ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

コペンハーゲン、マルメ、フレンスブルク紀行(2014年7月~8月)(63)

2015-02-28 00:00:00 | 旅(欧州―英国・アイルランド以外)

それで、ついに今回の旅のクライマックスの1つの場所へ訪れます。コペンハーゲン最高の見どころといって過言でないニューハウンです。たっぷり写真がありますのでぜひお楽しみください。

パステル系の色があんまり好きでないという方もいるかもですが、でもいいところでしょ?

これで駅から空港へ向かって・・・とは行きません。今度が最後の観光です。

しかし自転車に乗っている女の子、スカート短いですね。いいんかな。

 国立博物館に預けっぱなしだった荷物(公共博物館は、ただで荷物が預けられるわけで、いろいろ活用しています)を回収して、最後の目的地に向かいます。

(つづく)

コメント

今日の夜から出国します

2015-02-27 00:00:00 | 旅(海外旅行一般 あるいは上以外の国々)

今日の夜に出国します。

というわけで、海外ではブログはいじらないし、コメントの処理や返信もしませんので、申し訳ございませんが、コメントをいただいても、承認や返信その他対応は火曜の夜以降です。ただし記事は自動更新するようにしますので、毎日新しい記事は発表します。

何らかの事故がありましたら、火曜が最後の更新になります。永遠のものになるかは事故次第。それではまた。

コメント

4月以降の「第3回 新・午前十時の映画祭」について

2015-02-26 00:00:00 | 映画

発表が遅いので(前は12月に新ラインアップが発表されていた)、あるいは今回で打ち切りかもと思っていた「午前十時の映画祭」の次回のラインアップがようやく発表されました。

予告では2月中旬に発表でしたが、15日過ぎになっても発表されなかったので遅いなと思っていましたが、19日の発表だったとのことですね。もっと早く記事にしたかったのですが、旅行の記事、この間の自衛隊の新聞の記事、誘拐事件の記事と、優先度の高い記事が多かったので、遅くなってしまいました。

で、ラインアップを見ると、今回に関しては、ラインアップを決めるに当たっての調整に手間がかかった、あるいは熟慮を重ねたのが発表が遅くなった原因かなと思います。いろいろ理由はあるでしょうが、今回のラインアップは相当に面白そうかなと思います。

今回の作品を上映順にご紹介します。

英国の若者たち
2015/04/04(土)~2015/04/17(金) 2週上映
リトル・ダンサー 小さな恋のメロディ
2015/04/18(土)~2015/05/01(金) 2週上映
小さな恋のメロディ リトル・ダンサー
イタリアを舞台に永遠の名作を
2015/05/02(土)~2015/05/08(金) 1週上映
ローマの休日 ニュー・シネマ・パラダイス
2015/05/09(土)~2015/05/15(金) 1週上映
ニュー・シネマ・パラダイス ローマの休日
愛を引き裂くものは
2015/05/16(土)~2015/05/29(金) 2週上映
ひまわり シェルブールの雨傘
2015/05/30(土)~2015/06/12(金) 2週上映
シェルブールの雨傘 ひまわり
女たちは前に進む
2015/06/13(土)~2015/06/26(金) 2週上映
風と共に去りぬ ライアンの娘
2015/06/27(土)~2015/07/10(金) 2週上映
ライアンの娘 風と共に去りぬ
ボギーあんたは男だ
2015/07/11(土)~2015/07/17(金) 1週上映
アフリカの女王 カサブランカ
2015/07/18(土)~2015/07/24(金) 1週上映
カサブランカ アフリカの女王
この舞台で幸せな時間(とき)を
2015/07/25(土)~2015/07/31(金) 1週上映
八月の鯨 恋におちたシェイクスピア
2015/08/01(土)~2015/08/07(金) 1週上映
恋におちたシェイクスピア 八月の鯨
歌って踊れる家庭教師!
2015/08/08(土)~2015/08/21(金) 2週上映
メリー・ポピンズ 王様と私
2015/08/22(土)~2015/09/04(金) 2週上映
王様と私 メリー・ポピンズ
すべての者に神の許しを
2015/09/05(土)~2015/09/18(金) 2週上映
ショーシャンクの空に エデンの東
2015/09/19(土)~2015/10/02(金) 2週上映
エデンの東 ショーシャンクの空に
やっぱり絵になる男たち
2015/10/03(土)~2015/10/16(金) 2週上映
赤ひげ さらば友よ
2015/10/17(土)~2015/10/30(金) 2週上映
さらば友よ 赤ひげ
高倉健を惜しむ
2015/10/31(土)~2015/11/13(金) 2週上映
駅 STATION 新幹線大爆破
2015/11/14(土)~2015/11/27(金) 2週上映
新幹線大爆破 駅 STATION
歴史にはロマンが
2015/11/28(土)~2015/12/11(金) 2週上映
宋家の三姉妹 ラストエンペラー
2015/12/12(土)~2015/12/25(金) 2週上映
ラストエンペラー 宋家の三姉妹
メリークリスマス & ハッピーニューイヤー
2015/12/26(土)~2016/01/01(金) 1週上映
アパートの鍵貸します 素晴らしき哉、人生!
2016/01/02(土)~2016/01/08(金) 1週上映
素晴らしき哉、人生! アパートの鍵貸します
愛は永遠
2016/01/09(土)~2016/01/15(金) 1週上映
グレン・ミラー物語 慕情
2016/01/16(土)~2016/01/22(金) 1週上映
慕情 グレン・ミラー物語
乗り物にご用心
2016/01/23(土)~2016/02/05(金) 2週上映
オリエント急行殺人事件 死刑台のエレベーター
2016/02/06(土)~2016/02/19(金) 2週上映
死刑台のエレベーター オリエント急行殺人事件
見よ!世界の小津を
2016/02/20(土)~2016/03/04(金) 2週上映
東京物語 秋刀魚の味
2016/03/05(土)~2016/03/18(金) 2週上映
秋刀魚の味 東京物語

今回から、2週上映と1週上映に作品が分かれました。繰り返しの上映作品は1週間、(この企画での)新作は2週間の上映というのではなく、興行的に見込みのある映画が2週間のようですね。

それで注目したいのが、高倉健の主演映画が2作品上映されることです。

14年~15年に上映された「飢餓海峡」にも高倉健は出演していましたが、主演ではなかったしね。前にもこのブログで記事にした「新幹線大爆破」がスクリーンで見られるのはうれしいですね。この映画は、テレビ放送では高視聴率を上げたものの、興行的には成功しませんでした。そういう意味では、この企画で上映されるのはこの映画にとっても幸せなことかもしれません。

それから個人的にうれしいのが、「ライアンの娘」が上映されるということです。デヴィッド・リーンの映画は、「旅情」「戦場にかける橋」「アラビアのロレンス」「ドクトル・ジバゴ」が上映されたので、それなら「ライアンの娘」もぜひと思っていたのですが、ついに上映されることになりました。ただ本来なら、デジタルでなくフィルム上映してほしい映画です。

70mmで撮影された最後に近い映画(この映画のあと、「遥かなる大地へ」が70mmで撮影されました)だし、たぶんアイルランドを舞台にした映画ではもっとも有名な映画(「マイケル・コリンズ」と双璧?)でしょうから、アイルランド文化を大学院で専攻した私としても、興味深いにもほどがあるというものです。

しかしスカーレット・オハラはともかく、「ライアンの娘」で

>女たちは前に進む

ってのは、ちょっと映画の趣旨と違うような気がします。いや、あれってやっぱりフェミニズム映画なの?

というわけで、今回も面白そうですので、読者の方もぜひどうぞ。

コメント (2)

「最悪の誘拐事件」の現場を歩く(3)

2015-02-25 00:00:00 | フォトログ

それで、犯人が最後に電話をかけた公衆電話にも行ってみることにしました。しかし国立福山病院(当時)近辺の電話ボックスということと、あとは当時の資料にある数枚の写真くらいしか調べる当てがないし、また時代が違いますから公衆電話なんかとっくに撤去されているでしょうから、見つけるのは非常に難しいだろうなと考えました。

が、近くをくまなく(と書いたら大げさかも)歩いたら、電話ボックスはありました。しかし写真その他から判断して、犯人がかけたボックスは、ここではありません。

で、当時の写真と照合すると、この自動販売機のあたりに1984年当時は電話ボックスがあったことがわかりました。上のボックスは、移転したものだと思われます。

この建物は、1984年当時もありました。

正直電話ボックス跡地を発見した時は、自分の物好きぶりにかなり驚きました。私もいろいろものを調べるのが得意な人間です。

以上で今日の調査の予定は終了しましたが、まだ昼飯も食べていないので、ほっともっとの弁当を買いました。それを図書館の前のベンチでいただき(鳩が寄ってきました)、さらにガソリンスタンドの場所を確認したり(明日レンタカーに乗るためです)しました。それで、もう1度被害者が通っていた小学校近辺に行ってみることにしました。

学校近くの理髪店です。1,000円床屋全盛の昨今ではまた違っているかもですが、床屋というのはだいたいにおいて驚かんばかりにたくさんの地元の情報が集まるところですから、ここの経営者氏も、84年ごろのことをご存知でしたら実にいろいろなことを知っているはずです。今回はインタビュー系の取材はしない、現場に行くだけと決めていますが、いろいろ話を聞けそうなところもありそうです。

見てお分かりの通り、古い家のある地域です。

なお被害者宅ももう1度行ってみましたところ、車がありましたので、たぶんその時は誰かがいたのでしょう。被害者に手を合わせて帰りました。

翌日、レンタカーを借りて、被害者が殺害された現場に行くことにします。「福山グリーンライン」を通ります。

 

途中にあった車を停めるスペースで景色を見ます。土曜の朝のせいか、まあまあ眺めは良かったかな。

なかなか美しい景色です。

展望台があるので、ちょっと上がってみることにします。

上2つは北側(?)の写真。

展望台を去って、被害者が殺害された駐車スペースへ向かいます。正直地図その他で確認してもよくわからないところがあったのですが、行ったらすぐわかりました。

同じような写真が、この事件のWikipedia記事にも載っています。写真はこちらより。

上の写真は、Wikipediaの写真です。2013年撮影とのこと。

おそらく犠牲者は、このあたりに駐車された車の中で絞殺されたと思われます。

石碑の写真の後ろの方にかろうじて写っている、慰霊のためにつくられた母子観音像です。Wikipediaの写真の解説に、

>現在は石碑の脇に慰霊のための母子観音像が安置されている。

とあります。ご遺族によるものでしょうか、花が手向けられています。あらためて合掌しました。

駐車スペースからの眺めです。

道路側から見た駐車スペースです。この写真を撮った際は私ちょっと勘違いしていたのですが(当時の写真を見比べればそんな勘違いはありませんでした)、犯人は道路を挟んだ側でなくたぶん観音像があるあたりから被害者を捨てたようです。ちょうど2キロという表示がありました。

どのような心境で、この花が手向けられたのでしょうか・・・。

レンタカーでその場を去りました。今回は現場を確認しただけですが、いろいろ私なりに考えるところがありました。あらためて、被害者の方のご冥福を祈って、この記事を終えます。

コメント (2)

「最悪の誘拐事件」の現場を歩く(2)

2015-02-24 00:00:00 | フォトログ

過日記事にしましたように、1984年2月に発生した福山市の誘拐殺人事件の現場を歩いてみました。事件が起きたのが1984年2月13日で、犯人逮捕が翌日、私が福山を訪れたのが今年の2月13日から14日にかけてです。

早朝、高速バスで福山に到着します。西日本とはいえまだ2月ですから早い時間は暗いので動きがとれません。

時間をつぶして、学校が始まるちょっと前くらいの時間になったので、身代金奪取の現場となった福山八幡宮へ向かいます。ここは犯人、被害者ともに地元です。

八幡宮の前に止まっている車に現金とキャッシュカードを入れた風呂敷を置かせて、犯人は現金奪取に成功します。

しかしこんな狭い道で、よく犯人は身代金を奪って逃げることができたなと思います。警察(広島県警)は、当然奪取に来るとしたらその瞬間に逮捕するつもりだったのでしょうが、ここで逃がしたのは大変な失態と批判されても仕方ないでしょう。ただしさすがに車のナンバーは記録できたので、所有者が重要参考人として警察にマークされます。もともと犯人の男性については、このナンバー確認以前から、繰り返しかかる脅迫電話によって被害者の父親は、電話の声が知人と酷似していることに気づきます。しかし、犯人が盗難車を使って、しかも複数用意していたら、そう簡単には逮捕できなかった可能性はあります。

お宮の近くにあった家です。基本的に裕福な人たちが多いエリアのようです。高級げなマンションもありました。もちろん事件当時は建てられてはいないでしょう。

そこからもう少し西に歩くと、被害者の通っていた小学校があります。そしてそこに隣接して犯人の自宅がありました。

小学校は、写真で見た限りでは1984年の新聞記事と変わりはありません。犯人の家は、現在駐車場になっていました。いつ家が取り壊されたかについては確認していませんが、たぶん今日にいたるまでその犯人宅跡地には住んでいる人はいないようです。

八幡宮方面へ行こうとすると、小学生が集団登校をしていました。この学校は制服を着ているようです。事件当時の新聞でも同様です。小学生や女子高校生から「こんにちは」とあいさつされました。

つぎに東にある被害者宅の家の前に行こうと思いますが、その前に福山八幡宮へ行きます。

写真はありませんが、絵馬があり、そこは季節柄大学や高校その他入試関係の願いが書きこまれていました。被害者の少年は、まさにこのようなものを祈願するチャンスすら奪われてしまったのだと思うと、さすがに複雑な心境になりました。

写真でお分かり用のように、基本的に昔ながらの建築の家も多い閑静な住宅街です。

歩いていて感じたのが、ものすごく宗教施設が密接しているところだなということです。仏教の寺から神社に至るまで実にたくさんある。あるいは、城のすぐ近くの町であるということも影響しているのかもです。

すみません、被害者宅です。こんな記事を書いていてこんなことを書くのもなんですが、さすがにプライバシーその他の問題がありますので、被害者宅の写真をあからさまに記事でお見せするのは避けます。ただこの時間人はいらっしゃらなかったようです。

実はこの日は、この地区のゴミ出しの日だったようで、さまざまな人が道にいました。昔からの住人らしき方もいるので、ここで可能なら「実は・・・」と話を聞くこともできたのかもですが、今回はそこまでする用意はないので、インタビューその他の取材はしませんでした。あくまで「現場を歩く」のみです。

もう1度学校に行ってみることにしました。小学校の隣にある池です。

犯人宅の跡地です。犯人は、犯行直前の83年12月、奥さんと離婚し、父親と同居していました。まえにも記事に書いたように、この事件のあおりで犯人の家族もだいぶ迷惑を受けたようで…。父親の方も、かなり苦しい想いをされたと思います。

二宮金次郎の像があるのは、古い学校の証拠でしょう。HPによると、1909年開校とのこと。

おそらくこの校門を出た被害者を、犯人が声をかけて誘拐に至ったのだと思われます。学校を去って、犯人が被害者の帽子を置いた、福山城近くの公衆便所へ向かいます。

護国神社があるのを見ると、ここは軍隊の街だったのだなと思います。この事件とも若干関係のある旧福山国立病院(現・独立行政法人国立病院機構福山医療センター)も、もとは陸軍病院です。

これは確実にここだとは断言できないのですが、たぶんこの公衆便所に犯人は被害者の帽子をおいたのではないかと思います。そうであれば、たぶんこの公衆便所は、そのころから改装されていないかもです。

ちょうど10時ですので、福山市立中央図書館で資料調べをします。非常にフレンドリーな対応をしてくださいました。詳細は書きませんが、いろいろ貴重な情報を入手できました。2時間半ほど滞在します。

図書館を出て、犯人逮捕の現場へ向かいます。

この交番のある交差点で、犯人は警察に取り押さえられました。

犯人は、国立福山病院近くの公衆電話から最後の脅迫電話をかけましたが、これを警察が逆探知に成功、警察が電話ボックスに向かっている最中に手配車両を発見したのです。交差点に止まっていたとすれば、この交差点だったはずです。

この近辺でしょうか。

いずれにせよこの写真に写っている近辺で犯人は取り押さえられました。任意同行されたのが、午前4時25分とのことです。

明日もこの記事を続けます。

コメント

自衛隊関係者ですら、自衛隊による人質の救出について難色を示した

2015-02-23 00:00:00 | 社会時評

このブログで、私はくりかえし、反北朝鮮派の主張する、自衛隊特殊部隊による拉致被害者救出なんて話は現実性がないからそんな主張はひっこめろと書いてきました。私は部外者だから、最終的には「馬鹿ほざいてろ、クズ」という話になるのかもしれませんが、拉致被害者家族は、そんな与太をえんえん聞かされていてよく怒らないなと思います。そんな話がえんえん語られること自体、ぜんぜんそんな話が現実性がないというだけの話じゃないですか。たとえば1998年発売の書籍に発表された意見を。かつてこちらの記事で引用しています。

>8:拉致被害者を救うにはどうすればよいか

玉城 素:政治、経済、軍事、情報のすべてを動員した圧力のみ。(救出作戦本部、救出レインジャー部隊の設置を考えたらどうか)

(後略)

なお、ほかの人では、このような主張をした人はいません。荒木和博ですら、

>あくまで原則的かつ強硬に対処すべき。基本的な姿勢を崩さなければ、相手は折れざるを得ない。

程度の主張です。

それで荒木のブログでこんな記事が出ました。

>2015年2月 1日 

拉致被害者救出と自衛隊に関するシンポジウム

 

 28日の調査会理事会決定では「交渉による『解決』ではなく力による『救出』を」という方針のもと「自衛隊による救出の具体化」の実現に向けて活動を進めることになっていますが、これについて私が代表を兼務する予備役ブルーリボンの会(通称RBRA)ではシンポジウム「『拉致被害者救出と自衛隊(3)』 邦人救出のシミュレーション-憲法改正と絡めた二つのシナリオを考える」を行います。このシンポジウムは同じテーマで昨年8月、11月に行われたものの3回目ですが、今回は具体的にシミュレーションをします。ご関心のある方はぜひご参加下さい。

日時 平成27年2月26日(木)14:00〜15:30
場所 衆議院第1議員会館第1会議室(千代田区永田町2-2-1 丸ノ内線国会議事堂前駅下車3分)

◆登壇予定
荒木和博(RBRA代表・特定失踪者問題調査会代表・予備陸曹長)
荒谷卓 (RBRA幹事・陸上自衛隊特殊作戦群初代群長)
伊藤祐靖(RBRA幹事長・海上自衛隊特別警備隊初代先任小隊長)

 司会 RBRA広報部会長 葛城奈海(キャスター・予備三等陸曹)

(後略)

また同じブログからの記事として、違う記事でご紹介した

【調査会NEWS1773】(27.1.30)

 1月28日に開催された特定失踪者問題調査会理事会において、今後の活動について次のように決定しました。

1、交渉による「解決」ではなく力による「救出」を

 昨年後半の「再調査」に関わる交渉は失敗であり、今後継続しても成果が得られる可能性はほとんどない。交渉するにしても必要なことは力の裏付けである。その意味で以下のことを求めていく。

(1)自衛隊による救出の具体化

(後略)

 だからそんなことできっこないじゃんという話でしかないじゃないですか。それにしても、荒木の非常識極まりない発言はいつものこととして、呆れるのが

>◆登壇予定
荒木和博(RBRA代表・特定失踪者問題調査会代表・予備陸曹長)
荒谷卓 (RBRA幹事・陸上自衛隊特殊作戦群初代群長)
伊藤祐靖(RBRA幹事長・海上自衛隊特別警備隊初代先任小隊長)

という荒木以外の2人の元(でしょう)自衛官です。あんたたち本気でそんなこと可能だと思っていないだろうに、どんだけ恥知らずなんだよとは思います。

それでイスラム国(最近NHKは、「過激派組織IS=イスラミックステート」と表記しています。)による日本人人質問題とかとからんで、自衛隊による日本人人質奪還とか、どうもろくでもない質疑が国会でもされています(北朝鮮関係では、さすがに安倍晋三でもこのような話は現実性がないと考えていたようです)。これまた困ったことです。

そんなことを考えていたところ、私がいろいろ勉強させていただいているinti-solさんのブログで興味深い記事を読みました。

朝雲寸言(コラム更新のためすでにリンク切れ)

過激派組織「イスラム国」による日本人人質事件は残念な結果となった。悔しい気持ちはわかるが、自衛隊が人質を救出できるようにすべきとの国会質問は現実味に欠けている。
人質救出は極めて困難な作戦だ。米軍は昨年、イスラム国に拘束されている二人のジャーナリストを救出するため、精鋭の特殊部隊「デルタフォース」を送り込んだが、居場所を突き止められずに失敗した。
作戦に際し、米軍はイスラム国の通信を傍受し、ハッキングもしていたに違いない。さらに地元の協力者を確保し、方言を含めて中東の言語を自在に操れる工作員も潜入させていたはずだ。もちろん人質を救出するためであれば、米軍の武力行使に制限はない。それでも失敗した。
国会質問を聞いていると、陸上自衛隊の能力を強化し、現行法を改正すれば、人質救出作戦は可能であるかのような内容だ。国民に誤解を与える無責任な質問と言っていい。
これまで国会で審議してきた「邦人救出」は、海外で発生した災害や紛争の際に、現地政府の合意を得たうえで、在外邦人を自衛隊が駆け付けて避難させるという内容だ。今回のような人質事件での救出とは全く異なる。
政府は、二つの救出の違いを説明し、海外における邦人保護には自ずと限界があることを伝えなければならない。私たちは、日本旅券の表紙の裏に記され、外務大臣の印が押された言葉の意味を、いま一度考えてみる必要がある。(2015年2月12日付『朝雲』より)

『朝雲』とは、そのHPの巻頭の文言を借りれば

>『朝雲』は自衛隊の活動、安全保障問題全般を伝える安保・防衛問題の専門紙です。

とあるくらいで、つまりは自衛隊の(事実上)機関紙です。そんなものが、自民党の主張する安保政策にここまで批判をしたというのは、まずめったにないことじゃないですかね。

inti-solさんは、

>人質救助作戦というのは、自国内で行う場合だって、決して簡単なことではありません。ましてそれを国外で行うことは、実質的にほぼ不可能であり、世界最強の米軍でさえ、対イスラム国の人質救出作戦にはことごとく失敗しています。そんなことは右翼のおとぎ話にすぎないのです。
と、いうはなしを書いたら、何と、自衛隊の事実上の機関紙である「朝雲」が、どう趣旨のことを書いていました。しかも、それをホームページ上にドンと掲載しています。文章上では、「無責任な質問」を批判していますが、この質問に対して安倍は同意を示して、人質救出作戦のための法改正のに意欲を示しているので、実質的には安倍首相を批判しているのです。

「朝雲」は、読者の大半が自衛隊関係者であり、その主張は自衛隊内部の意見を代弁したものになっています。自衛隊だから右翼、ということはないですが、少なくとも左翼であったためしなどなく、自民党の安保政策に逆らうような内容であったためしはないはずです。その自衛隊の御用新聞が、安倍の政策に公然と意を唱えている。別に、朝雲新聞が左になったわけではなく、自衛隊関係者が引いてしまうくらい、安倍政権の主張が右に傾いている、ということでしょう。

要するに、このような軍事的冒険主義に対する不安と不満が、自衛隊関係者の中にも相当程度広がっている、ということでしょう。そりゃそうです。成功の望みもない救出作戦というバクチの掛金は自衛隊員の命なのですから。命令した首相は、政治生命は失うかもしれないけれど、本物の命を失うわけではないのです。


とお書きになっています。まったく同感ですので、長々と引用させていただきました。それにしても

>命令した首相は、政治生命は失うかもしれないけれど、本物の命を失うわけではないのです。

というのは本当にその通りですね。安倍(あるいはそのあとの首相)は机上の命令を下すだけで済みますが、少しは自衛隊員の命を考えろです。

今回は、inti-solさんの記事に全面的に依存してしまいました。強く感謝を申し上げます。同じinti-solさんのこちらの記事もぜひお読みになってください。

自衛隊を出せば解決するわけではない(訂正・追記あり)

コメント (10)

コペンハーゲン、マルメ、フレンスブルク紀行(2014年7月~8月)(62)

2015-02-22 00:00:00 | 旅(欧州―英国・アイルランド以外)

時間がないので速足で歩きます。

おや、めずらしい(といっていいのか)光景です。コペンハーゲンは自転車が主要交通手段ですが(物価が高いのもたぶん一因でしょう)、このようなものは、この時以外見た記憶がありません。それはそうと、いまの日本で、このようなワンピースを着ているお母さんてあんまり見かけないよね(苦笑)。

川には遊覧船が走っています。

母親は自転車をすいすい漕いで去っていきました。平和な光景です。

日曜ですから、交通量、人通りともに多くありません。

また運河に出ました。

ここから、コペンハーゲン観光のハイライトがあります。

(つづく)

コメント

コペンハーゲン、マルメ、フレンスブルク紀行(2014年7月~8月)(61)

2015-02-21 00:00:00 | 旅(欧州―英国・アイルランド以外)

フラッシュは焚かないので、このような写真になってしまうことをお詫びいたします。

デンマークが貧しかった時代の衣装ですかね。

なかなか美人です。

これは、最近の衣服の展示って、わざわざ国立博物館で展示することもないような気もしますが。

いまはそういうイメージもだいぶなくなったかもですが、かつては「北欧」というと、「性の先進国」という印象が世界的に強い時代がありました。

博物館を出ます。初めて行った国でその国の国立博物館があったら、そこへは最大限行くようにしています。その国の論理やものの考え方がわかって、非常に興味深いものがあります。

日曜に、博物館近くのベンチでくつろぐのも悪くありません。

クリスチャンスボー城に向かいます。ここは、Wikipediaの記述を借りれば、

>この城はデンマーク王室および政府の迎賓館として使われているほか、国会議事堂や内閣府、最高裁判所など、デンマークの三権に関する施設がおかれていることでも知られる。

ところです。

閑散としていますが、多少は観光客やぶらぶらしている人たちがいます。

これはテロ対策ですかね。あまり警備が厳重な雰囲気はありませんでした。実際のところはどうだかです。

 もう少し街を散策します。

(つづく)

コメント

後先のことを考えない馬鹿(2)

2015-02-20 00:00:00 | 社会時評

以前次のような記事を書きました。

後先のことを考えない馬鹿

今日はその第2弾ということで。

なかなか気合の入った警官の不祥事が報じられました。

女児誘拐未遂容疑:群馬県警渋川署の24歳巡査を逮捕
毎日新聞 2015年02月18日 21時03分(最終更新 02月19日 02時54分)

 勤務する交番の管轄エリアで小学4年の女児(10)を誘拐しようとしたとして、群馬県警は18日、県警渋川署地域課巡査、秋山暢大(のぶひろ)容疑者(24)を未成年者誘拐未遂容疑で逮捕した。「かわいかったので仲良くなりたかった」と容疑を認めているという。

 容疑は1月15日午後4時10分ごろ、同県吉岡町の小4女児の自宅前で、女児に声を掛け「パパが交通事故に遭って病院に運ばれた。すぐに来てくれないか」とうそをつき、車に乗せて連れ去ろうとしたとしている。不審に思った女児が拒んだため、車で走り去ったという。秋山容疑者は当日は非番だった。

 県警によると、小4女児は当時、友達の小1女児(7)と歩いて帰宅中だった。秋山容疑者は女児の自宅前に乗用車を止め、女児が帰ってきたところを、車から降り声をかけた。私服で、警察官であることは明かさず、女児や父親の名前を口にして父親の知り合いを装っていた。

 女児がパート先の母親に電話し、母親が父親に連絡して渋川署に通報。女児と小1の友達が昨年12月に数回、パトロール中だった秋山容疑者の姿を覚えており、「見たことがあるおまわりさんだった」と証言したため、容疑者として浮上した。

 秋山容疑者は2013年4月に県警に採用され、14年3月から吉岡町交番に勤務していた。この事件で捜査対象になってからは渋川署の内勤となっていた。

 県警は、警察官の権限を利用して女児や父親の名前を知った可能性もあるとみて、経緯を調べている。県警の上原健司首席監察官は「現職の警察官が未成年者誘拐未遂事件で逮捕されたことは極めて遺憾。捜査結果を踏まえ、厳正に対処していく」とのコメントを出した。【尾崎修二、山本有紀】

うーん、馬鹿ですね(笑、いや、笑っちゃいかんか)。お前がパトロールしている地区の子どもに声をかけなくったっていいだろうと思いますが、そんなに好みの女の子だったんですかね。だいぶ早い段階で警察もこの警官をマークしたみたいだし、どうしようもないですね。

だいたいこの事件では子どもが断ったからいいけど、女の子が車に乗っちゃったらどうなったんですかね。当然最悪の事態もありえるわけで、そうなったら目も当てられません。

それでこの事件について問題なのは、この警官が警察が収集した個人情報を悪用した疑いがある(その疑いがきわめて濃厚)ことでしょう。

<女児誘拐未遂容疑>逮捕の巡査「巡回連絡カード」悪用か
毎日新聞 2月18日(水)23時43分配信

勤務する交番の管轄エリアで小学4年の女児(10)を誘拐しようとしたとして、群馬県警は18日、県警渋川署地域課巡査、秋山暢大(のぶひろ)容疑者(24)を未成年者誘拐未遂容疑で逮捕した。秋山容疑者は女児の自宅前に乗用車を止め、女児が帰ってきたところを、車から降り声をかけた。私服で、警察官であることは明かさず、女児や父親の名前を口にして父親の知り合いを装っていた。

 秋山容疑者が女児や父親の名前を事前に知っていたことについて、群馬県警は、職務上知り得た情報を利用した疑いがあるとしている。地域をパトロールする巡査は通常「巡回連絡カード」を使って個人情報を収集しているとみられ、今回もこれを悪用した可能性が考えられる。

 巡回連絡カードは、警察庁が「住民の安全で平穏な生活の確保に役立てる」として地域警察官に住民の情報を収集させている制度。事件・事故が発生したり、迷子を保護したりした緊急時に家族への連絡に役立てると説明し、家族全員の氏名、生年月日、勤務先、学校名などの記入を求めている。

 女児や両親と秋山容疑者に元々面識はなく、女児と友達(7)は昨年12月、パトロール中の秋山容疑者を5、6回見かけたと話しているという。この時の秋山容疑者の挙動について県警は「地域の見守り活動をしているような様子だった」と説明しているが、「かわいい女の子をつけ回していたのでは」と疑う声も住民の間から出ている。隣町の主婦(29)は「そもそも何のために書かされるカードなのかと思っていた。今回もし警察官に悪用されたなら、巡回連絡カード自体、廃止してもらいたい」と憤る。

 渋川署によると、秋山容疑者が勤務していた吉岡町交番は原則2人体制。監視・管理体制が弱く、個人情報を比較的容易に入手できた可能性もある。過去には長野県警や愛知県警で、交番の連絡票のコピーを悪用したり、駐在所の情報照会用端末を不正操作したりした手口もあった。【尾崎修二】

率直に言ってこういう話はちょいちょい耳にします。前に読んだ「手錠―ある警察官の犯罪」という本で、後に2人を強盗殺人で殺害した元警視庁警部の死刑囚(執行されずに病死)澤地(沢地)和夫氏(本人お亡くなりになっているので一応敬称をつけます)が、やはりそういうたぐいのことをして、奥さんとつきあうきっかけに利用したということが書かれていました。これはだいぶ以前の話ですが(たぶん1960年前後くらいの話)、いまは当時より管理は厳しいでしょうが、絶無になったわけではないでしょう。といいますか、今回の事件はおそらくその一例です。

医者と法律家と宗教家というのは他人の不幸で飯を食っている仕事ですから、他よりも強い倫理観を必要としますが、現代では公務員もそれを必要としますね。公務員は、さまざまな仕事で他人の情報を管理することが大きな業務ですから、それを悪用あるいは不正にアクセスしようと思えば簡単にできちゃいますからね。これもひところと比べれば規制などは厳しくなっているはずですが、これも最近でもいろいろ不正アクセスが報道されていますし、単なるのぞき見だけでなく具体的な犯罪に利用される可能性も常にあります。直接その役所が把握していない情報でも、正直言いますが税金関係や警察関係などの照会なら、どこの役所もすぐ情報提供しますしねえ。それが個人目的による照会かどうかはなかなか判断できません。不正が明らかになることなんて、そうそうめったにありはしない。

たいていの人間は、それなりに倫理観や職業意識があるから、最悪でも上の警官のようには声をかけることまではしませんが、でもそれを超越しちゃう人間もいます。そうなったらどうしようもないですね。

それで警官の不祥事というと、この事件もひどい。

>女性殺害:容疑の警官を逮捕…別れ話でトラブル 大阪府警
毎日新聞 2015年01月25日 19時56分(最終更新 01月25日 23時19分)

大阪市東住吉区のマンションで交際していた女性を絞殺したとして、大阪府警は25日、府警阿倍野署地域課巡査長、水内貴士容疑者(26)=大阪府寝屋川市幸町=を殺人の疑いで逮捕した。「別れ話を巡ってかっとなり、ベルトで首を絞めて殺した」と認めているという。府警捜査1課は東住吉署に捜査本部を設置した。

 女性は住人の病院事務員、白田光(ひかる)さん(23)。逮捕容疑は24日朝、東住吉区東田辺1の白田さんの自宅で、私物のベルトで白田さんの首を絞めて窒息死させたとしている。白田さんは水を張った浴槽内で服を着たままうつぶせの状態で見つかった。この日朝に勤務先の病院に出勤しなかったため、病院がマンション管理会社を通じて東住吉署に通報した。

 府警が白田さんの交友関係や防犯カメラの映像を捜査し、水内容疑者の関与が浮上した。24日は休みで、事件直後に阿倍野署の道場で剣道の練習に参加していた。水内容疑者は「道場のごみ袋にベルトを捨てた」と供述、府警は署のごみ集積場から茶色い革製のベルトを発見した。

 水内容疑者は2013年4月から1年間、東日本大震災に伴う業務応援で宮城県警に出向。当時、仙台市内の大学に通っていた白田さんと知り合い、13年5月ごろから交際した。昨年8月に別の女性と結婚したが、交際を続けていたとされる。

 府警監察室によると、水内容疑者は大阪府内の高校を卒業後、06年4月に採用された。昨年4月から阿倍野署で勤務していた。勤務態度に問題はなかったという。

 大村喜一監察室長は「現職警察官が殺人容疑で逮捕されたことは遺憾の極みだ。被害者のご冥福をお祈りするとともに、捜査結果を踏まえ厳正に処分する」との談話を出した。【三上健太郎、村上正、渋江千春】

なんであろうと殺さなくったっていいだろうと思いますが、わざわざ遠い東北から大阪まで来て、それで殺されてしまったこの女性は本当に気の毒ですね。ご冥福をお祈りします。もちろんこれは殺人ですから、上の群馬県の事件などと比較しても、悪質さの次元は違いますが、こんなの殺しておいて自分が捕まらないと本気で考えていたのかと思います。やはり後先のことを考えられない状態だったんでしょうね。

こちらの記事の見出しを見ると、

>大阪警官殺人:「別れ話で自分の夢や将来なくなる」と供述
毎日新聞 2015年02月13日 13時01分(最終更新 02月13日 15時31分)

 ◇大阪府警が殺人容疑で逮捕の巡査長を懲戒免職処分に

(中略)

。「別れ話の中で、自分の夢や将来がなくなると考え、手や革製のベルトで首を絞めた」と供述しているという。

(後略)

殺すほうが、お前の夢も将来ももっとなくなるだろ、という以上の話ではないでしょう。

さて、現職警官の最悪の事件と言ってもいい事件に、1978年に起きた勤務中の警官による女子大生殺人事件があります。

制服警官女子大生殺人事件

この事件については、犯人は少年時代から非行を繰り返しており(こちらのサイト参照)、警官になってからも窃盗を続けていたくらいの人間で、上の大阪府警の警官と比較しても、ちょっと別格に悪質な人間と言わざるを得ませんが、なんでこんなクズが警視庁に採用されたのか不可解です。志願者の身内に共産党員がいることは警戒しても、非行は不問だったんですかね? 最近は、当時よりはそのあたりは改善されているのでしょうが、それもどうかです。

なお犯人は死刑を求刑されましたが、無期懲役でした。1978年の事件ですが、最近は無期懲役でもなかなか釈放されないので、たぶんこのクズもまだ刑務所(千葉刑務所あたりですかね)にいると思います。死ぬまで懲役していろです。刑務所では警官出身の懲役囚は相当やられますので、本人そうとう地獄の苦しみを味わってはいると思います。不徳のいたすところです。

それはともかく、しかし3人とも後先のことを考えないよね(馬鹿)。もう少し自分の行動の重大さを考えろよと思います。衝動的な犯行じゃないんだから、損得を考えろと思います。大阪の警官は、既婚者であることと、警察は不倫とかにうるさい(他の公務員は、不倫とかは個人の問題とされる)ということが犯行の一因かと思いますが、それにしたって人を殺すことのマイナス面を補って余りあるものではないでしょう。いろんな意味で困ったものです。

コメント (8)

「最悪の誘拐事件」の現場を歩く(1)

2015-02-19 00:00:00 | フォトログ

前にも記事にしましたように、1984年に広島県福山市で起きた誘拐殺人事件の現場を歩いてみました。この事件は、借金に苦しんでいた男性が、知人の市議会議員の息子でソフトボールの教え子でもあった少年を誘拐して殺してしまい、身代金を要求、そしてその身代金を奪取します。公衆電話(当時はまだ携帯電話はありませんでした)からの通話の逆探知に警察は成功、犯人は緊急逮捕されます。これが誘拐・殺害の翌日の早朝です。誘拐殺人を自供したのはその日の夜、遺体発見は、その翌日に日付が変わってからです。詳細を引用します。

福山市で小学生を誘拐殺人
昭和59年2月13日、福山市議で大和化学工業専務(当時39)の長男で福山市立樹徳小3年の森田泰州(当時8)が下校途中、行方不明になり、午後7時50分、家に「キャッシュカードの暗証番号を教えろ」と脅迫電話が入った。午後8時26分、市議の妻(当時36)は車に捜査員を乗せて指定された福山城裏の公衆トイレに子供の下着を持って出向いた。すると電話の通りに目印として犯人により子供の紺の野球帽が置かれていた。その後、犯人からは「警察がいる」と電話が入り、2月14日午前0時2分に4回目の電話で福山八幡宮前の車の上に鞄が置いてあるのでそこに金を入れるように指示、さらに市議の妻に自転車で現地まで来るように言った。ところが犯人は現れなかった。午前3時33分に7回目の電話が入り、午前3時55分、再び市議の妻は15万円と広島銀行のカードを風呂敷に包んで持参した。すると白のファミリアの男が市議の妻が持参したカードなどを入れた鞄を持ち逃げ、午前4時15分に8回目の電話が入り、通帳に1000万円を入金しておくように指示したがこれが逆探知され、福山市沖野上の公衆電話から犯人がかけている事がわかった。  
午前4時25分、白いファミリアに乗った男が連行されて午前7時15分に逮捕された。男は文房具店経営の津田暎(当時44)で、昭和54年からソフトボールチームのコーチをしておりメンバーだった泰州とは顔見知りだった。昭和57年からは泰州の父の市議の後援会にも入っていた。津田は下校途中の泰州に「バレンタインのチョコレートを貰ったか」と尋ね、泰州が「貰っていない」と答えると「買ってやろう」と泰州を車に乗せた。東深津町の天満屋デパートでチョコレートを買い与え、津田は鞆町の福山グリーンラインをドライブ、午後6時30分、泰州が泣き出したので展望台先の広場に車を止めてネクタイで絞殺した。初めから殺すつもりだったという。

福山市の雑木林で死体が見つかる
昭和59年2月15日、広島県沼隈郡沼隈町能登原の雑木林から泰州の死体が見つかった。福山グリーンラインの後山展望台から南1kmの瀬戸内海を見下ろす駐車場から6、7m下の場所だった。泰州の父は誠友会に属し2期目で、自民党の佐藤守良衆院議員の直系だった。津田はPTA役員もしていたが、麻雀狂いでサラ金8社に120万円、信販会社に265万円、国民金融公庫に300万円の借金があった。昭和56年には福山葦陽高の同窓会会計をした際に津田は300万円のチケットの3分の1を着服した騒ぎもあった。 

誘拐・殺人から犯人逮捕までが、1984年2月13日から14日です。私が現場へ行ったのが、やはり2月13日から14日です。昨年でしたら事件後30年の節目でしたが、31年後の今年の同じ日に、現場へ行くことができました。

なお、上の引用では犠牲者の方は8歳とありますが、新聞記事によると事件の犠牲になる直前の2月8日に9歳の誕生日を迎えました。つまり1975年生まれのわけで、ご存命ならいま40歳です。また犯人は、最高裁で1991年に死刑が確定、97年に執行されています。

上の年齢以外にも、引用した記事には事実関係に細かい点をふくめて誤認の可能性がある記述がありますが、事件の経緯は上記のとおりです。

最初にお断りしておきます。ブログ管理人は、この一連の記事において、この事件の犯人を道徳的に批判・非難することはいたしません。本人すでに死刑判決が確定して執行済みですし、とくに再審も請求しなかったようなので、刑事罰に関しては本人なりに可能な範囲で償いはしているでしょう。もちろん遺族からすればなんであろうと絶対に許せないのは当然ですが、それを遺族でない私が代弁しても仕方ないし、犯人に対しては過去も現在もこれからも、あらゆる批判と非難が浴びせられてきたし今後も浴びせられるでしょうから、それは私以外の誰かにやっていただくこととします。私の見解に賛成はしていただかなくてもかまいませんが、私の真意を可能な限り理解していただければ幸いです。

それで、今回私が訪れようと考えたところは次です。

被害者が通っていた小学校(犯人の元自宅はその至近)

犯人の逮捕現場

身代金奪取現場

殺害現場

被害者宅

その他

プライバシーその他の問題がありますが、来週現場の記事を書きますので、ぜひお読みになってください。

コメント