ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

カトリーヌ・ドヌーヴ…最後の超美人女優(7)(1980年のカトリーヌ・ドヌーヴ…「終電車」より)

2013-10-30 00:00:00 | ドルレアック姉妹(フランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴ)

数学の解析(微積分)の初歩に、関数の極大、極小というのがあります。つまり関数のグラフで、山の上が「極大」で下が「極小」です(といちおう説明します)。これは数学の話ですが、人間の調子、もちろん役者にもそのような時期はあります。

カトリーヌ・ドヌーヴも長きにわたって現役を続けていますので、調子のいい時期(極大?)、悪い時期(極小?)もあります。ドヌーヴの場合、「シェルブールの雨傘」、「昼顔」の出演あたりが一つの極大だったのでしょう。その後も「インドシナ」など彼女もいろいろ話題になった作品に出演し続けました。

そして今回ご紹介する1980年の「終電車」はやはりドヌーヴのキャリアの一つの頂点だったと私は思います。監督のフランソワ・トリュフォーはこの映画製作後まもなく病に倒れたので(亡くなったのは84年)、ドヌーヴの次なるトリュフォー作品の出演は実現しませんでしたが、36歳くらいのドヌーヴの美しさはやはり驚きの一言です。というわけで、本日は「終電車」のカトリーヌ・ドヌーヴを。

THE LAST METRO

右がトリュフォーですね。

どうですみなさん。30代半ば過ぎのドヌーヴもいいでしょう。いよいよ明日が、カトリーヌ・ドヌーヴ月間最終日です。

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カトリーヌ・ドヌーヴ…最後の超美人女優(6)(1968年のカトリーヌ・ドヌーヴ…「幸せはパリで」より)

2013-10-29 00:00:00 | ドルレアック姉妹(フランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴ)

1968年のカトリーヌ・ドヌーヴは、彼女が24歳~25歳の時です。ちょうどニューシネマの時代で、たぶん映画史上もっとも美女が重視されなかった時代ではないかと思います。その後はある程度のゆり戻しもありますが、やはりなかなか美女であるがゆえにいい役がつく、映画界から大事にされるという時代にはなっていません。ブルック・シールズが、同世代でいえばジョディ・フォスターなどと比べても女優として成功しなかったのはいい例です。先ごろ亡くなったカレン・ブラックなどは、「不美人女優」の代表例といってもいいかも。ニューシネマよりちょっと遅れますが、自他共に認める美女好みであるアルフレッド・ヒッチコックが「ファミリー・プロット」で彼女を主演に起用したのも、美女の時代ではないという認識の故でしょう。

そう考えると、カトリーヌ・ドヌーヴがフランスで活躍する女優だったのは幸いでした。ちょうど美しさで売る年代に、それに見合う作品にいろいろ出演できたのは、その美貌と演技力以外にもこの運のよさがあったでしょう。彼女が米国で活躍する女優だったら、美女としての質は違いますが、ジャクリーン・ビセットキャンディス・バーゲンキャサリン・ロスなどの同世代の女優同様、彼女の美しさを前面に出せる映画には十分には出演できなかったかと思います。たぶん70歳になった今日でも主演を張る、ということはできなかったのではないでしょうか。上の3人の女優たちも、現在は引退状態、あるいは主演女優という立場ではありません。

そのカトリーヌ・ドヌーヴですが、何本か米国の映画(合作とかでなく純粋の米国映画)に出演しています。正直「大作」とかではないのですが、1968年製作、1969年公開の映画「幸せはパリで」(原題:The April Fools スチュアート・ローゼンバーグ監督)という映画で彼女は、準主役を演じています。相手役はジャック・レモンで、よく競演が実現したなと驚きますが、ともかくまさに美の絶頂といっても過言でない時期のカトリーヌ・ドヌーヴをたっぷり楽しめるこれはなかなか貴重な映画です。作品のできそのものは標準ですし、あいにく日本ではDVD化もされていませんが(VHSでは発売されました)、ネットで拾った画像とYouTubeでの動画で、絶世の美女という表現が大げさでない彼女の美しい姿をぜひお楽しみ下さい。

The April Fools (1969) Trailer

THE APRIL FOOLS (1969 tv spot) Jack Lemmon Catherine Deneuve

The April Fools (1969) film clip

Scene from The April Fools (1969)

1969 - The April Fools - Catherine Deneuve & Jack Lemmon (2).

上の一連の白黒写真は、この映画の宣伝の写真のようですね。ドヌーヴの著書の表紙にも使用されていました。

隣は、ピーター・ローフォード。飛行機会社がTWAなのがいいですね。過日見た(スクリーン・ビューディーズでやってました)オードリー・ヘプバーン主演の「パリの恋人」でも、飛行機はTWAでした。あの映画では、飛行機はジェット機ではなかったな。

では最後に。YouTubeの動画からいただいた彼女のお姿を。

 


いかがでしょうか。私個人の意見を言えば、うーんすばらしいですね、としか言いようがありませんね。まさに奇跡の美女です。

この映画についての感想は、また別の機会に書きたいと思います。10月もそろそろ終わりです。あとカトリーヌ・ドヌーヴ特集も何回か、楽しみにしていてください。

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カトリーヌ・ドヌーヴ…最後の超美人女優(5)

2013-10-28 00:00:00 | ドルレアック姉妹(フランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴ)

 

 

以前紹介した写真もありますが、サイン付きなので改めて紹介しました。

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カトリーヌ・ドヌーヴ 2005年のインタビュー(6)

2013-10-27 00:00:00 | ドルレアック姉妹(フランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴ)

質問3:見ていて一番楽しめる映画は、何年代の作品でしょうか。そしてあなたが出演していて一番楽しかったのは何年代でしょうか?

CD(カトリーヌ・ドヌーヴ):初期のサイレント映画の時代の作品を見るのが好きね。なぜなら、その時代に役者たちがどう演技しなければならないかを見るのが好きだから。今日でも、私が興味を引くのは、サイレント映画に出演することよ。思うに観客が我慢できないから短い作品出会いと駄目ね。1時間15分がいいところよ。

GA(ジョフ・アンドリュー):アキ・カウリスマキが「白い花びら」でそれをしました。70分ほどの長さでしたが(日本語版Wikipediaによると78分)、パリですら客を呼べませんでした。すばらしい映画だったのにとても残念です。

CD:非常に難しいわね。でもしゃべることをしなくても、とても多くのことを表現できるし、いろいろな動きもできるのよ。私はこのアイディアをあきらめてはいないわ。

GA:「反撥」であらかたされています。

CD:あらかた、そうね。でも私は話さなかったけど、周りの人たちは普通に台詞があったわ。映画の歴史で私がすごい好きな時代は、米国のコメディ全盛期ね。ビリー・ワイルダー(フランク)キャプラね。みんな欧州出身で米国で活躍した監督さんでしょ。私はすごい好きだな。

GA:スチュアート・ローゼンバーグ監督の作品で、あなたが出演された中でもわずかな米国映画「幸せはパリで」についてもご著書の中でお書きになっています。ジャック・ドゥミ監督やアニエス・ヴァルダ監督の周囲にいるほどは、明らかに楽しい時間をお過ごしだったようには思えません。

CD:いいえ、1968年で、わが人生の中でもすごい大変な時だったし、また2年ほどの間に身内の死(姉のフランソワーズ・ドルレアックのこと)もあったしたくさんの問題を抱えていたの。それでフランスから遠出するのは私には難しかったわ。それで撮影も、自分の状況を忘れるにはじゅうぶんな時間がなかったし。欧州の女優が欧州から連れだされて米国映画でとてもよく映えるんだなってほんと感じたわ。ローゼンバーグ監督はとても良くしてくれたわよ。だから悪くはなかったわ、でもきっちりとは参加できなかったわね。ジャック・レモンと一緒にお仕事できたのはとても良かったけど、撮影に参加できた時間は十分ではなかったわ。

GA:「ハッスル」は楽しめましたか?

CD:楽しめたわよ。≪ロバート・アルドリッチ≫監督は気難しい人だ、とりわけ女の人にはって言われていたけど、とてもいい関係でいられたわ。それにバート・レイノルズはとても好きな役者なの。彼はすばらしい人で、とってもとっても良い経験だったな。

質問4:出演したい現在活躍している監督はだれですか?

CD:たくさんいるわよ。ナンニ・モレッティジム・ジャームッシュジョナサン・デミ、(フランシス・フォード)コッポラ、(マーティン)スコセッシはもちろんね。一緒にお仕事したいすぐれた監督さんはいっぱいいるわ。

質問5:歴史上の人物で、映画であなたが演じたい女性はいらっしゃいますか?

CD:ほんとのところいないわね。実在の人物を演じたほんとにわずかな機会の一つが、マリー・ボナパルトの物語ね。実在する人になるってことはとても難しいことだと思うわ。でも精神分析の始まりと彼女が20世紀初頭の偉大な精神分析学者だったため、この作品ではちょっとちがったわね。非常に別格なキャラクターで、この作品に出演してすごい喜びを感じた理由ね。それから、彼女について世間がそんなに知識があるわけではないし、顔や姿が有名で誰もが何らかのイメージを持っている場合よりは大変ではないわね。あたしって、有名な人を自分なりに解釈することにそんなに関心がないのね。

質問6:役を断ったことを後悔されたことはありますか?

CD:あるわ。役を断ったのではなくて、映画の計画に参加してでも身を引いたことが。何の映画かは言えないけど。なぜならそれらの映画は完成してとても面白いし、また私の代わりに起用された女優さんたちがとってもとっても良かったの。2回あったわね。

質問7:映画史の中で、あなたが称賛される女優は誰でしょうか?

CD:キャロル・ロンバードはほんと称賛したいわね。あとジュディ・ホリデイグレタ・ガルボも大好きよ。

質問8:アニエス・ヴァルダによるジャック・ドゥミについての映画には、どのような感想をお持ちですか?

CD:その映画は見ていないけど、アニエス・ヴァルダはすぐれたドキュメンタリー映画作家ですね。とても個性の強い人で、特別な個人的な視点のある人ね。だったらすぐれた面白い映画に違いないと思っているわ。

質問9:「8人の女たち」で、フランソワ・オゾン監督作品に出演されたことはいかがでいたか?

CD:大変だったわね。なぜならオゾン監督は・・・思うに複数の女優を指導するより単独の女優を演出するのを恐れるのね。それで私たち出演者を軍団の指揮官のように取り扱ったわね。私はそういうやり方にそんなに興味はないの。でも彼もすごい精密だったわね。面白かったのが、彼は自分自身でカメラになろうとするの。それはめったにないことね。自分のやりたいことを正確に認識していたし、映画からのイメージを私たちに示したわ。あの映画の女たちの役柄は、英国と米国の映画からとりまぜたもので、一種の合作メドレーみたいなものだったのよ。でもそれがうまくいくことを確信していたわ。いったん衣装とそのスタイルについて決断したら、監督は演出をするにあたって私たちの自由にさせてくれたのよ。

GA:ダニエル・ダリューの頭をひっぱたくシーンは困ったんじゃありませんか? なにしろ4回もあなたの母親を演じた方ですから。

CD:そんなことないわよ。あれは砂糖ビンだから。ダリューがそんなに気にしないこともわかっていたし。自分の力ってわかっていないし、傷つけないかと不安なのはいつだってだから、肉体的に乱暴なことをしなければいけないシーンを演じるのはいつだって困るわね。でも砂糖ビンだからぜんぜん大丈夫よ。

GA:ダリューは4回あなたの母を演じました。これもめったにないことですよね。

CD:そうね。何年か会わないこともあったけど、顔を合わせれば昨日会ったばかりのような感覚になるわね。いつだってあたしの映画での母親なのよ。私の第2作目の作品で(ドヌーヴは、初めての作品「Les Collégiennes」は数えていません。端役だったので、そうしているのでしょう)母を演じていたわ。ずっとずっと昔ね。「ロシュフォールの恋人たち」のずっと以前だわ。

質問10:ジャック・ドゥミ監督は、あなたの映画についての心構えを変えたとお書きになっています。どのように?

CD:映画についての心構えを変えたんじゃなくて、映画ってものがどのようなものであり得るかってことに何の考えもなかったからそれ以上のことね。ドゥミ監督は、ドアを開けて私のために何らかのことを明らかにしてくれたんだわ。監督はとても独特な方で、いろんなことを試みたわ。風変わりなことですらも、彼にとっては自然で普通のことだったみたいね。深夜プレイバックした時歌を歌ったり、クレーンがなかったのでカメラを動かす小さな機械を作り出したり、高いところに行くのに費用が掛かりすぎるので、ものを建てたり。とても独創的で創造性に富む監督さんだったわ。パンドラの箱みたいな方だったわね。

GA:ご自分のキャリアの中でお好きな作品は?

CD:私が思うに、「シェルブールの雨傘」とはつねに別格の関係だと感じるわね。なぜってあたしにとってとてもとっても特別なものだから。モダンオペラで、若い時分にすごい成功をおさめた映画でヒロインを演じることができて、とても若く感受性が豊かだった時にドゥミ監督から学ぶことができて・・・私の人生の中で一番重要な経験の一つね。

GA:本の中で1か所、お書きになっています。「もっと真剣になるよう努力しなければならない。とるに足らないことから喜びを得るのだ」

CD:そのくだりは取り除くべきかな。日記だから、自分のために書いたのであって、そんなにたいした意味はないわ。

GA:でも、このくだりは、自分を元気づけるためにクラシック音楽を聴こうと外出した後に書かれています。あなたはとるに足らない人間じゃないでしょう。

CD:私はとるに足らない人間よ。でもたまには、キリスト教徒として受けた教育の問題があるわね。自分が取るに足らないってことを知る時、そうしなければいけないと知るわ。その時罪悪感を感じるのよ。

GA:どちらにしても人生を楽しんでおられるでしょう。

CD:いえ、そんなことはないわよ。楽しむことに悩まされるの。まさしくキリスト教徒ね。

GA:残念です。ここで終わりにしなければならないようです。カトリーヌ・ドヌーヴさんにお礼を申し上げます。

(了) 

参考:インタビュー中で触れられているカトリーヌ・ドヌーヴの日記とは、この本ですね。

The Private Diaries of Catherine Deneuve: Close Up and Personal

私も未読ですので、今度読んでみようかな。

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カトリーヌ・ドヌーヴ 2005年のインタビュー(5)

2013-10-26 00:00:00 | ドルレアック姉妹(フランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴ)

GA(ジョフ・アンドリュー):コンスタントに作品に出演なさっているように思います。たくさんの作品に顔を出していらっしゃいますね。仕事中毒なのでは?

CD(カトリーヌ・ドヌーヴ):いえ、ぜんぜんそんなことないわよ。映画を見に行くのは好きだし旅をすることも・・・。1年のうち半年くらいしか仕事をしていないんじゃないかしら。ときどき、1年に3本映画に出てるっていわれるけど、映画には参加している≪カメオ出演のことか?≫だけよ。ともかく半年しか仕事はしていないわ。

GA:女優の道に進まなかったら、何をされたかったとお考えでしたか。

CD:若い時分にこのお仕事を始めたころの話をすればいいの?

GA:パイロットになりたいとか・・・。

CD:≪強く≫そんなことはないわよ。

GA:ダンサーとか?

CD:いいえ。建築家とか画家とか、なにか芸術と関係のある仕事に就きたかったんじゃないかしら。

GA:演技の世界に入ってそれに人生をささげたことに後悔はありませんか?

CD:演技に人生をささげたりしていないわよ。仕事は一生懸命しているけど、時に仕事はしているし、また時には普通の生活をしているわけ。私の生活は、いつだって何よりも大事なものよ。人生の中で、何が他よりも重要なのかずっと決断することができてきたわ。仕事のために自分個人のことを犠牲にするなんてしていないわよ。絶対にね。

GA:「私の好きな季節」の中で、映画での夫との悲しい言い争いの際に、最後にあなたの実際の娘であるキアラ・マストロヤンニが出演しています。「夜の子どもたち」でも共演されていますが(彼女はクレジットなしの出演)、自分なりの役者の道を続けられています。あなたを継いで役者の道に入ったことはうれしかったですか、それとも驚かれましたか?

CD:驚いたわね。どうしてかというとあの子は演技することよりも映画について文章を書くことに興味があると感じていたから。でもアンドレ・テシネ監督からスクリーンテストを受けないかという申し出があって以来、それについて話すことにすごいおそれを感じていたの。実際には、監督は映画の中で娘としてあの子をテストしていいかと私に聞いて、いいわよと答えたわ。彼女も同意して、何人かの他の女優たちと一緒のオーディションを受けた後、監督があの子を選んだの。自分の子どもが2人とも役者の道に進むなんてぜんぜん望んでいなかったし、40年演技をしていてそれがどういうものなのかわかっているし、かなりきつい時期もあるから、少々驚いたわね。ばかげているけど、でも子供たちもそれなりのものにはなるんじゃないかなと予想はしたわ。子どもたちがどういう道を進むか、どのようになりえるかはわかりきっているでしょ。役者として悩むこともあるし、それなら悩むことから子どもたちを守ってあげたかった。子どもたちは自分たちなりの経験をするし、何とか生きていくから気にしなくていいんだけどね。役者になっていい人生を歩むってのは難しいのよ。特に今日では。

GA:すぐに聴衆の皆様にも参加していただきますが、私のほうから2つだけ質問を。両方とも本からのものです。最初に、「インドシナ」についてお書きになっているところで、お部屋の中にネズミがいたことを記しておられます。それでヨーグルトを食べていた。でもお書きになっています。「気にしないわ。げっ歯類は好きよ」

CD:はい、そうね。子どものころからよ。走りまわって食べまわって逃げまわる小さな動物はみんな好きよ。怖いのと同時に好奇心をもつように思われるのが好きね。小さなころハツカネズミたちをペットとして飼っていたの。見た目も好きだったわ。ネズミでさえ、怖がったりしないわよ。でも本に書いた件では、ネズミたちのヨーグルトの食べ方がおかしかったわね。マンガみたいだったわ。容器をかじって、運び去るのに尻尾を使って。面白かったわ。掃除に来た女性にそのことを話したら、悲鳴を上げて道具を持ってきてたたいてネズミを殺したわ。それでネズミたちと一緒に過ごすことができなかったの。好きだけどでも危険でもあるわよね。特にかまれたりしたら。

GA:もうひとつ、日記の中でもっといぶかしいことの言及が、私が思うに、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」出演について語っている章なんです。羊の帽子をかぶっておられた話をお書きになっています。

CD:ああ、スウェーデンでは、私の好きな色がとても特別な際に使われるのよね。とても特別な赤―とても深くて光沢のあるもの。とても美しいと思ったので、それを頼んだの。それが、スウェーデンのとある場所からとれる色で、土の中にふくまれる鉄分が独特な色合いを与えているのね。で、その色を取り寄せて、この赤を家の羊に塗ったの。

GA:ご自分で羊を飼われてるのですか?

CD:そうよ。

≪聴衆に笑い≫

CD:ほんの数頭よ。

GA:それでネズミに囲まれているんですか。

CD:ああ、ネズミはたくさんいるわね。水辺に住んでいるから。

GA:わかりました。それでは聴衆の皆さんに交代しましょう。皆さんそれぞれ同じく面白い質問をご用意でしょう。質問1:「ダンサー・イン・ザ・ダーク」で、ビョークと共演したことにどのような感想をお持ちですか?

CD:まったくもってめったにない経験だったわね。なぜなら彼女はしばらく映画に出演するのを望まなかったの。あきらめたかったのね。でも彼女は映画のための音楽を書くことにすごい熱中していたから、しまいには映画に参加しつづけることにしたのよね。でも彼女は女優でないことは覚悟していたからすごい大変だったわね。彼女がどれだけ大変かは私はわかっていたし、この経験を感じてやり抜かなければならなかったから私もきつかったわ。それで映画も大変だったし。彼女からすごい得るものがあったし、あまりに負担が大きすぎるのでもう映画はしたくないって彼女は言ってたわね。あたしが覚えているのでは、映画の中で彼女が子どもを平手打ちするシーンがあって、それができなかったの。できなかったので、ほかの人にやってもらわなければならなかったわ。でも彼女はとても独創的で面白い人よ。とても気に入っているわ。

GA:あなたは、それはできないと言わざるを得ない演技をもとめられたことはありますか?

CD:そういうことはないわね。たぶんたまにだけど、私は体をはることはできないから、ボディダブルを依頼したことはあるわね。フィリップ・ド・ブロカの「L'Africain」でそうしたように、何シーンかでボディダブルを依頼したの。故なく危険を冒すような気がしたし、スタンドインもいなかったのよね。で、あたしは言ったわ。「だめよ、危険は冒せないし、水の中にも飛び込めないわ」肉体をつかうアクション系の役には訴えるものがないし、そもそもアクション映画が好きじゃないのよ。

GA:質問2です。ブニュエル監督は、服装選びに口を出しましたか?

CD:したわ。ただしわずかね。その件でちょっとした口論があったわ。私はイヴ・サン=ローランを推薦して、彼は、では写真を見てみようって言ったの。それで写真と図面をもっていって、彼もいいね、って言ったのよ。でも衣装合わせには来なかったわ。思うに、結果には満足しても、そんなに興味はなかったのね。たとえば「8人の女たち」でのオゾン監督のように衣装合わせに来る監督もいるわよ。大体の場合、監督さんたちってのは、好みがうるさく気難しいのよね。自分の望まないことは何かよくわかっているわ。新品げな衣装は好きでないのよ。私がマリー・ボナパルトを演じた作品≪「プリンセス・マリー」≫を演出したブノワ・ジャコも、さいしょはすごく口を出してきたんだけど、それからしばらくして興味がなくなって衣装合わせにも顔を出さなくなったわ。すごい退屈だったってわけ。でもブニュエルとは、「昼顔」では映画のスタイルが出演者の服装をとても大事なものにしていたから。今日でさえ、服を見ていると時を忘れるってものよ。 

(つづく) 

訳者注:「昼顔」では、イヴ・サン=ローランが衣装に全面協力しています。カトリーヌ・ドヌーヴは、イヴ・サン=ローランの顧客として有名です。 

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カトリーヌ・ドヌーヴ…最後の超美人女優(4)

2013-10-25 00:00:00 | ドルレアック姉妹(フランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴ)

今回は、パンフレット、スチール写真、VHS、DVDのパッケージなどもふくめた様々な彼女の写真を。

以上、「反撥」より。

この写真の彼女は、あんまりよくないなあ。

 

すいません、まだまだ続きます。

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テレビが娯楽の王様だった時代とフジテレビの天下だった時代の終焉の象徴かも

2013-10-24 00:00:00 | Weblog

なにをいまさらのことを。

>「笑っていいとも!」3月で終了 背景に視聴率の低落

朝日新聞デジタル 10月22日(火)13時30分配信

 【佐藤美鈴、江戸川夏樹】フジテレビ系で約31年にわたって平日の昼に放送されてきた長寿番組「森田一義アワー笑っていいとも!」が、来年3月末で終了することが22日分かった。終了の背景には、視聴率の低落があるとみられる。

 1982年10月4日に始まり、22日の放送で7947回を迎えた。司会はタモリ(森田一義)さん(68)。最も多く放送された同一司会者による生バラエティー番組としてギネス世界記録を持つ。番組終了はタモリさん自身が番組内で明かし、「30からこの世界に入って6年後にこの番組をやって、初めて芸能人として何とか格好がついた。国民の皆さんにも、どっち向いても感謝です」と話した。

 視聴率争いでトップに立ち、業界をリードしてきたフジテレビも今や3位。終了の理由について同局は明かしていないが、関係者は「理由は金属疲労。視聴率は、なかなか10%にいかない。終了しなければ新生フジは生まれない。時期を探っていた。時代を先取りした番組だった。本当に悔しい」と話す。

 ビデオリサーチの調べでは、1988年に最高視聴率27・9%(関東地区)を記録。同時間帯の民放番組の中では、89年から24年連続で1位を記録してきたものの、視聴率自体は低落している。2011年の年間平均視聴率は7・3%、12年は6・5%。今年も10月21日までの平均は6・3%だった。9月1日から今月21日までの計36回の放送では、同時間帯の民放各局の番組の中で、1位になったのは11回にとどまった。

私は、「笑っていいとも!」は見ていないし思い入れもないのですが(長きにわたってぜんぜん見ていません)、終了が番組内で発表されネットその他で記事になった時「ついにか」「やっぱりな」という気がしました。上記のように私は番組は見ていないので、ネットでそれを知りました。

マスコミでもネットでも、そろそろ打ち切りじゃないのという観測記事は流れていたし、実際視聴率も往年の強さがない、タモリの年齢も70近い(1945年生まれ)となれば、現時点にいたっては打ち切りは時間の問題だったでしょう。事実、私が読んだ限りでは、予定稿めいた報道もありました。新聞その他の学芸部記者たちも、ある程度予想の範囲だったはず。それ自体は時の流れです。ただ、象徴的な意味合いは感じます。

「笑っていいとも!」がスタートした82年のちょっと前から20世紀いっぱいくらいまでの20年くらいは、たぶんテレビがいろんな意味で時代や娯楽をもっとも強力に引っぱっていた時代だったと思います。それで、そのテレビの世界の象徴がフジテレビだったというのも、これも好き嫌いは別として万人が認めるところでしょう。なお、私個人はフジテレビは好きでありませんが、それはこの際どうでもいい話。

で、今日フジテレビ自体に以前ほどの視聴率での強さがありませんし、またテレビ業界全体にもかつてほどの影響力がありません。ネットの発達とか理由はいろいろありますが、もはやテレビ局全体とフジテレビにかつての神通力がないのも確かです。だいぶ過去の話をすると、フジテレビを買収しようとした会社がネット関係の企業で、フジテレビに助け舟を出した企業もネット関係だったのは、いろんな意味で時代の変化を感じます。

そして、長きにわたって日本を象徴するテレビ局といって過言でなかった会社の、それをもっとも象徴する番組である「笑っていいとも!」が、視聴率低迷と出演者の高齢化によって、余力を残した終了でなく番組存続が限界になったので終了になったということが、やはりテレビ業界とフジテレビの(上の記事にもあるように)金属疲労といいますか、時代に対応しきれなくなった、あるいは対応するためのやむにやまれぬ変化というものを象徴しているのでしょう。30年1人のMCで番組を続けたのは大したものですが、それはテレビ業界とフジテレビの栄光と衰退の歴史と表裏一体のものでした。

たぶんこの「笑っていいとも!」打ち切りは、フジテレビの歴史としてのエポックメイキングな出来事になると思います。日本のテレビ業界の歴史の1つの象徴的な出来事ということにもなりそうです。そう考えると2013年10月22日は記憶にとどめておくべき日にちでしょう。

話は違いますが、詩人の飯島耕一氏が亡くなりました。記事は、Wikipediaにリンクされていた日経新聞より

>飯島耕一氏が死去 詩人

2013/10/23 2:00

飯島 耕一氏(いいじま・こういち=詩人)14日、吸収不良症候群のため死去、83歳。告別式は近親者のみで行った。喪主は長男で建築評論家の洋一氏。
1953年、敗戦の虚脱感を新しい感受性で表現した詩集「他人の空」で詩壇にデビュー。詩人の滝口修造、大岡信らと戦前のシュールレアリスム詩の再評価にも尽くした。
74年の詩集「ゴヤのファースト・ネームは」で高見順賞を受賞。北原白秋や斎藤茂吉らの詩歌論や小説「暗殺百美人」の執筆など、現代詩にとらわれない幅広い執筆活動も注目された。2008年、日本芸術院会員に選ばれた。

私は氏と(多少)顔見知りでした。というわけで、この場を借りて哀悼の意を表しご冥福をお祈りいたします。飯島先生さようなら。

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カトリーヌ・ドヌーヴ 2005年のインタビュー(4)

2013-10-23 00:00:00 | ドルレアック姉妹(フランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴ)

GA(ジョフ・アンドリュー):マノエル・ド・オリヴェイラの作品にも出演されています。カンヌ映画祭で「メフィストの誘い」を拝見しまして、理解できなかったんです。それで疑問に思うところを申し上げますと、あのような作品あるいは「犯罪の系譜」などに出演する際、登場人物が通常の人間とは言いかねるとするなら、どのように役への準備をされるのでしょうか。

CD(カトリーヌ・ドヌーヴ):とても大変ね。準備するとかえって外れちゃうから準備しないほうが賢明だわ。オリヴェイラ監督はとてもとっても特殊なの。1日中仕事をしている人で、夜の間に台本を仕上げるの。それで「メフィストの誘い」に取りかかった際、移動撮影はしないっていうの。そしてズーム撮影もしなかったわ。それで普通の撮影しかしなかったわ。レンズを変えたくないから、役者にとても変わったやり方で移動するよう求めたわ。覚えていることでは、ジョン・マルコヴィッチと森の中でのシーンがあって、変わった位置につくよう頼まれたわ。木にもたれかかるというもので、不自然さを感じたのでその旨監督に話をしたの。でもこういったわ。「それは問題じゃない。それが、ぼくがこのシーンでねらっていることなんだ」

これを体験したのはほんとに初めの時だったので、ちょっと大変だったわ。でもしばらくしたら面白く感じるようになったの。ところが、彼も変わったの。あたしがもう1本監督と作品を撮った際は、今回はズームは使わなかったんだけど、移動撮影はあったわ。それで役者には、前後左右に動けというの。カメラは動かさないから。とても変よね。

GA:ご著書から、私が興味をひかれたくだりを引用させていただきますと、あなたのおっしゃる「あらゆることに私は不確実であることが必要なの」というところです。「イースト/ウエスト 遙かなる祖国」のくだりでお書きになっています。画面の上で個性に欠けるということをご心配になっている。あなたがアンドレ・テシネの映画「夜の子供たち」で、台詞にうまく対応できなかった時と関係しています。

CD:大体の時は、そうだわね。いつだっていらいらするような感情を保ち続けるようにしているわ。とても複雑だけど、知りすぎて訳知りになっちゃうのを恐れるの。「夜の子どもたち」に出演していた時のように困難な状況における自己表現のやり方でもあるわ。その時以来、ずいぶんいろんなことを考えているけど、完全に断念はしたりしていないわよ。完全に確実なところに到達しないように、ちょっと危険なところへ自分を追い込まなければならないわ。俳優たちにとっては最大の危機だと思うわね。わかりきっちゃったら、観客がその役者の次の行動の予測をつけちゃうじゃない。それでは批評が成り立たないしとても危ういわ。見えちゃっているんだからわかっているわ。たくさん映画を見に行っていると、このことが、私のお気に入りの役者にもおきちゃっているので残念ね。その役者からは、おどろきが見いだせないでしょ。

GA:有名でいらっしゃることに重荷を感じられますか?

CD:時々ね。でもしょっちゅうじゃないわよ。米国と違って、外出する際にボディガードを必要とするわけじゃないし。でも時々はそうね。仕事をしていなくて、家で生活しているだけの時、自分が有名人だってことを忘れているのに突然役者だってことを思い起こさせられるわ。お仕事をしていないときは、私は自分が女優だってことは意識にないから、いつだって愛想がいいわけじゃないのよ。ごく普通の生活をしているわ。友だちと外出するし、映画に行ってレストランでも並ぶのよ。なにかで自分が女優だって思い出すときは、自分もちょっと変化して、事態がちょっと重苦しくなるわね。でも有名なおかげで得するのは好きよ。そういう考えをいいとは思わないけど、そのおかげで便宜を図ってもらうときは有名でよかったと思うし、そうでないときは無名のほうがいいわね。

GA:有名であるということとは別としても、あなたは現代の映画界における最高の美女の1人です。そのことで何か問題はありませんか? 観客がその美しさにばかり心を奪われて、あるいはご自身の役者としての才能に十分に関心を持ってくれないとか。

CD:いいえ。なぜなら幸いなことに、とても若い時に貴重な作品に出演できたから。むしろ重荷に感じるのは、最初に観客が見てたくさんの期待をすることね。観客は興味をもった役者に期待するわ。特にかけだしのときは、観客が自分に対して抱く期待に応えようとするから重荷よね。とても圧迫感を感じかねないわ。でもやがて自分なりに対応できるようになるのよね。今では、自分のこともわかっているし、自分がどんなものだってことも理解しているし、自分がどうやればいいかということもわかっているわ。誰だってそんなことはわかりっこないんだから、将来の自分の姿なんて知りたくもないわ。でも女優であるってことは肉体労働だからいまだ時には大変なこともあるわね。自分の行くべき道がわからなかったわ、映画のお仕事ができないってことはわかっているわ。それを受け入れていることは、私が肝に銘じていることよ。でも年を取っていくことは、男の人にも女の人にも決していいことではないわ、とくに見た目で勝負している人には。でもドラマじゃないんだし。私より心に負荷を感じている人も周囲にいるしね。また、欧州に住んでいるじゃない、米国に住んでいたら、もっと状況はきついだろうと思うわ。

GA:著書の中で、ある意味自分は有能な兵士みたいなものだとご自分を表現されています。撮影現場でどのようなことをされているのか語られるのがお好きなようですね。

CD:するべきことを語られるのがすごい好きってわけじゃないの。でも特にやりたいってことでもなくても、なぜ撮影現場にいるのか、することは何かを理解することは重要ね。あたしって責任感が強いのよ。演出されるのが好き、それは確かね。そうでなくてもやるべきことはやるわ。役者であるってことは、誰かの道具であるってこと。だから私は、大好きな監督たちと一緒に仕事をするのが好きなの。監督たちのねらいに自分ってものをあてめることができるようにしたいから。さもなければくりかえし自分ができることのみをするだけだわ。違った演出をだれかにしてもらいたいのよ。

GA:いつでも、ご自分の作品を必ずご覧になっているのですか?

CD:完成した作品を見るだけじゃないわ。いつも1度は見るけど、ラッシュフィルムも見るのよ。たいていの役者はそうはしないわね。多くの役者たちは自分たちの演技を毎日確認するのは好きじゃないわね。たとえば、「8人の女たち」では、出演者たちのほとんどはラッシュを見ようとしなかったけど、1日ごとに見たいって監督(フランソワ・オゾン)に頼んだの。なぜなら、私たちがどんなふうにいっしょに演技をしているか、照明そのたはどうかを理解するのがすごい興味があったから。また、はじめからみていれば、自分の演技を変えることもできるわ。でもほかの女優さんたちと私がそんなに隔たっているということもないのよ。最初にラッシュを見るとき、自分しか見ていないことはわかっているわ。でも2テイク、3テイク、4テイクとみているうちに、シーン全体を見始めているの。でも見知っている俳優たちの中には、ラッシュを見られない人もいるわね。というのは、自分以外見ることができなくて、それに耐えられないの。

GA:出演依頼を受ける際は、どの点に留意されますか? 役柄か、監督か、あるいは…。

CD:台本と監督ね。それで監督が脚本家でないなら、ちょっと迷うわね。でもだいたいは、一緒にお仕事した監督たちはじぶんで脚本も書いたから。ストーリーは、ほかのことよりも重要よ。映画の計画は、いつだって私には大事なことね。

GA:監督になりたいとはお考えになりませんか?

CD:いえいえ、全然。大変なことよ。自分に対してものすごく批評できる人間だし、また他人に対してもね。仕事をするときは、すごい要求をするのよ。でも監督をするってことは・・・、私はすごく監督を尊敬しているわ。あの人たちって、信じられないわね。違った性格の大勢の人たちをまとめ上げるし、かかわっているお金のことも考えるしね。いつだって決断しなくちゃならないし、また答えも出さなけれなならないの。考えられないことね。いえいえ、私にはできないわね。映画の計画って時にはどれだけすごいものになるかってことを忘れちゃいけないわね。その責任と力の総量たるやおどろくべきものよ。あたしはいやだな。

(つづく)

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カトリーヌ・ドヌーヴ…最後の超美人女優(3)(今日で彼女は70歳)

2013-10-22 00:00:00 | ドルレアック姉妹(フランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴ)

本日2013年10月22日、カトリーヌ・ドヌーヴことカトリーヌ・ファビアンヌ・ドルレアックは70歳になりました。昨日も書きましたように彼女の20代の時の作品も再公開されますし、また新作の日本公開も控えています。この稀有の美女がこれからも末永く活躍することを祈念いたしまして、本日もカトリーヌ・ドヌーヴさんの写真を特集します。

彼女の特集はまだまだ続きます。乞うご期待。今月では終わらなさそうなので、これからは定期的に彼女の記事を発表するよう努力しないとな。

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カトリーヌ・ドヌーヴの20代の作品を3本映画館で見ることができる

2013-10-21 00:00:00 | ドルレアック姉妹(フランソワーズ・ドルレアックとカトリーヌ・ドヌーヴ)

 

今月の拙ブログは、カトリーヌ・ドヌーヴを特集しています。今月彼女が70歳になるので、この稀有の美女に敬意を表してのものです。で、それとは関係ないのですが、カトリーヌ・ドヌーヴの60年代の3作品が日本中で公開されます。「スクリーン・ビューティーズ」という企画の第2弾です。ちなみち第1弾はオードリー・ヘプバーンで、第3弾がヒッチコックの映画に出演した美女たちです。たぶんグレース・ケリーの作品あたりから1本は選ばれるでしょう。

上映されるのは、上映順で「暗くなるまでこの恋を」「恋のマノン」「シェルブールの雨傘」です。制作年は、69年、67年、64年ですから、年齢と上映順が逆順ですね。オードリーの特集も「ティファニーで朝食を」「パリの恋人」「麗しのサブリナ」と逆順だから、なにかをねらっているんでしょう、きっと。

日本で人気が高いのは、当然オードリーでしょうが、純粋に顔だけで見れば、やっぱりカトリーヌ・ドヌーヴのほうが美人ですよねえ。ていうか、オードリーは正直40過ぎてからは顔では仕事ができなくなったけど、カトリーヌ・ドヌーヴはそうでもないですからね。オードリー・ヘプバーンは、若いころのイメージから脱却することがついにできなかった女優だったと思います。

すいません、単に私がカトリーヌのほうが好きなだけかもしれません。オードリーが好きな方、いたら(当然いますよね)ごめんなさい。

今回の3作品は、ドヌーヴが20ごろから25あたりの姿ですので、絶世の美女なんて言葉はまさに彼女のためにある・・・ていうくらい美しい彼女を楽しめます。なお「シェルブールの雨傘」については、この作品は以前にもデジタルリマスターされたものが公開されていますが(こちらでは、その件にも少し触れています)、今回は今年のカンヌ映画祭で上映されたバージョンとのことで、色の抽出の仕方がより映画制作時のものに近いということのようですね。

詳細はHPで見ていただければいいとして、日本中かなりいろんな映画館でこの企画の上映がありますので、読者の皆さまもぜひどうぞ。 

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