田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

メイド喫茶  麻屋与志夫

2021-05-21 15:07:01 | 超短編小説
超短編小説 20      
メイド喫茶

 ご主人様、おかえりなさい。 

「おかえりなさい。ご主人様。おそかったですね。お待ちしてました。あらぁー、泰くんじ
ゃない。おひさしぶりね。……わからないの??? わたしよー。わたし」
 きゅうに、くだけたことば。メイドの挨拶、メイドことばはどこへやら。

「泰くん、あれからなにしてたぁー。ヤッチャン。ほんとにだれか、わたしが、わからないの。つまんなぁーい」
 
 泰と呼びかけてくれたのだから、しりあいにちがいない。そして、ヤッチャンとますます
くだけた呼びかけ。かなりのしりあいだ。でも、ヤァーさん、ときけてしまうのは、おれの
ヒガミか!!! もっとも、いまどきヤァ―さん、とかヤクザなんて言葉はつかわない。差別用語
だ。パワハラだ。せめて正業でない人、くらいの言葉をつかってもらいたいものだ。

「ほんとにわかんないの?????? 若いのにボケたんじゃないのぅ」

 語尾をのばす癖。それにしても、またしても侮蔑だ。いまどき、ボケる、なんて言葉つか
っちゃいけないのだ。頭がはっきりしない人。くらいの言葉を使ってくれるご配慮はおねが
いしたいものだ。いやあまり洒落たひょうげんではないな。
 ボーっとしたひと。
 ボサットシタ人。
 頭がお留守のひと。まあどうでもいいか……。
 
 あたまにカスミがかかってきた。そうだ。かすみだ。彼女は、かすみだ。だってまったく
歳をとつていない。だからわかった。まちがいない。
 本間香澄だ。花がすみの「飛鳥山公園」の木製のベンチで初デイト。あの公園で知り合っ
たのだ。彼女の服装は、清楚な坂道系。もつとも香澄は正真正銘の女子高生だった。しりあ
って何度かのデートで、尻ではない、その前を密接結合、初体験をした。卒業後は進む道が
ちがったので、ナントナクデスタンス。距離が離れ、それっきり。おれはハングレ。ヤク
ザな生活を送ってきた。
 
 こんなところで、相変わらず清楚な姿。それも純白のエプロンをしている。
「ご主人様、おかえりなさい」なんて迎えられて、ブルっときたもんだ。
 隣の席は、メイドが両手の指をハート型にして「萌え、萌え」とよろこんでいる。男ひと
りを捕まえた自信に満ちた笑顔。
「また明日ね!」


「おれ帰る」
「あら、いまお帰りになったばかりじゃない」
留守ちゅうなにがあったかきかないの。こんどは、脳裏にかぼそくきこえてくる声になら
ない声。わたしね、ヤッチャンと別れてからいいことなかった。ほんとはわかれたくなかっ
たのよ。製紙会社の重役だということを鼻にかけていた父のいうことをきいてしまったの。
ごめんね。わたしばかだった。交通事故で死ななくても、自殺してたかもしれない。ヤッ
チャンはまだこにこなくていいよ。でも、それを口にたしたら、わたしもっとひどいこと
になる。

「おれ帰る」
 逃げるように扉を押した。走り出した。
「もどってきて」
 外はモミジの季節なのか? 真っ赤なトンネル。彼女はエプロンをすてて、緋色の服
で追いかけてくる。凄まじい怨念をうかべた鬼面だ。
 
 でも頭に響いてくるのはあくまでもやさしい香澄の声音だ。
 ヤチャンは幸福になって。わたしのぶんまで、元気に生きていて。
 鬼女の凄まじい形相で追いかけてくる。
 なにがなんだかわからない。だが必死で逃げた。走った。はしった。ハシッタ。
 メカジキ料の集金代行業でやってきたアキバだ。いまどきの正業につかれないひとたちは、
人手不足。なんだかんだと、ハングレのおれたちのところに代行がまわってくる。 

「はやく。生きている。救急車をはやくよんで」
 
 ひとびとのざわめきが耳元でしている。おれは血を流して路上に倒れていた。
 そうか。あそこはメイド喫茶なんかじゃなかった。
 
 冥土喫茶だ。
 
 香澄が追い返してくれなかったら、おれは死んでいた。
 



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