まつたけ山復活させ隊運動ニュース

 松茸は奈良時代から珍重されてきたが、絶滅が心配される.松茸山づくりは里山復活の近道であり里山の再生は松茸復活に繋がる.

まつたけ十字軍運動NEWSLETTER-234号-

2007年08月28日 |  マツタケの林地栽培 

澤田山の現況 皆さんはこの改善に取り組んでいる 

京まつたけ復活・里山再生

第105回(8月31日) 開催のお知らせ  

 いよいよ、9月を迎えます.マツタケの発生は、桜前線の逆で北海道、次いで岩手山など東北北部と富士山などで始まり気温の低下とともに南下してくる. 京都府南部に位置し、暖かい宇治田原町の田原まつたけは、去年は10月15日に初発生の確認がされている. 

 岩手県では、9月の終わりには、北上山地の高地帯では全山広葉樹の真っ赤な紅葉、あるいはシラカバ葉の黄色に彩られる.岩手県北部はマツタケの発生のピークになる.まつたけツアーの参加者を募集(下記お知らせ参照下さい). 

 開 催 要 項

 京まつたけ復活・里山再生「まつたけ十字軍運動」は、生物の多様性上危機に瀕する里山をマツタケの生活するアカマツ林に戻すことが目的である.山-川-畑・水田(-海)のつながりを重視した様々な取り組みを実践する.中身は参加者の皆さんが創り上げることを前提としている.参加者の数だけ面白いことがあると自負している.

1)実施日:2007年8月31日(金)

2)集合時刻:午前10時30分.但し朝10時頃から活動は開始されている.

3)集合場所:京都バス 岩倉村松集会所前.初めての方は要連絡(連絡先は下記)あるいは京都市左京区岩倉村松町現地アカマツ林(岩倉村松行き京都バス終点「村松」から徒歩6分).

4)アクセス:京都バスの岩倉村松行きに乗車:JR京都駅七条口から(60分、バス停「C6」番)、阪急京都線四条河原町駅から(40分、四条河原町交差点北へ上ル東側)、京阪本線出町柳から(30分、加茂大橋東詰め北へ上ル西側、京都地下鉄烏丸線国際会館から(15分、バスターミナル1)(市営地下鉄はJR京都駅・烏丸御池・国際会館などに停車)

5)服装等:山で軽作業できる服装、ノコ・ナタ、運動靴か長靴か地下足袋、傘かレインコート、タオルなど持参. 

6)持参するもの:昼食は皆で作るので、MY皿と椀と箸、コップ.料理の持ち帰り容器など、飲料水(お茶があるので水筒).食材費(実費、通常300円くらい)は徴収

参加費は無料.資格も問わない.参加時間も自由.傷害保険等は各自加入のこと. ゴミ等は各自持ち帰り願います.京都府南部の降水確率(午前7時)が60%以上の日は、原則的には活動を中止しています.しかし、山や畑にも、雨の日には雨の、雪の日には雪の景色があるといって、皆さん出てこられています.

<本日の作業予定> 

夏と秋を分ける前線が天気図上に現れてきました.ということは秋の気配が出て来たことを意味する.しかし、西日本は、まだ残暑が厳しい.夏ばてによる不測の事故、熱中症が心配される.人目を憚ることなく、適度の休みと水分補給をすることが参加者の「努め」である.

1) 澤田山で、除間伐材の運び出し作業に注力します.その体積が大きいので、玉城山班の協力をお願いします.粗朶など中小径木毎にきちっと枝を払い、その長さをそろえて伐り、等高線上に流されないように積み上げ固定する.大径木は、玉城山班のアイディアで木馬道をセットして集積場に下ろす.香川BCへも運びます.軽トラックの応援もお願いします.今年枯れたザイセンチュウ被害木は焼却.

2)澤田山で、新設の前田班と村上班は、アカマツ林再生の容易なエリアでマツタケ発生環境整備作業に取り組みます.大変いいことと思いますので、作業をお願いします.但し、除伐材の集積所やその運び出し通路などをあらかじめ設定確保し、作業後のアカマツ林のイメージをしっかり理解することをお願いします.

3)田んぼの世話 稲穂も出そろって美しいだろう!

<お知らせ>

1) 岩手県久慈市里山づくりとマツタケ山視察並びに洋野町大野高校収穫祭の参加者募集(8月31日締め切り.問い合わせは猫田さんまで)

9月29日(土) 移動日  久慈着  市内 ビジネスホテル 泊 

  30日(日) マツタケの講話   昼食を挟んで市民ボランテイアと里山整備       

       終了後 山形町へ移動    内間木ビジターセンター 泊 

10月1日(月)  マツタケ山現地視察 まつたけ狩りに同行  

10月2日(火) 久慈平岳にてマツタケ狩り 大野高校収穫祭  

10月3日(水) 移動日 帰京

<メール便り> どんどんお寄せください!

1) 柳内 久俊さんから

 当方、今夏は7月下旬に大阪へ出張後、猛暑を避けてひたすら9月以降の各種調査報告のレポート作成に専念しています。岩手・陸中川井に行く予定でしたが、気温37度という数字で延期しました。岩泉もだいぶ暑さがきびしそうです。明日は、築地市場で昼飯を食べがてら、マツタケを検分してきます。今年は中国産は評判の悪さから殆どのスーパーで取扱を見合わせているようで、国産は高値が見込まれているようです。9月末の岩手県北のマツタケ、今年は豊作でしょうか。楽しみですね。猛暑の折、ご自愛ください。

8-9月の活動日

第106回活動日2007年9月07日(金)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分

第107回活動日2007年9月13日(木)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分

第108回活動日2007年9月21日(金)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分

第109回活動日2007年9月29日(土)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分

寄付等の振込先: 

氏名: まつたけ十字軍 代表 吉村文彦  銀行名: 京都銀行 山科中央支店               口座No:普通預金 3698173 

主 催 団 体

吉村 文彦(マツタケ生態学者)

まつたけ十字軍運動 本部(http://blog.goo.ne.jp/npoiroem)    

〒607-8421 京都市山科区御陵岡ノ西町38-27

075-581-8932, 090-6227-4305

大月 健

京都大学マツタケ研究会(京都大学農学部図書室気付、 大月 健 090-4280-3334)

共 催 団 体

NPO国際環境微生物応用研究機構、香川理化学研究所、NPO市民環境研究所

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まつたけ十字軍運動NEWSLETTER233 号

2007年08月25日 |  マツタケの林地栽培 
市民によるアカマツ林の再生



マ ツ タ ケ 考―2―

シロの誕生とマツタケの発生
マツタケは、更に周囲の細根に感染を続け、やがてホットケーキ状のシロを土壌内部につくる.シロとは、マツタケが宿主の細根に感染することによってつくりだされる菌根やその周りの土壌とそこに生活する微生物を含む集合体でそれらの微妙なバランスのうえに成り立つ微少な生態系である.

物理的・化学的・生物的条件が適切に維持され続けると、シロはその容積がだんだん大きくなり、2次(核)菌糸がアカマツの細根に感染して約5年たつと、シロの容積は、マツタケの菌糸とアカマツの根や土を含めて1.5-2リットルほどになる.

すると、マツタケ子実体を1~2本発生するようになるが、微生物数の少ないマツタケ向きの痩地や乾燥気味の土壌は斜面や尾根の上部に多いため、マツタケはそのあたりから発生を始める.マツタケ発生の始まりはアカマツの樹齢が平均30年くらいである.地域によっては、それが40~50年になるケースもある.

シロ表面の温度が19℃(東北では18℃未満)を下回ると、マツタケのシロ表面に子実体原基が形成され、適当に雨があると(2-3日おきに10~20mm/日の降水)、「選ばれた」原基は生長を続け、7日~10日後に地表に顔を出す.地温が、12℃を下回ると、新たな子実体発生は少なくなる.

更に7~10日でヴェールが破れ、胞子が飛散する.胞子は、新たなシロ形成に重要な役割を担っている.このとき、地面を覆う腐植層があると、マツタケの胞子はそれにキャッチされ、褐色森林土壌中のアカマツ細根に出会えない.マツタケ山の長期の観察では、マツタケの新たなシロは、胞子が雨水などで流れ易い方向に並んで増えているように見える.

全山のシロ化とシロの崩壊
アカマツの樹齢の進行とともにシロ数が増え、また、シロ直径が大きくなる.マツタケ発生量が増加する.時には、一つのシロに400本のマツタケが生えることもある.壮齢林では100kg/ha以上の生産量が望める.また、アカマツ樹齢30年から70年の間に、40Kg/年の生産量が見込める.今は、そのようなアカマツ林は少ない.

マツタケと他の土壌微生物とのインタラクション(攻撃,協調、無関心など)は、場所や時間によって、その質は異なるが、マツタケのシロは痩地であり乾燥ぎみのマツタケが優占しうる諸条件が整っている場所へのみ広がっていく(6).

シロ数が増え、また、シロの先端が年々外側に10-15cmほど広がり大きくなるが、シロの内部は菌根がなくドーナツ状の形になる.やがて、マツタケのシロは重合する.重合すると瓢箪状、線状あるいは弧状にマツタケ子実体が発生するようになる.しかし、マツタケは土壌微生物との競争に弱いため、手を入れてない林では、途中で消滅するシロも多い.

ドーナツ状のシロの内部は、土壌がパサパサになり、細根が脱落した主根だけが残り、菌糸の残骸や死んだ細根由来のキチンとセルロースやヘミセルロースまたリグニン、タンニンが多い.それらは難分解物質のため、シロ内部の微生物社会はマツタケの発生してない土壌やシロ周辺部土壌のそれとも違っている.シロの内部には、アカマツの根も侵入せず、マツタケも生えない忌地 (sick soil)となる.

アカマツ林の更新
マツタケ発生後40年もすると、アカマツ林内にはマツタケの忌地面積が増える.また、アカマツの生長が鈍り、根の発達が悪くなるため、マツタケの発生量は落ちてくる.アカマツの生長を促したり,林の更新を考える時である.アカマツが常に生長するように、枝払いや芯止めを施して、100年生のアカマツ林でも、マツタケ発生量が落ちない手入れもある.

更新は、薪炭生産林をモデルとすると良い.マツタケ感染アカマツ樹(シロ)を一部残し皆伐する.アカマツ異齢林をつくる.最近では小型ユンボで地かきするところもある.あるいは、帯状に伐採区と非伐採区を設け、伐採区は地かきし、新たなアカマツ林を造成することを考える.このような作業では、マツタケが非常に若いアカマツ林で発生することがある.

マツタケの栽培
人類の活動によって、人里付近に登場したアカマツ林に、マツタケは発生を始め、毎日の生活のために里山林を大いに活用して、マツタケの生産量を高めていたことになる.

しかし、昨今は、森林の放置によってアカマツ林が衰退し、マツタケの生産量を落としている.マツタケは、人による森林の破壊によって生まれ、また、人による“森林”の放置による森林「破壊」によって、その生を終わろうとしているのかもしれない.

先述したように、昭和10年代、あるいは薪炭の生産量が減少を見せる昭和30年頃までは、意図的でなかったが、日本のアカマツ林で、人はマツタケを大量に「栽培」していたのである.
アカマツ林を放置し、山からマツタケを搾取するだけの時代は、もう終わっている.
まず、昭和30年代の健全なアカマツ林を取り戻す.その上で、マツタケやアカマツの生理や生態をよく理解し、マツタケを栽培する必要がある.

マツタケの栽培は、実は極めて容易なのである(長野県伊那市生産者談).昭和10年代には、日本のアカマツ林には蹴飛ばすほどにマツタケは生えていたことを思えば実にそうである.

オガクズ栽培と林地栽培                
マツタケの栽培法は2通りある.一つは、温度、湿度、照度など物理的要因や培養基の性質など化学的要因を制御した環境で、マツタケの胞子や培養菌糸を培養基に接種して、マツタケ子実体を得る方法である(狭義の人工栽培).

二つ目はアカマツ林をマツタケの生活しやすい環境に整え、アカマツ細根を増加させマツタケ子実体を得る方法である.マツタケ菌糸マットをアカマツの根に接種し、人為的に菌根を作ることも可能になった(化学と生物;2005年5月号).また、マツタケ感染アカマツ実生苗によるフィールド試験では、5年間にわたって菌根が維持されている.

前者の方法は、100~200回に1回くらいの割合で親指大のマツタケ子実体が得られることがある.なぜマツタケ子実体が得られたのか解明できてないので再現性を欠いている.

後者は、アカマツ林を健全に誘導する効果もある.全国的に森林の放置が進み森林機能の低下や生物多様性の保全上からも森林の現状を改善する必要を考えると、最も望ましいマツタケの栽培法である.
そう言う意味で,マツタケなど菌根性キノコのオガ粉栽培など考えるべきではない.

林地栽培の効果
 繰り返しになるが、昭和10年代は全国いたるところのアカマツ林に蹴飛ばすほどにマツタケは生えていたのである.

アカマツ林に適正な手入れを恒常的に施しさえすれば、マツタケ既発生林ではシロ数やマツタケ発生数の増加が見られる(単に昭和30年代のアカマツ林に戻すことである).その効果は100%である.岩泉まつたけ研究所向林試験林(1ha)では、1990年に発生環境整備を実施、32のシロを確認. 2005年現在(アカマツ平均樹齢:45年)で101のシロを有する.
 
岩泉町全体を見ると、5年毎の平均まつたけ流通量は、1.5t、2.3t、6.1t/年と増加し、1980年代の3倍強になっているが、2000年代になって、異常気象で不作が続いている.また、その価格は1万円から4万円/Kgと4倍に伸びている.岩泉まつたけのブランド化に成功している. 残念なことに、それは負の側面も持つ.昨今は、1kgのマツタケを25万円でも売らないという話を聞く.

しかし、全国の林地栽培において、失敗例が少なからずある.

一つは、手入れそのものが不十分でマツタケ向きに改善されていない.または、マツタケが生活できなくなったアカマツ林を手入れするケースである.

二つ目は、作業のやり過ぎである.一気に作業して土壌の乾燥しすぎを招いている.

三つ目は、発生環境整備を初年度に実施するが、翌年の補整作業を怠るケースである.整備後の林の放置は放置以前以上にマツタケの生活に不向きな状態になる.

かつて、マツタケ発生環境整備事業には公的資金の補助制度があったが、例えば、2週間で作業が完了する計画なら、人は2週間しか山に入らない.
これは作物の栽培者のすることではない.林家も、農家の努力を見習うべきである.

人工アカマツ林にもマツタケは発生
岩手県全体では15万haの、岩泉町に1.3万haのアカマツ人工林がある.そのほとんどがマツタケ発生前の若齢林で、ある林齢までは除間伐作業がなされるが、その後は、放置されているに等しい(有用資源の放置である).

また、1993年に岸長内沢試験林(人工林20年生)で、胞子播種により初シロの形成をみている.また、岩手県林業公社造林の人工アカマツ林にも、マツタケの発生がすでに確認できている.このことは、人工アカマツ林でマツタケ栽培が可能であることを意味する.

岩泉まつたけ研究所の輝かしい成果の一つであるが、向林試験林の一斜面に人工植栽のアカマツ林がある.1991~1992年にわたってアカマツ林の手入れを実施.
そのあとに土壌表層に階段状のステップを作り、マツタケの胞子とアカマツ細根との出会いすなわちマツタケ感染の機会を大きくするための作業を施した.1997年に、マツタケの自然感染による初シロが二つ形成された.

岸長内沢試験林についで人工林のシロ形成試験では、二度目の成功である.人工アカマツ林におけるマツタケ栽培法が確立したと考えてよい.実は、江戸時代、現群馬県太田市金山では、まつたけ発生量の落ちたアカマツ林を伐採し、植林を続けてマツタケの栽培している.

アカマツ人工林でマツタケを栽培するためには、林齢15年くらいあるいはそれ以下の若齢林にマツタケ発生環境整備作業を行うようにすべきである.現在の材生長の手入れ(=除間伐材の林内放置=土壌の富栄養化を招く=キノコが減少=樹木の衰弱)からマツタケ栽培の手入れに変換をすべきである.

マツタケ向きの手入れを施しても、材の生長に有意の差はなく、むしろ、樹木の生長に有意な効果をもつ菌根性のキノコが生活を始める.

マツタケ山の日頃の管理が最も大切で重要
アカマツ林が放置すると、アカマツの樹冠同士がぶつかり閉塞してくる.すると、アカマツの着葉量が低下し、細根量も少なくなる.また、広葉樹の密度が増え、地表の堆積物が厚くなる.
当然、林内は過湿状態で、土壌は富栄養化し、樹木の生長を助けるキノコが少なくなり、林は不健全で低生長になる.森林機能も落ち、新種の病気が発生する.

壮齢アカマツ林の観察を続けると、毎年少しずつ、アカマツが少なくなっているのが見えるようになる.当然のことながら、マツタケの発生量も減少する.マツタケの発生が最近落ちてきたと思われたら、それには必ずその原因があるので、適切な手入れ等が望まれる.

マツタケ林地栽培法は、アカマツやマツタケの生理生態をうまく利用し、マツタケを林地(天然林や人工林)にて栽培することである.
森林生物(植物や微生物)や森林土壌の物理・化学性のコントロールである(林つくり、土つくり、根つくり).
土壌微生物には、マツタケの生活に有利なグループと有害なグループと無関係なグループとがある.その関係をうまくコントロールすればよい(6).

 昭和20年代以前は、薪や柴や緑肥採取のために、毎日の山の利用(手入れ)をかかさなかった.昭和30年代も薪や炭の生産のため、これまた、毎日、林の手入れを怠らなかった.このようにすれば、マツタケの栽培は出来るのだ.
(1)山の手入れを怠らない.「雑木」や草本類が適正規模以上に繁茂しないようにする.
(2)アカマツの生長によって、枝と枝が重なるので重ならないように整枝する.または、間
伐する.
(3)傘をさしてハイヒールで歩ける林内.落葉・落枝をためすぎない.

マツタケが1本でも出ているアカマツ林があれば、あるいは、現在、近辺にマツタケが発生しているならば、是非、作業を始めて欲しい.


まつたけ栽培専業林家になれ! 里山林の通年型立体活用を考えよ! 
岩泉まつたけ研究所の閉鎖により、京都に戻って、いま、まつたけの聖地 京都でまつたけの増産に取り組んでいる.

目下、京都市左京区岩倉で京(みやこ)まつたけを復活させようと林造りを週1回のペースで実践している.仲間は、市民ボランティアである.

皆さんは、自分の体力に合わせて生き生きと連係プレーで作業をこなしている.人は心身ともに健康を維持し、林も昭和30年代の生態に戻りつつあり、生物の多様性を保全するという効果を生んでいる.

また、岩手県立大野高校生が、久慈平岳のアカマツ林を手入れして、今年の収穫祭でもマツタケを採取するだろう.見事に、マツタケ発生の復活を成し遂げたことは特筆すべきことである.
岩手県久慈市でもマツタケの増産を目的とした里山再生活動が始動する.長野県や岐阜県、石川県珠洲市、和歌山県や滋賀県長浜市でも、香川県小豆島でも京都府宇治田原町でも同木津川市鹿背山地区でもマツタケの生活する里山づくりが展開されている.

素人集団でこれだけのことが出来るのだから、プロの林家が寝て「まつだけ」では済まされないだろう.全国のマツタケ生産専業林家の収入は、2千万円を軽く越えている.たかが1ヶ月で、3~4百万円を稼ぐ例など枚挙に暇がない.
行政の補助金を当てにせずとも、自分の力で林作りをトライしてもいい事業である!

マツタケを尾根筋中心に、中腹では、他の食用きのこ(ホンシメジ、シモフリシメジ、アミタケ、クロカワ、ショウゲンジ、ハツタケ、マイタケ、マスタケ、ニンギョウタケなど)を、山裾では、タラノメ、コシアブラなど有用植物を栽培する.マツタケ発生整備作業で除伐した粗朶・落葉などで優良堆肥を作り、畑や休耕田で、山野草や作物の有機栽培が可能である.徹底した循環農林業を実践するのも意味があろう


引用文献

1)安田喜憲.1998.森と文明の物語.ちくま新書.
2)田端英雄編著.1997.里山の自然.保育社.
3)Ohara, H. and M. Hamada. 1967. Disappearance of Bacteria from the Zone of Active Mycorrhizas inTricholoma matsutake(S. Ito et Imai) Singer. Nature. Vol.
213. 528-529.
4)井原俊一.1997.日本の美林.岩波書店.
5)吉村文彦.1994. 岩泉まつたけ研究所業績報告1993年度版
6)吉村文彦.2003.土壌微生物社会における拮抗と協同-マツタケのシロの例-
 土壌微生物生態学.朝倉書店.

参考図書
吉村文彦.2004.ここまで来た! まつたけ栽培 (株)トロント発行(03-3408-1521)
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まつたけ十字軍運動NEWSLETTER232 号

2007年08月23日 |  マツタケの林地栽培 
マ ツ タ ケ 考―1―


はじめに
マツタケがいつから日本に発生していたのかはっきりしない.キノコについては日本書紀(720年成立)に、茸(タケ、クサビラ)のことが記されているが、たとえばヒラタケなどなどかマツタケなどであるのか、今では知るよしがない.

マツタケを好む民族は日本人.やはりマツタケの産地である韓国では慶州(Gyeongju)の人はマツタケを好むといわれるが他は興味を示さない.中国の雲南では、キノコ炒めに利用される.ヨーロッパ、アメリカ人、アフリカ人も香りを嫌うようだ.
しかし、今は、各地の日系人や在住日本人が松茸に特別な気持を抱いて探し求めたことによって、結構現地の人たちも食べるようになっているも事実である.

マツタケの産地は、日本、朝鮮半島、中国、ブータン、トルコ,モロッコ、アルジェリア、スペイン、スゥエーデン、フィンランド、北米大陸などである.
マツタケの宿主は日本においては、アカマツ、クロマツ、ハイマツ、エゾマツ、ツガ,コメツガ、ヒメコマツなどであるが、台湾ではタイワンアカマツやタイワンツガ、朝鮮半島ではアカマツやチョウセンゴヨウ、アメリカではダグラスファー、ツガの仲間やコントルタマツ、地中海沿岸ではレバノンスギ、ヨーロッパではマツの仲間である.そのほか、広葉樹をホストにするマツタケが日本にもある(森の生態史:古今書院).

日本では、まつ-たけと言うように松と茸という両生物をセットで考えている.(英語圏ではMatsutake Fungi とかMatsutake Mushroomと表現:学名はTricholoma matsutake (S. Ito et Imai) Sing.マツタケの生活史は、アカマツなど宿主(寄主)になるマツ科の植物がないと完結しない.マツタケには適切なホストが必要であるが、その逆は成り立たない.すなわち、アカマツはマツタケを必ずしも必要としない.アカマツのパートナーは、それをホストとするマツタケモドキ、シメジ類、テングタケの仲間、イグチ類、クロカワなど多種多様のキノコのどれでもいいらしい.

アカマツは西暦500年頃に増える
日本で、マツタケの生産量の多い宿主はアカマツであり、日本のマツタケはアカマツの存在抜きには考えにくい.
花粉分析によると、日本にマツ属の花粉が急増した時期は、500年頃と考えられている(長野県野尻湖、大阪府羽曳野市(1)).奈良時代になると、照葉樹林の活用が激しさを増し、アカマツ林が、内陸の山の尾根筋に侵入したであろう.その林に、マツタケは発生し、まつたけ狩りの様子が万葉集にうかがえる(高松のこの峰もせに笠立ててみち盛りたる秋の香のよさ.万葉集2233 巻第十秋 雑歌).
平安時代にもなると、飛躍的に人口が増加し、寺院や住居、道具のための材や毎日の薪・柴や肥料としての刈敷や落ち葉などの需要も多くなった.そのために、平安京周辺の原生林が破壊されアカマツが都周辺にも登場し、マツタケも増えてきた.しかし、当時の平安京周辺の山には、ほとんど木がなく、公家達も入浴がこの上ない贅沢であったことから見ると、マツタケの発生量は少ないだろう.

平安末期~室町時代になると、天皇や公家がまつたけ狩りを楽しみ、盛んに贈答しあっている(三条実房 愚昧記; 藤原定家 明月記).徒然草(吉田兼好、14世紀の初め)に、「こい、きじ、松茸などは御湯殿の上にかかりたるもくるしからず、その外は心うきことなり」とあって、マツタケが高級食材であることがうかがえる.いま、外国産が大量に輸入されいるが、国内産まつたけの商品価値が下がらないという不思議な食べ物は他にない.
関白近衛政家公は、「1467年9月28日宇治に行って椎の実を拾わせてまつたけをとったが、大層面白かった」.一献かたむけて夕方帰参した」とある.応仁の乱の最中である、いつの世も実際に戦うのは「庶民」ばかりなのか.10月11日にも紅葉狩りに出かけて「余以外みな泥酔.正体も無く前後覚えなし(後法興院日記)」とある.

秀吉も伏見の稲荷山でまつたけ狩りを大いに楽しんでいる(翁草).江戸時代も、“下郎の口にはかなわない”しろものであったが、京都の錦小路にまつたけの市がたち、町衆が買っていたようである(本朝文鑑、支考編).与謝蕪村に言わせると “松茸や食ふにもおしい遣るもおし”いものであったようだ.

明治以後の砂防工事によって、はげ山からマツ林が復活し (千葉徳爾;はげ山の研究)、生産量が増えたであろう.時代が下がって、昭和10-20年代には、マツタケが「蹴飛ばすほど生えた」とか言われたが、昭和16年(1941)の12,222tの生産量を最高に、昭和35年(1960)頃からその生産量が減少している.2000年代の生産量(92t/年)は、1930年代(7582t/年)の82分の1である.

全国的なアカマツの枯損
全国のアカマツ林も、昭和30年代までは元気だったが、今は、放置されて、アカマツは林の構成樹種との競争に喘いでいる.それに追い討ちを掛けるように、マツノザイセンチュウ病によるアカマツの枯損が激しい.

その被害は,太平洋側では岩手県南部まで、日本海側では青森県を窺うところまで進んでいる.現在の国産マツタケ主産地は、中国地域であるが、このままでは近い将来、長野県・岩手県にその主産地が移る可能性がある.
しかし、被害激甚地でも、アカマツ林の復活が見られるので、今後のアカマツ林の手入れが望まれるところである.中国地域や京都府郡部や石川県珠洲市にもアカマツの枯損が激しい地域だが、アカマツ林に手を入れることによって枯損をまぬかれた美林がある(2).これは大きな教訓である.

岩手県岩泉町のアカマツ林の例
東北地域にアカマツ林が広がるのは、江戸時代後半から明治に入ってからだそうである(1).大正初めの盛岡の絵地図を見ると、山の上はアカマツで、麓にはスギがある.
現在、岩泉町の面積は、約1000km2で、その93%を森林が占める.アカマツ林は、天然アカマツ林(5,000ha)と人工アカマツ林(13,000ha)で構成され、岩泉町の森林の19%(除く国有林:5000ha)にあたる.

岩泉町は昔、たたら式製鉄(鉄1tをつくるために、木炭14t=薪50tが必要)、林業や炭焼きあるいは牧畜が盛んだった.炭を焼くために莫大な樹木を切ったであろうし、もちろん、農用林や薪炭生産林としての利用も比較的最近までなされていた.少なくとも昭和30年代初めの頃まで、岩泉町のアカマツ林面積は今よりも大きく、生長量も森林機能もより大であったと想像される.もちろん,マツタケの発生量は,今と比べて比較できないほど多いはずである.ただ,輸送手段に事欠いたと言われる.

しかし,マツノザイセンチュウの害は無いが,多くのアカマツ林は適当な手入れがなされてないため、林内の立木密度が徐々に増え、林内は薄暗く、湿潤になり過ぎ、腐植層の堆積も多い.アカマツ林として維持されにくい環境にある.このままでは、ここでも、アカマツは無くなることになる.

アカマツ林は放置されると無くなる
アカマツ林は遷移林(2次林)であり、人の手が入らず放置されると、その土地のクライマックス林にとって代わられる運命にある.西日本では照葉樹林に、東北地域ではブナ林やミズナラ林に必ず遷移することを意味する.

放置されたアカマツ林内は、広葉樹の立木密度が増加してうす暗く、地表に落葉や腐植が堆積し、アカマツ林土壌は富栄養化する.このようなアカマツ林土壌には、乾燥土壌とは異なる微生物が多くなり、微生物との競争に弱いマツタケは生活しなくなる.もちろん、他の菌根性のキノコの発生も少なくなるし、発生する種が交代する.

また、腐植層が堆積し過ぎると、アカマツの細根が腐植層に伸長し、褐色森林土壌中に細根が少なくなる.また、夏期の少雨期に、腐植層は極端に乾燥するため、アカマツは水分ストレスで樹勢が弱る.マツタケは褐色森林土壌内部(深さ30cmくらいまで)に生活するキノコであり、腐植層のなかでは生活できない.

菌根性のキノコは樹木の生長に大きな役割を持っているがそれを期待できなくなる.ガラス容器内で、菌根性のキノコを感染させないと,樹木の苗の生長が明確に悪くなる.放置林ではいわゆる森林機能も落ち、病気にも弱くなってくる.

人がマツタケの発生を減らした
マツタケ生産量激減の原因は、高度経済成長による私達の生活や農業や林業の大きな変化=近代化にある.開発による生息地の減少とアカマツ林の放置による生息地の変質である.

昔、前述のように、人は、材木や炭の材を得るために、また、毎日の煮焚き物用の薪や柴をあるいは緑肥を採取するために、森や林を活用したのである.これによって山を、健全に維持し続け、常に生長する林をつくりあげてきたといえる(里山林(2)).

言い換えれば、以前は山菜やきのこが生える山に山を育てておいて(栽培)、それらを採りに出かけたのである.人は,山菜やキノコを山に繁殖させることが山づくりに繋がることを理解していたのであろうか.

その里山も宅地やゴルフ場に転用され、また,アカマツはパルプ材になった.アカマツ林面積が減少したこともマツタケ発生量の減少の原因のひとつである.今は、山菜やきのこを採るためにだけ人は山に入る.
森林を放置しておよそ50年になるが、最近、樹木の生長を助ける様々なキノコの発生量が減っている.山を活用しなくなったために,菌根性のキノコが生育できない土壌条件になっているのである.

富栄養化したアカマツ林土壌には、糸状菌、細菌、放線菌やそれらをエサとするセンチュウなどの微生物数がマツタケの発生するアカマツ林土壌のそれと比べると非常に多くなっている(5).このことは微生物との競争に弱いマツタケにとって致命的なことである.当然のことながら、そんな林には、マツタケの発生は見られないし、発生林にあっても生産量が減少する.

従って、最近の森林は疲弊し、公益的森林機能も不充分で多様な生物の生活を許さない場となっている.アカマツ林に続いて、ナラ類・シイ・カシ林が、日本海沿岸で異常に枯れ始め,紀伊半島にまでおよんでいる.まず、キノコの生えない森林となり、やがて樹木が枯死する.カシノナガキクイムシの運ぶナラ菌が原因であるようだ.これは、自然の警鐘と受けとめるべきだろう.

この警鐘を軽視したりおろそかにすると、人類は自然から手痛い反撃を食らうことになりはせぬか.人は、森林をキノコが生えない森林にしておき、「キノコが生えない」と嘆いている.滑稽な話ではある.
生き物にとって、山に緑があれば良いと言うものではない、質の良い緑が必要なのである.

マツタケやアカマツの生理生態
マツタケとホストとの共生関係
マツタケはカビの仲間で、カビは、その生活様式などから腐生性や菌根性や病原性のものに分けることができる.マツタケは腐生性のカビから進化したと考えられ、腐生性のシイタケ、エノキタケ、ヒラタケやエリンギ、マイタケのように生物遺体を分解する酵素を欠いている菌根菌の仲間である.

菌根菌は生きた植物(宿主あるいは寄主)の1mm未満の細根に感染し、光合成産物である糖類を宿主から摂取する.逆に宿主は菌根を介して土壌中の水やミネラル類を受け取る.マツタケは菌根になると、抗生効果のある物質を分泌し、土壌微生物の攻撃から自らや根を守る.また、アカマツの細根を菌糸マットで覆い根の乾燥を防いでいる.

マツタケにとってはアカマツのようなホストが、アカマツにとってはマツタケのような菌根菌が、それぞれの生物が、生き残るために獲得した戦略的パートナーなのである.
菌根菌は,同種あるいは異種植物同士の物質の移動の仲立ちもする.アカマツ林を構成する樹種間に菌根菌の菌糸マットが仲立ちしたネットワークが林内に形成され「情報の伝達」があることが最近わかってきた.

マツタケの生理
実験室でHamada培地(グルコース10.0g、エビオス5.0g、pH=5に1N-HClで調整)あるいは無機培地としてはグルコースやフルクトース、酒石酸アンモニューム、ミネラル類、アミノ酸やビタミンB類などの栄養物でマツタケ菌糸を培養することは可能である(pH=5.0前後、生長至適温度 23-24℃).

その菌糸生長は他のカビやキノコと比べて非常に遅い(マツタケの菌糸の生長:平均0.3-0.5mm/day: ミトコンドリアが少ない).青カビなどの1/100、シイタケの1/20の生長スピードでしかない.
感染のメカニズム、また、栄養生長から生殖生長へ切り替わるメカニズムが温度要因を除いて不明であるなどのために、オガクズなどでマツタケを栽培することは不可能である.

胞子発芽-2次菌糸
マツタケは外生菌根菌で大型のキノコ(子実体)を形成するカビの仲間である.マツタケのヴェールが破れると、ヒダから胞子(レモン状、4-7×5-9μm)が飛散し、林床に落ちる.
1本のマツタケ子実体から数百億の胞子が落ちるが、その発芽率は1%をかなり下回っている.実験室で発芽率を高める物質として、酪酸や松葉の抽出液の添加が有効であることが解かっているが実用化は疑問である.

厚い落葉や腐植層の上に落ちた胞子は、そこを住み家にする細菌や糸状菌や小動物との競争を強いられたり、それらの攻撃にであう.その攻撃を逃れた胞子は温度と水分が適切なら発芽し1次(核)菌糸になる.

次いで、互いに親和性のある1次菌糸どうしが運良く接合すると、1つの菌糸細胞に核が2つ存在する2次(核)菌糸ができる.ここにいたって、はじめてアカマツ細根に感染する力を持つ.

感染-菌根形成
この2次菌糸はさらに運が良いと、先住者のカビがいない空き家のアカマツ細根に出会う.すると、これに感染し菌套を形成.その後、細胞間隙に侵入、菌根となる.マツタケの場合は、外生菌根いわれる.

菌根になるとホルモンを分泌し、アカマツの細根はテングス状に枝分かれし、根の吸収面積が飛躍的に増える.マツタケは周りに細い根があればそれにどんどん感染、菌根をつくる.

マツタケは菌根を介し、アカマツと物質をやり取りしている.マツタケは光合成産物である糖類をアカマツから摂取し、土壌中のミネラル類をアカマツに渡している.植物間の物質移動の仲立ちについては前述のとおりである.

実験室の感染テストでは、肥沃土壌で育てたアカマツは、まつたけの感染を拒否する傾向にある.マツタケのような菌根性のキノコが感染しないと、ホストは病気に弱くなることがわかっている.
土壌が肥えてくると、アカマツの細根形成が悪くなり、また、光合成産物を自らの生長に利用し、マツタケに与えないようである.アカマツ林の尾根筋は肥沃化しにくく、乾燥気味でマツタケ栽培に適している.                   次に続く
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まつたけ十字軍運動NEWSLETTER-231号-

2007年08月21日 |  マツタケの林地栽培 
朝早くから薪割りをするメンバー達




京まつたけ復活・里山再生
第104回(8月21日)活動報告
 
 お盆や地域の地蔵盆といった行事も済んで、10日振りの活動日となった.気象庁の予報では、気温は高いが曇りベースと聞いて、先週までの猛暑は無いだろうと期待し、出かけた.
 午前10時から午後4時までの京都気象台のデータは、31.4-34.1℃、西南西の風2-5m/s(7.2-18Km/時)、相対湿度44-58%、日照時間は0.2-0.6時間という結果である.曇りベースは的中と褒めるべきか.

 今日の参加者(敬称略)は、前田、周田、加藤、小吹、有山、中村(伸)と林太郎、中野、林屋、北村、阿閉夫妻、三輪、鎌田、榎本、中廣、村上、岡阪、安永、松川、宮崎、橋本(敏)、ツトムチャン、斉藤、玉城、大島、井上、まりこ、石原、小林、猫田、井村(冷たい紅茶とコ―フィーとケーキを持参)と筆者の33名.

 参加者の活躍振りをNIKON写真集で見ると、彼らには熱中症もより付かないような動きである.岩倉香川山に到着したのは、午前10時15分頃である.既に薪割りが始まっている(6777).
橋本さんは、香川山の補整手入れを始めている(6778).お陰で、皆伐区に随分とアカマツの苗が姿を見せ始めている(6793).この斜面は、母岩が露出する痩地だが、5年も経てば、僕たちの背丈を越えているだろう.

阿閉(眞)さんは、昼食の準備をしながら、畑で野菜の収穫に余念がない(阿閉仁、小林、阿閉眞、6780,6784).有山さんは、堆肥のチェックをしている(6781).大島さんは周辺の草刈りをしている(6782、6794).

 中野さんが、岩倉で使えそうなものを大量に持ち込み、北村さんと二人で披露してくれる(6785).テント用にと新しいブルーシートが届いた.これには京都市の景観保全課も真っ青!かな.

 食事の準備が進む(6786,6787,6788、6796,6797).林太郎君は、昨日の学校の宿題こなしで疲れているが、親子でせっせと薪割りをこなす(6789,6791).

食事はまだかいな? 澤田山で、きつ~い作業をやってきたんだぞと談笑中(6799).

 先ほど収穫した野菜に薄く衣を付けて揚げている猫田さん(6801).何に化けるのだろう.加藤さん、三輪さんがその結果を取り分けている(6802).中華風の、夏の絶品といえるかな.北海道沖で採れた今年のサンマ、ここの野菜がたっぷり入った冷や汁.枝豆入りのご飯(6805)にまりこさん持参の梅干し.
 
長年、「俺は仕事が命」と、連れあいの家事など、見向きもしなかった団塊のちょい先輩達の皆さん!食事当番をこなす貴兄の連れあいに、感謝を申し上げて下さい.
『あなたに、心で、百万本のバラを携え、百万遍のありがとう!』を唱えていると.
 
昼からは、お茶に肥料を与える林屋さん(6806)、後片付けをする女性陣を残して(6808,6809,6810)、澤田山の後片付けに出かける.残って,麦の掃除をする井上さん(6807).ツトムチャン運転で除間伐材が到着(6811).そのトラックに乗って、澤田山に出かける.

 写真6812に見られるように、随分な量の材が下ろされている.有山さんは、束ねた粗朶を斜面を走りながら、下ろしている(6813).この痩せた男のエネルギーと根性はどこから生まれるのか? 興味がある.

皆さんは、斜面の上から材などを下ろしている(6814).阿閉さんが、架かり樹の処理をしている(6815).この男達に任せておけば、山は、きっと綺麗に再生されると思える.
 しかし、この暑さの中での作業はきつい.ご存じだろうが、3Kと呼ばれる作業なのである.

いま、玉城山班の応援を得て、澤田山の後片付けに取り組んでいる皆さん!
以下の方法で作業を続けます.守って下さい.
1)写真6816と6817の空き地に、小枝を払った粗朶を集積する.見栄え良くですぞ!!
2)マツノザイセンチュウ被害木は、原則として香川山に運び焼却.
3)春から澤田山班が伐開している谷筋に木馬道を造る.
4)残る大中径木は、運び易い長さにチェーンソーで切り、そこを下ろす.
5)このハイキングコースに、地元の小学生が、「ハイカーに自然を大切に」と看板を出している.里山を守ることは、樹を伐らないことでは無いことを教えよう!
 
<皆さんの活動の様子を見る>
それらを覗くにはパスワードが必要.
Bookmark中のまつたけ十字軍運動写真集(Nikon)をクリックすると、ニコンオンライン写真集の画面に飛ぶ.その画面の右上にパスを入れるところがある.そこに10ji(半角英数)を入れる. これでOK. スライドショウが見やすい.

もう一つ、まつたけ十字軍運動活動風景(Yahoo)をクリック.Yahoo Japan のフォトに入る. IDはmatsutake40, パスワードは10jidesu(読みは<10字です>すべて、半角英数).フォトアルバム内の「アルバムを見る」をクリック.画面が変わり、“まつたけ十字軍”の文字をクリックでOK.両者とも必要な写真は、右クリックで保存下さい.


<お知らせ> 
次回の活動日には、岩手県での“まつたけ狩り”に参加する人を10名に絞ります.参加してみたい方は、来週には、意思表示をお願いします(猫田さんまで).この頃は、全山の紅葉がすこぶる美しい.
Ⅰ)岩手県久慈市里山づくりとマツタケ山視察並びに洋野町大野高校収穫祭の参加者募集
 9月29日(土)移動日  久慈着
       市内 ビジネスホテル 泊 
   30日(日)  マツタケの講話
       昼食を挟んで市民ボランテイアと里山整備
       終了後 山形町へ移動
       内間木ビジターセンター 泊
 10月1日(月)まつたけ山 現地視察
 10月2日(火)久慈平岳にてマツタケ狩り 大野高校収穫祭 
 10月3日(水)移動日 帰京

<メール便り>
1)京都府京都林務事務所 林務課 主幹  上萩 寛さんから
毎日暑い日が続きますが、皆さん元気にまつたけ林の再生に取り組まれている様子で、頭が下がります。
さて、今年もクマの出没があちこちであるのですが、昨日実相院の北側で蜂蜜目当てのクマが目撃されました。
活動場所と近いこともあり、また作業ステーションに食べ物等が保管されている場合には誘引することも考えられますので、念のため御連絡します。
たくさんで活動されている場合には危険はないと思いますが、単独での行動には気を付けていただければと思います。

2)洞口和夫(朝日の記者を退職し、地元紙の記者)さんから
汗いっぱい流しながら作業する姿を思い浮かべています。振り返れば、98年8月、岩泉の山中に入り、初めてマツタ狩りしたことが懐かしい限りです。想像以上の急傾斜、熊の警戒。何本か盆マツタケを見つけたときの喜び。
しかし、秋はマツタケが不作。吉村さんの研究所を取材しました。あれから9年。昨年は岩泉、田野畑は大不作。今年はどうなるのでしょう。9月には田野畑へ行く予定です。
 

 
寄付等の振込先: 氏名: まつたけ十字軍 代表 吉村文彦
銀行名: 京都銀行 山科中央支店
口座No.: 普通預金 3698173 


主 催 団 体
吉村 文彦(マツタケ生態学者)
まつたけ十字軍運動 本部(http://blog.goo.ne.jp/npoiroem/)    
〒607-8421 京都市山科区御陵岡ノ西町38-27、 075-581-8932, 090-6227-4305
大月 健(代表)
京都大学マツタケ研究会(京都大学農学部図書室気付、大月 健 090-4280-3334)

共 催 団 体
NPO国際環境微生物応用研究機構、香川理化学研究所、NPO市民環境研究所
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まつたけ十字軍運動NEWSLETTER-230(メール便りの追加)-

2007年08月18日 |  マツタケの林地栽培 
京都府宇治田原町マツタケ研究会のフィールド

京まつたけ復活・里山再生



第104回(8月21日) 開催のお知らせ

 雨の日などは、活動は中止すべきなのだろうが、山や畑や田んぼの見回りに、また、いわゆる獣害対策に、あるいは、栽培している植物は、人間の都合でなく実を付ける、それらは捨てさるのではなく、ありがたく収穫するのが栽培者の努めでもあるということで、天候に左右されずにメンバーが集まる.
といっても、伝統的行事がある盆と正月くらいは、休んでもいいだろうと活動を休止しているが、きっと、多くの方は、何やかやと「作業」を継続されたであろう.

さぁー、活動の再開です.東北では、この“涼しさ”で、マツタケも出始めるのでないだろうか?早すぎる発生には、色々問題があって、秋本番の発生に影響がないように願うものである.
今年の京都では、マツタケ取りの名人が、まつたけ十字軍のメンバーなのだが、長年のマツタケ採取のデータから、今年は豊作予報を立てている.しかし、異常気象による発生の高温障害が心配される.そんな意味で、京都宇治田原町のマツタケ研究会が、初発生前後にマツタケ山に撒水を計画している.結果が楽しみだ.

開 催 要 項
京まつたけ復活・里山再生「まつたけ十字軍運動」は、生物の多様性上危機に瀕する里山をマツタケの生活するアカマツ林に戻すことが目的である.山-川-畑・水田(-海)のつながりを重視した様々な取り組みを実践する.中身は参加者の皆さんが創り上げることを前提としている.参加者の数だけ面白いことがあると自負している.

1)実施日:2007年8月21日(火)
2)集合時刻:午前10時30分.但し朝10時頃から活動は開始されている.

3)集合場所:
京都バス 岩倉村松集会所前.初めての方は要連絡(連絡先は下記)あるいは京都市左京区岩倉村松町現地アカマツ林(岩倉村松行き京都バス終点「村松」から徒歩6分).

4)アクセス:
京都バスの岩倉村松行きに乗車:JR京都駅七条口から(60分、バス停「C 6」番)、阪急京都線四条河原町駅から(40分、四条河原町交差点北へ上ル東側)、京阪本線出町柳から(30分、加茂大橋東詰め北へ上ル西側、京都地下鉄烏丸線国際会館から(15分、バスターミナル1)
(市営地下鉄はJR京都駅・烏丸御池・国際会館などに停車)

5)服装等:山で軽作業できる服装.運動靴か長靴か地下足袋.傘かレインコート、タオル. 

6)持参するもの:
ノコ・ナタなど持参(あれば).昼食は皆で創るので、MY皿と椀と箸、コップ.料理の持ち帰り容器など、飲料水(お茶があるので水筒).食材費(実費、通常300円くらい)は徴収.

参加費は無料.資格も問わない.参加時間も自由.傷害保険等は各自加入のこと. 食事用具の後片付けは各自がする.ゴミ等は各自持ち帰り願います.京都府南部の降水確率(午前7時)が60%以上の日は、原則的には活動は中止にしています.しかし、山や畑にも、雨の日には雨の、雪の日には雪の景色があるといって、皆さん出てこられています.


<本日の作業予定>
 東日本と北日本は、秋の気配が出てきましたが、西日本は、まだ“亜熱帯”気候である.熱中症が心配される.人目を憚ることなく、適度の休みと水分補給をすることが参加者の「努め」である.

1)澤田山で、除間伐材の運び出し作業に注力します.その体積が大きいので、玉城山班や香川山BCで活動する参加者もこの作業にご協力をお願いします.
山の斜面に、粗朶などを流されないように集めて,固定します.軽トラックの応援もお願いします.材ごと、材の径ごとに、まとめて集積地へ運びます.今年枯れたザイセンチュウ被害木は焼却.
2)田んぼの世話

<お知らせ>
1)8月24日 鹿背山で第14回里山産業創造ワークショップ.午前9時30分 峠道の入り口集合. 問い合わせは田中氏(0774-73-2708)

2)岩手県久慈市里山づくりとマツタケ山視察並びに洋野町大野高校収穫祭の参加者募集(問い合わせは猫田さんまで)
9月29日(土) 移動日  久慈着
       市内 ビジネスホテル 泊 
30日(日)  マツタケの講話
       昼食を挟んで市民ボランテイアと里山整備
       終了後 山形町へ移動
        内間木ビジターセンター 泊
 10月1日(月)  まつたけ山 現地視察
 10月2日(火) 久慈平岳にてマツタケ狩り 大野高校収穫祭 
 10月3日(水) 移動日 帰京


<メール便り> どんどんお寄せください!

1)田中耕司さんから
 いつもNLを送っていただきありがとうございます。一方通行で、こちらからは何のレスポンスもできませんが、NLにはできるだけ目を通しています。
先週末から雲南昆明での会議に出席してきました。マッタケではなくて国連大学の共同研究のワークショップでしたが、昨日帰国して、あらためて京都の酷暑を認識しています。昆明はさすがに高原地帯で、涼しく、ジャケットを終日羽織っているほどでした。
お盆返上で、来年度概算要求の資料を作成しています。ヒアリングが来週にあるため、帰国後すぐに大わらわという状態です。

2)Ayako Kanzakiさんから
 本当に暑いですね。一雨も二雨も欲しいところです。猛暑もどこへやら、という感じのいつものお元気はつらつのお姿を保ってください。
マツタケならぬイチジク、山椒、月桂樹、椿十字軍であちらこちらへ出かけて枝打ち、下草整理お手伝いに精出しています。暑いときにはより暑く過ごすのも良いかも、ということで、、、本物のマツタケ十字軍の皆様のお働きには遠く及びませんが。
先日の猛暑日の皆様のお働きも本当に素晴らしいものがあり感動しました。夏の暑さも冬の寒さもあのようにして過ごしてこられたのですね。そしてこれからも協力して保全に尽くされるのですね。頭がさがります。見事な青竹そうめん流し、、、お昼のご用意もすごいですね。

3)中居直枝さんから
 残暑お見舞い申しあげます。ほんとうに、毎日暑い日が続いています。十字軍活動、お疲れ様です。今年は"猛暑日"という言い方をするそうですね!テレビから流れてくるだけで、汗が噴き出しそうです。ヘルパー活動もお盆で田舎に帰られるヘルパーさんの代理で少々バテています。忘れられない内に参加したく想います。どうぞ冷たいものの食べ過ぎ飲みすぎにはご注意くださいませ!
まつたけ十字軍の皆様暑さ対策を充分なさって、頑張ってください、*(^。^)*


8-9月の活動日
第105回活動日2007年8月31日(金)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分
第106回活動日2007年9月07日(金)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分
第107回活動日2007年9月13日(木)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分
第108回活動日2007年9月21日(金)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分
第109回活動日2007年9月29日(土)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分


寄付等の振込先: 氏名: まつたけ十字軍 代表 吉村文彦
                銀行名: 京都銀行 山科中央支店
               口座No.: 普通預金 3698173 

主 催 団 体
吉村 文彦(マツタケ生態学者)
まつたけ十字軍運動 本部(http://blog.goo.ne.jp/npoiroem)    
〒607-8421 京都市山科区御陵岡ノ西町38-27、 075-581-8932, 090-6227-4305
大月 健(代表)
京都大学マツタケ研究会(京都大学農学部図書室気付、大月 健 090-4280-3334)

共 催 団 体
NPO国際環境微生物応用研究機構、香川理化学研究所、NPO市民環境研究所
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まつたけ十字軍運動NEWSLETTER-229(写真変更)号-

2007年08月15日 |  マツタケの林地栽培 
103回活動に、参加した子供達とお母さん






まつたけ十字軍運動はなにをするのか?
-結成2周年を記念して-

私たちは、何故山づくりをするのか?
 私たちの活動の場-岩倉-は、いわゆる里地里山と呼ばれるエリアの、林業用地として利用・活用されてきた山林で、典型的な里山と呼ばれる生態系である.昔、健全なアカマツ林で京(みやこ)まつたけの生産地であったが、生活の近代化によって、林が利用されずに放棄され、アカマツ樹勢は衰えた.そこへ追い打ちを掛けるようにマツノザイセンチュウ病がやってきた.被害は激甚で、その処置もままならず、荒れ放題となっている.この生態系をこのまま放置することは生物の多様性の保全上、また、京都の景観上も由々しき問題では無いかと考えている.

 昭和45年頃から始まる高度経済成長下で、農業の変貌や林業の衰退が著しく、里山も価値のない林と考えられ利用されなくなった(1).初期には、「山の緑が豊かになり、樹を伐らないことは良いこと」と考えられたが、昭和65年頃になると「緑豊かで貧弱な生物相」であることが問題になり、今では、環境省のレッドデータブック記載の絶滅危惧種の50%強に当たる生物の生息域は里地里山であることが判明している.国際環境NGOコンサベーション インターナショナルが、「地球規模での生物多様性が高いにもかかわらず、破壊の危機に瀕している地域(ホットスポット)」に日本列島を指定している.里山も、生物の多様性を守る上で、可及的速やかに対策をすべき生態系であろう.

 森林をその成立過程で分けると、原生的な森林、里山林と人工林の三つに区別できる.原生的森林は森林を維持する能力を生来的に内包している生態系である.ある意味では、放置も妥当なエリアであろう.里山林は、原生林に人の激しい働きかけの結果生み出された生態系で、その保全には何らかの人の働きかけが必要である.人工林は材の生産を目的とする林で、人が保育活動を施さねばならない生態系である.

 森林の再生を目的とする活動において、原生的森林や人工林のケースでは望ましい林相が誰にでも分かるが、いわゆる里山においては日本人に共通の林相イメージを欠いている.これが里山再生運動に一定の混乱と停滞を生じせしめている.
 岩倉で活動の場となる林は、京まつたけの生産地であったアカマツ林を中心とする里山である特徴を生かした自然再生方法を取ることが望ましい.すなわち、自然再生推進法第二条に見られるように「過去に損なわれた生態系その他の自然環境を取り戻す」ことである(2).
 従って、山林を、マツタケの生活するアカマツ林を中心とする里山に再生する事業を実施するものである.山と畑・水田と川と海という一連の生態系を重視し、山で生まれる有機物(バイオマス)などを山-畑・水田-川(海)と言う循環系で徹底して活用する.
 事業母体は、団塊の世代と学生を中心に組織されたまつたけ十字軍運動のメンバーと岩倉地域住民によるボランティア活動である.全国的にもマツタケの増産と里山再生を組織の課題にしている団体はここだけである(3).

 この市民運動は、見学者もマスメディアの取り上げも増え、山主である林家も行政も、私たちの運動を理解し、新たな活動の場を提供下さる状況が生まれつつある.また、この運動が全国的な広がりも見せている.私たちの運動が評価されている証であろう.

岩倉の林の現況
 東山はシイ林に置き換わりつつあるが、ここは、それとは異なった遷移を呈している.尾根筋や斜面上部はアカマツを中心とする林であったが、マツノザイセンチュウ枯損木の放置とカシ類、ソヨゴ、ヒサカキなど常緑広葉樹が増加を見せている.下層植生は減少してきているが、まだ、林内は人が歩けないほど密度が高い.また、林床には5~20cmほどの腐植層が堆積していて土壌の富栄養化が著しい.そのため、マツタケが生活出来ない土壌に変化している.菌根性キノコ(マツタケ)とホスト(アカマツ)の共生関係が断ち切られている.中腹以下は、植林されたヒノキのエスケープが優占していて、その生長も悪いが、林床に陽が差し込まなくなってきている.

 全山ともに林床は日照不足を来たし、植物相が貧弱になってきていて、生物の多様性の保全と逆行する現象が見られる.
また、シカ、サルなどによる畑作物や樹木の新芽、樹皮等の食害が多いことも、今後新たな問題となってくるだろう.

作業方法と目標
 基本的には、菌根性キノコとホストがそれらの共生関係を発揮しそして維持され、環境の変化に強い里山林を造り出すことが目的となる.
当該林では、アカマツとマツタケが生活する林として復活させるために、マツタケ発生環境整備作業を実施する(4).また,新しい概念のマツタケ感染実生苗の移植を試みる(4).

 里山の整備には、必ず大量の除間伐材、粗朶、落葉、腐植層など有機物が生まれる.しかし、現在、その処置方法に様々な矛盾が生じている.全国的に見ても、それらを放置しているからだ.
 我々は、森林有機物を一定の保管地に搬出した後、センチュウ病害木は、必ず焼却する.その跡地には植物が生息するので二酸化炭素の収支は問題がないと考えられる.他の材は、石窯の燃料源や炊飯に供する.その他の植物残渣は炭にしたり、チップ化して堆肥とする.それを畑と水田に利用して、循環式農林業のモデルとする.

1)マツタケ発生アカマツ林の場合
手入れは、ゆっくりと環境の変化を与えたが良いので、ここでは5年計画で作業を終える.マツタケの発生位置は正しく知っておく必要がある.

初年度:腐植層は、シロの外側50cmは地面からの厚み3cmを残して、その上の層を林外に出す.ただし、近辺にマツタケのシロのない所はマツタケ未発生林作業と同様に堆積した腐植層を完全に掻き出す.

2年度:大径木(株元直径5cm以上)の広葉樹を根元から伐り、小さく切って林外に出す.

3年度:残った中小径木の広葉樹は、1m2に、3-5本程度残す. 他は根元から伐り林外へ搬出する.

4年度:膝頭より低い潅木は根元から伐り、草本類は引き抜き、すべて林外へ搬出.

5年度:アカマツは枯死木や病害木や被圧木だけを地際から伐り、小さくして林外へ搬出.他のアカマツは残す.

2)マツタケ発生終了アカマツ林の場合
①植生の調節
  植物の密度の適正化:アカマツがほぼ無くなり、他の樹種が優占している場合には、林床の浸食が起こらない場合に限定されるが、択伐もしくはパッチワーク状に皆伐することもある.
この作業は落葉量の調節,土壌水分含量の増加に貢献.伐る樹種、残す樹種にとらわれる必要はないが、有用樹種は残す.作業時期にこだわる必要はない.除間伐材は必ずマツタケ適地外へ搬出しなければならない.
アカマツ:
 枯れ木,被圧木は地際から切る.他のアカマツは残す.
広葉樹:
 大径木 株元直径5cm以上の木は地際から切る.
 中小径木 直径2~5cmの木は密度を3-5 本/m2にする.
 潅木等 草本や潅木は、林床の浸食に注意しながら、地際から切ったり,根から抜く.
②土壌条件の適正化=落葉落枝層と腐植層の厚みの適正化(地かき).
地かきの強さは、褐色森林土壌が見える程度に実施する.
この作業は、以下の(a)-(c)の条件を改善.
(a)物理的要因 土壌の硬度,土壌構造や保水力の改善,根のB層への移行
を促進.
(b)化学的要因 有機物供給源の除去=富栄養状態の改善.
(c)微生物的要因 土壌微生物の質と量の改善=競争微生物や病原微生物の
 減少(5).
③翌年には必ず補整作業 萌芽枝の生長が盛んになるためにこれを行う.
④マツタケマットによる感染苗などの移植
上記の作業を実施後、アカマツ実生の発生とその生長を観察をしながら、マツタケの感染実験などを行う.
 最近は、実験室内で実生アカマツにマツタケを100%感染させられる.野外で移植実験したところ、毎年伸びたアカマツの根に新たなマツタケの菌根が形成されている(6、7).

将来の予想
 アカマツが比較的多く残っている林は、他の高層木が無くなり、アカマツの生長が良くなるため、昭和30年代のように、「パラソルを差したハイヒールの女性が歩けるアカマツ林」に再生できるだろう. 
また、皆伐に近い作業を施した地域では、5年もたつと人の背丈ほどのアカマツが群生してくる.アカマツの生長が大きく、30年も経つともとのアカマツ林に近くなってくる.アカマツの平均樹齢25年くらいで、その密度は約25本/100m2 に自然に調整される.
 言い換えれば、現在アカマツの生育適地と考えられる生態系は、昭和30年代のアカマツ林の景観に戻っていることは間違いない.

では、マツタケの発生については、どうなっているだろう.このことを理解するには、マツタケの生活する条件をよく知る必要がある(略).
 長年の、しかも各地での林づくりでは、マツタケが1本でも発生している林であるならば、手入れをすれば必ずマツタケの発生増が見られた.しかも年を追う毎に、「えっ! こんな所にもあんな所にも、出る.」という現象以外に見たことがない.
 マツタケが生活出来ない状態になっている林を、理想的に手入れしても、マツタケは決して戻ってこない.林相は昔通りになっているが、土壌の富栄養化が進んでいるためだ.
そのような林は、皆伐してアカマツ林を再生しているが、その結果は、正直言って分からない.というのは、近代的マツタケ学は、師匠である故濱田稔先生が興された.それは戦後のことである.そのことは、マツタケ学は実験・観察を一代のアカマツ林でしか行っていないことを示している.二代、三代・・・・と続くアカマツ林での実験・観察がないのである.   

 都が奈良から京都に移って、原生林がアカマツ林に置き換わり、マツタケが採れ始めるのに、文献上であるが120年の時間を必要としている.地上部の林相は、マツタケが足の踏み場もないほど採れた時代の様子に30年もすれば戻せるが、土壌が、マツタケの生活できる状態に戻るために必要な時間は、今のところ誰も分からないからだ.
 成功すれば、皆さんが、世界で初めての人である.

                                 2007年8月
                            まつたけ十字軍運動
                            代表 吉村 文彦


参考・引用文献
1)田端英雄編著 1997 里山の自然、保育社
2)自然再生推進法 第二条
3)吉村文彦 2006 里山再生とマツタケ増産をめざし、動き出したまつたけ十字軍運動 特産情報 1月号 pp.4-7
4)吉村文彦 2005 ここまで来た! まつたけ栽培、トロント
5)吉村文彦 2003 土壌微生物社会における拮抗と協同 二井 ・堀越編著 土壌微生物生態学 朝倉書店 pp.134-150
6)吉村文彦と津田 格 2005 里山保全とマツタケ増産の取り組み エコソフィア 16号 昭和堂 pp.22-27
7)吉村文彦 2005 マツタケ菌根の人為的形成 化学と生物 第43巻 5月号 pp.285-287  

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まつたけ十字軍運動NEWSLETTER228号(メール便り追加)

2007年08月12日 |  マツタケの林地栽培 
テント用のポールにヒノキを伐採.倒したい方向に引っ張るメンバー




京まつたけ復活・里山再生
第103回(8月11日)活動報告

 ブログの更新が遅れました.言い訳すると、活動終了後、友人と会っていたためですが、いつもお読み下さる方には申し訳ありませんでした.
 
さて、昨日の京都の気象台の気温は最高が14時に36.4℃、湿度35%を記録している.最近の活動日は、夏台風が日本に上陸した、しかも2つも、その日が活動日であったし、いつも雨を気にしていたように思う.

 ところが、今回は、雨を気にしないで済んだが、猛暑日である.こんな時には、夕立が欲しいと、ヒトは図々しい.

 参加者は、周田、橋本(敏)、三輪、ツトムチャン、玉城、榎本、村上、有山、川崎、前田、鎌田、越智、三品、小林、品部、倉貫、奥津、中廣、中川、神崎、森田、小川、阿閉夫妻、池内夫妻、岡阪、石原、松川、猫田夫妻、家村(横浜から:猫田さんの娘さん、ママ、紘平、佳祐、尚幸)、杉山、加藤、浅沼に筆者と撮影隊(5名)39人と5名.

 午前中は予定通り、食当をBCに残して、全員で、澤田山の除間伐材の下ろし作業を実施.午後は、気温が高いために、澤田山の作業は中止.香川山頂上付近(玉城氏山林部)の地掻とヒノキの大木を伐採した.結構な迫力で倒れる.これは、BCのテントのポールとなる予定.

 その活動風景を撮影し、インタビューがあって無事終わる.後ほど、DVDで内容を見ることが出来るとのこと.

 昼食は、この暑さなので流しソー麵と、五目飯に冷や汁、これは、鹿背山から戴いた野菜に、ここで収穫した野菜がたっぷり入っている.大変よろしいと評判.

 岡阪さんが、綾部で栽培している加茂なすを沢山持って来てくれた.3個200円で皆さんに購入いただいて、売り上げをそっくり活動費にカンパいただいた.食材費の残りと合わせて8500円になった.

三輪さんが、僕たちの稲の初出穂を確認.写真はNIKON写真集で見られます.
 
<皆さんの活動の様子を見る>
それらを覗くにはパスワードが必要.
Bookmark中のまつたけ十字軍運動写真集(Nikon)をクリックすると、ニコンオンライン写真集の画面に飛ぶ.その画面の右上にパスを入れるところがある.そこに10ji(半角英数)を入れる. これでOK. スライドショウが見やすい.
もう一つ、まつたけ十字軍運動活動風景(Yahoo)をクリック.Yahoo Japan のフォトに入る. IDはmatsutake40, パスワードは10jidesu(読みは<10字です>すべて、半角英数).フォトアルバム内の「アルバムを見る」をクリック.画面が変わり、“まつたけ十字軍”の文字をクリックでOK.両者とも必要な写真は、右クリックで保存下さい.


<お知らせ>
Ⅰ)岩手県久慈市里山づくりとマツタケ山視察並びに洋野町大野高校収穫祭の参加者募集
 9月29日(土)移動日  久慈着
       市内 ビジネスホテル 泊 
    30日(日)  マツタケの講話
       昼食を挟んで市民ボランテイアと里山整備
       終了後 山形町へ移動
       内間木ビジターセンター 泊
 10月1日(月)  まつたけ山 現地視察
 10月2日(火) 久慈平岳にてマツタケ狩り 大野高校収穫祭 
 10月3日(水) 移動日 帰京



<メール便り>
1)井村 素子さんから
今日も暑そうですね。
今朝町内の神社大掃除の日です。
奥津さんが誘ってくださったのに残念です。
暑さ厳しそうな一日、気をつけてください。
皆様にお会いできず残念です。
又の機会楽しみにします。

2)玉城さんから三輪さんの写真の正体について
ちょっと一言私の感じを云いますと、三輪君の稲穂の観察眼は良く分りましたが・・・・。
 あれは種籾の中に早生種が混ざってしまってた物で、我々の稲は未だ出てません。我々の稲は中手の物ですから今月末から来月にかけて穂の付く芯が出だす筈です。本番は一斉に今の様な稲穂が出ますから、もう少し待ってやって下さい。最近は中手が多いので回りの田圃も一斉になるでしょう!

3)黒田さんから焼き畑の見学においでください.
まつたけ十字軍のみなさん、暑い中がんばりますねえ。私の方も、日野町東端、余呉町北端、高島市西端の3箇所で里山づくりと焼畑準備で汗を流していま す。これに加えて多賀町の松山の手入れを9月から始めることになりました。香川山ほどの大きさで、やりやすそうです。そのうち、アドバイスなどお願いしま す。
焼畑のお知らせです。高島の椋川の火入れは休耕地の利用ですが、やたらと燃やすものがあるので、でっかいキャンプファイヤーの用になります。余呉の方は斜面の本格的な焼畑です。いずれもカブの在来種が主な作物です。興味がある人がいれば、黒田にお知らせください。

椋川(滋賀県高島市今津町)
日時:8月18日(土)午前10時
前日17日に雨が降った場合など、18日にできないと判断された場合は19日、20
日・・・・というように順延されます。時間は同じく午前10時です。誰でも参加していただけますので、都合の良い方はいらしてください。種まきまで考える と、お昼をまわりますから、昼食は各自で用意してください。なお、火の粉が舞いますので、化繊の服は着てこないでください。穴が空いてしまいます。
現場は、367号線の朽木・麻生(くつきの森)の北、椋川の看板があるT字路を西側に入り、道なりに進み、岡上に天文台(山の子学園)が見える辻を一番 左の道をとり、切れ切れの集落内を左に川を見ながらさかのぼって行きます。終点間近(乾谷)の谷幅が狭くなる前、左手200mほど入ったところです。
参加費:無料

中河内(滋賀県余呉町北端)
8月22日雨が降らなければ午前9時から防火帯づくり、 11時に火入れの予定です。
現場は、365号線沿い東側の斜面、中河内集落より700m南で国道から見えます。
道具と種は永井さんがご用意くださいます。
その後はバーベキュー(実費をご負担ください)
「現地はウドとコゴミの宝庫です。春の山菜も楽しめます。永井さんは来年の作付け候補種を募集しています。2、3年は楽しめそうです」とのことです。


    


 
寄付等の振込先: 氏名: まつたけ十字軍 代表 吉村文彦
銀行名: 京都銀行 山科中央支店
口座No.: 普通預金 3698173 


主 催 団 体
吉村 文彦(マツタケ生態学者)
まつたけ十字軍運動 本部(http://blog.goo.ne.jp/npoiroem/)    
〒607-8421 京都市山科区御陵岡ノ西町38-27、 075-581-8932, 090-6227-4305
大月 健(代表)
京都大学マツタケ研究会(京都大学農学部図書室気付、大月 健 090-4280-3334)

共 催 団 体
NPO国際環境微生物応用研究機構、香川理化学研究所、NPO市民環境研究所
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まつたけ十字軍運動NEWSLETTER-227-

2007年08月08日 |  マツタケの林地栽培 
香川県小豆島で見たマツタケの生えるアカマツ林




京まつたけ復活・里山再生

第103回(8月11日) 開催のお知らせ

 8月6日から1泊の予定で、宮崎さん運転の車で小豆島に出かけてきました.
姫路港から小豆島福田港までは1時間45分ほどのフェリーの旅です.瀬戸内はガスっていて見通しは良くない.どれが小豆島か分からない.ガスっているからか小豆島の位置を知らないのかもわからない.
 
 写真(Yahoo写真集6708)に見られるように、島内の標高の低いところは、マツノザイセンチュウ病による被害が多い.かつては、全山アカマツやクロマツの林であったらしいが、今は照葉樹林化している.でも、アカマツ林にはマツタケが少なからず生えているという.

 冒頭の写真を見て下さい.支尾根と支尾根に挟まれた水の通り道の右側に、今、線状に沢山のマツタケが発生しているらしい.よくある地形である.ここは地元のまつたけ取り名人が手入れを進めている. 
手入れの講習会や講演があり、行事は無事終了.
 
大変な歓迎に浴し、我々一同は恐縮至極である.瀬戸内の海を眼下にし、夕日を見ながら、アワビ、サザエ、タコ、エビ、ワタリガニ、牛肉などでバーベキュー三昧、アワビ・魚の刺身の夕べであった(森川さん宅:Yahoo写真集をご覧下さい).

本当に贅沢だ.地域特性というか、神の不公平というかその代償も地元住民は払っている.この秋には、まつたけも入るそうだ.

小豆島でお会いした方々は、ユニークな人材が多く楽しい時間でした.港さんを始めお世話になった方々! ありがとうございました.

<皆さんの活動の様子を見る>
それらを覗くにはパスワードが必要.
Bookmark中のまつたけ十字軍運動写真集(Nikon)をクリックすると、ニコンオンライン写真集の画面に飛ぶ.その画面の右上にパスを入れるところがある.そこに10ji(半角英数)を入れる. これでOK. スライドショウが見やすい.
もう一つ、まつたけ十字軍運動活動風景(Yahoo)をクリック.Yahoo Japan のフォトに入る. IDはmatsutake40, パスワードは10jidesu(十字です:すべて、半角英数).フォトアルバム内の「アルバムを見る」をクリック.画面が変わり、“まつたけ十字軍”の文字をクリックでOK.両者とも必要な写真は、右クリックで保存されたい.


開 催 要 項
京まつたけ復活・里山再生「まつたけ十字軍運動」は、生物の多様性上危機に瀕する里山をマツタケの生活するアカマツ林に戻すことが目的である.山-川-畑・水田(-海)のつながりを重視した様々な取り組みを実践する.中身は参加者の皆さんが創り上げることを前提としている.参加者の数だけ面白いことがあると自負している.

1)実施日:    2007年8月11日(土)
2)集合時刻: 午前10時30分、但し朝10時頃から活動は開始されている.
3)集合場所: 京都バス 岩倉村松集会所前.初めての方は要連絡(連絡先は下記)あるいは京都市左京区岩倉村松町現地アカマツ林バス終点「村松」から徒歩8分).
4)服装等:山で軽作業できる服装、ノコ・ナタ、長靴か地下足袋、傘かレインコート、タオルなど 
5)用意するもの: 昼食は用意されるのでMY皿と椀と箸、コップ.料理の持ち帰り容器など、飲料水(お茶もあるので水筒)
6)アクセス:京都バスの岩倉村松行きに乗車:JR京都駅七条口から(60分、バス停「C6」番)、阪急京都線四条河原町駅から(40分、四条河原町交差点北へ上ル東側)、京阪本線出町柳から(30分、加茂大橋東詰め北へ上ル、京都地下鉄烏丸線国際会館から(15分、バスターミナル1)
(市営地下鉄はJR京都駅・烏丸御池・国際会館などに停車)

参加費は無料、ただし食材費(実費、通常300円)は徴収.資格も問わない.参加時間も自由.傷害保険等は各自加入のこと. ゴミ等は各自持ち帰り願います.雨や雪の日にも誰かれとなく集まっている.山も畑も、雨の日には雨の、雪の日には雪の景色がある.

<本日の作業予定>
 熱中症が心配される時期である.人目を憚ることなく、競争の原理は昔の皆さんのこと、適度の休みと水分補給を!!

 まつたけ十字軍の皆さんのコマーシャルフィルムの撮影があります.

1)澤田山班の作業の進め方を見て、除間伐材の運び出しを優先することになった.その体積が大きいので、玉城山班や香川山BCで活動する参加者もこの作業にご協力をお願いします.
2)田んぼの世話

<お知らせ>
まつたけ十字軍運動にコマーシャルの出演依頼が来ている.維持費カンパと思って出演して下さい. 本日、撮影の予定.

1)京都府宇治田原町でマツタケ増産活動を実施する山本 薫さんから開催要項が届いた.参加ご希望の方は、山本さんに連絡の上(090-3671-6672)お集まり下さい.
スケジュール
9時  JR宇治駅東側ロータリ集合
10時 宇治田原町 立川到着 (現地)現場での視察研修ほか
11時半  宇治田原町林業センターまで移動
12時  昼食をとりながら勉強会     
  14時  閉会、解散

2)8月10日 鹿背山で第14回里山産業創造ワークショップ.午前9時30分 峠道の入り口集合.問い合わせは田中氏(0774-73-2708)
3) 8月24日 鹿背山で第15回里山産業創造ワークショップ.午前9時30分 峠道の入り口集合. 問い合わせは田中氏(0774-73-2708)

4)岩手県久慈市里山づくりとマツタケ山視察並びに洋野町大野高校収穫祭の参加者募集
9月29日(土) 移動日  久慈着
       市内 ビジネスホテル 泊 
  30日(日)  マツタケの講話
       昼食を挟んで市民ボランテイアと里山整備
       終了後 山形町へ移動
        内間木ビジターセンター 泊
 10月1日(月)  まつたけ山 現地視察
 10月2日(火) 久慈平岳にてマツタケ狩り 大野高校収穫祭 
 10月3日(水) 移動日 帰京


<メール便り> どんどんお寄せください!

8-9月の活動日
第104回活動日2007年8月21日(火)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分
第105回活動日2007年8月31日(金)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分
第106回活動日2007年9月07日(金)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分
第107回活動日2007年9月13日(木)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分
第108回活動日2007年9月21日(金)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分
第109回活動日2007年9月29日(土)岩倉村松集会所前集合 午前10時30分


寄付等の振込先: 氏名: まつたけ十字軍 代表 吉村文彦
                銀行名: 京都銀行 山科中央支店
               口座No.: 普通預金 3698173 
主 催 団 体
吉村 文彦(マツタケ生態学者)
まつたけ十字軍運動 本部(http://blog.goo.ne.jp/npoiroem)    
〒607-8421 京都市山科区御陵岡ノ西町38-27、 075-581-8932, 090-6227-4305
大月 健(代表)
京都大学マツタケ研究会(京都大学農学部図書室気付、大月 健 090-4280-3334)
共 催 団 体
NPO国際環境微生物応用研究機構、香川理化学研究所、NPO市民環境研究所
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まつたけ十字軍運動NEWSLETTER-226(追加)号-

2007年08月03日 |  マツタケの林地栽培 
昨年の作業のし残しなどがあるので補整作業は必ず実行



祇園祭 太子山鑑賞会と巡行の写真(加藤邦彦氏撮影)が送られてきたのでYahoo写真集(パスワード変更、下記写真の見方参照)でご覧下さい.


京まつたけ復活・里山再生

第102回(8月3日)活動報告

 我々は、夏台風は上陸しないことが多いにもかかわらず、4号、5号という二つの台風の最も強い影響下で活動している.もちろん、そのようなときに出来る作業を楽しんでいる訳だが.
 
そんなことで、今日の参加者は27名.
まつたけ十字軍運動の皆さんが、届けてある年齢と比べると随分若く、きつい山仕事を楽々とこなして、かつ、いたって健康であることから、健康食品のコマーシャルに出演依頼に来られた広告代理店の方を2名含んでいる.健康食品名は、やがて明らかになるだろうから、今は伏せておく.
前置きが長くなってしまったが、有山、加藤、安永、榎本、三輪、川崎、橋本(敏)、藤井、阿閉夫妻、岡阪、斉藤、周田、小林、前田、大島、中廣、小吹、井上、まりこ、三品、猫田、中川、石原、筆者.

玉城山班は、午前中、香川山の頂上の整備と皆伐区の補整作業に取り組んでいる.澤田山班は山の整備に出かける.
田んぼの草取りは、三輪さんが、こちらに来る前に状況を見てきていて、玉城さん(今日は欠席)のコメント通りに、昼から5-6名のメンバーが草取りを実施.

今日は、みんなが丹誠込めて世話した野菜をもいで、それらをたっぷり入れたカレーと少々皮が固いが、旨さ味わい抜群、決して八百屋で買えないプチトマトなどがたっぷり入ったサラダの昼食であった. 

<皆さんの活動の様子を見る>
それらを覗くにはパスワードが必要.
Bookmark中のまつたけ十字軍運動写真集(Nikon)をクリックすると、ニコンオンライン写真集の画面に飛ぶ.その画面の右上にパスを入れるところがある.そこに10ji(半角英数)を入れる. これでOK. スライドショウが見やすい.
もう一つ、まつたけ十字軍運動活動風景(Yahoo)をクリック.

Yahoo Japan のフォトに入る. IDはmatsutake40, パスワード(8月5日変更)は10jidesu(10字です:すべて、半角英数).フォトアルバム内の「アルバムを見る」をクリック.画面が変わり、“まつたけ十字軍”の文字をクリックでOK.両者とも必要な写真は、右クリックで保存されたい.

<お知らせ>
Ⅰ)8月6日には、宮崎さんと猫田さんと僕と3名で、小豆島でマツタケ増産の山づくりを始める森川さん達主催の現地講習会に出かける.

Ⅱ)京都府宇治田原町でマツタケ増産活動を実施する山本 薫さんから開催要項が届いた.参加ご希望の方は、山本さんに連絡の上(下記)、お集まり下さい.
1)実施日 2007年8月9日(木)
2)集合場所 JR宇治駅 東側ロータリー集合時刻 午前9時
3)服装等 長袖のシャツ、軍手、ズックか長靴、傘かレインコート、帽子、タオルなど
4)用意するもの 飲料水、虫刺され等の薬、バンソウコウなど
5)参加費 1,050円(昼食代等)
6)スケジュール
9時  JR宇治駅東側ロータリ集合
10時 宇治田原町 立川到着 (現地)現場での視察研修ほか
11時半 宇治田原町林業センターまで移動
12時 昼食をとりながら勉強会     
14時 閉会、解散

7)その他 小雨でも決行、傷害保険は各自加入のこと、ごみ等は持ち帰ること。
8)お願い 参加ご希望の方は、乗用車確保のため、8月6日午前中までに山本(090-3671-6672)まで要連絡。

Ⅲ)岩手県久慈市里山づくりとマツタケ山視察並びに洋野町大野高校収穫祭見学の参加者募集
 9月29日(土)移動日  久慈着
       市内 ビジネスホテル 泊 
    30日(日)  マツタケの講話
       昼食を挟んで市民ボランテイアと里山整備
       終了後 山形町へ移動
       内間木ビジターセンター 泊
 10月1日(月)  まつたけ山 現地視察
 10月2日(火) 久慈平岳にてマツタケ狩り 大野高校収穫祭 
 10月3日(水) 移動日 帰京



<メール便り>

 
寄付等の振込先: 氏名: まつたけ十字軍 代表 吉村文彦
銀行名: 京都銀行 山科中央支店
口座No.: 普通預金 3698173 


主 催 団 体
吉村 文彦(マツタケ生態学者)
まつたけ十字軍運動 本部(http://blog.goo.ne.jp/npoiroem/)    
〒607-8421 京都市山科区御陵岡ノ西町38-27、 075-581-8932, 090-6227-4305
大月 健(代表)
京都大学マツタケ研究会(京都大学農学部図書室気付、大月 健 090-4280-3334)

共 催 団 体
NPO国際環境微生物応用研究機構、香川理化学研究所、NPO市民環境研究所
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