光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

梅の花が一輪見つかると。

2010-02-25 16:20:50 | 植物・花(冬)
  きのう、ウグイスの鳴き声が聞こえて、これは間違いなく
  ウグイスの鳴き声、と思ったものだが、それを書くのを忘れて
  今頃思い出した。でも今日は、鳴いていない。
  あるいは、聞こえない。風が強く、どこかへ移動したかも。


  それで、梅の花探しという難行!を続けることにして、
  今はまだ花も咲いていたとしても小さいし、それに枝の高いところ
  だと、標準ではうまくないと、標準の望遠ズームを付けている
  カメさんを持って、いったところがお寺だが、失敗した、と思った。
  ほとんど変化がなく、紅梅の小さな蕾のファインダ像は、ちょっと
  悲しかった。しかし、その紅梅に花は、まだだったが、結果としては、

  白梅の花は、一つ見つかったのである。それも、お寺の白梅で、これは
  間違いない、梅の花といえるものだな、とまずは安心して、
  それからもう2箇所だけ、また花探しをやると、一つは、まだ中途半端な
  咲きかたのものが、そのままあった。それから、他のところで、
  目を皿にして、という感じだが、そこにも梅の花!といっていいものが
  あった。

  つまり、梅の花も一輪見つかると、他の梅も大体花を咲かせるようなで、
  でも、この一輪がなかなか見付からないのであった。

  暑くて、汗かいて、花粉の海の中を歩いていた。




  この程度のものが、少しだけあって、でも花といえるものではなさそう。
  がっかりだ。




  同じものを、拡大。開花というのは無理がある。




  あーやはり「ない」から、全体の様子を写していて、それでこの写真
  にも写っているが、下側の白いもの、がようやくわかった。
  
  あれあれ、これは咲いているという感じである。


  あったあった。



  まずは、ある程度大きさを出して。花弁の傷みがあるが、雪があれだけ
  あったからしょうがない。




  もう少し、周りの雰囲気も。




  別の方角から。奥の方にあるので、画像は結構甘い。中腰で、
  体を固定するのは、むつかしい。




  大きければいいというものではないが、まずは一輪咲いていて
  拡大モードで。

  一つ咲くといえば、ここのうちの、あまりパッとしない、梅に
  上のほうを見ると、一輪咲いているのがあって、これには本当に
  びっくり。


 

南風、花粉、デジTV

2010-02-25 06:46:48 | 散策


  ポートラムの、一番美しい、状態。ということで、
  もう雪のポート君は多分ない。来年を待つことになる。




  朝のお天気は、晴れ。快晴のようだが、朝焼けの雲が、東にあって風が出て来た。南風で、ときどき強い。これで、最高気温の予想というのを考えると、フェーン現象ということになるのだろう。ちょうど南のガラス窓に、まともに風が当たって、その強さが、倍増されるときがある。その割りに、だからまだ風は弱いかも知れない。

  アメダスの6時の気温、11.2℃。南南西の風が6mとある。気圧は、1020.7hPa、湿度は、57%。積雪深は、0cm。それから、室温は、11.5℃。

  花粉が飛んでいる。それで忍び寄る花粉だが、夜中にクシャミで起きることはなかった。なかったが、起きて顔を洗うというころになると、予想通り目の周りが痒い。痒い痒い花粉症。それで、この風で花粉はさらに飛んで来るから、今日はかなり花粉で、クシャミとなりそうで気を付けないといけない。って、自分は大丈夫、と思うくらいだ。

  比較的、暖かな朝。朝焼けがあって、もうすぐに日が出そうである。11℃以上あった。でも寒い感じはある。暖かさに慣れてしまった。

  朝からTVで、もたついた。地デジだが、そのアンテナは室内専用で普段はどうにか見ることが出来る。地上に近いところでも、このアンテナでOKなのだが、どうゆうわけか、もちろんときどき画像が、消える。アンテナ線は切れてなく、ちゃんとつながっていて、調子がいいと、数字は、なんといったか、55とか60が出て、悪くはない。また複数ある、チャンネルでも値が異なる。
  冬は雪、とか雨で、結構画像が消えた。これに理由はある。でも今日は南風くらいしか、よく写らない理由は考えられない。これが、2階だとまずは問題のない値に、常になる。でもその作業をするのは面倒で、それにしても、今日は風で、電波が減衰しているか、それとも花粉のせいで、デジTVの写りが悪い、ということにしておこう。

クシャミと、木々の色と

2010-02-24 19:02:15 | 植物・花(冬)
  新聞も朝刊しかなくなった、この地のものを購読していて、朝はそのままにして、見る
ことはない。見てもいいが、見ないようになった。理由はよくはわからないが、新聞の朝刊を
見るのは夕方で、先ほどであって、ちょうどまだお日様が出ていた、明るさがあった。

  パラパラ、とめくって、三面記事を見ると、何とネコが木に登って下りられない、という
記事が出ていた。どうにか、助かったようだ。ネコは木にも登るのか、という思いだ。が、そう
ゆうネコは、ネコ物語を掲載をしている、ネット記事を見ているとあるようで、ネコはもともと
木にも登るのが、普通のようだ。TVで、これは列島の国より、アメリカとかのごくごく大自然と
接しているところだと、クマが電信柱に登って、大変なことになっただの、蜂蜜園をクマがうろ
うろしているとか、いずれにしろ、そうゆう面白そうで、悲劇的なものというのは人に受ける
ようで、その中にアメリカという大きな国でも、ネコが木に登って下りることが出来なくて、大
惨事になったというのはないが、大いに「もめた」というのはあるようだ。もめるのは人で、という
ことである。ネコ本人は知らん顔をして無事だったりもする。ネタがないので、新聞記事で
少し引っ張ると、何と本当だった、というのは花粉が、特にスギ花粉が飛び始める、という記事も
あった。本当のようで、本当だった。杉の花粉が空中に舞い上がった。

  そうゆう記事を見て、例えば食事中に、鼻がむず痒くなる。あれ、さほどひどい花粉では
ないような一日だった。TVは、冬季オリンピック一色で、あまり花粉のことに関して報道は
なかったようだ。冬季オリンピックの素晴らしさ、その魅力はそれこそ何よりもすごいものが
あるが、あまりにスピードとか、それからターンとか、日常の我々というか、平凡であると
ころで非凡な人で、老化も進むと、スピードで目が付いていかず、今度はジャンプで目が虚ろ
になる。さらに、アイススケートだと、他にもいろいろな魅惑的なものがあって、あまり見ている
と、それこそ目が回る。それゆえそうゆうものを見るのは、これはダイジェストでよく、また
何度も見ないでもいい。

  それはいいとして、つまりはスピードとか、テクニックとか、瞬間に行なわれる何かに
付いていけないと、人の三半規管というのがおかしくなって、目も回るし、気色悪くもなる
ので、こうゆうものは、若い人、同年代の人、回ったり飛んだり、あるいは高速で運動する、
という人はいいが、酔いやすい人はなるべくなら見ない方が、もったいない気もするが、自分
のためにいい。
  それで、花粉症の話しで、何と、そのスケートの様子を見たからでもないが、しかし、新
聞の三面記事に、三面との見開きに杉花粉が飛ぶということが載っていて、これは繰り返し
になったが、その後何かをしていると、ついにというか、本物のクシャミが出て、何かを吹き出し
たか、持っているものを落としそうにもなった。あれあれということで、今も鼻水が出そう
で出ない感じがある。
  冬季オリンピックの花形と言われるアイススケートと、と、ちょうど花粉症の発症というも
のが、重なったようで、それでどうしたという感じだが、いずれにしろ、目が回ったり、それか
ら鼻水が出て、くしゃみが出ると、それなりに大変なことが起こる、ということなので、特に花粉
症は、それこそTVではなく、避けられないような感じもあって、

  例えば、笑えない話しだが、トイレでくしゃみというのもこれは悲しい。食事中でなくて
も、ついついイチゴを買ったからといって、それをつまみ食いしているときに、鼻がぐずぐずいい
だして、クシャミが出たらあーもったいないということにもなる。それと付け加えるに、花粉
症、というのも「うっとうしい」ものである。神経に障る感じがある。突如、それはやって来るから
で。原因は多少はわかっても、それから逃げるわけにゆかない。せいぜい鼻うがいをする。
あるいはマスクはさすがに出来ないので、ものを食べているとき、あるいはトイレにいると
き、あるいはそれ以外に、なるべく人と話しをしているときなど、出ないように祈るしかない
のである。

  木の芽どきという言葉もあって、これは春ももう少し押し迫って、4月もすぎて、新しい環境
とかに馴染めないころに出るもののようだ。でも、2月はその前哨戦としての試験とか、転勤とかの
内示もあって、それゆえガタガタすることも多いのである。ようやく暖かくなって、一安心で、
冬季オリンピックはいいが、見るのは控えめにし、それから、木の芽どきではないが、花粉で、
いつなんどき、クシャミで失敗、というのが起きるか。安眠できない時間が続くかもで、今は
一番弱っているのは、「お腹の出っ張り」であって、それゆえ多少は食欲もなくなる方がいいか
と思う。一番の悩みは、というと今のところあれ、花粉症でなく、お腹の出っ張り具合?。



  夜だからか、ネコの鳴き合戦というのが始まって、聞こえるが、均衡が取れているよう
で、にらみ合いで終わったようだ。




  まずは、少しずつ天気の回復があって、緑葉の安定した緑が一番美しく
  思える。




  春の明るさのある、そうゆうお天気で、木々も元気を回復しているか。




  似たような、辺りである。冬、というより、早春も越えて春が近い、
  という感じがある。この向こうで、ヒヨドリか、それかキジバトの
  鳴き声があった。





  うーん、杉であるが、やはりもう花粉を蓄えているようで、これがどこ
  へ飛んでいって、一体にどこの花粉が、ここにやって来ているのだろうか。





  青空、それと、イチョウ。イチョウの枝葉も、まだまだ冬だが、これ
  から先、気温が高い、また晴れのお天気が続くなら、緑の芽もまた出る
  のも早まりそうな感じがある。





  松の緑。これは目出度いし、この松の緑はまことにいいようで、何度も
  出るが、またここにも出る。




  この梅、白梅、と、下のもう一枚は、間違いなく今日撮ったもので、
  梅だけでもいつに咲くか、見極めたいと思っているが、さてこれがまだ
  咲かない。




  紅梅で、その名の通り、赤く見える。なんども登場して、しかしまだ
  やはり咲かない。



春の朝、植物は光る

2010-02-24 16:27:21 | 植物・花(冬)
  暖かいようで、寒さは、日中はないようで、ずばり
  ないというのが正しい。明るいし、暖かいし、ゆうことなしの
  ようで、なんだか呆けたことをやっているようである。

  朝、まだ日の光が、さほど強くない時間、少し寒いが
  ほぼ快晴で、日の出の瞬間も見たので、ついでに
  手短に、その時間に光る、植物の色などを撮ってみた。
  2℃くらいのはずで、でも氷が張っていたから、
  地表はかなり冷えているようだ。




  今日は運良く、ちょうど山のあるところ、そのところから、太陽光が
  ジワリにじむ感じを見ることが出来た。溶鉱炉の溶けた鉄、というのを
  思い出した。しかし、写真ではほとんど点で、オレンジ色。




  まだ雪が多く残るところ。




  道から、田んぼ、その先の木々。




  ツツジの花が、小さいが咲いていて、それにしても、赤茶けた色
  が出た。肉眼だと、もう少し明るく、またその色は、明るい茶色で
  ある。




  ツツジの花の、拡大。



  
  枯れアジサイも茶色い。空の色もあってか、赤実は少ないようだ。




  カエデ。まだ葉の芽というのも、感じられない。細い枝は、水気が
  あったようだ。




  太陽のある方向。木々は黒い影で、でもこのほうが、春の感じがある。




  雪が溶けて、水たまりが出来、それが凍っているようで、この状態は
  氷だろう。あまり見た感じはよくはないが。



快晴、花粉、それとモズ

2010-02-24 06:44:57 | 散策


  富山駅北のポートラム。ここは港ではない。富山駅の北口。
  そこに駅がある。これって、撮ったのが2月の10日で、晴れも
  あって、雨もあって、たしかこのときは雨。
  ビデオカメラが回っていたようだ。雪ねー。いい眺め。




  朝のお天気は、快晴。春霞が少しあるが、これも消えそう。霧が出る可能性もあって、これも消えそう。東に見える北アルプスの稜線より上は薄っすら赤い。これも春らしさがある。モズ、鳥のモズが盛んに鳴いている。風はほとんどない。

  アメダスの6時の気温、2.0℃。かなり下がった、放射冷却で、きのうの最高より10℃くらいは下がっている。気圧は1020.7hPa、湿度は91%。積雪深は、4cm。消えません。雪の残るところ。その高さ、まだ1mはある。室温は、9.3℃でこれも同じく、10℃以上下がった。

  目の疲れというのは年々激しくなって、ちょっと古ぼけたあまり光を反射しない、黒いインクで印字された本が、それも字の大きさは、9ポイントくらいのものを見るのが一番いい。PCの画面を見るのは出来るだけ避けたいが。それで、目にも来るし、鼻にも喉にも来る。いろいろ全身に反応が出るのが、懐かしの花粉症で、多分花粉はもう飛んでいる。少ないだけだが、花粉症の症状が出る。クシャミ、これが夜寝ていて出るようだ。それから、鼻水はまだ出ないが多分そのうちいやでも出るだろう。目の痒みと目の疲れが、どっちがひどいかよくわからないが、花粉の影響もあるようだ。外を歩いて帰って来ると、目の周りがはれぼったい感じがある。春だな。
 
  今頃になって、忘れられている鳥、モズが盛んに鳴いている。個体数が少なめかも知れない。今はペアのもう片方の鳥を求めて、盛んにさえずっているが、なかなか2羽そろっている、ということはない。もともと、そうゆう光景を見るのも少ない鳥のようで、ただ少し暖かい5月ころかもう少しあとか、かなりの子供らしいモズが、3、4羽だった、TVのアンテナにいる、という季節もあった。モズは、すぐ目の前にいる。が、気が付くと、さっさと逃げてゆく。この辺がいいところ。別にモズによってきて欲しいという気持ちはない。

  花粉に、モズに、それからこんどは何が現われるか。もしかしたら、梅の開花もあるかも知れない。きのう、もう開花しているかのような花が一つあった。でもしているようなであって、開花とは思えず、またそっぽを向いていて、どうゆうわけか合焦点もはずしていた。梅はしかし、今日咲くかも知れない。 

さらに、春に接近する

2010-02-23 19:03:37 | 植物・花(冬)
  今日は、全国的に暖かいようだ。暖かい日は、過去にもあったようだが、それはこの辺り
ではなかった、と思う。日本全体の温度の分布をアメダスで見ると、はっきりと暖かいとこ
ろ、そうでない、寒いところと分かれたときがあって、そのどちらに北陸のこの地があったか、
というと、それは寒い方だった。あー羨ましい、と思うのはこれは当然で、しかし、暖冬はもう
ないとわかってただ静かにこの寒さに耐えるというか、それを日常のものとするしか、この先の
平穏を保つ方法はない、とさえ思えた。結構暖房とかをも使うし、よく電気の使用量も見てみた
が、それは去年より、月当たり100kWhあるいは150kWhくらい、多いというもので、それにもめげ
ず、また電気を使った。あー使いすぎているようだ、と思うが、寒さに負けるわけにゆかず、
それで仕方がなかった。

  一体いつから、この暖かさがやって来たか、それも思い出せないでいかにも、もうかなり
の時間暖かいと思いつつ過ごしているようである。で、きのうは、というと、春一番が吹いたと
いうから、それは暖かかったと思う。ただこの辺りで、あまり風は感じず、そよ風か、適度な
風で、一つに暖かさがあったと、それで証明も出来そうだ。吹いたのは、木枯らしではなく、
春の風で、暖かかった。それで、
  日曜は、というと、どうだったか。日曜は、たしか晴れていたような感じがあって、空を
見て暗い気持ちになるというのは、なかったようだ。どうも、この日曜くらいから、少し温度が
上がったというのが、正しいようで、上がりかたがこれだけ急だと一体最初はいつか、というの
はわからなくもなるものである。土曜日は、朝から雪がちらついたが、それも止むときもあれ
ば、また降りだすときが。

  それで、今日は、暖かさの始まりから、三日目ということになりそうで、早くも、きのうに
春一番で、でもきのうはさほど暖かさを感じることはなかったようだが、体はしっかりと汗を
かいていた。この辺は感覚というか、たしかに暖かいが、まだ十分体の中まで染み渡るものは
ないように思われて、それから、特に脳みそは、結構くたびれているから、ずっと冬だと思って
いる。それで、多少は暖かくても、頭の中では、まだ冬なのである。体は寒さに対応するよう
求められて、それゆえさほど暖かさも感じなかったようだ。何ごとも、形から入るとかいう
が、先入観というのも、これはなかなか消えないもので、でもこの冬の暖冬を信じて、それは
2月の頭まではあった。

  その2月の頭に、また大雪があって、ようやく固い頭もこれは暖冬ではないとわかったよう
だ。それゆえ、この先も寒さが続くはずで、と、ようやく方向転換をしたのだが、それは正しか
った。正しい状態が、先週の土曜までは続いたのだ。この先も、大雪があるかもと思うのも、
また当然であった。厳しい冬、大冬だ、というのはまだまだ頭の中にあって、そう簡単にそれ
を転換出来ないのである。何という、悲しさかとか思うけれど、でもなんだか、この辺りだけ
が、暖かいというのもおかしなものでこれが全国的に暖かくならないと、この冬はまだ続くこと
なる。でも、はたして、もう冬は終わった、と考えていいのかどうか。

  暖かい、とちょっと着ているものも厄介になる。寝巻きじゃなくて、パジャマも大体冬もの
だし、その中に着込んでいるものもあるし、というのは朝書いたが、何をいっているのか自分
でもわからない、文だった。暖かさは、着ているものを邪魔な、不要の、それから鎧のように
も、感じさせて、いかにも体の動きを悪くする。そうゆうことか。同じようなことを書いて
いる。はたして、あっさりと春ものに変えていいのか、判断が付かない。この辺りの対応と
いうのは年々、なんだかうまくゆかないような感じがある。急に暖かくなる。

  すると、普段もボーっとしている頭であるが、そこまで血がいかない。貧血でもないの
だろうが、頭がさらにボーッとする。それゆえ、一体いつに春になった、どうしてくれよう、など
まずは思う。多少は半信半疑で嬉しさもあるが、そう簡単に笑みはこぼれない。なかなか世間
体というものに迎合も出来ないようだ。それゆえ腹立たしくも思えてしまう。今度は、この急激
な気温の上昇に体をあわせていかないといけない。一体に本当にもう寒さは戻らないのか。あ
まりの温度の変化、気温の上昇に少しか、中程度翻弄されて、さてどうするか、でもこの辺り
は自己の意識でどうにか出来ないものもあるようで、しばらくの間、暖かさに慣れる、そうゆう試練
の場に立たされる。それで、今度は暖かさに慣れて、それでまた寒くなる、ということも
十分考えられて、同じことを何度も書いているようで、これも暖かさゆえの、気の変わりよう
と言えるのではないか。



  大体今日の一日。暖かさがあって、気持ちだけ空転した、というか
  空回りした状況。

  最初から、間違っていてこれはきのうの朝の、日の出ころから。




  日の出の前。まだ、山の端から、太陽は出ていない。




  地上のある位置からは、すでに日がこぼれていて、というとき。滲む
  太陽の光の雫がすでに見えていた。しかし、位置によっては、これは
  そのときよりも後だが、そうゆう感じはあまりない。でも、もう日は
  出ている。




  梅は、マクロでと思うが、失敗作で、遠めの蕾に合焦している。
  これはこれで悪くはないか。




  アジサイ。新芽の色が、緑になり、茶色に戻る。その芽が緑になりそうで
  まだならない。




  落葉広葉樹と思われる、木。何か辺だ、というのは樹皮が削れたと
  いうか、剥がれていて、そこがちょっと白い。こうゆうのは、他の木でも
  あって、カエデなども白いところがあってようやくその理由がわかった。




  この地の「雪融け」は大袈裟かも。でも、これも今の季節でないと
  こうはならない。




  お寺にある、紅梅。これも、まだ蕾は小さく固い。咲くのはまだ先。




  まったく、予想も想像もしなかったが、あるところに黒いものが
  あって、影であるから余計わからなかったが、黒い、まっ黒といって
  いい毛並みのネコがお昼寝をしていた。邪魔をしたようだ。これは本
  当で、気が付いたネコは面倒くさそうに移動した。



春に接近出来るかな

2010-02-23 16:23:52 | 植物・花(冬)
  今日も大体晴れ、朝方は雲が多かったが
  それも次第になくなって、これはやはり春のようだ。
  冬から、急に春になったようなで、こうなると
  何だかぼんやりするようで、この辺りがまーなんとも
  歯痒い。

  ゴタゴタ書いても、春は春で、暖かさはまた一段 
  である。気温もずいぶんと上がって、ポカポカになった。
  明日は、もしかしたら、もっと気温が上がりそうで
  心配にもなって来る。


  春に接近しようとか思うが、こうなると、空回りするのが
  いいところ。アタフタとして、それでただただ時間だけがたってゆく。
  いくつか、春の明るさ、色。接近して。





  ミニカメの、マクロを使うとすると、まずは苔がいい対象である。
  明るい太陽があって、ここにしばらく前まで雪があった。




  もう一枚。何だかいろいろなものが、写っている。




  梅の花はまだ。蕾も小さい。それでも接近して。
  細い枝も太くなる。蕾が小さく、これ以外のファイルはみな
  合焦点が、遠い方へといってしまった。液晶ではわからず。




  オオイヌノフグリだと、大体大丈夫。春というと、この小さな
  花が一番だが、他にない、というのも大きな理由。




  これも、もう一枚。ミニカメの独壇場。



 
  新しく出て来たサザンカ、の赤。




  梅。白梅。これも、ちょっと長めの焦点で、マクロだがあまりぼけない。




  もう一枚で、さて一体に梅はいつ咲くか。もしかして、この暖かさが
  続くと、2月中に咲き始めるかなー。



月と、おぼろ雲

2010-02-23 06:44:35 | 散策


  ポートラムは、旧富山港線のあるところへと、これから向かう。
  もうこれで、最後で、って、この電車の連続写真だが、
  うまく、頭から尻尾まで入った。
  今日も、ポートラムは動いていて、こんど会えるのは、3月?。



  朝のお天気は、雲が多く、これは曇り。東の空に、おぼろ雲があってこちらは、明るく、晴れている部分も多い。西の空を見ると、こちらはなぜか、ある程度より向こうの視界がなく、また空も灰色。風はほとんどなく、また朝一番の、ヒヨドリの鋭い声も聞こえる。

  アメダスの6時の気温、3.6℃。気圧は1020.1hPa、湿度は93%。積雪深は、9cmあって、でもようやく一桁に。いつになくなるか。室温は、10.2℃。

  暖かさはきのうの夜、ちょっと外に出て実感する。もう夕方から、空に雲が多かった。全天、雲に覆われるか、というとそうでもなかった。なぜ外にというのは、これは暖かいからとしかいえない。それで、空を見上げると、ちょうど天頂辺りに、上弦に近い月があって、白い月はこのところ見ているが、黄色い、周りの明るさに左右されない、月を見るのは、じっくり見るのは久しぶりで、これは春だな、とかようやく思うのである。その月が白い雪を照らす。

  暖かさは、着膨れしているから、こんどはその衣類がなんだかじゃまになる感じがある。暖かくなると、たくさん着ていれば、それはもうじゃまな何ものでしかなく、またそれがいかにも必要のないものに思える。暖かさではなく、重い鎧のようなで、これがもし真冬だったら、その鎧のような着膨れ状態が、まるで、ただの綿を着ているかのようで、また何も、不快なものは感じない。それでも、急に薄着して、風邪を引くのはいやだから、そのままいつものスタイルで眠った。ごわごわしているのがよくわかった。

  日の出も段々と早くなる。春分もあと一ヶ月を切った。空が少し明るい、というのが起きた時間。これからしばらくすると、起きる時間も明るい。おぼろ雲が出ている。今日は、晴れ。この先もしばらく晴れで、

  ヒヨドリの鳴き声を聞いて、扉を開けるとリンゴのきれっぱしをつまんで、すぐに木のある方へと飛んでいった。今日は、朝の外も春、ということである。

早春の小さな花など

2010-02-22 18:55:38 | 植物・花(冬)
  一遍に厳しい冬から、春へとジャンプしたような感じがあって、いずれかそれを実感
出来るような感じがあるが、しかし、寒さはいつまたまたもとに戻るかも知れず、せいぜい早春
というときになった、というのがいいと思い、早春をタイトルに入れた。春でもいいし、4月
の陽気とか言ってもいいようなお天気があった。ようだが、いくらかしか体験せず、実感は
やはり早春で、あるいは春がどこまでか来ている、という信憑性に自信が持てそうな、で、まだまだ
わからない。でも、まー春らしいというのは、今日は間違いはなくこれをそのまま受け入れて
いいようだ。

  朝は寒かった。氷が張って、いかに地上辺りは冷たいかよくわかるし、明るくなった空を
眺めて、その光が地表の氷を照らすから、光って見える。氷は薄いようで、しかし大体押し
なべて雪のような氷の溶けたその水をまた氷に戻す現象を明らかにする。それと生き物で、そこ
にじっとする植物の小さな葉っぱにも、びっしりと霜が降りていて、それはそれは冷たそう
な、感じが伝わって来た。ゴミを捨てに歩いたのだが、向こうからご婦人が来られて、挨拶を
しないといけない、と思って声を出したが幾分、小さいようなでこれも寒さのせいであろう。相手の
方の声はよく聞こえた。もう少し大きな声が出ないか、不思議に思うが、寒いからということ
にしておく。それで、ちょうど山々、高峰の頂、ちょうど北アルプスのある、窓の辺りから、
滲むように朝日がこぼれた、というのは大袈裟だが、なかなか日が出る瞬間を見る、外で、とい
うのもないもので、それはまさしく、太陽光がこぼれ落ちる感じがあって、寒さも絶頂の感じ
もあった。それから気温はかなり上がったようだ。

  急いで、帰って時計を見ると、ちょうど6時50分くらいであった。日の出の正確な時間では
ないが、それが、もう6時50分よりも早いことは間違いないようで、それからいつもの定位置
の、あるいは定点観測のところ、自分のいるところに戻ると、なんだかまだ太陽は出たばかり
で、それで、これからキラキラと輝くような感じもあった。すると、その2、3分前のこぼれ落
ちる、太陽光のしずくは、言ってみると「点」でもある。そうでないとおかしいような気がして、
こじつけでもある。朝は放射冷却できれいに冷え込んで、辺りは氷の小さな粒で、包まれたが、
それもそのうち溶けたのだろう。
 
  2月ももうおしまいだなー、とか考えて、また3月もすぐに来て、4月になればどうなるか。
それも同じようにどんどんと時計は進んで、夏になる。こうゆうことをあと何回経験できるかと
いう、一種の不安というのが生じるのは、これは大体誰でも考えることであろう。それはしか
し、誰も知ることが出来ず、残されたもののみそれを他者のものとして、実感する。なんだか、
春らしくなったのだけど、そんなことも思ってしまうというのが、春らしい恐怖の時間でも
ある。何もかもが、まだ凍っていて、それで最初に解凍されるのが、そうゆう「後どれだけ」と
いう恐怖というか、不安である。春は、イライラし、ムカムカし、それで暖かくなると、一定の
安定感も出てくるようで、それゆえ、後どのくらい自分はこの世にあり続けることが出来るのか、
など思うので、これも春の証左なのだが、いい加減こうゆうことを書くのも止めた方がいいと
思う。どっちにしても、それは誰にもわからないものであるからねー。

  いいお天気で、それでもときにもう少し、例えばヒヨドリなど鳴けばいいのではないか。
それから、鳥だけでなく、蚊とかが辺りに蚊柱を立てていい。この蚊というのはしかし至極普通に人を
刺す蚊と同じかというと、違うようだ。蚊柱も見ない2月の後半があったか。あとは何だろうか。
いつもなら、小さな蜘蛛が、暖かい日差しのある、そうゆう方向にある、金属の枠に、小さな巣
を張る。そうゆう蜘蛛も見かけない。大きさというと、2、3mmか、あるいはもう少しあって、3、4mm
というもののようだ。そうゆうものもまだ現われない。
  ここに昔からいる、キジバトはときどき見かけるし、また人がそばにいても滅多なことで
逃げることもない。まーキジバトも性格を理解しているようである。そのハトもいない。雉
もいない。この少し前に出した「雉」はきのうの写真である。雉も鳴かないし、姿も見せない。
それがなんだかおかしな感じもした。

  歩いていて、暖かさはすぐに感じられたが、例えばそのとき気温が10℃以上あったらしい、
また最高は15℃くらいまで上がったようだが、その暖かさは、後者は特に感じられなかった。
それから、風も押しなべてゆるい。風はたしかに吹いて、でも春一番の感じというのはなか
った。
  少しだけ、雪の残る地面を見て、それからちょうど南向きの、植物の生えている、そうゆう
ところを短くカメさんを持って見てまわった。一番の発見でもないが、
  秋ごろにもう咲いていた、オオイヌノフグリがようやく長い雪の下から戻ったようで、
青い花弁を見せてくれた。わからない感じがあって、小さすぎるがどうにかそれを見逃す
ことはなかった。まったくの小さな、春の発見である。大袈裟だが、オオイヌノフグリも雪の
下で、長く時間を過ごした、ということでもある。

  



  緑葉の明るさ。快晴で、緑が透けて見える。




  常緑の木々。緑が少しずつ、回復している。まだまだいつもの緑に
  遠いような感じ。黒いのが実なのか、これから咲く花の蕾か、それも
  わからなくなった。




  明るさ、と葉っぱのツバキ。




  まだまだ雪。残る雪は多く、消えない。




  ユキヤナギ、だと思う。




  花もチラホラ。それからツツジも、また白い花を付けている。一輪だけだが。




  最初に、赤紫かという、オオイヌノフグリの色が飛び込んで来てようやく
  その存在に気が付いた。明るすぎたのである。





  いつもの、青の花弁も見つかって、いくらか花も群れて咲いているが
  それは、一つ、また一つといった方がいい。



雉、キジバト、それとネコ

2010-02-22 16:30:30 | 散策
  今日は、暖かかった。何だか知らないが、やけに
  暖かい日になったようだ。でも、
  朝は寒い思いをした。何しろ、氷も張っていたくらいであるから。

  それでも春が近いからか、また大体晴れていて、
  気温は上がった。それから、風は大したことはなかった。  
  でも、「春一番」が吹いたとかラジオで先ほど聞いた。

  いろいろなことが今日はあって、2がゾロゾロあるらしい。
  なるほど。

  でも何ごともなかったような日であって、
  まずは出来はよくないが雉のメスの写真があって
  他に、キジバトも近くまで来たから、撮った。それでゆくか
  と思った。
  いずれもきのうとか、それより前のもので
  そうゆう意味では今日は平穏だった。
  
  でも、ギリギリで、ネコが現われた。
  色は茶トラ。暖かくて、散歩に来たのか。
  過去に見ているか?、むつかしいものだ。





  雉のメスは保護色で、ほとんど目立たない。雪があるから、ときどきは
  その上を歩くが、警戒心は強く、すぐに暗いほうへとゆく。
  二羽いる。姉妹か。




  ちょっとギョッとする、そうゆう様相だが、これが雉のいいところ。
  それで、かなり土をほじくっている。




  キジバト。餌がほとんどないので、元気もないのだろうが、人がいても
  近付いてくる。それにしても、なんだか「いらない」ものが写る、と
  いうのが特徴か。




  連続写真だと勢いを付けているのがわかるが、省略した。
  ハトもさすがに、びっくりした顔をしているか。


  それでギリギリのところで、ネコ。
  そこに少し食べ物があった。それはいいが、なかなかもうネコも
  来ないな、と思っていたら、まさかの「2」の続く日にネコは来た。




  茶トラで、小型だが、大人だろう。この顔はあまり見たことのない
  もので、なんだか複雑な心境である。こちらを見て、またすぐに
  食べ物へ、関心がゆく。
  また書くが、どうして「いらない」ものが写るのか。




  食べ終わって、帰ってゆく。これで少し明るい顔が見えたが、
  この姿の顔は見覚えがある。だからか、人の姿を見てもさほど気に
  しないのだが。




  ペロッと舌を出した。ショッパかったようだ。それにしても、どう
  ゆうことか。これを説明するのはむつかしく、しかし、このネコは
  生きていたようだ。