ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

フランソワーズ・ドルレアックの美しい写真

2011-06-30 05:29:30 | ドルレアック姉妹(フランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴ)
フランソワーズ・ドルレアックの写真をいくつか集めてみました。



カトリーヌ・ドヌーヴと。



















ドヌーヴといっしょの写真を集めてみました。ドルレアック姉妹がフランソワーズの亡くなる直前に映画で共演できたのは、あるいは神の思し召しかもしれません。

彼女の写真の特集はまたします。


お断り:このブログは今日からまたコメント欄を封鎖します。事情説明は後日。まあ世の中しつこい人っているんだなと思います。
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潜入ルポ 中国の女

2011-06-29 04:58:20 | 書評ほか書籍関係
半年以上新たな記事がないカテゴリーですが、しばらくぶりに書評を書きます。

inti-solさんも触れておられたので、元産経新聞記者福島香織さんの著作「潜入ルポ 中国の女」を読んでみました。



うーん、すごい本ですね。しばらくぶりに読みごたえのあるルポルタージュというかノンフィクションんをよんだなという気すらしました。

本の構成は、全4章で、1章がエイズ村(売血で村中の人がエイズになってしまった村)とその関係の報告、2章が北京で性を売る女たちその他の物語、3章が実業家、人権活動家、NPO活動家、芸術家など「セレブ」(日本語というより英語のセレブのニュアンス)、有名人の話、4章が70代から20代の女性作家たちの姿です。

まったくどうでもいい話ですが、フランスのポスト構造主義の哲学者にジュリア・クリステヴァ(今年で70歳。ちょうど先日6月24日に誕生日でした)という人がいます。彼女は現代哲学とかが好きな連中(たとえば私)にはなにかというと注目される存在ですが、文革末期の中国(ついでながら彼女はブルガリア出身です)を訪れて「中国の女たち」という本を書いています。あるいは福島さんの本の題名も、これを意識したのかも。



アマゾンの書評では、かなり厳しく批評されていますね。

実は私もこの本をはるか昔に読んだのですが、あんまり印象に残りませんでした。また読み返してみようかなと思います。それはそうと、クリステヴァさんは、いまの中国の女性たちについてどう考えているのかな。

すいません、余談が過ぎました。本論に移ります。

で、やはりすごいのが1章と2章です。とくに1章のエイズ村と売春婦たちの物語は、読んでいてさすがに胸がつまります。

中国は子どもは1人しか生んではいけないということになっていますが、とある女性はすでにエイズを発症しているにもかかわらず妊娠・出産をします。これが3人目の子供です。そして女性はいいます。引用の「家宝」とは、温家宝首相がこの村を訪ねた日に生まれたのでそれにちなんで命名された女性の息子です。

>私は女に生れて、幸せだと本当に思ったのは、家宝を産んだ瞬間だけだった(p.32)

今の日本で、ここまで他人にむかっていう女性は・・・たぶんいないでしょうね。

そして著者の友人のジャーナリストはいいます。

>農村で女に生まれるくらいなら、牛や馬に生まれたほうがましだと思っただろう(p.33)

そして、ブローカーみたいな男はこのように語ります。

>おれのやっているのは人助けさ。農村で仕事のない女たちに都会の仕事をあっせんしてやるのよ。(p.37)

中国に限った話ではありませんが、いったい何人の女たちが中国でこのような仕事をしているのでしょうか。

第2章で、北京で水商売をやっているとある女性はこのように語ります。

>中国ではね、徹底して男尊女卑なのよ。(p.92)

ミャオ族のある女性は、人身売買で北京郊外のとある村(北京郊外といっても日本人の基準からすれば片田舎です)に連れてこられました。兄が彼女をわずかばかりの金で嫁として売ったのです。

彼女には結婚を約束した男性が故郷にいました。その男性は、いまだ独身だそうです。

ほかにも読めば読むほど暗くなる話が続出します。うーん、すごい本です。

残念ながら3章以降は、やや内容が軽いかなと思います。実業家の話なども面白くはあるのですが、ちょっと前の章とくらべると物足りないかなと思います。それでも人権活動家マギー・ホウの話などはすごい読みごたえがあります。彼女はオリンピック直前の2008年5月30日に公安当局に拉致され、厳しい訊問を受けます。18日後に彼女は釈放されますが、中国というのも無茶苦茶する国だなと思います。もっとも死ななかったのは運がいいのかもしれませんが。

私はいわゆる「反中」の人間ではないし、日本と中華人民共和国は仲良くしていかなければならないと信じて疑いませんが、しかしそれにしてもこの本に書かれている中国の実情はあらためて心が重くなります。

個人的には、このようなテーマで1冊本を書き上げていればすごかったかなと思いますが(そして彼女はそれが可能ですが)やはり、本として売るためにはより多方面に目を配る必要があったのかな。それはそれで仕方ありませんが。彼女はこれからも中国にこだわり続けるのでしょうから、次なるすばらしい本を期待します。

それにしても、彼女のような実力がある記者が退社して、阿比留瑠比氏や安藤慶太氏のようなどうしようもない馬鹿がでかい顔をしている産経の現状ってマジで悲惨だね。阿比留氏は1966年、安藤氏は1965年、福島さんは1967年生まれとだいたい同じ年齢ですけど、やはり福島さんにとっては産経はとてもやってられないところだったんでしょうね。警察官(キャリアでない人たち)は仕事ができる奴ほどすぐ仕事を辞めるという話を聞いたことがありますが(真偽は知りません)、産経新聞もねえ、阿比留氏や安藤氏じゃお話にもならんからね。もっとも安藤氏はどうだか知りませんが、阿比留氏は産経倒産後も視野に入れて「WiLL」とかに登場しているみたいです。彼も、自分が定年になるまで産経新聞が存続するのは厳しいんじゃないかというくらいの覚悟はしているのでしょう。

最後に、私にこの本を読む気にさせてくれたinti-solさんにお礼を申し上げます。
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いまとなっては何ともむなしいものがある

2011-06-28 05:34:10 | 東日本大震災 2011
直接には地震と関係ないのですが、たぶん先日の地震が最終的にこの種のものへ引導を渡したと思うので記事にします。

拙ブログの記事を紹介していただいたりといろいろ世話になっているogatさんのブログ記事を見て「おや」と思いました。このような記念切手の写真が紹介されていたのです。





写真は独自のものを探しました。

1977年の高速増殖炉常陽の臨界記念の際に製作されたという記念切手です。

切手というのは国営もしくは準国営あるいはそれに近い事業ですから、切手の図柄というのはその時代にその国の政府(あるいは社会)の込めるさまざまな思惑というものが映し出されます。郵便学者の内藤陽介氏は、まさに世界の国々のいろいろな切手を解析して、その国の実情に迫ろうとしている学者さんです。

さてさて、常陽の歴史をwikipediaから見ていきますと…。

>1977年4月24日 第一段階であるMK-I炉心が初臨界を達成。日本で最初、世界で5番目。

とあります。上の切手は、この時のものを記念するものです。

1977年ですから、スリーマイル島チェルノブイリも起きていない時代です。それにしても、この切手が発行されたのはやはりogatさんもおっしゃるように

>常陽切手には未来への期待が込められていたのでしょう

ということですが、しかしいまとなっては…。なんともむなしいですね。

ogatさんのブログのコメントにも書きましたように、日本でこのような原子力関係のものの記念切手のたぐいが発行されることはたぶん永遠にないでしょうね。切手というもの自体すでに時代の流れでかつてほどの重要性はありませんし、日本の郵便事業もすでに国営ではなく位置づけも(いい悪いはともかく)大いに変化しています。そういった要因もふくめて、原子力というものが切手という媒体に取り上げられる日はもはやありません。

この記事のヒントをいただいたogatさんに感謝を申し上げます。
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追悼・ピーター・フォーク

2011-06-27 00:00:00 | 映画
このブログは6月25日土曜日はとてもアクセス数が多くどうしたのかなと思ったら、ピーター・フォーク記事でのアクセスが多かったんですね。



私も土曜日に氏の死を知り、「ああ、ついに・・・」という感慨を持ちました。死因は未公表とのことですが、前の記事にも書いたようにすでに氏はアルツハイマーがひどい状態で、報道によれば自分がコロンボを演じていたことすらよく覚えていないという話でした。病気ですからどうしようもありませんが、ドラマで頭の切れる人物を長きにわたって演じてきた役者さんが認知症になってしまうというのもなんとも悲しいものがあります。

いちおう記事を引用します。

>「刑事コロンボ」ピーター・フォークさんが83歳で死去
シネマトゥデイ 6月25日(土)4時18分配信

テレビドラマ「刑事コロンボ」シリーズでコロンボを演じた俳優のピーター・フォークさんが23日、ロサンゼルスの自宅で死去したと家族が認めた。83歳だった。

 ピーターさんの養女のキャサリン・フォークさんは、「彼のアルツハイマーはかなり悪化していました」とCBSニュースにコメントしたが直接の死因については触れなかった。ピーターさんは、彼の医師が「彼が自分がコロンボだったことさえも覚えていないことを非常に残念に思う」と語っていたほどアルツハイマーの病状が進んでいたという。

 養女のキャサリンさんは2009年にピーターさんが自身の世話ができないほど弱っているとして、裁判所に財産管理保護人が必要と申し立て、ピーターの妻シェーラさんと争っていたが、裁判所は妻シェーラさんを財産管理保護人に任命していた。

 ピーターさんは「刑事コロンボ」シリーズのコロンボ役でエミー賞の主演男優賞を4回受賞しており、映画『殺人会社』と『ポケット一杯の幸福』でアカデミー賞助演男優賞に2回ノミネートされている。(Bang Media International)

(引用ここまで)

下の写真は、ビヴァリーヒルズ近辺で徘徊していた際の氏のようです。





すいません、ちょっと(いや大いに)残酷な写真ですが、あえて収録しました。




ピーター・フォークの自叙伝です。題名は、コロンボでの毎度おなじみのセリフより。



これは「逆転の構図」かな。

こういっちゃなんですが、渥美清の寅さん同様、ピーター・フォークもコロンボに出すぎたために、やや役者としての幅が狭くなってしまったかなという気がします。本来彼は、すごいかっこいい顔なんですが、それをコロンボに出るためにずいぶん(わざと)くずしました。それはどんなもんだったかなと。そのために彼は、世界中に名が知れる俳優になったのですから、それはそれなりの対価はあったわけですが…。



コロンボの第1作目、「殺人処方箋」での氏です。悪くない顔でしょう。

実は私、いまを去ることなんとか年前の小学校高学年のころ(すいませんねー、私の年齢を逆算されたくないのでぼかしておきます)からコロンボとそしてピーター・フォーク氏のファンなんです。これからも氏の映画やコロンボについての記事を書いていきたいと思います。一番下の写真は1960年ごろの氏の写真です。





          (Peter Falk 1927-2011)

お断り:拙ブログは最大限1日1記事というペースを保っていきたいので、この記事は実際には26日に発表しますが、フランソワーズ・ドルレアックの記事は6月26日発表でないとまずいので、この記事は27日の記事という設定にします。ご理解ください。
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今日でフランソワーズ・ドルレアックが亡くなってから44年目

2011-06-26 08:40:35 | ドルレアック姉妹(フランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴ)
フランスの女優フランソワーズ・ドルレアックが不慮の事故で亡くなったのは、1967年6月26日です。もう44年もたってしまいました。

彼女については1度記事を書いたことがあります。

彼女はニースの空港へルノーで急いて向っていましたが、事故にあい車は炎に包まれてしまいました。フランスの警察は彼女の身元の確認に運転免許証などしか使えなかったそうです。この美しい女優は、まさに永遠の若さ(彼女は1942年3月21日生まれ)のまま旅立ってしまったのです。

ドルレアックの妹は、いうまでもなくカトリーヌ・ドヌーヴです。彼女は本名のドルレアック姓を姉にゆずり、自らは母親の姓であるドヌーヴを芸名にしました。

ドヌーヴに限らず、ドルレアックの家族たちはフランソワーズの死を受け入れることができませんでした。ドヌーヴは語っています

>ご両親とは、フランソワーズの死を振り返ることはないのですか?

ありません。両親、私の妹たち、私にとってあまりに暴力的で、トラウマとなる出来事だったので、話すことができないのです。それは私たちだけが共有できる話、結束、一緒になれる方法でもあるのですが、自分たちの悲しみを取り集めても、大したことにはならないと直感的に分っているからです。それに私たちにはフランソワーズが亡くなったことを話すことが単純に、肉体的に無理なんですね。姉の死をお互い時間が経過してから受け入れなくてはならなかったのですが、それがまだ出来ていないのです。

(引用ここまで)

彼女らは世界映画史上最高の美女姉妹(個人的には、オリヴィア・デ・ハヴィランドジョーン・フォンテインより彼女らを支持したいと思います)でしょうが、ドヌーヴ自身姉のフランソワーズについて語るのはとてもつらいことのようです。こちらに、ドヌーヴが姉について語った貴重な証言があるので興味のある方はお読みください。

今日はフランソワーズ・ドルレアックの写真をご紹介します。















せっかくだから、もう1回くらい彼女の写真を特集します。

来年(2012年)、彼女は70回目の誕生日をむかえます…。

どうでもいい追記:本日、写真掲載ように収録してある写真が7000を超えてしまいました。全部記事に使っているわけじゃありませんが、ほんと私もこのブログでたくさん写真を使うな。
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いよいよデジタル放送に対応しようかと考える

2011-06-25 02:26:54 | PC・通信・IT関係
地震で被災した東北3県をのぞく地域で、2011年7月24日にてアナログ放送が停止になります。いよいよ、デジタル放送のみの状況が秒読みの段階にはいりました。

で、読者の皆さまは意外に思うかもしれませんが、実は私の家のテレビはいまだにアナログ対応なんです(笑)。

ていいますか、拙宅にはテレビが2台ありまして、1台はデジタルなのですが(ついでにケーブルテレビと契約)私の部屋のテレビはいまどきこんなテレビ見ている人はめったにいないと思うくらいの古典的なテレビです。つまり奥行きがあって、画面もまるく、スタンダードサイズの代物です。いまでは博物館とまではいいませんが、まずお目にかかりにくいかもしれません。

たぶんアンテナもつけかえなければいけないと思いますし、購入すれば付随する出費もそれなりにかかりそうです。買ったら(そんなの人さまにお見せするものではありませんが)古いテレビともども読者の皆さまにお見せしましょう(爆笑)。

正直それならケーブルテレビに私の部屋のテレビも契約しちゃえばそれでいいのですが、たぶんそんなに見る時間もないと思うので、アンテナをつけかえるつもりです。ケーブルテレビには、どうしても契約したくなったら契約するの精神でいいかなと思います。

映画チャンネルなんかはけっこう「おお!!」ていう映画(たとえば「ありふれた愛のストーリー」なんて映画が「洋画★シネフィルイマジカ」で放送されたときは「すごい」と思いました)も放送されますし、悪くはないですが、でもなかなか見る時間がないからなあ。世の中ありとあらゆることが不平等ですが、時間だけは万人に(相対性理論あたりのレベルではともかく)平等ですからね。どんな大金持ちでも1日は24時間、1,440分しかありません。私は金持ちではありませんが、しかしこの点だけは、世界のどんな人間とも対等の立場です。

今年は映画館で100本見るという宣言をしましたが、地震があったりしてなかなか厳しいところがあります。映画を映画館で見るということは、自宅でテレビを見る時間がへるということですし、今年は仕事も忙しいからケーブルテレビはオプションを追加しても見きれないというところですかね。そう考えるのは、私がたいした映画ファンではないということなのかもしれません。

しかしブログって面白いね。私がデジタル対応テレビを買うとかなんとかいうどうでもいい話でも記事になっちゃうんですから。こんな記事を読まされる読者はいい迷惑かもしれません。だとしたらごめんね。もちろんお金を取っているわけじゃないから私がどんな記事を書こうが構わんわけだけど。

来週にはデジタル対応のテレビを買おうかと考えています。しかし自室も整理しなければいけないしな。録画するための機材も買わなければいけないし、いろいろ出費が大変です。
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かなり身も蓋もない記事ですが

2011-06-24 06:50:58 | 東日本大震災 2011
ちょっと前の「毎日新聞」に興味深い(ていうか、だいたい想像のつく内容ですが)記事がありました。全文引用しましょう。

>ザ・特集:悩む原子力専攻学生
原子力に未来はあるのか--。福島第1原発で起きた最悪の事故は、この国の原子力産業の先行きに暗い影を落としている。そうしたなか、この国の未来を切り開くエネルギーであると信じて、原子力を専攻する学生たちの目に、今回の事故はどう映っているのか。若き原子力エリートの悩める心に迫った。【浦松丈二】

 ◇「今こそ専門家必要。自負持ち勉強したい」 でも…揺らぐ進路「皆迷っている」
 東京大学五月祭の初日(5月28日)。カラフルな看板の模擬店が並ぶキャンパスに黒いスーツ姿の学生たちがいた。「東大生と学ぶ原子力」フォーラムを企画した工学部有志約20人。旧原子力工学科の流れをくむシステム創成学科環境・エネルギーシステムコース(学年定員48人)の3、4年生たちだ。1960年に創設された原子力工学科時代から脈々と業界リーダーを輩出してきた。福島の事故後、有名になった武藤栄・東京電力副社長や近藤駿介・原子力委員長らはOBだ。また、原子力安全委員会の班目春樹委員長は原子力工学科(当時)で教えてきた。とかく閉鎖的と批判される「原子力村」だが、東大の原子力学徒OBが中核を担っている、というのが大方の見方だ。

 「福島の事故後、(原子力分野に)就職するにしても進学するにしても、覚悟が必要になったのは事実です。ただ、今こそ専門家が求められていると思います。そういう自負を持って勉強していきたい」。フォーラムを中心になって企画した4年生の杉山達彦さん(21)はそう話す。

 100人以上の聴衆が大教室を埋めた。学生5人が登壇し、事故経緯や放射線が健康に及ぼす影響、火力や太陽光など代替エネルギーについて、あらかじめ準備したスライドを映しながら説明していった。5人は「一人一人がエネルギーを自分の問題として考えてほしいのです」と締めくくった。

 福島問題の関心の高さを示すように、この日のフォーラムでは活発な質疑応答が繰り広げられた。その多くは、放射線量の単位など専門的な知見に関するものだった。そして、最後に4列目に座っていた横浜市の会社員(49)が質問に立ち、こう切り出した。「原子力は長期的に日本のためになるかどうか。ご意見をお持ちであればお聞かせ願いたい」。空気の流れが少し変わった。

 壇上の学生たちが顔を見合わせる。押し出されるようにしてマイクを握った杉山さんは「私が大事だと思っているのは、0か100か、という強い議論に押されることなく、総合的に今後のあり方を考えていくことです」と答えた。緊張した様子が見て取れた。これで時間切れだった。

     ■

 原子力の専門教育が始まって半世紀余。「この間、さまざまな変遷があった」と話すのは、フォーラムに来ていた東大大学院工学系研究科総合研究機構長の寺井隆幸教授(57)。杉山さんらの先輩に当たる。「システム創成学科は、原子力だけでなくエネルギー全般について広く学んでいます。その前身の原子力工学科時代は、原子力だけを勉強してきたのですが……」

 学科再編のきっかけは、スリーマイル島(79年)、チェルノブイリ(86年)という、二つの原発事故の影響だったという。

 東大の原子力工学科は93年、「システム量子工学科」に再編され、2000年には再び他学科と統合され、「システム創成学科」として生まれ変わった。門外漢が見たら、これが原子力関係の学問とは想像できないかもしれない。学問の名前から「原子力」の文字を消し去ることで、何やら物事の本質を見えにくくしているよう。

 こうした動きは東大だけでない。京大など他の旧帝大でも相前後して、開設されていた原子力・原子核工学科などといった学科名から「原子力」「原子核」といった文字が消えた。

 「それでも」と寺井教授は言葉を継いだ。「5年ほど前から、世界的なエコエネルギーの潮流に乗って原子力が見直され始め、『原子力ルネサンス』なんて呼ばれていたのですよ。やっと風向きが変わってきたと思っていたところに、今回の福島の事故が水を差してしまった。主に米国メーカーの基本設計でつくられた、福島第1原発は津波の想定が甘かったのです。女川原発は被災した住民が避難してきたというのに……」と悔やむ。言葉の端々から、米国依存の設計ゆえに壊滅的な事故につながった--と言っているふうにも聞こえた。

     ■

 一方、学生たちは原子力をどうみるのか。フォーラムで原子力を論じた杉山さんは「卒論では原発の安全評価など、大学院は電気系かなあ」と、意外なことを口にする。そして「僕だけじゃないんですよ。原子力国際専攻を目指していた同級生たちも迷っているようです」と打ち明ける。詳しい理由は明かさなかったが、福島の事故が影を落としているのは間違いあるまい。

 同級生の田儀(たぎ)和浩さん(21)は「がんの治療に役立つ放射線や陽子線の研究をしたいと考えています。事故を受けて放射線が健康に及ぼす影響に関心を持つようになりました」と話す。

 業界も学生の原子力離れに危機感を募らせる。業界団体の日本原子力産業協会は学生を対象に就職説明会を開催している。担当の政策推進部統括リーダーの木藤啓子さんは「昨年は来場者がぐんと増えたのですが、正直、今年はやってみないと分からない状況です」と顔を曇らせた。昨年12月に東京と大阪で開催した説明会には前年比7割増の1903人が参加した。今年は東電が募集を見送り、浜岡原発を停止した中部電力もどうなるか分からないという。

 原子力産業の人材不足は日本だけの問題ではない。国際原子力機関(IAEA)が04年にフランス原子力庁のサクレー研究所で初開催した人材育成に関する国際会議。核燃料サイクル開発機構企画部長として派遣された森久起さん(62)=現・原子力研究バックエンド推進センター専務理事=は指摘する。「先進国の原子力産業は本格的なスタートから40年が経過して世代交代期に入っていますが、若手の人材確保が国際的な課題になっています」。ドイツなどの脱原発の動きも影響しているようだ。

 森さんは名古屋大学工学部原子核工学科2期生。黎明(れいめい)期に原発の研究者を志した。「私が大学に入ったころは四日市ぜんそくの公害が大きな社会問題になっていました。公害問題から原子力に魅力を感じたのです」とふり返る。

 福島の事故では、東電の工程表通りに収束したとしても原子炉処理までの長いプロセスと放射性廃棄物の回収、処理、管理という課題が横たわる。これを解決できるのは原発の専門家しかいない。

 森さんは話す。「まだまだ学問としての原子力工学は必要なのです。日本の原子力が試練に立たされているなか、若い学究者の英知が求められているのです」

 前出、東大生の杉山さんによると、今回のフォーラムにかかわった約20人の3、4年生のなかで、大学院で原子力専攻を決めた学生はいないという。

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 「ザ・特集」は毎週木曜掲載です。ご意見、ご感想はt.yukan@mainichi.co.jp ファクス03・3212・0279まで

毎日新聞 2011年6月2日 東京朝刊

(引用ここまで)

常識的に考えて、これからの時代に原子力の分野に優秀な学生が集うってことはほとんど望み薄でしょうね。

(コメント返しはもうすこしお待ちください)
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レディ・ガガが日本に来た

2011-06-23 07:40:09 | 音楽関係(CD、コンサート、歌手その他)
いうと人は笑うかもしれませんが、実は私は、レディ・ガガが好きなんです。何ともいえず、好みなんです。

彼女について語りたいこともいろいろありますが、今日は先日彼女が来日した際の成田空港での写真をご紹介しましょう。ほんとは私も仕事をさぼって成田に行きたいくらいだったのですが、しかしそれはできない相談なので私は写真で我慢することにします。

















動画も。

Lady Gaga Arrives in Japan 米歌手レディー・ガガ来日


LADY GAGA arriving at Narita Airport. 6/21 レディ ガガ来日






もういい、という読者がほとんどでしょうが、時をおいてまたやります。
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阿比留瑠比記者という人も、自分勝手な人だ

2011-06-22 00:10:12 | 社会時評
今年の4月、産経新聞の阿比留瑠比氏が菅首相の記者会見で、

>-先ほど首相は「辞任をするのか」という時事通信記者の質問には答えなかった。現実問題として与野党協議にしても、最大の障害になっているのは首相の存在であり、後手に回った震災対応でも首相の存在自体が、国民の不安材料になっていると思う。一体、なんのためにその地位にしがみついていらっしゃるのか考えを聞かせてほしい

(引用ここまで)

という質問をしました。

菅首相は

>阿比留さん(産経新聞記者)の物の考え方がそうだということと、私は客観的にそうだということは必ずしも一致しないと思っています。

と軽くあしらいましたが、この阿比留氏の質問でなくて発言は、非常に興味深いですね。

というのはこちらの記事のコメント返しでも書いたように、同じことをどこかの記者が安倍晋三にむかって発言したら、たぶん阿比留氏はものすごく怒る(爆笑)からです。これは阿比留氏のことを多少なりとも知っている方ならだれでも納得していただけるでしょう。

自分ではあそこまで言っておいて(それで極右雑誌「WiLL」で自慢する始末。ほんと馬鹿ですね)、しかし自分が大好きな人が同じことをされると我慢ならん。そりゃ人間だれだってそういう傾向はありますが、さすがに普通の人ならそのへんは(恥ずかしいから)あそこまで馬鹿な質問はしないし、それなりの常識はそなえています。しかし阿比留氏にはそんな常識は通用しませんからね。いや、あんなのを重用している産経新聞がどうしようもないんだけどね。

ほんと、阿比留氏の安倍に対する入れ込みようは尋常じゃないもんね。あんな馬鹿にどうしてそこまで熱中するかと思いますが、でも安倍にとっても(安倍個人がどう考えているかは知りませんが)阿比留氏ってトータルで考えれば迷惑な存在じゃないかなあ。だってごく平凡な人間が阿比留氏の安倍についての記事を読んだら、こりゃまともじゃないって考えるんじゃありませんかね。もっとも赤の他人にそこまでさせる安倍という人物について、心理学とか社会学的なアプローチで迫ればそれはそれでおもしろいかも。あそこまでの馬鹿にここまでいろんな人が想いを寄せるというのは学問研究の対象になりそうです。

そんな話はともかくとして、昨年阿比留氏は、菅首相が靖国神社に参拝しないことを非難して、こんな写真まで載せました。阿比留氏のことはある程度知っている私も、この記事にはさすがにうんざりしました。

それでですよ…。2007年安倍は靖国参拝を見送りました。つまりこいつは、首相として靖国神社に参拝するという最初で最後のチャンスを逃したわけ(馬鹿)。さぞ無念だったでしょうね、安倍は。そう、あんたみたいなどうしようもない馬鹿が首相になること自体根本的な間違いだったんだよ。

で、阿比留氏がその年の靖国関係のブログ記事をどのように書いたかというと…。

だいたい読者のみなさんご想像できるでしょうけど、見て見ぬふりです(どうしようもないね、安倍に甘くて)。

阿比留氏だって、安倍が靖国参拝しなかったのは悔しくて残念で仕方なかったはずですが(馬鹿)、そこは安倍の足を引っ張っちゃいけない(ていいますか、この時点で安倍は参議院選挙で惨敗したのでほとんど死に体でしたが)と考えて我慢したんでしょうね。どうです、この落差(爆笑)。

阿比留氏の書いた靖国神社に関する部分。

>この戦没者追悼式には私は行っていませんが、式典と同じころ、靖国神社に参拝(取材)に行ったのでそのときの写真をアップします。過去最高の人手だった昨年に比べ、参拝客は少なかったのですが、暑さは半端ではありませんでした。

(写真)

若者の姿が、心持ち昨年より目立ちませんでした。昨年に比べ、靖国神社に対する世間の関心が薄れているのかなと思いました。

(写真)

英霊には感謝の気持ちをささげる一方、どうか日本のこれからを見守ってくださいと祈りました。

(写真)

この集会では、安倍首相への評価と失望、厳しい政治情勢などが語られていました。古屋圭司衆院議員のあいさつが予定されていましたが、列車事故に巻き込まれたとのことで、残念ながら話は聞けませんでした。

(写真)

大鳥居から地下鉄の駅に向かう路上では、さまざまなビラが配られていました。また、左翼過激派らしい集団が、「国会議員の靖国参拝を許すなぁ」「靖国神社粉砕!」などと騒いでいましたが、どうでもいいので特に注意を払うこともせず通り過ぎることにしました。

(引用ここまで)

でおしまいです。安倍の参拝の話なんか、かけらもでてきません。そーんなに安倍に甘くしてどうする(笑)。ていうか、安倍をだめにしたのは、阿比留氏をはじめとする連中のこの男に対する異常な甘さが大きな原因じゃないですかね。もとより安倍は馬鹿な人間だから、ますます勘違いがひどくなる。「ひいきの引き倒し」っていう言葉もあるし。もっともそういうことを言うと、阿比留氏をはじめとする人たちは(異常に)怒るんだけどね。

自分が異常に支持する安倍が靖国を参拝しなくても見て見ぬふりをし、嫌いな人間がしないとやたらおこる。ほんと正直な人です。そして自分勝手な人です、阿比留氏って。
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今年の夏は、少しはめずらしい国に行こうかと考える

2011-06-21 03:03:45 | 旅(海外旅行一般 あるいは上以外の国々)
2006年12月31日にハンガリーへ入国して以来、私は行ったことのない国に入国したことがありません。韓国とか香港とか中国とか同じところへの入国をくりかえしています。

しかし、これではやはりよくありませんね。私もソウルや香港は繰り返しおとずれたのでそれなりに詳しくなりましたが、しかしもうすこし新規開拓もしなければいけません。

というわけで、今年の夏は、少しはめずらしい国に行こうかと考えています。具体的には、アジアのどこかの国です。

ていうと、このブログの読者の方は、「将軍様の国!?」とお考えかもしれませんが、(残念ながら)あの国ではありません。行ったら確実に公安警察にマークされます。私は公安警察とお友だちにはなりたくありません。

まだ行くと正式に決めたわけではないので、国名は行くときになったらお知らせします。行ったらこのブログではかなりの超長期連載になるかと思います。私も相当気合の入った記事を書くことになりそうです。

それにしても今度の国は、私にとってもどのような旅になるか読めないところがあります。最悪、

「日本人男性××(国名)で行方不明」

なんて新聞記事が出る可能性もなくはありません。ほとんどないでしょうが、まったくないとは言いかねるものはあります。

というわけで、「行く」と私が記事を書いてこのブログの更新が途絶えたら、ああMcCrearyのやつ死んだなと思ってください。

いや、まだまだ行きたい国はほかにもありますからそう簡単に死ぬわけにはいきませんね。無事に帰ってくるように気をつけます。たとえばウガンダとかレソトなんてとこにも行ってみたいし、カフカスも外すわけにはいきません。

それはそうと近日中に飽きもせずまたソウルに行きます。ソウル行きの安い航空券を見つけたので。2泊3日の軽い旅ですが、また私なりにソウルの魅力を探求しますのでお楽しみに。
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