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『絵のある自伝』(読書メモ)

安野光雅『絵のある自伝』文藝春秋

心温まる絵本で知られる安野光雅さんの人生を語った書である。題名にあるとおり、本書には昔の思い出がたくさん絵として描かれている。自分の人生を誇ることなく、淡々と昔を振り返っている語りに、人柄が表われている。

約10年間、美術教師として小学校に勤めた後、画家・絵本作家として独立した安野さん。一番心に残ったのは、小学校の運動会の在り方について語った箇所。3月生まれの安野さんは、運動会でいつもビリだったらしいのだが、「競争をなくす」という最近の風潮を批判して次のように述べている。

「このごろ、このビリが哀れだから徒競争をなくそうとか、みんなが一斉に手を繋いでゴールインするという学校も出てきたらしい。ばかばかしいとおもう。「満座の中を照れかくしの笑いを浮かべながらビリを走る」あの、何ともいえぬ屈辱の経験が、得難いものであることを知らないのだ」(p.29-30)

「わたしも、いまなら子どもの前でいうだろう。「このクラスには、早く生まれた者と、遅く生まれた者の間には一年もの違いがある。また太った子もいるし足の悪い子もいるだろう、小学校の間はこの違いは大きい。だから一位になっても得意になるな、ビリでもべそをかくような子ははじめから走るな。君たちを待っている世の中はなんでも競争するようにできているのだ。いいか今一等になるために走るのではないよ、いつか大人になって一等になっても得意ならず、ビリになってもくじけない、プライドを持つ日のために走るのだ」なんと格好のいい演説の空想だろう」(p.30)

安野さんの人生観がよくわかる文である。競争は避けられないが、そんな競争に負けないプライドを持って生きる。それが教育なのではないか、と感じた。

本書の最後には「広告のページ」というのがあって、安野さんが今書いている絵に次のような手書きの文が添えられている。

「この絵は今から四十二年前にかいた井上ひさしさんの『ガリバー』の表紙の原画です。それが今頃になって本棚のおくから出てきたのです。でも 井上さんはもうこの世にいませんでした。それで、もういちどこの絵を出したいと思ったのです。もとは日本リーダーズダイジェスト社から出たのですが絵をみんなかきなおして新しく出すことになりました。今かいています。すぐ出ますのでみて下さい。2011年秋 安野光雅」

ちなみに、安野さんは今85歳である。80歳を過ぎても、情熱を持って何かをやっていたいと思った(そこまで生きていればだけど)。

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