南アジアに関する、江畑氏の意見を紹介します。197ページです。
「1990 ( 平成2 ) 年代に、東南アジア諸国では国内の安定化が顕著になった。」「これと反対に国内不安、特に民族紛争が噴き出したのが、南アジア諸国である。」
南アジア諸国とは、インド、パキスタン、バングラデシュ、スリランカ、ネパール、ブータン、モルディブの7カ国で構成されています。
「冷戦時代の超大国の確執が消滅し、この地域はその影響から抜け出したが、」「同時にそれまで潜在していた、民族、宗教問題が一気に噴出した。」「冷戦時代は超大国が自陣に引き入れるため、ある程度黙認してきたことも、」「世界政治の大きな問題として、指摘されるようになった。」「人権問題や、核兵器の開発などである。」
冷戦後の南アジアの状況変化は、氏の説明でよく分かります。
・インド洋に、15~30隻の艦艇を常時展開させていたソ連海軍の姿はもうない。
・ペルシャ湾に1~2隻の戦闘艦と、補給艦一隻を置くだけとなった。
・米国もインド洋に、常時空母戦闘群を展開させる必要性も、経済力も無くなった。
・1993 ( 平成5 ) 年現在、イラク経済封鎖とソマリアでの平和維持活動のため、ペルシャ湾・ソマリア沖に、常時空母戦闘群を展開している。
・つまりペルシャ湾とソマリアの問題が解決したら、必要がない限り米国は、インド洋に常時空母戦闘群を展開することをしなくなるはずである。
その代わり南アジアでは、米ソでなく、イランが脅威となっていると言います。日本ではほとんど報道されませんが、イランは軍事力を増強し、インド洋とペルシャ湾の覇権を狙っており、潜水艦や超音速爆撃機を持ち、長距離洋上攻撃能力を向上させ、世界の心配を呼んでいます。
「そして現在インド、パキスタン、イランのいずれもが、」「核兵器を保有し、そこに大きな努力を払っているという不安定要因が、問題となっている。」
本が出版されたのは平成6年 (1994) 年ですが、3国はこの時すでに核保有国になっていました。北朝鮮、パキスタン、イランの核開発については、アメリカが重大視し、阻止するため中ロを巻き込み騒ぎしましたが、インドの核開発は、いつの間にか既成事実が出来上がりました。
北朝鮮は、昭和31 ( 1956 ) 年の朝鮮戦争終結と同時に核開発を開始し、昭和57 ( 1982 ) 年に核保有に成功したと言われています。核保有の事実を脅し文句に使い、アメリカだけでなく、ロシアや中国を手玉に取る手本を見せたのは、北朝鮮です。
インド、パキスタン、イランは、北朝鮮のような独裁国家でありませんが、いざとなれば何をするか不明な国でもあります。プーチン氏の核の脅しに対し、米英仏が手出しをしない例を作りましたので、今後ますます地域安定の予測が難しくなりました。
核問題について深入りするのを止め、氏の説明する当時の各国の民族紛争を紹介します。
〈 スリランカ 〉
・1983 ( 昭和58 ) 年から、タミル人過激派の独立武装闘争が激化した。
・人口の74%を占める仏教徒シンハリ人の支配に対し、ヒンズー教とイスラム教を信じるタミル人が分離独立を求めた。
・その中心が、「タミル・タイガー」と呼ばれる武装集団である。
・1993 ( 平成5 ) 年、プレマサダ大統領以下24名を、自爆テロにより殺害した。
・同年、野党の民主統一国民戦線議長アトラトムダリ氏が暗殺された。
(・1991 ( 平成3 ) 年のインド首相ガンジー氏の暗殺も、タミル人過激派制圧に協力した報復として、「タミル・タイガー」が行ったと言われている。)
〈 インド 〉
東部のジャルカンド建設運動、北東部のパンジャブ紛争、西部のカシミール帰属問題、そして国内には、ヒンズー教徒とイスラム教との対立問題を抱えている。
1. 東部のジャルカンド建設運動
・ジャルカンド建設運動とは、森林資源や地下資源に富む高原地帯の少数民族が、居住地を自治州として認めるよう要求しているもの。
・少数民族の武力攻撃は警察力で対応できているが、他の国内紛争と連動し、インド政府の弱体化を図る恐れがある。
2. 北東部のパンジャブ紛争
・シーク教徒が独立を要求しているものだが、州政府の強行制圧で今は沈静化している。
3. 西部のカシミール帰属問題
・1947 ( 昭和22 ) 年のインド独立と、パキスタンの建国時以来、カシミールの帰属問題が決まっていない。
・第一次、第二次、第三次とカシミールの帰属をめぐり、両国が戦争しているがいまだに決着していない。
・インド内のイスラム教徒による、パキスタン編入運動が起こり、両国軍が衝突している。( インド政府は、パキスタンの過激派支援を非難している。 )
昔はセイロンという名前だったスリランカは、日本では紅茶の国として有名です。インドは、無抵抗主義のガンジーと、平和主義のネール首相が日本人に親しまれ、上野動物園に贈られた象のはな子など、穏やかな国という印象を持たれています。
江畑氏の説明を読みますと、「いずこも同じ秋の空」で、世界中安穏な国のないことが分かります。ロシアがウクライナを侵攻している今は、なおさらその感があります。明るい気持ちになれませんが、氏の書評を続ける意義は変わりません。
スリランカ、インド、が終わりましたので、パキスタン、バングラデシュ、ネパール、ブータン、モルディブと、次回も氏の本を読みます。