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ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

2年ぶりの香港紀行(深圳も。マカオは行けず)(2017年6月)(3)

2017-10-31 00:00:00 | 旅(香港・マカオ・広州・深圳)

ホリデイ・イン・エキスプレスは原則朝食が出ます。というわけで賞味します。

ホテルの部屋から見る深圳の街並みは、さすがに近代的です。

徒歩で地下鉄の駅に向かいます。

奥にある黄色い建物が、中国で発達している格安チェーンホテルです。外国人が泊まれるのなら、泊まるのも悪くありません。

 深圳の女の子は、他の中国の都市より洗練されている雰囲気を感じました。

このように女の子同士でも密着度が高いのはアジアならでは。

地下鉄で羅湖駅へ向かいます

駅の屋台で交通カードを売っていました。今回の旅のミッションのひとつが深圳の交通カード入手でしたが、これは次回の深圳訪問時に延期します。

香港へ入境します。

これが大陸と香港の境です。くりかえしこれからもわたるんだろうな。

電車に乗って香港中心部へ向かいます。

地下鉄に乗り換えます。

当たり前ですが、香港と深圳の地下鉄ではずいぶん雰囲気が違います。

尖沙咀駅で降ります。

毎度おなじみの重慶大廈です。

重慶大廈隣にあるホテル帝国酒店は、ホテルの前にいつもこの「Vacancy」の看板を出しています。だいたいいつも部屋に余裕はあるようですから、香港の宿をどこにしようと思案している方は一考の余地があるかもです。私も1回泊まったことがありますが、個人的にはネットの評価ほど悪くは感じませんでした。ただ私の部屋がかなりいい部屋だった可能性はあります。

ネイザンロードはいつも賑やかです。

両替をします。本日の軍資金を確保です。

佐敦駅から、本日の宿へ向かいます。別の安い宿を考えていたのですが、疲労が激しいので多少まともな宿にすることにしたのです。

このあたりは「下町」のイメージが強くなります。こうでなくては香港はつまらない。

私が泊まるホテルは、実は当日深圳のホテルで予約していました。まだチェックインには早いのですが、荷物を預けるためホテルに向かいます。

(つづく)

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11月中に年間200本の映画を映画館で観られそうだ

2017-10-30 00:00:00 | 映画

今年は、映画を年間200本映画館で観ようと考えまして、平均月17本観るのは大変だなと考えていましたが、1月~6月の半期で120本と予想をはるかに上回る本数を観ることができまして、さらに7月以降も昨日までに70本観ることができました。250本観るのは無理かもですが、230本~240本くらいは観られそうです。詳細については、年末の報告記事でお知らせできると思います。

映画の安い日、安い映画館、会員になる・・・などを駆使して、なんとか観ることができそうです。映画と旅行の趣味で、これを両立させるのも大変ですが、ただ旅先で映画を観ることもできます。私は残念ながら字幕なしでは英語の映画も観られないので海外では観られませんが、でも国内の知らない街の初めての映画館で映画を観るのも悪くはありません。

私の経験では、オールナイトでなくても、1日に4本観ることはそんなにきつくありません(もちろん中身や長さにもよります)。ただこれも年齢をもっと経たらどうなるかは分かりません。いずれにせよ映画というのは努力しだいでかなり観られますし、やはりいい映画を観た時の喜びは人生至上の楽しみです。読者の皆様もぜひいろいろな映画をご覧になってください。

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2年ぶりの香港紀行(深圳も。マカオは行けず)(2017年6月)(2)

2017-10-29 00:00:00 | 旅(香港・マカオ・広州・深圳)

もう1件麺を食べたいので、その店に向かいます。

香港もすっかり裕福な地区ですが、しかしまだこのようなものが残っています。

でもこういう光景が香港の魅力ですよね。

香港島も、このように坂が多かったりします。

数回行っている麺の店に行きます。

牛スジは私の好物です。

こちらの店です。ガイドブックやネットでも詳細に紹介されていると思いますので、興味のある方は是非どうぞ。

こういう陳列の仕方は日本では不可なので、やはり物珍しいですね。つまりはスペースがとりにくいとということで、許容されているってことなんですかね。

ワンタンの店です。こういう店もよさそうです。

華やかな香港に戻ります。

ほんの数十メートル違うだけで、まったく違う香港の姿があります。

地下鉄に乗って、深圳に向かいます。本日の宿はそこです。

電車を乗り換えます。

大陸に戻るのか行くのか、こういう人たちもいます。

深圳に入ります。

やはり香港と比べると暗めです。

近くのホテルで、ジンジャーエールをいたただきます。趣味の問題ですが、ジンジャーエールはうまい。

地下鉄に乗って今日の宿へ向かいます。

右から2人目のすらりとした女性は白人美女ですが、なにか異常に悲しんでいて涙を流しました。あるいはドラッグ関係かもと思ったくらいです。

駅を降ります。タクシーでなくてくてく歩いてホテルへ向かいます。

深圳はホテルが充実しているので、選択の幅が広いですから、香港にこだわらないのならここで宿泊するのも悪くありません。

ホテル近くのマクドナルドでちょっと一休みします。

店内はこのようなものです。ゆったりとしています。

このホテルには前に泊まったことがありますが、このような看板はあったっけな。

前にも泊まったホリデイ・イン・エキスプレスです。前に泊まったのは2009年でした。

建物がだいぶ陳腐化しているのは仕方ありませんが、安く泊まれます。

ホテルを出て近くで水を仕入れます。

こちらの店(中国ではちょいちょい見かけるタイプの店)で水を購入しました。今日はおやすみなさい。

(つづく)

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2年ぶりの香港紀行(深圳も。マカオは行けず)(2017年6月)(1)

2017-10-28 00:00:00 | 旅(香港・マカオ・広州・深圳)

2017年6月、2年ぶりに香港に行きました。バニラエアは、経費節減のためボーディングブリッジでなくバスからタラップで上がるという昔ながらの方法で搭乗します。

客室乗務員(真ん中の白い服の女性)も簡素なユニフォームです。

香港国際空港に到着します。

空港からバスに乗って、MTR東涌線東涌駅に向かい、そこから地下鉄に乗って市の中心部を目指すといういつもの方法を取ります。これが一番安上がり。

バスの車窓です。工事中ですかね。

香港女性です。

駅に到着です。ちょうど高校生が帰る時間ですかね。

噴水が涼しそうです。

地下鉄の中です。

この方、書いてある意味は分かっているのでしょうか・・・。上にVINTAGEと書いてあるから大丈夫か。

香港は、さすがに白人の多い街です。

尖沙咀駅で降ります。

世界中の旅人が集まる重慶大厦です。

中に入ります。

こちらで両替をします。空港のレートは悪いので、可能ならここで両替するほうが得です。

では香港島へ渡ります。地下鉄で行きます。

 

お目当ての店があるわけです。

竹の足場も香港名物です。

道路上に物を出すのに非常にうるさい日本に対して、香港は看板その他豪快かつ大胆です。

こちらの店でロースト類をいただきます。

チャーシューです。下にナッツがあります。

ご飯はどうだと勧められたので食べることにします。やはりご飯と一緒に食べるとさらにうまい。上にあるブルーのものは、こちらの記事でご紹介したハードカバーのノートです。

店を出ます。いろいろな種類のローストを食べたいなと思います。

これでは夕食になりません。もう1軒どこかへ行きましょう。昼飯がないので(LCCだから機内食がないのです)、これだけでは満足できません。

(つづく)

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来年2月に九州に行くことになる(追記:残念ながら中止になりました)

2017-10-27 00:00:00 | 旅(国内)

私のメールアドレスに、LCCから航空券バーゲンの知らせが来ました。ピーチとバニラからはよく来ます。その日は両社からメールがきました。

LCCのバーゲンは、前触れなく木曜とか金曜に来ます。金曜の0時とか夕方あたりから販売が始まるというパターンが多いですね。けっこう安いオファーがあったので、来年は年末年始の旅行の後は、3月まで海外には行かないことにしていたのですが、そういうものを見ると頭からそんな考えが吹っ飛び、やっぱりどこかへ行こうと思いましたが、しかしやっぱり考えを変えて、国内に行くことにしました。それで最近行っていない九州(最後に行ったのが14年の9月)へ行くことにしました。九州は宮崎県と鹿児島県がまだ行ったことのない県ですので、どちらかに行こうと思います。今回は鹿児島県かな。九州新幹線も乗りたいし。もっとも行きと帰りのどちらかに、宮崎によってもいいかもです。

で、今回私が買ったのはピーチの福岡→成田の航空券です。どこに行くかはある程度即興的に決められればと思います。場所は違いますが軍艦島に行ってもよさそうです。当方、多少は旅なれているので、即興的な旅のほうが面白いのです。もっとも軍艦島は、その時決めるというわけにもいかないか。

なに? 行きは買っていないのかって? まだ買っていません。いつ行くかというのももう少ししてから考えたいと思います。

昨今海外に行くことが多く、国内は関西をのぞいてあまり行かないのですが、別にそれでいいと考えているわけでもないので、LCCも使えるのだから積極的に行ってみたいと思います。しかしLCCに乗ると、新幹線やJAL、ANAに乗るのが馬鹿らしくなりますね。安いんだからそれに越したことはない。14年の九州行きの際は、スカイマークに乗りまして、ミニスカートの客室乗務員や地上職員を見学しましたが、あのあとスカイマークも経営危機になっちゃいましたからねえ。それもどうかです。

いずれにせよ国内とはまた違った楽しみを味わえると思います。簡単に記事にできると思いますので乞うご期待。

2月5日追記:都合があって、この旅は中止になりました。下の記事を参照してください。

九州に行くのはやめたが、かわりに三江線に乗ることにした

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子の因果が親に報う

2017-10-26 00:00:00 | 社会時評

社会時評といっても、この記事で書いたように政治関係の記事ではありません。あしからず。

先日、正確には総選挙のあった日、こちらの本を読みました。

日本殺人巡礼

それで「おいおい」というくだりがありました。引用します。つまり2002年に群馬県で、1件の誘拐殺人事件があったわけです。事件の概要は、本から引用してもいいのですが、こちらから。

> 2002年7月19日午後、無職坂本正人被告は、終業式を終えて群馬県大胡町内の路上を帰宅途中だった女子高生(当時16)に道を尋ねるふりをして無理やり乗用車に乗せ連れ去り、約5キロ離れた同県宮城村の山林で首を手で絞めたあと、さらにカーステレオのコードで絞めて殺した。殺害後の同日夜から翌日昼ごろまでの間、数回にわたり、女子高生の携帯電話を使い、「50万円を用意しろ。娘がどうなってもいいのか」などと自宅に脅迫電話をかけ、同県内の路上で身代金として23万円を受け取った。犯行の動機については、児童相談所にいる別れた妻や子に会うため、職員に面会を強要する手段として女子高生を人質に取ろうとした、などと説明した。前妻らは坂本被告から家庭内暴力を受けたため、保護されていた。

 他に前橋市の民家で約10万円を奪った強盗罪などにも問われた。

1審では坂本は死刑求刑で無期懲役の判決、検察が控訴して東京高裁では死刑判決となりました。これが2004年で、彼は上告せず死刑が確定しました。上のサイトによると、

>弁護人によると、控訴審判決後、裁判所内で同被告と約20分間接見。上告の意向を伝えると、同被告は「しないでください」と要請した。淡々とした様子で弁護人に謝意を述べ、「刑事訴訟法では判決確定から6カ月以内に執行(命令を)しないといけないと聞いた。早く執行してもらいたい」とも話したという。

とのこと。すでに希望を失っていたのでしょう。2008年に彼の死刑は執行されています。この事件については、こちらの本でも紹介されていました。

日本の路地を旅する (文春文庫) 

それでこういうことは書きにくいのですが、上の本で紹介されているということでわかるように、坂本は被差別の出身だったということです。その犯罪が被差別出身であることとどういう因果関係があるかはまた別として、いろいろその方面では彼も苦労をしていたのかと思います。

それで私が驚いたのがこちらの記述です。

>この事件には後日談があり、二〇一四年、坂本の父親が、食事をつくらなかった妻に腹を立て顔を踏みつけ殺害した。私は、坂本が誘拐殺人事件を起こした直後に父親に会っている。加害者の親族の中には、取材者に対して声を荒げる者も少なくなかったが、父親は終始冷静で、もの静かな印象を受けただけに殺人を犯したという一報には驚きを覚えずにはいられなかった。(p.52)

この事件自体は、路地の本その他で知っていたのですが、坂本の父親が奥さんを殺したというのは初耳でけっこう本気で驚きました。ネットで調べてみました。引用はこちらから。

>2014/04/21 12:39 

群馬県警前橋東署などは20日、前橋市粕川町込皆戸、無職坂本嘉根央容疑者(76)を傷害の疑いで逮捕した。 
発表によると、坂本容疑者は18日午後6時頃、自宅で、妻の輝子さん(69)の顔を踏みつけるなどしてけがを負わせた疑い。 
救急隊員が駆けつけた時、輝子さんは死亡しており、司法解剖の結果、死因は外傷性ショックと判明。
同署は傷害致死容疑に切り替えて調べる。
坂本容疑者は「夕食を作らなかったので顔を踏んだ」と話している。

読売新聞

私の調べた限りでは、この後この人物がどのような刑事処分を受けたかは定かでありませんでした。起訴されたのか不起訴処分だったのか、その後についてそんなに真面目に調べたわけでもありませんがネットで情報を見つけられませんでした。いずれにせよ本の著者は「殺人」と書いていますが、刑法の犯罪としては殺人でなく傷害致死ですね。

それでこの事件についてろくな情報がないので詳細は不明ですが、あるいはこの人物は認知症のたぐいで怒りっぽく、自分の感情をコントロールできなかったのかもと考えます。何がどうしてこうなったのか見当もつきませんが、いまさら奥さんの顔を踏むなどということをするほどのことでもないでしょう。もしかしたら家庭内暴力が恒常化していたのかもしれません。そのあたりよくわかりませんが、たぶんですが、自分の息子が女子高校生を誘拐殺人して、それで死刑になって執行されるなんていう事態にならなければ、このようなひどい事件は起きなかったのではないかなと考えます。

報じられているところによると、宮崎勉の父親は自殺したそうです。Wikipediaの宮崎勤には、

>家族は宮﨑の逮捕から1年後に引越をした。宮﨑は父親に対して私選弁護人をつけてくれるよう要請したがこれを拒絶。4年後の1994年に父親は自宅を売って、その代金を被害者の遺族に支払う段取りを付けると、東京都青梅市の多摩川にかかる神代橋(水面までの高さ30m)から飛び降り自殺を遂げた。

とあります。自宅を売るというのは、かの大久保清もなかなかの資産家の家だったようですが、土地を売って弁償しています。その土地は、地元の農協が買い取りました(一般人は買ってはくれません。事情が事情だから農協も無理に購入したのでしょう)。もっともこれは、Wikipediaにも載っていませんが。

坂本の家は、上原の本によれば事業に失敗したとのことで、弁償する資産などがなかったのかもですが、そのあたりはともかく、成人の犯罪だったら親がその件で被害者に弁償する必要はないと私は思いますが、いずれにせよ宮崎の父親は自殺し、大久保の親は老人ホームに身を隠しました。それで連合赤軍の事件でも、あさま山荘にたてこもった5人のうち、超法規措置で国外へ去った坂東国男の父親は自殺しました。ほかの犯人たちの親も、職場を退職しています。子どもの不始末で職場を追われた親は少なくないはず。

後に「食卓のない家」という小説を円地文子が書き、それを小林正樹が監督した映画が制作されましたが、これは連合赤軍事件の「その後」をテーマにしていて、そのあらすじは次のようなものです。Wikipediaより。

>電機メーカーに研究員として勤務する鬼童子信之は、妻と3人の子どもを持つ平凡な男であった。長男の乙彦は優秀であったが、進学した大学で、学生運動に熱中する。やがてセクトのリーダーとなった乙彦は、八ヶ岳の山荘で人質・籠城事件を起こして警察に逮捕されてしまう。逮捕の後、セクト内では同志殺人を起こしていたことが判明し、逮捕された学生たちだけでなく、その親たちにも世間の非難が集中した。彼らの中には退職したり、ついには自殺に追い込まれるものも出た。しかし、信之は「成人となった子どもの責任を負う理由はない」という姿勢を貫き、頑なに乙彦との面会を拒否し、謝罪も行わないことを明言した。そうした態度により信之はさらに激しい批判を受けることになる。

私もものの考えとしては、当然この小説の主人公の考えを支持します。成人した子どもの責任を親は負えません。しかし現実問題としては、日本というのはそういう考えをなかなか許してくれない国だと思います。まさに子の因果が親に報うのです。人間どんな人も1つの人生しか歩めません。今の人生があなたにとってどれだけいい人生かはわかりませんが、いい悪いは別として、あなたの人生に別の人生はありません。今あげた親たちの人生も、ほかの人生はあり得ないのですからどうしようもありません。その子どもたちの不始末に親の責任がないことはないのかもですが、さすがに「そういうことをしろ」と教育したわけではないでしょうから、それは子どもが最終的には自分の考えでしたわけです。そしてそれが、親に対しても降りかかってくるのです。

「親の因果が子に報う」ということわざの意味は、

>親が行った悪いことは、その子供に及び、結果として、 何の罪もない子供が、苦しむこと。

だそうですが、子どもの不始末で災難をこうむる親は気の毒だと思います。特に公安事件などですとさらにいらぬ苦労をします。当然私も、そんな苦労はしたくありません。

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今年中に本州全県制覇(?)を達成できそうだ

2017-10-25 00:00:00 | 旅(国内)

友人Nと台湾に行きたいというを書きましたが、諸事情あり台湾をやめて、島根県に行って鳥取県に泊まることになりました。台湾紀行を楽しみにしていた方がもしおられたらごめんなさい。

鳥取県ははるか昔に行ったことがありますが(砂丘に行った記憶しかありません。ラクダがいたな)、島根県は初めてです。で、今回島根県に行けば、本州の県はすべて行ったことになります。ただし山口県(私が大っ嫌いな馬鹿でクズの地元です)は電車と車で通っただけです。あとは行かない県は、愛媛県、宮崎県、鹿児島県です。ただし佐賀県も、通っただけです。

行ったことのない県訪問は、14年9月の大分以来です。あの時は中津に1泊しただけですが、やはりせっかく大分に行ったのなら、いずれは大分市ほかも行かなければなです。

考えてみれば、九州って県庁所在地がみな県と同じ名前ですね。四国は香川と愛媛がちがうし、島根は松江市です。

島根では、出雲大社や石見銀山など、ありきたりの所しか行くことができないでしょうが、数回写真中心の記事を書けると思いますのでお楽しみに。

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シンガポールほか2か国2都市紀行(ついでに北京も)(2017年3月)(13)

2017-10-24 00:00:00 | 旅(東南アジア―ミャンマー以外)

翌朝早くチェックアウトします。これがホテルのロビー。

ホテルのスタッフの女性たちです。どうでしょうか、宣伝写真見たいでしょ?

空港へ向かいます。まだこんな暗さです。

ねらったわけじゃないですが、きれいな写真です。

早い時間から込んでいます。

乗り換えます。

込んでいるときは、こういう風にカメラを高く掲げて撮ると、いい写真になります。地下鉄の中で写真を撮るというのも正直病みつきになりました。

空港に到着します。

スカイトレインの中です。

案内窓口では親切に対応してくれました。さすが観光立国です。

チェックインします。

 

チャンギ空港では、ゲートで荷物チェックをします。コストはかかりますが、こういうほうが待たずにすみます。

機内食でビールをいただきます。

北京行きはわりとすいていました。

 

機内食です。

北京で乗り換えました。

羽田行きに乗ります。

またビールをいただきます。

この時隣に、昆明から日本へ仕事で渡航する女性が隣に座ったので親しく話をさせてもらいました。メルアドも交換して連絡も取らせていただいています。たまにはこういうこともあります。

シンガポールデビューとしてもやや不十分な旅でしたが、これからも何回も渡航することになると思います。

(終わり)

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シンガポールほか2か国2都市紀行(ついでに北京も)(2017年3月)(12)

2017-10-23 01:23:59 | 旅(東南アジア―ミャンマー以外)

外に出ると真っ暗です。

手相ですかね。

チャイナタウンの駅近くに行くとだいぶ人通りも増えます。

行きで写真を撮ったレストランも、だいふ人が減ってきています。

が、まだ新規のお客がいるようですね。

地下鉄に乗ります。

おーっと、シンガポールにもQBハウスがあるのですか。この会社のHPによると、この記事を書いている現在、香港や台湾、NYCなどにも進出しているようですね。

オーチャード通りへ行きます。

さすがシンガポールの目抜き通りです。

ここの文房具店に行くために来たのです。こちらの記事でご紹介したノートを買うためです。

シンガポールで、ほしかったノートを購入する

記事にも書いたように、

書籍と文房具を両方売っている店でしたが、なんとか見つけることができました。思わず上機嫌になってしまい、若い男性店員とちょっと会話してしまったくらいです。彼は、日本に10年前に行ったことがあると話をしてました。ということは、たぶん子どものときに親に連れられたということでしょう。

ということです。

さすがシンガポールのショッピングセンターは、同じ吹き抜けでもインドネシアやマレーシアのものより洗練されています。

それで私が大好きなコーヒーチェーンであるザ・コーヒービーン & ティーリーフがありましたので中に入ります。個人的な趣味では、スターバックスより好きです。

オーチャード通りにも高島屋の店舗があります。注文して、あなたの名前はと聞かれたので、パスポート記載の日本名は長いので、「Billだ」と言ったら、(当然ながら)「Bill」と呼ばれました。15年に台北駅のスターバックスで初めて「Bill」と名乗りましたので、私もまさに名実ともにBillというのが別名になったということです。

疲れているときは甘いものが最高においしい。

この後実はラッフルズ・ホテルへ行って、シンガポール・スリング を飲む予定でしたが、疲れたので次回にしました。残念ながら今回の旅行は、ミッションをすべて完了するにいたりませんでした。

なかなかムードがある写真でしょう。

ホテルに戻ります。

服装は簡素ですが、すらりとした女性です。

狙ったわけでなく単なる偶然ですが、斜めなのが悪くないと思います。

ホテルに戻ります。今日はおやすみなさい。

(つづく)

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日本人の脳みそに元号がしみついているのも困ったものだ(ついでに保険と保険レディの話)

2017-10-22 00:00:00 | 社会時評

過日の報道より。

>天皇陛下退位19年3月末 即位・新元号4月1日で調整

2017年10月20日03時00分

 政府は天皇陛下の退位日を2019年3月31日とし、皇太子さまが翌4月1日に新天皇に即位して、その日に新しい元号を施行することで最終調整に入った。新元号は政府が来年中に発表する方針だ。平成は31年3月末日で幕を閉じることになる。

新元号、リストから極秘に選定へ 皇位継承儀式も模索
 複数の首相官邸幹部が明らかにした。政府は、衆院選が終わった後の11月以降に首相ら三権の長、皇族でつくる「皇室会議」を開いたうえで、天皇陛下の退位日にあたる特例法の施行日について、政令で定める。

 天皇陛下は退位の意向をにじませた昨夏のおことばで「戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には平成30(2018)年を迎えます」と区切りの時期に言及。政府は改元日について「18年12月下旬退位、19年1月1日改元」と「19年3月末退位、4月1日改元」の2案を検討していた。

 元日改元にした場合は、官公庁や民間のシステム改修など国民生活への影響を抑えられるというメリットがあった。一方で、年末年始には陛下が重視する宮中行事が相次ぎ、19年1月7日には昭和天皇逝去30年の式年祭もあるため、宮内庁は難色を示していた。

 首相官邸はその後、「宮中行事に配慮して欲しいという宮内庁の希望を受け入れた方がいい」(幹部)と判断し、4月1日改元とすることで最終調整に入った。特例法の規定に基づき、いまの陛下は19年3月31日の終わりと同時に退位し、皇太子さまは4月1日の始まりと同時に新天皇に即位する。新元号も同日施行される。

はあそうなのですかというところですが、前にも記事に書いたように、これで元号が日常的に使われる頻度はだいぶ低くなるでしょうね。それでちょうどその報道の日に見聞した会話を。とある大手生命保険会社の営業の人と顧客がしたものです。

保険外交員女性「それでは念のため、生年月日をお願いします」

顧客「(西暦上2桁省略)○○年×月△日」

保険外交員女性「あ、昭和○○年のお生まれですね」

顧客「昭和に○○年なんかねえだろ!!!

当たり前ですが、「昭和65年」あるいはそれより大きな数字の「昭和」なるものはありません。生命保険の顧客なんてのは、年齢によりけりでしょうが、やっぱりまだ元号を使う人が多いんですかね。多いから保険レディもそういう対応なのでしょうが、いずれにせよ時代錯誤です。困ったものです。

現実には生命保険会社なんてのは、シヴィアに将来の予想をしているわけで、その際は西暦でやっているわけですがね。今から30年後を平成59年なんてシミュレーションを会社でしているわけがない。2047年としているでしょう。ただ現天皇が死なない限り2019年3月31日で平成という元号が終わると確定したのなら、事実上「平成32年」なんてのはばかばかしいということになるので、そういう将来の年号が使われることも、たぶん激減するのかと思います。

余談ではありますが、保険というのはすべて統計学です。1年にどれくらいの加入者がいてどれくらい掛け金の支払いがあってどれくらいの脱退者、死亡数、保険の支払いがあるか・・・その他もろもろのデータを作成して将来を推測することによって経営が成り立つわけです。だから時に統計的に予測できるはるかに大きな損害が起きると吹っ飛んじゃうこともあります。2001年の同時多発テロの際日本の損保が経営破たんしたことがありますが、あれはつまり再保険をけちったからです。保険会社が再保険を渋って倒産していてはお話にもなりません。

どうでもいい話をしますと推測統計学(推計学)というのは面白い学問です。これがあるから選挙も開票以前でだいたい当選者とかがわかっちゃうわけです。いずれにせよ統計学というのは文系理系問わず非常に役にたちます。読者の皆さまにおかれましても、簡単に統計学を勉強されることをお勧めします。

さてさて、全然話は違いますが、保険の女性って、特に30代くらいまででしたら、立っているだけでなんとなく分かりますね。髪型といい化粧といい服装といいスカートの短さといい持っているかばんや書類といい、実に独特の雰囲気があります。それで彼女らが来ると、来られる側はみんな露骨に嫌そうな態度をとりますよね。彼女らとはかかりあいたくないわけです。上の顧客だって、たぶん保険レディでなければもう少しまともな口のきき方をするでしょう。嫌がられる女性、それが保険レディです。そんな話はともかく、保険レディというのも現代女工哀史ですね。人間関係で使えるだけ契約を取らせてそれで取れなくなったらポイのわけです。ひどいものです。現代焼畑農業です。保険会社の関係者の方、読者でいたら(たぶんいるでしょう)ごめんなさい。

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