愛しきものたち

石仏、民家街並み、勧請縄、棚田景観、寺社、旧跡などが中心です。

奈良市 奈良坂夕日地蔵

2011年07月02日 | 石仏:奈良

大和と山城を隔てる奈良坂、現在府県道754号線となり般若寺交差点で国道369号線と合流、奈良公園内を突き抜けている。

奈良公園方面からこの道を北進すると大きく道路は右に迂回することになるが、そのまま急に細くなった道路を直進すればそれが旧奈良街道、般若寺や奈良豆比古神社を抜け、またもとの道路に合流する。

ちょうど奈良坂のなだらかな登りが始まる辺り・・・・・逆方向からの写真だが車の左手があの北山十八間戸・・・

所謂この1km程の間を奈良坂と呼び、最初に出合う変則三差路を道なりに進んだ右手、民家と民家に挟まれた僅かな空き地に、この「夕日地蔵」と呼ばれる大きな地蔵石仏が立ち尽くしている。

奈良の歴史風物や景観をこよなく愛した会津 八一が「ならざかの いしのほとけのおとがいに こさめながるるはるはきにけり」と詠んだ石仏がこの地蔵さん。

現在少し周りの景観が気になるけど・・・総高2.4mと大きく前回紹介の伝香寺のものに等しい。

そういえばどこか顔立ちまで似ている様な・・・・。

像高は188cmとこちらがやや大振りのやっぱり定型地蔵菩薩立像。

光背頂部に蓮華座上の月輪を置き、内に阿弥陀如来の種子「キリーク」を刻みこむ。

光背には、興福寺の僧「浄胤」が、逆修のため、永正6年(1509年:室町後期)に造立したとの刻銘がある。

伝香寺の地蔵に先立つこと6年・・・大きさと言い顔容と言い、良く似ているように思うのだけれど??

撮影2008.11.9


奈良市 伝香寺(でんこうじ)地蔵菩薩石仏

2011年07月01日 | 石仏:奈良

奈良の中心街を南北に走る道路を「やすらぎの道」と呼び習わしているが、ちょうどその真ん中辺り、JR奈良駅東方、約500mぐらいのところに今は幼稚園を併設した古刹伝香寺がある。

<これが散り椿・・花には別段変わり無し>

この寺には、花びらが一枚づつ散ってゆく「散り椿」、「武士椿(もののふつばき)」とも呼ばれる名木が有って良く知られている。

本堂に向かって左手脇、ゆうに背丈を越える大きな地蔵石仏が立っている。

特徴の有る濃い顔つきで少しはにかむように微笑む顔はどこか人懐かしさを感じる。

二重蓮台の上に立つ像高180cmの定型地蔵菩薩立像で戦国時代の永正12年(1515)の像立。

光背頂部にはキリーク(阿弥陀の種子)を刻み、地蔵、大日、釈迦、不動、普賢、文殊の種子を配置しています。

この顔つきがなんとも親しげ・・・・・。

散り椿の下にはこんな地蔵さん。

門外の辻には小石仏・・今でもしっかり信仰されてるようです。

撮影2007.3.4