Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

多数連合と少数の不可侵権

2005-09-12 | 歴史・時事
選挙関連のニュースが目白押しである。ケンブリッジ大学出身のプリンストンの歴史学教授ハロルド・ジェームスが、世界経済を牽引して来た独日両国の総選挙について触れている。両者とも経済低成長時代にどのような政治の舵取りをするのかが話題である。

SPDと緑の党の政策は、本来はボン政府時代に行われるべき政策であったと見る。安全保障政策を非常に評価しながらも、前のコール政権時代同様に統一ドイツの政治をしなかったと批判する。そして考えられる大連合やその時幾らか行われるであろう政府の干渉の柔軟化へと話題は進む。

氏は、欧州大国の対応のグローバル化への悪さを欧州中小国と較べる。勿論これは、ベルリン政府の財政赤字への批判でもある。ドイツの政治上での時間差と日本における自由化への時間差に誰もが気づく。その其々の位相の違いは、プリンストンから距離を置いて良く見えるような気がする。

前者の一週間後の開票を控えて、後者のその結果分析を前に、議会制民主主義についての小さな話題に注目してみる。

先ずは独連邦共和国の総選挙のドレスデン地区の極右NPD候補が公示後に死亡して、そこでは選挙公示が間に合わないので中止になる事である。先に延ばされるので、他の地域での18日の投票締め切りと開票への疑問が起きている。つまり、ここでの票決が最終的な多数派党の組閣を左右する可能性があるからである。

この場合は、一票の重みが感覚的に重くなる。同様な事は、過半数をどの政党も取れない場合にも起きる。それが調査統計として事前に知らされて、現在の様な僅差な状況であると、一票が組閣を左右する。これは少なくとも、最終的には所謂死票が半数近くにまで至る事がある反面、一票の価値を重くする。

一つ目の例は、英国議会を模してあるもので、候補者はその意思を誰にも相続出来ないという考え方を根拠とする。二つ目の例は、英国式の二大政党制に対して広く欧州で採用されている多数政党制ならではの連立内閣制度が幸いしている。もちろん最終的には、多数派工作で過半数を制する会派が、少数派を圧倒して牛耳る事には変わりない。

これについて、ノーベル文学賞受賞者エリアス・カノッティが1960年に、面白い事を書いている。

「代議士の選挙は、基本的に議会におけるそれの先例となる。候補者の中で勝利者が最良で最強な者として証明される。議会における最強の派は、最大の支持を得た者である。」

「大勢は、少数派を従えて、勝利を獲得する。そして、議会には内戦の死傷者は存在しない。兎に角、有権者の不可侵権は、彼らが票を投じた投票用紙と較べるとどちらでも良いのである。」

「投票において優勢な大多数の意見が、より賢明とは誰も実際には思っていない。」

これが、多数派工作の出来なかった敗者の不可侵権が守られる事で初めて守られる、議会制民主主義であると示す。つまり候補者の死亡の危険な悪影響を、議会から締め出すということにも繋がる。

終焉後の政治地図 [文学・思想] / 2005-09-12 へと続く



参照:政治的東西の壁の浸透圧 [歴史・時事] / 2005-07-12
コメント (2)
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