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『棟梁』(読書メモ)

小川三夫『棟梁:技を伝え、人を育てる』文春文庫

著者の小川さんは、伝説の宮大工である西岡常一さんの弟子。宮大工の集団である鵤工舎の代表を務めてきた人である。

この本には、人が育つ、人を育てる上で大切なことがたくさん書かれているが、その中でも一番心に響いたのは「任せる」ことの重要さ。

「任せて」人を育てるためには、いくつかの条件が必要となる。

まず、任せる現場があること。ここでいう現場とは、神社仏閣の建築現場である。

「現場は弟子育成には欠かせない場所だ。現場がなかったら絶対弟子は育たない。その現場を任せるのや。」(p.109)

つぎに、任せる時期やタイミング。これがポイントである。小川さんは次のように言う。

「任された者も早すぎたらつぶれるし、施主さんに迷惑がかかる。それは絶対してはならないことや。しかし、任せる時期が遅かったら人は腐るで。」(p.110)

では、ちょうどよいタイミングとは?

「その人が完成してから任せたらだめなんだよ。未熟なうちに任せなくちゃだめなんだ。できないということをわかっていて親方は任せて、そいつは引き受けたからには、何としてでも、とにかくやる方法を考えるんだ。それだから、これは物になるっていうやつには、未熟なときに任せなくちゃ。」(p.187)

つまり、物になりそうな人、潜在能力を持っていそうな人を見極めて、背伸びした仕事を任せるということだろう。

小川さんは、任せることの難しさを次のように語っている。

「任せることを人に教えるのは恐ろしいわ。そんなの言えねえよ。無理があったらあかんのや、何でもな。任せる方だって無理しちゃあかんわ。突然そういうことをやろうとしても無理や。そうなるように長い時間を掛けてやって、自然に任せれる形になってきたんだな。」(p.185-186)

未熟なうちに任せることは大事だが、無理をしてはいけない。やみくもに任せるのではなく、普段からよく人を見て、鍛えた上で任せる必要がある、ということだ。

そして、小川さんが強調しているのは「前にいる先輩という壁を取り払ってやる」ということ。

いつまでも上に実力のある先輩がいたのでは、なかなか大きな仕事が回ってこない。本書には「立場が人を作る」という言葉が何回も出てくるが、先輩の仕事を後輩に譲ることも指導者の大切な役割である。

最後に、感銘を受けた一言を紹介しておきたい。

「俺は「真摯な、そして確実な建物を建てること。それが唯一、弟子を育てる手段」やと思っているんだ」(p.90)

やりがいのある仕事を確保し、真摯な気持ちで一緒に仕事をする中で、若手を鍛え、成長の準備状態やタイミングを見計らって「任せる」。これが任せて育てることの鍵なのだろう。
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