槇山, 1931は下顎をTrilophodon palaeindicus (Lydekker)のものとしているが、この種類はLydekker, 1884がTrilophodon angustudensの変種としたものを「種に昇格せしめてangustidens種群の下に分類するのが最も當を得たる如く思われる」として種として適用していた。もちろん、ここではすでに報告されていたHemimastodon annectensとは別種であるという判断である。標本の写真が1枚付してあるが、後で記す英語論文の写真のうちの1枚と同じものである。
前回槇山が引用したLydekkerの論文というのが次のもの。
⚪︎ Lydekker. Richard, 1884. Additional Siwalik Perissodactyla and Proboscidia. Memoirs of the Geological Survey of India, Palaeontologia Indica, Ser. X, vol. 3, Part. I: pp. 1-34, pls. 1-5. (Siwalik の奇蹄類と長鼻類の追加)
この論文はインドのSiwalik丘陵の第三紀及びその後の脊椎動物化石について、それまでの研究に追加するもので、次の種類(他に種未定のものがある)を記載している。
A. Aceratherium blanfordi n. sp., nobis.
B. Hippotherium antilopinus Falc. and Caut.
C. Mastodon (Trilophodon) angustidens, Cuv. Var. palaeindicus, nobis.
D. Mastodon (Trilophodon) pandionis, Falconer
E. Mastodon (Trilophodon) falconeri, nobis.
F. Dinotherium (genusだけが見出しに出てくる)
当然、3番目のCだけがここに関係がある。ところで、「nobis.」というのはどういう意味だろう? ラテン語辞書では一人称複数とあるから、「私たち」といったところか。著者は一人だがいいのだろうか?
この論文には5枚の図版があって、何種類かの臼歯が示されている。そのうちこの種類:Mastodon (Trilophodon) angustidens, Cuv. Var. palaeindicusに関するのはPl.4(Figs.1-8) とPl. 5, Figs. 2-4.で、いずれも臼歯の図である。
637 Lydekker, 1884. Plate 4. Mastodon (Trilophodon) angustidens, Cuv. Var. palaeindicus
上段;左上顎第2大臼歯(二つの個体)、二段目;右下顎第3大臼歯(上段右の第2大臼歯と同じ個体、3段目;左から 左下顎第4前臼歯、左下顎第4乳臼歯、左下顎第4前臼歯、4段目;左下顎第2大臼歯、左下顎第1大臼歯
638 Lydekker, 1884. Plate 5. Mastodon (Trilophodon) angustidens, Cuv. Var. palaeindicus (灰色に影をつけていないところ)
上段;左から 未萌出の右上顎第4前臼歯、左下顎第2大臼歯の外側
下段;右下顎第1大臼歯
影をつけた臼歯は、Mastodon pandicus Falconer
これらの図は、技術的に高くて美しい。咬頭やその磨り減り方などを見るべきなのだが、ずいぶん難しくて、図があるからわかるというものではない。槇山はこれらの臼歯に類似点を見出したのだろう。
ところが、槇山は7年後の英語論文ではこの考えを取り下げて、この下顎をannectensに含めた。
⚪︎ Makiyama, Jiro. 1938. Japonic Proboscidea. Memoirs of the College of Science, Kyoto Imperial University, Series B, 14(1): 1-59. (日本の長鼻類)
属についても意見が変更され、Bunolophodon annectens (Matsumoto) という名前で記載されている。
639 Makiyama, 1938. Figs. 2,3. Bunolophodon annectens (Matsumoto)
この下顎については後でまた検討する。
Osbornの文献表によるとBunolophodonは、1877年にVacekによって記載された。その論文は次のもの。
⚪︎ Vacek, Michael, 1877. Über Österreichischen Mastodonten und ihre Beziehungen zu den MastodonArten Europas. Abhandlungen der Kaiserlich- Königlichen Geologischen Reichsanstalt. Band 7, Heft 4, pp. 1-45. Taf, 1-7. (Austria のマストドン類について、及びそのヨーロッパのマストドン類諸種との関係)
オーストリアのマストドン類について記したもので、見出しになっている種類は下記のもの。
P.4 Mastodon tapiroides Cuvier, 1824. Taf. 7.
p. 6 Mastodon Borsoni Hays, 1834. Taf. 4.
p. 12 Mastodon angustidens, Cuvier, 1812. Taf. 4-5.
p. 25 Mastodon longirostris Kaup, 1835.
p. 33 Mastodon arvernensis, Croizet et Jobert.
つまり、属Bunolophodonは、見出しに出てこない。文中にも属名として書かれているところはなさそう。これで新属の提示と言えるのだろうか?