田舎住まい

吸血鬼テーマーの怪奇伝記小説を書いています。

恋愛小説のように   麻屋与志夫

2015-09-21 01:35:34 | ブログ
    恋愛小説のように
                      麻屋与志夫

 雪の男体山が美しかった。                     
ほとんど青い山肌が見えないほど真っ白だった。
それだけしか覚えていない。
それだけしか覚えていないという悲しい現実。いつか私もあなたはどなたですか、などと妻に話しかける時がくるのだろうか。わからない。このわからないということが私をさらに不安にするのだった。
そしてそういう日がもしくるとしたら、さほど遠い未来の出来事ではないということが、実感として捉えることができる年齢に、私がなっているということだ。
 
それだけしか、覚えていない、などと言わずに私は朧な回想の小道をとぼとぼと引き返してみることにした。そこここにこぼれてしまった記憶のひとひらひとひらを拾い集めながら……。
 
後に結婚して妻となった大垣美智子が府中橋を渡って私に向って小走りに近寄ってくるところからこの物語を始めることにする。
勤務先の昼休みに美智子は抜け出してきたのだった。アスハルトから立ち上るかげろうの中から現れた。小柄で瘠せていた。人が存在するのにぎりぎりの体型をしていた。彼女より小さくて痩せていたらよわよわしい感じになってしまう。彼女は背が低かったがそれがきにならないほど愛らしく微妙なバランスある美しさをしていた。ぬけるような白い肌をしていた。背後には雪の男体山が、日光の山々が見えた。
「黒髪山がきれいだ」
「えっ……?」
 彼女は私が山とつづけたのがよくききとれなかったらしい。
わたしの髪を褒めてくれたのかしらというように、首をかしげた。
襟足から肩にかけてかたむいた線がはかなく美しかった。
それで私は彼女の髪の美しさをすなおにほめればよかったと反省したがおそかった。
彼女はきがついた。にっこりほほ笑んだ。
「そうね、日が射して白くきらきら光ってきれい。きれいだわ」
 私はこの時の彼女のほほ笑みと男体山の雪景色を永遠に忘れることはないだろうと心にちかった。                                     
 美智子が咳きこんだ。府中橋を関東バスが排気ガスをまき散らしながらのぼっていった。橋を渡ると坂はさらに急になっていく。アクセルを踏み込んだためにマフラから排気ガスが多量に排出されたのだ。美智子と私はじぶんたちの体がかすかに揺れているのがわかった。それは、わたしたちの未来の不安を告知しているような振動だった。
私は、そのことを美智子にいうわけにはいかなかった。無邪気にわたしとの再会を喜んでいる彼女に私の予測からくる不安について語る代わりに私は黒川の流れに目を落とした。
「やがて雪が解ける。そうしたらふたりで中禅寺湖に行ってみようよ。日光にしばらくいっていない」
「わたしもいま同じこと考えていた。早く雪が解けてくれるといわね。この黒川の流れが日光の雪解け水で渇水期から抜け出すころにはわたしの病気ももっとよくなっていると思うの」
 私はその日東京の下宿の荷物を整理してこの故郷で美智子と生活するためにもどってきたのだった。そのことも、彼女にはまだ話していなかった。病弱な彼女への心配りから東京での生活をきりあげたとは恩にきせるようで言い出せなかった。これからは毎日でもこうして会える。それだけでわたしは幸せだった。            
 
父は反対した。母はただおろおろと泣いていた。
「正一は軽率よ。軽率過ぎる。どうして一人でこんなだいじなことを決めてしまったの。わたしにでも相談すべきだったわ」
 すでに結婚していた長姉の澄子が声をとがらせた。わたしは大学を中退してきた。美智子と結婚すると家族に報告したところだった。わたしたちの結婚に賛成してくれたのは妹の美佐子だけだった。妹もすでに結婚していた。美智子の高校での同級生でよく彼女のことは知っていた。
「いままでなにごとも兄さんに反対してきたからこういうことになってしまったのよ。文学部でなく医学部に進学させようとした。小説を書くことに反対しつづけたり、みんなが悪いのよ。お兄さんがなにをしても反対するからよ。美智子さんとの結婚を許してあげればこんなことにならなかったのよ」
 美佐子にしてはめずらしく父を諫めてくれた。うれしかつた。一人でも家族の中に味方がいてくれてうれしかった。私の心は決まっていた。
「それにしても学業をなげだしてまでして帰ってくるとはね。わたし恥ずかしくて家の人になんて言えばいいの。弟が文学部に入ったって言うときだってすごく恥ずかしかったのに」
 姉の家は医院だった。私にも医学部へ進学することを期待していた。それが文学部に進みそれだけでも許せないのに中退しての帰省だった。

 家族争議はそれだけではすまなかった。済むわけがなかった。長男で一人っ子。両親の期待と三人の姉妹の関心を一身に集めてわたしは反発することもできず、ただ黙然と座り込んでいた。畳替えをしたばかりだった。青畳はいぐさのいい匂いを部屋いっぱいに漂わせていた。こうばしいような匂い。いやちがう。干し草の匂いだ。あたりまえだろう。いぐさをほしたもので畳は編むのだから……わたしはこの場の成り行きとは全く関係のないことに意識を集中することで父罵詈雑言に耐えた。庭には真っ赤なカンナの花が咲いていた。緋赤色だ、いや血の色だ。仏陀が流した血が地に染みこんでそこに赤いカンナが咲いたという。だつたら、やはり血の蘇芳色がふさわしい。カンナの花言葉は、永遠、妄想、若い恋人同士のように快活。とのとめのない思いの底で、母が球根を植えていた。この春先だった。庭の土を掘り起こしてカンナの球根を埋めている母。どうして母はわたしのことを弁護してくれないのだろう。母もわたしたちの結婚を前提とした交際には、反対なのだろうか。重苦しいその場の雰囲気に耐えられず私は庭に出た。背後で何かが壊れる音がした。父が部屋の装飾品をたたき割ったのだ。



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あらすじ・内容
皆さんは、ナルトに封じ込められている「九尾」をしっていますよね。
九尾のキツネは時の天皇に愛されていた玉藻の前の化生した姿です。
では、本当の九尾とは――。
歴史にあらわれる「玉藻の前」は白人の金髪美人ではないでしょうか。
だから、色が白くて金色の毛だったといわれているのです。
生身の人間を、それもときの権力者の寵愛を一身にあつめていた女性を那須野が原まで追いつめて射殺したとあっては、おそれおおいので寓意で表現したのです。
そして、玉藻がひとりで都落ちして、那須野が原まで逃げてきたわけがありません。
玉藻にしたがう部族があったはずです。
9つの部族か゛、九尾軍団が玉藻を死守していたはずです。
今なお、そんな九尾伝説の残る街での出来事です――。
平安の昔より続く「九尾(吸美)族VS人狼」の怨念の戦いが今蘇る。
勝利して月に吠えるのは、どっちだ!
猫の動きから「人狼(じんろう)」の出現を予感していた一人の老人がいた。
老人の予感通り人狼が出現し、民族学者の石裂(おざく)は争いの渦にまきこまれていく。
那須野を舞台に展開する千年越しの怨念の戦い。
勇猛果敢な妻は「あなたのことは、わたしが守る」といい。
長女の祥代は「お父さんのことは、見捨てないから」といってナギナタをふるって人狼の群れに斬りこんでいく。
那須野ガ原の『玉藻狩り絵巻』さながらの戦いが妻の故郷で勃発したのだ。
平安から連綿と続く「都市伝説」は平成の世にも生きていた!
痛快無比の壮絶な戦いの幕が、ここに切って落とされた――。


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