お天気の状態。雨はないが、黒い雲が結構あってもはや日が沈んで時間がたっている今、空は暗い。その暗い雲の切れ間から、金星が見えていて、たぶん間違いないと思うが、ようやく宵の空に金星がわかりやすくなって見えて、これまた気分転換にはいい。
秋の色とか、秋の温度とか、後は何があるかな。秋の風。これがあった。秋風に吹かれるのもいいが、この風もなかなかのもので、老化の段階を降りている立場にあるから、これにも注意が必要。その注意が散漫になる。これまた老化で、仕方ない一面もあって、これを防ぐ知恵も付かないと、少し寂しい。
秋の田園風景は、もう確定しているようで、藁を細かく切って、刈り取りのときに、それをまた田んぼに戻すということを、やっていない、そうゆう田んぼも見た。藁を束ねて、クルリ円錐形にして、干している。こうゆう風景はあまり見かけない。藁だと、まわるくくみ上げていって、まずは円柱があって、その上に円錐があるというのが、一番なじみが深い。藁に、まだ可能性が残っていた時代ということだが、しかし今どきの藁は何に使われるか。
今頃、袋に入っている、そうゆうものは何だろうか。これも、ことし見かけることのあったものだが、これはナシ、果物の、ではなく、ブドウであった。ナシがあって、ナシ狩りはなさそうだ?が、ブドウ狩りはあるようで、あるものは丁寧に、ブドウ狩りにきた人によって、摘み取られてゆく。高級なブドウだろう。この甘味の強い果物を食べることを考えるとヨダレも出る。しかし、ナシにしろ、ブドウにしろ、もう少し時間をかけてというと、
お酒になるという、妙な一致が見受けられる。ワインというと、もとはブドウであるが、ナシでもワインと言うのかちょっと自信ないが、アルコールが入っていて、酒税がかかるものとして、その原料がナシだという、果実酒はあると思う。原理的には、何でもアルコール発酵しそうであるが、むつかしい技術的な問題があるのだろう。ワインは醸造酒であって、ここのところが焼酎とはちょっと異なる。
夏のようでもあり、冬の話しというものも出る。北国というところ。北陸というところ、夏は涼しくはありません。でも、お山の上もあるから、下は暑いが、3000m級の山々の中腹から、それより上に行くと、これはかなり涼しいと思う。だが、元手になるものもいって、体で汗かくか、お金を払って少し冷えたりする必要がありそうだ。似たような話だが、冬は寒い。これは、間違いはない。人間の体は正直なもので、冬は大体この列島の国は寒い。ただ、寒さにも程度というか、状況というか、一言では、また私の能力では簡潔に言いあらわせないものがある。
冬の寒さは昔は、まずは雪の多さで感じた。街の大きな駅に年末に帰って来る。もっとも、私はここの生まれではないから、帰って来るというのも変だが、一応形式的にはそうだ。もう夜も8時を過ぎた、大晦日の日の雪の量と、がらんとした駅の前の広場と、それからとぼとぼ歩いた、たぶんバス停か、市内軌道の駅まで、その寒さはなかなか経験は出来ないものだ。これは、何度か書いているから省略。
でも、その寒さも、太平洋側のそれとあまり変わらないもので、これの一つに、晴天の冬という条件がある。空っ風が吹く。朝は放射冷却で冷え冷えとする。これは、昔から体験して、しかし関東までの太平洋側の寒さだろう。もう一段も二段も寒いそれより北側の地域については、想像するしかないが、この厳しさは格別だろう。
冬の湿度は肝心で、雨が雪に変わる鬱陶しさはあるが、曇りや雪の続くその天気で、雪かきする生活するのは大変だが、思ったよりも気温は下がらない。天然の暖房である、温室効果ガスでもある水蒸気があるからで、寒いとはいえ、インフルエンザなどの原因であるウイルスなどは、寒く乾燥したところで猛威を振るう。この点も、雪の、あるいは水蒸気の恩恵を受けているともいえる。冬の寒さとか冷たさの種類も色々なのである。そう思いつつ、これからあっという間にその冬が来ることを考えるが、その寒さは年々耐えがたいものになっている。やはり、どっちにしろ、寒さはいやなもので変わりはない。
秋の色が冬の未来図に変わった。ここで、もとに戻らないと。
イガイガではなく、トゲトゲ。こんなものがその辺りにあった。
のっぽのセイタカアワダチソウというのも、妙なものだ。かなり高く3mくらいありそう。
秋の色に少し遠いが、背景の光の玉は、秋色ということにする。
秋の色とか、秋の温度とか、後は何があるかな。秋の風。これがあった。秋風に吹かれるのもいいが、この風もなかなかのもので、老化の段階を降りている立場にあるから、これにも注意が必要。その注意が散漫になる。これまた老化で、仕方ない一面もあって、これを防ぐ知恵も付かないと、少し寂しい。
秋の田園風景は、もう確定しているようで、藁を細かく切って、刈り取りのときに、それをまた田んぼに戻すということを、やっていない、そうゆう田んぼも見た。藁を束ねて、クルリ円錐形にして、干している。こうゆう風景はあまり見かけない。藁だと、まわるくくみ上げていって、まずは円柱があって、その上に円錐があるというのが、一番なじみが深い。藁に、まだ可能性が残っていた時代ということだが、しかし今どきの藁は何に使われるか。
今頃、袋に入っている、そうゆうものは何だろうか。これも、ことし見かけることのあったものだが、これはナシ、果物の、ではなく、ブドウであった。ナシがあって、ナシ狩りはなさそうだ?が、ブドウ狩りはあるようで、あるものは丁寧に、ブドウ狩りにきた人によって、摘み取られてゆく。高級なブドウだろう。この甘味の強い果物を食べることを考えるとヨダレも出る。しかし、ナシにしろ、ブドウにしろ、もう少し時間をかけてというと、
お酒になるという、妙な一致が見受けられる。ワインというと、もとはブドウであるが、ナシでもワインと言うのかちょっと自信ないが、アルコールが入っていて、酒税がかかるものとして、その原料がナシだという、果実酒はあると思う。原理的には、何でもアルコール発酵しそうであるが、むつかしい技術的な問題があるのだろう。ワインは醸造酒であって、ここのところが焼酎とはちょっと異なる。
夏のようでもあり、冬の話しというものも出る。北国というところ。北陸というところ、夏は涼しくはありません。でも、お山の上もあるから、下は暑いが、3000m級の山々の中腹から、それより上に行くと、これはかなり涼しいと思う。だが、元手になるものもいって、体で汗かくか、お金を払って少し冷えたりする必要がありそうだ。似たような話だが、冬は寒い。これは、間違いはない。人間の体は正直なもので、冬は大体この列島の国は寒い。ただ、寒さにも程度というか、状況というか、一言では、また私の能力では簡潔に言いあらわせないものがある。
冬の寒さは昔は、まずは雪の多さで感じた。街の大きな駅に年末に帰って来る。もっとも、私はここの生まれではないから、帰って来るというのも変だが、一応形式的にはそうだ。もう夜も8時を過ぎた、大晦日の日の雪の量と、がらんとした駅の前の広場と、それからとぼとぼ歩いた、たぶんバス停か、市内軌道の駅まで、その寒さはなかなか経験は出来ないものだ。これは、何度か書いているから省略。
でも、その寒さも、太平洋側のそれとあまり変わらないもので、これの一つに、晴天の冬という条件がある。空っ風が吹く。朝は放射冷却で冷え冷えとする。これは、昔から体験して、しかし関東までの太平洋側の寒さだろう。もう一段も二段も寒いそれより北側の地域については、想像するしかないが、この厳しさは格別だろう。
冬の湿度は肝心で、雨が雪に変わる鬱陶しさはあるが、曇りや雪の続くその天気で、雪かきする生活するのは大変だが、思ったよりも気温は下がらない。天然の暖房である、温室効果ガスでもある水蒸気があるからで、寒いとはいえ、インフルエンザなどの原因であるウイルスなどは、寒く乾燥したところで猛威を振るう。この点も、雪の、あるいは水蒸気の恩恵を受けているともいえる。冬の寒さとか冷たさの種類も色々なのである。そう思いつつ、これからあっという間にその冬が来ることを考えるが、その寒さは年々耐えがたいものになっている。やはり、どっちにしろ、寒さはいやなもので変わりはない。
秋の色が冬の未来図に変わった。ここで、もとに戻らないと。
イガイガではなく、トゲトゲ。こんなものがその辺りにあった。
のっぽのセイタカアワダチソウというのも、妙なものだ。かなり高く3mくらいありそう。
秋の色に少し遠いが、背景の光の玉は、秋色ということにする。