Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

コールタールピッチ

2004-12-29 | 歴史・時事
南チロルでは、一月一日以降喫煙場所が隔離され空気清浄装置が無い限り飲食店では全面禁煙になるらしい。アイルランドとノルウェイに続く処置のようである。喫煙家ではないので一向に構わないどころか、いままで折角の食事と酒でも煙のために悪酔いをさせられて、着衣に匂いがこびり付いて閉口したのでこれは喜ばしい。それでも、必ずしも素直に賛同出来ないのは何故だろう。そのような店は、決まって常連席があって地元のお兄さんや、親爺たちが屯する。彼らにとってアルコール同様に喫煙は必需だ。

中央アメリカのメキシコシティーのサンタ・ムエルテ死神信仰の記事が載っている。富める者も貧しき者も墓場では公平と云うのが人気の秘密らしい。サタン信仰とも違い国境を超えカリフォルニアにかけて普及しているようだ。ローマ時代の初期キリスト教や中世の多くの異教とも違い、地下に潜る必要が無いのでおおらかに信仰されている。

決して常連席の喫煙と死神信仰を較べようとは思わないが、そこには奇麗事では済まされない世界がある。合理だけで済まない非合理な世界が必ずや存在する。正に対する負の世界である。

やはりローマ時代にユダヤ人は北の辺境へと駆逐された。中世の苦難の歴史を通して、中欧における負の歴史をシナゴーグ教会の跡に追うことも出来る。特にライン流域は、東方への入植と並んでアシュケナージの主要入植先となった。その旧約聖書的な厳格な世界観とその存在其のものが、欧州文化の中で大きな影を形成している。其の光と影こそが、数多のユダヤ人学者や芸術家の偉大な業績を隈取る。

こうして見てくるとチロルから国境を越えたスイスの画家セガンティーニも、一般に光の探求者のように云われているが、違った視点から捉えられる。彼の絵の一部は、経年変化も手伝って、黒いところは潰れて肉眼でも殆んど見れないほどにコールタールで黒塗りされている。光に対する影を強調したとか、光量を落として光を強調したと云うよりも影を通して大きな世界を描き込もうとしている。遺作三部作「生」、「自然」、「死」もこうしてミレーの影響と云われる農民の労働風景の絵の延長として眺めることが出来る。

コールタールはニコチンのように黒く、一度こびり付くと決して落ちない。けちが付いた事を「コールタールピッチを被った」と云う。望もうと望むまいが、清濁併せ呑んでこそはじめて物事の全貌が把握出来そうである。
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