まつたけ山復活させ隊運動ニュース

マツタケの発生は里山復活の王道であり里山を再生することはマツタケの復活に繋がる.再生アカマツ林から日本で初めての快挙!

まつたけ山復活させ隊 NEWSLETTER 873 新年のご挨拶

2014年01月01日 | まつたけ山復活させ隊とは

まつたけ山復活させ隊のメンバー並びにご支援戴いている皆さん!

明けましておめでとうございます.新年のご挨拶を謹んで申し上げます.

初めに
 全国に800万haある里山林を再生しなければならないと考えていますが、ボランティアの活動に一定の助成をすればそれでよいと考える手法は、里山問題を正しくとらえていないと思っています.何とかして里山から新しい価値を生み出す(見直す)業をつくらねばなりません.それは政府の仕事です.

まつたけ山復活させ隊 2013年の活動を振り返って
 まつたけ山復活させ隊の昨年の活動は、京都岩倉の通常活動(49回)と番外活動として仲間の有志と高松市塩江町に出かけました.合わせて50回の活動を展開しています.参加者数は1558人、平均すれば1回当たり31.8人になります.見学者もカナダ、韓国他の3国と国内各地から98名に上る.第1回からの参加者数は16995人になっている.ここまで大きく育ったことは、なんといっても参加下すったすべての仲間と全国の支援者のお陰です.心からありがとう!と感謝申し上げます.

 悲しいこともあった.2005年の開催以来、メンバーの家族の死に出会うことはあったが、2013年6月27日朝、杉山廣行君が急逝された.若すぎる死で惜しまれて仕方がない(63歳).メンバーでは初めてのことだった.今も、私たちの活動を見守ってくれているだろう.

 雨の日も雪の日も作業などに集まった参加者の「そろそろ、出たって良いのでは?」という切なる思いも届かず、私たちの作業地にマツタケは頭を出さずです.可能性のある作業地は4つあります.各班独自の試みが進んでいますが、その作業に特に非はなく、そろそろ山の神もほほえんで下さいと、昨年から「山神祭」を執り行っている.

山神祭風景1 2 3 左クリックで大きく!

 いわゆるこのあたりのマツタケは、江戸時代には北山まつたけとか京まつたけと呼ばれて超ブランド品である.1960年代まではたいそうな量が取れていたんだが.しかし私たちの林では、放置による環境の激変で、マツタケのシロはすでに絶滅したのではなかろうか? 2007年春から手入れをしたエリアにその秋、まつたけが1本発生した.もちろん休眠していたシロが復活したのだ.しかし残念ながら、このエリアに休眠したシロが他にはなかったようで、続いてあちこちにマツタケが出るということはなかった.それほど放置のダメージが地下に及んでいたのだろう.
 
 マツタケの共生相手であるアカマツのザイセンチュウ被害も激甚で、アカマツは、前述の4カ所を除いて、全滅もしくはそれに近い.若い松林の復活から始めている次第だ.上記4カ所の成り立ちは、大きく二つに分けられる.詳しくは省いて、造成地と元からアカマツ林であるところである.造成地は、岩が露出するほど地掻きがされている.

 この造成地(香川山)は、機械的に表土を削っていて、マツタケのシロがあったとは、また、残っていたとは考えられない(2005年).するとシロ形成には、近くの京まつたけの胞子の飛来を待たねばならない.このことは間違いないことだろう.2006年にはまつたけ発生環境整備を、素人であるが、完了している.北山まつたけでも京まつたけでもいいのだけど、シロ形成に有意な胞子量の飛来がないと考えられる.

 2005年にこの地で活動を始めて以来、京まつたけ由来の胞子に、私たちの手入れしたアカマツの若い根は出会っていないのだろう.
 山の神よ! 相応しいキューピットを与えてたもれ!


それでも私たちの挑戦は続く!

 私たちの里山再生活動は、マツタケ山づくりである

 1960年代半ばに始まる高度経済成長による近代化で、私たちの日本は、石油資源中心の世界に姿を変えた.農業はそのスタイルを変え、林業は炭の生産が激減し、丸太の完全自由化も相まって衰退した.

 里山林も価値がないと考え利用されなくなる.初期には、「山の緑が豊かになり、樹を伐らないことは良いことだ」と考えられた.しかし、1990年頃になると「里山は緑豊かになったが貧弱な生物相である」ことが明らかになり、木を切ることを長い間白眼視したツケが重いことを知る.
 
 環境省のレッドデータブックの絶滅危惧種の50%に当たる生物の生息地が里地里山であることから、国際環境NGOコンサベーション インターナショナルも、「地球規模での生物多様性が高いにもかかわらず、破壊の危機に瀕している地域(ホットスポット)」に日本列島を指定している.考えてみれば里地里山の環境激変は「奥山」と比べて大きく、そこに適応していた生物の生活が脅かされたことは容易に理解できる.生物の多様性を守る上で、その再生が焦眉の課題である.

 森林をその成立過程で分けると、原生的な森林、里山と人工林の三つに区別できる.原生的森林は森林を維持する能力を生来的に内包している生態系である.そういう意味では放置も妥当な選択である.人工林は材の生産を目的とする林で、人が保育活動を施さねばならない生態系である.里山は、原生林への人の激しい働きかけの結果、生み出された生態系で人の干渉度合いは原生的森林と人工林の間にある.その保全には何らかの人の働きかけが必要である.
 
 里山林とは集落近辺に位置する身近な半自然である.これら里山林は人による干渉抜きには維持されにくいという特徴を持っているが、それぞれ生理生態的特徴を異にする、またその利用のされ方もさまざまであるため、放置による結果もさまざまだ.しかし、いずれも放置されたために、林内は湿潤化し、地表に堆積した腐植は土壌を富栄養化した.特にナラ林やアカマツ林にそのことは顕著であり、中でもアカマツは樹勢が弱り激しい樹病にさいなまされている.
 
 1930年代(’30~’39)には、全国で、7582tのマツタケが生産されているが、2000年代(’00~’12)では76tと100分の1に大激減している. その理由は、先ず第一にマツタケの生息地であるアカマツ林面積の減少である.これは、戦後の復興と高度経済成長期の開発によるアカマツ林を含む里山の転用の結果である. 第二に、林を利用しなくなったことによるアカマツ林の質の変化である.土壌の富栄養化は菌根性きのこの生活を奪った.京都府では、マツタケも絶滅の恐れがあるきのこの一つである.マツノザイセンチュウ病によるアカマツの枯損はその生態系の遷移を早めている.第三には、マツタケ子実体発生期に低温刺激を受けたシロが、子実体原基を形成した直後に気温の上昇にさらされ、いわゆる高温による発生障害を受けることが常態化しつつある.
 
 発生環境整備事業対象を、マツタケが1本でも出ているアカマツ林にしぼることによって、一定の成果が出ることが明らかになった.この手入れは休眠状態のシロの活性化を促しマツタケの発生量が増えることを狙うものである.しかし、これだけでは、まつたけの生産量が大きく望める若いアカマツ林の整備とはならず、いわゆる下り山の環境整備となる.従って、マツタケ復活後は、マツタケ発生老齢アカマツ林を若いアカマツ林に誘導していくことが大切である.
 
 森林の再生活動において、原生的森林や人工林のケースでは望ましい林相は理解されやすいが、いわゆる里山再生においては、共通する望ましい林相イメージが無い.人は、歴史的に見ても、集落近辺の林を利用してきたが、特定の林相づくりを試みたことはないからだ.これが里山再生運動に一定の混乱と停滞を生じせしめている.参加者に「どんな林づくりが良いの?」という戸惑いを持たせる.
 
 その点、私たちの里山再生は簡明だ.アカマツ林に適したところはマツタケの生活するアカマツ林に、また、他のロケイションはそれぞれの生態系にかなった広葉樹林に再生する.これだけである.菌根性キノコとホストの相利共生関係を利用し、環境の変化に強い里山林を造り出すことである.活動9年目で、アカマツ風致林ともいえる美しいアカマツ林に仕上がってきている.

参考文献
1)2005 ここまで来た! まつたけ栽培 (株)トロント刊
2) 2006 里山再生とマツタケ増産をめざし、 動き出したまつたけ十字軍運動 特産情報 1月号 pp.4-7
3)2010 まつたけ山復活させ隊の仲間たち (株)高文研刊


                                                                    2014年1月1日 

                                                                    吉村 文彦
                                                                    京都市山科区御陵岡ノ西町38-27
                                                                    090-6227-4305                                                                                      matsutake10@gmail.com  



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まつたけ山復活させ隊NEWSLETTER 670 新年のご挨拶

2012年01月01日 | まつたけ山復活させ隊とは

京まつたけ復活・里山再生市民運動
  里山再生活動への誘ない!

  100本のマツタケが踊る Fairy Ring   岩手県 沿岸北部2010.10                                      

 

                                                                2012.1.1
        3.11大震災の復旧・再興を祈念して

まつたけ山復活させ隊(まつたけ十字軍運動)の活動について 

参加者の皆さん!   全国の支援者・読者の皆さん! 参加希望の皆さん!

 昨年は、定例開催を50回、番外開催7回、年間参加者は1,618名、全国8ヶ所からの見学があり、2005年来の延べ
参加数13,895人、参加者の事故もなく先ずは大盛会であった.運営も支援者・参加者のカンパ、薪販売の売上など仲間の工夫が一定の成果を見せており、「お陰様で順調である」と報告申し上げます. 

はじめに
 依然として、世界では1年間に、40,000種もの生物が絶滅していると推測される(約13分に1種の割合).生物1種が絶滅すると、その累はおよそ10から20種の生き物に及ぶという. 
 日本では、ほ乳類が23.3%、両生類33.9%、汽水・淡水魚類36.0%、陸・淡水産貝類34.3%など、そして維管束植物7,000種の24.1%などが何らかの形でその生活を脅かされている(2009年、環境省).絶滅危惧種とされている5割の生き物が、私たちの生活の場(里地里山)の居住者である.それほどに里地里山の変わりようは大きい.
 
§1 我々のまつたけ山再生運動とは? 
 世界に類を見ない独特のまつたけ食文化を作りあげた京都は、近代マツタケ学発祥の地でもある.故濱田 稔先生が、京都市左京区岩倉尼吹山にマツタケを研究するフィールドを設けたことによる.私たちの活動エリアもこの近くである. 
 1960年代の日本の近代化は、燃料源を山の資源から化石資源に、肥料を山の資源から化学合成品に変えた.私たちの生活を豊かに便利に変えもした.資源を使われなくなった山は緑で埋まった.『山の緑が豊かになった』、『樹を伐らないことはいいことだ』と評価された.
 緑が豊かになって、フクジュソウやヒメシャガなど、メダカやアメンボなど、チョウ類やニホンウサギなど身近
な生き物の姿が消え続けている.私たちは、「豊かな緑で生物が住めない」という里山の異変を見過ごしてしまった.トキ、オオタカなどの営巣木である里山のアカマツもかつての姿は無い.マツタケも里山のきのこであり、絶滅危惧種に指定される地域が増えている.
 残念ながら、尼吹山を初め岩倉地区の山は、ヒノキの植林が盛んであったために、植林地外もヒノキ林に占拠されつつある.また、多くの山は活用されず、本来の里山とは異なる生態系となってしまった.ニホンザル、ニホンジカなどの獣害が目に余り、アライグマなど外来種の被害も増えている.心ない林家は、里山の荒廃を認めるが、放置することを良しとしている.
 私たちは、岩倉の山を憂う林家から山を無償で借りている.そこを活動拠点として、マツタケ山づくりに取り組んでいる.アカマツの生活にかなうエリアに若いアカマツ林を再生したいと強く願っている.また、里山の現状を危惧する全国の仲間と交流を進め、この活動の輪を広げたいと願っていて、我々の成果は、情報として世界に発信されている.
 全国で多くの市民が、生活を脅かされている生き物の生息地である里山の再生活動を展開しているが、私たちはマツタケの生活する里山(アカマツ林)を復活させたいと活動する日本いや世界でも例のない団体であろう. 
 私たちのマツタケ山づくり(下記§3参照)は、山-川-畑・水田(-海)のつながりを重視する.マツタケ山づくりの際、大量に出るバイオマスは、「自然」との共生型すなわち徹底した有機物循環型「農林業」に組み込み利用するよう努力する. 
 活動は、木を伐る人・運ぶ人、軽トラを貸してくれる人、薪をつくる人、病害木を焼却する人、畑や水田を守る人、食事を作る人、設備を造る人、道具類を整備する人、拠点環境を整備する人、道路を補修する人、バイオトイレを守る人、多機能窯を守る人、山を提供する人などすべての参加者が、運動の目的を実現するために互いに対等で支え合い助け合うことを大前提としている. 
 活動には、理念と目的はあっても参加者の行為を縛る規約はない.しかし、何をしても良いわけでは決してない.個の能力を最大限に発揮でき、参加者の数だけ面白いことが創造できるようにと願ってのことである.活動は個の参加者の総和以上のものを生むと確信している.                                  

§2 まつたけ山復活させ隊に参加するには 
 この活動の理念と目的(§1)を理解し、以下のことを遵守せねばならない.尚、初めての方は事前に連絡が必要(連絡先は下記主催参照;まつたけ十字軍運動吉村まで).

1)参加に資格は問わない.

2)集合場所:京都バス「岩倉 村松」行きの終点「村松」.あるいは香川山(これは自称:京都市左京区岩倉村松町138-20 バス停「村松」から北東へ450m徒歩6分).

3)集合場所へのアクセス:
京都バスの「岩倉 村松行き」に乗車.このバスに乗車するには、
ア)JR京都駅七条口から(バス停「C6」番、所要時間約60分)
イ)阪急京都線四条河原町駅から(四条河原町交差点河原町通り北へ上ル東側、約45分)
ウ)京阪本線出町柳駅から(加茂大橋東詰め北へ上ル西側、35分)
エ)京都市営地下鉄烏丸線国際会館から(3番出口からバスターミナル1番、約15分)
(地下鉄烏丸線はJR京都駅、烏丸四条、烏丸御池、国際会館などに停車)

4)例会開催は、週1回.活動日はブログと香川山掲示板に呈示.活動の始まりは午前10時頃から、終わりは午後4時頃までとする.参加時間は自由、ただし、コアタイム(昼食時)の参加は必須.

5)参加費は無料;ただし、消耗品購入は皆さんの浄財カンパで行う.或いは必要に応じて徴收.食材費(実費)+消耗品費として現在400円を徴収.

6)降水確率(京都府南部、午前7時)が60%以上の日は、例会は開催するが、山づくり作業は原則中止.香川山設備等の補修など日頃できない作業を実施.

7)服装や装備等:山で軽作業できる服装(運動靴か長靴か地下足袋、雨具、タオル、手袋など)を着用のこと.ノコ・ナタの持参が望ましい(ゲスト用に少し準備されている).

8)声を掛け合い、無理をせず、事故を起こさないように各自勤めること.傷害保険等は各自加入のこと(推奨)とし、事故の責任は当事者に帰すものとする.

 9)持参するもの:昼食は作るので、マイ皿と椀と箸、コップ、料理の持ち帰り容器、飲料水(お茶があるので水筒)など.また、使用した備え付けの食器やコップ類は必ず洗って戻すこと.

10)道具類や備品は、個人購入のものや皆さんのカンパで購入したものである.大切に扱う必要がある.道具類は汚れを洗った後、保管場所に戻すこと.保管庫の整理整頓を心がける.いかなる「資源」の提供も主催者の許可を必要とする.出したゴミ等は各自持ち帰ること.

11)畑の使用(希望)については、阿閉(♂)さんと榎本さんに相談すること.成果物は、全体の所有に帰すが、作物採取の際には栽培者に感謝の意を伝えること.

§3 私達のマツタケ山造り
 マツタケ未発生アカマツ優占林に於いては、作業内容は以下の二通りに分けることができる.これらの意味をよく理解し作業をすることが必要である.マツタケ発生林作業は「ここまで来た!マツタケ栽培」を参照
 しかし、多くの山には、アカマツがない状態である.アカマツ生息に適した場所は、できるだけ早く若いアカマツ林を取り戻す作業を行う必要がある.それには皆伐後地掻を行い、天然下種更新でアカマツ林を復活させる.

①植生の調節
 植物の密度の適正化:平均地温の調節、落葉量の調節,土壌水分含量の適正化.伐る樹種、残す樹種、作業時期にこだわる必要はない.除伐材は必ず集積地へ移動する.
○アカマツ:枯損木,被庄木は地際から切る.枝払い後、玉切りして用途別に集積地に運び出す.枯損木は焼却する.
○広葉樹他(含ヒノキ、スギ):大径木:株元直径5cm以上の木は地際から切る.枝払い・玉切り後、それぞれ用途別に集積地へ移動.      
○中小径木:最近の異常気象による発生期の高温障害を防ぐために、直径1~5cmの木は密度を5-7本/m2に調節
する.日当たり、風通しや落葉量を調節する.中段切りをしなくてもよい.枝払い後、集積地に運び出す.   
○灌木等:膝頭より低い草本や灌木は地際から切ったり,根から抜き集積地へ移動.

②土壌条件の適正化(地掻)
 落葉落枝層と腐植層の厚みの適正化.以下の(a)~(c)の条件を改善.林外に運び出す.地掻の強さは、褐色森林土壌が見え隠れする程度に実施する.
(a)物理的要因:土壌の硬度,土壌構造や保水力の改善,根のB層への移行を促進.
(b)化学的要因:有機物供給源の除去=富栄養状態の改善.
(c)微生物的要因:土壌微生物の質と量の改善=競争微生物や病原微生物の減少.
  
§4 こんな活動をしています!
活動内容や作業区を簡単に紹介すると、
1)香川山
○ヤマガラグループ(ヤマガラの里Cエリア)
 ゲート入り口右側斜面を整備中.このエリアを若いアカマツ林に戻す予定.シイタケの原木栽培実施.
 エリアのススキ刈り取りなど補整作業に取り組んでいる(作業は適宜実施).
○皆伐区は、予定どおりに再生が進み、アカマツ幼樹の群落が美しい.斜面の補整作業を実施している.
マツノザイセンチュウ病による枯損木が周辺に目立っている.伐倒焼却を継続中.

2)澤田山
 マツタケの生息地を再生するというエリアとコナラ林を整備するエリアとがある.各整備地ごとにネライを定めて各班は独自に作業を進めている.

第1整備地は、
○阿閉班
 マツタケ山づくりが行われている.数年前に作業を始めた区は、美しいアカマツ林になってきている.その斜面上部はエスケープした檜など大径木と中小径木、灌木の処理がなされ、地掻を行い、その後にアカマツ実生苗を移植している.エリアの予定作業が終わり、更に、作業場所を斜面左に拡大している.マツノザイセンチュウによる枯損被害との闘いも継続中.

第2整備地は、
○ヤマガラの里班 
 以前から整備を始めているところは「ヤマガラの里A地区」と呼び、整備が完了している.その西に当たるところを尾根部(アカマツ林再生作業中)、傾斜地部(コナラ林にする)など3区に分け、それぞれ生態的特徴を生かした整備を進めている.ここは「ヤマガラの里B地区」と呼ばれる.
 現在、作業エリアでは、アカマツが無いに等しいが、尾根筋は、アカマツ林再生作業が、平地ではコナラを中心とした広葉樹林再生作業が行われている.ここには鹿ネットが張られている.バイオマスは堆肥化し畑に入れている.コナラやアカマツの薪を委託製造する.詳細は前田さんにお尋ね下さい.

第3整備地は
○中広班
 尾根筋が広葉樹林にしたてあげられているが、斜面は長年放置されていて、この立木密度、この林床堆積物では
班の力量では歯が立ちにくい.作業エリアを広めずに尾根筋をアカマツ林に、斜面は広葉樹林にという作業が進行中.
シイタケの原木栽培を実施.小川を利用してワサビのイモを栽培.大雨があると流され苦労が絶えない.

3)玉城山
2班が共同で作業をしている。
○榎本班
○三品班
 市民によるマツタケ山づくりのお手本として有名になった.今まで、プロによる手入れで、マツタケ発生の復活は、「有から有は簡単である」と実証されている.しかし、市民による手入れでマツタケ発生の成果が出たケース(2007)は、ここが日本初の地である.その後の発生がないので、発生ポイント周辺に覆土を試みた.シロが生きていたなら必ず元気になる.
 昔は、山全体がマツタケの発生に適したアカマツ林であったが、林道が造られたためにその下のエリアからマツタケが消えた.岩泉まつたけ研究所の向林試験林内で、全く同じことを経験している.林道を一つ通すだけのように考えがちだが、周りの環境ががらりと変り水の流れも変化する.もちろん放置の影響で遷移が進んでいる. 
 尾根筋には、アカマツ林密度が比較的高く残っているので、榎本班と三品班で上部と下部からマツタケの生活するアカマツ林の再生作業に取り組んでいる.三品班は予定地の作業が終わり、尾根筋下部のマツタケ山づくりに取り組んでいる.松枯れ対策として、マツタケのホストでもあるツガの種子を散布している.
 地表の堆積物を堆肥化し、冬には水田に鋤き込む.マツのザイセンチュウ病害木の伐倒焼却活動が一旦終了したように見えたが、再開している.
 
4)葉わさび栽培班(榎本さん担当)
 岩手県岩泉町では、葉わさび産業が売り上げ1億円を越えている.それはともかくとして、わさび漬けやお浸しがうまい.ここでは温度のことや鹿害対策が課題である.安定栽培の可否をさぐっている. 興味のある方は、世話人の榎本さんにおたずね下さい.

5)陶芸(岩倉焼)班(内田さんと杉山さん担当)
 全国から応援いただいたカンパで耐火煉瓦を購入.香川山BCに、みんなで窯を造った.「行ってこい帰ってこい」と命名された窯で岩倉焼を制作している.目下幾多の課題を抱えつつも自らの技量を磨いている.近藤高弘さんが進めるポスト民芸運動の旗手(!?)達である.

6)ニホンミツバチ保全班(世話人は杉山さんと内田さん)
 課題は、人と各種スズメバチ対策である.これに難渋しているのが実情である.各地に巣箱を設置しているが、心ないミツバチ泥棒対策のため巣箱設置場所は非公開.

7)賄い班
 マツタケ山づくりを終えて戻ってくる参加者の楽しみの一つである.豊かなメニューとリッチな食事を準備する.月に一度 男厨派メニューが登場する.これもまた人気がある.

8)米づり班(世話人は玉城さんと前田さん)

1・前準備 1・下肥の施肥     (地掻きした木の葉やパラパラに腐った木等の下肥
(1月~3月)         を持ち込む。山中で良く醗酵したものが良い)
(4月上旬) 2・荒起こし    (耕運機にての作業となります)約一日  
(4月下旬) 3・二度目の荒起こし  (耕運機にての作業となります)約一日  
2・溝更え  毎年4月の初めの日曜日頃に村人が集まり行われます。一人又は二人必要。
     村の三か所に張出されます。          
     行かないと不参加料三千円が徴収されます。名義は藤村史子さんです
3・苗床作り  4月初旬に玉城兄宅で消毒や専用土造・籾掻きをします。    
(4月上旬)  メンバーは5~6名お願いします。        
4・代搔き  荒起こしの後、つら付け用波板を設置して引水して代搔きをします。
(5月上旬)  (主に耕運機にての作業となります)約一日      
5・田植え  濁りが取れて、稲が植えられる状態になったら、行います。日は苗の状況と
(5月上旬)  天気次第となります。4~5名はほしい処です。    
6・水管理  昨年は主に前田さんにお願いしていました。25~35度を保つ程度の水温
(5月~9月)  を保つ程度です。夜も温度が極端に下がらない様多い目にします。
     水漏様れも有りますので朝夕の見回りが必要になります。  
7・草取り  くわい・稗・イグサ等の水生の草は取って田圃から出します。又、畦の草刈り
(6月~7月)  もチョクチョク必要でしょう。周りの田圃の迷惑にならない様、時期を見て、
     実施します。活動日に1~2名で半日程度で出来ると思います。
8・稗取り  稲の花が咲く前に追い肥をします。化成肥料。と同時に稗取りを2~3名で
(8月)  行います。 (都合の付く人で)(多くの人が入ると細根を切ります)
9・稲刈り  気候にもよりますが、水切りから3週間位で可能になると予想しています。
(9月中)  活動日に合せれば良いのですが・・・・。難しいので前々日位の連絡です。
その後2~3日  米の乾燥・籾すり・を行って玄米となります。夏は冷凍保存します。
     6~7名の参加が欲しいです。        
 以上で一連の行程が終了しますが、天候次第の処が多い為常時観察が必要です。  
 昨年迄の作業で参加して要領を知っている人と覚えたい人の参加を求めます。  

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§5 今年の予定と目標 

1)若い松林をつくろう!京都の景観・伝統行事を守ろう!全作業区で実施.

2)葉わさび安定化、コゴミ、モミジガサ、花ズッキーニーなど栽培検討

3)年報をつくろう!(内田さん担当) 間もなく配付されます!
 写真記録と共にまとめた年報を作っておきたい.
○年間の活動概要(定例日、特別行事、参加会員推移、BC整備や台風対応などの共同作業、来場者記録ほか特記事項).
○各班の現状スケッチ=立地、現況、目標、試験作業中などの特記事項.
○畑、田の成果など、窯などの活動記録.
○その他

4)京都造形芸術大学通信教育部環境学受講生がマツタケ山づくりに参加 9月8日(土)に予定.受講生が地元に戻り里山づくりの重要性を啓蒙したり実践すること、また、彼らの作品にこの体験が反映されることなどが期待される.

5)各地との交流推進
 今年は、岩手県洋野町大野在住でまつたけ山復活させ隊メンバーの小沢一男さんなどとマツタケ発生調査を実施する予定.1週間宿泊(予).
北海道旭川、岩手県洋野町大野高校、岩手県岩泉町岩泉商工会、石川県珠洲市金沢大学能登学舎、滋賀県彦根市滋賀県立大学荒神山、滋賀県近江八幡市沖島、和歌山県高野町岩田山、香川県小豆島マツタケ研究会.

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主 催
まつたけ十字軍運動
代表 吉村 文彦(マツタケ生態学)
京都市山科区御陵岡ノ西町38-27
090-6227-4305 matsutake10@gmail.com

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