まつたけ山復活させ隊運動ニュース

マツタケの発生は里山復活の王道であり里山を再生することはマツタケの復活に繋がる.再生アカマツ林から日本で初めての快挙!

まつたけ「十字軍」運動NEWSLETTER-444-

2009年09月29日 |  マツタケの林地栽培 
地掻作業をするメンバー


まつたけ復活・里山再生市民運動


秋雨前線が、陸地に掛かるようだが、穏やかでまとまった雨は降ってくれるかどうか、マツタケの産地は悲鳴を上げている. でも、川霧が掛かるアカマツ林には、霧が慈雨となる.
次の開催日は10月3日(土)岩倉に10時です.

<目次>
里山再生まつたけ十字軍運動(1):442号掲載
里山再生まつたけ十字軍運動(2)
 全国的なアカマツの枯損
 1)高度経済成長期に捨てられた里山
   岩手県岩泉町のアカマツ林を見てみよう!
   放置アカマツ林では菌根性キノコは生活しない
   人がマツタケの発生を減らした
作業区と作業内容の紹介
お知らせ
 テレビ朝日地球号食堂が取材に来る
 音楽CD松茸音頭 
メール便り
カンパお願い!
まつたけ十字軍運動に参加するには
開催予定日 2009年10月―12月
まつたけ十字軍運動とは?
連絡先など


里山再生まつたけ十字軍運動(2)
全国的なアカマツの枯損
全国のアカマツ林も、昭和30年代までは適当に人為的撹乱(人の活用)が続き元気だったが、今は放置されて、アカマツは林の構成樹種との競争に喘いでいる.それに追い討ちを掛けるように、マツノザイセンチュウ病がやってきた.その結果、アカマツ枯損で里山の景観は無残である.その被害は,太平洋側では岩手県中南部まで、日本海側では青森県を窺うところまで進んでいる.
 
 現在の国産マツタケ生産一は長野県であるが、このままでは、長野県のアカマツも更に標高の高いところに追いやられると考えられる.すると、岩手県にその主産地が移る可能性がある.更に温暖化が進めば、北海道のアカエゾマツやトドマツなどをホストとするマツタケが主となるのではないか.このマツタケは大阪市場で見られる.気候変動をストップできないと、次は、北朝鮮、ロシア北東部、スウェーデンやフィンランドなど北欧、中国吉林省、四川省や雲南省シャングリラでないとマツタケにお目にかかることができなくなるかもしれない.

 気候変動のことはさておいて、マツのザイセンチュウ病の被害激甚地でも、アカマツ林の復活が見られる地域もある.そんなところは、今後のアカマツ林の手入れが望まれる.中国地域や京都府郡部や石川県珠洲市にも,いずれもアカマツの枯損が激しい地域だが、アカマツ林に手を入れることによって枯損をまぬかれた美林がある.これは大きな教訓であるが、林家の方々がアカマツ林の再生意欲を喪失していることがネックとなっている.

1)高度経済成長期に捨てられた里山
岩手県岩泉町のアカマツ林を見てみよう!
東北地域にアカマツ林が広がるのは、花粉分析では、江戸時代後半から明治に入ってからである.治山治水工事が本格化する明治以降にハゲ山がアカマツ林に代わったと考えて良いだろう.大正初めの盛岡の絵地図を見ると、山の上はアカマツで、麓にはスギが描かれている.

 岩泉町の面積は、約1000km2で、その93%を森林が占める.アカマツ林は、天然アカマツ林(5,000ha)と人工アカマツ林(13,000ha)で構成され、岩泉町の森林の19%(除く国有林分)にあたる.
岩泉町は昔、たたら式製鉄業(1857年まで;鉄1tをつくるために、木炭14t=薪50tが必要)、林業や炭焼き(昭和35年から生産量が減少)あるいは牧畜が盛んだった.これらの産業は莫大な樹木を切ったであろうし、もちろん、農用林や薪の生産林としての利用も盛んであった. 

 比較的最近まで里山の活用が必要な町でもあった.牧畜業の縮小で、土壌の痩せた草地はアカマツ林化したであろう.少なくとも昭和30年代初めの頃までは、岩泉町のアカマツ林面積は今よりも大きく、生長量も森林機能もより大であったと想像される.もちろん,マツタケの発生量は,今と比較できないほど多いはずである.ただ,輸送手段に事欠いて域内消費に供されるのみであった.

 マツノザイセンチュウの害は無いが,やはりここでも,生活の近代化で多くのアカマツ林は放置されている.そのような林は、立木密度が徐々に増え、林内は薄暗く、湿潤になり、腐植の堆積も多い.アカマツ林として維持されにくい環境にある.このままでは、やがてアカマツは必ず無くなることになる.温暖化が進めば ザイセンチュウを運ぶカミキリムシの活動が活発化し被害は更に北上すると考えるべきだ.

放置アカマツ林では菌根性キノコは生活しない
 アカマツ林は遷移林(2次林)であり、人の手が入らず放置されると、その土地のクライマックス林にとって代わられる運命にある.西日本では照葉樹林に、東北地域ではブナ林やミズナラ林に必ず遷移することを意味する.岩場や尾根の痩地には残るだろうが、残ったアカマツは線虫を運ぶマツノマダラキミキリの標的だろうから、それも微妙である.

 放置されたアカマツ林内は、今まで活用していた広葉樹の立木密度が増加して、地表に落葉落枝が堆積し腐植となる.その結果、アカマツ林土壌は富栄養化する.このようなアカマツ林土壌には、乾燥した貧栄養土壌とは異なる微生物が多くなり、微生物との競争に弱いマツタケは生活しなくなる.もちろん、他の菌根性のキノコの発生も少なくなるし、そこに生活する種が交代する.

 腐植が堆積し過ぎると、アカマツの細根がそこに伸長し、褐色森林土壌中に細根が少なくなる.マツタケは褐色森林土壌内部(鉱物質層:深さ30cmくらいまで)に生活するキノコであり、腐植層のなかでは生活できない.腐植はマツタケの胞子を掴んで離さないため、鉱物質土壌への胞子の移行が妨げられる.そこをかいくぐったとしても、土壌が富栄養化すると栄養吸収を助けるパートナーであるマツタケは、アカマツにとって不要となるようだ.

 腐植層があれば新たなシロができにくいことになる.また、腐植層に根が上がると、夏の少雨期に、腐植層は極端に乾燥するため、アカマツは水分ストレスで樹勢が弱る.水分代謝異常を引き起こすマツノザイセンチュウ病害が大きく現れる.
菌根性のキノコは樹木の生長に大きな役割を持っているが、こんなアカマツ林ではそれを期待できなくなる.ガラス容器内で、マツタケを感染させるとアカマツの苗の生長が明確によくなる.また、放置林ではいわゆる森林機能―アカマツ林構成樹種の生きた葉面にはメタン、一酸化炭素、メタノールなど炭素原子一つからできているもの(C1 compound)を資化(利用)するバクテリアが生活―も落ちる.

人がマツタケの発生を減らした
 マツタケ生産量激減の原因は、高度経済成長による私達の生活が近代化し、農業の変質や丸太の完全自由化などによって林業が衰退したことなどに求められる.里山が宅地やゴルフ場に転用されたり、アカマツをパルプ材として伐採することはマツタケ生息地の減少となった.放置によるアカマツ林の変質は,これまたマツタケにダメージを与える.

 昔、前述のように、人は、材木や炭の材を得るために、また、毎日の煮焚き物用の薪や柴をあるいは水田に鋤き込む緑肥を採取するために、林を活用したのである.これによって山を健全に維持し続け、常に生長する林をつくりあげてきたといえる.
 言い換えれば、以前は山菜やきのこが生える山に育てておいて(栽培)、それらを採りに出かけたのである.人は,山菜やキノコを繁殖させることがよい山づくりに繋がることを理解していたのであろう.今は、山菜やきのこを採るためにだけ人は山に入る.

 里山を放置しておよそ50年になるが、最近、樹木の生長を助ける様々なキノコの発生量が減っている.山を活用しなくなったために地表に落葉・落枝が大量に堆積し、それらが分解を受け養分として土に還ったのである.こうなると、上述のように、アカマツはマツタケの感染を拒否する.
 また、富栄養化したアカマツ林土壌には、糸状菌、細菌、放線菌やそれらをエサとするセンチュウなどの微生物数がマツタケの発生するアカマツ林土壌のそれと比べると非常に多くなっている.それのみならず、菌根性キノコの生活を助ける「ヘルパーバクテリア」が減少する.これらのことは微生物との競争に弱いマツタケにとって致命的なことである.当然のことながら、そんな林には、マツタケの発生は見られないし、発生林にあっても生産量が年々減少する.

 樹木と共生するキノコの発生減のために、最近の森林は疲弊し、公益的森林機能も不充分である.里山という環境に適応した多様な生物が追い出されている.アカマツ林に続いて、ナラ林が、日本海沿岸で異常に枯れ始め,その被害は西下し九州を回り込み、紀伊半島にまでおよんでいる.まず、キノコの生えない林となり、カシノナガキクイムシの運ぶナラ菌によって、樹木が枯死する.これは、自然の警鐘と受けとめるべきだろう.

 この警鐘を軽視したりおろそかにすると、人類は自然から手痛い反撃を食らうことになりはせぬか.人は、森林をキノコが生えない森林にしておき、「キノコが生えない森林である」と嘆いている.滑稽な話ではないだろうか.
生き物にとって、山に緑があれば良いと言うものではない、山ごとに緑の質が問われるのである(446号に続く).

作業区と作業内容の紹介
山づくりエリアや作業内容を変更するときは、事前に連絡下さい.
1)香川山皆伐区も予定どおりに再生が進み、アカマツ幼樹の群落が美しい.斜面の
地掻など補整作業を実施している.マツのザイセンチュウ病による枯損木が周辺に目立っている.伐倒焼却の要あり.

2)澤田山は、この秋にでも、まつたけの発生調査をするつもりであるが、アカマツ林でマツタケの生息地を再生するというエリアとコナラ林を整備するエリアとがある.各整備地ごとにネライを定めて各班ごとに独自に作業を進めている.

第1整備地は、村上班(第1整備区)と阿閉班(第2整備区)で精力的にマツタケ山づくりが行われている.第1整備区は京都府のホンシメジ接種試験が相当前に行われ、そのとき整備もされたが、菌根性のきのこの発生には土壌上の問題があるのかもしれない.補整の手入れが必要な状態になってきている.
 その南側は、やはりアカマツ林帯で、阿閉班の担当で第2整備区と呼んでいる.やがて第1整備区につなげるという.エスケープした檜・杉など大径木の処理が進んでいる.

第2整備地は、ヤマガラの里と新しく愛称がついた.以前から整備を始めているところは「ヤマガラの里A地区」と呼び整備が完了している.その西に当たるところを尾根部(アカマツ林を再生)、傾斜地部(コナラ林にする)など3区に分け、それぞれ生態的特徴を生かした整備を進めている.ここは「ヤマガラの里B地区」と呼ばれる.分からないことなどは前田・小原さんにお尋ね下さい.

第3整備地の作業エリアでは、アカマツ林再生を考え、適切なエリア探しが続いているように見える.どのような林づくりがなされるのか注目をしているところである.

3)玉城山は、昔は、山全体がマツタケの発生に適したアカマツ林であったが、林道が造られたためにその下のエリアからマツタケが消えた.岩泉まつたけ研究所の向林試験林内で、全く同じことを経験している.林道を一つ通すだけのように考えがちだが、周りの環境ががらりと変り水の流れも変化する.
尾根筋には、アカマツ林密度が比較的高く残っているので、榎本班と三品班で上部と下部からマツタケの生活するアカマツ林の再生作業に取り組んでいる.
地表の堆積物を堆肥化し、冬には水田に鋤き込む.マツのザイセンチュウ病害木の伐倒焼却活動が一旦終了したように見えたが、再開している.
ここは、市民によるマツタケ山づくりのお手本として有名になった.今まで、プロによる手入れで、マツタケ発生の復活は、「有から有は簡単である」と実証されている.
しかし、市民による手入れでマツタケ発生の成果が出たケースはここが日本初の地
である.撒水実験にも取り組むという意欲的作業が見られる.

<お知らせ> 
1)テレビ朝日の番組“地球号食堂”「エコめし」がまつたけ十字軍運動の日頃の活動を取材に来る.

2)10月1日 読売新聞夕刊、10月20日フジテレビ系列 19時~「わかるテレビ」、
11月8日 午後11時30分 テレビ朝日系列「素敵な宇宙船地球号 リニュ―ワル
版」 にまつたけ十字軍運動の活動が紹介されます.

3)「松茸音頭」CD完成
「松の林で秋を待つ 香る王様 生ダイヤ 祝う膳なら お吸い物」
 「目出度 めでた の松竹梅は まつたけ まつたけうめ ダヨー」
 と軽快で思わず踊りたくなるよなリズムの民謡調松茸音頭が制作された.作詞は長野県上田市のまつたけ採り名人 宮原文男さん、作曲に唄は地元の宮下 賢さん.宮原さんからCDを戴いたので聴きたい方は吉村まで連絡下さい.なお、CD1枚1200円で販売される(0268―85―2136宮原さんへ).

4)近藤高弘展 金と銀 をテーマに開催される
   新宿展  9月30日~10月6日    高島屋新宿店10階
  名古屋展 10月14日~10月20日   JR名古屋高島屋10階 

<メール便り>

<カンパ! お願い>
氏名: まつたけ十字軍 代表 吉村文彦 
銀行名: 京都銀行 山科中央支店 口座No. 普通預金 3698173

<まつたけ十字軍運動に参加するには>
下記の1から7を了承の上、参加下さい.また、 “まつたけ十字軍運動とは?”も併せてご理解下さい.尚、初めての方は事前に連絡が必要(連絡先は下記主催者).
1)参加資格は問わない. 参加時間は自由、ただし、コアタイム(昼食時)の参加は必須.
2)事故を起こさないように各自勤めること.傷害保険等は各自加入のこととし、事故の責任は当事者に帰するものとする.

3)服装等:山で軽作業できる服装(運動靴か長靴か地下足袋、雨具、タオルなど)
ノコ・ナタを持参が望ましい.
4)降水確率(京都府南部、午前7時)が60%以上の日は、原則的に山づくり作業
中止.しかし、山や畑にも、「雨の日には雨の、雪の日には雪の景色がある」といって、皆さんは補修や軽作業などされます.
5)持参するもの:昼食は作るので、MY皿と椀と箸、コップなど、料理の持ち帰り容器、飲料水(お茶があるので水筒)など.
6)道具類や備品は、個人購入のものや皆さんのカンパで購入したものです.大切に扱うよう願います.汚れを洗った後、保管場所に戻すこと.また、使用した食器やコップ類は洗って戻すこと.出したゴミ等は各自持ち帰ること.

7)参加費は無料;ただし、消耗品費は皆さんの浄財カンパで成り立つ、或いは必要に応じて徴收.食材費(実費)+消耗品費として現在 400円を徴収.

<活動拠点へのアクセスなど>
8)集合場所:京都バス「岩倉 村松」行き終点「村松」.あるいは現地アカマツ林(京都市左京区岩倉村松町138-20バス停「村松」から北東へ450m徒歩6分).
叡山電鉄「岩倉」駅から現地アカマツ林へ2.3Km(徒歩30分)
アクセス:
京都バスの「岩倉 村松行き」に乗車.このバスに乗車するには、
ア)JR京都駅七条口から(バス停「C6」番、所要時間約60分)
イ)阪急京都線四条河原町駅から(四条河原町交差点河原町通り北へ上ル東側(40分)
ウ)京阪本線出町柳駅から(加茂大橋東詰め北へ上ル西側、約30分)
エ)京都地下鉄烏丸線国際会館から(3番出口からバスターミナル 1番、約10分)
(地下鉄烏丸線はJR京都駅、烏丸四条、烏丸御池、国際会館などに停車) 

9)<皆さんの活動の様子を見ることができる>
ブログ画面左下ブックマーク(Bookmark)中のNikonまつたけ復活・里山再生運動を左クリックすると、Nikon Onlinegalleryにはいる.akamatsurinさんのホームとなっている.アルバム一覧からお好きなものを左クリックすれば写真一覧が出てきます.スライドショーなどお楽しみ下さい.写真を印刷したり保存したりできます.
開催予定日 2009年10月―12月
活動場所は岩倉香川山. 活動開始は、午前10時頃.終わりは午後4時頃.
第209回10月03日(土)ブログ報告:三輪
第210回10月09日(金)ブログ報告:榎本
第211回10月17日(土)ブログ報告:池内
第212回10月23日(金)ブログ報告:三輪
第213回10月31日(土)ブログ報告:吉村
第214回11月07日(土)ブログ報告:榎本
第215回11月13日(金)ブログ報告:宮崎
第216回11月21日(土)ブログ報告:三輪
第217回11月27日(金)ブログ報告:榎本
第218回12月05日(土)ブログ報告:池内
第219回12月11日(金)ブログ報告:宮崎
第220回12月19日(土)ブログ報告:三輪 大忘年会 感謝祭
年末年始で休み
第221回01月09日(土)ブログ報告:榎本

まつたけ十字軍運動とは?
今、1年間に40,000種もの生物が絶滅(約13分に1種)していると推測されている.生き物1種の絶滅は、10種から30種の生き物の絶滅を呼ぶという.
日本で、802種の動物が絶滅危惧種とされ、7000種の維管束植物の24.1%(4種に1種)が絶滅危惧種に挙げられている(2007年).
環境省によれば、絶滅危惧種の50%強に当たる生物の生息地は、人里離れた奥山でなく里地里山と呼ばれる私たちの生活の場である.緑が豊かになって生き物が追われている!
私達の周りにありふれた生き物であったフクジュソウやヒメシャガなど、メダカやチョウ類やニホンウサギなど、またオオタカやイヌワシなどが、消え続けている.マツタケも、京都府では絶滅危惧種に指定されている.
生物の保全・多様性上危機に瀕する里山(アカマツ林)をマツタケ山に戻すことが目的である.私たちのマツタケ山づくりは、山-川-畑・水田(-海)のつながりを重視する.マツタケ山づくりで生まれるバイオマスの利用を、「自然」との共生型すなわち徹底した有機物循環型「農林業」に組み込む.また、我々の成果は、情報として正しく発信し、全国に230万haあるアカマツ林に普及させることを願っている.
近代マツタケ学発祥の地、京都市左京区岩倉を活動拠点として、我々は循環型農林「業」を楽しむ.「楽しむ」ということにおいて、いわゆる農林業的作業と異なる.
時折のイヴェントや開催日のコアタイムに集まることによって、作業の情報などを共有し、互いの知恵や技術を学び、また、里山復活の喜びをともにする.
運動は、食事を作る人、木を伐る人・運ぶ人、薪をつくる人、病害木を焼却する人、畑や水田を守る人、設備を造る人、道具類を整備する人、多機能窯を守る人、拠点を整備する人、道路を補修する人、バイオトイレを守る人などすべての参加者が、互いに対等で支え合い助け合って維持運営されている.
まつたけ十字軍運動全体は、アリストテレス風に言えば、個の参加者の総和以上の意味を持つ.それ故、参加者はこの運動の全体性を見失わないようにしたい.

主 催 
まつたけ十字軍運動
代表 吉村 文彦(マツタケ生態学者)  
京都市山科区御陵岡ノ西町38-27
090-6227-4305

共 催 
京都大学マツタケ研究会
代表 大石 高典
携帯 080-6123-4706

香川理化学研究所
代表 香川 晴男
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まつたけ「十字軍」運動NEWSLETTER-443-

2009年09月25日 |  マツタケの林地栽培 

感染枯損松の除伐(香川山BC)。
 香川山BCでは、初期の整備の甲斐あって既存アカマツの枯損スピードはにぶり、若い幼松への更新が順調に進んでいます。しかし、残念ながら周辺の山は放置されたままのためどうしても影響を受ける松が出てきます。


まつたけ復活・里山再生市民運動

第208回 (9月25日)の活動報告

残暑でした!
マツタケ君たちがせっかく出しかけた頭を引っ込めてしまわなければと願うのみです。それでも今年は豊作らしいとのうわさも聞かれましたが...
 本日の参加者は、橋本、榎本、中川、小原、前田、宮崎、吉川、小吹、森、岡阪、中広、三品、まさこさま、大島、内田、川本、大久保、堀井、マツ子、鎌田、中野、藤井、阿閉(仁)、阿閉(眞)、田、有山、小長谷、山田、松川、まりこの30名の皆さんでした。

<玉城山>
第1整備区では除伐した枯損松の搬出を行いました。
山の上から斜面を転がして下ろした松を..

軽トラに積んでBCへ運びます。

第2整備区班は、本日は香川山BCの枯損松除伐作業に回りました(タイトル写真)。

<澤田山>
第1整備区
阿閉班は下部から上部(村上班)へ向かっての整備を続行。枯損松の除伐を中心に作業しました。

整備済みの領域はこんな感じです。むかしのモノレールの残骸が放置されたまま残っています。

第2整備区=ヤマガラの里
アカマツ林再生予定区域では枯損松、エスケープヒノキ、カシナガ感染コナラ、ソヨゴ、シラカシなどの除伐(ほぼ皆伐)によるアカマツ更新再生をめざして作業が進められています。

ヒノキ(画面奥)を伐倒方向にロープで引いて伐採中。

その過程で大量のヒノキ材が出ますので、BCへ運んで陶芸作業所などBCの施設整備に活用します。
今日は木材業を営む吉川さんの応援で大量に運びました。トラックから土場へ細い間伐材のレール上をころがして楽に下ろす技を伝授いただきました。

皮むきに精出す岡阪さん。

陶芸作業所では橋本棟梁を中心に間伐材での棚増設計画が話し合われていました。

第3整備区
これまでの経験と教訓を生かして「ハイヒール女性が傘をさして歩ける、暗すぎず明るすぎない木漏れ日のさす林」の原点を大切に整備を進めています。

朝一番に入山し、散乱していた枯損松を整理される森さん。

こんなにきれいに整理されました。美観と作業の安全のためにも除間伐した木はきれいに整頓しましょう。

粗朶類も、後の地掻きの邪魔にならないような場所に整頓しながら進めていきます。

<香川山BC>
本日の昼食は、BC畑で取れたゆず付き鱸(スズキ)、ニラ玉?、ひじき煮物、味噌汁

山の腐植を循環利用した田んぼで取れた新米の販売も行われました。

手塩にかけたかわいい人参たちに水をやる山田さん。

(宮崎 記)

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まつたけ「十字軍」運動NEWSLETTER-442-

2009年09月22日 |  マツタケの林地栽培 
山の手入れをするまつたけ十字軍運動の仲間達



まつたけ復活・里山再生市民運動

次の開催日は9月25日(金)岩倉に10時です.
 すっかり秋の始りという装いの京都である.アウトドアを楽しむには、雨もなく暑くもなく最高だが、ことマツタケに携わっている身には雨がいつ降るか気になって仕方が無い. 
 マツタケの子実体(食用部)の発生には、温度と降水量が大きな要因となる.気温は大きな残暑のぶり返しが無く、久方ぶりに理想に近いと見える.しかし、北海道ではそのために早く発生期間が終わってしまった.岩手、山形、長野の産地では、雨が不足してきている.
暦通りに、気象が推移しないのも気候変動の現れであろうか?


里山再生まつたけ十字軍運動
はじめに
 日本ではまつたけは秋を味わう食品としてあり、人は固有で日本独特のまつたけ食文化を作り上げていったと思える.
日本人以外のアジア人、ロシア人、ヨーロッパ人、アメリカ人、アフリカ人達は香りを嫌うようだ.スウェーデンで日本と同じ遺伝子を持つきのこに「嫌なにおい」という学名を付けている.韓国では慶州の人はマツタケを食べたといわれるが他は興味を示さない.中国の雲南では、イ族が焼いてあるいはスープで食べたりする.古くは,フランスのニースで食べた記録があるが喜んで食ったものではない.ところで、中国雲南省では、マツタケの自国内消費を高めることを考えていて、中国らしいと思うが「マツタケどんぶり」の需要に一定の成果が出ていると聞く.
 マツタケの起源は、チベットからシャングリラに掛けての高原にあり、その伝搬は,南下コース、北東アジアコース、地中海・北欧コースそしてアメリカ大陸へと遺伝的変異を伴いながら広がっていったように考えている.
まつたけの産地は日本、中国、朝鮮半島、ロシア東北部で、現在輸入されているマツタケやマツタケ臭のある類縁種の産地は北半球に限られていて、ラオス、ブータン、トルコ,モロッコ、アルジェリア、スペイン、スゥエーデンやフィンランドなど北欧、北米大陸などである.

マツタケの登場は奈良時代
日本では、まつ-たけと言うように松と茸という両生物をセットで考えている.英語圏でも日本の呼名の訳語としてMatsutake Fungi、Matsutake MushroomあるいはPine Mushroomと表現:学名はTricholoma matsutake (S. Ito et Imai) Sing.
マツタケの生活史は、アカマツなど宿主(寄主)になる植物がないと完結しない.マツタケには適切なホストが必要であるが、その逆は成り立たない.すなわち、アカマツはマツタケを必ずしも必要とせず、そのパートナーは、マツタケモドキ、シメジ類、テングタケの仲間、イグチ類、ハツの仲間、クロカワなどのキノコのどれでもよい.
 マツタケがいつから日本に発生していたのかはっきりしない.キノコについては日本書紀(720年成立)に、茸(タケ、クサビラ)のことが記されているが、それがヒラタケなのかマツタケであるのか、今では知るよしがない.
 マツタケの化石もないのでホストたる植物の分布で調べることにする.マツタケの宿主は日本においては、アカマツ、クロマツ、ハイマツ、アカエゾマツ、トドマツ、ツガ,コメツガ、ヒメコマツ、シラビソなどであるが、台湾ではタイワンアカマツやタイワンツガ、朝鮮半島ではアカマツやチョウセンゴヨウ、アメリカではダグラスファー、ツガの仲間やコントルタマツ、地中海沿岸ではレバノンスギ、ヨーロッパではマツ属の仲間である.そのほか、広葉樹林で発生するマツタケが日本、ヨーロッパや中国などにある.日本で、マツタケの生産量の多い宿主はアカマツであり、日本のマツタケはアカマツの存在抜きには考えにくい.
 花粉分析によると、縄文時代には、瀬戸内沿岸にのみマツ科の花粉が見られる.弥生時代の終わりに(卑弥呼の頃)、魏志倭人伝は日本の植物を記載しているが、その中にマツがない.日本にマツ属の花粉が急増した時期は、西暦500年頃と考えられている(長野県野尻湖、大阪府羽曳野市).
 奈良時代になると、照葉樹林の活用が激しさを増し、アカマツ林が、内陸の山の尾根筋に侵入したであろう.その林に、マツタケは発生し、まつたけ狩りの様子が万葉集(8世紀)にうかがえる(高松のこの峰も背に笠立ててみち盛りたる秋の香のよさ. 2233、巻第十 秋 雑歌).現在の高円山あたりである.
 794年、都が京都に移った.寺院、住居や道具のための材や毎日の薪炭・柴や肥料としての刈敷や落ち葉などの需要をまかなうために、平安京周辺の原生林が破壊され、アカマツが都周辺にも登場し、やはりまつたけ狩りが行われている(905年;古今和歌集).材や炭などは亀岡や京北周山から調達せねばならないほど、当時の平安京周辺の山には木がなく、公家達も入浴がこの上ない贅沢であったらしい.

鎌倉から室町時代に増える
平安末期以降、ますますアカマツ林が増えたのであろう、天皇や公家がまつたけ狩りを楽しみ、盛んに贈答しあっている(三条実房 愚昧記; 藤原定家 明月記).
徒然草(吉田兼好;鎌倉時代の終わり)には、「こいときじ、松茸などは御湯殿の上にかかりたるもくるしからず、その外は心うきことなり」とあって、マツタケが高級食材であることがうかがえる.外国産まつたけが大量に輸入されているが、国内産の商品価値が下がらないという不思議な商品である.
 関白近衛政家は、「1467年9月28日宇治に行って椎の実を拾わせてまつたけをとったが、大層面白かった・・・・、一献かたむけて夕方帰参した」と記している.応仁の乱の最中であるが、季節感を大切にした公家衆を讃えるべきか、いつの世も実際に戦うのは「庶民」ばかりなのかと心中複雑.10月11日にも紅葉狩りに出かけて「余以外みな泥酔.正体も無く前後覚えなし(後法興院日記)」とある.

江戸時代にはブランド化
 秀吉も伏見の稲荷山でまつたけ狩りを大いに楽しんでいる(翁草:18Cの終わり).江戸時代も、“下郎の口にはかなわない”代物であり、与謝蕪村に言わせると “松茸や食ふにもおしい遣るもおし”いものであったようだ.でも、京都の錦小路にまつたけの市がたち、町衆が買っていたようである(本朝文鑑、支考編).この頃には、「嵯峨の産がよいとか北山の産がよい」などと文献で見られ、マツタケもブランド化している(重修本草綱目啓蒙、1803、小野蘭山,他).もっとも京まつたけの中でも、それを紹介する作者によって一押しの産地が異なっている.味や姿にどれほどの違いがあったか知りたいのだが・・・・・.

今のマツタケ生産量は?
 明治以後の砂防工事によって、はげ山がマツ林に置き換わり (千葉徳爾;はげ山の研究)、生産量が増えたと思われる.林野庁の統計でマツタケ生産量の推移を見ると、1905年から増加の一途をたどっていて、昭和10-20年代には、マツタケが「蹴飛ばすほど生えた」とか言われた.昭和16年(1941)の12,222tの生産量を最高に、昭和35年(1960)頃からその生産量が減少しはじめ、2000年代の生産量(85t/年)は、1930年代(7582t/年)の90分の1である.輸入物も一頃は3000tを越えていたが今は半減である.中国も朝鮮半島も生産量が落ちていて、気候の変動と林の状態が問題視されている(次号に続く).

作業区と作業内容の紹介
山づくりエリアや作業内容を変更するときは、事前に連絡下さい.
1)香川山皆伐区も予定どおりに再生が進み、アカマツ幼樹の群落が美しい.斜面の
地掻など補整作業を実施している.マツのザイセンチュウ病による枯損木が周辺に目立っている.伐倒焼却の要あり.

2)澤田山は、この秋にでも、まつたけの発生調査をするつもりであるが、アカマツ林でマツタケの生息地を再生するというエリアとコナラ林を整備するエリアとがある.各整備地ごとにネライを定めて各班ごとに独自に作業を進めている.

第1整備地は、村上班(第1整備区)と阿閉班(第2整備区)で精力的にマツタケ山づくりが行われている.第1整備区は京都府のホンシメジ接種試験が相当前に行われ、そのとき整備もされたが、菌根性のきのこの発生には土壌上の問題があるのかもしれない.補整の手入れが必要な状態になってきている.
 その南側は、やはりアカマツ林帯で、阿閉班の担当で第2整備区と呼んでいる.やがて第1整備区につなげるという.エスケープした檜・杉など大径木の処理が進んでいる.

第2整備地は、ヤマガラの里と新しく愛称がついた.以前から整備を始めているところは「ヤマガラの里A地区」と呼び整備が完了している.その西に当たるところを尾根部(アカマツ林を再生)、傾斜地部(コナラ林にする)など3区に分け、それぞれ生態的特徴を生かした整備を進めている.ここは「ヤマガラの里B地区」と呼ばれる.分からないことなどは前田・小原さんにお尋ね下さい.

第3整備地の作業エリアでは、アカマツ林再生を考え、適切なエリア探しが続いているように見える.どのような林づくりがなされるのか注目をしているところである.

3)玉城山は、昔は、山全体がマツタケの発生に適したアカマツ林であったが、林道が造られたためにその下のエリアからマツタケが消えた.岩泉まつたけ研究所の向林試験林内で、全く同じことを経験している.林道を一つ通すだけのように考えがちだが、周りの環境ががらりと変り水の流れも変化する.
尾根筋には、アカマツ林密度が比較的高く残っているので、榎本班と三品班で上部と下部からマツタケの生活するアカマツ林の再生作業に取り組んでいる.
地表の堆積物を堆肥化し、冬には水田に鋤き込む.マツのザイセンチュウ病害木の伐倒焼却活動が一旦終了したように見えたが、再開している.
ここは、市民によるマツタケ山づくりのお手本として有名になった.今まで、プロによる
手入れで、マツタケ発生の復活は、「有から有は簡単である」と実証されている.
しかし、市民による手入れでマツタケ発生の成果が出たケースはここが日本初の地
である.撒水実験にも取り組むという意欲的作業が見られる.

<お知らせ> 
1)10月1日 読売新聞夕刊、10月20日フジテレビ系列 19時~「わかるテレビ」、
11月8日 午後11時30分 テレビ朝日系列「素敵な宇宙船地球号 リニュ―ワル
版」 にまつたけ十字軍運動の活動が紹介されます.

2)近藤高弘展 金と銀 をテーマに開催される
   新宿展  9月30日~10月6日    高島屋新宿店10階
  名古屋展 10月14日~10月20日   JR名古屋高島屋10階 

<メール便り>
1)会津の星 賢さんから
お久しぶりですです.昨年は松茸が、いっぱい出ました。今年は遅れています、でも、少しづつ出てきました。そちらの方はどうですか?

2)三木 恵子さんから
 随分涼しくなり、過ごし易くなりました。岩倉では何時も楽しませて戴いております。有難う御座います。先日のポスト民芸岩倉焼きに10人参加して戴き、丁度良い人数でしたがこれから先段々人数が減って行くと心細く、近藤先生にも悪く、少なくとも常に7,8人は参加戴けるとうれしいですね。
 先日高弘先生の美術部創設百年記念作品展にナンバ高島屋に行って来ました。上品で落ち着いた金、銀、幾何学模様の使い方、まるで伝統工芸の着物の帯を思わせる繊細な織りの様な金銀彩の作品の数々。蓋を開けると染付けが生きており、これが陶芸の表現方法かと― ― 。
 この作品は世界中誰にもまね出来ない独特の目を見張る素晴らしい近藤ワールドでした。感性の豊かさ。さすが高額ですが赤印が沢山ついておりました。岩倉に来られる近藤先生のTシャツ姿とは大違い- -。感動した1日でした。今後共よろしくお願い致します。

<カンパ! お願い>
ヤマガラの里グループが薪の売却代金を戴く! ありがとう!

氏名: まつたけ十字軍 代表 吉村文彦 
銀行名: 京都銀行 山科中央支店 口座No. 普通預金 3698173

<まつたけ十字軍運動に参加するには>
下記の1から7を了承の上、参加下さい.また、 “まつたけ十字軍運動とは?”も併せてご理解下さい.尚、初めての方は事前に連絡が必要(連絡先は下記主催者).
1)参加資格は問わない. 参加時間は自由、ただし、コアタイム(昼食時)の参加は必須.
2)事故を起こさないように各自勤めること.傷害保険等は各自加入のこととし、事故の責任は当事者に帰するものとする.

3)服装等:山で軽作業できる服装(運動靴か長靴か地下足袋、雨具、タオルなど).ノコ・ナタを持参が望ましい.
4)降水確率(京都府南部、午前7時)が60%以上の日は、原則的に山づくり作業は中止.しかし、山や畑にも、「雨の日には雨の、雪の日には雪の景色がある」といって、皆さんは補修や軽作業などされます.
5)持参するもの:昼食は作るので、MY皿と椀と箸、コップなど、料理の持ち帰り容器、飲料水(お茶があるので水筒)など.
6)道具類や備品は、個人購入のものや皆さんのカンパで購入したものです.大切に扱うよう願います.汚れは洗った後、保管場所に戻すこと.また、使用した食器やコップ類は洗って戻すこと.出したゴミ等は各自持ち帰ること.

7)参加費は無料;ただし、消耗品費は皆さんの浄財カンパで成り立つ、或いは必要に応じて徴收.食材費(実費)+消耗品費として現在 400円を徴収.

<活動拠点へのアクセスなど>
8)集合場所:京都バス「岩倉 村松」行き終点「村松」.あるいは現地アカマツ林(京都市左京区岩倉村松町138-20バス停「村松」から北東へ450m徒歩6分).
叡山電鉄「岩倉」駅から現地アカマツ林へ2.3Km(徒歩30分)
アクセス:
京都バスの「岩倉 村松行き」に乗車.このバスに乗車するには、
ア)JR京都駅七条口から(バス停「C6」番、所要時間約60分)
イ)阪急京都線四条河原町駅から(四条河原町交差点河原町通り北へ上ル東側(40分)
ウ)京阪本線出町柳駅から(加茂大橋東詰め北へ上ル西側、約30分)
エ)京都地下鉄烏丸線国際会館から(3番出口からバスターミナル 1番、約10分)
(地下鉄烏丸線はJR京都駅、烏丸四条、烏丸御池、国際会館などに停車) 

9)<皆さんの活動の様子を見ることができる>
ブログ画面左下ブックマーク(Bookmark)中のNikonまつたけ復活・里山再生運動を左クリックすると、Nikon Onlinegalleryにはいる.akamatsurinさんのホームとなっている.アルバム一覧からお好きなものを左クリックすれば写真一覧が出てきます.スライドショーなどお楽しみ下さい.写真を印刷したり保存したりできます.

開催予定日 2009年9月―12月
活動場所は岩倉香川山. 活動開始は、午前10時頃.終わりは午後4時頃.
第208回09月25日(金)ブログ報告:宮崎
第209回10月03日(土)ブログ報告:三輪
第210回10月09日(金)ブログ報告:榎本
第211回10月17日(土)ブログ報告:池内
第212回10月23日(金)ブログ報告:三輪
第213回10月31日(土)ブログ報告:吉村
第214回11月07日(土)ブログ報告:榎本
第215回11月13日(金)ブログ報告:宮崎
第216回11月21日(土)ブログ報告:三輪
第217回11月27日(金)ブログ報告:榎本
第218回12月05日(土)ブログ報告:池内
第219回12月11日(金)ブログ報告:宮崎
第220回12月19日(土)ブログ報告:三輪 大忘年会 感謝祭
年末年始で休み
第221回01月09日(土)ブログ報告:榎本

まつたけ十字軍運動とは?
今、1年間に40,000種もの生物が絶滅(約13分に1種)していると推測されている.生き物1種の絶滅は、10種から30種の生き物の絶滅を呼ぶという.
日本で、802種の動物が絶滅危惧種とされ、7000種の維管束植物の24.1%(4種に1種)が絶滅危惧種に挙げられている(2007年).
環境省によれば、絶滅危惧種の50%強に当たる生物の生息地は、人里離れた奥山でなく里地里山と呼ばれる私たちの生活の場である.緑が豊かになって生き物が追われている!
私達の周りにありふれた生き物であったフクジュソウやヒメシャガなど、メダカやチョウ類やニホンウサギなど、またオオタカやイヌワシなどが、消え続けている.マツタケも、京都府では絶滅危惧種に指定されている.
生物の保全・多様性上危機に瀕する里山(アカマツ林)をマツタケ山に戻すことが目的である.私たちのマツタケ山づくりは、山-川-畑・水田(-海)のつながりを重視する.マツタケ山づくりで生まれるバイオマスの利用を、「自然」との共生型すなわち徹底した有機物循環型「農林業」に組み込む.また、我々の成果は、情報として正しく発信し、全国に230万haあるアカマツ林に普及させることを願っている.
近代マツタケ学発祥の地、京都市左京区岩倉を活動拠点として、我々は循環型農林「業」を楽しむ.「楽しむ」ということにおいて、いわゆる農林業的作業と異なる.
時折のイヴェントや開催日のコアタイムに集まることによって、作業の情報などを共有し、互いの知恵や技術を学び、また、里山復活の喜びをともにする.
運動は、食事を作る人、木を伐る人・運ぶ人、薪をつくる人、病害木を焼却する人、畑や水田を守る人、設備を造る人、道具類を整備する人、多機能窯を守る人、拠点を整備する人、道路を補修する人、バイオトイレを守る人などすべての参加者が、互いに対等で支え合い助け合って維持運営されている.
まつたけ十字軍運動全体は、アリストテレス風に言えば、個の参加者の総和以上の意味を持つ.それ故、参加者はこの運動の全体性を見失わないようにしたい.

主 催 
まつたけ十字軍運動
代表 吉村 文彦(マツタケ生態学者)  
京都市山科区御陵岡ノ西町38-27
090-6227-4305

共 催 
京都大学マツタケ研究会
代表 大石 高典
携帯 080-6123-4706

香川理化学研究所
代表 香川 晴男
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まつたけ「十字軍」運動NEWSLETTER-441-

2009年09月21日 |  マツタケの林地栽培 
17日に刈り取った稲穂を3日間玉城兄さんの作業用小屋で乾燥させておりました。

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乾燥が終了しましたので 21日(月)朝から農協で籾磨り作業を行いました。
 参加者は次の通り、榎本、玉城兄ご夫婦、玉城、石原、斎藤、橋本、前田、中川、小原、中広、藤井、松浦、三輪他の方々。
 

午前9時前に玉城兄さんの作業用小屋に集合、乾燥機から籾を出して農協に搬送するための作業を行いました。袋にして19袋ほどを農協に運び入れました。
 農協では午前10時より予約を入れておりましたので、作業に取り掛かりました。籾磨りを終了、籾と玄米により分けると玄米は16袋と半袋くらいになりました。又くず米が約1袋できました。
 その内、3袋は田んぼをお借りしている地元の農家へ上納。残りはベースキャンプに運び入れました。また1袋は精米、残りの袋のうち7袋についてはこれからのベースキャンプで食べるお米として備蓄し、暫時メンバーの昼食用として食べていただきます。また残った玄米については昨年と同様に有償(1.5kgを500円)でお分けいたしますので、次回の活動日に各自袋を持参のうえお買い求めください。 
 また一部のメンバーはキャンプに残り、お金を出し合って新米を炊いて昼食として食べました。お先に失礼。美味しいお米でした。感謝。感謝
  文責 三輪
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まつたけ「十字軍」運動NEWSLETTER-440-

2009年09月19日 |  マツタケの林地栽培 
金木犀が咲き始めた。いよいよマツタケ発生だ・・・。




まつたけ復活・里山再生市民運動


第207回(9月19日(土))活動報告


 すがすがしい快晴、10時半の活動開始を待ちきれず、9時過ぎにはすでに数名のメンバーがBCで作業の準備をしている。作業の行き帰りに通る道端の金木犀の花が咲き始め、香りが漂ってきた。金木犀の花が咲く頃にはマツタケが出始めるという。
 本日の参加者は、(敬称略)寺尾、橋本、中川、吉川、前田、岡阪、小原、榎本、森、雅子、上林、越智、川本、三品、有山、吉田(憲)、吉田(幸)、中広、松浦、神崎、宮崎、堀井、多田、斉藤、大久保、川崎、大島、阿閉(仁)、阿閉(眞)、吉村、猫田、山田、吉岡、石原の34名でした。
(今日のフォトはワイドで撮ったので、画面表示が変わるかも知れません。)

<本日の活動> 各班の作業内容を白板に書いておくことにしたので、その日の活動状況を参加者全員が確認できるようになった。


<BCの朝>・・・作業出発前のひと時。昨週にひねっておいたポスト民芸・岩倉焼き作品の乾燥状態を点検したり、先日の稲刈り風景スナップを展示…焼き増しがいる方は堀井プロへ申し込んでほしい。


<玉城山>・・・①②作業区とも、枯損松の伐採、除間伐や地掻き作業を行う。


<澤田山Ⅰ>・・・密集している潅木類やエスケープしたヒノキの伐採作業の継続。


<澤田山Ⅱ>・・・ヤマガラの里B区では、エスケープしているヒノキの伐採をおこなっている。前回に続いて今回も、吉川プロによる伐採や積み出し作業の講習と実習。BCでの降ろし作業の実習風景。

<澤田山Ⅲ整備区>・・・標高230m辺りの上部で枯損松や潅木類の伐採を継続している。

<BC・コアタイム>・・・お昼は、カボチャ入りカレー、わかめスープ。デザートにイチジク、ミニトマトと味わった。新参加のメンバーの自己紹介や、雅子女史の内モンゴルへの植樹紀行のお話。お土産(モンゴル牛のジャッキーか?)が美味。


<山は秋・・・!> 日中の気温は28度と軽く汗ばむ陽気だったが、作業山はすでに秋、吹き渡る風が心地よくススキも穂が出始めていた。
<榎本記>
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まつたけ「十字軍」運動NEWSLETTER-439-

2009年09月18日 |  マツタケの林地栽培 
9月17日に稲刈が終了しました。


9月21日(月)にもみすり作業をおこないます。
コメント欄にてご案内の通り、手の空いている方は応援をお願い致します。


 17日当日は呼びかけに答えたメンバーが午前9時半ごろからに田んぼに集合。
 この日参加された方々 榎本、中岡、石原、内田、前田、小原、中川、ツトムちゃん、中広、大久保、堀井、阿閉夫妻、玉城兄、玉城、周田、三輪の17名。
田んぼのコーナーを約2m四方刈り取り稲刈機が回転するスペースを作って降りました。
 午前10時前に玉城さんのお兄さんが稲刈機を軽トラックの荷台に積んで到着。


15日以降雨は降っておりませんが、夜露が降りていて若干湿った状態。太陽が昇るにつれて、徐々に乾いていきました。稲刈機が田んぼに入り、外周をくるくる回りながら稲を刈り取って行きました。

途中から真ん中を通って刈り取り部分を広げて行き、約2時間半ほどかかって1反の田んぼを刈り上げました。

収穫は30kg入りの袋で24袋約700kgの玄米を収穫しました。これを玉城兄の家の乾燥機に3日ほどかけて水分を14%程度までいたします。
一方玄米を落とした藁(わら)束に括ってつとむちゃん提供の軽トラックで香川山のベースキャンプに運び、駐車場北側の小屋の軒下にかけて干す作業を行いました。

「応援者の募集」

 21日(月)午前9時30分に岩倉農協で籾摺りを行います。手の空いているメンバーの応援をお願いいたします。

(文責 三輪)
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まつたけ「十字軍」運動NEWSLETTER-438-

2009年09月18日 |  マツタケの林地栽培 
高野山富貴のマツタケ山


まつたけ復活・里山再生市民運動


次の開催日は9月19日(土)岩倉に10時です.


人の生活がアカマツ林を育てマツタケを発生させた
 日本で、マツタケの生産量の多い宿主はアカマツであり、日本のマツタケはアカマツの存在抜きには考えにくい.
 花粉分析によると、日本にマツ属の花粉が急増した時期は、500年頃と考えられている(長野県野尻湖、大阪府羽曳野市).奈良時代になると、照葉樹林の活用が激しさを増し、アカマツ林が内陸の山に侵入したであろう.その林に、マツタケは発生し、まつたけ狩りの様子が万葉集にうかがえる(高松のこの峰もせに笠立ててみち盛りたる秋の香のよさ.万葉集2233 巻第十秋 雑歌).
 平安時代になると、飛躍的に人口が増加したため、寺院や住居、道具のための材や毎日の薪・柴や肥料としての刈敷や落ち葉などの需要も飛躍的に多くなった.そのために、平安京周辺の原生林が破壊されアカマツが都周辺にも登場し、マツタケも増えてきた(京まつたけ).
 しかし、当時の平安京周辺の山には、ほとんど木がなく、公家達も入浴がこの上ない贅沢であった.平安末期~室町時代になると、天皇や公家がマツタケ狩りを楽しみ、盛んに贈答しあっている(三条実房 愚昧記; 藤原定家 明月記).
徒然草(吉田兼好、14世紀の初め)に、「きじ、松茸などは御湯殿の上にかかりたるもくるしからず、その外は心うきことなり」とあって、マツタケが高級食材であることがうかがえる.いま、外国産が大量に輸入されいるが、国内産まつたけの商品価値が下がらないという不思議な食べ物は他にない.
 関白近衛政家公は、「1467年9月28日宇治に行って椎の実を拾わせてマツタケをとったが、大層面白かった」.一献かたむけて夕方帰参した」とある.応仁の乱の最中である、いつの世も実際に戦うのは庶民ばかりなのか.10月11日にも紅葉狩りに出かけて「余以外みな泥酔.正体も無く前後覚えなし(後法興院日記)」.
秀吉も伏見の稲荷山でマツタケ狩りを大いに楽しんでいる(翁草).江戸時代にも、“下郎の口にはかなわない”しろものであったが、京都の錦小路にまつたけの市がたち、町衆が買っていたようである(本朝文鑑、支考編).与謝蕪村に言わせると “松茸や食ふにもおしい遣るもおし”いものであったようだ.
 明治以後の砂防工事によって、はげ山からマツ林が復活し (千葉徳爾;はげ山の研究)、生産量が増えたであろう.時代が下がって、昭和10-20年代には、マツタケが「蹴飛ばすほど生えた」とか言われたが、昭和16年(1941)の12,222tの生産量を最高に、昭和35年(1960)頃の日本の近代化以降、その生産量が減少している.2000年代になって地球規模の気候変動が大きくマツタケの発生に影響を与えている.2000年代の生産量(85t/年)は、1930年代(7582t/年)の144分の1である.

作業区と作業内容の紹介
山づくりエリアや作業内容を変更するときは、事前に連絡下さい.
1)香川山皆伐区も予定どおりに再生が進み、アカマツ幼樹の群落が美しい.斜面の
地掻など補整作業を実施している.マツのザイセンチュウ病による枯損木が周辺に目立っている.伐倒焼却の要あり.

2)澤田山は、この秋にでも、まつたけの発生調査をするつもりであるが、アカマツ林でマツタケの生息地を再生するというエリアとコナラ林を整備するエリアとがある.各整備地ごとにネライを定めて各班ごとに独自に作業を進めている.

第1整備地は、村上班(第1整備区)と阿閉班(第2整備区)で精力的にマツタケ山づくりが行われている.第1整備区は京都府のホンシメジ接種試験が相当前に行われ、そのとき整備もされたが、菌根性のきのこの発生には土壌上の問題があるのかもしれない.補整の手入れが必要な状態になってきている.
 その南側は、やはりアカマツ林帯で、阿閉班の担当で第2整備区と呼んでいる.やがて第1整備区につなげるという.エスケープした檜・杉など大径木の処理が進んでいる.

第2整備地は、ヤマガラの里と新しく愛称がついた.以前から整備を始めているところは「ヤマガラの里A地区」と呼び整備が完了している.その西に当たるところを尾根部(アカマツ林を再生)、傾斜地部(コナラ林にする)など3区に分け、それぞれ生態的特徴を生かした整備を進めている.ここは「ヤマガラの里B地区」と呼ばれる.分からないことなどは前田・小原さんにお尋ね下さい.

第3整備地の作業エリアでは、中広さんを中心に作業が進められている.どのような林づくりがなされるのか注目をしているところである.アカマツも減少しているようだが、アカマツ林再生を考えている.シイタケの原木栽培を 「ヤマガラの里」についで 行っている.

3)玉城山は、昔は、山全体がマツタケの発生に適したアカマツ林であったが、林道が造られたためにその下のエリアからマツタケが消えた.岩泉まつたけ研究所の向林試験林内で、全く同じことを経験している.林道を一つ通すだけのように考えがちだが、周りの環境ががらりと変わってしまうのである.
榎本班と三品班で山の上下からマツタケ山づくりをしている.マツタケの生活するアカマツ林の再生作業に取り組んでいる.地表の堆積物を堆肥化するコーナーを作った.マツのザイセンチュウ病害木の伐倒焼却活動が一旦終了.
尾根筋には、アカマツ林密度が比較的高く残っているので、尾根の下部から手入れ
を上部に向けて進めている.
ここは、市民によるマツタケ山づくりのお手本として有名になった.今まで、プロによる手入れで、マツタケ発生の復活は、「有から有は簡単である」と実証されている.
 しかし、市民による手入れでマツタケ発生の成果が出たケースはここが日本初の地である.撒水実験にも取り組むという意欲的作業が見られる.

<お知らせ> 
近藤高弘展 金と銀 をテーマに開催される
  新宿展  9月30日~10月6日   高島屋新宿店10階
  名古屋展 10月14日~20日    JR名古屋高島屋10階 

<メール便り>
<カンパ! お願い>
氏名: まつたけ十字軍 代表 吉村文彦 
銀行名: 京都銀行 山科中央支店 口座No. 普通預金 3698173

<まつたけ十字軍運動に参加するには>
下記の1から7を了承の上、参加下さい.また、 “まつたけ十字軍運動とは?”も併せてご理解下さい.尚、初めての方は事前に連絡が必要(連絡先は下記主催者).
1)参加資格は問わない. 参加時間は自由、ただし、コアタイム(昼食時)の参加は必須.
2)事故を起こさないように各自勤めること.傷害保険等は各自加入のこととし、事故の責任は当事者に帰するものとする.

3)服装等:山で軽作業できる服装(運動靴か長靴か地下足袋、雨具、タオルなど).ノコ・ナタを持参が望ましい.
4)降水確率(京都府南部、午前7時)が60%以上の日は、原則的に山づくり作業は中止.しかし、山や畑にも、「雨の日には雨の、雪の日には雪の景色がある」といって、皆さんは補修や軽作業などされます.
5)持参するもの:昼食は作るので、MY皿と椀と箸、コップなど、料理の持ち帰り容器、飲料水(お茶があるので水筒)など.
6)道具類や備品は、個人購入のものや皆さんのカンパで購入したものです.大切に扱うよう願います.汚れは洗った後、保管場所に戻すこと.また、使用した食器やコップ類は洗って戻すこと.出したゴミ等は各自持ち帰ること.

7)参加費は無料;ただし、消耗品費は皆さんの浄財カンパで成り立つ、或いは必要に応じて徴收.食材費(実費)+消耗品費として現在 400円を徴収.

<活動拠点へのアクセスなど>
8)集合場所:京都バス「岩倉 村松」行き終点「村松」.あるいは現地アカマツ林(京都市左京区岩倉村松町138-20バス停「村松」から北東へ450m徒歩6分).
叡山電鉄「岩倉」駅から現地アカマツ林へ2.3Km(徒歩30分)
アクセス:
京都バスの「岩倉 村松行き」に乗車.このバスに乗車するには、
ア)JR京都駅七条口から(バス停「C6」番、所要時間約60分)
イ)阪急京都線四条河原町駅から(四条河原町交差点河原町通り北へ上ル東側(40分)
ウ)京阪本線出町柳駅から(加茂大橋東詰め北へ上ル西側、約30分)
エ)京都地下鉄烏丸線国際会館から(3番出口からバスターミナル 1番、約10分)
(地下鉄烏丸線はJR京都駅、烏丸四条、烏丸御池、国際会館などに停車) 

9)<皆さんの活動の様子を見ることができる>
ブログ画面左下ブックマーク(Bookmark)中のNikonまつたけ復活・里山再生運動を左クリックすると、Nikon Onlinegalleryにはいる.akamatsurinさんのホームとなっている.アルバム一覧からお好きなものを左クリックすれば写真一覧が出てきます.スライドショーなどお楽しみ下さい.写真を印刷したり保存したりできます.

開催予定日 2009年9月―12月
活動場所は岩倉香川山. 活動開始は、午前10時頃.終わりは午後4時頃.
第207回09月19日(土)ブログ報告:榎本
第208回09月25日(金)ブログ報告:宮崎
第209回10月03日(土)ブログ報告:三輪
第210回10月09日(金)ブログ報告:榎本
第211回10月17日(土)ブログ報告:池内
第212回10月23日(金)ブログ報告:三輪
第213回10月31日(土)ブログ報告:吉村
第214回11月07日(土)ブログ報告:榎本
第215回11月13日(金)ブログ報告:宮崎
第216回11月21日(土)ブログ報告:三輪
第217回11月27日(金)ブログ報告:榎本
第218回12月05日(土)ブログ報告:池内
第219回12月11日(金)ブログ報告:宮崎
第220回12月19日(土)ブログ報告:三輪 大忘年会 感謝祭
年末年始で休み
第221回01月09日(土)ブログ報告:榎本

まつたけ十字軍運動とは?
 今、1年間に40,000種もの生物が絶滅(約13分に1種)していると推測されている.生き物1種の絶滅は、10種から30種の生き物の絶滅を呼ぶという.
日本で、802種の動物が絶滅危惧種とされ、7000種の維管束植物の24.1%(4種に1種)が絶滅危惧種に挙げられている(2007年).
環境省によれば、絶滅危惧種の50%強に当たる生物の生息地は、人里離れた奥山でなく里地里山と呼ばれる私たちの生活の場である.緑が豊かになって生き物が追われている!
 私達の周りにありふれた生き物であったフクジュソウやヒメシャガなど、メダカやチョウ類やニホンウサギなど、またオオタカやイヌワシなどが、消え続けている.マツタケも、京都府では絶滅危惧種に指定されている.
生物の保全・多様性上危機に瀕する里山(アカマツ林)をマツタケ山に戻すことが目的である.私たちのマツタケ山づくりは、山-川-畑・水田(-海)のつながりを重視する.マツタケ山づくりで生まれるバイオマスの利用を、「自然」との共生型すなわち徹底した有機物循環型「農林業」に組み込む.また、我々の成果は、情報として正しく発信し、全国に230万haあるアカマツ林に普及させることを願っている.
 近代マツタケ学発祥の地、京都市左京区岩倉を活動拠点として、我々は循環型農林「業」を楽しむ.「楽しむ」ということにおいて、いわゆる農林業的作業と異なる.
時折のイヴェントや開催日のコアタイムに集まることによって、作業の情報などを共有し、互いの知恵や技術を学び、また、里山復活の喜びをともにする.
運動は、食事を作る人、木を伐る人・運ぶ人、薪をつくる人、病害木を焼却する人、畑や水田を守る人、設備を造る人、道具類を整備する人、多機能窯を守る人、拠点を整備する人、道路を補修する人、バイオトイレを守る人などすべての参加者が、互いに対等で支え合い助け合って維持運営されている.
まつたけ十字軍運動全体は、アリストテレス風に言えば、個の参加者の総和以上の意味を持つ.それ故、参加者はこの運動の全体性を見失わないようにしたい.

主 催 
まつたけ十字軍運動
代表 吉村 文彦(マツタケ生態学者)  
〒607-8421 京都市山科区御陵岡ノ西町38-27.
090-6227-4305

共 催 
京都大学マツタケ研究会
代表 大石 高典
携帯 080-6123-4706

香川理化学研究所
代表 香川 晴男
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まつたけ「十字軍」運動NEWSLETTER-437-

2009年09月15日 |  マツタケの林地栽培 
当日は朝午前9時過ぎに家を車で出発、途中松ヶ崎の自分の畑によって水やりをしたあと、岩倉にむかいました。




岩倉の田んぼに到着すると稲穂が垂れ下がり、こちらは水抜きを数日前から行っていたので、土にひびが入るほど乾燥して、稲刈りを待つだけの状態になっていました。17日(木)午前10時頃より開始、手の空いている方は応援を!!

 写真を撮ったあと、岩倉のベースキャンプに向かいました。いつものようにメンバーが三々五々集まってきておりました。

 本日の参加者は次の通り。
橋本、榎本、小原、宮崎、吉川、前田、松浦、周田、田崎、内田、三品、田中、丸山、大久保、森、玉城、川本、阿閉(仁)阿閉(眞)、大島、杉山、三輪、三木、有山、堀井、マツ子、中野、藤井、川崎、林屋、猫田、山田、吉村、松本、小長谷、中広、近藤、高木、まりこ、斎藤、岩沢の41名。
 メンバーが集合したところでそれぞれの活動拠点に分かれました。班の作業活動予定を書き込む「ボード」が出来ました。どしどし書き込みをしてご活用ください。誰がどこで活動しているかが判ります。

まったけ十字軍陶芸班 ポスト民芸運動
活動報告1.(H21/09/11 於香川ベースキャンプ)
・陶芸班の活動が、近藤高弘先生の指導のもとに正式に始まりました。昨年自分達で煉瓦を積んで築いた多目的窯と、橋本さんらのご尽力で新装なった屋根付き作業場がいよいよフル活躍することになります。
・初回の出席者は、近藤先生(師匠)。橋本、丸山、杉山、松本、周田、内田、大久保、中広、三木、田中、高木さん(師匠のお弟子さん、助手をしていただきました)。
・活動の前に、前回試作の松の焼却灰を活用した岩倉焼の釉薬などの具合を観ました。すばらしい仕上りで師匠の評価も高く、幸先の良いスタートです。
・午前中は、近藤先生提唱のポスト民芸運動の理念紹介とメンバー各人の期待するところ、当面の運営に関する意見などを打ち合わせて、午後から直ちに近藤先生の指導で、たたら板を型に沿って成型する方法で約50点の小鉢類を成形。
・成形されたものは、作業場の机上で乾燥中。
次回は、10月17日(土曜、活動日)午後、を予定。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------
・近藤先生提唱のポスト民芸運動
師匠は、“陶芸”家としてその活動を始められましたが、近年は“造形美術”家へと幅を広げてこられました。しかしそれと同時に、師匠が活動の原点と考えてこられた“器”制作からは遠くなりまた師匠の手になった器も芸術(作品)となって“使われる器”から離れた存在になってゆくのを残念に思われていたのだそうです。器は使われるものでなくてはならない。それには人の手になって作られた味わいのある器をこそ使って欲しいし、子供たちの世代にもその事が解って伝わるようなものであってほしい、と。
それゆえ、民芸運動で謳われたような無名の工人の作業した“使われる器”を用意することは、只今の社会においてはさらに大きな意義があるだろうし、まったけ十字軍の活動と交差させることでこれを実現することには非常に魅力がある。一年位の習作活動を経て、実際に売れる程度のものを制作するところにもってゆきたい(ポスト民芸運動と命名)。
したがってここでの制作は、土は購入品を使用し変えない、ひねりやたたら板法などを使用してろくろは使わない、釉薬に感染松の焼却灰を使用、(もちろん多目的窯を使用)とする。
制作作業は分業にしないこと(各人は全工程が出来ること)で指導する。
月一度の指導には、成形方法、デザインの要領、より良い成形品へなどを予想。
(日本経済新聞9月10日夕刊に記載の記事“発想で動く 里山の間伐資材で作陶指南 近藤高弘さん”を添付pdfに紹介します。)

・当面の運営に関する意見打ち合わせ(杉山)
当面の習作活動に必要な経費を負担しなければならないので、租見積もりを用意する(→追って提示します内田)
窯焚きの分担を考慮してゆく必要がある(3名必要、近隣の反応を考慮した時間帯は?→次回の火入れまでには要領を打ち合わせましょう)
冬季の作業は難しいかもしれないが、見学会なども加えるようにしよう。(→各自、希望先などは考えておきましょう!)
               以上 内田さんの報告より

香川山の様子




玉城山班の午前中の作業は堆積した地掻き土壌をシューターを使って下に降ろす作業を前回に引き続いて行いました。
近くで作業をおこなっている三品達の現場を見に行くと明るくなって、地掻きも広範囲に渡って行われていました。


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 午前中の作業を終えて香川山のベースキャンプに戻って来ると、お昼の食事が準備ができていました。
 午後からは玉城山班は枯れた松の伐採を行っていました。
本日の活報告都合によりここまでとさせていただきます。 文責 三輪
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まつたけ「十字軍」運動NEWSLETTER-436-

2009年09月08日 |  マツタケの林地栽培 
北海道アカエゾマツのマツタケ(S氏撮影)


まつたけ復活・里山再生市民運動


次の開催日は9月11日(金)岩倉に10時です.
今回の活動は、マツタケ山の手入れに伴う多量のバイオマス利用の一環として、ポスト民芸活動を行います.全国の心ある方々の寄付によって造ることができた多機能窯で、民芸品を越える作品を作ろうというものです.
もちろん山づくり作業は、いつものように行います.北海道のアカエゾマツ林では、マツタケ発生の最盛期だそうです.


里山林の新しい活用を考えよう!
 飽くことのない人の欲望実現の陰に失くしたことが沢山ある.その一つに地球全体で生じている環境破壊がある.環境の修復などが新たな産業を創ると期待もされている.これらの課題を20世紀型の経済効率第一で解決しようとすると必ず抜ける分野が出てくる.その中に里山保全があり林業があるように思える.
最近、田んぼも水田の時には水生生物が、乾田の時には他の生活能を持った生物が棲み分けていることが明らかになっている.また、里山林もパッチ状に皆伐した林と生長した林分とで生物が棲み分けたり移動するのである.里山の小動物の多くは、田んぼと山とを両方使って生きている.
 長い時間を掛けて、人が里山という生態系を創り出し維持したことによって、色々な生物がその環境に適応したのである.その里山が崩壊したため、生物の多様性が危機に瀕している.マツタケは、アカマツをホストにするキノコで、土壌が富栄養化し駆逐されている.それらを保全するには本来の里山に回復させねばならない.
 京都で、ボランティアの方々とまつたけ十字軍運動と称し、里山林を健全化すれば京まつたけが復活することを実証しようとしている.いま、アカマツ林は放置されその地域の極相林に置き換わっている.マツノザイセンチュウ病がマツタケの生息地の崩壊を更に推し進めている.続いて地球規模の気候変動が追い打ちをかけている.アカマツ林を1950年の状態に戻してマツタケを復活させうる最後のチャンスが近づきつつある.
 里山林には、他に優秀な食用きのこ、例えばホンシメジ、クロカワ、ショウゲンジ、アミタケなどが発生する.コシアブラの若芽はタラノメと同様である.山形県のある地域では、ワラビ狩りを楽しみに遠くから沢山の人がやって来て、草原で一杯の味噌汁に興じている.
 これらのことは里山林の活用に一つの方向性を示している.里山林の垂直分布特性を生かした立体的活用と季節的変化を利用することで、林家の若者と第一線を退いてくるであろう団塊の世代の共同作業が十分に可能でありペイすることを意味している.集落近辺の里山林の保全が進み、地元に仕事が生まれることになる.里山林という持続可能な資源の有効利用に大きく舵を切るときが日本に来ている.

作業区と作業内容の紹介
山づくりエリアや作業内容を変更するときは、事前に連絡下さい.
1)香川山皆伐区も予定どおりに再生が進み、アカマツ幼樹の群落が美しい.斜面の
地掻など補整作業を実施している.マツのザイセンチュウ病による枯損木が周辺に目立っている.伐倒焼却の要あり.

2)澤田山は、この秋にでも、まつたけの発生調査をするつもりであるが、アカマツ林でマツタケの生息地を再生するというエリアとコナラ林を整備するエリアとがある.各整備地ごとにネライを定めて各班ごとに独自に作業を進めている.

第1整備地は、村上班(第1整備区)と阿閉班(第2整備区)で精力的にマツタケ山づくりが行われている.第1整備区は京都府のホンシメジ接種試験が相当前に行われ、そのとき整備もされたが、菌根性のきのこの発生には土壌上の問題があるのかもしれない.補整の手入れが必要な状態になってきている.
 その南側は、やはりアカマツ林帯で、阿閉班の担当で第2整備区と呼んでいる.やがて第1整備区につなげるという.エスケープした檜・杉など大径木の処理が進んでいる.

第2整備地は、ヤマガラの里と新しく愛称がついた.以前から整備を始めているところは「ヤマガラの里A地区」と呼び整備が完了している.その西に当たるところを尾根部(アカマツ林を再生)、傾斜地部(コナラ林にする)など3区に分け、それぞれ生態的特徴を生かした整備を進めている.ここは「ヤマガラの里B地区」と呼ばれる.分からないことなどは前田・小原さんにお尋ね下さい.

第3整備地の作業エリアでは、中広さんを中心に作業が進められている.どのような林づくりがなされるのか注目をしているところである.アカマツも減少しているようだが、アカマツ林再生を考えている.シイタケの原木栽培を 「ヤマガラの里」についで 行っている.

3)玉城山は、昔は、山全体がマツタケの発生に適したアカマツ林であったが、林道が造られたためにその下のエリアからマツタケが消えた.岩泉まつたけ研究所の向林試験林内で、全く同じことを経験している.林道を一つ通すだけのように考えがちだが、周りの環境ががらりと変わってしまうのである.
榎本班と三品班で山の上下からマツタケ山づくりをしている.マツタケの生活するアカマツ林の再生作業に取り組んでいる.地表の堆積物を堆肥化するコーナーを作った.マツのザイセンチュウ病害木の伐倒焼却活動が一旦終了.
尾根筋には、アカマツ林密度が比較的高く残っているので、尾根の下部から手入れ
を上部に向けて進めている.
ここは、市民によるマツタケ山づくりのお手本として有名になった.今まで、プロによる手入れで、マツタケ発生の復活は、「有から有は簡単である」と実証されている.
しかし、市民による手入れでマツタケ発生の成果が出たケースはここが日本初の地
である.撒水実験にも取り組むという意欲的作業が見られる.

4)稲の刈り取り作業
1)我らが田んぼの稲(キヌヒカリ)が実ってきました。刈り取りに備えて水抜きをしています。9月中~下旬の晴天日に稲刈りをします。その後乾燥機にかけ、JAで籾摺り作業をします。いずれコメント欄で日程の予告をしますので、時間が空けばご協力をください。

<お知らせ> 
1)9月11日(金、第206回) 「ポスト民芸」活動開催
近藤高弘さんの提唱する「ポスト民芸」活動を始めることになりました.第1回目の集まりをいたします.近藤さんを交えてミーティング後、作品づくりをする予定です.
民芸品を越える作品を「岩倉焼」と名付け、レストランなどで使用できる器を制作し販売することになります.
土代や薪、温度センサーにパソコンなど消耗品は参加者負担となります.決して高くはなりませんが、実費の計算も必要です.

2)近藤高弘展 金と銀 をテーマに開催される
  大阪展   9月9日~15日     高島屋大阪店 6階
  新宿展   9月30日~10月6日   高島屋新宿店10階
  名古屋展 10月14日~20日     JR名古屋高島屋10階 

3)<提案>・・・作業場が広域に渡るため、誰がいつどの作業場で作業しているか分からない。遅れて参加される方にも分かるように、BCに「その日の行動」を書いておく黒板(白板)をおいておき、参加された折に各自で記入しておくとよいのでは・・・との提案がありました。いろんな意味で良いのではないでしょうか。白版の確保はできたそうです.

<メール便り>
1)飯沼多聞さんから
本日9月5日まつたけ発生いたしました。最低気温の推移は 8月23日 17℃24日15℃ 25日14℃と低温が続き スイッチが入ったと思っていましたが8月上旬には雨がありましたが、その後3週間降らなかった為か9月1日まで発生が見られませんでした。9月4日に久しぶりの夕立がありました。県レベルでは今年は豊作という予報が出ています。今後雨さえあれば爆発するのでしょうか?これからの天気予報は高温で10日ほど雨が見込めません。
 私たち財産区のまつたけ山管理地は5箇所となり大変広大な財産となりました。
これもひとえに岩泉で研修を受け、京都の『まつたけ十字軍運動』を視察させて頂いて以来、我々にも出来るかもしれないと取り組み始め努力してきた結果であります。
この山は住宅地から20分以内で入れる好適地にあります。管理も有刺鉄線とトラロープを有効活用し管理強化をしています。

<カンパ! お願い>
1)雅子さんから頂戴しました.いつもありがとう!
氏名: まつたけ十字軍 代表 吉村文彦 
銀行名: 京都銀行 山科中央支店 口座No. 普通預金 3698173

<まつたけ十字軍運動に参加するには>
下記の1から7を了承の上、参加下さい.また、 “まつたけ十字軍運動とは?”も併せてご理解下さい.尚、初めての方は事前に連絡が必要(連絡先は下記主催者).
1)参加資格は問わない. 参加時間は自由、ただし、コアタイム(昼食時)の参加は必須.
2)事故を起こさないように各自勤めること.傷害保険等は各自加入のこととし、事故の責任は当事者に帰するものとする.

3)服装等:山で軽作業できる服装(運動靴か長靴か地下足袋、雨具、タオルなど).ノコ・ナタを持参が望ましい.
4)降水確率(京都府南部、午前7時)が60%以上の日は、原則的に山づくり作業は中止.しかし、山や畑にも、「雨の日には雨の、雪の日には雪の景色がある」といって、皆さんは補修や軽作業などされます.
5)持参するもの:昼食は作るので、MY皿と椀と箸、コップなど、料理の持ち帰り容器、飲料水(お茶があるので水筒)など.
6)道具類や備品は、個人購入のものや皆さんのカンパで購入したものです.大切に扱うよう願います.汚れは洗った後、保管場所に戻すこと.また、使用した食器やコップ類は洗って戻すこと.出したゴミ等は各自持ち帰ること.

7)参加費は無料;ただし、消耗品費は皆さんの浄財カンパで成り立つ、或いは必要に応じて徴收.食材費(実費)+消耗品費として現在 400円を徴収.

<活動拠点へのアクセスなど>
8)集合場所:京都バス「岩倉 村松」行き終点「村松」.あるいは現地アカマツ林(京都市左京区岩倉村松町138-20バス停「村松」から北東へ450m徒歩6分).
叡山電鉄「岩倉」駅から現地アカマツ林へ2.3Km(徒歩30分)
アクセス:
京都バスの「岩倉 村松行き」に乗車.このバスに乗車するには、
ア)JR京都駅七条口から(バス停「C6」番、所要時間約60分)
イ)阪急京都線四条河原町駅から(四条河原町交差点河原町通り北へ上ル東側(40分)
ウ)京阪本線出町柳駅から(加茂大橋東詰め北へ上ル西側、約30分)
エ)京都地下鉄烏丸線国際会館から(3番出口からバスターミナル 1番、約10分)
(地下鉄烏丸線はJR京都駅、烏丸四条、烏丸御池、国際会館などに停車) 

9)<皆さんの活動の様子を見ることができる>
ブログ画面左下ブックマーク(Bookmark)中のNikonまつたけ復活・里山再生運動を左クリックすると、ニコンオンライン写真集の画面に飛ぶ.ログインの必要はありません.アルバム一覧からお好きなものをご覧下さい.スライドショー、大きい写真を印刷したり保存したりできます.

開催予定日 2009年9月―12月
活動場所は岩倉香川山. 活動開始は、午前10時頃.終わりは午後4時頃.
第206回09月11日(金)ブログ報告:三輪
第207回09月19日(土)ブログ報告:榎本
第208回09月25日(金)ブログ報告:宮崎
第209回10月03日(土)ブログ報告:三輪
第210回10月09日(金)ブログ報告:榎本
第211回10月17日(土)ブログ報告:池内
第212回10月23日(金)ブログ報告:三輪
第213回10月31日(土)ブログ報告:吉村
第214回11月07日(土)ブログ報告:榎本
第215回11月13日(金)ブログ報告:宮崎
第216回11月21日(土)ブログ報告:三輪
第217回11月27日(金)ブログ報告:榎本
第218回12月05日(土)ブログ報告:池内
第219回12月11日(金)ブログ報告:宮崎
第220回12月19日(土)ブログ報告:三輪 大忘年会 感謝祭
年末年始で休み
第221回01月09日(土)ブログ報告:榎本

まつたけ十字軍運動とは?
今、1年間に40,000種もの生物が絶滅(約13分に1種)していると推測されている.生き物1種の絶滅は、10種から30種の生き物の絶滅を呼ぶという.
日本で、802種の動物が絶滅危惧種とされ、7000種の維管束植物の24.1%(4種に1種)が絶滅危惧種に挙げられている(2007年).
環境省によれば、絶滅危惧種の50%強に当たる生物の生息地は、人里離れた奥山でなく里地里山と呼ばれる私たちの生活の場である.緑が豊かになって生き物が追われている!
私達の周りにありふれた生き物であったフクジュソウやヒメシャガなど、メダカやチョウ類やニホンウサギなど、またオオタカやイヌワシなどが、消え続けている.マツタケも、京都府では絶滅危惧種に指定されている.
生物の保全・多様性上危機に瀕する里山(アカマツ林)をマツタケ山に戻すことが目的である.私たちのマツタケ山づくりは、山-川-畑・水田(-海)のつながりを重視する.マツタケ山づくりで生まれるバイオマスの利用を、「自然」との共生型すなわち徹底した有機物循環型「農林業」に組み込む.また、我々の成果は、情報として正しく発信し、全国に230万haあるアカマツ林に普及させることを願っている.
近代的マツタケ学発祥の地、京都市左京区岩倉を活動拠点として、我々は循環型農林「業」を楽しむ.「楽しむ」ということにおいて、いわゆる農林業的作業と異なる.
時折のイヴェントや開催日のコアタイムに集まることによって、作業の情報などを共有し、互いの知恵や技術を学び、また、里山復活の喜びをともにする.
運動は、食事を作る人、木を伐る人・運ぶ人、薪をつくる人、病害木を焼却する人、畑や水田を守る人、設備を造る人、道具類を整備する人、多機能窯を守る人、拠点を整備する人、道路を補修する人、バイオトイレを守る人などすべての参加者が、互いに対等で支え合い助け合って維持運営されている.
まつたけ十字軍運動全体は、アリストテレス風に言えば、個の参加者の総和以上の意味を持つ.それ故、参加者はこの運動の全体性を見失わないようにしたい.

主 催 
まつたけ十字軍運動
代表 吉村 文彦(マツタケ生態学者)  
〒607-8421 京都市山科区御陵岡ノ西町38-27.
075-581-8932, 090-6227-4305

共 催 
京都大学マツタケ研究会
代表 大石 高典(京都大学こころの未来研究センター)
TEL/FAX 075-753-9682 / 携帯 080-6123-4706

香川理化学研究所
代表 香川 晴男
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まつたけ「十字軍」運動NEWSLETTER-435-

2009年09月05日 |  マツタケの林地栽培 
収穫の時機到来。



まつたけ復活・里山再生市民運動


第205回 (9月5日)活動報告


 天気は穏やかな日。

 周田、小原、榎本、前田、宮崎、上林、松浦、森、杉山、内田、三品、中広、玉城、小吹、三輪、阿閉(眞)、有山、橋本、大久保、石原、多田、川崎、藤井、山田、中川、猫田、マツ子、中野、吉村、松川、池内夫妻、堀井の33名の方々が汗を流しました。

 2週間後には、穂の出た田んぼの新米が、刈り取れるかもしれません。

成長は早く、果実が私たちの口を楽しませてくれました。



 山作業に、畑、食事つくり。
陶芸の薪は山のように。陶芸作業台も完成。次回の陶芸では、どんなものができるか。



畑作業では、お茶の葉に花が咲いています。





香川山での整備







食事は、ホイル焼き、味噌汁、赤飯、卵料理、それに新鮮なトマト。



それとピザ。熱々のピザは、生地も薄く極上のでき。





仕事と安らぎの一時は、心を洗います。



今回は山作業の風景を取材できませんでした。

秋は、まつたけの時期。山作業は慎重に。
今年は、作業場が広範囲になってきています。
それぞれの整備地への思い入れはひとしお。

<池内本記>

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