ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

なかなかすさまじい内容だ

2016-09-30 00:00:00 | 書評ほか書籍関係

前にこんな記事を書きました。内容はコピペですが、つまりは事態の重大さを読者の皆様に知っていただきたかったからです。

「やってられん」となれなかったから、こうなったのかもしれない

つまり精神疾患の娘を、その父親が殺害した事件の刑事裁判で、温情判決が出たという記事を紹介したものですが、その内容は、なかなかすさまじいものでした。一部を引用しますと、

>札幌市中央区で今年3月、重度の精神疾患がある長女(43)を絞殺したとして、殺人の罪に問われた父親(81)の裁判員裁判。15日に札幌地裁で開かれた判決公判で言い渡されたのは、法定刑の下限である懲役5年を下回る懲役4年(求刑懲役7年)だった。公判では、極度の潔癖症などの「強迫性障害」に長年苦しんできた長女と、対処に苦悩し、追い詰められていった両親の姿が浮き彫りになった。

 地裁判決や検察側、弁護側双方の冒頭陳述などによると、長女は父親と母親(82)との3人暮らし。30年前から心の病に苦しみ、6年ほど前に病状が悪化し、「ウイルス感染」を極端に恐れるようになった。部屋にこもって個別包装された菓子しか食べず、事件当時の体重は約25キロだった。

行動の制限や束縛
 両親の行動も長女の厳しい制限を受けた。食事は袋詰めの切り餅や缶詰などに限られ、母親は外出を禁じられた。父親は長女と母親が寝起きする部屋に入ることを許されず、両親は洗面台の棚にメモを隠して連絡を取り合った。

症状の悪化が進むにつれ、長女と両親との間で口論やもみ合いになることが増えた。長女が「私はカッとなったら何をするか分からない。刑務所に入るようなことをさせないで」と言ったこともあるという。

 両親は長女に入院を勧めたが、「誰が寝たか分からないベッドに寝られない」と拒否された。長女の束縛に耐えかねた母親が何度か警察に駆け込んだが、家族間で話し合うよう促された。区役所や病院にも相談したが、「本人に治療の意思がなければ難しい」などと言われ、根本的な解決策は示されなかったという。

「もう殺すしか…」
 事件前日の朝、長女に外出を止められ、父親は心臓病を患う母親を病院に連れて行くことができなかった。「もう殺すしかない」。3月5日未明、父親は長女をマンション駐車場に止めた車に押し込んだ。「助けて、お母さん」と叫ぶ長女の声が響く。「ごめんな、許してくれ。こうするしかないんだ」。父親はそう言いながら約30分間、首を絞め続けた。

だそうです。もちろんここにあることは、本当に文字通りの氷山の一角でしょう。記事によれば、この女性はだいたい中学1年生で統合失調症かなにかを発症したようです。失礼ながら、親であってもとても係りあい続けられるものでもなさそうです。

さてさて、このような事件は、やはり日本中で起きているようです。次の記事はいかがでしょうか。長いので抄録ということで。魚拓は取っておきます。

>2016.7.25 11:00

【衝撃事件の核心】顔面にたたきつけた〝愛のハンマー〟 「かわいそうだが先に逝け」…精神疾患の長女殺めた老夫婦の窮状


精神疾患でときに手がつけられなくなる43歳の長女の面倒を見ていた老夫婦。極限状況まで追い詰められた末、「一家心中しかない」と決意し、長女の顔面にハンマーを振り下ろし、ベルトで首を絞める―という悲劇が起こった
 かわいそうだが、先に逝(ゆ)け-。87歳の父親は自ら手にかけた43歳の娘にあて、こんな手紙をしたためた。70歳の母親は娘の顔に付いた血をふき取り、遺体と添い寝をした。2人も死に場所を求めてさまよったが結局、死にきれなかった。精神疾患の長女を殺害したとして、殺人罪に問われた老夫婦。7月に開かれた大阪地裁の裁判員裁判で、極限状態まで追い詰められた救いのない日々を生々しく語った。

「お母さん助けて!」

 平成27年11月18日早朝。長女はまだ1階の和室で、寝息をたてていた。それを確認した母親は、2階で待つ父親に「よう寝てるよ」と告げた。

 父親は和室に向かった。母親は声を潜めて、事が終わるのを待った。しばらくして長女の悲鳴が聞こえてきた。

 「お母さん助けて! お父さんに殺される」

 父親の公判供述によると、熟睡していたはずの長女の横にひざをつくと、まだ何もしていないのに、ぱっと目を覚ましたのだという。あるいは殺気を感じとったのかもしれない。

 長女が叫んだのと間髪を入れずに、父親は手にしたハンマーを長女の顔面に3回たたきつけた。

 いたたまれなくなったのか、2階の母親も駆け下りてきた。長女を挟んで、夫婦は言葉を交わした。

 母親「顔が血だらけになってるやん」

 父親「助けるんやったら今やで」

 ここでやめても、取り返しはつかない。母親は「それは無理や」と言下に否定した。父親は「早く楽にさせたろう」と応じ、今度はベルトを長女の首に巻き付けた。

 「私も引っ張らせて」と母親は言った。ベルトの両端をそれぞれが握り、力を込めて引き絞った。間もなく長女は動かなくなった。

 (中略)

「学校へ行きたくない」

 長女は小さいころから、トゥレット症候群に悩まされていた。本人の意思に反して、まばたきを繰り返すなどの「運動チック」と、せき払いや叫び声など「音声チック」が1年以上続く疾患を、トゥレット症候群と呼ぶ。

 長女にチック症状が現れたのは小学3年生ごろ。無意識につばを吐く症状が出た高学年のときは、周囲の児童から「汚い。お前と物を食べられへん」となじられた。中学校に入ると、体全体を振るわせたり、顔をゆがめたりと症状はさらに悪化した。

 我慢強いあまり愚痴も言わない子供だったが、せっかく入学した高校は1学期だけで退学した。通学電車の中でチック症状が出ると他人からじろじろ見られ、疎ましがられた。長女は「学校へ行きたくない」と泣いた。

 それから就職したこともあったが、なじめずにすぐに辞めてしまい、家にこもりがちになった。トゥレットだけでなく、統合失調症も発症した。

「病気は親の責任」

 長女が22歳のときに〝転機〟が訪れた。

 障害基礎年金を申請すると、過去の分もさかのぼって支給され、約250万円が一気に手に入ったのだ。長女はそれを1年半で使い切り、ここから浪費癖が始まった。

 「自分の金だから、好きなように使う」

 年金を貯金するよう勧めた父親に対して暴れ、高価なパソコン、趣味の絵を描くための道具を買い込んだ。母親名義のカードにはネット通販や有料テレビの視聴料、宝塚歌劇のチケット代、ゲームの課金料金の請求もくるようになった。

 「病気を持ったのは親の責任や」

 こう言って責める長女に両親は何も言えず、「あの子の唯一の楽しみを奪えない」と、浪費癖をいさめられなくなっていた。

攻撃と依存

 大工として家を空けることが多かった父親は70歳すぎにリタイアして自宅に戻ってきた。だが長女が父親を異常に嫌悪し、父親は2階、長女が1階という家庭内別居の状態になった。

 一方、母親への態度も複雑だった。公判で弁護人は長女の母親への振る舞いを「攻撃と依存」と表現した。

 母親は5年ほど前まで勤めに出ていた。長女は何か嫌なことがあると、自宅から母親の職場に「死んでやる」「手首を切る」「薬を飲んだ」と、たびたび電話をかけたりファクスを送りつけたりした。母親はそのたびに帰宅した。

 長女が過ごす1階和室から、母親の姿が見えなくなると「何してんねん」と声を荒らげた。風呂も母親とでなければ入らない。「起きている間はずっと一緒」という生活だった。

 長女の要求に母親が従わないと、長女は手がつけられなくなった。自分の頭を机に50回以上ぶつけ、体をけいれんさせ、最後は過呼吸になった。それが落ち着くとカッターを持ち出し、母親の目の前で手首を切った。

 「何でそんなことするの。お母さんの(体)を切ったら」

 あるとき母親がそう言うと、長女は「その血では落ち着かん」と答えた。

 長女は精神科系のクリニックに通院していた。母親が医師にリストカットや入院の相談をしたこともあったが、実のある返事はなかったらしい。

 同じ疾患の家族会を紹介してもらったものの、他人の癖がうつる長女をその場に連れて行くことがためらわれた。たとえば、はなをすする人を見ると、長女もはなをすするしぐさを始めるのだという。家族会には結局、行かずじまいだった。

「殺すしかなかった」

 「これでわが家も最後かな」。27年8月ごろ、母親は通帳を見て、もう年が越せないと思いつめた。

 一家の月の収入は父親の年金11万円と、長女の障害基礎年金6万円。だが、障害基礎年金は長女が全額自分の趣味に使う。生活費になるはずの年金も、長女の携帯電話料金や好みの食べ物代に消え、毎月の支出は約30万円に上った。赤字分は預金を取り崩す生活だったが、それももう底をつく。

 「一家心中しかない」と母親は、父親にほのめかした。自家用車の車検は11月22日に切れる。外出に車が必須の長女の機嫌を損ねないためには、それまでに心中を実行する必要があった。そして犯行日の18日を迎えたのだった。

 被告人質問で検察側から「殺害せずに済む方法はなかったのか」と問われると、父親は「ないですね」と言い切った。

 母親は夫婦だけの心中だけでなく、長女を道連れにした理由を聞かれ、「あの子は私がいないとどういう風になるか。考えただけでつらいことです」と涙ながらに答えた。

 (後略)

「抄録」なんて書いていてほとんど引用しちゃいましたが、なかなかすさまじいでしょう。このような人間というのはちょっと対応できませんね。わがままで非常識で浪費癖がある。他人だったらそんな人間など付き合わなければいいだけでしょうが、親子ですからねえ。こんな次元まで責任持てないといって親が2人で自殺、心中とまではいかずとも姿をくらましたって、正直法的にはともかく道徳的に批判する気にはなりませんね。精神疾患だから、非難や批判をしてどうこうという元を超えている。これでは、

>子供を殺してください

と親(子どもではありませんが、兄弟姉妹であることもあります)だって言いたくもなります。

それでこちらの本をたまたま私は知って読んでみました。

「子供を殺してください」という親たち

著者は、こちらのHPによると・・・

>1968年福岡県北九州市に生まれる

1992年専修大学商学部中退 トキワ警備を創業

1996年説得による「精神障害者移送サービス」を創始2001年「子供部屋に入れない親たち」を上梓2002年社名をトキワ精神保健事務所に変更 代表の座をゆずり、「押川剛」個人としての活動をはじめる

北九州市内に若者の自立・更正支援施設「本気塾」を設立

2007年ジャーナリストとして〝ハーレム男〟のその後を追跡。ドキュメンタリーとして放送される。その後も、押川の活動を追ったドキュメンタリーが多数放送される

2013年精神保健福祉法改正をふまえ、新たな業務を立ち上げる

押川剛は、いかなる組織にも属さず、国家資格ももたず、助成金を受けているわけでもありません。
だからこそ、どんな場所、どんな相手であっても、「本当のこと」を、はっきりと言います。
それぞれの専門機関に対して、縦横無尽に動くこともできます。
警察からの依頼で「精神疾患の方への対応について」の講演を行ったり、押川に興味を持った精神科医が業務を
見学に来たりするなど、“メンタルヘルス界の奇才”として、関係各所からの注目を集めてもいます。

とあります。相当奇特な人間ではあるでしょうし、またご当人も相当毀誉褒貶の激しい人間なのかもですが(詳細は知りません)、いずれにせよ本の内容はすさまじいの一言につきました。前半に、著者が対応した精神疾患者の話が出てくるのですが、だいたい上にあげた事例と同じようなものです。非常識極まりない態度、要求、浪費など。

個人的には、このような人たちをどうこうするには精神病院に入れるしかないのではないかと思いますが、今の時代精神病院に長期入院させるのも困難です。だいたい3か月で退院という名で追い出されます。はてはて、そうなったら次はどうすればいいのか、途方に暮れるにもほどがあります。

 読者の皆さまも、よろしければお読みください。あなたの知らない世界を仮想体験できます。

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アマンダ・ラングレの2016年のインタビューを紹介するための前ふり

2016-09-29 07:01:33 | 映画

アマンダ・ラングレ(Amanda Langlet)は、日本ではエリック・ロメールの映画に出演したことで知られていると思います。このあたりはフランスも同じで、彼女のインタビュー記事を検索しても、大体においてロメールがらみのインタビューのようです。

彼女はロメールの映画には3作出演していますが、やはり「海辺のポーリーヌ」」での彼女の印象が強いですかね。白い極小ビキニをまとった、半ケツなみの彼女の姿が印象に残っている方も多いでしょう。

さて今年は、日本中でロメールの映画が再公開されていますので、またロメールについての話題がそれなりに飛び交っていると思います。最近アマンダ・ラングレについての新作など見る機会もありませんが、IMDbその他によると、彼女の最後の女優としての活動は、2008年のようですね。1967年生まれとのことですので、彼女もちょっとなかなか活躍は難しい年齢というところでしょうが、上の特集に合わせて発売された雑誌に、彼女の2016年のインタビューが収録されていました。これをちょっと紹介したいのですが、その前ふりとして、ロメールが亡くなった2010年に行われたインタビューをご紹介します。Virginie Ledoyen et le cinéma françaisさんの下の記事です。

アマンダ・ラングレが語るエリック・ロメール

>アマンダ・ラングレが語るエリック・ロメール」  インタヴュー和訳

「ロメールには偶然会ったの。当時の私は14歳で、監督は母がSFP(フランス製作会社)へ送った私の写真を見たのね。私はTVの仕事をやっていたの。監督の事務所に呼ばれて、何ヶ月もの間、会っていたんだけど、映画に使ってもらえるかは分らなかったし、監督は他の人たちにも会ったいたしね。しばらく経って、事務所で撮影されて、お芝居の台詞を言わされたわ、カメラテストみたいなものね。それからまたしばらくして『海辺のポーリーヌ』の出演者たちとテストをしたわ。役の準備をしたんじゃなくて、単に会話をしただけで、この映画に出れるのかどうかも分らなかった。監督にはこう言われただけ:「何も変えないように、いまのままでいて欲しい」って。一緒に映画にも行ったわ、例えば『飛行士の妻』ね。『海辺のポーリーヌ』の撮影の1ヶ月半前に私はバカンスへ出かけて、台詞を覚えておくようにと云われてね。撮影自体もまるでバカンスみたいな感じだったわ。撮影は実際に宿泊していた家でやって、ポーリーヌの部屋は私の部屋だったのよ。何年か経って、私にとっては幸運の女神といえるロゼットがロメールへ電話をするようにって、連絡をくれたのね、それで『夏物語』へまた出演することになったわけ。


この作品も私にとってはバカンスだったわ。監督とは全てがとてもシンプルなの。ある日、監督に聞いてみたわ:「この映画は何に似てるの?」って、監督の返事は「そりゃ、シナリオさ!」だって。台詞を覚えたあとは、俳優たちはとても自由。時々、監督に私たちのリハーサルを見て欲しいと頼んだわ、たくさん稽古してたから、でもその必要はないよって。自分の演じる役の名前だったマルゴも私に選ばさせてくれたもの。『三重スパイ』の時は、撮影も大掛かりだったから、いろいろと制約もあったわ、台詞に関してはロメールはいつもよりも厳しかったと思う、当時どんな話し方をしていたかを見せたかったんでしょうね;それが大切だったのね、自分が体験したことだったから。『夏物語』で印象に残っているのは、マルゴという役が私と一致していたことかな。『海辺のポーリーヌ』から10年経っていたし、この2つの作品の間を流れた時間は監督に何度も会っていたわけじゃないけど。時系列を追って撮影していたから、一番早く撮影を終えたのは私だったの。現場を去る時、「じゃあ、行くわ、私のことは忘れちゃうわね」って監督に言ったの。こう答えてくれたわ:「忘れるハズないじゃないか?きみは友だちだからね」って。」(fin)

私が見つけたインタビューの翻訳も可能ならしようと思っています。そういうわけで、来週あたりからお楽しみに。なお、当記事の転載を快く了解してくださいましたブログ管理人様に厚く感謝の意を表したいと思います。

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オリンピックにおけるゴルフの問題、あるいは団体戦の問題をいろいろ考える

2016-09-28 00:00:00 | スポーツ

ネットをあたっていたら、過日私が記事にしたゴルフとオリンピックの問題についての、倉本昌弘氏へのインタビュー記事がありました。そこでは、いろいろ興味深い問題が提起されていました。

で、やはりゴルフというのはオリンピックにそぐわない、対応するためには手直しをする部分がたくさんある、という気がします。たとえば、次のような話はどうでしょうか。

> 何かというと、私たちは普段ゴルフを興行としてやっているわけです。オリンピックも確かに興行の面はありますが、アマチュアの人たちが主体の興行と、プロを使って行う興行の感覚的な違いを今回はまざまざと見せつけられた、そんなオリンピックであったと思うんです。

――出場した4選手も戸惑ったことがあったでしょうか。

倉本:ありました。例えばユニホームです。彼らは普段契約先のものを着ていますが、オリンピックではユニホームが与えられます。でも、代表選手が決まったのが7月11日。そこからユニホームを作って8月11日に試合が始まったんですね。事前に試着してプレーしてみることもできないんですよ。

ウェアの問題などはいろいろありますよね。契約している会社との信義もあるし、試着もろくにせずにプレーする、というのでは非常に困るというものです。それで特に後半の、2週間つぶせる世界一流のプレーヤーなんかいるわけない、というのはまさに「ごもっとも」ですよね。テニスの話ですけど、ジョヴォヴィッチもセリーナ・ウィリアムズも、さっさと早い段階で負けたのは、偶然かどうか。故意敗退でなくても、彼(女)らにとって、オリンピックというのがやる気が出るものなのかどうか。

ユニホームを作ってもらえることは分かっているのですが、みんな契約に縛られているので、事前にどこかの試合で着たいと思ってもできないんですよ。これが他の競技団体とはまったく違うことです。体操であれ水泳であれ、代表が遅く決まったとしても、ユニフォームを一度は着て練習してみることができるじゃないですか。ゴルフはほぼ現地に行ってからでないとできないんです。きっちり体に合わせて作っているわけではありません。それで現地で着てみてから、なんだかちょっと窮屈だなとか、ここが気になるなというのがあるんですね。

それでこの件も重要ですね。

>ゴルフのトーナメント期間中、ギャラリーが全員スマホを持って撮影をしているんですよ。

――通常のトーナメントではあまり見られない光景ですね。

倉本:そうなんです。プロ選手にとっては「ちょっと待ってよ、私を撮らないでよ」と。プロ選手には肖像権があって、それを大会に渡しているからこの大会がある、その対価として我々は賞金をもらっている。そういう関係で普段ビジネスが成り立っているわけですが、ことオリンピックについてはそのモデルが成り立たないんですよ。これもすごく新鮮な感覚でした。

 実は、プロの肖像を撮らせてもいいんですかと現地でIGF(国際ゴルフ連盟)の役員に話をしたんですよ。すると、オリンピックの競技は全部撮っていいんです、どこも規制していません、なのでゴルフも規制しませんと言うわけです。へえ、と言うしかありませんでした。

肖像権の問題はいろいろなことと関わり合うということですね。肖像権を売るのも仕事のうちとしても、オリンピックではそのような話が通用しない部分があります。そう考えると、こういうのも調整がきくようなことでもないように思うし、これは放棄するという選択肢も考えなくてはいけないのかもです。

さて、ここで団体戦の話についての問題が出てきます。

「団体戦」はなぜできないのか?

――ゲームの方法では、4日間かけてやっとメダリストが3人決まるという進行ですが、スピード感や高揚感の点で他競技に見劣りしませんか。

倉本:私もそう感じています。私はオリンピックだけのためのゴルフがあってもいいのではないかと思うのです。オリンピックに特化したルールを作り、オリンピックに特化したフォーマットを作る。例えば、まったくの思いつきですが、6ホール、6ホール、6ホールを使って試合をやるとか、今のように18ホールを1日で消化するということではなく、もっと違うやり方があるんじゃないかと思っています。それから、やはり国別対抗の方がはるかに盛り上がるだろうとも。

――団体戦を求める声はありましたね。

倉本:これは根本的なことなのですが、オリンピックの基本は個人による競技であって、国でもなければチームでもないそうです。チーム競技であればチームで戦っていいのだけれど、そうでない競技については戦うのは個人であり、まして国と国の戦いではないというものが憲章に明確に書かれているそうです。だから、各国が金をいくつ取った、銀をいくつ取ったというのは、本来は憲章に違反しているんだと。もう一つ、現実的な問題として私の聞いたところでは、IOC(国際オリンピック委員会)のルールで個人戦と団体戦を同時に行うことができないそうです。

 同時にできないから、体操だって男子団体は個人と別にやるわけです。もしゴルフで同時にできるならば、個人戦をやりながら4人のうちの3人のスコアを取るなどして団体戦ができるはずです。でも、今のルールでは日程を変えて団体戦をまたやり直さなければいけません。そうなると、世界のトップレベルの選手は絶対に出てきません。なぜなら、2週間も拘束されたくないですから。2週間で数億円稼ぐ選手が、自分の肖像権を渡してまで、なぜ人に金を稼がせるんだというわけです。例えば米国ツアーだったら、自分の肖像権を米国ツアーに渡していれば年金としても返ってくるんですよ。

なるほどですね。フィギュアスケート(これは冬季ですが)なんかの団体戦も、だから最初にやるわけです。でもあれソチでは盛り上がらなかったよね(苦笑)。各選手だってやる気なんか出んでしょ。それはそうで、誰だって個人で勝ちたいもん(笑)。卓球とかのように、昔から団体での試合をやっていたのなら別にいいけど、基本的に競技も練習も全部ばらばらなフィギュアスケートのような競技で団体戦なんかしたって、それはメダルをもらえればそれなりの価値はあるかもだけど、個々の選手からすればいい迷惑ですよね(笑)。だいたいフィギュアの団体戦て、男子、女子、ペア、アイスダンスを全部いっしょにして勝負しようというんだから、かなり設定からしたって無理があるし、また個人戦に影響が出ます。事実たとえばキム・ヨナは、韓国の団体戦なるものがなかったので、ゆっくりソチに入ることができ、いい状態でコンディションを整えることができました。これだけで、団体戦に引っ張り出された浅田真央なんかは不利になります。彼女は、ソチに入った後さらに遠方の合宿地へ赴き、またソチに戻るといったことを余儀なくされました。私にとっては、浅田真央が不利になってヨナさんが有利になるということは、世の中でこんなうれしいことはないんですけどね(爆笑)。

いずれにせよ、だから団体戦なんてものは、やるのなら個人戦が終わった後にすればいいのですが(他のスポーツはだいたいそうしていますよね? 陸上や水泳だって、リレー競技は最後のことが多い)、でもフィギュアなんて個人戦が終わった後じゃケガもあるし、集中力も続かないし、やる気も起きないし、ぜんぜんダメだからね(笑)。まーったく、フィギュアの団体戦なんて迷惑な発案です(笑)。

まああるいは、平昌ではもっと改善されて団体戦も盛り上がるのかもですが(その可能性は低いと思います)、基本的にはフィギュアスケートの団体戦なんて愚劣にもほどがあると思いますね。日本だって盛り上がらないんだから、世界で盛り上がるなんてことはないんじゃないですかね。

そんな話はともかく、倉本氏のインタビューなどを読んでも、いかにゴルフがオリンピックとは相容れない要素が大きいスポーツであるかということがわかります。プロが圧倒的で、歴史的にオリンピックと縁が薄く、大金を稼ぐことができる。つまりはオリンピックとの親和性がきわめて低いわけです。ゴルフがオリンピックの種目から除外されることは当分ないかもですが、盛り上がる可能性は低そうです。

オリンピックの商業化とか肥大化というのは仕方ない側面はあると思います。もちろん程度の問題ですが、世界中でテレビやネットにつながる人間が増えているのなら、さまざまなニーズにこたえる部分は必要かと思います。サッカーのユーロ(欧州選手権)とかチャンピォンズリーグがだんだん規模が大きくなるのも、まあ仕方ないというか、必要な部分も大きいわけです(サッカーのナショナルチームの実力もだんだん平準化しています)。でもゴルフとかフィギュアスケートの団体戦なんて、業界が喜ぶだけじゃないですかね(笑)。ゴルフのオリンピックなんて、ゴルフファンも興味ないし、フィギュアスケートの団体戦も、好きな選手が個人戦で勝つほうがファンもよっぽどうれしいでしょう(笑)。いや、業界団体の希望がすべてなんですかね(笑)。そうなんでしょうけど、ファンや視聴者、観客のことはあんまり考慮されていませんよね(笑)。

というわけで、私としては、これからもオリンピックは、個人戦重視で観る所存です。

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これで「業務上過失致死」はおかしくないか

2016-09-27 00:00:00 | 社会時評

やや旧聞の記事ですが。

>機動隊員水死

訓練の33歳巡査に有罪判決 さいたま地裁

毎日新聞2016年9月7日 19時56分(最終更新 9月7日 19時56分)

 埼玉県朝霞市の県警施設のプールで2012年、訓練中の機動隊水難救助部隊員の佐々木俊一巡査(当時26歳)を水死させたとして、業務上過失致死罪に問われた県警巡査、渡辺哲範(あきのり)被告(33)に対し、さいたま地裁(栗原正史裁判長)は7日、禁錮1年6月、執行猶予3年(求刑・禁錮1年6月)の有罪判決を言い渡した。

 栗原裁判長は「(佐々木巡査に)息継ぎの余裕を与えず、繰り返し水に沈めた過失の程度は重い」と述べた。執行猶予判決を求めていた弁護側は控訴を見送る方針で、判決が確定すれば渡辺被告は失職する。

 判決によると、渡辺被告は12年6月、訓練時のルールに反してプールサイドのはしごにつかまった佐々木巡査の体をつかみ、水中に繰り返し沈めるなどして水死させた。

 渡辺被告は今年6月の初公判で無罪を主張したが、その後の公判で一転して過失を認めていた。

 佐々木巡査の母千春さん(59)は判決後に記者会見し「俊一の死を無駄にしないような判決を望んでいたが、執行猶予が付き、非常に残念」と述べた。

 三田豪士・県警警務部長は「判決を厳粛に受け止め、再発防止に万全を期すとともに、改めてご冥福をお祈りし、ご遺族に深くおわび申し上げます」とのコメントを出した。【遠藤大志、鈴木拓也】

この記事を読んだとき、救難訓練中に隊員が水死するっていったいどういうことよと思ったのですが、関連する記事で次のようなものを見つけました。「週刊金曜日」のサイトより。

>裁かれる埼玉県警機動隊の“殺人訓練”――何度もプールに沈め溺死に
2015年8月6日10:32AM|カテゴリー:社会|admin


水深3メートルのプールの底まで繰り返し力ずくで沈め、動かなくなると引き上げて放置する。殺人、または拷問死というほかない残虐な事件が埼玉県警で起きた。

埼玉県警機動隊「水難救助隊」の新人隊員・佐々木俊一巡査(享年26)は、2012年6月29日、朝霞市の機動隊のプールで潜水「訓練」中、溺死した。遺族の調査で浮かんできたのは、「訓練」に名を借りたリンチだった。

俊一さんは機動隊員の暴行によって死亡したとして、母・千春さんら遺族が、今年6月28日、埼玉県や救難救助隊の巡査、巡査部長、警部補ら4人を相手取り、総額約1億9000万円の損害賠償を求める国家賠償請求訴訟をさいたま地方裁判所に起こした。

「真相を知りたい。被告の警察官たちには正直な話をしてほしい」

翌29日、命日に開いた記者会見で遺族は涙ながらに語った。

遺族や弁護団(野本夏生弁護団長)によれば、主に警察から聞き取った事実をもとに判明した経緯は次のとおりである。

12年6月29日午後4時ごろ、基礎訓練に続き、「完装泳法」の訓練に移った。空気ボンベ、シュノーケル、足ヒレなど重量38キロの装備を身につけたまま、ボンベの空気を使わずシュノーケル呼吸のみで、潜ったり立ち泳ぎをする訓練だ。

俊一さんは変形性膝関節症で足が痛かった。訓練開始からまもなく、プールの浅い部分(水深1・2メートル)に移って足をつき、訓練中止を申し出た。痛みのせいで立ち泳ぎが続けられない。

だが、指揮官のI巡査部長は訓練続行を命じた。俊一さんはやむなく泳ぎ続けた。しかし、やはり痛い。とうとうプール内壁に取り付けられたはしごをつかんだ。そして中止させてほしいと訴えた。

するとプールサイドにいたN巡査部長が、俊一さんの顔を足で何度も踏み「佐々木、つかむんじゃねえよ」と怒鳴った。そして、「無理です」と繰り返す俊一さんを力ずくではしごから引きはがした。俊一さんはパニック状態に陥った。

続いて、水に入っていた指導員のW巡査が俊一さんをプールの深い部分に連れていき、背後から両肩に手を置き、体重をかけて水深3メートルの底まで沈めた。5、6秒かけて浮いてくるとまた同じ要領で沈めた。I巡査部長の指示だった。

俊一さんは水中メガネとシュノーケルを顔に着けたままはずすことは許されなかった。シュノーケルの管内や水中メガネの中に水が入り、呼吸ができなかったとみられる。

4回ほど沈められた結果、俊一さんは水中で動かなくなった。すると、そのまま10秒ほど放置され、ようやくプールサイドに引き上げられた。呼吸や心拍の確認はしなかった。人工呼吸もしていない。そればかりか「死んだふりか」などと言って往復びんたをした隊員もいた――。

119番通報は引き上げから8分後。俊一さんは病院に運ばれたが死亡が確認された。司法解剖の結果、死因は溺死。両肺に大量の水が入ったままだった。

【私的制裁の疑い】

埼玉県警によれば、繰り返し沈めた行為は、ボンベの空気が吸えなくなった場合の対処法を学ぶ訓練だったという。しかしI巡査部長は、事前に「佐々木をやりますよ」と不穏当な発言をしており、私的な制裁だった疑いは濃厚だ。

現在、W巡査が業務上過失致死罪で起訴されている。

もともと俊一さんは東入間署の地域課に所属し、交番勤務を主な仕事としていた。運動は苦手。水に潜って遊んだ経験もない。機動隊への異動を告げられたのは12年3月。自ら希望したわけではなく、とまどっていた。遺族によれば、訓練は辛そうだった。膝も機動隊に入ってから負傷した。事件直前には「死ぬかもしれない」と漏らしていた。意識を失ったこともあった。そして、辞めたい旨上司に相談していたという。辞意を伝えたことに対する見せしめ的な報復の可能性はある。

(三宅勝久・ジャーナリスト、7月24日号)

 上に書いてあることが本当に事実なら、これってどう考えてもひどいですよね。Wikipediaの「業務上過失致死傷罪」にある

>業務上過失致死罪は、業務上必要な注意を怠り、よって人を死亡させる犯罪をいう。業務上過失傷害罪は、業務上必要な注意を怠り、よって人を傷害する犯罪をいう。

という「業務上」が妥当かどうか。一般的な業務としての訓練というより、上の状況を見ると、とても

>社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為

とは言いかねるんじゃないんですかね。さすがにこんなことを日々訓練としてやってはいないでしょうし、やっていたら論外です。殺人とまではいわずとも、傷害致死くらいは免れないんじゃないんですかね。

上の記事で私がひっかっかったのが、

>辞意を伝えたことに対する見せしめ的な報復の可能性はある。

というところです。かつて、海上自衛隊での不祥事を説ブログで紹介したことがあります。

2008年に起きた海上自衛隊での集団暴行死事件についての興味深い報告書を見つけた

そこでも、

>教官らは3曹の遺族に「(異動の)はなむけのつもりだった」と説明しており、同課程をやめる隊員に対し、訓練名目での集団暴行が常態化していた疑いがある。

という記事を紹介しました。自衛隊に限らず、いわゆる制服組の公務員の世界では、似たようなことをやっている構図があるのかもです。

お亡くなりになった警官の方のご冥福を祈ってこの記事を終えます。

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安東・ソウル紀行(2016年7月)(16)

2016-09-26 00:00:00 | 旅(韓国)

それで新村に行きます。今回の旅行最後の晩餐です。このような美女は、やはり写真を撮らないではいられません。

花がきれいです。

左の2人は運動部系ですかね。

テレビだかネットだかのインタビューをしていました。

終わった二人です。こういう写真を執拗に撮るのも私ならではです。

すみませーん。こちらの記事で完食できなかった食堂へ再挑戦です。

なにげにこういうきれいな女性がいるから、ソウルも侮れません。

店に入ります。ホルモン焼きの店です。

今回は店の中に入れました。女性だけで食べている人たちがいるのは、前回と一緒です。

生レバーが出ます。

韓国ビールを飲みます。やはり旅先では、地元のビールを飲みたいですね。

最初にこのように出ます。

炒めます。

ムール貝のスープも出ます。

おいしくいただきます。

締めはチャーハンにします。ごはんは別会計だったはず。

私が前回座った席は、手前のカップルの奥の席だったかな。

白人女性も大胆に脚を出していますが、やはり韓国人女性のほうが細いですかね。

このように女の子たちが堂々と腕を組んでいます。この記事を執筆している9月21日、私の地元の某ショッピングモールで、フィリピン人らしき親子(?母娘?)が手をしっかりつないでいました。個人的には苦手です。

学生街だけあってか、路上ミュージシャンもたくさんいます。

彼氏、あるいは友人を待っているんですかね。

このピアノ、昨年11月にもありましたね。同じ方が演奏しているのかもです。

 お、きれいな花ですね。この後空港までもどりますが、記事も非常に長くなってしまったので、これで終わります。たぶん韓国は、自分が旅行できる体力がある限り訪れることになりそうです。

(おわり)

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安東・ソウル紀行(2016年7月)(15)

2016-09-25 00:00:00 | 旅(韓国)

さらに奥へ歩き進みます。

大丈夫かよとちょっと心配。大丈夫だったみたいでしたが。

時間があったら伝統工芸館を見学してもよかったのですが、今日は遺憾ながらパス。

観光客か地元の子どもかは不明。いいスタイルしています。

上の写真の左側の登ったところから写真を撮ります。

このような家並みも韓国らしいところがあります。

これも立派な家です。

すごい木です。

見てないんで知らないんですが、ここ「冬のソナタ」のロケ地だったみたいですね。詳細はこちらの記事を。

 

校門から見た光景です。これは、学生街の雰囲気がありますかね。

となりに土産物屋があって、そこの女性が別に頼んでもでもいないのに写真を撮ってくれました。しかしその写真はややだらしない恰好だったので、身支度を若干整えて放課後で帰宅しようとする3人組(だったと記憶します)に、撮ってくれと頼みました。その写真は割合まともだったので、そちらの写真を掲載します。といったって完全に画像処理をかけているので、何が何だかよくわかりませんけど。

このような「冬のソナタ」関係で来た人間相手の店があるわけです。

生徒たちが帰宅します。

一応今回の散策の目的地はめぐったみたいなので、安国駅に戻ります。

どういう建物かは詳しく確認しなかったんですが、どうも旅館みたいなものもあったのかもですね。

あ、またチマチョゴリを着ている女性たちがいますね。

文句を言われない程度に近づいて写真を撮っちゃいます。

うさんくさげな視線を感じます。

単なる偶然ですが、水色の老女の写真も何枚も撮っちゃいました。

手前の韓屋、なかなかいいですね。

高校生の写真も撮っちゃいます。あんまりかわいくないけどね。

駅に乗ります。彼女は美人。またどうでもいい話ですけど、ギネスの広告がありますね。

(つづく)

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どうもねえ(3)(追記あり)

2016-09-24 00:00:00 | Weblog

前に、とある方のお書きになっていたブログの内容がすごかったので、それを読者の皆様にご紹介したことがあります。

どうもねえ

どうもねえ(2)

で、その方のブログは、事情は不明ですが、2011年の2月初旬ごろに閉鎖されています。その時のことを私は、次の記事で書きました。

最後でなかった(らしい)韓国旅行 2010年 夏(9)

その後は、ご当人のHPにあったへんてこな文章も消されていたのでどんなもんかいなと思っていたのですが、ただ昨年ちょうど私がアイルランドに行っている際にいただいたコメント(上の「どうもねえ」の記事へのものです)で、彼の娘さんと称する方(ご本人かどうかは確認できないので、そう書かせていただきます。間違いなく娘さんでしょうが)のものがありました。あいにくアイルランドに行っているときにいただいたコメントにはお返しをしていないのですが、そこではこうあります。

Unknown (はじめまして)2015-09-24 10:16:48

こんにちは。
私は尾崎哲夫の娘です。 暇だったので父の名前をグーグルしたところ、色々な意外なことがあってびっくりしています。
ちなみに私は中学生で、日本とオーストラリアに5年以上住み、バイリンガルです。
たしかに私も気づいていました。システムのこと信じていることや、携帯攻撃のこと。 でも今はヨガや研究にはまっていて、私に法律や温泉(笑)のことを教えてくれた優しい父です。こんなメッセージどうでもいいでしょうけど、今の状況を伝えたかっただけです。

娘さんが迷惑をこうむっていないのならいいのですが。見るとこのコメントを頂いたのも、ちょうど1年前ですね。

それで過日、この人のHPをちょっと閲覧してみましたところ、

どうしても知っていただきたい事

というページがありました。タイトルを見ただけで嫌な予感がしたので、さっそく閲覧しました。

以下、私の感想は述べません。ここまで読んで、内容に興味のある方はぜひお読みになってください。削除されたブログの内容は、完全ではないかもですが、だいたい収録されているようです。 

2016年12月15日追記:昨日(12月14日)、氏のHPを閲覧しようとしたら、削除されていました。今までにもこのようなことがなかったわけでもないですが、あるいはまた調子が良くなくなったのかもです。

2017年2月6日追記:またHPが復活しています。今後も削除されるかもしれません。

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安東・ソウル紀行(2016年7月)(14)

2016-09-23 00:00:00 | 旅(韓国)

7月で暑いので、私もだいぶ参ってきました。

私と同じような旅行者が目立つエリアです。

こういうところではいい写真が撮れます。

てくてく歩きます。

旅行者のヘルパーです。

なかなかいい建物でしょう。

このようにチマチョゴリを着ている女性たちがいるわけです。

やっぱりいいですねえ、こういう建物や通りは。

ツアーの集団がいました。韓国人でなく中国人だった模様(確信はありません)。

このような花には注目してしまいます。

はるかかなたに、鐘路タワーが見えます。以前は私は、この建物の近くをよく歩いたのですが、もうずいぶん長く近づいていないな。

それで次の散策路を歩くこととします。

白人女性が、このような扇をいじっている姿というのもなかなかいいなと思います。

韓国人か中国人その他かは不祥です。いずれにせよ脚はきれい。

(つづく)

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安東・ソウル紀行(2016年7月)(13)

2016-09-22 00:00:00 | 旅(韓国)

それで3号線に乗って、今度は韓屋を見学しようと、安国駅で降ります。北村韓屋村へ行くのです。これだけソウルに何回も行っているにもかかわらず、本格的に行くのは今回が初めて。余談ですが、写真の2人、どちらもスカート短いですね。

てくてく歩きます。

ここが入口あたりですかね。簡単に見学します。

 で、また歩きます。坂があって、暑い夏のさなか、ひいひいです。

チマチョゴリを着た美女がいました。なんだと思ったら、観光客がチマチョゴリを着ていた模様です。

ね、こんな感じです。京都に、中国人や韓国人その他が着物を着て歩くみたいなものですかね。

ガイドブックの破線に沿って歩きます。

こんなウォールアート(?)もあります。

学生のグループらしき連中がたくさん歩いています。

こういったアートも見逃せません。

なんか日本の観光地の参道を思い出します。

このようにチマチョゴリを着ている女性がいるわけです。

このキャラクター、明洞にもいたな

時間もそんなにないので、脱線しないでガイドブックの破線通り歩きます。

こういうところで休むのもいいかもですね。今日は忙しいので無理です。

ね、なかなかいい雰囲気でしょ。

奥にある煙突、ソウルではともかく、地方都市では割と見かけるタイプという気がします。

さらに歩きます。

(つづく)

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安東・ソウル紀行(2016年7月)(12)

2016-09-21 00:00:00 | 旅(韓国)

それで今度は、新沙駅へ向かいます。駅近くのカロスキルは、美女が多いので、私のような美女好きには外せない通りのわけです。こちらの記事も参照してください。あとこちらにも、数枚写真があります。

このようにスカートの短さがすごい。

左の女性、なかなか大胆なポーズです。

韓国の女性で脚に自信のある人は、このように思い切って短いスカートやパンツをはきます。

この2人も脚きれいですねー。

別に私の好みではありませんが、異様に胸の大きい女性です。

男女カップルの写真は、一応撮影には気を付けます。

黒いパンツの女性、すごいすらりとしています。左側のでかいカメラを持った男性は、本格的なカメラマン?

いかにも自分のスタイルに自信がありそうな女性です。

右の女性もすげ・・・。脚もきれいだし、スカートも短いし、ほっそりしています。

2人ともなかなかいいでしょ。

女性同士もそうですが、男女間でも、手をつないでいるカップルは多いですね。

左側の女性のような服装は、韓国の若い女性にはあまり見られませんね。こういうだぼっとしたパンツは好かれません。

この女性もスカートが短い。

スカートの短さに感心。

駅に戻る途中にいた女性です。この女性も典型的な韓国美女です。

駅にでかく整形の広告があるのが、韓国らしいしソウルらしいし新沙らしいというべきでしょう。このモデルの女性も、すごい整形美女ですよね。

(つづく)

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