Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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若い女性に好発する脳症の正体

2008年02月24日 | その他
 医師としての経験の中で忘れられない患者さんがいる.大抵,うまく治療ができ,予想通りの転帰をとった患者さんではない.10年ほど前に経験したその患者さんは,20歳代後半の女性で,精神症状にて発症し,意識障害を呈し,他院から紹介されてきた.頭部MRIから辺縁系脳炎を疑った.非ヘルペス性で,腫瘍も見つからなかった.抗ウイルス薬やステロイド・パルスを使って治療を試みたが,けいれん重積状態,人工呼吸器管理になり,ほどなく平坦脳波になった.小さいお子さんも同席した夫への病状説明で,厳しい予後(最低でも植物状態)であることをお話したときのことは鮮明に覚えている.ただその患者さんを忘れられない理由は,その後,特別な治療もなしに,比較的短期間ののち軽度の記憶障害を残す程度に回復し歩いて自宅退院したためである.もちろん家族は大喜びだが,病状説明と実際の転帰のギャップには戸惑っただろう.自分自身,「きっと藪医者に見えたはず」と落ち込んだが,重症でありながら自然に回復したあの病気は何だったのだろうとずっと気になっていた.本邦において,精神症状にて初発し,比較的若年女性に好発し,可逆性の経過をとる辺縁系脳炎は,その後,湯浅らによりacute reversible limbic encephalitis(ARLE)と呼称されたが,その病態はなかなか分からない状態が続いた.

 今回,Nuerology誌に自験例と同様の経過を辿った脳炎4症例が北里大学より報告された.いずれも女性(平均25.8歳)で,原因不明の「若年性急性非ヘルペス性脳炎」と診断されていた(この脳炎にはいろいろな名称がある).いずれの症例もウイルス感染様の前駆症状(発熱・頭痛・全身倦怠感)を認め,精神症状,低換気,てんかん発作を呈し,うち2例は,6ないし9ヶ月間の人工呼吸器管理を要した.のちに口腔顔面ジスキネジアと治療抵抗性の不随意運動を呈した.検査所見では非特異的な髄液細胞数増加のみで,頭部MRIでは異常を認めないか,海馬を中心とする軽度の信号変化のみであった.いずれの症例も劇的に認知機能が改善した.以上より,経過としては,①前駆症状期,②精神症状期(無気力・うつ・認知障害・精神病様症状),③無反応期(カタレプシー様・眼球運動なし),④多動期(口腔顔面ジスキネジア,手指のアテトーゼ・ジストニア様運動など)に分けることができた.

 2005年頃から卵巣奇形腫を有する脳炎(ovarian teratoma-associated encephalitis)が報告されていた.これは治療反応性の傍腫瘍性脳炎で,抗NMDA受容体(NR1/NR2 heteromer)抗体が原因であるが,この疾患と上記4症例が臨床的に類似することから,保存血清・髄液を用いて抗NMDA受容体抗体を調べたところ,急性期にはいずれも陽性で,長期経過観察後では陰性であった.脳炎ののち4~7年後に,3例で卵巣奇形腫を発症したことも判明した.以上より,①ARLEの少なくとも一部は抗NMDA受容体抗体陽性脳症であること,②重症ながら可逆性で,数年ののち卵巣奇形腫が発見させること,③腫瘍の切除なしでも回復しうるが,重症度や症状の持続期間が長かったことを考えると腫瘍切除を行うべき可能性があることが示唆された.

 さらに著者らはJNNP誌にも18歳の抗NMDA受容体抗体陽性脳症1例を報告し,①(血清ではなく)髄液の抗NMDA受容体抗体価が臨床症状と相関すること,②患者血清が卵巣奇形腫のNMDA受容体発現部位に反応すること,③奇形腫切除と血漿交換・ステロイドにより速やかな回復が得られたこと,を報告した.今後,同様の症例を経験した時の治療方法を考える上でとても貴重な症例になるものと考えられる.

 あの患者さんにその後,奇形腫が出現したのかまだ確認したわけではないが,論文を読んで喉のつかえが10年ぶりに取れたような気がした.今後,早期の治療法の確立が望まれる.

Neurology 70; 504-511, 2008  
JNNP 79; 324-326, 2008 
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10 Comments

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脳症 (メイ)
2008-02-27 13:18:15
若輩神経内科のメイです。

原因不明の脳症、脳炎には何度か悩まされました。

こういった報告がでてくると診断、治療の助けになるしup dateを常にし続けないといけない分野だと改めて思います。
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この女性に関して (鈴木大介)
2008-06-13 00:08:00
回復される、前の女性の状態を詳しくしりたいのですが、どうすればいいんですか?
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Unknown (管理人)
2008-06-16 04:34:11
お返事が遅くなりすみません.申し訳ないのですが,10年前のことですので上記程度の内容しか分かりません.お役に立てず済みません.
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似たような例がありました (ぴこんた)
2008-07-11 22:57:50
私も、10年ほど前に立て続けに3例、20-30台女性の脳症に遭遇しました。いずれもヘルペス脳炎を思わせる意識障害・激しい不随意運動があり、人工呼吸を要したものの数ヶ月ー1年くらいで回復しました。最後の一例だけ知能障害が残り、転院先を探していた矢先、卵巣腫瘍が見つかったのでした。私がエコーで見ても判るくらい巨大な腫瘍でした。
 こうした報告を聞くと、何か腑に落ちない思いをしていたのがすっきりしたような妙な感覚です。
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Unknown (Unknown)
2008-08-16 01:18:55
脳炎ではないが抑うつ病にされてから5年後に卵巣奇形腫が発覚し摘出し、いまに至るんですが貧血になってしまい鉄分をとっている毎日です。良性といわれてその後のカンシキの結果はわからないが産科から何も言ってこないんで安心してます。御祓いもしてもらいスッキリなんですが子供に遺伝しないようにと祈ってます。
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Unknown (雪だるま)
2009-05-26 17:57:04
私の姪もこの病気にかかり今も意識がない状態が続いています。まだ若いのにと思うと可哀想です。障害が残ってもいいから早く元気になってほしいのですが、あまりにも前例が少ないらしくてどうなるのかわかりません。
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Unknown (mAo)
2009-08-26 10:36:36
はじめまして
私も5年前脳炎にかかりました。
今は子供、二人に恵まれ何事もなかったかのように暮らしています。
体調に関して何も感じませんが、卵巣を一度検査に行ったほうが良いのでしょうか?

また、母がリウマチで私が昔から感染しやすい体質だったので子供が脳炎にかかりやすかったりしないか心配です。
遺伝的になどはあるのでしょうか?
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お願い (管理人)
2009-08-27 14:59:16
コメントを拝見いたしました.ときどき病気に関するご質問をいただきますが,その人ごとに状況が異なりますので,責任を持ってお返事やコメントをすることは難しいです.ご心配な場合には,病院で専門医にご相談されることをお勧めします.申し訳ありません.
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Unknown (いずみ)
2013-05-01 20:34:19
2004年33歳のとき仕事場でおかしくなり精神病院に運ばれ1週間、その後呼吸状態悪化、転院し人工呼吸器の半年、後遺症なく退院、退院してからビッカースタッフ型脳炎か?と血液をアメリカに送ったようなこと先生がいってましたが陰性だったみたいです。仕事復帰し子ども一人。入院中婦人科MRIとってますが脳炎と結びつくことにはいたらず。しかし28歳のときに婦人科で卵巣に髪の毛とか脂肪みたいなできものといわれたことはありました。2年連続人間ドックで3,5センチ右卵巣の腫瘍といわれ大きくなってるわけではないが一度検査といわれましたがまだ受診してません。
あの奇病にかかり周囲からは精神的なものとか易学者の先生のところまでつれていかれました。この10年アスリートで生きてきた私がなぜあんな病気になったのかずっと疑問でした。子どもが小学生になり時間ができ3年ぶりに脳炎のことしらべたら私と同じような症例があり本当にびっくりしました。近いうち婦人科に行きたいと思います。ちなみ再発するものなんでしょうか?あと受診は神経内科にはいかなくても大丈夫でしょうか?10年前の神経内科の先生には連絡とることもないとは思いますが・・・どうすればよいのかおしえていただけらた・・・
よろしくお願いします。
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お返事 (下畑 享良)
2013-05-01 20:47:20
申し訳ありませんが,個人的な病状に関するご質問にはお答えしておりません.ただこの病気については別のブログ記事にも記載しましたので,そちらをご覧ください.婦人科,神経内科に受診してご相談されることをお勧めします.

http://blog.goo.ne.jp/pkcdelta/e/3378178e679c4a476ee623eb81b3e377
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