Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(5月1日)  

2021年05月01日 | 医学と医療
今回のキーワードは,嗅覚障害にステロイド治療はすべきでない,嗅上皮に感染したウイルスの感染経路として嗅覚伝導路は考えにくい,COVID-19における新規の運動異常症に関する総説,6ヶ月後の後遺症と疾病負荷,神経症状は入院患者の36%に認め,死亡率が高い,脳卒中の既往はCOVID-19死亡の3番目の危険因子である,mRNAワクチンによる顔面神経麻痺合併頻度は他のワクチン同様に低い,COVID-19回復者のT細胞反応は抗体反応より持続する,です.

今週はCOVID-19に伴う嗅覚障害に対する治療についてのエキスパートオピニオン,嗅上皮からのウイルス侵入仮説の検証,運動異常症のsystematic review,さらに併存症である神経疾患がCOVID-19の予後に及ぼす影響など,読み応えのある論文が複数ありました.COVID-19における神経合併症にさらに注目が集まり,より詳細な検討がなされてきた感じがします.

◆COVID-19に伴う嗅覚障害にステロイドを標準治療として考慮すべきではない.
COVID-19に伴う嗅覚障害(Covid-19 Olfactory Disturbance;C19OD)では,病態として神経炎症の関与が疑われるため,治療選択肢として全身性ステロイドが考えられるが,自然回復がありうること,また副作用や予後への悪影響がありうることからその使用は賛否が分かれる.この問題に対するデルファイ法を用いたエキスパートオピニオンが報告された.メンバーは次の5つの質問に対して,完全/一部同意(FPA)または完全/一部反対(FPD)のいずれかで回答した.
Q1. C19OD発症後3週間以内に全身性ステロイドを処方すべき:FPA11%,FPD89%.
Q2. C19ODではステロイドの全身投与を第一選択とすべき:FPA16%,FPD84%.
Q3. C19ODの治療に全身性ステロイドを用いる必要はない:FPA21%,FPD79%.
Q4. エビデンスがない以上,慎重を期すべきであり,C19OD患者に全身性ステロイドを標準治療として考慮すべきではない:95%FPA,5%FPD.
Q5. C19ODの経過中,できるだけ早く嗅覚トレーニングを処方すべき:89%FPA,11%FPD.
これらは,全身性ステロイドの有用性を裏付ける現在のエビデンスは弱く,一方で自然回復率は高いためと考えられる.よって全身性ステロイドは,疾患の初期段階において,標準治療として考慮すべきではない.その代わり,感染後嗅覚障害に対して確固たるエビデンスがあり,副作用がなく,低コストな嗅覚トレーニングが推奨される.
Int Forum Allergy Rhinol. Mar 16, 2021(doi.org/10.1002/alr.22788)

◆嗅上皮に感染したウイルスの感染経路として嗅覚伝導路は考えにくい.
嗅覚受容体ニューロンにウイルス侵入に必要なタンパク質が発現していないことから,当初,SARS-CoV-2ウイルスは,嗅覚ニューロンには感染しないものと考えられていた.しかし最近の研究で,このウイルスが嗅神経を伝わって脳に直接感染する可能性が指摘されるに至った.このため複数の動物モデルを用いて検討がなされたが,モデルによって結果は一致しなかった.今回,既報の研究を検証した総説が発表され,以下の理由から「嗅覚伝導路が脳への感染の主要ルートとなることは疑わしい」と結論づけている.
1)成熟した嗅覚受容体ニューロンの大部分は,ウイルス侵入に必要なタンパク質を発現していない.
2)嗅覚受容体ニューロンにウイルスが侵入したとする報告の多くは,支持細胞がこれらのニューロンを包囲していることを考慮しておらず,細胞型特異的なマーカーを使用しても偽陽性となりうる(図1).



3)いくつかの研究で報告されている少数の感染した嗅覚受容体ニューロンは,ほとんどが未熟な細胞であるが,これらはウイルスを脳内に運ぶための軸索の突起がない.
4)動物モデルでの神経侵入の時系列は,嗅覚ニューロン間のウイルス移動ではなく,別のルートを使っている可能性を示唆する.
5)ウイルスの神経侵入は,非生理的なマウスモデル(ヒトACE2を発現するトランスジェニックモデル)では一貫して報告されるが,内因性のACE2プロモーターを用いた生理的動物モデルでは稀である(図2).



しかしSARS-CoV-2ウイルスが鼻から脳に移行するメカニズムとして,白血球に取り込まれた後に血液脳関門を通過する方法や,血管の内皮細胞から侵入する方法,髄液腔を通る方法などが考えられる.著者らは「ウイルスの感染経路として嗅覚伝導路を提唱する研究が,嗅覚障害の患者を不必要に不安にさせているのではないか」と述べている.
Acta Neuropathol. April 26, 2021 (doi.org/10.1007/s00401-021-02314-2)

◆COVID-19における新規の運動異常症に関する総説.
COVID-19における新規の運動異常症を検討した総説がスペインから報告された.22論文が対象となり,52名の新規運動異常症患者が見出された.驚くべきことに運動異常症に関する報告は少なかった.ほとんどは,ミオクローヌス,運動失調,振戦,またはこれらの組み合わせであり,3名はパーキンソン病,1名は機能性障害であった.一般的に,これらの患者は免疫グロブリンやステロイドの静注にて良好に改善した.ミオクローヌスを主徴とする患者の中には,薬剤,代謝障害,重度の低酸素症が原因となっているケースや,感染後/傍感染といった免疫介在性機序が原因となっているケースもあった.SARS-CoV-2ウイルスは,血管または逆行性軸索経路を介して中枢神経系(線条体ニューロン)に侵入し,次の2つのメカニズムによって運動障害を引き起こす可能性がある.1つ目は,ACE2受容体のダウンレギュレーションにより,ドーパミンとノルエピネフリンのバランスが崩れ,ドーパミン欠乏を引き起こすという説,2つ目は,ウイルスが細胞の空胞化,脱髄,グリオーシスを引き起こし,脳炎とそれに伴う運動異常症を引き起こすという説である(図3).SARS-CoV-2ウイルスと運動異常症との関連はまだ十分に確立されていない. COVID-19の生存者において運動異常症を起こす可能性がないか,注意深く観察する必要がある.「COVID後の運動障害」が運動異常症のスペクトラムに加わる新たな存在となるかどうかは,今後,長期間,追跡する必要がある.
Mov Disord. April 15, 2021.(doi.org/10.1002/mdc3.13224)



◆6ヶ月後の後遺症と疾病負荷.
COVID-19の後遺症はpost-acute sequelae of SARS-CoV-2 infection (PASC)と呼ぶことが提唱されている.米国退役軍人省の医療データベースを用いて,COVID-19の30日生存者の診断,投薬,検査異常などの6カ月間の後遺症を明らかにした研究がNature誌に報告された.その結果,COVID-19患者は発症後30日を過ぎると,死亡や医療資源の利用のリスクが高くなることがわかった.後遺症の種類としては呼吸器系のほか,神経系および認知障害,精神疾患,代謝障害,心血管障害,胃腸障害,倦怠感,疲労,筋骨格系の痛み,貧血などであった.ちなみに神経系の過剰疾病負荷(excess burden)は,COVID-19患者1000人当たり,神経系の徴候・症状(14.32)で,呼吸器系の徴候・症状(28.51),高血圧(15.18),睡眠覚醒障害(14.53)についで大きな問題であった.内訳は認知障害3.17,神経系障害4.85,頭痛4.10などであった(注;疾病負荷は経済的コスト,死亡率,疾病率で計算される特定の健康問題の指標).また疼痛治療薬(オピオイドおよび非オピオイド),抗うつ薬,抗不安薬,抗高血圧薬,経口血糖降下薬などの治療薬の使用が増加していた.複数の器官におよぶ検査異常も認められた.急性感染の重症度(外来,入院,集中治療室)に応じてこれらのリスクが大きくなった(図4).以上より,COVID-19生存者は,肺および肺外の複数の器官にまたがる健康損失の負担を経験していることが示された.
Nature. Apr 22, 2021(doi.org/10.1038/s41586-021-03553-9)



◆神経症状は入院患者の36%に認め,死亡率が高い.
COVID-19に関連した急性期の神経合併症が認識されるようになった.2020年3月から6月の間に,ポルトガル北部の全入院患者の45.1%を占める5つの病院で,後方視的な検討が行われた.入院患者1261名のうち,457名(36.2%)が神経合併症を呈した.これらの患者は若く(68.0歳 vs. 71.2歳,p=0.002),主要なものは頭痛(13.4%),せん妄(10.1%),意識障害(9.7%)であった.急性発症の中枢神経病変(せん妄,意識障害,脳卒中,痙攣発作)は19.1%に認められた(図5).神経合併症を呈した患者の死亡率は19.8%であり,急性発症の中枢神経病変を呈した患者では32.6%にまで増加した.以上より,神経合併症を認める頻度は高く,かつ予後不良である.
Eur J Neurol. April 21, 2021.(doi.org/10.1111/ene.14874)



◆脳卒中の既往はCOVID-19死亡の3番目の危険因子である.
COVID-19およびSARS患者の死亡率に及ぼす神経疾患の既往の影響が香港から報告された.電子医療データベースを用いて,香港の人口749万人のうち,約80%~90%の患者を対象とした後方視的コホート研究が行われた.このなかにはCOVID-19患者3164名,2003年のSARS患者1670名が含まれた.COVID-19とSARSの死亡率は,それぞれ2.28%と16.8%であった.死亡率に関連する併存疾患について,単変量および多変量解析を行った.COVID-19患者の多変量解析では,脳卒中(調整ハザード比aHR 2.31,p=0.002)が加齢,腎疾患(aHR 2.68,p<0.001)に次いで,3番目の死亡予測因子であった.SARS患者では,パーキンソン病は加齢に次いで2番目の死亡予測因子(aHR 1.95,p=0.035)であった.脳卒中とCOVID-19関連死亡との強い関連性が示された.感染している介護者との接触時間が長くなるため,患者のウイルス暴露量が多くなり,死亡率が高くなる可能性がある.さらに不快感を表現する能力が低いため診断や治療が遅れ,結果的に死亡率が高くなるかもしれない.脳卒中やパーキンソン病患者とその介護者への優先的なワクチン接種や遠隔医療の促進などの保護戦略を早急に検討する必要がある.
J Neurol Neurosurg Psychiatry. April 27, 2021.(doi.org/10.1136/jnnp-2021-326286)

◆mRNAワクチンによる顔面神経麻痺は他のワクチン同様に低い.
ワクチン接種後の顔面神経麻痺は,ほとんどのウイルスワクチンで報告されており,免疫介在性またはウイルスの再活性化(例えば,ヘルペスウイルス)によって生じると考えられている.フランスからの報告で,世界保健機関(WHO)のデータベースに登録されたmRNAワクチン後の副作用13万3883例のうち,844例(0.6%)で顔面神経麻痺関連事象を確認した.内訳は完全麻痺683例,不全麻痺168例,顔面痙攣25例,顔面神経疾患13例であった.ファイザー・ワクチンでは749例,モデナ・ワクチンで95例に認めた.発症までの中央値は2日(範囲0~79日)であった.他のウイルスワクチンで報告された126万5182例の副作用と,インフルエンザワクチンで報告された31万4980例の副作用中の顔面神経麻痺関連事象は,それぞれ5734例(0.5%)と2087例(0.7%)であった.他のウイルスワクチンやインフルエンザワクチンと比較して,顔面神経麻痺の不均衡シグナルは認めなかった.以上より,mRNAワクチンは顔面神経麻痺を引き起こすとしても,そのリスクは他のウイルスワクチンと同様に非常に低いと考えられる.
JAMA Intern Med. April 27, 2021(doi.org/10.1001/jamainternmed.2021.2219)

◆COVID-19回復者のT細胞反応は抗体反応より持続する.
SARS-CoV-2ウイルスに対する長期的な免疫記憶は,ワクチンによる集団免疫の実現に不可欠である.しかしワクチン後の抗体価が急速に低下してしまうという報告から,体液性免疫だけではその実現は難しいと考えられている.一方,細胞性免疫に関して,COVID-19後のT細胞メモリーの関連については不明な点が多い.今回,ドイツからCOVID-19の回復者51名の検体を用いて,感染後6カ月までのSARS-CoV-2抗体およびT細胞反応を調べた研究が報告された.その結果,スパイク蛋白およびヌクレオカプシド蛋白に特異的な抗体反応は,それぞれ減少ないし安定していたが,機能性T細胞の反応は,頻度,強度ともに安定しており,むしろ時間の経過とともに増強していた.以上より感染を長期的に防御するためには,T細胞反応を誘発するワクチンが不可欠である可能性が示唆される.またT細胞の多様性を経時的に示すシングルペプチドマッピングにより,オープンリーディングフレームに依存しない,長期的なSARS-CoV-2 T細胞反応を媒介するT細胞エピトープが同定された.新しいワクチンの設計に有益な情報となる.
Sci Transl Med. 2021 Apr 21;13(590):eabf7517.(doi.org/10.1126/scitranslmed.abf7517)


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