ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

今年2月にソウルに行く予定

2013-01-31 00:00:00 | 旅(韓国)
昨年5月にソウルに行って、入国時の指紋スキャンに激怒したり、帰国便に出発40分前にチェックインをしたり、帰りにアシアナ航空の客室乗務員に思いっきり指紋スキャンの愚痴をこぼしたりと、なかなかスリリングな経験をしました。10月にソウルに行く予定だったのですが、あいにく行けなくなってしまったので、2月に行くことにしました。冬の韓国もしばらくぶりです。

2月25日に次の大統領が就任しますね。私が行くのはそれ以前です。私がはじめて韓国に行ったのは97年で、そのときは金泳三大統領でした(任期満了直前でした)直後に大統領に当選した金大中氏の姿も奇跡的な偶然で姿を見かけました(その件の記事はこちら)。実物の氏を見たのはこの時が最初で最後です。こんどは5人目の大統領の統治ということですかね。

はじめての韓国訪問からもう十数年たち、韓国もほんと豊かになったし、日本人の韓国に対するまなざしも、紆余曲折はありながらもいろいろ変わってきました。韓流ブーム、ワールドカップ日韓共同開催、竹島問題ほかいろいろ。いずれにせよ、私はこれからも韓国を旅しつづけるし、このブログで記事を書きつづけると思います。

今回は3泊4日を予定していまして、ソウルを離れて某所へいこうと考えています。某所がどこかは記事を読んでからのお楽しみということで。ただ私もどこへ行くかはその日の気分でかわるので、めったなことはいえません。

そろそろ北朝鮮旅行も考えているし、やはり朝鮮・韓国とは死ぬまで縁は切れなさそうです。
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さすがに復帰は・・・ていうか復帰させていいんかよという疑問もあり

2013-01-30 00:00:00 | Weblog


過日ネットを閲覧していたら、「おや」という記事を見かけました。後藤真希の弟、前科者である後藤祐樹にかんする記事です。

>ゴマキ弟、芸能活動再開か……姉の“うわさ”や収監中の様子、近況など語る
RBB TODAY 1月9日(水)11時29分配信

元モーニング娘。の後藤真希の弟で、強盗致傷容疑などで逮捕され実刑判決を受けて昨年10月に出所した元EE JUMPの後藤祐樹が、タトゥー情報サイト「tattoo navi」に登場。インタビューに応じ、近況について語るとともに、芸能活動を再開する意思があることを明かしている。

2007年に窃盗容疑で逮捕され、その後も約10件の窃盗・強盗事件に関与していたことを認めて懲役5年6ヵ月の実刑判決を受けていた後藤。同サイトのインタビューでは、自身の身体に彫ったタトゥーを披露するなど、タトゥーに関連する話が中心だが、そのほかに芸能活動をしていた頃のことや、事件を起こした当時のこと、刑務所内でのことについても振り返っている。芸能活動をしていた当時については、「芸能人の時は思春期だったので遊びたい時期に遊べず辛かったです。ですが、その代わり良い経験も出来たので良かった」と語るとともに、音楽ユニット・EE JUMPでの活動については、「正直に言って歌のジャンルもそうですが、歌自体、歌うのは嫌いでした。音痴と言われてましたし、人前で何かをすることが苦手だったので」と告白。また、刑務所内でのことについては、「やっぱり元芸能人ということもあり、嫌がらせやイジメなどもありました」などと収監中の様子なども明かした。

 また、インタビューでは姉・真希のことについても言及。「AVに出演するという噂が勝手に広まっていますけど……本当にビックリです。姉も自分もしませんので世間の期待には答えられないです(笑)。第一子供もいるのに勘弁して欲しいですよね」などと語っている。

 そのほか、今後の活動について訊かれた後藤は、「今いろいろと考えている所ですけど、これからは少しずつですが芸能関係の仕事もしていきたいと考えてます」と、芸能活動再開の意思があることを明かし、同サイトからのタトゥーライフに関するコラム執筆のオファーにも、「いいですよ。コラムって今までやったことないので嬉しいっす。随分勝手な事吹いてる奴らもいるしね、色々話したい事もあるからやってみますよ」と快諾している。「色々話したい事もある」という後藤がコラムを通じて何を語るのか、注目される。

 後藤は、女性歌手のソニンらと結成したユニット・EE JUMPのラップ担当として2000年にデビュー。3枚目シングル「おっととっと夏だぜ!」がヒットするなど人気を博したが、2001年8月に失踪する騒動を起こしたことで謹慎処分に。2002年に復帰するも、未成年だった当時にキャバクラに出入りしている写真が写真週刊誌に掲載されたことが原因で脱退。同ユニットも活動停止となった。その後は一般の仕事に従事し2005年に19歳で結婚。3児をもうけたが、2007年に工事現場から銅線を盗み逮捕。その公判中に別の工事現場でも窃盗・強盗事件を起こし、2008年5月に懲役5年6月の実刑判決を受けていた。


彼は昨年の秋に出所したとのことですね。収監されたのは、川越少年刑務所だとか。ここは、少年受刑者、もしくは後藤のような若い受刑者が収容されるわけです。

で、私が「どうもなあ」と思ったのが、彼が芸能界への復帰を希望しているというくだり。

お前昨年出所したばかりだろ。

でですよ、芸能人とかスポーツ選手とか、あるいはその他有名人がなんらかの刑事事件を起こした場合、その事件の大半は薬物関係、軽微な性犯罪か交通事故関係だと思われます。年初に某女性フリーアナウンサーの人身事故(被害者がお亡くなりになるという最悪の結果になりました。亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします)が報道されました。またNHKアナウンサーの強制わいせつ事件などの性犯罪も報道されますが、多くは条例違反の盗撮その他が主です(NHKアナウンサーは強制わいせつですので刑法の犯罪ですからより悪質ですが、これも不起訴ですみました。起訴されていたら懲戒免職でも文句がいえません)。悪質な性犯罪をした有名人は、いないとはいいませんが、そんなに多くはありません。

で、後藤の場合、強盗致傷で懲役5年6ヶ月ですからねえ。しかも起訴されて公判中にさらに事件を起こしているくらいで、なかなかの大物ぶりです。裁判官も激怒したみたいです。

ついでながらに書いておくと、求刑は8年でした。2年半も軽減されたわけで、これは事実上弁護側の勝利かも。たぶん年齢が若いとか前科がない(のかな?)といった事情が考慮されたのかもしれません。

ふつう、強盗致傷(窃盗じゃないからねえ。しかも警備員を殴って鼻の骨を折ったとかなりひどいし)なんてするやつは相当悪質だし、それで出所してもそんなに簡単に芸能界なんか復帰させていいんですかね?

記事を読んだ限りでは、具体的に芸能事務所がアプローチしてきているかどうかは不明だし、復帰したってテレビなどでの登場はさすがにどこの局も二の足を踏むんじゃないんですかね。そうでなくても、やはりもう少し時間がたたないとなかなか現実には活動はしにくいんじゃないんかなあと思います。

で、後藤真希は現在芸能活動休業中だし、お母さんもお亡くなりになってしまったしねえ。後藤が芸能活動休止中なのも、お母さんがお亡くなりになったのも(ご自分で命を絶たれました)、失礼ながら彼の不祥事とまったく関係がないということもないでしょうしね。たぶん相当密接に関係があるはず。

それで彼3人子どもがいるとのこと。いいんかよ、子どもの人格形成期に父親が刑務所なんかいて。

それにしても、彼がなんで強盗傷害なんて悪質な犯罪をしたのか見当もつきませんが、刑務所はそれなりに厳しかったようですね。刑務所というのもいろいろで、基本的に犯罪傾向がすすんでいない(と判断される)年少者を収監する刑務所は規律が厳格です。運動とかもごってりやらされるし(収監される連中は、薬物犯も多いし、そうでなくても自堕落な生活でひどい健康状態であることがすくなくありません)、仲間内での関係も厳しい。後藤自身有名人だということでいじめを受けたとはっきり語っているくらいです。中ではそうとうつらい目にあったんじゃないんですか。本人の不徳のいたすところでしょうが。

といっても彼も仕事をしなくてはねえ。いまはゴマキの過去の稼ぎで食っているみたいですが、そんなことばかりもしていられません。奥さんと3人の子どもさんがいるんだからね。そうすると、安易な気もしますが、やはり芸能活動とかになるんですかね。人がどうやって食っていくかについて、犯罪とか暴力団に入るとかでない限り他人が口を出すような話でもないでしょうが、強盗致傷をして実刑になった人間にたいしては、別の仕事をしていただいたほうがいいんじゃないかと思います。芸能界に復活するのなら、ある程度時間を経て更正したと世間がそれなりに認めてからでしょう。

以上、実際問題としてそんなに簡単に芸能活動復活が可能とは思いませんが、ちょっと気になったので記事にしてみました。

同じ日の追記:ばかばかしいので表に出しませんが、馬鹿から、何で食っていこうが本人の勝手だろという趣旨のコメントがありました。

馬鹿、世の中そんなに甘くねえよ。

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里谷多英の引退にちょっと感じたこと

2013-01-29 00:00:00 | スポーツ
数日前女子モーグルの里谷多英が現役引退を表明しました。記事を。

>里谷、ソチ五輪出場困難…引退決意/モーグル
サンケイスポーツ 1月19日(土)7時51分配信

 1998年長野五輪のフリースタイルスキー女子モーグルで金メダルを獲得した里谷多英(36)=フジテレビ=が18日、今季限りでの引退を発表した。来年のソチ五輪出場が困難と判断した。今後は勤務先のフジテレビで業務にあたる。2月23日開幕のW杯猪苗代大会で引退セレモニーを行う。

 今季のW杯派遣メンバーから漏れていた里谷は、昨年12月に米コロラド州で行われたFIS(国際スキー連盟)公認大会にW杯への復帰をかけて出場。「(W杯派遣への)昇格基準を満たすことができず、その試合後引退を決意しました」と、ソチ五輪出場が難しい現状を自ら悟った。

 「25年間あきらめることなく、最後まで挑戦し続けることができ、とても幸せな競技人生でした」。所属のフジテレビを通じて発表したコメントで、里谷は“天才少女”としてスタートした競技生活を振り返った。

 小学6年で全日本選手権を制し、94年リレハンメル五輪に初出場。半年前に最愛の父を亡くした98年の長野五輪では、美しいターンと圧倒的なスピードで、日本人女子として冬季五輪史上初の金メダルを獲得した。

 2002年ソルトレークシティー五輪でも2大会連続メダルとなる銅を獲得。その後も、泥酔騒動などコース外での注目や相次ぐ故障などで何度も引退危機に直面しながら、10年バンクーバー五輪まで5大会連続出場を果たした。

 マイナーだった種目にスポットを当て、3歳下の上村愛子らに大きな刺激を与えた。引退の花道として「過去にほとんど例がない」(全日本スキー連盟広報)というW杯でのセレモニーが催されることになった。


こちらも。

>98年長野で金 里谷多英引退「とても幸せな」25年間
スポニチアネックス 1月19日(土)7時2分配信

98年長野五輪で日本女子初の冬季五輪金メダリストとなったフリースタイルスキー女子モーグルの里谷多英(36)が今季限りで現役を引退することが18日、所属先のフジテレビから発表された。来年に迫ったソチ五輪出場が困難と自らが判断したため。来月23、24日に福島・猪苗代で行われるW杯の際に引退セレモニーを行う。里谷は02年ソルトレークシティー五輪でも銅メダルを獲得。今後はフジテレビの社員として業務に当たるという。

 日本のスポーツ史を彩った希代の女性アスリートが、現役引退を決断した。里谷はこの日、所属先のフジテレビを通じたファクスと自身のSNSなどで今季限りの引退を発表。「12歳で初めて大会に出場してから25年間、諦めることなく最後まで挑戦し続けることができ、とても幸せな競技人生でした」と振り返った。

 10年バンクーバーは日本女子最多の冬季五輪5大会連続出場を果たしたものの、19位。その後は持病の腰痛などで海外遠征ができないシーズンがありながら、6大会目となる来年のソチ五輪を目指し現役を続けてきた。だが昨年12月18~21日の北米カップで惨敗。同大会は前シーズンにW杯昇格を決めた大会で、関係者によると、出場前から結果次第では引退する覚悟を決めていたという。

 里谷は小学6年生で全日本選手権を初制覇。17歳で94年リレハンメル五輪に出場し11位に入った。自国開催の長野五輪では会心の滑りで高得点を叩き出し、日本女子初の冬季五輪金メダリストとなるとともに選手団最初の優勝で日本を勢いづけた。ソルトレークシティー五輪では銅メダルを獲得。ちなみにこの後、スキー界は06年トリノ、10年バンクーバーとメダルなしに終わっている。

 W杯でも通算2勝を挙げた一方、私生活ではトラブルもあった。03年11月に一般男性と結婚したが、06年には離婚が成立。05年2月には都内の飲食店で酒に酔って従業員とトラブルとなり、一時警察に拘束される騒ぎとなった。不起訴処分となったものの、世界選手権の出場と強化選手指定を辞退し、フジテレビからも謹慎処分を受けた。

 それでも5歳からモーグルの手ほどきを受けた父・昌昭さんを97年に亡くしながら(享年54)、父との思い出を胸に競技を続けてきた31年の道のりは色あせるものではない。一番の思い出は長野の金ではなく、父がまだ生きていたリレハンメルでの五輪初出場。「モーグルというマイナー種目が注目されて、大観衆の中で滑れた感激は今でも忘れない。メダルが欲しいと思ったのも、あの大会から」と振り返った“冬の女王”は、シーズン真っ盛りに雪上を去る。

 ◆里谷 多英(さとや・たえ)1976年(昭51)6月12日生まれの36歳。北海道札幌市出身。東海大四高―北海道東海大―フジテレビ。5歳でスキーを始め、札幌新陽小6年時にモーグルに転向。17歳で94年リレハンメル五輪に初出場。10年バンクーバー五輪まで5大会連続出場。98年長野五輪で金メダル、02年ソルトレークシティー五輪で銅メダル。W杯通算2勝。1メートル66。血液型O。


個人的な意見を言いますと、だいぶ引退が遅かったような。彼女は1998年の長野オリンピックで金メダル、2002年ソルトレークオリンピックで銅メダルでした。しかし、2006年のトリノオリンピックが15位で、上村愛子が5位でしたから、上村の競技者としての充実ぶりと自分自身の年齢(29歳)からしてもここで引退というのが通常でしょう。彼女の場合、さらに現役を続けて、バンクーバーにも出場して(もちろんこれはすごいことですが)19位、ここが自他共に認める引退のタイミングでしょうが、彼女は現役を続行しました。金メダルと銅メダルを持っている彼女にとって、ちょっとこれ以上現役を続けるのは痛々しかったと思います。それは彼女もむろんじゅうぶん理解していたはず。私は知らなかったんですが、全日本スキー連盟の幹部から2012年に事実上の引退勧告を受けていたんですね。

>多英と附田に“引退勧告”/W杯スキー

<W杯スキー:モーグル>◇第10戦◇19日◇新潟・苗場スキー場

 全日本スキー連盟の林フリースタイル部長は、2戦とも予選落ちした35歳の両ベテランに手厳しかった。女子の長野五輪金メダリストの里谷多英、男子で4大会連続五輪代表、附田雄剛の名前を挙げて「先が見えた思い。指導者になるとか」と“引退勧告”した。

 里谷は「自分で決めること」と話し、附田も「気にしない」と、ともに現役続行に意欲的で、3月の全日本選手権(福島県猪苗代町)で意地を見せたいところだ。

 [2012年2月19日19時31分]


それでも彼女は現役にこだわりようやく引退となりました。

そしてこれも個人的意見ですが、彼女の引退についてマスメディアの報道も多いとはいえないですね。彼女は冬季五輪で日本人初の女子金メダリストですから(ほかは、荒川静香のみ)、実力は過去の人でも、もうすこしマスメディアが報じてもよさそうな。

たぶん私は、彼女の引退が遅かったこと、マスメディアがあまり彼女の報道に積極的でないことは、同じ理由ではないかと考えます。例の、上の記事でもふれられている不祥事です。

ご存じない方のために説明しますと、つまり彼女がクラブで男と酒を飲んでいて暴れてしまい、逮捕はされなかったものの身柄を拘束されて、書類送検されてしまったのです。不起訴ですみましたが、性交したのではないかとの話までありました。これは彼女が否定していましたが、真相はともかくそんな話まで出てきては、この件は彼女のプライドや社会的な評価を完全に破壊したと思います。

実際、このような不祥事をおこしてしまったら、たとえば学校などで彼女を講演に呼ぶわけには行かないし、その他地域の有力者らの団体が主催するイベントなどでも呼ぶのを躊躇するでしょう。だいぶ時間がたったので、ある程度そういった部分も緩和されているのかもしれませんが、行政・教育関係主催の講演やイベントに彼女が呼ばれることは今後もないでしょう。

それは本人の不徳のいたすところで仕方ありませんが、たぶん彼女は、自分が名誉回復するためにはオリンピックでよい成績(できたら金メダル、でなくてもメダル)を再度出す以外にないと思いつめていたのではないですかね。2006年もそうですが、とくにバンクーバー以降の現役続行は、それ以外の理由はないと思います。

そして彼女はそれを成し遂げられませんでした。体力的にも精神的にもそれは彼女には少々重荷が過ぎたと思います。

彼女自身は勤務先のフジテレビで働き続けるようで、それがいいでしょうね。あのような不祥事を起こしてしまった以上、彼女がスキー関係でそれなりの地位につくこともないでしょうし。

それにしても、彼女にとって「金メダル」というのが人生の重荷になってしまいましたね。昨今の金メダリストの不祥事としては、なんといっても私も記事にした内柴正人を思い出します。あそこまで悪質ではないにしても、里谷もたぶん生涯この事件がつきまといます。私のこの記事も、その一環でしょう。

彼女が今後どういう人生を送るかわかりませんが、やはり金メダリストとしてちやほやされて勘違いした部分もあったのでしょうね。内柴もそのあたりの勘違いぶりが極端だったと考えます。そのあたり、またつまらぬトラブルを起こさないようお願いしたいと思います。
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アニセー・アルヴィナ関連のグッズを入手する

2013-01-28 00:00:00 | アニセー・アルヴィナ
私はイラン系フランス人(父親がイラン人)女優のアニセー・アルヴィナのファンです。彼女の話を書きたいからこのブログもやっているわけで、彼女がいなければこのブログもはじめていないと思います。

彼女の話は、彼女が生まれた1月28日と亡くなった11月10日のころに必ず記事にするようにしています。ほかになにか情報があったら早急に記事にするようにしています。

で、私は、彼女の関連のグッズや情報を日々鋭意入手につとめています。雑誌の切り抜きやBN、海外で発売された映像ソフトなどの基本アイテムから、海外版のポスターその他いろいろなものを手に入れています。映画館にはられたロビーカードなどいろいろ面白いものもあります。もちろんアニセー・アルヴィナのサインも持っています。おれもよくこんなの手に入れるねえと少々自分に驚いています。ほかにも「続・フレンズ」の米国版ポスターとか、なんでこんなものあるのというものもあります。

今日は、過日入手した彼女関連のグッズをご紹介します。わりと貴重・・・かも。





日仏合作映画(資金とスタッフは日本ですので、事実上日本映画だと思います)「夢・夢のあと」の台本です。もちろん日本語のものですので日本人スタッフのもので、アニセーが手にしたものでは(さすがに)ありませんが、しかしこんなものもそう容易に入手できるものではないですよねえ・・・きっと。



書き込みもあります。



アンヌ・コンシニが演じたアニセーの妹役は、「JENNIFER」とありますね。アンヌの別名か、別人かは未確認です。



こちらはアニセーの初登場のシーンです。

これもなかなかすごいので、私の家に家宝として大事に保管しておきます。私の財産の相続人には、まかりまちがっても私の棺にいれたりせず、永久にMcCreary家にのこしておくよう厳命しておきます。世間からみれば大した価値はないかもしれませんが、私にとってはジェーン・バーキンからもらったサインなみに貴重なものです。

かつてアニセー・アルヴィナの海外版DVDを入手した私は、それを持ち帰って駅から自宅に帰る際、「ああ、アニセーいまフランスでどうしているんだろうなあ・・・」なんて考えながら夜の街を歩きました。その翌日彼女がすでに亡くなっていたことを知り、ひどく落ち込みふさぎこみました。私の人生の中でもあそこまでひどいショックを受けたことはありません。今後もないと思います。私はだいたいにおいて何が起ころうとそんなにショックは受けない人間です。

また彼女についての記事を書きます。
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レイチェル・ウォードの美しい写真(3)

2013-01-27 00:00:00 | 美女探求




















彼女のいい写真があったらまた紹介します。
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レイチェル・ウォードの美しい写真(2)

2013-01-26 00:00:00 | 美女探求
今日は、日本で発売されたVHSビデオのカバージャケットもふくめた写真を。























(つづく)
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台北・台南紀行(2012年11月)(5)

2013-01-25 00:00:00 | 旅(台湾)




ホテルの朝食をとります。残念ながら今日はあまり天気がよくありません。ホテルでしばらく待機します。



これは、最初の日に、親切な母親からもらった赤ん坊用のものです。旅の想い出にありがたくいただきました。



部屋には、シャンデリラまでありました。

ホテルをチェックアウトします。飛行機は夕方発でしかも松山空港ですから、時間はわりとあるので、荷物を預けます。



彼女らは、日本の修学旅行の女子高校生。





まずは、鶏料理の店を目指します。



それにしても、これもしかしたら盗んできたの?









しかしどこか場所が良くわかりません。あきらめて地下鉄の駅に戻りますが、そこに張り出されていた地図をみたら、場所が分かってしまいました。また向かいます。



こちらの店です。









鶏料理をいただきます。



フルーツも頂きます。



会計をします。どうもこの店、昔行ったことがあるような気がします。店を出る瞬間、見覚えがあることに気づきました。2005年に行ったみたい。









台湾の靖国神社(?)忠烈祠に行きます。バスで向かいます。台湾の路線バスに乗るのは、今回の旅では初めてです。かつては台北駅や士林の駅から故宮にバスに乗っていったことはあります。

ちゃんと最寄の停留所で停車ボタンを押したのに、なぜか次の停留所でバスがとまりました。どうしたものかと思いましたら、運転手のミスではなく、工事中で停留所が閉鎖されていたみたいですね。









廟へ行きます。





衛兵です。







中は、日中戦争や国共内戦、金門島での戦死者について祭られています。中を一通り見学します。



係員が、施設の中から戻ってくれといいました。衛兵交代の際は、中に人は入れないという方針みたいですね。

以下衛兵交代の写真です。衛兵は、傘を係員にさされていました。







































バスに乗って、この旅行最後のイベント、みやげのお茶購入に向かいます。



かの高名な円山大飯店です。









道を間違えたりしますが、こちらの店です。



途中、植民地時代建築かも知れない家屋に列ができています。







地下鉄に乗り、ホテルで荷物を受け取り、松山空港へ向かいます。



松山空港は、内装はポップでした。



出国後のエリアもかなりポップですね。職場の土産用のチョコレートを買いました。台湾とはぜんぜん関係ないクリスマスのチョコレートでしたが、職場では包紙がかわいいというので大好評でした。



チャイナエアですので、機内食はまずまずの味でした。今回は、往復満席でした。

3泊4日の旅でしたが、なかなか充実していました。近いうちにまた台湾に行きたいと思います。(完)*
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台北・台南紀行(2012年11月)(4)

2013-01-24 00:00:00 | 旅(台湾)
私はもちろん食べるのみです。ひとまわりします。













































この女性は、カメラを構える私にVサインまでしました。ここまでしてくれる人って、私は初めてです。台湾というのは、わりと写真を撮るのに鷹揚な国みたいですね。彼女には、撮った写真を見せました。























牡蠣のオムレツ(アモイでも食べました)と―





ソーセージとごはんをいただきます。私、白いのでごはんをホワイトソーセージと誤解していました。









































宿に戻ります。いよいよ明日は最終日です。*
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レイチェル・ウォードの美しい写真(1)

2013-01-23 00:00:00 | 美女探求
レイチェル・ウォード(Rachel Wardといっても日本語版wikipdiaにも記載がないくらいで、日本ではそんなに知名度が高いとは言えないのかもしれませんが、『カリブの熱い夜』にでていた女優といえばわかる方もいるかも。

あの映画ではかなりセクシーなイメージが強かったと思いますが、ちょっと彼女の写真を何回か特集したいと思います。

彼女は1957年に英国のオックスフォードシャーのチッピングノートン近くのコーンウェルというところに生まれました。彼女の曾祖父のウィリアム・ウォードはオーストラリア総督をつとめたほどの人物ですから、彼女は相当な名家の出身です。10代半ば過ぎからファッションモデルと活躍するようになります。彼女は1m75�の恵まれた肢体の持ち主です。ロバート・ケネディの息子であるデヴィッド・ケネディ(つまりケネディ大統領の甥。彼も若くして亡くなりました)とちょっと付き合っていた時代もあったとか。また、無名時代はダリル・ハンナともルームメイトだったそうです(情報はこちら)。うーん、すごい同居人どうしだ。ダリルもケネディ大統領の息子と付き合っていたのは皆さん知っているよね。彼も早死にしてしまいました…。

70年代終わりごろから女優として活動をはじめ、80年代に『シャーキーズ・マシーン』や『カリブの熱い夜』などに出演しました。そして撮影で知り合ったブライアン・ブラウンと83年に結婚、3人お子さんがいるそうです。離婚せずにずっと夫婦のままですからおしどり夫婦なんでしょうね、きっと。

最近は、女優業より監督としての活動のほうが忙しいようです。なかなかの才女なのでしょう。

本日は、『カリブの熱い夜』での彼女の写真を紹介します。

























なかなかかっこいい女性でしょう。

(つづく)
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ね、けっきょくこういう話になるってことだ

2013-01-22 00:00:00 | 社会時評
あ、すいません。いろいろな意味で興味深い記事だと思うので。記事はこちら

>安倍首相、救出作戦に懸念 アルジェリア首相と電話協議
朝日新聞デジタル 1月18日(金)2時35分配信

 バンコクを訪問中の安倍晋三首相は17日夜(日本時間18日未明)、アルジェリアのセラル首相と電話で協議した。菅義偉官房長官が18日未明、首相官邸で記者会見して明らかにした。

 安倍首相は「人質の生命を危険にさらす行動を強く懸念しており、厳に控えてほしい。人質の無事解放に向け、適切な対処をとってほしい」と要請。セラル首相は犯人グループについて「非常に危険なテロ集団だ」とした上で「(軍の行動は)最善の方法で、作戦続行中だ」と説明したという。

 また、安倍首相が救出された人質に「邦人がいるか」と聞いたところ、セラル首相は「まだ作戦中の段階なのでなんとも言えない」と答えた。

 菅氏は会見で「なお情報が錯綜(さくそう)しており、邦人安否について確たる情報を言えない状況だ」と語った。

 また、アルジェリアに派遣された城内実外務政務官も17日、同国のメデルチ外相と会談。日本外務省によると、城内氏が軍による攻撃の即刻中止を求めたのに対し、メデルチ外相は「人命の安全が最優先なのは日本政府と同じ認識だ」と答えたという。
.朝日新聞社


こちらも。

>安倍首相、アルジェリア首相に軍事行動中止要請
読売新聞 1月18日(金)1時51分配信

 【バンコク=池田慶太】安倍首相は17日深夜(日本時間18日未明)、アルジェリアのセラル首相と緊急電話会談を行い、「人命最優先での対応を申し入れていたが、人質の生命を危険にさらす行動を強く懸念している。厳に控えていただきたい」と抗議、軍事行動の即時中止を求めた。

 セラル首相は「危険なテロ集団で、これ(軍事行動)が最善だ」と述べた。一方、アルジェリアに到着した外務省の城内実政務官も17日午後(日本時間17日夜)、同国のメデルチ外相と会談し、同様の要請をした。
.最終更新:1月18日(金)1時51分


アルジェリア政府はけっきょく強硬措置を行いましたが、それは日本政府としてはそう簡単にされては困る、控えてほしいという認識なわけです。

ってことはですよ、もちろん北朝鮮に拉致された人と今回の人質では状況、事情、すべてが異なりますが、それにしてもデタラメな連中が年がら年中ほざく

>北朝鮮混乱時の実力による救出

とかっていうような無責任な与太とちがい、差し迫った状況になれば、強硬措置なんて容易にはできません。どっちみち北朝鮮に混乱が生じれば中国が介入しますから、日本政府が自衛隊を派遣して平壌その他で活動するなんて「できっこない」という以上の話でしかありませんが、すくなくとも強行救出とか軍事行動なんてそう簡単ではないということです(拉致被害者の所在が分からないという前提は何をいまさら)。安倍晋三だって考えることにそんなに変わりはないということです。

あ、断っておきますが、私は安倍がこの件で強硬措置に懸念を示してアルジェリア政府に日本の考えや立場を連絡して、強硬策を取らないように依頼したことは支持します。念のため。

なお、21日ですが、22日の記事として発表します。
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