光年・千年

纏わりつくが、纏まらないおはなし、日記ふう。

秋空の色

2008-10-06 18:46:51 | 散策
  お天気の状態。雨はないが、黒い雲が結構あってもはや日が沈んで時間がたっている今、空は暗い。その暗い雲の切れ間から、金星が見えていて、たぶん間違いないと思うが、ようやく宵の空に金星がわかりやすくなって見えて、これまた気分転換にはいい。
 
  秋の色とか、秋の温度とか、後は何があるかな。秋の風。これがあった。秋風に吹かれるのもいいが、この風もなかなかのもので、老化の段階を降りている立場にあるから、これにも注意が必要。その注意が散漫になる。これまた老化で、仕方ない一面もあって、これを防ぐ知恵も付かないと、少し寂しい。
  秋の田園風景は、もう確定しているようで、藁を細かく切って、刈り取りのときに、それをまた田んぼに戻すということを、やっていない、そうゆう田んぼも見た。藁を束ねて、クルリ円錐形にして、干している。こうゆう風景はあまり見かけない。藁だと、まわるくくみ上げていって、まずは円柱があって、その上に円錐があるというのが、一番なじみが深い。藁に、まだ可能性が残っていた時代ということだが、しかし今どきの藁は何に使われるか。

  今頃、袋に入っている、そうゆうものは何だろうか。これも、ことし見かけることのあったものだが、これはナシ、果物の、ではなく、ブドウであった。ナシがあって、ナシ狩りはなさそうだ?が、ブドウ狩りはあるようで、あるものは丁寧に、ブドウ狩りにきた人によって、摘み取られてゆく。高級なブドウだろう。この甘味の強い果物を食べることを考えるとヨダレも出る。しかし、ナシにしろ、ブドウにしろ、もう少し時間をかけてというと、
  お酒になるという、妙な一致が見受けられる。ワインというと、もとはブドウであるが、ナシでもワインと言うのかちょっと自信ないが、アルコールが入っていて、酒税がかかるものとして、その原料がナシだという、果実酒はあると思う。原理的には、何でもアルコール発酵しそうであるが、むつかしい技術的な問題があるのだろう。ワインは醸造酒であって、ここのところが焼酎とはちょっと異なる。

  夏のようでもあり、冬の話しというものも出る。北国というところ。北陸というところ、夏は涼しくはありません。でも、お山の上もあるから、下は暑いが、3000m級の山々の中腹から、それより上に行くと、これはかなり涼しいと思う。だが、元手になるものもいって、体で汗かくか、お金を払って少し冷えたりする必要がありそうだ。似たような話だが、冬は寒い。これは、間違いはない。人間の体は正直なもので、冬は大体この列島の国は寒い。ただ、寒さにも程度というか、状況というか、一言では、また私の能力では簡潔に言いあらわせないものがある。

  冬の寒さは昔は、まずは雪の多さで感じた。街の大きな駅に年末に帰って来る。もっとも、私はここの生まれではないから、帰って来るというのも変だが、一応形式的にはそうだ。もう夜も8時を過ぎた、大晦日の日の雪の量と、がらんとした駅の前の広場と、それからとぼとぼ歩いた、たぶんバス停か、市内軌道の駅まで、その寒さはなかなか経験は出来ないものだ。これは、何度か書いているから省略。
  でも、その寒さも、太平洋側のそれとあまり変わらないもので、これの一つに、晴天の冬という条件がある。空っ風が吹く。朝は放射冷却で冷え冷えとする。これは、昔から体験して、しかし関東までの太平洋側の寒さだろう。もう一段も二段も寒いそれより北側の地域については、想像するしかないが、この厳しさは格別だろう。

  冬の湿度は肝心で、雨が雪に変わる鬱陶しさはあるが、曇りや雪の続くその天気で、雪かきする生活するのは大変だが、思ったよりも気温は下がらない。天然の暖房である、温室効果ガスでもある水蒸気があるからで、寒いとはいえ、インフルエンザなどの原因であるウイルスなどは、寒く乾燥したところで猛威を振るう。この点も、雪の、あるいは水蒸気の恩恵を受けているともいえる。冬の寒さとか冷たさの種類も色々なのである。そう思いつつ、これからあっという間にその冬が来ることを考えるが、その寒さは年々耐えがたいものになっている。やはり、どっちにしろ、寒さはいやなもので変わりはない。

  秋の色が冬の未来図に変わった。ここで、もとに戻らないと。




  イガイガではなく、トゲトゲ。こんなものがその辺りにあった。




  のっぽのセイタカアワダチソウというのも、妙なものだ。かなり高く3mくらいありそう。




  秋の色に少し遠いが、背景の光の玉は、秋色ということにする。

キタテハ、で続く。

2008-10-06 16:14:39 | 虫、その他
  お天気は、回復傾向でこれはよかった。
  
  はさみを使う作業をしていて、うっかりして指を切ってしまった。
  といっても、指を切るのが目的ではないから、はさみの先端が当たって
  それでも、サっと切り傷。鮮血が出る。ギョ!。気が付いたがすでに遅い。

  まずは水で洗って、それから、傷パッドのようなもので、まずは
  傷の上を巻いた。それから、止血の意味で、もう一枚、それを強く巻くと
  血は止まった。少しほっとする。
  まー書くと簡単だが、少しドキマギ。こうゆうことって、
  痛い目に合わないと忘れてしまうのかな。
  気を付けて何でもやらないといけないなー。

  キタテハの続き。




  ウーン、特にない。




  あまり気持ちのいいものではないかも。




  日がかげって、チョウの翅本来の色が出ているかも知れない。




  これは、フジバカマのほうが面白い。




  この位置からだと、同じチョウとは思えない。キタテハの特徴が一番
  出ていると思う。

静かな雨の朝

2008-10-06 06:46:03 | 散策
  朝のお天気、雨。いい降りっぷりで、この雨で少し元気が回復する生き物もいるだろうし、腰が痛くてかなわんなど思う人もいる。ときどき腰は痛むが、今日は大丈夫。アメダスの6時の気温16.0℃、気圧は1009.5hPa。室温20℃、ほどほど。

  夜中、かなりの雨が降っていたようで、その音で目が覚めた。風は弱く、ほとんど雨の屋根に当たる音のようだ。木々の枝、かすかな草の葉にも等しく雨は当たって、その音が聞こえる。静かな音ではっきりしていて、また耳鳴りとも違う。起きる時間があって、窓から外を見ると、遠く外灯の見える範囲も狭い。これはかなりの雨だ、少し心配する。
  雨が降って、秋の雑草は生長する。しかし、まったく草の生えないところがあって、考えてみると、もうヒゲナデシコを播く時間も過ぎてしまったようだ。ヒゲナデシコはかなり繊細で、播いても発芽はするが、すぐに枯れてしまう。また、農薬などあると、まったくだめで、はっきりいって多少は空きのあるところに播く、ヒゲナデシコは育たない。あー寂しい。
  今年咲いた、去年植えた鉢がいくつかある。この鉢にまたいくつかの、芽があるが、一つは去年のものの生まれ変わり。もう一つは、もしかしたら、春に播いたタネが発芽して大きくなったものだろうが、後者の可能性は少ない。

  季節は移り変わる。5年日記の空きを埋めた。面倒な作業で、かつ間違える。記憶は頼りにならずよって手帳から写すことになるが、間違う場合がかなりあり、ものを書き写すことのむつかしさが、よくわかる。もっとも注意力も散漫だけど。下付きの文字で、11、12、13、とあるべきものが、11、21、31、などに変わるのも、もっともなことだ。今頃になってそう思う。色々頭の中でゴチャゴチャするものがあるが、今の時代を象徴するのは、時代の先端をゆくアイドルの方の

  ブログの更新だろう。タモリさんのTVで、その様子をうかがうことが出来た。ケイタイを使うのですね。ケイタイと、メモする。それでケイタイのカメ機能を利用して、まずは画像データを作って、それで、よくはわからなかったが、文字列を最後にくっ付けると、不思議なことに、つい先ほどの新鮮そのものの時間が、PCの画面に現われる。まったく想像も出来ないこと。これには、やっぱりかなわない。何しろ、わけのわからないことだらけ。それにしても「さっぱり」していて、

  毎度間違いだらけの自分の画面を見るときの疲弊感が強調されるのである。比べるのがおかしいのだけど。