有する人のこと。
もっと言うなれば、
仲間とは、一人では到底かなえられないような夢を共有する人たち―
そう・・・本書で取り上げている仲間は,いつもお互いに毛づくろいしているような間柄ではない。大ベストセラーのコミック『ONE PIECE 』に描かれている,どでかい理想を共有し,そのために協働する仲間である。したがって,本書の最初のメッセージは以下のようになる:
仲間を集めて何をしたいのかを明確に持たない限り,仲間は集まらないのです。
まず「旗を掲げる」ことから始まる。そこを出発点に,いかに仲間を集め,助け合い,信頼を強め,一緒に成長していくかが『ONE PIECE 』の様々なエピソードを引用しながら語られていく。その背後には,社会ネットワーク分析の指導的な研究者である著者の学識が隠し味として潜ませてある。

本書の読者が「志の高い」少数の人々に限られるわけではない。夢は誰しも持つことができるし,多くの人々の心の底に必ずある。それをいかに顕在化させ,明確にするかだ。そして仲間たちとの旅が始まる。そのとき夢の大小とは関係なく,仲間力が人生の悦びの中心になるのではないかと思う。

本書を読みながらぼくの頭に浮かんだのは,最近亡くなったスティーブ・ジョブズのことだ。天才といわれ,暴君ともいわれる彼にどんな仲間がいて,どんな仲間力があったのかが気になる。断片的なエピソードでしかないが,ジョブズのもとで5年間働いた福田尚久氏のインタビューが参考になる。

NHK「クローズアップ現代」が放映した福田氏へのインタビューのうち,「仲間力」に関して面白い部分はカットされたが,ウェブで読むことができる。ジョブズがどんなときにどんな理由で部下を怒るのか,またどんなときに謝罪するのかが描かれており,非常に興味深い。

今後のアップルについて,福田氏は
・・・スティーブは非常にシンプルな人なので。一貫しているのはシンプルなことなのですよね。あれだけのマネジメントチームが10何年、同じチームでやってこられないですよね。やっぱり、とことんどうにかするぞという気持ちをすごく強く持った人しかあそこにいないのですよ。
と述べる。ジョブズのスピリットを「10何年叩き込まれている人たちがゴロゴロいる。すごい力だと思いますよ。だから次の課題は、その人たちが次の世代に同じように伝えられるかですよね、精神を」という。

ジョブズとルフィの仲間力には共通点もあれば,異なる点もあるに違いない。本書の最後で著者が述べるように「託す」ことができるかが,最終的に仲間力の真価を問うものになる。つまり「ジョブズの仲間たち」が,その精神を次世代に「託す」ことができるならば,その仲間力は賞賛に値する。

最後はスティーブ・ジョブズの話ばかりになってしまったが,個人的にはさらに,今後の共同研究への取り組み,ゼミの運営などについて大変参考になった(何かを成し遂げたあとの「宴」の重要性だけを学んだわけではない^^)。

ジョブズ追悼号,続々購入

2011-10-19 17:44:09 | Weblog
次々と発売される雑誌のスティーブ・ジョブズ追悼号を次々と買っている。Mac Fan と MacPeople×MACPOWER の増刊号はどちらも外せない。あえていえば,アップルの企業風土やデザイン哲学を考えたい向きには前者,過去の Macworld Expo の思い出に浸りたい向きには後者・・・という色分けになる。

Mac Fan
2011年12月 臨時増刊号
マイナビ


CEOスティーブ・ジョブズ
(MacPeople 2011年12月号増刊)
アスキー・メディアワークス

以下のような特集号をきちんと出す週刊ダイヤモンドはさすがだと思う。ただ,実際の中身は「スマホ完全理解」の部分がほとんどである。そこは iPhone4S の発売を踏まえ,十分準備がなされていたわけである。たとえそうであっても,他のビジネス誌よりは一歩先を歩んでいる感はある。

週刊 ダイヤモンド
2011年 10/22号
ダイヤモンド社

すでに先週号でジョブズを追悼したニューズウィークは,今度は「ジョブズ神話とアップルの進化」というヘッドラインで来た。ウォルト・ディズニー亡きあとのディズニー社と比較している点は大変興味深い。アップルにおけるアイズナーはいつ現れるか,それは誰かという問題である。

Newsweek (ニューズウィーク日本版)
2011年 10/26号
阪急コミュニケーションズ

アップルの未来がどうなるか誰にもわからないし,下手な予測をしてもしかたない。そもそもジョブズは何であり,アップルが何であったかさえ,われわれは十分理解していないように思う。その意味で,10月25日に発売されるという本人「公認」の伝記がきわめて待ち遠しい。

スティーブ・ジョブズ I
ウォルター・アイザックソン
講談社

スティーブ・ジョブズ II
ウォルター・アイザックソン
講談社

社会経済物理学ミニ・シンポジウム

2011-10-17 08:53:48 | Weblog
土曜の午後は中央大学で開かれた「社会経済物理学に関するミニ・シンポジウム」を聴講した。講師は京都大学の青山秀明先生,新潟大学の家富洋先生。このイベントは講演者のお二人を著者に含む以下の書物の出版を記念して行われた(なお,ぼく自身もそのなかで1つのキーワードを担当した)。

50のキーワードで読み解く 経済学教室
青木正直 ,有賀裕二,吉川洋,青山秀明 (監修)
東京図書

青山先生の報告は「経済物理学の思想」と題されている。経済物理学の核心は徹底した実証性にある。物理学ではどんなに美しい理論であろうと,最終的に実証の裏付けが必要とされる。もう1つの核心は主体間の相互作用に注目することで,そのための強力なツールとして統計物理学が導入される。

経済物理学ではファイナンスの研究が盛んだが,青山先生の研究グループはむしろ実物経済に関心を寄せる。その成果の1つが,個人所得や企業の売上がベキ分布することを示した諸研究だ。2007年に出版された以下の書籍で,その内容が一般向けに紹介されている。英語版も出版されている。

パレート・ファームズ
―企業の興亡とつながりの科学
青山秀明,家富洋,池田裕一,相馬亘,藤原義久
日本経済評論社

その後の研究成果は 2011 年版の『中小企業白書』の本編やコラムに反映されている。さらに経産省の研究所や EC の研究プロジェクトに参画するなど,青山先生たちの研究グループの活動範囲はますます拡大している。研究の対象も環境・エネルギー問題から世界的なリスクの管理まで多岐に及ぶ。

中小企業白書〈2011年版〉
震災からの復興と成長制約の克服
中小企業庁(編)
同友館

青山先生たちの最近の研究の1つが労働生産性の分布に関する研究だ。経済学的には生産性は企業間で均一化するはずだが,実際には格差が持続している。こうした現象を青木-吉川モデルを拡張し,理論・実証の両面から分析したものだ。しかし主流派経済学の反応は極めて冷淡であったという。

青山先生に次いで家富先生が報告されたのが「経済物理学からみた景気変動~シグナルとノイズを見分ける」という研究である。この研究の目的は産業部門別の生産・出荷・在庫データの変動から景気サイクルを識別することだ。Wishart のランダム行列理論に基づき適切な数の主成分が抽出される。

お二人の発表のあと質疑応答と懇親会がそれぞれ1時間ほどあった。参加者の関心を特に惹いたのはベキ分布が登場する研究で,そこに質問が集中した。いうまでもなくベキ分布の含意は非常に大きいが,経済物理学者と社会科学者の対話がそこだけにとどまっていいのか・・・と思わなくもない。

経済学に統計力学的な視点を取り込むという話になると,ぼくは岩井克人先生の不均衡動学を思い出す。企業間格差(ただし技術進歩)の持続,ということでは同じく岩井先生のシュンペータ動学長期利益の不均衡理論のモデルがある。こうしたモデルと経済物理学の関係も個人的には気になる。

不均衡動学の理論
(モダン・エコノミックス 20)
岩井克人
岩波書店

集合現象の分析を目指す経済物理学にとって,マクロ経済が標的になるのは自然なことだ。となると,インフレやデフレのような貨幣的現象を経済物理学者がどう扱うのかにも興味が出てくる。実物経済が貨幣とは独立に自律的に動くのであれば,古典的な「貨幣ベール観」が支持されることになる。

このシンポジウムを企画された有賀裕二先生によれば,最近出版された進化経済学の教科書では価格の決定はさほど大きく扱われていないという。だから進化経済学は・・・といえるかは別にして,岩井先生の研究が重要な役割を果たしているのではと,専門家でもないのに思ってしまう所以である。

青山先生が講演で強調されていたように,経済物理学の思想とは,十分な実証の裏づけなく,仮定を積み重ねただけで主張はしない,というもの。家富先生の研究室では消費者物価指数の研究も進められているという。そうした研究が重ねられ,いずれ「答え」を聞く日が来るのを楽しみに待ちたい。

ジョブズ、天才の軌跡

2011-10-14 08:35:32 | Weblog
すでに発売されているニューズウィーク日本版10月19日号は、ほぼ全編スティーブ・ジョブズに関する記事で埋まっている。「完全保存版」と記されている。ご関心のある方はお早めに・・・あるいは以下のリンクでポチッと(^o^)

Newsweek (ニューズウィーク日本版)
2011年 10/19号 [雑誌]
阪急コミュニケーションズ

全体は American Genius,The Dream Factory,The Icon の三部構成からなる。前半は「人間ジョブズ」を描く。タイム誌のマン・オブ・ザ・イヤーに「選ばれなかった」理由,ビル・ゲイツとのダブルデート,妻ローレンを最初にデートに誘ったときのエピソードなどが大変興味深い。

後半は,ジョブズをよりマクロな文脈で分析している。「iPad を生んだ発明の系譜」は,ジョブズもまた過去の巨人の肩の上に立つことを教えてくれる。「貧困の中で死んだ無名のジョブズたちへ」は短いが非常に味わい深い。「窮地のピクサーを救ったジョブズの悪魔的経営」も一読の価値がある。

学びのパターン・ランゲージ

2011-10-13 19:59:31 | Weblog
昨日の JIMS 部会は慶應義塾大学の井庭崇先生をお招きし,「経験を語るメディアとしてのパターン・ランゲージ」について伺った。パターン・ランゲージ(以下 PL と略す)は建築家クリストファー・アレグザンダーによって提唱された方法論。その後ソフトウェア開発に応用され,花開いた。

世界は要素の集合のように見えて,実は関係性の集合としてみたほうが安定している。なのに個々の要素に比べ,関係性には名前がついていないことが多い。パターン・ランゲージとは,そうした関係性=パターンに名前を付けることだ。そうすることで,新たなコミュニケーションが生まれる。

具体的には問題発見や問題解決のコツにラベルを付ける。建築家が経験則として,無意識のうちに用いている「デザインの知」を明示化し記述することで,文脈-問題-解の連鎖ができあがる。建築デザインの場合,それを用いることで建築家と住民が専門性を超えて対話できることを目指す。

しかし,PL のアプローチは建築の世界ではあまり受け入れられず,むしろソフトウェア開発の世界で発展した。そこでは PL は,熟練度が違う開発者間のコミュニケーションに使われた。井庭さんはこれを PL2.0 と呼び,自分たちの仕事を PL3.0 と位置づける。では,PL をどう発展させたのか。

井庭さんがターゲットにしたのは「学び」という人間の行為であった。慶応大学 SFC は柔軟性に富んだカリキュラムで知られているが,逆に何をどう学ぶかを迷う学生も多い。そこにテンプレートを当てはめるのではなく,学びのスキルを習得させる導入教育に PL が適用されたのである。

井庭さんたちが開発したツールは A Pattern Language for Creative Thinking Learning と名付けられている。井庭さんと学生たちはブレインストーミングを行い,学びに関する数多くのパターンを抽出した。それらを整理して得られた 39 の学びの PL が小冊子やカードにまとめられている。

それらを用いてワークショップが行われる(最大で450人の規模で行ったことがあるという)。自分が経験したことがある PL と今後習得したい PL を選び,それらを他の参加者たちと交換し,お互いの経験を語り合う。相手を代えて繰り返すことで,それぞれの実践知が共有されていく。

ワークショップの直後に,それぞれの PL が参加者によってどの程度経験され,また必要とされたかをグラフ化したり,PL 間や参加者間の共起ネットワーク図を示すこともあったという。今後,たとえば iPad を用いてセッションをしたらどうだろう,などという思いが頭をよぎった。

ともかく,こうした方法は,これまでにない PL の発展だと井庭さんはいう。専門家から素人へ,あるいは専門家どうしで知識を流通させるこれまでの PL とは違い,フラットな関係で経験を交換し合う。井庭さんはしたがって,PL を「語りとしてのメディア」だと宣言する。

元々,大学新入生の学びに関する導入として用意された PL だが,企業内研修でも使われ始めている。また,対象を「学び」だけでなく,あらゆるクリエイティブな思考に拡張することも試みられている。PL3.0 が PL1.0-2.0を上書きするというより,それぞれ共存するとのことである。

今回の部会では講義に加え,実際にワークショップも行う体験型セミナーになった。井庭さんは元来エージェント・シミュレーションやデータ解析を通じて客観的に複雑系を研究されてきた方だが,いまや「生きた」複雑系を内在的に研究されている。そこがとりわけ刺激的であった。

なお,井庭さんの「学習パターン」の詳細については,ここを参照のこと。また,講演中に紹介された文献(の一部)を以下に列挙しておく:

パタン・ランゲージ―環境設計の手引
クリストファー・アレグザンダー
鹿島出版会

時を超えた建設の道
クリストファー・アレグザンダー
鹿島出版会

オブジェクト指向における再利用のためのデザインパターン
エリック ガンマ ,ラルフ ジョンソン , リチャード ヘルム,ジョン ブリシディース
ソフトバンククリエイティブ

パターン、Wiki、XP ~時を超えた創造の原則 (WEB+DB PRESS plusシリーズ)
江渡 浩一郎
技術評論社

勝利の統計学~科学は負け犬のために

2011-10-08 08:58:35 | Weblog
野球にデータ解析を持ち込んだセイバーメトリクス。このドキュメンタリーでは,その考え方がイメージ映像や CG を使ってわかりやすく描かれる。セイバーメトリクスの創始者であるビル・ジェームズを軸にしながら,この手法を支持する GM,監督,選手(マイク・ピアザ!)が登場する。

ディスカバリーチャンネル
ベースボール革命:勝利の統計学 [DVD]
角川書店

データを野球に持ち込むことは19世紀から行われてきたという。確かに野球は数字で溢れている。セイバーメトリクスが革新的なのは,既存の指標の有用性を疑い,独自の指標を提案したことだ。手の込んだ料理の方法を考える前に,素材の価値を問い直したわけである。

次に重要なのは,条件付確率を求め,それらを組み合わせて一定の推論を行うことである。たとえば,ノーアウト1塁の場面で送りバントをするは1つの典型的な戦術だが,それは得点の期待値を高めるのか。盗塁は MLB では成功率7割だが,それに挑む価値は本当にあるのかが検討される。

推論はいくつかの仮定に基づく。あまりに高次の交互作用は考慮されない。だから完全ではないが,平均的に勝率を高めればよい。一試合ごとの勝ち負けでなく,シーズン全体を通してしっかり勝っていることを重視する立場である(試合ごとの勝ち負けに一喜一憂しない落合監督の姿が目に浮かぶ・・・)。

セイバーメトリクスの次の目標は守備に向かっているという。難しいのは,データの入力にある程度専門性のある人間の評定が必要となることだ。それは通常のスコアブックを超えているから,データ収集には新たな費用が発生する。それを上回る価値が得られるという見込みがあるのだろう。

米国の野球ビジネスは進化していくが,翻って日本はどうなのか。素人目には,根拠のない「経験則」に基づく采配や選手の登用がたびたび行われているように見える。弱いチームこそ革新を起こすべきだが,その気配はない。なぜなら負けても負けても,生き残ることができるからだ。

最後は愚痴になってしまったが,野球だけでなく,世界のかなりの部分が誤った因習的知識で支配されているとしたら,データ解析やシミュレーションが活躍する場が相当あるということだ。重要なことは,どこにそうした機会が眠っているかを見いだすセンスだろう。そこでは直感が役割を果たす。

なお,このドキュメンタリーには『マネー・ボール』の主人公,ビリー・ビーンがちらっとだけ登場する。

スティーブ・ジョブズが去った日

2011-10-07 09:01:52 | Weblog
昨日の朝,アップルの創業者にして会長のスティーブ・ジョブズが亡くなったという知らせが Twitter 上に突然現れた。しばらくして他のメディアもニュースを流し始めた。iPhone 4S が発表された翌日のこと。そのあと Twitter のタイムラインは,ジョブズを偲ぶ声でいっぱいになった。

すい臓がんの手術が成功したジョブズであったが,最近体調が悪化し,CEO の座を退いた時点で,彼の死は人々の視野に入っていた。したがって驚きはない。しかし,やはりその事実に直面しないと感じられない悲しみはあり,深い。それは個人の死を悼むという以上の何かだと思う。

彼は,歴史に決定的な影響を与えたように見える。それは,電化生活を社会に普及させたエジソンとも似ている。エジソンは電球を構成する個別技術を発明したのではないことが知られている。むしろ,彼はホールプロダクトとしての「電球」を創造したといえる。ジョブズも同じだと思う。

よく知られているように,Macintosh の GUI はゼロックス・パロアルト研究所で発明されたものだ。iPod の前に MP3 プレイヤーは存在したし,iPhone の前に PDA が存在した。ただ,それらをつなぐだけでなく,1つの完全なシステムにし得た点がジョブズ,あるいはジョブズの業績だ。

しかしそうした「完全性」や「統合性」は操作的な定義や測定が難しい。経営学でもマーケティング研究でも,さらにはデザイン研究でさえ,その重要性は認識されながらもうまく扱うことができなかった。経営の実践においても同様。だからジョブズの「独裁」で推進するしかなかったと思う。

昨日の授業で,冒頭にジョブズがスタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチを流した。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら,今日やる予定のことは私は本当にやりたいことだろうか?」を問う精神を学生たちに伝えたいと思ったからだ。その結果,欠席する学生が増えるなら望外の喜びだ(笑)

スピーチのなかでジョブズは,自分が大学を中退しカリグラフィの授業を受けたが,その経験がなかったら美しいフォントを持つコンピュータは存在しなかっただろう,と述べている。それだけでなく,ジョブズ自身が存在しなければ,何が存在しなかったかを問うてみたいと思う。

おそらく,パーソナルコンピュータは存在しただろう。携帯音楽プレーヤーも,コンピュータと融合した携帯電話も存在しただろう。なかには美しいデザインの製品もあったに違いない。ただ,それらがミニマルな完全性を持ち,流れるようなユーザ体験を提供できたかどうか。

その意味でジョブズはエジソンであるだけでなく,ディズニーでもあった。よくジョブズ後のアップルが問題になるが,エジソンがエジソンという名前のチームであったといわれるように〔以下の文献参照),スティーブ・ジョブズという名のチームが機能していたかもしれない。

How Breakthroughs Happen: The Surprising Truth About How Companies Innovate
Andrew Hargadon
Harvard Business School Pr

アップルについてはつねにジョブズの天才ぶりが注目されてきた。確かに彼は歴史を創り出したが,同時に歴史によって創られてもきた。しかもジョブズは個人であっただけでなく,チームでもあったに違いない。従業員,顧客,ライバル,あらゆる同時代の人々との相互作用の結節点に彼の像があった。

そうした視点抜きに,ジョブズ後の世界は洞察できない。


チャイナタウン神保町

2011-10-05 19:52:28 | Weblog
神保町がチャイナタウンだと聞くと意外に思えるが,「東京人」11月号を読むと,実は明治以来の歴史があることがわかる。神保町界隈には中国(清)からの留学生が多く出入りしていた。明大のすぐそばに漢陽楼という小さな中華料理屋があるが,留学中の周恩来元首相がよく訪れたという。

この特集では辻井喬氏が巻頭に寄稿している。辻井氏は「神保町を囲む古書店の集積は世界的な文化財としての価値があるのではないかと私は思っている」と書いている。残念ながらぼくには古書店巡りをするだけの教養がないので,せめて歴史ある神保町の中華料理店を回ることにしたい。

東京人 2011年 11月号 [雑誌]
都市出版

ここで紹介される中華料理店は漢陽楼以外に,新世界菜館,揚子江菜館,スヰートポーヅ,咸亨酒店など。これらはいずれも「昔から」何度も行ったことがある店ばかりだが,その歴史については初めて知った。源来軒,全家福新館など専修大学方面の店は未開拓で,今後の課題である。

なお,明治大学では創立130周年を記念して「神田・神保町中華街プロジェクト」を行っている(「東京人」の特集もそれとタイアップしたのかな・・・)。明大にとって神保町を筆頭とするこの「界隈」は大きな資産。神保町文化と現在の学生たちをどう結びつけるのか,面白い挑戦だと思う。

マネー・ボール~貧乏球団にこそ夢が

2011-10-02 10:46:57 | Weblog
ブラッド・ピット主演で 11 月に公開される映画「マネー・ボール」。その原作はすで翻訳され,多くの人々に読まれてきた。まだ読んでいない人がいたら,野球ファンであればもちろん,そうでなくても強くお奨めしたい。本書はイノベーションの傑出したケースを提供している。

マネー・ボール
(RHブックス・プラス)
マイケル・ルイス
(中山宥・訳)
武田ランダムハウスジャパン

主人公はMLBのオークランド・アスレチックスを低予算で強いチームに変えたGMビリー・ビーン。彼はデータを徹底的に分析して,他チームから低評価を受けている選手を安い値段で獲得する。また盗塁や送りバントを嫌い,四球を含めた出塁率の高さを評価するなど独自の戦術を採る。

だが,それはプロ野球の現場で長く信じられてきたことと真っ向から対立する。強烈なリーダーシップがないと実行できない。選手たちは安く買われるだけでなく高く売られる。あたかも金融商品のように取引される。そして,選手の価値を正しく判断できない他チームが搾取される。

原書は(訳書も)2003年に出版されたが,ビリー・ビーンはいまでもアスレチックスのGMである。ウィキペディアによれば,盗塁や送りバントを嫌うといった戦術には変化が見られるという。データに基づく「客観的知識」によって戦術を立てるのだから,そうした進化があるのは当然だろう。

従来の常識を覆し,低コストで常勝チームを作り上げたことは,紛れもないイノベーションだ。何十年も野球に携わってきたプロたちが,必ずしも選手の潜在的な力を正しく評価しているわけではない。そうした情報の格差を利用してアスレチックスは富を生み出す。非効率性が搾取されるのである。

経済学者なら,そのような情報格差はたちどころになくなると考える。確かにデータの活用(セイバーメトリックス)は他チームにも広がっている。だが,依然として伝統的な考え方も強い。すべてデータで説明されるわけではなく,偶然の関与も大きいから,様々な見方が残存しがちなわけである。

データを人一倍虚心に眺め,深く分析することで情報格差を生み出す。それを利用して安く買って高く売る。それができる領域は,プロ野球以外にも数多く存在するのではないか。道端におカネを落としてもたちどころに拾われるから,現実には落ちているはずがないと最初から仮定すべきではない。

最後に日本のプロ野球について。カネに飽かして有名選手を採りまくるヤンキーズ型のチームには,マネー・ボール的なイノベーションは必要ない。カネのない球団こそデータを駆使し,知恵を絞って効率的な経営を目指す意味がある。その筆頭にあがるのは,何といっても広島カープだろう。

広島カープは親会社がなく,広告費による補填がない唯一の球団だ。低収入のもとでの独立採算制。そこに和製ビリー・ビーンがいたら,20 年近く優勝から遠ざかり,15 年近く B クラスを続けることはなかっただろう。だがまだ遅くはない。貧乏球団こそクリエイティブな物語を紡ぎ出す資格がある。