ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

ミスはこだての写真を撮って宮崎に行った週末(1)

2018-10-31 00:00:00 | 美女探求

わけあって、10月27日から28日にかけて、宮崎県に行ってきましたが、だいぶ予定が当初と変わってしまいました。しかも直前にです。

というのは、川越市の丸広百貨店のチラシをチェックしていたら、ミスはこだての女性が、土日に百貨店に来ることが分かったからです。

この物産展は24日㈬から始まるので、私は水曜と木曜のどちらかに時間を作って行ってみようかと考えていたのですが、週末にあることが分かったわけです。これは、本来なら都合がいいのですが、私には決して都合がよくありません。なぜなら、この週末に宮崎に行くことをすでに5月から決めていたからです。航空券を買ったのは夏の初めですが、これではどうしようもありません。早朝発の夕方現地出発の便に乗りますので、このままでは参加できません。

私がしばらく考えて出した結論は、ミスはこだてに逢いに行くのをあきらめることはできないし、宮崎行きも強行するということです。そうなるとどうするかというと、朝の便をキャンセルして、夕方の便に変えました。買い直しになりましたし、キャンセルした便も半額をずっと下回る返金しかありませんが、これは仕方ないと考えたわけです。

ね、みなさん、好きな人間てすごいでしょ。そこまでするのが好きな人間です。

それはともかく、当日、11時過ぎに会場へ到着しました。すると、彼女はおつきの人がいなくて、1人でチラシを配っていました。それで声をかけてみます。

私「お写真よろしいでしょうか?」

ミスはこだて「あ、どうぞ!」

それで撮ったのが下の写真です。再掲になります。

冬服です。で、ちょっと話をしてみました。私が大要「金沢でも一緒に写真を撮らせていただいた」とか言ったら、彼女は「あれ、そうでしたか!?」」といいました。やっぱり覚えてはくれていないなと思いました(苦笑).

物産展で買うものを物色した後、ポテトチップスの列ができたので並んで、様子を見て列を抜け出して、彼女の(今度はいた)おつきの男性に言いました。

私「ミスはこだての方と一緒に写真は取れるでしょうか?」

おつきの男性「あ、ぜひどうぞ!」

で、また性懲りもなく撮ります。こういうことをしているのが人生一番楽しいのです。

それで写真を撮った後、彼女は私に言ってくれました。

ミスはこだて「あの、金沢思い出しました!」

…それほんと…? と思ってしまう私。リップサービスの可能性、8割から9割、と考えます。もっともとある人は、そんな人は君以外いないだろうから、向こうが覚えている可能性は十分にあると私に語りましたが。

私「あ、ありがとうございます。競馬場でも写真を撮ったんですよ」

ミスはこだて「え!府中でですか!・・・すみません!」

いや、謝ってもらうようなことではありませんが(苦笑)。で、また握手する図々しい人間が私です。

まもなくポテトチップスを配る時間が来たので、私もいただきます。整理券が配られまして、私は18番でした。それで私の番が来て、私の顔を確認した時、彼女はすごく美しい表情で私に微笑んでくれました。すごくうれしい私。

物産展で牛筋の煮込み100gを買い、デパートを後にします。

昼食をどこで食べようかと考えまして、iPhoneの地図を見ていましたら、蒙古タンメン中本の川越店が近くにあることを知り、カップ麺では散々世話になっていますが、店舗にはまだ行っていないので、中本デビューをすることにします。

店舗内では並んでいましたが、店の外への行列はありませんでした。土曜のお昼過ぎだったので、相当混むことは覚悟していたのですが。

一番初心者向けというタンメンです。おいしくいただきます。

 

時間と空間がすっ飛んで、ここは羽田空港です。修学旅行帰りの高校生もいました。私が乗るのはソラシドエアです。乗るのは初めて。

 機内サービスがあったのにちょっと驚きました。ほんと最近、LCCしか乗っていない(苦笑)。私はアップルジュースをいただきます。ソラシドエアは、ANAが株を所有していますが、位置付けとしては、メガキャリアとLCCの中間のポジションですかね。だから、無料機内サービスもあることはあります。

無事宮崎に到着します。この空港の仕様は、これから登場する乗客と降機した乗客をセパレートしないというものです。

簡素な到着ターミナルです。鉄道に乗って宮崎駅に行こうと思ったのですが、やや到着が遅れたので時間が合わず、バスで行くことにします。

バスで宮崎駅に向かいます。宮崎駅に到着した際は、乗客は私だけでした。

(つづく)

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やっぱり金を払わなければ解放されないじゃないか(北朝鮮拉致や北方領土も同じこと)

2018-10-30 00:00:00 | 北朝鮮・拉致問題

最初に。本日の記事では、いわゆる「自己責任」の問題には触れません。今回の記事にはとりあえず関係ない。

ジャーナリストの安田順平さんが解放されて帰国しましたが、今回の解放にはやはり金銭の支払いがあったようですね。出どころはともかく、金の支払いがなければ安田さんは現在も解放されていないのは間違いないところです。それで世の中、金を払ったらテロリストの資金源になるとかいう人もいますが、でもしょうがないですよね。金を払わなければ、解放してもらえないんだから。

いや、金を支払わないで解放されるんでしたらそれに越したことはないですよ。しかしそれはできない相談です。彼は、シリアのどっかに監禁されていたんですから、日本政府あるいは日本政府の意思を代行してくれるどこかの組織が、安田さんを武力をもって救出してくれる可能性はない。それなら、金で片を付ける以外にできることはないでしょう。

もちろん大要「安田の解放などに公金など使う必要はない。首を切られるなり焼かれるなりどうにでもなれ」とでも公言すれば話はまた違いますが(実際そうなった人たちも過去存在しました)、一応現段階日本政府は、そこまで非人情ではないようです。金で解決するのなら、首を切られたり焼かれたりするよりはいいでしょう。

さてさて、こういうことを言い出すと、私が年がら年中話題にしている北朝鮮による拉致問題はどうですかね。あれだって、2002年に拉致被害者の日本帰国を勝ち取れたのは、つまりは日本政府が北朝鮮側に拉致被害者帰国を条件とする国交樹立とその後の経済支援を約束したからです。それをしなければ、今でも拉致被害者たちはたぶん北朝鮮にいるでしょう。ジェンキンス氏は、北朝鮮でその生涯を閉じたということになったでしょう。それでこういうことに関して、「泥棒に追い銭だ」とか「なんで被害者である日本側が、加害者にそんなことしなければいけないんだ」なんて言ったって、これまた仕方ないですよね。そうしなければ北朝鮮は返さないんだから。何が何であろうが北朝鮮に対して援助するなんてのは絶対嫌だ、なんてことを主張しているのなら、じゃあ拉致被害者は絶対帰国できまへんわなという以上の話ではない。

それで、蓮池透氏など、身内が帰国した人を除く拉致被害者家族や、そしてこれは「もちろん」というべきでしょうが、その取り巻きの巣食う会とか櫻井よしことかは、こういうことを絶対認めませんね。いや、認めなくてもいいけど、現実にそれから先16年たった現在も、「強硬論」なんてものは、拉致被害者帰国になんら役に立っていないわけです。前にも書いたように、いわゆる圧力や強硬論が北朝鮮を動かして拉致被害者帰国が実現したなんて話には、なんの論拠もありません。

米国のキューバへの対応から、日本の北朝鮮への対応を考えてみる

それでこれは、北方領土も同じでしょうね。北方領土も返還ははなはだしく難しいでしょうが、返してもらうのなら、やはりなんらかの対価が必要でしょう。これも、悪いのはロシア(旧ソ連)だ、日本は被害者であり・・・なんて話をしていても、永久に北方領土なんかが帰ってくることはありませんね。日本側がロシアに経済協力を申し出て、共同開発をするなりなんなりの対価を提供しなければしょうがないでしょう。ロシアに対しての協力援助なんて絶対嫌だというのなら、あ、それなら北方領土返還は不可能ですというだけの話です。

もっとも上の北朝鮮あるいはロシアへの付き合いなんて絶対嫌だとほざく手合いは、実のところ拉致被害者のことも北方領土も、実はどうでもよく、反北朝鮮や反ロシアの道具でしかありません。こういう連中と付き合うのは、私が拉致被害者家族だったり北方領土の元島民(の身内)だったら完全お断りですが、北方領土のほうはともかく、拉致被害者家族のほうは実に今日に至るまで親しく付き合っていますよね。これでは拉致問題なんていつまでたってもろくな事態になりませんね。まったく愚かで無様で無残な光景です。金を払わなければ、拉致被害者なんか返ってくるはずがありません。

さすがに昨今は、拉致被害者家族などもある程度「見返り」に言及しているようですが、やや時機を逸したように感じます。が、どちらにせよそういう方向でしか物事は前向きには進まないでしょう。下の記事を参照してください。

祝! 拉致被害者家族が、ついに北朝鮮への「見返り」「対価」を考えることにした!

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あまりに初歩的なところから粗雑すぎる(広告と訃報記事編)

2018-10-29 00:00:00 | あまりに初歩的なところから粗雑すぎる

性懲りもなくまたやります。今回はスマートフォンからのスクリーンショットをお見せしますが、特に注釈は不要でしょう。

どっちもさあ、広告と訃報記事なんだから、もう少し神経使ったほうがいいんじゃないんですかね。

 

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情報(ミスはこだてが、明日28日まで川越に来ている)(10月27日更新)(訂正あり)

2018-10-28 00:00:00 | 美女探求

臨時更新です。川越市の丸広百貨店に、ミスはこだての田中樹里さんが明日まで来場しています。近隣の方は、ぜひどうぞ。写真は、本日撮影したもの。

 10月28日23時過ぎ訂正:写真の向きを直しました。

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シェムリアップ、バンコク、成都紀行(2017年12月~2018年1月)(24)

2018-10-27 07:14:34 | 旅(東南アジア―ミャンマー以外)

国境に着きます。タイ出国とカンボジア入国手続きをします。日本人旅行者がいたのでちょっと会話しました。

かなり雑多な雰囲気です。前に往復したタイ⇔ラオス国境よりだいぶ活気があります。

私は事前にビザを取得していたので、スムーズでした。

無事カンボジアに入ります。

バスにまた乗ります。

タイは、建前としてのギャンブルは不可の国ですので、タイ人はカンボジアにてカジノをすることが多いとのこと。よってたくさんのカジノがあります。

バスはシェムリアップに向かいます。

カンボジアの平原というのは、前回ホーチミン⇔プノンペンを往復した際には見なかったように思います。

手前に白い牛がいます。この白い牛はカンボジア独特のもので、よく見かけました。

このような集落もありました。

ふたたび平原を走ります。

白い牛がところどころ放牧されています。

ようやくシェムリアップ郊外の旅行会社営業所に到着します。

予約してあるホテルに向かいます。

地元の女子高校生もいました。帰宅中ですかね。

この記事を書いていて思ったのですが、東南アジアではあまり自転車は一般的でないので、これは珍しい光景かもですね。シェムリアップでは自転車は大活躍をしています。私もレンタル自転車を活用しました。それはまたのちの記事で。

予約しておいたホテルの部屋です。申し分ありません

シェムリアップにははいて捨てるほどホテルがありますので、高いホテルから安いホテルまでより取り見取りで選択できます。

(つづく)

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45番目の都道府県に行く(宮崎県)

2018-10-26 00:00:00 | 旅(国内)

現在私は、日本の44都道府県に足を運んでいます。ただ山口県と佐賀県は、鉄道あるいは道路で通っただけです。昨年の旅は、もしご興味があれば、こちらから記事をご参照ください。

友人Nと行く出雲大社、石見銀山(出雲大社編)

また今年、廃線になる鉄道に乗った際、再び島根県に行きました。記事はこちらから。

さようなら三江線(1)(3月29日更新)

それで今回は、45番目の都道府県となる宮崎県へおもむきます。ここに行けば、あとは愛媛県と鹿児島県だけです。一応頭の中の予定では(つまり具体的にはなっていない計画では)2019年に鹿児島に行き、19年か20年のどちらかで愛媛に行って、47都道府県をコンプリートしたいと思います。

今回の宮崎は、まつりに合わせて1泊2日で行くので、宮崎市と行けたとしてもその近郊以外には行けませんが、また写真を撮る所存ですので、そうしたら簡単な記事にはしたいと思いますので乞うご期待。やはり鶏と牛も食べないとね。

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「午前十時の映画祭」が、2019年4月~2020年3月のシーズンで終了となる

2018-10-25 00:00:00 | 映画

HPより。

>約1年の間、傑作映画を選りすぐって劇場で上映する「午前十時の映画祭」。

2010年2月にスタートした本映画祭は、お客様に熱いご支持をいただき
現在9年目を実施中です。その間、映画館を取り巻く環境も大きく変化してきました。
そこで「午前十時の映画祭」は、来年4月に開幕する記念すべき第10回目をもって
一区切りとし、いったん終了させていただくことになりました。
ぜひ、最後の1年間も、心ゆくまでお楽しみいただければと思います。

 「午前十時の映画祭10」で見たい作品を教えてください

これまで「午前十時の映画祭」で上映した映画と、上映していない映画の中から、
それぞれ見たい作品を教えてください。作品選定の参考にさせていただきます。
公式サイトのアンケートにぜひご参加ください。
お一人様1回限り。10月21日(日)締切

これ読んだとき、あ、ついにその時が来たかなと思いました。いや、私はもちろん、内部情報なんか知りませんけど、昨今、やや維持が厳しいかなという気もしないではなかったので。正直「意外」という気はしませんでした。

実は私、この企画で上映された映画は、現段階すべてパーフェクトに観ています。我ながらよく観たなと思います。で、たぶんですが、この企画で上映されなかったら、一生観なかったろうなと思う映画も、ここでは具体的な題名は書きませんが、やはりあります。それらの映画が、観て面白かったかというと必ずしもそうでもない場合も多いのですが、しかし新たな発見があったのも確かです。その一例を、下の記事で書きました。

「戦場にかける橋」を見て感じた他人からすればどうでもいい話

やはり食わず嫌いはいかんねと思います。もっとも人間に、食わず嫌いはやめろと要求してもなかなか難しいでしょうが。

この企画は料金は安いし(1,000円→のちに1,100円。かつては、私は大学院生だったので、学生料金の500円で観られました)、意外な映画を観られるし、そういう意味ではとても貴重だったと思います。そうなると、今年度の残りと、来年度もやっぱりパーフェクトに観なければいけませんね。読者の皆様も、ぜひどうぞ。

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「と学会」の会長だった山本弘が、脳梗塞になり長期入院をしていたとのこと

2018-10-24 00:00:00 | Weblog

「トンデモ本」関係や、オカルト批判系の本しか読んでいない私がこんな記事を書くのもどうかかもですが、「と学会」の会長だった山本弘が、脳梗塞で入院していたとのことですね。こちらのブログさんで知りました。その記事が発表された日に知ったので、つまり10月19日金曜日です。私がこの記事を書いている10月20日時点で、最終更新日が19日になっています。私がブログさんからリンクしたのが19日夜ですから、この時点で19日の更新分は読むことができました。

それでかなり深刻な状況のようですね。記事の題名は、

>実録・プロ作家が語る感動と笑いとちょっぴり深刻な闘病生活

とありますが、ざっと読んだ限りでは、とても「ちょっぴり」なんていうレベルではありません。最初の部分を引用します。

>知らない人が多いと思うけど、僕は5月10日から9月5日まで病気で入院していた。病名は脳梗塞。
 文章が書けなくなり、絶望のあまり死を望んだこともあるが、今では立ち直り、このようにパソコンで文章を打てるようになっている。だが、かつてのように早くは打てない。この文章にしても、ほんの1ページを打つのに何時間もかかっている。
 ツイッターをやっている方なら、僕がこの数ヶ月、他の人のツイートにリツイートするばかりで、僕自身の文章をほとんど書いていないことにお気づきかと思う。言いたいことは山ほどあるのだが書きたくてもできないのだ。スマホでほんの2、3行のコメントを打ちこむでさえ、今の僕にとっては重労働なのである。
 しかし、いつまでも引きこもってはいられない。自宅でリハビリを続けながら、少しずつ、書くペースを上げていきたいと思う。
 そこでこの場では、リハビリの意味で僕の闘病生活を書いてみたいと思う。闘病生活と言っても、暗いものにはしたくない。この病気についてよく知らない人たちに知ってもらうため。そして何より、僕と同じ病気で苦しんでいる人にとっては、心の支えになるものにしたいと思っている。

 なお、前述のように、今の僕は長文のメールは書けない。質問をされても、お答えできないので、ご了承お願いしたい。

4か月弱入院したというのですから、相当な重症というものでしょう。ツイッターの話は上に書いてありますが、彼のブログも、この記事を執筆している10月20日現在で、4月23日付の記事が最終更新になっています。彼は、5月10日に、自宅近くの仕事場で気分が悪くなり、自宅になんとか戻ってきたのですが、自宅前で倒れてしまい、やっとのことで自宅に電話を入れ(彼は、この行動について

>そうして玄関先で一時間ほど倒れていたと思う。その時、ふと名案を思いついた。僕のポケットにはスマホがある。これで自宅に電話をかければいいではないか。

(もっと早く思いつけ、と言いたくなるが、当時の僕はそれほどまでに知能が低下していたのだ)

書いています。「知能」というより「判断能力」とでもいうべきものじゃないのと考えますが、そのあたりはともかく)、救急車に搬送されて、 吹田市の国立循環器病センターにかつぎこまれます。その後別の病院に転院しますが、彼は、自分の置かれた困難な状況に苦悩します。

運動能力ももちろんだが、他人とのコミュニケーションがとれなくなったことが最大の痛手だった。

 脳梗塞というものをよく知らない人にとってはよく分からないかもしれない。意味不明の言葉を一方的につぶやくだけの人を見て、知性が失われたと思うかもしれない。中にはそうした事例もあるのかもしれないが、だが僕が体験した事例に関する限り、そんなことは断じてない。

 この病気の犠牲者は、他人の喋っている内容をすべて理解できるのだ。ただそれに対して正しく反応することができない。答えようにも、口から出るのは何の意味もない戯言なのだ。

 たぶん人にとって脳の中の重要な回線だけが断線してるんだろう。

 喋る言葉が無理ならネット上に流れるメッセージならどうか。僕も最初、そう思った。文章なら正しく読み取ってくれるのではないかと。

 げんに僕の言語機能に異常は見られない。病院のデイルームに置いてある新聞や女性雑誌の記事、妻が買ってきてくれた『日経サイエンス』(僕は毎号読んでいる)の専門的なニュース記事なんかにしても、読み取るのに何の苦労もいらなかった。発音できないだけで。

 妻に頼んで愛用のポメラ(キングジムの小型文章作成機械)を持ってきてもらった。いつも持ち歩き、喫茶店などで小説の下書きをするのに重宝しているマシンだ。さあ、これで言葉など喋らなくても関係ない。自由に大勢の人と話ができるぞ……。

 などと考えていたら甘かった。

 僕はポメラを自由に使いこなせると思いこんでいた。病気になる前はあんなに自由に使っていたじゃないか。何も変わりがあるはずはないと。

 違っていた。大違いだった。

 僕はポメラのキー配列を完全に忘れ去っていた。

「配列を」「忘れ去った」という言葉すら打てないのだ。

  記憶喪失というのとは違う。僕はたとえば現住所は知っている。リハビリの人に「ヒントは、吹く……」と言われたら、「あっ、吹田市」と即座に答えられる。だから「吹田市」という地名を忘れたわけではない。だがノーヒントで「住所は」と訊ねられると答えられない。何て言ったっけ。喉元まで出てるのにと。

(今も思い出すまで一時間近くかかった)

 脳の中の「住所」のファイルは無事なのだが、それにアクセスできないのだ。おそらく「吹田市」という単語は、普段、使ってはいるが発音はしていないので、文字としては認識してはいない。文字として認識していない言葉は、読めはするが書けないのだ。

  住所だけではない。他にも知っているはずなのにアクセスできない情報は無数にあった。

 たとえば僕は何年も前からから「アシオス」という会の熱心な会員である。超常現象を科学的かつ懐疑的なスタンスで研究している団体で、これまでに大震災に関する未来予知、超能力、UFO、未知動物などについての著書にかんする本をたくさん出している。(あいにく本物の現象はまだひとつもない)

 その僕がなぜか「アシオス」という名称をど忘れしてしまった。

「何だっけ。確か名前の中にCとBという字が入ってるんだよなあ……」

 と考え込んでしまう。

(ASIOSのスペルにはCもBも含まれていなかった)

ということですから、物書き稼業としてはまさに致命的でしょう。今後どれくらい回復するのか、かつてと同じくらいかそれ以上の執筆ができるのか、心もとないところがありますが、脳梗塞というのは大変な病気だなと改めて思います。Wikipediaにも、

日本における患者数は約150万人で、毎年約50万人が発症するとされ、日本人の死亡原因の中で高い順位にある高頻度な疾患である。また、後遺症を残して介護が必要となることが多く、寝たきりの原因の約3割、患者の治療費は日本の年間医療費の1割を占めており、福祉の面でも大きな課題を伴う疾患である。

とあるくらいです。田中角栄氏もこれで倒れて事実上政治的な力を失いましたし、首相在任時に脳梗塞で倒れた小渕恵三氏は、Wikipediaによれば

>2000年(平成12年)4月2日に脳梗塞を発症した。実はこの前日、連立与党を組んでいた自由党との連立が決裂しており、4月2日午後、政権運営がより困難になったと思われるこの緊急事態について記者から質問されると小渕はしばし答弁できず、無言状態から言葉を出すのに10秒前後の不自然な間が生じていた。これは一過性脳虚血発作という一過性の脳梗塞の症状と考えられており、梗塞から回復したときに言葉を出すことができたとされる。

元々小渕には心臓病の持病があり、それに加えて首相の激務が脳梗塞を引き起こしたと考えられている。通常執務終了後、総理大臣公邸に戻ってもおびただしい数の書類、書籍、新聞の切り抜きに目を通し、徹夜でビデオの録画を見るのが普通で、一般国民にまでかける数々のブッチホンを始め、休日返上で様々な場所に露出するスタイルや、外相時代から引き続いて外遊を多くこなしたことも健康悪化に拍車をかけた。介護保険施行日の4月1日に小渕と介護施設で開かれたセレモニーに出席した厚生大臣丹羽雄哉に「最近、言葉が出てこないことがあるんだよ」と言ったと言う。

とのこと。大島渚氏も、やはり脳梗塞に倒れてからは、大変な苦労をしていました。

そう考えると、山本も大変でしょうが、そして安易に私が「がんばってください」というのもどうかですが、やはりぜひリハビリに励んでほしいと思います。彼の、疑似科学への突っ込みは好きなので。

鋭い切れ味の、山本の文章を再び読める日を期待して、この記事を終えます。

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要らなくなったらポイの典型(那覇市長選挙)

2018-10-23 00:00:00 | 社会時評

那覇市長選挙は、現職圧勝でしたね。NHKの報道より。

>那覇市長選 現職の城間氏 2回目の当選

2018年10月22日 11時52分

任期満了に伴う那覇市長選挙は21日に投票が行われ、沖縄県の玉城知事や野党が支援した現職の城間幹子氏が、自民・公明両党などが推薦した新人を抑え、2回目の当選を果たしました。

那覇市長選挙の結果です。

▽城間幹子(無所属・現)当選、7万9677票
▽翁長政俊(無所属・新)4万2446票

野党が支援した現職の城間氏が、自民・公明両党などが推薦した新人で元沖縄県議会議員の翁長氏を破り、2回目の当選を果たしました。

城間氏は67歳。ことし8月に死去した翁長前知事が那覇市長の当時に教育長や副市長を務め、前回・4年前の市長選挙に後継として立候補し、初当選しました。

城間氏は、先月の沖縄県知事選挙で当選した玉城知事の全面的な支援を受け、県と連携して子育て支援策を充実させることなどを訴え、2回目の当選を果たしました。

城間氏は「翁長前知事の遺志を継いでいることなども評価されたと思う。市民一人一人に政策が届くような優しい市政運営をしていきたい」と述べました。

城間氏を支援した玉城知事の県政運営に弾みがつくことが予想される一方、知事選挙に続き、支援した候補が敗れた自民・公明両党には、厳しい結果となりました。

投票率は48.19%で、知事選挙と同じ日に行われた前回・4年前の選挙と比べて17ポイント余り低くなりました。

菅官房長官「辺野古移設 考えに変わりない」
菅官房長官は午前の記者会見で「地方公共団体の首長選挙について、政府としてコメントすることは控えたい。自治体の選挙はさまざまな政策で候補者の主張が行われるもので、結果を受け止めることが大事だ」と述べました。

そのうえで、記者団が「普天間基地の移設計画を推進する方針に変わりはないか」と質問したのに対し、「危険な状況を放置することはできず、固定化も避けなければならない。抑止力の問題もあり、辺野古への移設が唯一の解決策という考え方に変わりはなく、地元の皆さんにできるだけ丁寧に粘り強く説明しながら実現していきたい」と述べました。

ダブルスコア近い完勝ですね。投票率は50%を切っていますが、それにしても政権与党推薦候補の負けっぷりがすさまじいですね。ちなみに、前回の選挙では、当選した現職が101,052票、もう1人の候補が57,768票でした。現職も21,000票ほど減らしていますが、政権与党系の候補が15,000票減らしているのですから、これはどうしようもありません。前回は、63.6ポイント対36.4ポイントの差でしたが、今回は65.2ポイント対34.8ポイント(以上下2桁目を四捨五入)ですから、差が開いています。現職がかなり強いということ、および現職が一番強い選挙とされる再選時の選挙、3週間前の知事選で同じ系統の候補が圧勝したことを鑑みても、相当な差です。

それで今回の選挙は、どうも与党も途中で選挙を投げた感がありますね。こちらの記事によると、

> 10月1日、創価学会の東京や関西などの方面本部が下部組織に通達を出した-

 「徹底していただく予定だった那覇市の取り組みについては、F報告も含めて、一切取り消し(何も打ち出さなくて良い)となります」

 『那覇市の取り組み』とは那覇市長選挙のことで、那覇市の学会員をレンタカーに乗せて連れ出し、自民党候補の名前を書かせることだ。『F報告』とは、学会員が非学会員の友人(Friends)に自公候補への投票を依頼、確保することである。

 通達の内容を要約すると「(自民党候補の)選挙運動のために那覇に行く必要はない」ということだ。

とのこと。それじゃあ逆立ちしたって現職に勝てるわけがない。同じ筆者の別の記事には、公明党幹部が選挙カーに乗って演説している際の写真を掲載していますが、

>きょう17日、自公維が推すオナガ政俊候補の応援に公明党沖縄方面本部長の遠山清彦幹事長代理が入った。公明党大幹部の一人である。遠山本部長は那覇市内の4ヵ所で街頭演説をした。「小禄のイオン前」「(国際通りと交わる)むつみ橋交差点」「水道局前」「安謝交差点」の4ヵ所である。

 田中は4ヵ所とも現場にベッタリ張り付いて取材した。4ヵ所とも聴衆はゼロ人だった。足を止める人もいない。公明党大幹部が訪れ、演説しているのにもかかわらずだ。

とありまして、写真を拝見しますと、たしかにまともな聴衆はいません。見放されたってことですかねと考えていたら、昨日発表された記事を。

 >「こうも簡単に見捨てるのか」 政府与党、劣勢で配慮一転 那覇市長選敗北

2018年10月22日 09:34
 沖縄県知事選、豊見城市長選に続き那覇市長選でも敗北し、3連敗を喫した自民党。知事選では菅義偉官房長官ら閣僚や重鎮議員を大量に送り込み、国政並みの選挙戦を展開した政府・与党だが、那覇市長選では翁長政俊氏「劣勢」を見越し、選挙戦に配慮する姿勢を示さなかった。

 選挙終盤の17日、政府は名護市辺野古の埋め立て承認撤回への対抗措置を打ち出した。政府はこれまで、投票結果への影響を避けるため選挙中は新基地建設工事を中断することが常とうの手法だった。

 今回も、対抗措置は那覇市長選後との見方が強かった。17日の発表を聞いた県連関係者は「厳しい情勢調査の結果を見て、もう、選挙に配慮する必要はないと判断したのだろう」と指摘。「これまで政府とのパイプ役を担ってきた翁長氏をこうも簡単に見捨てるのか」と憤った。

 さらに、陣営内には知事選から続く、連日の選挙疲れもあった。自民、公明、維新の3党態勢で臨んだが、「人海戦術が持ち味の創価学会員の姿が見えなかった」(県連関係者)という。翁長氏選対関係者は「勝てないと思ったら、みんな手を引く。これが現実だ」とため息をついた。

私はこの翁長氏という人物に(前沖縄県知事と同じ苗字でしかも沖縄独特の名前だから、ちょっと混乱します)いかなる義理も何ももちろんありませんし、那覇市民だったらたぶん現職に投票しますが(苦笑)、さすがにものがなしいですね。来年の参議院選挙もあるし、自民党は大きなパイプを失ったとなると、今後の戦略はどうするのかという疑問は生じます。それで落選したご当人はというと、こういうことになるわけです。まるっきりお通夜状態じゃないですか。

>翁長政俊氏が引退を表明

2018年10月22日 01:35

 21日の那覇市長選で落選した翁長政俊氏は同日夜、記者団に対し「一般人として、これからも政治には関わっていこうと思っているが、私が次の選挙に出ることは多分ないと思う」と述べ、政界から引退する考えを表明した。

 翁長氏は1985年に那覇市議に初当選し、市議2期、県議5期を務めた。自民党県連の会長や幹事長などを歴任するなど沖縄保守政治家の重鎮として知事選や国政選挙など県内の多くの選挙を仕切ってきた。政策通としても定評がある。今後も政治に関わると述べていることから、県連の相談役に就くとみられる。

・・・(苦笑)。どうもなあですよね。この人だってまだ政治家引退には本来早いでしょうに。

沖縄の自民党の幹部なので立候補せざるを得なくなったのか、そういう細かい事情は知りませんが、せめて対抗措置を市長選後にするくらいの配慮はあったっていいじゃないのというところですが、そんな配慮は何の必要もないということでしょう。世の中そんなものだとは思いますが、あんまりこういう世界も入りたくありませんね。たぶん安倍晋三なども、最終的にはそうなるんでしょう。なお写真は、それぞれ引用した記事のものです。

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地域ミスコンも、将来性はあまりないと思う(特に地方発は)

2018-10-22 00:00:00 | Weblog

ミスコン絡みの記事は、通常「美女探求」のカテゴリーですが、今日は「Weblog」で。なおWeblogというのは、gooのブログにデフォルトでついているカテゴリーですが、拙ブログでは「その他」くらいの意味合いの記事をこのカテゴリーに入れています。ただ発表後にカテゴリー変更が多いのもこのカテゴリーです。

先日読んだ記事より。また上の写真は、記事にあったものです。昨年のコンテストの様子とのこと。

 >まさかの応募ゼロ、きもの親善大使の選出

 滋賀県長浜市で28日開催予定の「長浜きもの親善大使」選出大会について、大会事務局を担当する長浜商工会議所は16日、応募者がなく今年は中止を決めたと発表した。

 和装振興を目的に県呉服小売商連合会が1998年から催行。在勤・在学を含む県内の女性を対象に募集してきたが、初回の45人をピークに、近年は20人前後に低迷、昨年は9人に減少していた。

 同商議所の桐山輝雄事務局長(68)は「中止は残念。着物文化を見直す機会として、来年以降に向けアピールしていく」と話した。

 同大使の任期は1年で、催しなどに着物姿で参加してアピールするが、中止に伴い、現在の3人がもう1年務めるという。

昨年9人応募で、今年はゼロですか(苦笑)。一応来年もやる予定ということのようですが、どうなるか。継続なら、募集にそれなりに力を入れる必要があるでしょう。

で、私が今年になってお熱をあげている「ミスはこだて」も、状況はけっこう厳しいみたいですね。今年度(2018年4月~2019年3月)のミスの決定を報じた地元紙によると

>今年は9人の応募があり

とのことで、偶然ながら、今年中止になったコンテストの昨年の応募人数と同じで、かなり少ない数になっています。2016年は8人、2017年も9人(ただし当日1人辞退)とのこと。そしてこの数も、相当無理して確保している可能性があります。昨年度(2017年4月~2018年3月)に第38代ミスはこだてを務めた加藤千明さんという方は、ブログでの最後の記事で、感謝を申し上げるとして、

>コンテストを受けるか迷っていた私に叱咤激励してくださった
第36代ミスはこだての山原さん

と書いています。以下私の勝手な推測ですが、たぶん候補者がいないので人数をかき集めるのに、元ミスの女性が、知人その他でそれなりの容姿の女性たちに声をかけまくったり説得を依頼したということでしょう。かなり無理をして集めているのだと思います。もちろん「山原さん」だけでなく、いろいろな人たちが、つてやなにやらをたどって、なんとかコンテストを成立させているということだと思います。もっともそのわりには、ミスはこだてというのは私の見たところ、毎年レベルの高い女性を確保しています。今年の2人については、「田中さん」のほうは母親が応募したとのことなのでまた違うかもですが、「世永さん」のほうは、私の勝手な推測では、たぶん人間関係とかのからみで応募に至った可能性があるかなという気がします。どうでもいい話ですが、たぶん加藤さんも、毎年いろいろな女性に声をかけるんでしょうね、これから。

さてここで、函館市による興味深い文書があります。「市民の声」というものへの回答です。

>2015年3月10日
ミスはこだてについて

受付月日
平成27年2月17日

ご意見等要旨
ミスはこだての応募者が少ない中、需要と状況を考え、ミスはこだてを廃止するということは考えているか。

市の回答
ミスはこだては観光諸行事や物産展等に参加し、本市の観光および地域振興に資するために設置され、本市の広報・宣伝活動を行っております。さらに、ミスはこだてとして選出されてから任期開始までの間に接遇等の研修を受けており、質の高いPRを行っております。

ご意見のとおり、応募者の減少についてはミスはこだての活動の場が市外で行われる観光PRや物産展等がほとんどであるため、市民がミスはこだての活動を知る機会が少ないことなどが、応募者の減少などにも繋がっているのではないかと考えております。応募者増加の対策としては、現役のミスはこだてが自身の活動の様子をブログで発信しているほか、次のミスはこだてコンテストの際にはメディアを通じて実際の活動内容や経験談を語り、応募者の呼びかけなどを行っております。

ミスはこだての昨年度の活動実績は、派遣件数71件、実質活動日数は150日を超えますがそのほとんどの活動は主催者からの出演依頼によるものであり、平成28年3月には北海道新幹線開業も控えていることから、ますます函館市をPRする場が増え、ミスはこだての必要性は高まっていくと考えております。

よって、今後も函館の親善大使として、本市の観光および地域振興に資するような広報・宣伝活動を行ってまいりたいと考えております。

3年半前のものですが、実情はそんなに変わらないか、あるいは悪化しているのでしょうね。少子化が進み、また時代背景が変わったので、なかなか地域の観光親善大使のたぐいに若い女性が魅力を感じるというのは厳しそうです。今のところ、かなり函館市はやる気があるようなので(といっても3年半前のものですが)、来年廃止ということはなさそうですが。

いずれにせよ人口の母数の多い自治体とかならまだしも、政令指定都市でない一般の市のレベルですと、応募者確保にどこも大変だと思います。函館市はやる気がありそうですが、他はどうか。

対策としては、市町村合併ではありませんが、広域で募集をかけるとかの方法が考えられますが、でもだいたい近場の自治体って仲が悪いしね(苦笑)。同じような規模の自治体は先方はライバルであり、このようなことでは共同しかねるという立場だし、規模が違うと飲み込まれるのでいやだということもあります。このあたりは各自治体のやる気次第ではあります。だいたい行政は直接関与していないのでしょうが、上の滋賀のコンテストだって、一応全県が対象だしね。ちなみに函館市の2018年現在の人口は、Wikipediaによると26万人です。1980年には、345,000人の人口があったとのこと。

いずれにせよ、私の見たところ、こういう地域ミスコン、とくに地方の自治体等が主宰するものは、かなり将来は厳しいでしょうね。函館市のように行政がわりと熱心なところはまだいいかもですが、そうでもないところは存続はかなり危うそうです。ただミスはこだてのように、応募者が少ないわりには毎年レベルの高い女性を探してくるところもあるので、そのあたりは若干の希望はありそうです。

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