Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

不可抗力に抗う肉感性

2020-08-28 | 
承前)ザルツブルク新制作「エレクトラ」のプログラムをさっと読んだ。中々纏まらない点に関して多くの示唆と幾つかの情報が入っていた。オペラ公演のそれに眼を通す人は殆どいないと思う。新制作の写真が載っていて、それ以外は重要な情報よりも観光旅行地の御土産みたいなものだ。だから前回のザルツブルクで観た浅利慶太演出の時のプログラムも殆ど読んでいなかった。そしてそれを捲るとその公演の演出に合わせて物語のアウトラインや文化的な背景などに触れられているが、ホフマンスタールやシュトラウスの創作には無関心だ。日本のチームがその本質に切り込んでいたとは誰も思っていない通りの上辺だけの古典上演だった。指揮のマゼールもそれで満足だったのだろう。

その点、今回のそこに書いてあるのは、分かり切った「エレクトラが中心にある」に対して、三人の女性に焦点を当てている意味合いだ。それは演出家のヴァリコフスキーの話しにも出てくる。先ずそのフェルゼンライトシューレの幅広い舞台に如何に劇場空間を、それもこのコロナ禍の後に新たに開くかという事に苦慮したとある。

その一つにプログラムに写真として使われているシチリアのマフィアにおける抗争の死体写真などを並べたレツィーリア・バターリアの写真集がある。要するに血で血を洗う抗争をこの話しへの肉付けとする。ホフマンスタールがこのギリシャ古典に注目して驚いたのもシェリーマンの考古学的な成果からで、ホメロスの世界が現実であったという事が分かるようになったことであるとされる。

オイディプスコムプレックスのフロイトの研究から、そしてこの1909年初演のリヒャルト・シュトラウス作曲「エレクトラ」を観たユングがエレクトラコムプレックスに1913年になって言及した様だ。教養のあるヴァリコフスキーは、三人の女性に注目して行く。その前にアガメノンも弟のオレストも男性陣は二人とも同じ境遇であると括ってしまって、一人目に犠牲者は生贄にされた長女のイフゲニ、二人目の犠牲が母親となる。つまりここで既にその劇中の扱いは定められてしまっているというのだ。

それに対して三人の女性陣は遥かに自由で、このオペラにおける人心を超えた巨大な暴力と神の意思に逆らい、運命と偶然に抗う非人間性を描くことで本来のギリシャ神話を描けるという構想になったとしている ― まさしく不可抗力としている。その程度の差こそあれ、既にこの基本構想に於いて浅利とは全く異なる。

ホフマンスタールのディアローグの見事さとして、エレクトラとオエストが出合う場面の其の際の会話を挙げている。そこでは復讐への執着によって性的な開花無く大人になった娘と弟の再会が描かれるのだが、今回のキャスティングの始まりだったところだろう。指揮者のヴェルサーメストの言葉を引用すれば、最近トスカとサロメを歌った歌手を探せとかあったが、まさしくここの抒情的な歌唱は今迄のエレクトラ歌いでは出せなかったキャラクターで、アウスリーネ・シュテュンディテを起用したのは、演出家と指揮者の協調作業にザルツブルクの恐らく芸術監督が正しく動いた成果だったろう。

そうすることで、これまた「子供が欲しい」と歌う三女のクリムネストラの病的な性質が際立つことになり、最後の最後までホフマンスタールが加筆したフィナーレへと続くことになる。従来の演出においても幾らかは重要な配役としてキャスティングされることは時々あるようだが、今回のアスミク・グリゴーリアンの起用はよって決して興業的な意味に収まらなかった。

既に言及されたようにエレクトラとその母クリテムネストラとのディアローグこそがこの作曲家の真骨頂でもあるのだろう。そしてここでもキャスティングも妙味があって、どうしてこの人が選ばれたかというターニャ・バウムガルトナーで、次に重要になる肉感性という事ではその役や年齢に関わらずおばさんがとても舞台を飾っていた事を先に述べておこう。

そして、この三人の女性を主役にしての肉感性がこの演出の味噌であり、それがオペラ作品の否当時のユングの流れを汲む精神分析へとその意味を問うていくことになる。大まかなアウトラインを引きだすだけでも可成りの整理が必要になるが、こうした作品を捉え、劇場で演出するとなると今更の如く二つ三つほどの博士号でも取得していないとお話しにならないという事になりそうだ。(続く)



参照:
へそ出しもビキニも 2020-08-03 | 女
フラマン人の誇り 2020-08-01 | 文化一般

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