Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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脳梗塞からの“再生”―可塑性と神経リハビリ―

2006年01月01日 | リハビリ
 12月19日のブログで,「脳梗塞からの“再生”~免疫学者・多田富雄の闘い~」というテレビ番組を取り上げたが,なぜこの番組が「脳梗塞からの“再生”」というタイトルであったのかについては触れなかった.実は“再生”は番組の重要なキーワードであったのだが,自分自身,多田先生のおっしゃる“再生”をうまくイメージできなかった.以下は多田先生がご著書の「露の身ながら」のなかで語られたものだが,多田先生のおっしゃる“再生”とは以下のような“感覚”である.
 「それは電撃のように私を襲った.何かが私の中でぴくりと動いたようだった(中略)もし機能が回復するとしたら,単なる回復ではない.それは新たに獲得するものだ.新しい声は前の私の声ではあるまい.新たに一歩が踏み出されるなら,それは失われた私の足を借りて何ものかが歩き始めるのだ.もし万が一,私の右手が動いて何ものかを掴んだならば,それは私ではない新しい人間が掴んだはずなのだ(中略)新しいものよ,早く目覚めておくれ.それはいまは弱々しく鈍重だが,無限の可能性を秘めて私の中に胎動しているように思われた.私には彼が縛られ,痛めつけられた巨人のように思われた」
 「脳梗塞のリハビリはそういう機能の獲得のためにあるらしい.単にもともとあった機能を回復するものではない.もっと創造的な治療だと気づいて,一生懸命リハビリに精を出しました」
 このような感覚は脳梗塞を経験したことのない私には理解できないし,リハビリがそういうものであるという認識も持っていなかった.ではリハビリの科学的な背景とは現在どう考えられているのであろうか?脳梗塞を含めた脳損傷後の回復理論は大きく3つある.①diaschisisの逆転説,②行動学的補償説,③適応的可塑性説である.①のdiaschisisと言えばcrossed cerebellar diaschisisが有名で,虚血巣と離れた神経結合を持つ部位が虚血のあおりを受け,血流低下・代謝低下するのがdiaschisisで,損傷後,血流量が正常化し機能が回復していくことがdiaschisisの逆転である(よってこの回復は比較的早期に生じる).②は麻痺によってできなくなってしまった動作を,別な方法で補わせる方法で(例えば右麻痺なら左手の訓練),古典的なリハビリ理論.③は損傷を受けなかった部位が,損傷をした部位の機能に取って代わるということで,多田先生の考えは③の適応的可塑性説に近い.脳の可塑性とは,「状況に応じて役割を柔軟に変える性質」のことであるが,近年,脳の可塑性の原理に基づく「神経リハ(neuro-rehabilitation)」が注目され,実際に実践されつつあるようだ.
 実は最近,「脳から見たリハビリ治療」という本を読んだのだが,この本はリハビリ後に起こる脳の可塑性について平易な文章で解説している.とくに初めて神経可塑性を立証したカンザス大学の神経生理学者ランドルフ・ヌード先生による「リハビリで脳が変わる」の章は秀逸で,「新しいリハビリの考え方」に触れる良い機会になった.例えばこんなことが述べられている.
① 皮質下電極刺激を用いたリスザルの実験で,手の運動に関わる一次運動野は学習を行うことによりその領域が拡大し,組織学的にもシナプス結合が増加すること(synaptogenesis).
② 体性感覚野においても感覚刺激によりその領域の変化が生じうること.例えばリスザルに皿を持たせ続けるといった刺激を強制的に継続させると,体性感覚野地図に変化が生じ,最終的にはジストニアまで来たすこと(これはピアニストやタイピストに発症する局所性手ジストニアの動物モデルとなる).
③ 脳梗塞による麻痺の機能回復には「脳の機能的再構成」が関与していて,例えば右手を動かす左脳の一次運動野や錐体路が損傷しても,左脳の一次運動野以外の部分(運動前野や補足運動野)や,損傷を受けていない右脳からの交差しない錐体路(昔,意義も分からないまま覚えた錐体路非交叉線維のこと)が失われた機能を代償する予備力が脳に備わっている.
④ 促通手技などの神経リハビリはこの「脳の機能的再構成」を効率的に行わせることを目的としており,今後,神経可塑性の機序を解明し,その原理に裏付けられた新しい治療を発展させていく必要がある.
 神経可塑性に関しては,その機序やそれに関わるmoleculeなど不明な点が多いようだ.今後の脳梗塞の治療の方向性としては,神経保護薬の開発がほとんど頓挫してしまった状況を考えると,t-PAをいかに多くの患者さんに使用するか?という方向と,脳の可塑性の増強を目指す方法に進むような気が個人的にはしている.話題の神経幹細胞移植にしても,神経可塑性の機序が明らかになればその価値がさらにはっきりしてくるだろう.

脳から見たリハビリ治療―脳卒中の麻痺を治す新しいリハビリの考え方 久保田競・宮井一郎編著 講談社ブルーバックス

露の身ながら―往復書簡いのちへの対話 多田富雄・柳澤桂子 集英社

(本の題名をクリックすれば amazon にリンクします)

それでは本年も宜しくお願いします
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1 Comments

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naruhodo (clorets)
2006-05-16 00:08:26
脳梗塞により上下肢以外に顔面や口腔器管の運動障害がありますが、これに対しても同様に神経リハ可能だと思われます。しかし、言葉を理解・表出する言語野に対しての神経リハを用いたアプローチは中々困難ではないか。強制的に話す状況を作っても理解が悪いと前に進めない。その逆もある。これが出来ると言語聴覚士の地位も上がるでしょうね。
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