Neurology 興味を持った「脳神経内科」論文

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新型コロナウイルス感染症COVID-19:最新エビデンスの紹介(8月22日) ー抗体陽性でも安心はできないー 

2020年08月22日 | 医学と医療
今回のキーワードは,飛沫を増やしてしまうマスク,フェイスシールドの威力,母乳は感染源とならなそう,糖尿病と肥満の死亡に対する相対リスク,パンデミックによるてんかん発作の頻度増加,COVID-19脳症の特徴的FDG-PET所見,抗体は存在すればよいわけでない,ヒトにおける中和抗体の感染予防効果の初めての証明,抗体反応が長期に持続しない理由,微妙な抗ウイルス薬レムデシベルの効果です.
主に米国からの研究により,着実に病態機序が明らかになってきた印象があります.とくに抗体の効果と限界については理解する必要があります.

◆感染防御(1)飛沫を増やしてしまうマスクがある.
会話中の飛沫の程度を可視化できる光学測定法を開発し,入手可能なマスクの種類により,飛沫の抑制効果に違いがあるかを調べた米国からの報告.結果として,二層の綿製マスクは標準的なサージカルマスクとほぼ同程度に飛沫を抑制した(→アベノマスクもおそらく大丈夫).しかし綿製バンダナはだいぶ抑制効果が劣り,いわゆるバフ(Buff)型と呼ばれるネックフリース(山中教授がジョギングに推奨していたもの)はマスクなしに比べ,むしろ飛沫を増やすという結果となった(図1).感染予防に適切なマスクを使用する必要がある.
Science Advances. Aug 7, 2020(doi.org/10.1126/sciadv.abd3083)



◆感染防御(2)フェイスシールドの威力.
インドからの報告で,フェイスシールドの導入前(5月3日~15日)と導入後(5月20日~6月30日)で,COVID-19感染者のカウンセリング目的に家庭訪問をする保健師の感染者数を比較した研究.導入前では62名の保健師が5880箇所(このなかには222名の感染者がいた)を訪問し,12名が感染した.フェイスシールド導入後,感染しなかった残りの50名の保健師は勤務を続け,18228箇所(このなかには2682 名の感染者がいた)を訪問したが,この間,感染した人はいなかった.フェイスシールドは,眼から感染を減らしたか,マスクや手の汚染を減らしたか,もしくは顔の周りの空気の動きを迂回させた可能性がある.→ 自分も外来,回診でフェイスシールドをしている.曇って使いにくかったが,メガネ式にしたら快適になったのでおすすめです.
JAMA. Aug 17, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.15586)

◆感染防御(3)母乳からの感染は心配なさそう.
COVID-19に感染した女性が母乳による育児を希望する場合,母乳を介した感染が生じるかは重要な問題である.これまで24例の症例報告があり,4名の母乳からウイルス RNA が検出されている.しかし,RNAの検出=感染性を意味するとは限らない.米国から研究で,感染した18名の母乳(合計64検体)を調べたところ,1検体からウイルスRNAが検出されたものの,培養しても複製されなかった.また残りの検体からも複製可能なウイルスは検出されなかった.検体数が少ないものの,母乳が赤ちゃんへの感染源となる可能性は低いものと考えられる.
JAMA. August 19, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.15580)

◆危険因子(1)1型と2型糖尿病の死亡における相対リスク.
英国イングランドからの報告.糖尿病はCOVID-19による死亡の危険因子であるが,1型糖尿病と2型糖尿病の相対リスクは不明であった. 3月1日からの72日間において,COVID-19に関連する院内死亡は23698例で,うち3分の1は糖尿病患者であった.内訳は2型糖尿病が7434名(31.4%),1型糖尿病患者が364名(1.5%)であった.72日間の10万人当たりの未調整死亡率は,糖尿病なし27,1型糖尿病138,2型糖尿病260であった.COVID-19関連の院内死亡の調整オッズ比は,1型糖尿病では3.51,2型糖尿病で2.03であった.
Lancet Diabetes Endocrinol. August 13, 2020(doi.org/10.1016/S2213-8587(20)30272-2)

◆危険因子(2)肥満の死亡における相対リスク.
COVID-19の診断から21日後において,肥満と死亡との関連を検討した米国からの報告.COVID-19患者6916名のうち,BMIと死亡リスクの間には,肥満に関連した併存因子を調整した後でもJ字型の関連が認められた.BMIが標準(18.5~24 kg/m2)の患者と比較して,BMIが40~44 kg/m2,および45 kg/m2以上の肥満者の相対リスクはそれぞれ2.68,4.18であった.このリスクは,60歳以下,および男性で最も顕著であった.重度の肥満は重要な危険因子であり,早期に是正すべきである.
Ann Intern Med. Aug 12, 2020(doi.org/10.7326/M20-3742)

◆神経疾患(1)てんかんの発作頻度の増加と危険因子.
パンデミックがてんかん患者に与える影響を検討したスペインからの報告.対象は255名で,外出禁止の1ヶ月間に電話連絡により質問票を用いて評価した.発作頻度の増加を25名(9.8%)で認めた.外出禁止に関連した不安は68名(26.7%),抑うつは22名(8.6%),不安+抑うつ31名(12.2%),不眠は72名(28.2%)で認めた.73名(28.6%)で収入が減少した.発作増加の危険因子は,脳腫瘍関連てんかん[オッズ比7.36],薬剤耐性てんかん[3.44],不眠症[3.25],発作に対する恐怖心[3.26],収入減少[3.65]であった.5名でCOVID-19に感染したが,発作頻度に変化はなかった.脳腫瘍関連ないし薬剤耐性てんかんのようなコントロール困難な発作は,パンデミックにより増悪しやすく,また精神的ストレスも発作頻度を増加することが分かった.遠隔医療に対して214名(83.9%)が満足しており,パンデミック時に適した診療と考えられた.
Acta Neurol Scand. Aug 16, 2020(doi.org/10.1111/ane.13335)

◆神経疾患(2)COVID-19関連脳症のFDG-PET.
フランスからの4症例の症例集積研究.全例60歳以上で,認知障害を呈し,前頭葉症状を認めた.その他,小脳症候群を2名,ミオクローヌスを1名,精神症状を1名,てんかん重積発作を1名で認めた.COVID-19の初発から神経症状が出現するまでの期間は0~12日であった.全例,頭部MRIでは明らかな異常を認めず,髄液検査もほぼ正常,オリゴクローナルバンド陰性,PCR陰性であった.しかし全例で,脳FDG-PET/CTの共通する異常パターン,すなわち前頭部代謝低下と小脳代謝亢進を認めた(図2).免疫療法により全例が改善した.臨床症候は異なるものの,一貫したFDG-PET所見を認めたことから,COVID-19関連脳症の病態を反映している可能性がある.
Eur J Neurol. Aug 15, 2020(doi.org/10.1111/ene.14478)



◆抗体の効果と限界(1)COVID-19で回復した患者はスパイク蛋白質への抗体反応が強い.
回復患者と,急速に進行し死亡する患者の違いがなぜ生じるかは依然として不明である.入院患者22名の感染初期の抗体プロファイリングを調べた米国からの報告.回復した12名と死亡した10名を比較すると,ウイルス特異的IgGレベルに差は認めなかったが,回復群ではウイルス・スパイク蛋白質への抗体反応が強く,死亡群ではヌクレオカプシド蛋白質への抗体反応が強かった(図3).別の40名のコホートで検証を行ったが,同様の傾向が確認できた.抗体は存在すればよいわけでなく,どの抗原を認識しているかが予後に影響する.また開発中のワクチンのほとんどがスパイク蛋白質を標的としていることは合理的と言える.
Immunity. July 30, 2020(doi.org/10.1016/j.immuni.2020.07.020)



◆抗体の効果と限界(2)中和抗体はCOVID-19に対する予防効果をもつ.
中和抗体が感染予防効果を持つことは動物モデルでしか証明されていない.未査読論文であるが,米国から漁船におけるアウトブレイクにおいて,中和抗体の感染予防効果を示す事例が報告された.乗員122 名のうち120名を対象に,出航前と上陸後に,抗体およびPCR検査を行った.追跡期間の中央値は32.5 日(18.8~50.5日)であったが,この期間中に抗体陽性ないしPCR陽性になった者は104名もおり,船上で85.2%!の乗員(104/122名)が感染した.しかし出航前の検査で,中和抗体とウイルス・スパイク蛋白質反応性抗体を有していた3名は感染を免れており,中和抗体と再感染予防効果の関連が裏付けられた(p=0.002).著者は中和抗体がヒトにおいて感染予防効果をもつことが初めて示されたと述べている.
medRxiv. August 14, 2020(doi.org/10.1101/2020.08.13.20173161)

◆抗体の効果と限界(3)COVID-19で抗体反応が長期に持続しないメカニズム.
COVID-19では,回復早期にウイルス特異的 IgG および中和抗体レベルが低下してしまい,集団免疫の獲得が難しい可能性が,Nat Med誌などに指摘されてきた(doi.org/10.1038/s41591-020-0965-6).米国からの研究で,この機序を解明する目的で,死亡患者の胸部リンパ節や脾臓を調べたところ,抗体を産生するB細胞が病原体の記憶を形成する場である胚中心がないこと,その胚中心を形成する転写因子Bcl-6を発現するB細胞が顕著に減少していることを発見した(この現症はSARSやエボラでも報告されている).また胚中心の欠損は,Bcl-6陽性濾胞性ヘルパーT細胞(TFH細胞)の分化を阻害すること,サイトカインTNFαの蓄積と相関することも見出した.重症患者の末梢血では,移行期および濾胞性B細胞が消失し,胚中心由来でないSARS-CoV-2特異的なB細胞集団が認められた.以上より,COVID-19のサイトカインストーム(TNFα)が胚中心の形成をブロックし,このためウイルス抗原に対する長期的記憶がB細胞に備わらないことが示された(図4).著者は同じ年に3,4 回感染することもありうるので注意が必要と述べている(ただしT細胞による感染予防効果はありうる).
Cell. August 19, 2020(doi.org/10.1016/j.cell.2020.08.025)



◆新規治療.米国ギリアド社による抗ウイルス薬レムデシベルの効果は微妙.
米国,欧州,アジアの105病院で,3月15日から4月18日までに登録された中等症患者584名を対象とした無作為化非盲検第3相試験の結果が報告された.レムデシビル10日コース(197名),レムデシビル5日コース(199名),標準治療(200名)のいずれかに1:1:1に割り付けられた.レムデシビルは1日目に200 mgを静脈内投与し,その後100 mg/日を投与した.主要評価項目は,11日目の臨床状態で,死亡(カテゴリー1)から退院(カテゴリー7)までの7段階の序列尺度で評価した.結果であるが,治療期間の中央値は,レムデシビル5日投与群で5日,レムデシビル10日投与群で6日であった.レムデシビル5日コース群では,標準治療群と比較して有意に良好であったが(オッズ比,1.65;P = 0.02),その差の臨床上の重要性は不明であった(図5).10日間コース群と標準治療群との間に有意差は認めなかった(P = 0.18).死亡患者の頻度は3群で不変.副作用は吐き気,低カリウム血症,頭痛はレムデシビル群で高頻度であった.残念ながら著効するとは言い難い.
JAMA. August 21, 2020(doi.org/10.1001/jama.2020.16349)



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