ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

元K-1プロデューサーの本を読んで、「どうもなあ」と思ったこと

2014-08-28 00:00:00 | 格闘技

過日図書館に行って本をあさり、次の5冊を借りました。

生活保護リアル

さいごの色街 飛田


私家版 差別語辞典 (新潮選書)

宝塚(ヅカ)読本 (文春文庫)(私が借りたのは、単行本)

平謝り

実に脈絡のない本の借り方ですが、それはともかく、最後の「平謝り」という本を読んで、「どうもなあ」と思うところがありました。引用してみます。著者は、もともとはベースボールマガジン社の編集者で、それが格闘技界に入って、プロデューサー、プロモーターみたいなことをした人です。格闘技の番組を地上波で流していた時代には、なにかというとテレビにでていました。

で、著者は、鳴物入りで宣伝できる大物をK-1にスカウトしようとして、元横綱のが脈がありそうだという情報を入手します。曙は、当時相撲協会で面白くもない仕事をしていて、経営している飲食店もうまくいっていませんでした。著者は、福岡の東関部屋の稽古場に行き、曙と接触、いい感触を得ます。その日早速、正道会館石井館長を福岡に呼び、曙説得を始めます。

>僕は石井館長を交えて、格闘技界のこと、曙をどうやって練習させ、スターにしようと思っているか、必死に口説きました。

(中略)

でも、ここで重要なことがあります。その時に僕が曙に言ったのは、

「横綱、やる気があるんだったら奥さんにだけ相談して決断して下さい。相撲関係者に相談したら絶対に反対されるに決まっています。賛成する人は一人もいませんよ。反対の意見を聞きたいんだったら相撲関係者に相談して下さい」

そうしたら、

「いや、相撲関係者には相談しません。家内と相談します」と、曙は言ってくれた。やったと、心の中で僕はガッツポーズをしました。

(中略)

東京のホテルに部屋を取って、祝杯のシャンパンをあらかじめ用意して、ちゃんとした契約書も用意して曙を待ちました。奥さんも呼んでもらって。曙に関しては十分脈があったので、この日はとにかく奥さん一本に絞って説得しようと思いました。

「奥さん、もう一度、横綱がスポットライトを浴びる舞台に立たせましょう。奥さんは横綱がOKなら、認めてくれる人ですよね」

「ええ・・・・・、まぁ私はこの人がよければ」

「じゃあ、新しい門出を祝して乾杯!」

ほとんど、考えさえる間を与えませんでした。

(中略)

今度は「夜逃げ」の話しを持ち出しました。

とにかく、僕は周りから引き止められることだけが怖かった。まず曙を相撲の世界から切り離すことに必死になりました。(中略)ちょうど東関部屋全体で出稽古に出る日があったので、その日を狙って荷物を持ち出してもらったのです。(引用者注:2003年)11月5日に帰京、その足で北の湖理事長に辞表を提出してもらい、曙の決心が揺らがないうちにすぐ翌日に記者会見を開きました。ここまでやれば、相撲協会ももう追って来られない。(p.122~p.124)

・・・・(笑)。

ほとんど、考えさえる間を与えませんでした

ねえ。

それは、考える暇を与えたら、「やっぱりやめた」という話になるのかもしれませんし、相撲界で相談したら誰だって反対するのは目に見えていますが、こういう話を自慢げに語られても「どうもなあ」ですよね。いや、結果論として、それで曙が現在充実した人生を送っているのなら別にかまわんけど、現状とてもそうとはいえんでしょう(笑)。

昔拙ブログで引用した記事を再引用します。その大晦日の試合でボブ・サップに負けた直後の奥さんの言葉です。

>(前略)

いやプロレス転向の話は何度もありましたが、本当のスポーツに思えなかった。横綱になった人にやらせたくなかった。何度もケンカして、離婚の話までしたんですよ。

 怖かったのは、ティーンエージャーが親から駄目、駄目と言われて反発するようにならないかでした。怒られるかもしれないけど、大将の頭の中は今でも18歳の男の子のように若いから。それにウチの奥さんが夢をつぶしたとか、オレはやりたかったのに奥さんのおかげでなにもできなかったなんて言われかねない。そんなこと聞きたくなかった。それで今回は彼に任せました。

 親方で協会に残って3年間、相撲を見ていて「オレが今現役だったらみんな倒せるよな」「オレの方が強い」なんて言ってました。でもチャンスがない。「そんなに自信があればやってみたら」って言いました。彼の生活を見て、この方がいいかなと思った。彼も「自信がなかったらこの道を選ばなかった」って。

 協会の給料では親方株(年寄名跡)を手に入れるのも難しかったことも関係しています。相撲には今も未練がありますね。

(中略)

この2カ月、あっという間でした。でも大将が幸せですからそれでいいですよ、私は。毎日顔を合わせて、つまらなそうな顔を見るのはこっちもつらい。暗い顔は見たくない。ヒザは心配だけど、ケガしたら仕方ない。彼の選んだ道だから。私は応援するだけです。

まあ気の毒ですね。曙みたいな人間と結婚しちゃったこと自体、たぶんに不幸のはじまりかも。もっとも曙自身後援会から奥さんとの結婚を猛反対され、それで結婚を強行したばかりに後援会解散→経済的な苦境、ということになったわけで、奥さんもそのあたりは相当気がとがめるものはあったのでしょうが。


谷川さんのような人は、基本的に他人のその後なんかろくに考えないのかもしれないし、別に曙に契約を強要したわけでもないのだから、それは谷川さんを批判するのは筋違いだろうし、曙に同情するのもどうかですが、まあしかし、頭の悪い人間を利用するのも、あんまりいいとはいえないよね。やはり世の中、曙のような人間には、相撲界とも身内とも一線を画した信用できる相談役みたいな人が必要なのかもしれませんね。弁護士でも会計士でもいいですが、小室哲哉とか米国の一部スポーツ選手とかがどうしようもない連中のいい食い物になるように、世の中他人に食い込んでひどい目にあわせる人間がごまんといるわけで、そういった連中からわが身を守ることも時と場合によっては必要でしょう。

読んでいて、人生とは何か、人間とは何か、なんてことまで考えさせられる本でした、って、他人に積極的にすすめる気もしませんが。

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ちょっときついんじゃないの・・・

2012-03-05 00:00:00 | 格闘技
3月3日、桃の節句にTBSでやっているテレビ番組『バースデイ』で、山本"KID"徳郁の特集をやっていて、2月26日(日)に行われたUFC JAPANでの試合も一部放送されました。

彼がUFCで連敗していることは知っていましたが、最近あんまり彼の消息を聞くこともなかったので、けっこう興味深く見ることができました。

番組によると、かつては高級マンションに住み高価な輸入車を4台所有したいた彼は、いまは馬込のあまり家賃が高そうにないアパートに住み、もっぱら自炊をして(近所の肉屋で買い物している姿も映し出されていました)生活しているそうです。収入も(当然ながら)激減したとか。

山本は、2008年7月21日に練習中に右膝前十字靭帯を断裂し手術を受けました。翌年5月26日にジョー・ウォーレンと戦い判定負け、7月13日におこなわれたK-1の対チョン・ジェヒ戦では失神KO(親父さんが「馬鹿野郎!」と怒鳴っていました)、その後2戦して1勝1敗でしたが、2011年UFCと契約します。しかしここでも2連敗、UFCは3連敗したら計約解除だそうで(しかし、秋山成勲は3連敗していますが、今大会にエントリーしていました)今回日本で行われる大会で負けたらけっこうやばいことになるというのが彼の現状です。

で、山本へのインタビューや練習風景、壮行会の映像なども紹介されていまして、私が個人的に思ったのは、ずいぶん山本は穏やかになったなあということです。かつてのような態度をとる年齢でもないということかもしれませんし、彼もそれなりの人生経験(アマレスの試合で腕をへし折られたり・・・厳密には亜脱臼ですけど)を積んだからかも。離婚もあったしね。子どもさんに会えないというのは、親権が元奥さんの側にあるとはいえ気の毒です。子どもは関係ないんだからね。

で、試合は、相手はヴァウアン・リー(英国)という人で寝技に強いとか。彼にとってはUFC2戦目で、前回UFC138では敗れてしまっているので当然こちらも負けられない立場です。

試合は1R4分29秒に腕ひしぎ十字固めを決められて山本の屈辱のタップアウト負けになりました。山本は判定負け、KO負けはありますが、タップアウトは初めてです。負けた後リングをこぶしで殴っていました。そうとう悔しかったのでしょう。彼の妹の山本聖子こちらで記事に書きました)は泣いていました。父親が「ああ・・・」とうめき声をあげていたのが心に残りました。



山本のフックがリーをぐらつかせるところもあり、山本はここぞとばかりにラッシュをかけたのですが、膝などもだしたものの、リーはきっちりと致命的な一打をくらわないようにディフェンスしていましたね。そしてリーの右フックをくらって山本がよろめき、リーが突っ込んでいったところをテイクダウンしてマウントポジションをとったものの、リーから三角絞めをねらわれて逃れようとしたところをしっかり腕を決められてしまい、けっきょく寝技の巧拙が勝負の分かれ目でした。

番組は最後に、4戦目もあるかもしれない・・・みたいな話がUFC側から山本側に打診があったということが伝えられ、トレーニングにはげむ山本の姿を紹介していました。

上にも書いたように、秋山も3連敗しても4戦目もあったのだから(これも負けちゃったけど)、山本にもあるのかもしれませんが、どうでしょうかね。それなりの相手がきたら、山本が勝つのは難しいんじゃないんですかね。それは勝てる相手をぶつけてくれれば勝つでしょうけど、UFCはそんなことしてくれるわけないしね。

彼の経営しているジムもあんまり状況が芳しくないって話を聞いたことがあります。ほんとかどうかは知りませんが、いずれにせよ彼はプライドという精神的な問題だけでない側面もあって「引退」というわけにもいかないんでしょうね。彼は3月15日で35歳になります。

なかなか難しいですよね。自分がここだっていうときに一線を去ることができればそれが一番いいんでしょうが、なかなかそうもいかないしね。女子マラソンの高橋尚子も現役最後の頃はちょっと痛い気がしましたが、彼女自身自分のためのチームを作っちゃいましたから、いちおうの区切りをつけるまでは現役を続けざるをえなかったのかなと思ったことがあります。スポンサーの絡みもありますしね。


これからの山本の動向をも見守りたいと思います。

余談:このUFCの日本大会には、ラウンドガールに日本人の女性が参加しました。記事は中日スポーツから。

>きょうUFC日本大会 西垣梓さんがオクタゴンガールに
2012年2月26日 紙面から

UFC日本大会の前日公開計量が25日、会場となるさいたまスーパーアリーナであり、約2000人のファンが駆けつけた。オクタゴンと言われる八角形リングで行われるUFCのラウンドガールは「オクタゴンガール」と呼ばれるが、この日、2001年にUFCが現体制になって以降、初の日本人オクタゴンガールとして西垣梓さん(25)がデビューした。

 2008年ミスユニバースジャパンのファイナリストで、格闘技イベント「戦極」のラウンドガールを務めた経験も。2日前にオーディションが行われ、前日に採用が決まったという。現在は香港などアジアを中心にモデルとして活躍している。

 西垣さんは「(出場する)五味さんとはお友達。日本人選手には全員頑張ってほしいけど、五味さんには特に頑張ってほしい」と熱いエール。今回は日本大会限定のスポット採用だが「これをきっかけに、正式にオクタゴンガールになって、日本人女性の良さを世界にアピールしていきたい」と話した。 (竹下陽二)


せっかくだから、彼女の写真をまとめて紹介しちゃいましょう。















最後の写真は、2009年の「戦極」のラウンドガールたちのものです。西垣は一番左です。確かにこの中では彼女は上ですね。あと、一番右の子が私の好みかな。

で、どっちが正しいかはわからないんですが・・・。

こちらの記載魚拓)によると、彼女1984年生まれってあるんですけど。



年齢サバよんでいるんですかね。どうでもいい話ですが。

なおこの記事は3月4日の午前中に書いた記事ですが、1日1記事のため3月5日の記事にします。ご了承ください。
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極真空手の世界選手権で、ロシアの選手がテイシェイラを破って優勝した

2011-11-08 01:41:12 | 格闘技
興味のない人には退屈にもほどのある話でしょうが、極真空手(極真会館 松井派)の世界選手権が開かれまして、ロシアの20歳のタリエル・ニコラシビリが、絶対の本命であるエヴェルトン・テイシェイラを破って優勝しました。







この世界選手権というのは、フジテレビが日曜の深夜枠で放送してくれているので今回も地上波で見ました。個人的には、たぶんテイシェイラが連覇するんじゃないかなあと考えていたのですが、小兵である彼が超大物であるテイシェイラに勝っちゃったんだから、これは驚き。最後は、テイシェイラの師匠である磯部清次が、ロシアの選手の勝ちを判定して試合が終わりました。極真空手は主審1人、副審4人で、3人以上が勝ちを判定しないと判定勝ちになりませんが、そして4人の副審のうち2人がロシア側の勝利を判定しましたが、磯部は公平無私にタリエル側の勝ちを判定しました。どっちみち体重判定でタリエルが勝つのですから、あまり迷いはなかったのかも。



いま新極真会(大山倍達の死後、さまざまな団体が分かれて行きました)のトップである緑健児も小兵で勝ち上がり、第5回の世界選手権で優勝し、木山仁も176センチと小柄でしたが、それでも第8回で優勝しました。しかし今回は外国人の小柄な選手の勝利ですからね。これもなかなかすごいと思います。



日本勢は、ベスト8に1人しか残れませんでした。やはり白人や黒人の体格にはなかなかかなわないんですかね。そんなことは、プロレスのレフェリーをやっていたミスター高橋もいつも語っています。

今回の世界選手権は都内を離れていたり仕事があったりしたので行くことができませんでしたが。でも次の2015年(4年後です)は見てみたいと思います。いや、まずは日本の大会を見に行くべきかな。

なお、今回は女子の大会も開かれました。



なかなかきれいな女性たちではないですか。4年後はこれも楽しみにします。

さてさて、おどろいたのですが、横綱隆の里、現鳴戸親方が急死しました。

>疑惑の渦中で…鳴戸親方が急死 ぜんそくで入院中
スポニチアネックス 11月7日(月)14時6分配信

大相撲で「おしん横綱」と呼ばれた第59代横綱隆の里の鳴戸(なると)親方(本名高谷俊英=たかや・としひで)が7日午前9時51分、急性呼吸不全のため、九州場所(13日初日)で滞在していた福岡市内の病院で死去した。59歳。青森市出身。葬儀・告別式は未定。7日夕には福岡市内で部屋主催のお別れの会が開かれ、関係者が参列した。

鳴戸親方は10月下旬からの週刊誌上で過去の暴行疑惑が浮上。弟子を角材で殴打したり、チェコ出身の十両隆の山に体重を増やす目的でインスリンを注射したりしたと報じられ、日本相撲協会から事実関係の調査を受けていた。

 親方が死去した病院によると、6日夜に体調不良を訴えて入院し、ぜんそくの治療を受けていたという。相撲協会は部屋の今後や週刊誌報道の調査などについて、8日に福岡市内で緊急理事会を行う。

 “土俵の鬼”と呼ばれた元横綱初代若乃花の二子山親方にスカウトされ、1968年名古屋場所で初土俵。筋骨隆々の体は「ポパイ」の異名を取り、右四つからの上手投げや寄りは力強かった。一方で糖尿病に苦しみ、同郷で、同じ夜汽車に乗って上京した元横綱2代目若乃花(現間垣親方)に出世で後れを取った。

 しかし、食事療法などで治療しながら、82年秋場所で初優勝を全勝で飾ると、83年名古屋場所で2度目の優勝。場所後に30歳9カ月の遅咲きで最高位に昇進した。初土俵から所要91場所は史上2位のスロー出世で、苦労の末に成功をつかんだ。優勝は通算4回。千代の富士(現九重親方)に対戦成績で16勝12敗と勝ち越したのも光った。

 86年初場所で現役を引退し、年寄「鳴戸」を襲名。89年2月に二子山部屋から独立し、部屋を創設した。厳しい稽古は角界随一で、九州場所で大関昇進に挑む関脇稀勢の里関や元大関候補の幕内若の里関らを育てた。今場所は関取4人を含む17人の力士を抱えていた。

 ▼放駒理事長(元大関魁傑)の話 驚いた。(鳴戸親方は)厳しい師匠だった。(大関とりの稀勢の里関は)相当ショックがあると思うけど頑張ってもらいたい。協会としては、力士がしっかり相撲を取れるような環境をつくらないといけない。

 ▼鹿内博青森市長の話 ただただ驚いている。親方は青森市浪岡女鹿沢の出身で、旧浪岡町時代の1982年には浪岡町表彰を受賞した。病を克服しながら横綱として活躍し、引退後は後進の育成に努められた。早すぎるご逝去は誠に残念だ。

(引用ここまで)


私、この話を聞いて最悪自殺かなとさえ思ったのですが、どうだったのでしょうか。最近彼がらみの不祥事が立て続けだったので。

ともかくご冥福をお祈りいたします。
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梶原一騎と極真空手についてのおもしろいインタビュー(3)

2011-10-30 03:56:06 | 格闘技

―(聞き手)「これ以上、プロレスとかクマとかはいいんじゃねえの?」っていう。

山田 だから必然的にね、梶原一騎と大山倍達が離別するのも歴史の必然なわけですけども、もちろんそりゃあお金が絡んでケンカになったりとか、いろんなことがあったんでしょうけど。

―そういう見方ができるということですね。

山田 極真と梶原一騎が組んで膨らませた幻想っていうのはそういうものなんですよ。だけど、それじゃあ極真も月謝を取って生徒を増やして、地道な経営をしていくときには邪魔になってくるんですよね。それはしょうがないんですよ。ルールも確立させて、そこに向って日々練習させていかないと回転していかないんですから。で、現実の極真のほうを確立してくるにつれ、そういった余分なものっていうのは…。

―邪魔になりますねぇ、まったく(笑)。

山田 その分岐点になったのは、ウィリー(・ウィリアムス)が三瓶 啓二とやって暴れちゃったところかな。あそこらへんが境目でしょうね。俺もウィリーがあそこで暴れだして「とんでもねえヤツだな」と怒る側にいたわけですよ。だけどウィリーとしては梶原一騎に言われてやったわけですけど…。

猪木さんと異種格闘技戦をやるためにはあそこで勝ち上がるわけには…ってことですよね。

山田 そう、あのあと猪木戦があったわけですよね。おそらくあそこでみんなの反発が予想外に大きかったんじゃないですかね。確かにあの場に梶原一騎的な世界観が入ってくると、非常に違和感があった。聖なるものを汚されたみたいな怒りがあったわけだよ、観てる人たちには。

―梶原一騎の局面切り的な要素で膨らんでいった極真自体が、それを逆に汚れたものとして排除するとは皮肉なものですね。

山田 そうですよ。皮肉だけど、しょうがないですね。極真側からしたら、それを排除していかないと。

―でも、これはどこの世界にもあるようなことかもしれないですね。ピエロが排除されていくっていうのは。

山田 そうですね。どこでもあることですけど、ちょうどそういう境目があの大会だったですね。だからいまの極真はそういう意味でももう幻想もなくなって、「最良の空手だ」って言い出しちゃったわけだから、梶原一騎的な夢はないんですけども、いまの極真に「また最強だって言ってくれ」とか言うのも酷でしょうけど、歴史のなかで一時期そういう時代があったということですね。

―ドラム缶を引くといまの極真になるという。

山田 そうですね。大山倍達個人のなかでは非常に梶原一騎的な、まあプロレス的なって言うとまた誤解が生じますけども、そういうた局面で対応するような宮本武蔵的な強さをもっていたし、そういうところに極真のロマンがあったんですね。で、実際に大山倍達は強かったと思いますよ。どんな場でケンカしても強かった人だと思います。

―普通の競技者とは違う発想ですもんね。

山田 ドラム缶に穴を開けるとか、そういう発想でやらないですから。競技には必要ないし、過剰な力なわけですよね。だから離れることは必然だったわけだよなあ。まあ、悲しいっちゃあ悲しいし、梶原一騎みたいな物書きがいまの時代にまた出てよといってもなかなか難しいですしね。

―グレーな世界だったら成立しますけどね。

山田 俺が言うのもなんだけども、その可能性がわずかに残されてるとしたらプロレスですね。で、ちょっと話は逸れるけどいちおう続きを言うとですね、総合格闘技っていうのは結局一つのルールなんですね。そこで追及される最強っていうのも、結局、ルールのなかの最強だ、と。そういうふうになってくると、簡単に言えばですね、そもそも最強っていうのは順位をつけることだから、スポーツ化しないと1位2位が出ないんですね。「じゃあ大山倍達は何番目に強い?」って言われたとき、出ないですよね。

―出ないですね。

山田 大山倍達とかはそういう枠に入らないことによって強さの幻想があったわけですけどね。

―確かに競技っていう目で見ると、ウィリーは競技者としての成績はふるわないですけど、存在としていまだに覚えているのはウィリーですもんね。

山田 幻想があったからね。だから梶原一騎も大山倍達もロマンの実態っていうものを理解していましたよね。ロマンの構造っていうかね。

―その二人が組んだんだから、あんなブームが起きますよね。

山田 起きますね。多局面っていうのは、ある意味、測定不能だんですよ。測定不能だからあそこまでの幻想が膨らんだと思うね。でも、いまは測定可能な時代、あんな幻想はもう生まれないでしょうね…。

[11年2月某日/都内・某所にて収録]

山田さんのプロフィールを紹介します。

>やまだ・えいじ■元『フルコンタクト空手』編集長、現『BUDO-RA BOOKS』編集長。格闘技興行の花がまだ咲き乱れる前の80年代後半から、「やる側」の視点で格闘技の編集などを手がける。プロレスファンからは本気で嫌われた大ヒールだが、非常に熱くておもしろかった時代を結果的に演出してくれた。口癖は「ザンス」らいしいけど、一度も発しなかった。なぜだ!?

(引用ここまで)

さいごに山田氏の写真を。



引用はこちらから。

(了)

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梶原一騎と極真空手についてのおもしろいインタビュー(2)

2011-10-29 04:06:56 | 格闘技

―(聞き手)昔はルールを過激にするだけで、非常に求心力があったわけですね。もちろん大山倍達にも魅力があったんでしょうけど、梶原先生は極真という過激なルールに惹かれたんでしょうか?

山田 もちろん過激なところに惹かれたんでしょうけども、大山倍達と梶原一騎の二人はもっと頭がよくて、いまの格闘技のルールの過激化によって、その先がないなということを当初から理解していたんです。

―それはどういう見立てなんですか?

山田 簡単に言うにはどうしたらいいのかな? 要するにですね、一番わかりやすい例が宮本武蔵なわけですね。みんな宮本武蔵が一番強いと思ってるじゃないですか。じゃあ宮本武蔵がいまの剣道の大会に出たら、まず遅刻していくわけですよね。

―まあ、そうですね(笑)。

山田 その時点でエントリーできないですよね。で、試合が始まったらいきなり長い木刀を振りかざして反則負けになる。そうすると優勝できない。ということは、武蔵は強くないじゃないですか。

―いわゆる競技としての試合と実戦は違うものだっていうことですよね。

山田 そうです。で、大山倍達がはじめに設定したのは極真ルールじゃないんですよ。対戦相手は牛なんです。

―ああ、競技じゃなくて牛ですね(笑)。

山田 対戦相手が自然石、対戦相手が十円玉、ドラム缶。こんな設定で考えた人はいないでしょう。

―いないですねぇ(笑)。

山田 大山倍達は屠殺場に行ってね、牛をどうやれば倒せるのかを考えたわけですよ。それは批判がいっぱいあるにしろ、実際にそれをやってのけたわけですね。もし「牛殺し選手権」があったら、大山倍達は相当強いわけですよ。

―なるほど(笑)。

山田 同じように「自然石割り選手権」「十円玉曲げ選手権」「ドラム缶穴開け選手権」とか競技じゃない設定を作って、その中で神話性を作ってきたんですよね。

―そこには競技性からは感じられない幻想がありますもんね。

山田 でしょ? じつは宮本武蔵の神話性と一番ダブるわけですよ。で、大山倍達はおそらく極真ルールなんかできないと思うんだけども。

―始祖なのに(笑)。

山田 そんなに優勝はできないと思うんですよ。だけど、それはそれでべつにいいじゃんって思うんだよ。

―梶原一騎の膨らませ方も大山先生と同じく「牛殺し選手権」のほうですね。

山田 そう、梶原一騎も設定は劇画ということだけじゃなくて、映画とか興行とかね、いろんな設定をもってくるわけですよ。で、そこにボクシングやプロレス、空手を持ってくるわけですよ。つまり大山倍達も梶原一騎も両者とも立体的に物事を作っていく設定が極真をはじめとする格闘技ルールだとしたら、一つの物事を局面で切っていく。

―ジャンルを横断させることによって、より極真のイメージが膨らんできましたもんね。

山田 だから、ある意味で極真の歴史というのはそういう局面切りが一つずつ消えていくっていうものなんですよ。それは多局面の武道から単一のスポーツルールへの移行の歴史です。極真の幻想性も同時に消えて行くっていう。でも、それを放棄するのはもちろんしょうがないんですよ。

(つづく)

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梶原一騎と極真空手についてのおもしろいインタビュー(1)

2011-10-28 07:46:54 | 格闘技

雑誌としてはすでに休刊している「kamipro」という雑誌、その休刊直前の156号(休刊は157号)に梶原一騎極真空手についての興味深いインタビュー記事があったのを、先日押入れの本を整理していて思い出しました。



実際、世間ではあまり読まれないような雑誌(ネット、単行本、チラシなんでもそうでしょう)のなかに「お、これは興味深い」と思うような記事はたしかにあるので、そういったものもこのブログで発掘できたらと思います。いままでこのブログで紹介してきた藤竜也薬師丸ひろ子・荻野目慶子の対談記事アニセーや、ジェーンらのインタビューもそうでしょう)を発表してきたのも同じような趣旨です。ちょうどこの秋(11月4日~6日)は、極真空手主催の世界選手権が開かれるわけで、それに合わせてみました。これからも面白そうなインタビューがあったら、積極的に記事にしたいと思います。

このインタビュー記事は、ふだんはみんな遠慮してあまり悪く言われない(かつてはひどいものでしたが)梶原一騎とこれまた必要以上に幻想を持たれていた極真空手や大山倍達についてかなり思い切った発言がされていて面白いと思ったので採録するわけです。

なお、誤植、あるいは書きちがいと思われるところは下線をひいて()内に補正しました。()はすべて採録者のものです。また、一般には必ずしも知名度が高くない人、あるいは知名度があってもどのような人物か知らなければさっぱり記事がわからないところもたくさんあろうかと思いますので、可能な限りwikipdiaその他リンクをはりました。できましたら読者の方々はご面倒ではありましょうが、参照していただければ幸いです。

梶原一騎と極真

運命の破局

BUDO-RA BOOKS』編集長
山田 英司
マスコミ畑で梶原一騎について聞くならこの人!
フルコンタクトKARATE』の元編集長、ザンス山田こと山田英司氏が登場だ!
自らも極真出身のザンス山田が、梶原作品と極真の結びつきについて語るザンス!
聞き手/ジャン斉藤

―今回は梶原一騎と極真空手の結びつきが格闘技界にどうような(原文のママ。たぶん「どのような」でしょう)影響を与えたのかをお聞きします。

山田 俺、もともと福昌堂で空手の雑誌を作っていたけど、社長が寸止め空手の人だったわけですね。で、当時の空手界が極真や大山倍達をどういう目で見てたかというと、もう悪口しか言わない。

―まあ、そうでしょうね(苦笑)

山田 まず聞いたのは「大山倍達は朝鮮人だ」と。そのときは「朝鮮人の何が悪いんだろう?」と思ったんだけど、俺がこの業界に入る前の16歳のときくらいかな。もうすでにマニアだったから、いろんな情報を聞いてたわけです。で、大山倍達に「韓国人なのにどうして日本名を名乗るんですか?」という手紙を出したら、大山倍達から丁寧な手紙が来て「日本国籍を取ったので、私は日本人だと名乗っています」と。

―そんなやりとりがあったんですか。

山田 その手紙、『月刊空手道』に載ったことありますよ。まあでも大の大人がそんなことで差別するのはどうかとは思ったよね。

―とにかく、メディア等を使ったハデな売り出し方に、従来の空手家たちは冷淡な態度をとっていたんですね。

山田 もの凄い反発があったわけですよ。「牛を殺したのもウソだ」とか、そういうことはずいぶん聞かされましたね。俺が極真を好きだから、いろいろ吹きこむわけよ(笑)。要するに「ハデなパフォーマンスをやってマスコミにのって商売上手な悪いヤツだ」っていうのが空手界の見方だったんです。

―その宣伝の旗を振っていた一人が梶原一騎だったわけですね。

山田 そうですね。ほかはあんまり仲良くなかったんじゃないかなあ。梶原一騎も当時は大山倍達以外を取り上げなかったもんね。

―梶原一騎は『虹を呼ぶ拳』で感触を得て『空手バカ一代』に向かったいうことなんですか。

山田 でしょうね。まあ、梶原一騎は隙あらば、あらゆるところに大山倍達を出してましたね。

―隙あらば大山倍達(笑)。

山田 俺、全部チェックしてたから。で、柔道VS空手というと、『姿三四郎』でもかならず空手が悪役だったわけじゃないですか。だけど梶原一騎の空手家はみんな朴訥としてて、自らの強さを隠す人格者として出てくるんですよね。

―つまり、梶原一騎の描写から空手のイメージが変わっていったんですね。

山田 で、71~77年のあいだに『空手バカ一代』が連載されるわけですけども、73年が『燃えよドラゴン』の日本公開だったんですね。で、極真の大会も69年からだから、70年代っていうのはいわゆる極真をはじめとする打撃格闘技の黄金時代だったんですよ。キックボクシングもその頃から始まって、地上波の視聴率が30パーセントも獲っていたわけ。だから70年の頃に思春期を迎えた人たちは、極真空手の魅力が凄くインプリンティングされてるわけですよ。

―そりゃあ感化されちゃいますよねえ。

山田 うん。だいたいその世代の人たちは極真の悪口を言われると感覚的にビクッとするという世代ですよ(笑)。

―もちろん、あの70年代がいまの格闘技文化の礎を築いてるところもあるわけですよね。

山田 70年代(原文のママ。70年代から高度成長はちょっと変でしょう。誤植その他と思われます)から高度経済成長に入って、91年にバブルが崩壊するわけですけども、その時期の日本経済はとにかく上昇志向でイケイケだったわけですよ。それで格闘技なんかも歴史を見ればわかるとおり、ルールをいかに過激化していくかっていう時代でね、もうまさに上昇志向そのものだったわけです。その先鞭をつけたのが極真。実際に拳を肉体に当てることで「殺人空手だ!」と批判されたわけですね。実際には当てても死ななかったけれども、当時の選手たちはみんな遺書を書いて大会に出たという世界だったんです。ところがいまは同じルールでやっても「最良の空手」と言ってるわけ。

―大人から子どもまで学べる最良の空手という。

山田 まあ、そんなに危険じゃないってことがわかってきたわけだけども、となると、極真育ちの人たちも「このルールで最強は決められないんじゃないか」と考えはじめた。

―さらに過激なほうに進んで、それがK-1までたどり着いちゃうわけですね。

山田 そうそう。その前に「投げを入れないといけないんじゃないか」ってことで大道塾があったり、ぶっちゃけ、どんどん過激路線にいくわけですよ。92年にトーワ杯が始まって、大道塾が『ザ・ウォーズ』をやって、正道会館が『格闘技オリンピック』をやって。そしてバーリ・トゥードジャパンが94年だった。

―90年代になって再び革命が起こった、と。

山田 そうするとどうなるかっていうと、バブルと一緒で破裂しちゃうわけですね。だって、それ以上は過激にならないでしょ。過激にならないのと同時に、最強っていう概念が「ルールを改革していけば決められるもんじゃない」ということに誰もが気づき始めるわけですね。これが格闘技バブルの崩壊で、そのあとは測定不能な武術の時代が来るって昔から言ってますけどね。実際、今後は武道とかが見直されてるでしょう。

(つづく)

コメント (4)

格闘技に関するしょぼい話

2011-05-09 06:47:56 | 格闘技
ネットをあさっていたら、次のような記事が目にとまりました。

>FEGはギャラ未払い、戦極は消滅へ、海外では買い叩かれ──お茶の間から格闘技が消える日

日本の格闘技界が虫の息だ。

 例年なら3月にはFEGが大会を開催してきたK-1やDREAMが、今年はいまだ日程も出ないまま。それどころか、K-1王者だったアンディ・サワーやDREAM王者の青木真也からファイトマネーが未払いであることを明かされ、いまや身売りや破産といった説が囁かれている。

 さらに、ライバル団体の総合格闘技SRC(戦極)は、主要スポンサーだったドン・キホーテが撤退。11日には公式ホームページで「親会社とスポンサー企業の全面支援に頼って事業を行ってきた弊社としては、それを打ち切られれば自力で独自興業ができるわけもなく」と、新たなスポンサー企業が見つからない場合は解散することを表明した。

 日本の格闘技界に君臨した2大トップ団体が崩壊の道を辿っているのとは対照的に強大化しているのが、アメリカUFCだ。過去にPRIDEを買収したことで知られるUFCだが、エメリヤーエンコ・ヒョードルを出場させた第2団体ストライクフォースを買収することが先日伝えられ、まさに独走、一人勝ちの様相だ。

 これに危機感を募らせているのは日本の選手たち。DREAM、戦極の両団体に出場経験がある日本人選手Aは困り顔で語る。

「国内がダメなら海外へと思っていたんですが、先に海外に出た選手たちに話を聞くと、これからはかなりギャラを下げられるというんです」

 これまでは国内外で複数の団体が並立していたことで選手の引き抜き合戦が乱発され、結果的にファイトマネーが高騰してきたが、UFCに一本化されることで、その相場も売り手市場から買い手市場になるというわけだ。

 別の選手Bは以前、アメリカで1試合400万円ほどで試合をしたことがあったというが、海外マネジャーに再度アメリカ行きを相談したところ「50万円ぐらいなら」と言われた話を明かしている。

 ただ、海外出場にはルールに合わせた現地での練習が不可欠で、その分の滞在費がかかるため、50万円では赤字になってしまうのだという。

「だからといって日本の小さな団体で試合をすれば、その半分以下。これまで選手を専業でやってきましたが、他に仕事をしないともう無理でしょう。夢も希望もない世界になってきましたね」(前出選手A)

 K-1がポスト魔裟斗として売り出したHIROYAも、K-1興行がないため他団体の小規模興行に出場を予定しているが、先日は総合格闘技にも挑戦すると表明。もはやK-1を捨て去ったかのような態度をとっている。

 TBSに問い合わせたところ、毎年恒例だった大晦日の『DYNAMITE!!』も今年は予定がないとの回答で、格闘技ファンが人気選手の試合を見るには、海の向こうで開催されるUFCを衛星放送でテレビ観戦するしかないという状況だ。

 ある関係者からは「経営が苦しいジムもあって、有名選手がやっている某ジムは早ければ夏までに閉鎖する」という話もあった。

 かつてのPRIDE人気が嘘であったかのように、日本の格闘技が世間から消えつつある。海外では隆盛でも、日本ではドマイナーなジャンルと化してしまうのか

(引用ここまで)

うーん、しょぼい時代ですねえ。今年の大みそかは、ついには格闘技の大会すらも開かれない可能性が濃厚かと。それはそれで仕方ありませんが、なーんかね。

昨年、K-1GPの会場がついに有明コロシアムにまでなってしまったことにおどろいて、それを心配する記事を書きましたが、どうも景気の悪さは半端じゃありませんね。

あえて言えば、21世紀初めごろの状況が異常であって、あんなのが長続きするはずもないというところなのでしょうが、ファイトマネー未払いではどうにもなりません。

また状況の変化もあるでしょうが、しばらくは格闘技の世界はきわめて厳しいとしか言いようがないでしょうね…。地上波でたまには格闘技を見るという楽しみもなくなっちゃうのかな。
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しょぼい話とやばい話

2011-02-06 00:09:15 | 格闘技
相撲もいよいよ公益法人格はく奪かとか春場所開催中止かなどと物騒な話題ですが、格闘技の世界もなかなかしょぼい話題に事欠きません。たとえば―

>SRC「17」中止 「事実無根の記事」で消滅も示唆
スポニチアネックス 2月2日(水)7時2分配信


【SRC】4月23日に有明コロシアムで開催予定だった「17」が急きょ中止となった。

 イベントを主催するワールドビクトリーロード(WVR)が公式サイトで発表した。一部格闘技雑誌に昨年末の戦極について批判的な記事を書かれ、スポンサー企業のドン・キホーテから撤退の意思を示されたという。雑誌には「事実無根」と謝罪を求めているが、「仮にスポンサー企業の支援打ち切りということになれば、われわれも解散という苦渋の決断をせざるを得なくなります」と同イベントの消滅も示唆した。

(引用ここまで)

4月23日って、この記事が配信されてから2カ月と20日もあるじゃないですか。そんな先の大会すら開催のめどがたたないくらいSRCって経営やばいの…。

それにしてもスポンサー企業の支援打ち切りで解散とは、なかなかしょぼい話です。どうもなあというところです。

ほかにも―

>「ガキ使」健闘15・3% ダイナマイトは一ケタ惨敗
 2010年の大みそかに放送された日本テレビ系「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!」第1部(後6:30~9:00)の平均視聴率が15・3%(関東地区、ビデオリサーチ調べ)だったことが2日に分かった。同時間帯のNHK紅白歌合戦第1部(後7:30~9:25)は35・7%。TBS系の格闘技イベント「Dynamite!!」第1部(後9:00~10:50)は9・8%だった。

(引用ここまで)

昨年大晦日の「Dynamite!!」は放送時間もすっかり短縮されちゃいまして、どうもなあでしたが、視聴率も厳しいですね。これじゃあね。

うーん、格闘技の世界に明日はあるんでしょうか…。

しかし相撲の世界もやばいですよねえ。どうも春場所は中止になるなんて話もあるし。私見では中止になっても仕方ないと思いますが。「八百長」っていったって相撲に八百長があったって、世間で本気で驚く人間がそんなに多いとも思いませんが、でも建前としては「八百長はない」という立場を相撲協会はとってきました。それは当然な話で、公益法人として税金などに優遇措置を受け、天皇とかがしょっちゅう見に来る(プロ野球ですら、天皇が来ることなどめったにないことを考えれば、いかに相撲界が別格の存在なのかわかろうというものです)、そういった立場にある相撲界が、「八百長をやっている」というのはやはりまずい。そして今回は、携帯メールでばれるという形になってしまい、まず言い逃れはきかない、はてはて、これで公益法人として税金その他の優遇措置を続けていいものだろうかという根本的な疑問がつきまといます。

詳しいことは知りませんが、やはり「八百長」が行われていることがあらわになったら、NHKは相撲中継を躊躇するし、その他いろいろな問題が生じるんでしょうねえ。

それにしても私が思うに、たとえば数年前の親方の指示によって兄弟子がリンチをして新弟子が死亡した事件だって、他のスポーツ(相撲がスポーツかどうかという議論は後述)だったらそれこそ想像を絶する大騒ぎになって、まさに組織存続の危機になっちゃいますよねえ。仮定の話として、巨人の2軍で(1軍なら論外)監督の指示でコーチだか先輩だかが新人選手を殴って死なせちゃったら(なんてことがあるということはとても考えにくいですが)、日本テレビだって中継の是非が問われるし、オーナーや球団社長、あるいはNPBの最高幹部が選手の実家に飛んでいくでしょう。

ところがこの相撲の件にいたっては、当事者の親方といい相撲協会の幹部といい、お前ら事態の深刻さがわかっているのかと呆れかえるくらいひどい対応でした。警察や一般国民、マスコミの反応も驚くほど鈍かったように思います。ほかのスポーツではこんなことはあり得ません。すくなくともプロスポーツだったらお話にもならない事態になります。学生スポーツだったら最悪部取りつぶしです。やはり社会全体の中で「相撲だから…」っていう考えが広くあるっていうことでしょう。私もむろん、そのような考えからまったく無縁であるわけではありません。

例えばの話、NHKは賭博のからみで相撲中継を見送りましたが、ふつう死亡事件があればそれだけで中継見送りは仕方ないでしょう。でも私の記憶では、あの事件では中継を見送るという議論はあまりおこらなかったように思います。これも相撲が特殊な世界であることの一例でしょう。

上にも書きましたが、日本人が持つ相撲への特殊な想いというのは、たぶん相撲が神事としての淵源があり、多くの日本人には相撲を純粋なスポーツとして割り切りにくいものがあるのではないかと考えます。スポーツか興行か、いろいろな考えがあるでしょうが、私はけっきょくのところ相撲は「スポーツ」としての道を歩まざるを得ないと考えます。なかなかこれからの時代に「神事」として存続していくのは困難でしょう。

これから相撲界がどのような道を選択するかはともかく、いままで「相撲だから…」ということで見逃されてきたことがどんどん問題となっていっていくように思います。これからしばらく相撲界は非常に厳しい状況に追い込まれるのではないでしょうか。

同日の追記:やっぱり春場所中止になっちゃいましたね…。
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アリスターが優勝した…というより彼の彼女に注目

2010-12-13 20:40:32 | 格闘技
すいません、他人からすれば下らん記事です。

今回のK-1は、ボンヤスキーやバダ・ハリとかの常連さんが欠場で世間の興味もいま一つのところがあり正直かなり苦しいことが明らかでした。私が記事にした会場の縮小も、あきらかにそのあたりでの興行面の問題でしょう。谷川貞治さんも、

>バダ・ハリやレミー・ボンヤスキーも事故にあったりして、今年は本当にK-1自体が苦しかったですが

語っているくらいです。

で、最後の決勝はね、あれはもう戦わせることが無理といったかんじで、アリスター・オーフレイムの勝利も当然だと思います。



さて、アリスターといえば、私がいちばん注目したいのが、彼の彼女(まえうわ、私の好み♪とおもったことがあります)だったんですが、今回の人は・・・

前の女性のほうが美人だったんじゃないって気はします。アリスターは金髪が好みなのかな。

余談ですが、こちらのブロガーの方はその前の人と握手したみたいですね。それはマジでうらやましい(笑)。

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K-1WORLD GP FINALがまたしょぼくなった

2010-12-10 06:28:10 | 格闘技
このブログには、あんまり記事はありませんが、「格闘技」なるタグがあります。で、しばらくぶりにその関係の記事を書きます。

今年のK-1WORLD GP FINALは、有明コロシアムで行うそうです。

去年までは、横浜アリーナで行われていたんですけどねえ。有明コロシアムはキャパは10,000人だそうで、横浜アリーナは17,000人はいるそうですから、けっこうK-1はまずいかもしれませんねえ。

しかもですよ、2006年までは東京ドームで行われていたんですから、たった数年で東京ドーム→横浜アリーナ→有明コロシアムなんですから、このしょぼさの転落はひどいものです。

私は毎年これは見ていますけど、やはり内実はなんだかんだ言っても厳しいんでしょうね。それは仕方ありませんが、それにしてもね。

「格闘技」というのも、興味のない方はぜんぜん興味のないものなので、ピンとこないかもしれませんが、いちおうK-1については結果が出たら記事を書こうと思います。

それにしても、来年以降、会場は有明コロシアムよりもっとしょぼくなっちゃうんでしょうか。そうはならないことを祈りますが。
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