ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

いろいろ予定通りにはいかなかったソウル紀行(2015年11月)(1)(追記:カメラを替えた)

2015-11-30 00:00:00 | 旅(韓国)

にも書きましたように、11月1日~3日に2泊3日でソウルを旅しました。予定したことがうまくいかなかった旅行ですが、軽く記事にします。1日1記事で3記事です。

成田空港です。

アシアナ航空の機内食です。実は私、過日のアイルランド・英国紀行も東京⇔ロンドンはアシアナ航空を利用していまして、カウンターでは気づきませんでしたが、搭乗の際に搭乗券をチェックしていた女性(私は違う列に並びました)は、その時に私のチェックインを担当した人でした。にバンコクのドンムアン空港で、チェックインを担当してくれた女性が記憶に残っていたことがありましたが、チェックインカウンターの女性が記憶に残っているのはそれ以来かな。私はあまりキャリアを固定しないので。

仁川国際空港に到着します。

空港鉄道に乗ります。

弘大入口で下車、2号線の地下鉄に乗りかえ、明洞(駅は乙支路入口)へ向かいます。

両替をすることにします。明洞にある中国大使館の隣にレートがいいとされる両替商が営業をしているので、そこへ行くわけです。

ロッテデパートほかの建物がきれいです。この日は日曜日だったので、(たぶん地方から)ソウルに遊びに来てこれから帰宅する人が大勢いました。

この日のレートは、他の両替商が100円=935ウォンくらいでしたが、私が両替した店は944ウォンでした。表に出しているレートより、1ウォンよかったわけです。 

明洞の町を歩きます。日曜日ですからにぎわっています。

私が好きな、メトロホテル近くのコーヒービーンアンドティーリーフに行きます。ソウルを旅する際は、1日1回はここに来ないとだめです。改装中でして、一瞬もしかしたら閉店とあせってしまいました。では夕食を食べるため、明洞をあとにします。

途中、めずらしく韓服を着た若い女性たちがいました。何かのイベントだったのかもですが、私の知る限りあまりこのような服を着ている韓国人の若い女性は見かけません。

今日の夕食は、ガイドブックなどでも絶賛している広蔵市場のユッケ通りでいただくユッケです。初めて行きます。ユッケ自体食するのはしばらくぶりです。

列ができていて、番号札を引きます。昔は、韓国人は食事の際順番待ちの列を作りたがらないとされていましたが、最近はそうでもなくなったようです。私は日本語のガイドブックを見せて、自分が日本人であることをアピールします。そうすれば、店の人も気を遣ってくれるというものです。

店に入ります。ユッケとレバ刺し・センマイ、ビールをいただきます。

うわさにたがわずユッケのうまさに感動します。

なお、この店ではユッケの下に梨が敷きつめてありました。以前食べたユッケでは、肉に梨が混ぜられていまして、その時は正直やや食べにくかったのですが、ここでは梨が本当にいい口直しになりました。読者の皆さまにもおすすめです。

今日の宿に向かいます。恵花の駅の近くにある外国人向けゲストハウスです。

これが部屋です。バス・トイレ共同、テレビすらないきわめてシンプルな部屋です。内装はポップ。

ではおやすみなさい。

(つづく)

同日の追記:この旅行からでなく、その前のアイルランド・英国旅行から、持っていくカメラを替えました。今までのキャノンのカメラはいまひとつ夜間の撮影がうまくいかなかったのですが、新しいオリンパスのカメラは、かなりきれいに夜間に撮れました。ただしこの記事の写真は、その夜間で、一部キャノンのカメラで撮影しています。バッテリー切れのためです。いずれにせよ新しいカメラの方が、クリアに撮れるようです。これからもどんどん写真を撮って、読者の皆さまにいろいろな写真をお見せしたいと考えております。

コメント

ホーチミン、プノンペン、ソウル紀行(2013~2014)(77)

2015-11-29 00:00:00 | 旅(東南アジア―ミャンマー以外)

行きと比べてずっと快適にバスは走ります。これなら行きも同じ会社のバスにすればよかったと少々後悔しないでもありません。

ちょうどメコン川の渡し場につきます。

どうです、なかなかいい写真でしょう。

船にバスごと乗りますが、これで沈んだら助からないなと覚悟を決めます。

バスの中では、ブルース・ウィリスが出ている映画をやっていました。このようなサービスも、行きのバスではありません。

無事対岸に着いたので死なないで済みました。いずれ橋ができて、こんなことも過去の話になります。

ホーチミンに向かいます。

また食堂で食事です。

 

何を食べようか考えて、焼きそばを食べることにします。

 

出来立てですのでおいしくいただきます。

これがバス会社のマークです。このバスはおすすめですので、読者の皆さんも、ホーチミンとプノンペンをバスで移動するのなら覚えておいて損はありません。

こうやって外に洗濯物が干してあるのも東南アジアらしい(?)ところです。

ホーチミンまでだいぶ近くなりました。

DVDがいろいろ置いてあります。著作権大丈夫?

なかなか華やかな運転席ですが・・・

これは何?

国境です。

ベトナムに入国します。なお、パスポートを預かって、入国スタンプを押して入管職員がパスポートを返すというシステムでしたが、私と韓国人のパスポートが最後でした。正直(そんなことはないだろうとは思いつつ)大丈夫かなと不安になりました。白人が最初にチェックを終えて、それで最後がアジア人て、もしかしたらこれ差別?

バスのチケットです。行きのバスは10ドルでこれは14ドルですから高いといえば高いですが、しかしずっとこちらの方が快適です。まあ現地の人と一緒のバスの方が興味深いといえば興味深いですが。

(つづく)

コメント

ホーチミン、プノンペン、ソウル紀行(2013~2014)(76)

2015-11-28 00:00:00 | 旅(東南アジア―ミャンマー以外)

これがプノンペンの北朝鮮レストランの伝票です。ヤンゴンの北朝鮮レストランは、なぜかこれを回収するのですが、このレストランは、この時だけかいつもかは不明ですが、伝票は持ち帰ることができました。

プノンペンとも今日でお別れです。

朝食をいただきます。

うーん、10年前のイエローページですか。

ホテルのスタッフです。

チェックアウトをします。にこやかに敬礼をしてくれたホテルのスタッフです。

バスがなかなか来ないのでやきもきします。実際にはバスターミナルまで余裕で歩いていけるのですが、トラブルがあったらいやなので、あえて送迎を頼んだのですが、これもどうかです。ホテルの女性(こちらの記事の、上から5枚目の写真の女性)に頼んで電話もしました。

この車も、ナンバーがないんですかね。

バスをおります。うーん、刺青がすごい。

やせている遺伝子を共有していると思われる親子です。体型そっくり。

オルセーマーケットの近くにバスターミナルがあります。

個人的にはわりといい写真と思います。

この記事書いていて気づきましたが、三菱のバスですね。

チェックを受けてバスに乗ります。

あれ、行きのバスよりだいぶいいバスじゃないですか。

水も出されます。

女性がお手拭きその他を配ります。

うーん、行きとはだいぶ違いますね。そんなに運賃違うわけじゃないんだけどね。行きが10ドル、帰りが14ドルです。1.4倍の差ですが、そんなに価格が高くないから、決定的なものではない。そう考えると、行きは地元の人も多かったけど、このバスはほとんど外国人です。

なお、下の本は、こちらの本です。

(つづく)

コメント

24歳にもなって、助詞の「は」も書けない人間

2015-11-27 00:00:00 | 社会時評

過日、自分の1歳の子どもに煙草を吸わせてその動画を公開したというので指弾され、父親とその交際相手が逮捕されたという事件がありました。日刊スポーツの記事より。

>2歳長男に煙草の父「警察に言わないで」動画削除

[2015年11月18日9時27分 紙面から]

 2歳の長男にたばこを吸わせた父親と交際相手の少女が16日に逮捕された。2人はたばこを吸わせている様子を撮影し、フェイスブックで約1分間の動画を公開していた。

 愛知県警北署に、暴力行為法違反の疑いで逮捕されたのは、父親の無職羽渕駿容疑者(24)と交際相手の無職少女(16)。逮捕容疑は11日午後3時ごろ、火が付いたたばこを長男の口にくわえさせた疑い。いずれも「遊び半分でやった」と容疑を認めている。動画では、長男は6回、たばこをくわえた。長男の健康被害は確認されていない。

 子どもがたばこを口に当てると、父親が笑うシーンも映っていた。動画は瞬く間にインターネット上で話題に。批判が相次ぐと、動画を削除し、「あれわ本当に悪かったとおもってますふざけすぎましたすみません」「子供を大切にしますんでみなさん警察にわ言わないでください」(原文まま)などと書き込んでいた。羽渕容疑者らはフェイスブックで知り合い、今月から交際していたという。

もちろんこれ自体は論外だし、お前らどんだけ馬鹿なんだよと思います。逮捕も仕方ないと思います。ただ実名が出されたのは、たぶん一罰百戒という意味あいがあるんですかね。いずれにせよどうしようもないとはこのことです。

でですよ、もちろん同情するわけにはいきませんが、今回の報道で私がちょっと「おや」と思ったことを。意外とかではなく、「やっぱり」ですが、いずれにせよそれなりには注目に値するかと思います。

>「あれわ本当に悪かったとおもってますふざけすぎましたすみません」「子供を大切にしますんでみなさん警察にわ言わないでください」

お前、24歳にもなって、助詞の「は」を「わ」と書くか・・・です。いずれにせよ知能程度が低いのでしょう。

彼は、24歳で無職ということですが、栃木県から名古屋まで子どもと一緒に家を出たと報道されています。その報道が正しければですが、学歴、職歴などはどうなんですかね。

前に、中学2年生にもなって、この男と同じく「は」を「わ」と書いたり、助詞の「へ」を「え」と書いた人物のを書いたことがあります。「を」を「お」と書いたかどうかは知りません。

それでこの人物は、授業中奇声をあげるは、非行を繰り返すは、弱いものいじめはするは、家出はするはで、ついには施設に送り込まれました。家は母子家庭で極貧の家庭でした。子どもに対してまともに対応できない親だったと思います。

上の人物のように、知的障害があって精神障害(発達障害他をふくむ)があって家庭環境が悪い人間というのは本当に救いがありませんね。他人も迷惑するし、自分も苦しむ。上の3つのうち2つある人間も、それだけでも絶望的に大変ですが、3つそろうとお話にもなりません。成人後にまさに社会のクズになる可能性が高くなります。そういう人間のおかげで私やあなたをふくめた他人が迷惑するわけです。本当に困ったものです。

なお上の男については、その後の消息を知りませんのでどうなっているかはわかりません。

今回逮捕された男は、テレビのニュースなどを見た限りでは、栃木県の家はそんなに貧しい家ではなかったように思いましたが、実際のところは分かりません。いずれにせよ知的障害と精神障害を併せ持つ人間なのは確かだと思われます。交際相手という16歳の少女も、家庭環境がどういうものかはわかりませんが、高校にも通っておらず、ネット上で知り合った人間と同居して、それでこんな馬鹿げたことをするのだから、どういう人間かは推して知るべしのたぐいでしょう。いまさら書く話でもありませんが、まともな人間はそんな男と同居なんかしないし、子どもに煙草なんか吸わせないし、男が吸わせたら即刻そんな人間とは絶交するでしょうし、ネットにそんな動画を出さないでしょう。

そう考えると、今回煙草を吸わされた子どもの今後が非常に心配ですね。児童養護施設に保護されているということですが、たぶんこの父親に子育て能力はない。実の母親がどんな人間なのかも気になります。まともな人間でない可能性も高そうです。

このような連中の話を読んだり聞いたり書いたりしていると、本当に気が滅入りますね。この男だって、別に実刑にはならないだろうし、これからも何らかの形で生きていかなければならない。そういう人間とどう対応して行くかということは、社会の大きな責務です。

コメント (4)

原節子が亡くなったことが公表された

2015-11-26 00:00:00 | 美女探求

原節子が亡くなったことが発表されました。記事を。

>原節子さん 9月に死去していた 95歳「東京物語」「晩春」

スポニチアネックス 11月25日(水)22時38分配信

昭和の大スター、元女優の原節子(はら・せつこ、本名・会田昌江=あいだ・まさえ)さんが9月5日、肺炎のため神奈川県内の病院で死去したことが25日分かった。95歳。横浜市出身。1963年(昭38)の映画出演を最後に表舞台には出ず、その後の生活はほとんど知られていなかった。

 原さんは1920年(大9)6月17日生まれ。実家の生活苦のため、女学校を中退し、35年(昭10)に日活多摩川撮影所に入社。同年の映画「ためらふ勿れ若人よ」でデビュー。役名「節子」をそのまま芸名にし「原節子」となったという。日本とドイツが急接近しつつあった37年、ドイツのアーノルド・ファンク監督による初の日独合作映画「新しき土」のヒロインに抜てきされると、日本人離れした容姿は国内だけでなく外国でも話題となり、一気にスターとなった。

 その後東宝へ移籍。戦時中は「ハワイ・マレー沖海戦」、「決戦の大空へ」、「勝利の日まで」など戦意高揚映画に数多く出演した。

 戦後も化粧品会社のカラーポスターで暗い世相を明るくすると、黒澤明監督の戦後初の作品「わが青春に悔なし」に出演。47年には東宝を離れフリーとなる。「安城家の舞踏会」「青い山脈」「お嬢さん乾杯」など戦後を代表する作品に出たが、49年に初めて小津安二郎監督と組んだ「晩春」に出演。61年の「小早川家の秋」まで小津作品に計6本出演した。

 「永遠の処女」など、さまざまなキャッチフレーズが付けられたが、何度か体調不良が伝えられ、そのたびに引退がささやかれたが、62年の「忠臣蔵 花の巻・雪の巻」が最後の映画出演となった。63年に小津監督が亡くなり、その通夜に出席したのを最後に表舞台から遠ざかった。神奈川・鎌倉で妹夫婦と生活しているとされ、写真週刊誌などが何度も“スクープ”を狙ったが、50年以上その姿をとらえたものはなかった。

こちらは、今年の4月に発表された記事です。

>原節子さん 親族が「元気は元気」…デビュー80年記念上映会

大阪・九条の映画館シネ・ヌーヴォで元女優原節子さん(94)のデビュー80年を記念した特集上映会「原節子のすべて」が始まり、作家の石井妙子さんが26日、トークショーに出演した。

 原さんは代表作「東京物語」を撮った小津安二郎監督が亡くなった1963年、声明を出すことなく引退。独身とあって結婚が噂された2人について石井さんは「恋愛感情があったかは分からない。尊敬し合っていたと思うが結局、ファンの原への思い入れの深さが伝説や神話をつくった」と分析。現在は神奈川県鎌倉市で暮らす原さんの近況についても、「去年自宅へ行くと“元気は元気です”と親族の方が話していた」と報告した。

 今秋、原さんの評伝を出版予定。「静かで激しい、セリフがなくても何かを訴えることができる女優。一方で引退から半世紀余り、一度も復帰しない潔さ」と公私両面の魅力も語った。  

[ 2015年4月27日 08:08 ]

年齢が年齢ですので、各マスコミも予定稿・記録映像の準備はしていたと思われますが、その死が3か月弱伏せられていたというのも、いかにも彼女らしいといえば彼女らしいというべきかもしれません。では彼女の写真を。

 

この写真は、1960年のものとのこと。

来年「午前十時の映画祭」で、小津安二郎の「東京物語」が上映されます。もちろんこの映画はすでに私は観ていますが、再見してあらためて彼女を追悼したいと思います。

コメント (9)

災害時ほかの緊急事態には、鬼にならなければいけないこともある

2015-11-25 00:00:00 | 東日本大震災 2011

私が直接見た話ではありませんが、ずいぶん昔私の家の奥の部屋に、ネコが上がって居座ったことがあります。置いてあった布団の上にネコが乗っかっていたというのです。

で、私の親が、ネコを追い出そうとして、手で払ったら、絶対動きません。しまいには、ほうきで頭をたたくことまでしたそうですが、やはりじっと親のほうをにらんでいます。

ここまでしてネコが逃げないというのは、もしかしたら・・・というので、1度外して、ネコがいなくなった(餌でも探しにいったのでしょう)隙に布団をみてみたら・・・。いました、ネコの子3匹。

母は私に、大要「動物の愛情というか、本能ってすごい」と語りました。それはそうですよね。もちろん我が家はネコを殺したりはしませんが、ネコはそんなことを判断できないもんね。

けっきょく布団は外に出しておいたそうですが、その後ネコは子ネコを連れて去ったそうです。

子どもをつれた動物は必死です。小グマをつれた母グマに遭遇したりしたらやはり危険です。

さて、以上は動物の話ですが、一説によると本能が壊れた動物ともいわれる人間も、子どもについてはやはり必死になります。子どもに関しては、必ずしも合理的対応ができない。そういうことの関連で、この間、災害の対応についての講演会をきく機会がありまして、講師の人がくりかえし力説したのが、ともかく逃げろということです。他人よりも自分の命を優先させろということです。

すると、ここで大きな難問が出てきます。親子の問題です。

他人なら、さすがに自分の命を犠牲にして助けるというのは現実性に欠けますが、親子ですとそういうことがありえます。親が子どもを捜して津波にやられたということは2011年の災害の時も指摘されたことです。

それで、講師は、そのような災害教育を児童にする際、次のように話をするそうです。

(大要)「お父さんとお母さんには、ぼく(私)は自力で逃げるから、大丈夫だ、といいなさい」

親の立場からすると、確認が可能な距離にいれば子どもを助けたいのが人情というものでしょうが、そこで子どもを捜しにいくと津波の被害にあってしまうわけです。親も、子どもを信じるしかありません。

たぶん親としては子どもが無事か確認してから自分が逃げたいというのはやまやまでしょうが、そこは心を鬼にして、自分を第一に考えて逃げなければいけません。あるいは子どもはどうにもダメで死んでしまうかもしれませんが、それは親の力でもどうにもならない場合だということです。「あの時自分が・・・」と考えたくなるのは、人情としては理解できますが、そこは残念ながら割り切らなければいけません。人間、時間的、距離的その他の制約で、どうにも助けられないこともたくさんあるのです。

ずいぶん以前ですが、ヨットだかなんだかで、子どもが1人海に落ちてしまい、それを親が飛び込んで助けようとしたら、やはり亡くなってしまったことがありました。そしてその時ヨットには、別の子どもが乗っていました。そういう場合、やはり親は、海に飛び込んではいけないと思います。その人は泳ぎに自信があったのかもしれませんが、子どもを1人(あるいは他の子どもともども)ヨットに残してはいけないでしょう。そこは、まさに心を鬼にしなければいけない瞬間だと思います(なお、いまの話は、私の記憶で書いていますので、いつのどのような事件だったかは書けません。事実と違っていたら、その点はお詫び申し上げます)。

いずれにせよ、火事で燃えさかる家に「子どもがいる」といって飛び込もうとする親がいたら、私は「やめろ」と止める人間でいようと思います。

コメント

ね、私の書いた話は間違いじゃないだろ(2)

2015-11-24 00:00:00 | スポーツ

昨年私は、次のような記事を書きました。

ね、私の書いた話は間違いじゃないだろ

この記事で私は、スポーツ雑誌「Number」が、ソチ五輪で金メダルを取った羽生結弦よりも、6位に終わった浅田真央を大きく取り上げて最大級の賛辞を送っていることを揶揄りました。

それで、同じ雑誌が次のような号を出版しました。

Number(ナンバー)890号 浅田真央 スマイルアゲイン

・・・もう大特集ですか(苦笑)。何をいまさらながら、浅田真央への特別扱いに苦笑する、っていうところです。

浅田真央が、ISUGPシリーズで2連勝して、それでグランプリファイナルでも優勝したとか、日本選手権で優勝したとかなら、まあ表紙でもいいけど、この雑誌が発売された時点では、たかがまだ1戦勝っただけじゃないですか(笑)。いや、それは14~15シーズンを休んで、それで復活して大きな大会で勝ったのは本当にすごいけど、浅田真央じゃなければ、さすがにスポーツ専門誌の表紙にはならんでしょ(笑)。どんだけ特別扱いなんですかね、浅田真央って。そうなったのは、もちろん別に彼女が悪いわけじゃないけどさ。

つまりは、浅田真央を表紙にすれば雑誌の売り上げがいいってだけの話ですけど、いやー、日本人てほんと浅田真央が好きなのねっていうところです。私みたいに、浅田真央大っ嫌いって公言するような人間は異端なわけです。そんなことはもちろん知っていますが、なにをいまさらながらに痛感します。なにしろ、浅田真央を嫌いな日本人はいないそうですから

あ、断っておきますけど、私は実生活では浅田真央大っ嫌いなんて話はしませんよ。無意味なトラブルが起きますから。浅田真央よりキム・ヨナのほうが美人だしスタイルもいいし演技もいいなんて話はしましたが、ヨナさんも引退しちゃったしね。

それでですよ、雑誌の内容がまたすごい。引用します。

>内容紹介


浅田真央
スマイルアゲイン

1年の休息を経て、銀盤に戻ってきた浅田真央。
ブランクを感じさせないその滑りに、誰もが歓声をあげ、
少し大人びた、それでも無邪気な笑顔に、誰もが魅了された。
今号では、まるごと一冊浅田真央大特集。中国杯詳報、先輩・伊藤みどりさんや、
美輪明宏さん、鉄拳さんからのメッセージや、ジャッジから見たその演技の質、
その25年の人生を振り返る「完全年表」など、誌面全体で浅田さんの復帰をお祝いします1


SPECIAL FEATURES

[笑顔の復帰戦詳報] 文●野口美惠
浅田真央「柔らかな心で」

[テクニカル・レポート] 文●松原孝臣
得点力UPの“秘訣"~ジャッジの目で見たさらなる「伸びしろ」~

[エナジーチャージの365日] 文●細江克弥
ラジオに生出演、10代の悩みに答えた夜
旅、試験勉強——手に入れた“普通の青春"
[エピソードで綴る1990-2015完全年表]
真央の25年史

[追想エッセイ] 文●宇都宮直子
2005年のカップ・オブ・チャイナ

[特別メッセージ] 文●野口美惠
伊藤みどり「私が真央を尊敬する理由」

[復帰へのメッセージ] おかえりなさい、真央ちゃん!
美輪明宏「浅田真央と、戦後日本の美」
鉄拳「パラパラ漫画で真央ちゃんを描く」
丸山敬太「彼女の衣装には、意志がある」
タラソワ「私はね、マオの大ファンなの」

(後略)

・・・(笑)。

ブランクを感じさせないその滑りに、誰もが歓声をあげ、
少し大人びた、それでも無邪気な笑顔に、誰もが魅了された。

 悪いな、ここに少なくとも1人は、「誰もが」に入らない人間がいるぞ(笑)。

>旅、試験勉強——手に入れた“普通の青春"

ね、ね、ね、ね、ね。23歳~24歳にもなって、その時にいたるまで試験勉強すらやってなかったの、浅田真央って? どういう学校生活、社会生活送っていたの?

まあ日本で彼女の学校の話を一番しつこく書いていた人間の1人が私でしょうから、そうであることくらいは知っていますけど、私みたいな人間じゃなくて、彼女にきわめて好意的な雑誌ですら、彼女がまともな人生歩んでいないことを認めちゃっているくらいなのだから、それもどうかです。

これでですよ、仮に2018年の平昌で、彼女が金メダルを取ったら、それこそ日本は想像を絶する大騒ぎになりそうですね。なにしろ6位で、あれだけ騒がれたんだから。そうなったらなったで、それはそれで面白そうな気もしますが、やはりあまりかかわり合いたくない気はします。その日が来ないことを、個人的には望みたいですね。つまりは、私が以前に書いた

>これでですよ、ぎりぎり銅メダル、はたまた金メダルを世間の願望通り獲得していたら、そのマスコミとその他ネット民、あるいは私たちの周囲の人たちの熱狂ぶりは、想像を絶するものだったろうと考えます。上村愛子はソチが5大会目ですが、浅田真央は2大会目で、しかも6位と上村より2つも順位が下なのにこの騒がれ方(笑)。そりゃまあ浅田真央が人気があることくらい私も認めるのはやぶさかじゃありませんが、いくらなんでもここまで取り上げられるというのは常軌を逸しているのたぐいじゃないですかね。

という文章が、いかに正しいかということです。

あ、もしかしたら平昌と北京は、何の競技を見るかは決めていませんが、見に行きたいなとは思っています。20年も、長期の海外旅行は中止して、オリンピックの何らかの競技は見る所存です。20年の夏の海外旅行は、近場で2泊3日かな。

コメント (18)

ホーチミン、プノンペン、ソウル紀行(2013~2014)(75)

2015-11-23 00:00:00 | 旅(東南アジア―ミャンマー以外)

北朝鮮レストランを出てホテルに戻ります。なお私は、現段階では、ヤンゴン、ヴィエンチャン、プノンペン、北京の北朝鮮レストランへ行ったことがあります。今度は、丹東あたりのレストランに行ってみたいものです。中国東北地方その他のレストランも面白そうです。

なんだかわかりませんが、明るい表情の女の子です。

うーん、おいしそうですね。

なかなかいい写真でしょ。

彼女もなかなかかわいい女の子です。

このように夜の外でこのプラスティックの椅子に座ってだべるのも、典型的な東南アジアの風景です。

漢字ですから、中国系の店舗なんですかね。

子どもの姿がなかなかいいでしょう。

どうです。なかなかいいでしょう。

そんなことを考えていたら、葬式をやっていました。故人は華僑の方ですかね。

それにしても夜でも子どもが目立ちます。

コーヒービーンアンドティーリーフでひと休みです。

このようなコンビニも増えたようです。水を買います。

いよいよ明日は、プノンペンを去ります。

(つづく)

コメント

ホーチミン、プノンペン、ソウル紀行(2013~2014)(74)

2015-11-22 00:00:00 | 旅(東南アジア―ミャンマー以外)

近代的なビルのすぐ近くにこのような建物があるというのも、プノンペンらしいといっていいかもしれません。まだまだ素朴なところの残る街です。

だいぶ陽もくれてきました。

空がきれいです。

こういう空の色私好き。

ホテルに戻ります。

少し休んでまた夕食を食べに行きます。元気のよさそうな子どもですが、彼らも貧しそうです。

鶏がつるしてあるのは写真としていい光景です。

「Shabu Shabu」ですって。寿司のビュッフェもあるんですかね。それなら社会勉強で食べてみても面白そうです。

ここは北朝鮮政府直営らしい北朝鮮レストランです。中に入ってみますが、写真不可につき写真はなしです。ごめんなさい。

それでコンサートがあったので私も聞いていたら、映画「タイタニック」の主題歌を歌っていました。私思わず

米帝の歌なんか歌っていいんかよ!!!

とは言いませんでしたが。なお北朝鮮レストランでの冷麺は格別ですので、いかれる機会があったら是非お試しを。

(つづく)

コメント (8)

ホーチミン、プノンペン、ソウル紀行(2013~2014)(73)

2015-11-21 00:00:00 | 旅(東南アジア―ミャンマー以外)

なんだかだいぶ人通りが多くなりました。車やバイクも激増です。

なんだかよくわかりませんが、政治集会のたぐいが開かれていたようですね。ちょっと社会見学します。

子どもも、親が連れてきたのでしょうが、いました。

けっこう老若男女幅広い世代の人たちがいました。この女性もなかなか美人です。

手前の子ども、黒い肌と白い眼が印象的です。

彼女はカメラ目線なんですかね?

このようなかなり若い女性もいました。

うーん、あまり裕福そうには見えませんね。

僧もいました。オレンジ色の僧服が鮮やか。

うーん、こういう風に見つめられるとちょっと私も引いてしまいます。

で、檀上では演説らしきものが始まりそうです。

服装も、手前の女性のような厚着の人もいます。ちなみに私はワイシャツを着ていました。私はだいたいいつもワイシャツを着ています。

リーダー格(?)の人がマイクを持って演説をしています。

写真を撮っていた私は、あるいはかなり怪しい人間に思われていたのかも。たぶん思われていたのでしょう。

寄付のお金を受け取っていたのか・・・。

壇上からも写真を撮っています。奥にいるネクタイ姿の写真の男性は、シアヌークですよね? 母は、彼と握手したことがあります。私も、変な身内を持っています。

女性MCまで登場します。

歌まで披露されます。うーん、何がなんだかよくわからない集会です。

離れます。こういう時にテロが起きる可能性もありますので、あまりこういったところには近づかない方が無難です、って私は物見高いのでいつも近づきます。

「VOTE」ってあるから、やっぱり政治集会なんですかね。

(つづく)

コメント