Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

縛られた「蝶々夫人」生中継

2020-09-09 | 生活
ヴィーンからの「蝶々夫人」初日中継は残念だった。録音は聴き直していないが、新音楽監督の指揮が悪かった。パリで人気のあったフィリップ・ジョルダンだが、放送のアナウンスの様にヨルダンではあまり成功しそうもない。そもそもこの人がチューリッヒで勉強している頃もその噂を聞いた覚えが無い。有名人の倅であるから少しでも才能があれば直ぐに注目されていたと思うのだが。

兎に角、バイロイトでの「マイスタージンガー」の初日は何もかも良くなかった。その後は修正されていったのだろうが、今回聞くとやはり具合が悪い。最も肝心な旋律を素直に上手に歌う事が出来ないので、ギクシャクする。どこかで聞いたことがあるなと思ったら、クリスティアン・ティーレマンの指揮に似ている。それで以って劇場を盛り上げようとするものだからヘンテコな音を沢山出して来る。まるでプッチーニ映画のサウンドトラックのようなセンスの無い音が出る。典型的な地方の二三流オペラ劇場の下手なカペルマイスターである。

この人達のお蔭で如何にオペラ作品の楽譜を音楽的に通して指揮することが難しいかを私たちは知る。それも劇場で長い間座らされて、飲み物を購入したり駐車料金を払って、暇を持て余した老人たちと一緒に過ごして、もう金輪際と思う手間が省けて、ソファーに座って類似体験が可能となる。本当にオペラ劇場なんて歌も音が外れっぱなしで、そんな歌に合わせるカペルマイスターたちの技を体験するのが劇場体験なのである。少なくとも一流劇場以外で音楽どころか作品なんて学ぶことは不可能である。

ヴィーンの国立歌劇場はその座付楽団がヴィーナーフィルハーモニカーとして人気があるので、その歴史に準じてもそれほど悪い劇場ではない。昨今の観光客商売としてもある程度の水準は保っているところで、新音楽監督にはもう少し上の実力者が欲しかった。成程、地元の御用評論家はそれなりに新支配人とひっくるめて上手に誉めてはいるが、余計に客観的な視点からするとその忖度は苦しい。

その視点は、音色とか今回は示せなかったリリックな面とかを挙げるのだが、そのように書いていることから評者の理解度がとても知れる。音楽が作れないから無理に突拍子も無いテムポや強調がなされるので後先が逆なのだが、下手に有名指揮者になっているものだからそれを無理して売ろうとする。悪循環の始まりで、その出来る限り職人的な技術を磨いて歌手に合わせる事だけに集中すればオペラ座の便利屋さんに成れるのだが、下手に成金になってしまっていて使い物にならない。

座付楽団は上手く帳尻を合わせてくるのだが、それ以上には鳴らせない。お目当ての「蝶々さん」のアスミク・グリゴリアーンもここという時に歌い切れないでやり難かったと思う。全体のしっかりした流れを出せない指揮であると彼女ほどの歌手でも上手く音楽のドラマテユルギーに入って来れないと思う。その点では、これまたそれほどオペラ指揮者としてはご無沙汰の人気の無いヴェルサーメストでも、そこは崩れないので、劇が形成される。同じグリゴーリアンが電光石火の一声でしっかりと組み込まれるのを聞けばその意味が納得できるだろう。同じ演出のメトロポリタン歌劇場などでの指揮者は、それほど有名でない人でも、その点はストレスなく歌わせる。そこにメトとヴィーンの実力差が大きく横たわる。なにも歌手のキャスティングの豪華さだけではない。

クリスティアン・ティーレマンがこの座を狙って裏で運動していたようだが、その人間性や政治的な問題さえ、そして何よりも人気の欠如さえなければ、後輩のヨルダンにこのポストを譲る道理はなかったと思う。それほど能力は変わらないと思うが、やはり少しだけ経験が違うのではなかろうか。もう少し歌手に合わせているような気がする。

兎に角、聞いていてストレスが溜まった。久しぶりに三流のオペラ劇場に出かけた思いだ ― 昨年のカールツルーヘの「賢い女狐」を忘れてはいけないが。翌朝ベットから起きれないほどに草臥れた。まさしくその辺りのオペラ劇場の椅子に縛られた疲れである。大きな期待は無かったが、ザルツブルクでヨアンナ・マルヴィッツが示したように、ヴィーナーフィルハーモニカーを振ればもう少し違うかとも思ってしまったのだ。



参照:
「笛を吹けども踊らず」 2017-07-29 | 文化一般
不可抗力に抗う肉感性 2020-08-28 | 音
藤四郎の国立劇場 2020-05-31 | 文化一般

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