OK元学芸員のこだわりデータファイル

最近の旅行記録とともに、以前訪れた場所の写真などを紹介し、見つけた面白いもの・鉄道・化石などについて記します。

古い本 その171 平牧動物群 6 

2024年07月21日 | 化石

 槇山, 1931は下顎をTrilophodon palaeindicus (Lydekker)のものとしているが、この種類はLydekker, 1884がTrilophodon angustudensの変種としたものを「種に昇格せしめてangustidens種群の下に分類するのが最も當を得たる如く思われる」として種として適用していた。もちろん、ここではすでに報告されていたHemimastodon annectensとは別種であるという判断である。標本の写真が1枚付してあるが、後で記す英語論文の写真のうちの1枚と同じものである。
 前回槇山が引用したLydekkerの論文というのが次のもの。
⚪︎ Lydekker. Richard, 1884. Additional Siwalik Perissodactyla and Proboscidia. Memoirs of the Geological Survey of India, Palaeontologia Indica, Ser. X, vol. 3, Part. I: pp. 1-34, pls. 1-5. (Siwalik の奇蹄類と長鼻類の追加)
 この論文はインドのSiwalik丘陵の第三紀及びその後の脊椎動物化石について、それまでの研究に追加するもので、次の種類(他に種未定のものがある)を記載している。 
A. Aceratherium blanfordi n. sp., nobis.
B. Hippotherium antilopinus Falc. and Caut.
C. Mastodon (Trilophodon) angustidens, Cuv. Var. palaeindicus, nobis.
D. Mastodon (Trilophodon) pandionis, Falconer
E. Mastodon (Trilophodon) falconeri, nobis.
F. Dinotherium (genusだけが見出しに出てくる)
 当然、3番目のCだけがここに関係がある。ところで、「nobis.」というのはどういう意味だろう? ラテン語辞書では一人称複数とあるから、「私たち」といったところか。著者は一人だがいいのだろうか?
 この論文には5枚の図版があって、何種類かの臼歯が示されている。そのうちこの種類:Mastodon (Trilophodon) angustidens, Cuv. Var. palaeindicusに関するのはPl.4(Figs.1-8) とPl. 5, Figs. 2-4.で、いずれも臼歯の図である。

637 Lydekker, 1884. Plate 4. Mastodon (Trilophodon) angustidens, Cuv. Var. palaeindicus
 上段;左上顎第2大臼歯(二つの個体)、二段目;右下顎第3大臼歯(上段右の第2大臼歯と同じ個体、3段目;左から 左下顎第4前臼歯、左下顎第4乳臼歯、左下顎第4前臼歯、4段目;左下顎第2大臼歯、左下顎第1大臼歯

638 Lydekker, 1884. Plate 5. Mastodon (Trilophodon) angustidens, Cuv. Var. palaeindicus (灰色に影をつけていないところ)
上段;左から 未萌出の右上顎第4前臼歯、左下顎第2大臼歯の外側
下段;右下顎第1大臼歯
影をつけた臼歯は、Mastodon pandicus Falconer

 これらの図は、技術的に高くて美しい。咬頭やその磨り減り方などを見るべきなのだが、ずいぶん難しくて、図があるからわかるというものではない。槇山はこれらの臼歯に類似点を見出したのだろう。

 ところが、槇山は7年後の英語論文ではこの考えを取り下げて、この下顎をannectensに含めた。
⚪︎ Makiyama, Jiro. 1938. Japonic Proboscidea. Memoirs of the College of Science, Kyoto Imperial University, Series B, 14(1): 1-59. (日本の長鼻類)
 属についても意見が変更され、Bunolophodon annectens (Matsumoto) という名前で記載されている。

639 Makiyama, 1938. Figs. 2,3. Bunolophodon annectens (Matsumoto)
この下顎については後でまた検討する。

 Osbornの文献表によるとBunolophodonは、1877年にVacekによって記載された。その論文は次のもの。
⚪︎ Vacek, Michael, 1877. Über Österreichischen Mastodonten und ihre Beziehungen zu den MastodonArten Europas. Abhandlungen der Kaiserlich- Königlichen Geologischen Reichsanstalt. Band 7, Heft 4, pp. 1-45. Taf, 1-7. (Austria のマストドン類について、及びそのヨーロッパのマストドン類諸種との関係)
 オーストリアのマストドン類について記したもので、見出しになっている種類は下記のもの。
P.4 Mastodon tapiroides Cuvier, 1824. Taf. 7.
p. 6 Mastodon Borsoni Hays, 1834. Taf. 4.
p. 12 Mastodon angustidens, Cuvier, 1812. Taf. 4-5.
p. 25 Mastodon longirostris Kaup, 1835.
p. 33 Mastodon arvernensis, Croizet et Jobert.
 つまり、属Bunolophodonは、見出しに出てこない。文中にも属名として書かれているところはなさそう。これで新属の提示と言えるのだろうか?

古い本 その170 平牧動物群 5 

2024年07月13日 | 化石

 Gomphotherium annectensがこれまでに置かれたことのある属について調べている。
2/3. 属Hemimastodon Pilgrim, 1912
 種annectens記載の時に用いられた属名。1924年に日本語の予備的な論文(松本, 1924)で最初に使われ、英文の記載(Matsumoto, 1926)でも継承された。この属Hemimastodonの命名は、次の論文。
⚪︎ Pilgrim, Guy Ellcock, 1912. The vertebrate fauna of the Gaj Series in the Bugti Hills and the Punjab. Memoirs of the Geological Survey of India, Palaeontologia Indica, N. S. vol. 4, Mem. 2, pp. ii+83, 30 pls., geol. Map. (Bugti 丘陵とPunjabのGaj Seriesの脊椎動物群)(未入手)
 ところが、Osbornの280ページ脚注で「Matsumoto erroneously referred this species to Pilgrim’s genus Hemimastodon which proves to belong to the SUINA」(Matsumotoはこの種類(本文でHemimastodon annectens)を誤って猪豚亜目に属するHemimastodon (Pilgrim) を適用した)とした。これを引用した亀井の「日本の長鼻類化石」は、Osborn を引用して「このヘミマストドンという属名は、すでにピルグリムによってイノシシ下目に使われていたものを松本が誤って用いたものである」としたが、Osbornの原文とはちょっと意味が異なる。
 ところが、現在のデータで、Hemimastodon crepusculi, (Pilgrim 1908)という種名がいくつかのサイトで見られるが、すべて長鼻類となっている。この種類は、Tetrabelodon crepusculiという名前で Pilgrim が1908年に記載している。産出したのはGai層となっていて、インド(現在はパキスタンだろう)である。
 逆に猪豚類のHemimastodonという記事はインターネットの検索では出てこない。Osbornの言及(と、その引用)だけがHemimastodonという猪豚類を記している。Pilgrimの論文が入手できないとこの辺りは手詰まりである。下記の論文で論じてあるというが...。
⚪︎ Tassy, Pascal, 1982. Les principales dichotomies dans l’histoire des Proboscidea (Mammalia): une approche phylogênétique. Géobios, vol. 15, Supplement 1: 225-245. (長鼻類(哺乳類)の歴史における二分法の要点:系統発生学的なアプローチ)(未入手)
 これまた入手できなかった。このようにHemimastodonの記載の経緯は十分には分からないままで、「お手上げ」に近い。

4. 属Bunolophodon Vacek, 1877
 ホロタイプの発見された場所のすぐ近くから、ほとんど完全な下顎が発見された。これを研究したのは槇山次郎で、1931年に日本語で、次いで1938年に英文の記載を行った。それらの論文は次の通り。
⚪︎ 槇山次郎, 1931.  美濃上之郷村にて新に發掘されたマストドンに就いて.  地球, 16(5): 333-345.
 論文には、産出地点の地質スケッチが添えられている。

635 槇山, 1931. 第2図(左)第3図(右)第2図の下の方にあるB1が下顎の産出地点、第3図のC1が上顎の産出地点。

 第3図は佐藤, 1914の第2図と同じところだ、としてあるので、ここに佐藤の図を示しておこう。

636 佐藤, 1914. 第2図 「番上洞断崖の図」

 下から二番目のII層(黒色凝灰岩層)に三つの丸で囲んだ漢字がある。右の上の丸の中に「上」とあるのが、上顎の産出地点、その下は丸に脛で、脛骨(その後の状況不明)の産出地点、左に離れた丸に「大」は後に岡崎がこの象の大腿骨としたものの産出場所である。
⚪︎ 岡崎美彦, 1980. 可児地方産の哺乳動物四肢骨化石. 岐阜県史博物館調査研究報告. No. 1: 1-8, pls.1-3.

 この種類の学名の変遷や他の研究については、次の本が詳しい。
⚪︎ 亀井節夫・編著, 1991. 日本の長鼻類化石. 272 pp. 築地書館.

古い本 その169 平牧動物群 4 

2024年06月25日 | 化石
 やっと日本のGomphotheriumの論文(Matasumoto, 1926)に戻る。

631 上之郷番上洞産の長鼻類上顎(口蓋側)

 まず、佐藤の論文中に他の標本が出てくるのでそれについて記しておこう。長鼻類化石と同じ崖から、7メートルほど離れて同じ高さの所から発見された大腿骨と、1.2メートルほど低い位置からの脛骨が発見された(両方とも東濃中学に保管)という。さらに別の場所(平牧村二野:現在の可児市二野)から発見され、上之郷村嵯峨氏所蔵の犀の顎骨、またその近く産の東濃中学にある管状骨が出てくる。
 1980年に岐阜県立博物館は東濃高校の標本を博物館に移管することとし、哺乳類化石について研究を京都大学に依頼した。その結果は岡崎, 1980に掲載された。
⚪︎ 岡崎美彦, 1980. 可児地方産の哺乳動物四肢骨化石. 岐阜県博物館調査研究報告. No. 1: 1-8, pls. 1-2.
 それによると、大腿骨はサイの仲間のものであり、長鼻類ではない。

632 上之郷産のChilotherium pugnator 右大腿骨

 ひとつの崖で、このように大型哺乳類の骨が4点も発見されたので、全身骨格の産出の期待もされたが、残念ながら水流などで集積したものらしい。ところが、それにしても、この場所は今後の発掘に期待できるところである。現在は樹木が生い茂って、化石を探すような所ではない。

633 岐阜県御嵩町番上洞 2012.1.31

 なお、番上洞は「ばんじょうぼら」と読む。洞は東濃地方あたりで行き止まりの谷のような地形につけられる名称である。
 佐藤, 1914に出てくる修学旅行では、可児地方に行く前にはっきりと書いていないが瑞浪にも立ち寄っているようだ。文中のスケッチの一つに瑞浪の露頭のスケッチがある。

634 佐藤, 1914. 第一図 「戸狩第三紀層の露出」

 キャプションによると中央少し上の鍬を持つ人物は、「発見せる哺乳類の脊椎骨を発掘」しているという。ではこれはどこの崖だろう?瑞浪市化石博物館の前にある通称「ヘソ山」の北斜面は、稜線の向きはあまり違わないが、斜面は急で、こんな所に人に立てるようなところはない。さらに鍬で掘るというような硬さではない。現在はそこに樹が茂って、一望できる崖はあまりない。瑞浪市化石博物館の方によると、冬に樹が枯れればそういう写真が取れるかもしれない、とのこと。ここで発見された「哺乳類の脊椎骨」というのはその後文献に出てこないようだ。

 Gomphotherium annectns についてあと二つのことを書き加える。1926年に松本によってこの種類が記載された時の学名は、Hemimastodon annectens である。その後、この種類を入れるべき属名が数多くあるので、それについて年代順に並べてみよう。
 属名の変更に注目して、記載前に示唆されたものから順に記す。
1. ? Tetrabelodon sp. 佐藤 1914
2. Hemimastodon annectns Matsumoto 1924 (予稿)
3. Hemimastodon annectns Matsumoto 1926 (新種記載)
4. Bunolophodon annectens (Matsumoto) : Makiyama, 1931.
5. Serridentinus annectens (Matsumoto) : Shikama, 1937.
6. Gomphotherium annectns (Matsumoto): Tobien, 1972.
である。それぞれの属の記載論文を調べてみよう。この記事は、一部以前のものと重複するが、元に戻って見直すのは大変だろうから、再録した図などがあるのをお許しいただきたい。

1. 属Tetrabelodon Cope, 1884 
 最初の論文(佐藤, 1914)で示唆された属名。
 いろいろな論文で、この属の命名はCope, 1884となっている。例えば、何度も引用しているOsborn の「Proboscidea」によれば、Tetrabelodonの属名の提示は次の論文。
⚪︎ Cope, Edward Drinker 1884. The Extinct Mammalia of the Valley of Mexico. Proceedings of the American Philosophical Society, vol. 22, pp. 1-21. (Mexicoの谷の絶滅哺乳類)
 前にも書いたがProboscideaの文献目録はそこに現れる新名が付記してあるから便利なのだが、発行年の表記は独特で、同じ年のものにはピリオドの後ろに1からの通し番号がついている。現在の習慣では同年の論文にはアルファベットのaから順につける。Proboscideaではこの論文は「1884.2」となっているが、2月発行の意味ではなく、この年の(長鼻類に関する)二番目ということ。Cope の著作目録は, Osborn が1929年に記している。何しろ大量の論文を書いたCopeだから、1884年だけでNo. 755から817までの63件!の論文が列挙してある。
⚪︎ Osborn, Henry Fairfield, 1929. Biographical Memoir of Edward Drinker Cope 1840-1897. National Academy of Science of the United States of America, Biographic Memoirs. Vol. 13, 3rd Memoirs. 126-317.
 これは追悼文ではあるが、大部分は著作目録で、それによると、Cope, 1884は、1884年10月21日発行。
 Cope論文の内容は、メキシコの国立博物館で行った研究の予察的な発表で、GlyptodonMastodonが出てくる。その中のElephantidae に次の3属が出てくる。Mastodon Cuv., Dibelodon Cope, Tetrabelodon Cope. 最後の属は、模式種として、T. angustudens、そしてそれ以外に9種をこの属に含めている。メキシコの報告だからその中の一種、Tetrabelodon andium Cuv. という種の産出地が「南アメリカとメキシコ」としてある。図はない。
 いいのかなあ? 前に書いたように、Gomphotherium属は1837年にBurmeisterによって記載され、模式種はMastodon angustidens Cuvier である。同じ種を模式として2属が記載されたのだから、あとで出てきた方はシノニムなのではないのか?この属を使うことはできそうにないが、いずれにしてもangustidensをこの属名に付した論文はない。次の属名に進もう。

北陸新幹線に乗ってきました 5

2024年06月14日 | 化石

富山地方鉄道
 この日は富山駅前で宿泊。駅ビル内で食事をしたが、外人客で混雑。寿司や海鮮関連の料理が多い。

25 居酒屋の前に置かれたエッチュウバイの貝殻

 居酒屋の前に富山の名物その名もエッチュウバイの殻がたくさん置いてあった。お願いして頂こうかとも思ったが、調理の関係か必ず穴が空いているのでやめた。帰ってからネットで調べたら、やはり尖った金属で太いところに穴を開けて身を取り出すのだそうだ。
 夜の軌道線の風景を撮影。

26 駅正面の三角線 2024.5.15

 左の南富山からの線と、右の県庁前方面を通る電車は、手前の富山駅駅に一旦入って方向を転換して行く。駅に入らないで左から右(またはその逆)に通過する定期便はない。前に来た時には朝1便だけあったのだが。

27 駅正面の三角線 地鉄ホテルから撮影 2024.5.16

 乗車料金は市内部分(軌道部分)均一で210円(全国ICカード)なのだが、富山地方鉄道独自のICカード「ecomyca」なら190円。私は前回富山に来た時(2015.4.24)に二種類を購入した。購入額2,000円(デポジット500円)で、使う機会もなかったから今回幾つか乗ってみた。
 均一料金なので、乗車時のセンサーは停留所にも車内にもなくて、降車時に運転席横でタッチする仕組み。ところが全国ICカードも使えるから別のタッチセンサーがあって戸惑った。運転士さんが「こっちこっち」と正しい方を教えてくださった。

28 ICカードの降車時センサー(黄矢印) 2024.5.16

 写真の中央にあるのがecomyca のセンサー。左のちょっと高いところにある箱が全国系のセンサー。富山地方鉄道は、カードの導入が早かったのが面倒の元になっているように思う。現在他の鉄道(つまりJRと「あいの風とやま鉄道」—何でこんなに面倒な名前が流行るのだろう?—)を含めて、ICOCAに統一する話が進んでいるらしい。

29 二種類のエコマイカ(ecomyca)2015.4.24購入

 ついでに、ICカードの利用がどのくらい確立しているかを見るために、駅に北側にある富山地方鉄道の乗車券案内所に行ってみた。そこで、「使用履歴は印字できるか?」と聞いてみると。機会にカードをセットして出力してくださった。A4の用紙に印刷された書類である。

30 プリントしてもらった利用履歴 2024.5.16

 チャージする機械では印字されないらしい。このように、同じようなシステムだが共通ではない。今回の旅行では、全国系のICカードを北陸では使用する機会が無かった。次に来る時があれば全部(北陸本線から移行した第三セクター鉄道を含めて、ICOCAの範囲としてすべて利用できるようになっているだろう。
 駅から少し離れたところにあるA店でお土産の鱒の寿司を購入。富山出身の知人に「キヨスクに出ているG店よりもお薦め」と言われたから。
 市内で立山の残雪が撮れないか探したが、天候が悪いのとビルが邪魔して撮れない。探している時に、発車時間の誤解があって、新幹線の「かがやき」にやっとのことで走り込んだ。直前に気づいてよかった。「かがやき」は全指定席である。この列車は大変乗り心地が良く、特に発車時にはほとんどショックを感じない。

古い本 その168 平牧動物群 3

2024年05月17日 | 化石
 Gomphotherium angustidensについて調べている。Osbornが図示した”holotype”はCuvier, 1806のPl. 1, Fig. 4である。

626 Cuvier, 1806 Pl. I

 Osborn, 1936の340ページに、「Mastodon angustidensのholotypeのレプリカ」という図がある。

627 Osborn, 1936. P. 340, Fig. 299. レプリカのスケッチ

 この図のキャプションに、「Cuvierの二つのレプリカのうちの一つ」としてある。さらに、「標本のサイズが116 mmと60 mmで、Cuvierの元記載と一致する」としているが、Cuvier, 1806では本文中にPl. 1, Fig. 4の標本のサイズとしてその数字を記しているが両者の歯の形態は全く異なる。たまたま数字が一致したのだろうか?これをholotypeとするわけにはいかない。
 これらのことから、Gomphotherium angustidens (Cuvier) はMastodon属、OsbornはTrilophodon属)の模式標本は、フランスのSimorre産出のものである。この場所は、イベリア半島の付け根の、最も幅の狭いところの、ちょうどマルセイユ近くの地中海と大西洋のビスケー湾の中間で、都市でいうとToulouseトゥルーズから少し西に行ったところ。地質時代は中新世中期。標本がいくつあったのかはわからないし、それらが同一個体かどうかも確認できそうにない。だから、Cuvier, 1806のPl. 1, Fig. 4標本は、Osbornが選んだlectotype とするのが良いのだろう。
 Gomphotherium angustidens の年代は日本のG. annectensの年代よりも新しい。最近の池袋などの化石ショーでは、ヨーロッパ産のGomphotherium angustidens の標本は必ず出品されている。

628 化石ショーで販売されていた標本1 2017.12.03 池袋

629 化石ショーで販売されていた標本2 2017.12.03 池袋

 化石商の方のお話では、牙(これはあまり販売されていない)の太さに二形があるようで、雌雄差であろうということだ。このことが岐阜県の標本に当てはまるなら、(幼い個体ではないから)番上同のホロタイプ(頭部)は雌である可能性が高い。のちに報告された下顎はそれと同一個体と推測されるから同様である。
 次に、Gomphotherium 属の命名について調べると、その文献は次のもの。
○ Burmeister, Hermann, 1837. Handbuch der Naturgeschichite zum Gebrauch bei Borlesungen entworsen. I-xxvi, 1-858.(講義のための博物学ハンドブック)

630 Burmeister 1837 タイトルページ

 ご覧のように「ひげ文字」の印刷物である。「自然史」全体の講義の材料というので、非常に広範囲の話が出てくる。そこで関係部分に絞りたいのだが、このひげ文字はOCRで読み取れない。いろいろと探して、795ページから始まる§775「Pachydermata」(厚皮動物)にあった。このセクションには次の項目が含まれる。
6. Fam. Proboscidea.
   小項目 Elephas (Elephant)
       Mastodon  関係部分
7. Fam. Genuina
7A. Gattungenn mit Rüssel 吻のある諸属
   小項目 Tapirus バク
7B. Gattungenn ohne Rüssel 吻の無い諸属
   小項目 Hyrax ハイラックス
       Rhinoceros (Nashorn) サイ
       Hippopotamus カバ  以下略
 この構成は、先のCuvier, 1817と少し順序が違うだけでほとんど同じである。 850ページ以上のこの本のうち関係のあるのは「Mastodon」のたった5行、しかも前3行はアメリカのオハイオ州のMastodontというのだからおそらくMammutに関する記述。従って「Stotzzähne beiden Kiefern belatz die gleichfalls untergegangene Gatt. Gomphotherium」(Gomphoterium属も絶滅属で、両方の顎に牙があった。)というのが、この属の最初の公表らしい。図も無いし標本の指定も産地もない。もちろん二名法では無い(といっても「属である」とは言っている)し模式種もない。好意的に見れば「両方の顎に牙がある」というのが上下の顎にそれぞれ複数という意味らしいから、この類の特徴を書いてあることにはなる。
 ところで、Osborn 1936 の文献リストにBurmeister, 1837 が出てくるのだが、「オリジナルを入手できなかった」としてある。オズボーンが入手できなかった古い論文を私は数十分のネット作業で手に入れることができたのだ。以上の調査の結果を記す。
Gomphotherium 属 Burmeister, H., 1837. 
模式種 Mastodon angustidens Cuvier, G. 1817 Simorre, France. 中新世中期