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ラーニング・ラボ

松尾睦のブログです。書籍、映画ならびに聖書の言葉などについて書いています。

『間宮林蔵』(読書メモ)

2023年10月05日 | 読書メモ
吉村昭『間宮林蔵』講談社文庫

幕末期に、樺太が島であることを発見した間宮林蔵の物語である。

農民から幕府の役人になった林蔵は、死の危険を犯してロシア領に渡り、世界地図上の謎だった海峡を見つけ、一躍ヒーローに。

栄光に包まれた人生前半に対し、後半は隠密活動のため悪評がたち、つらい立場に追い込まれる。

それでも、淡々と自分の役割を実行しようとする林蔵の生き方に感銘を受けた。

なお、この小説には、日本地図を完成させた伊能忠敬が登場する(林蔵は忠敬から測量を教わる)。

超有名だが、家族との関係がうまくいっていない忠敬の人生を知り、改めてワークライフバランスが重要であることを感じた。


『はじめてのスピノザ:自由へのエチカ』(読書メモ)

2023年09月21日 | 読書メモ
國分巧一郎『はじめてのスピノザ:自由へのエチカ』講談社現代新書

17世紀オランダの哲学者であるスピノザ。

彼の主著『エチカ』の内容を紹介したのが本書である。ちなみに、エチカとは倫理学(どのように生きるかを問う学問)のことらしい。

一番の前提は、「すべては神の中にあり」(p. 36)、「私たち一人一人は神の一部である」(p. 81)ということ。

だから、存在している個体はすべて、「それ自体の完全性」を備えている(p. 45)。この考えに感銘を受けた。われわれは神の一部であるとしたら、誰もが完全であるはずだ。

さらに、スピノザは「力こそ本質である」(p. 60)と考えていたらしい。神から与えられた能力の中に、つまり、一人一人の「強み」の中に本質が宿っているといえる。

ゆえに、個人の活動能力を増大させるものこそ「善いこと」なのだ(p. 50)。聖書には、神から与えられた賜物(能力)を発揮することの重要性が書かれているが、その考え方と一致する。

そのためには、個々人の活動能力を高められる場所や環境を整えることがポイントとなり(p. 61)、自分の力をうまく発揮できるそうした状況が「自由の状態」であるという(p. 95)。

適材適所」という言葉があるが、個人の能力を発揮できる場を提供することが「善」であり「自由」につながるのだ。

「我々は神の一部」→「だから完全」→「神から与えられた力を発揮する環境を整えると」→「善であり自由になれる」という流れがわかりやすかった。


『心理療法論』(読書メモ)

2023年09月15日 | 読書メモ
C・G・ユング(林道義編訳)『心理療法論』みすず書房

ユングものは2冊目だが、講演録を編集した書籍だけあって、彼の息遣いが聞こえてくるような本だった。

前に読んだ本にも書いてあったが、患者の状態に応じてフロイト方式とアドラー方式を使い分けることを強調している。

「アウグスチヌスは、二つの主要な罪、肉欲と高慢を区別した。前者はフロイトの快楽原則、後者はアードラーの、上に立ちたいと願う権力意志にあたる。これはつまり、二つの人間グループがあって、それぞれ別の欲求を持っているという問題である(中略)本来の神経症心理学の範囲内で考えるかぎり、フロイトの観点もアードラーの観点もなしですますことはできない」(p. 30-31)

これはわかりやすい。

また、ユングは「年齢」に着目することの大切さも説いている。

「かつて若者にとって正常な目標であったものが、年輩の人間にとっては神経症的な障害となる」(p. 38)

若い者には負けられぬ、といった気概は捨てて、年相応の生き方をすることが大事なのだろう。では、中高年者はどのように生きるべきなのか?

「しかし人生後半の人間の場合は別であって、彼はもはや自らの意識的な意志を鍛える必要がなく、むしろ自らの個性的な生の意味を理解し、自分自身の本質を経験しなければならない。彼にとって自らが社会的に有益であることはもはや目的ではない、もっともそれが望ましいことは否定しないが」(p. 57-58)

この考えは、人生後期の発達課題は「次世代への責任」や「自我統合」としたエリクソンの発達段階説と似ている。

なお、精神分析における中心ともいってよい「意識と無意識の関係」について、ユングは次のように言う。少し長くなるが引用したい。

「無意識は意識的意志によってほとんどあるいはまったく影響をうけない」「いまだに意識が人の心の全体を表しているという錯覚が幅をきかせているが、しかし意識は心のほんの一部にすぎず、それが全体に対してもっている関係はほとんど知られていない」「無意識の領域に少なくとも間接的にせよ深く入りこんでいくにつれて、自律的なものを相手にしているのだという印象がますます強くなる。さらに、教育においても治療においても最良の結果が得られるのは無意識が協力するとき、すなわちわれわれの目的が無意識の発達傾向と一致するときであるということ」(p. 82-83)

つまり、われわれの身体の中には、われわれが意識できない「自律的な無意識」が存在していて、その無意識と上手く協力しながら生きていかなければならないのだ。

アンナ・フロイトは、「精神分析治療の目的は、自我が超自我やエスと安全な形で和解できるようにすること」と言っていたが、一種の「交渉」のようなもといえる。

感動したのはユングの治療姿勢。

「何より大切なのは、どんな人も本当に人間として受け入れなくてはいけないし、それゆえに、その人の個性に応じて受け入れなければならないということです。ですから私は若い療法家たちに言うのですが、最良のものを学び最良のものを知りなさい、そして患者に会うときにはすべて忘れなさい」(p. 127-128)

本書を読み、ユングの心理療法アプローチが好きになった。

『さよならクリームソーダ』(読書メモ)

2023年08月31日 | 読書メモ
額賀澪『さよならクリームソーダ』文春文庫

『拝啓、本が売れません』の著者である額賀澪さんの小説を読んでみた(本人おすすめ)。

没入感が得られる小説が少ない中、グッと物語に引き込まれた

美大に入学した友親(男性)が、先輩である若菜(男性)と仲良くなる。さばさばして明るい若菜だが、徐々に彼の暗い過去が明らかになる、というストーリー。

生と死の問題を扱った、緊迫のラストパートが良い。

「若菜さん…あんたは、ぶっ壊れてる。恋人を失ってから、ずっとぶっ壊れてるんだ。だから、ぶっ壊れたまま生きていくんだ。この世界は、壊れていない人間しか生きられないわけじゃなない。ぶっ壊れたまま生きていたっていいはずなんだ」(p. 343)

というセリフが刺さった。

人間、どこか故障していても、だましだまし生きていくことが大事だな、と思った。


『幸福について』(読書メモ)

2023年08月24日 | 読書メモ
ショーペンハウアー(鈴木芳子訳)『幸福について』光文社古典新訳文庫

評伝が面白かったので、とっつきやすそうな本書を買ってみたところ、エッセイのようでとても読みやすかった。

ただ、フロイトやニーチェにも影響を与えただけあって、深い。

ショーペンハウアーの基本的な考え方は、人間を無意識的に駆り立てる本能である「(生への)意思」に従って享楽を追求するのではなく、「苦痛なき、まずまずの人生」を求めよという点。

そのための第1のポイントは「今を大切に生きる」こと。

「現在だけが真実であり現実なのだ。(中略)直接的な不快や苦痛のないまずまずのひとときがあれば、それを意識的そのまま享受すればよい。(中略)過ぎたことに腹を立て、あるいは未来を案じて、現在の楽しいひとときをしりぞけたり、わざと台無しにしたりするのは、実に愚かしいことだからである」(p. 212)

まさにマインドフルネスである。

第2のポイントは「他者の思惑を気にするな」という点。

「他人の思惑をあまりにも重要視しすぎるのは、世間一般を支配する迷妄である。(中略)この迷妄が私たちの行状すべてに過度の影響を、しかも私たちの幸福に有害な影響をおよぼす」(p. 91)「他人の思惑が私たちにおよぼす現実の影響はいかに少ないか」(p. 97)「他人の目にどう映るかで、生き方の価値の有無が決まるとしたら、みじめだろう」(p. 175)

こうしたこともあり、ショーペンハウアーは「孤独な生活」を奨励している。

第3のポイントは「自分の強みを活かせ」ということ。

「人間が自然から賜った能力の本来の使命は、四方八方から迫る困苦と戦うことにある。だが戦い終わると、人間はもはや使っていない能力をもてあますようになる。そこでその能力を「遊び」に用いる、すなわち、何の目的ももたずに用いることが必要になる」(p. 52)「ともあれ、各自が能力にしたがって何かすればよい」(p. 263)

本書においてショーペンハウアーは、アリストテレスをやたら引用しているが、次の言葉も引用していた。

人間の幸福は、自分の際だった能力を自由自在に発揮することにある」(p. 51)

ということで、とても腑に落ちる書であった。




『夢の島』(読書メモ)

2023年08月18日 | 読書メモ
大沢在昌『夢の島』集英社文庫

失業中の若手カメラマン信一は、子どもの頃に家を出た父親の死亡通知を受け、形見として「島の絵」をもらうことに。

実は、その島にはヤバイものが隠されており、カジノ王、麻薬密売人、麻薬取締官、ヤクザが絡む大騒動に発展するというストーリー。

「疾走感」にあふれる展開で大満足。ラストシーンも意外性があり、かつ美しい。

やはり、この頃(1999年発売)の大沢作品は脂がのっている

本作の魅力は、徐々に人の本性が見えてくるところ。

初めの印象とは違う「裏の顔」が明らかにされるところが怖い。

人間には「光と影」があるということが伝わってきた。



『ショーペンハウアー:欲望にまみれた世界を生き抜く』(読書メモ)

2023年08月09日 | 読書メモ
梅田孝太『ショーペンハウアー:欲望にまみれた世界を生き抜く』講談社現代新書

1788年、ドイツの裕福な商人の家に生まれたショーペンハウアー。

当初はビジネス教育を受けるものの、次第に哲学へと関心を移していく。

世界はわたしの表象である」という考え方を示した点に、彼の哲学の特徴があるらしい。梅田先生は次のように説明する。

「わたしたちは普段、「世界というモノが無条件に実在していて、その内に自分もモノとして実在している」と想定しがちだが、ショーペンハウアーの主張からすると、これは一つの臆見にすぎないということになる。むしろ、「世界」というのは、人間の認識主観によって見られたかぎりでの世界であり、「表象」意外の何物でもない」(p.46)

確かに、同じ世界であるはずなのに、ある人にとっては「明るい世界」に、別の人にとっては「暗い世界」に見えるはずだ。

なお、ショーペンハウアーによれば、「人生は苦しみである」であり、そうした人生を幸せに生きる鍵は「欲望を鎮める」ことにあるという。

「ショーペンハウアーにとって幸福とは、より多くの欲望を満たすことではなく、むしろなるべく欲望を鎮め、心の平穏を得ることだった。そのために、次から次へと欲望を搔き立てる「外面の富」よりも、もともと備わっている「内面の富」に目を向けるべきなのである」(p. 89)

幸せになれるかどうかは心の持ちようで決まる、といえる。



『なんだか眠いのです』(読書メモ)

2023年07月26日 | 読書メモ
西尾勝彦『なんだか眠いのです』七月堂

西尾勝彦さんの詩およびエッセイ集。

奈良での、ゆったりとした暮らしが伝わってきた。

むよく・無欲」という詩がよかった。一部紹介したい(後半)。

さて
無欲は
何も求めない
というよりも
余分なことは求めない
というかんじです

淡々と
つまり
たいへんさっぱりとした心境です
とくにほしいものがないのです

生きている
そのことだけで満ちたりているのです

(p. 137-138)

「無欲=感謝=マインドフルネス」ということだろう。昔のことや、先のことは考えず、「今このときを味わいながら生きる」ことの大切さが伝わってきた。




『人間の土地』(読書メモ)

2023年07月17日 | 読書メモ
サン=テグジュペリ(堀口大學訳)『人間の土地』新潮文庫

職業飛行家に関する8つのエピソードからなる小説なのだが、のような、また哲学書のような本である。

この当時の飛行機は技術が進んでいないため、墜落することが多かったらしい。つまり、パイロットは命がけなのだ。

それなのに、なぜ飛ぶのか?

遭難した友人ギヨメに対して、著者は次のように言う。

「彼の偉大さは、自分に責任を感ずるところにある、自分に対する、郵便物に対する、待っている僚友たちに対する責任、彼はその手中に彼らの歓喜も、彼らの悲嘆も握っていた」「人間であるということは、とりもなおさず責任を持つことだ」(p. 63)

なお、サン=テグジュペリは飛行中に砂漠に墜落して、3日間さまよった末に奇跡的に助かるのだが、それを支えたのが「自分たちを待つ人たち」の存在である。

「待っていてくれる、あの数々の目が見えるたび、ぼくは火傷のような痛さを感じる。すぐさま起き上がってまっしぐらに前方へ走りだしたい衝動に駆られる。彼方(むこう)で人々が助けてくれと叫んでいるのだ、人々が難破しなけているのだ!」(p.183)「我慢しろ・・・ぼくらが駆けつけてやる!・・・ぼくらのほうから駆けつけてやる!ぼくらこそは救援隊だ!」(p. 184)

この発想の転換はすごい。

次の一文も響いた。

「たとえ、どんなにそれが小さかろうと、ぼくらが、自分たちの役割を認識したとき、はじめてぼくらは、幸福になりうる、そのときはじめて、ぼくらは平和に生き、平和に死ぬことができる、なぜかというに、生命に意味を与えるものは、また死にも意味を与えるはずだから」(p.252)

「死にも意味がある」という言葉が深い。


『シカゴ育ち』(読書メモ)

2023年07月14日 | 読書メモ
スチュアート・ダイベック(柴田元幸訳)『シカゴ育ち』白水ブックス

筆者の故郷であるシカゴを舞台にした短編集。

特に良かったのは、パンチョ、マニー、エディという若者たちが主人公の「熱い氷(Hot Ice)」

短編なのだが、「聖人たち」「失われた記憶」「哀しみ」「郷愁」「伝説」という見出しで構成されている。

ちなみに、この小説に出てくるシカゴは、さまざまな国からの移民が住んでいて、かなり治安が悪い。

生活の中に信仰深さとドラッグや犯罪がミックスされて、そこに人間味を感じるのだ。

渋く、切ない作品だった。