【大盛況だったシンポジウム】
標題の学会にて上記シンポジウムを企画した.過去2回の米国神経学会年次総会にて燃え尽き症候群(バーンアウト)を防ぐためのさまざまな試みを体験したこと,自身の周辺にもバーンアウトを経験した知人がいることがきっかけであった.
会場は立ち見になるほど多くの医師が参加した.バーンアウトの基礎知識および海外の状況と対策について提示後(スライドシェア参照),若手医師,急性期病院医師,女性医師,大学病院医師の立場からバーンアウトの状況と対策について発表していただいた.若手および急性期病院医師として発表した安藤昭一朗先生(新潟大学医歯学総合病院),井島大輔先生(北里大学病院)の真摯な発表には胸が締め付けられた.高い理想をもち献身的に取り組めば取り組むほど,理想と現実のギャップに悩む多くの医師の姿を垣間見た気がした.
特筆すべきは,初めて日本人脳神経内科医における燃え尽き症候群の頻度・状況が報告されたことだ.女性専門医については饗場郁子先生(東名古屋病院),大学勤務医については服部信孝先生・横山和正先生(順天堂大学)が中心になり検討が行われ,以下の点を明らかにした.
1)女性専門医のバーンアウト
1265名を対象としたアンケートの結果,バーンアウト率(3徴候のうち1つ以上を認める)は64%と極めて高率であった.30歳代が最も多かった.しかし3徴候のうち「脱人格化(患者さんに対する紋切り型で,非人間的な対応をする)」は米国・中国の報告と比較しはるかに低い11%であった.バーンアウトを経験した女性医師のうち13%が休職,10%が転職,4.4%が退職をしていた.バーンアウトが女性であることと関連していると答えた医師は58%にのぼった.
2)大学病院医師のバーンアウト
82大学病院に対するアンケートの結果,バーンアウト率は44%と高率,さらにワークライフバランスに満足する者は極めて少なく26%であった.多変量解析でのバーンアウトのリスク因子は「転職を考えている,人間関係不良,脳神経内科を学生に勧めようと思わない,仕事に意義を見出せない」で,防御因子は「当直回数が少ない,事務仕事が少ない」であった.実際にバーンアウトした医師による自由コメントでは上司への不満・批判が目立った一方,「どうしょうもない」「分からない」という回答も多かった.
【シンポジウムを通して感じたこと】
シンポジウム後半では吉田一人先生(旭川赤十字病院),海野佳子先生(杏林大学)の司会で,十分な時間をとって自由討論が行われた.私が印象に残った点を4つ挙げたい.
1.本人も周囲もバーンアウトを理解していない!
自分もそうであったが「バーンアウトは他人事だと思っていた」「過去のある時期がバーンアウトに近い状態であったと初めて理解した」という意見が多かった.バーンアウトは年齢や立場により誘因は異なり,どの医師にも起こりうる.バーンアウトの徴候を認識し,それ以上増悪しないよう対策をたてること,1人で抱え込まないことが大切である.
また「今思えば自分の部下に起きたことはバーンアウトだった」と話す先輩医師もいた.周囲の仲間のバーンアウトの徴候を早くから気がつくこと,上司も「若手の甘えと考えないで」早めに対応を考える必要がある.
2.バーンアウトした医師への接し方・対応が分からない!
シンポジウム後,実際にバーンアウトを経験したという医師が自身の経験を話してくれた.今は立ち直って勤務をしているが,当時は周囲からの理解が得られず辛かったと述べておられた.一度バーンアウトしてしまった人に対し,どのように接したり,対応や治療をするのかについては調べた限りほとんど報告がなく,今後の重要な課題だと思った.バーンアウトしてしまった人を我々や社会が暖かく迎えられなければならない.
3.日本の脳神経内科医は必死に耐えている!
女性専門医に対するアンケートにて,「非人格化」が極めて少ない点は極めて印象的だった.バーンアウトに陥りつつも患者さんに対して非人間的な医療をしないように必死に耐えていることが窺える.勤勉で誠実な日本人医師の姿を示しているのだろう.ただし「非人格化」はバーンアウトに対する防御反応でもあることを忘れてはならない.防御の盾を持たないことでバーンアウトがより切迫する可能性がある.今後,日本人医師のバーンアウトの特徴を明らかにし,有用なサポートのあり方を示していく必要がある.
4.今後,リーダーシップ教育が極めて大切である!
服部信孝教授が強調していたことである.上司の方針は部下に対し極めて大きな影響を与えることを認識する必要がある.制度としてのリーダーシップ教育は日本の医学界ではほとんど行われていない.私は恵まれていて,前任地での准教授としての10年間,メンターに「君が私だったらどう行動するか?」とつねに問われ,リーダーとしてのあり方を教えていただいた.リーダーシップに関する書籍も濫読した.恐らく多くのリーダーの姿を見聞きして,自分の理想像を探すものだと思う.ただしリーダーシップ教育の必要性は上司に限ったことではない.若手医師,チーフレジデント,女性医師,研究のチームリーダー等さまざまな立場において必要なものである.
【まとめ】
本シンポジウムが契機となり,多くの人にバーンアウト問題を理解してもらい,自身がバーンアウトに陥ることを防止し,周囲の陥りそうな医師,陥ってしまった医師を守ることにつながれば本当に意義深いものとなる.個人,医局,病院,大学,学会,国家レベルでの取り組みが望まれる.今後継続して議論を行うことが大切であり,まずは脳神経内科医全体を対象としたアンケート調査の実施が必要である.
標題の学会にて上記シンポジウムを企画した.過去2回の米国神経学会年次総会にて燃え尽き症候群(バーンアウト)を防ぐためのさまざまな試みを体験したこと,自身の周辺にもバーンアウトを経験した知人がいることがきっかけであった.
会場は立ち見になるほど多くの医師が参加した.バーンアウトの基礎知識および海外の状況と対策について提示後(スライドシェア参照),若手医師,急性期病院医師,女性医師,大学病院医師の立場からバーンアウトの状況と対策について発表していただいた.若手および急性期病院医師として発表した安藤昭一朗先生(新潟大学医歯学総合病院),井島大輔先生(北里大学病院)の真摯な発表には胸が締め付けられた.高い理想をもち献身的に取り組めば取り組むほど,理想と現実のギャップに悩む多くの医師の姿を垣間見た気がした.
特筆すべきは,初めて日本人脳神経内科医における燃え尽き症候群の頻度・状況が報告されたことだ.女性専門医については饗場郁子先生(東名古屋病院),大学勤務医については服部信孝先生・横山和正先生(順天堂大学)が中心になり検討が行われ,以下の点を明らかにした.
1)女性専門医のバーンアウト
1265名を対象としたアンケートの結果,バーンアウト率(3徴候のうち1つ以上を認める)は64%と極めて高率であった.30歳代が最も多かった.しかし3徴候のうち「脱人格化(患者さんに対する紋切り型で,非人間的な対応をする)」は米国・中国の報告と比較しはるかに低い11%であった.バーンアウトを経験した女性医師のうち13%が休職,10%が転職,4.4%が退職をしていた.バーンアウトが女性であることと関連していると答えた医師は58%にのぼった.
2)大学病院医師のバーンアウト
82大学病院に対するアンケートの結果,バーンアウト率は44%と高率,さらにワークライフバランスに満足する者は極めて少なく26%であった.多変量解析でのバーンアウトのリスク因子は「転職を考えている,人間関係不良,脳神経内科を学生に勧めようと思わない,仕事に意義を見出せない」で,防御因子は「当直回数が少ない,事務仕事が少ない」であった.実際にバーンアウトした医師による自由コメントでは上司への不満・批判が目立った一方,「どうしょうもない」「分からない」という回答も多かった.
【シンポジウムを通して感じたこと】
シンポジウム後半では吉田一人先生(旭川赤十字病院),海野佳子先生(杏林大学)の司会で,十分な時間をとって自由討論が行われた.私が印象に残った点を4つ挙げたい.
1.本人も周囲もバーンアウトを理解していない!
自分もそうであったが「バーンアウトは他人事だと思っていた」「過去のある時期がバーンアウトに近い状態であったと初めて理解した」という意見が多かった.バーンアウトは年齢や立場により誘因は異なり,どの医師にも起こりうる.バーンアウトの徴候を認識し,それ以上増悪しないよう対策をたてること,1人で抱え込まないことが大切である.
また「今思えば自分の部下に起きたことはバーンアウトだった」と話す先輩医師もいた.周囲の仲間のバーンアウトの徴候を早くから気がつくこと,上司も「若手の甘えと考えないで」早めに対応を考える必要がある.
2.バーンアウトした医師への接し方・対応が分からない!
シンポジウム後,実際にバーンアウトを経験したという医師が自身の経験を話してくれた.今は立ち直って勤務をしているが,当時は周囲からの理解が得られず辛かったと述べておられた.一度バーンアウトしてしまった人に対し,どのように接したり,対応や治療をするのかについては調べた限りほとんど報告がなく,今後の重要な課題だと思った.バーンアウトしてしまった人を我々や社会が暖かく迎えられなければならない.
3.日本の脳神経内科医は必死に耐えている!
女性専門医に対するアンケートにて,「非人格化」が極めて少ない点は極めて印象的だった.バーンアウトに陥りつつも患者さんに対して非人間的な医療をしないように必死に耐えていることが窺える.勤勉で誠実な日本人医師の姿を示しているのだろう.ただし「非人格化」はバーンアウトに対する防御反応でもあることを忘れてはならない.防御の盾を持たないことでバーンアウトがより切迫する可能性がある.今後,日本人医師のバーンアウトの特徴を明らかにし,有用なサポートのあり方を示していく必要がある.
4.今後,リーダーシップ教育が極めて大切である!
服部信孝教授が強調していたことである.上司の方針は部下に対し極めて大きな影響を与えることを認識する必要がある.制度としてのリーダーシップ教育は日本の医学界ではほとんど行われていない.私は恵まれていて,前任地での准教授としての10年間,メンターに「君が私だったらどう行動するか?」とつねに問われ,リーダーとしてのあり方を教えていただいた.リーダーシップに関する書籍も濫読した.恐らく多くのリーダーの姿を見聞きして,自分の理想像を探すものだと思う.ただしリーダーシップ教育の必要性は上司に限ったことではない.若手医師,チーフレジデント,女性医師,研究のチームリーダー等さまざまな立場において必要なものである.
【まとめ】
本シンポジウムが契機となり,多くの人にバーンアウト問題を理解してもらい,自身がバーンアウトに陥ることを防止し,周囲の陥りそうな医師,陥ってしまった医師を守ることにつながれば本当に意義深いものとなる.個人,医局,病院,大学,学会,国家レベルでの取り組みが望まれる.今後継続して議論を行うことが大切であり,まずは脳神経内科医全体を対象としたアンケート調査の実施が必要である.