みどりの野原

野原の便り

5月30日 人麿神社 入鹿神社  鷺栖神社 畝尾都多本神社 他

2020年05月30日 | Weblog

橿原・飛鳥あたりは古事記・日本書紀・万葉集などに関係するところが多い。
今までに行ったことはあるが、この機会に何か所かもう1回歩こうと思った。
人麻呂神社 入鹿神社  鷺栖神社 畝尾都多本神社が主目的地で、家から歩いて行けそうと思った。

でも、通り道、気になるものがあると引っかかる。


久しぶりで通った「蛇巻きの木」毎年変わらずお祀りされているんだなあ。

 
家の子供がその形からパンツ池と言っていた桜池 周辺はきれいに整備された。
 右)池の北側は変わりないが、道の横の高みに社だの石だの灯籠だのいろんなものが祀られている。

 
   クロガネモチ 雌花       別の場所に 雄花


   ヤブニッケイ 花 

「人麿神社」
飛鳥時代の歌人 柿本人麻呂を祀る。
以前にはよく前を通っていたところ。
ケヤキ・ムクノキ・クスノキなどの大木 ムクロジもある。木が繁っていい雰囲気。

 
    柿本人麻呂を祀る         本殿は檜皮葺 重要文化財  
ちょうど周辺の皆さんの清掃日らしい。2人3人と集まってこられた。こうやって美しく守られているのだ。
「秋山の黄葉(もみじ)を茂み迷いぬる 妹を求めむ 山道(やまじ)知らずも 柿本人麻呂」の歌碑あり。

細い道を小綱町へ。

  
鳥居を入ると正面に「入鹿神社」     本殿は檜皮葺 重文指定 そばまで行ける。   
祭神は蘇我入鹿と素戔嗚命  
明治時代、皇国史観という考えの元「逆臣蘇我入鹿を神として祀るのは都合が悪い」と、祭神を素戔嗚に、神社名を小綱(しょうこ)神社(地名)に変更するよう政府から働き掛けがあったらしい。
それを地元住民はきっぱりと断ったという。  パチパチ 👏 

  
 サカキ 咲き始め   イヌビワ 小さい果嚢 枝をひっくり返してみたら、去年の果嚢がたくさん残っていた。


同じ境内にある「正蓮寺 大日堂」
文明10年の上棟札が残され、室町時代の小規模な仏堂として貴重であるとして、また本尊「大日如来坐像」は鎌倉時代の作で、共に重文に指定されている。

大日堂・本尊は元は仏起山普賢寺にあったもの。明治の廃仏毀釈により、普賢寺は廃寺となる。
大日堂も解体が検討されたらしいが、地元小綱町自治会が落札して保存された。 またもパチパチ 👏
今は正蓮寺の管理になっている。

廃仏希釈でどれだけの文化財が壊されたことか・・

 
大日堂を出て、ふと見ると立派なお寺の屋根が見えた。
正面に回って見た。これが、大日堂・大日如来を管理している「成等山正蓮寺」なのだった。知らなかった。

横大路を越えて今井町へ。今井町の街並は今日はパス。

今井まちなみ交流センター「華甍」
 
明治36年の竣工(棟札あり)美しい建物だ。奈良県指定文化財
説明板によると、大正天皇ご成婚の時、畝傍御陵に参拝され、その時の下賜金によって「教育博物館」として建設された。
その後、今井町役場となり、現在は、今井まちなみ交流センターになっている。
        右)東隅に「谷三山」顕彰碑が建つ。
子供の時、聴覚を失いながら勉学に励み、私塾を開き、有能な門下生を輩出した江戸時代の儒学者 八木に生家が残っている。以前のブログ参照 2020.01.19 こちら 

橿原警察の横を東に行ってみようとしたが、線路に突き当たって、戻る。

1つ南の道を東へ。
図書館で本を2冊借りて、リュックへ。

「鷺栖神社(さぎすじんじゃ)」

 
式内社 鷺栖神社に比定される古社。創立年は不詳だが、藤原京以前に創られたらしい。
天児屋根命 譽田別命 天照皇太神を祀る。
古事記 垂仁期に『皇子 本牟智和気王(ほむちわけのみこ)が成人しても言葉を発せず、夢のお告げで、出雲大神の祟りであることを知り、出雲へ参拝する前に霊験を確かめるため「もし、霊験があるならば鷺栖池の鷺よ落ちよ」と言うと鷺は池に落ちて死に「生きよ」というと、生き返ったとか。 (ここがその鷺栖池のあった所だという)
その後、出雲大社へ参り、大国主の宮を立派に立て直したところ、言葉を発するようになった』
   右)万葉歌碑「ひさかたの天知らしぬる君ゆえに 日月も知らず恋ひ渡るかも」柿本人麻呂


    藤原宮跡 広い。
西面大垣のあたりを通り、臨時駐車場になっているベンチでお昼にする。

 
「畝尾都多本神社(哭澤の神社 なきさわのもり)」 
                右)神殿はなく、玉垣に囲まれた「空井戸」がご神体。
古事記で、伊弉冉が火の神カグツチを産み亡くなった時、死を悲しんだ伊弉諾の涙から生まれたのが「哭澤女神(なきさわめのかみ)」
境内は薄暗く湿っぽく、メマトイがまとわりついてきた。


   境内にある八幡神社

「伊弉冉 伊弉諾はアメノヌボコでどろどろを掻きまわし、引き揚げたヌホコの先から落ちた雫がオノゴロ島という最初の大地になった」とか「結婚してたくさんの子(島)を産んだ」「伊弉冉が亡くなる前に吐いたものから・便から・尿からも神が生まれた」とか「刀で伐られたカグツチの血や手や腹や・・ 亡骸からも神が生まれた」・・
稗田阿礼はどこからそんな話を仕入れてきたのでしょうかねえ。

帰路
 
カルガモが2羽飛んできて田んぼに下りた。 水路にヤナギモ?の花(花序)

 
   藤原宮跡 発掘工事中 

 
ガーベラ 綿毛のある種子 初めて見た。     正福寺 薬師堂

八木の町中も色々見どころがありそう。どこを通って帰ったかわからないけれど・・(笑)
近鉄百貨店に立ち寄って買い物 ボールペンの芯3本のみ(しみったれ)目の保養もなし。

今月末まで電車自粛中。だけど八木から電車に乗ろうかと思ったが、あいにく出たばかり。

しゃあない。歩いて帰ろ。

歩数25400歩 息子に「無理するな」と叱られた。

コメント
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