ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

北京・天津紀行(2014年12月~2015年1月)(26)

2019-11-13 00:00:00 | 旅(中国本土ー広州・深圳以外)

適当に歩きますが、あまりのだだっ広さに絶句します。清朝は、これを再建したためにだいぶ経済的に傾いたそうですが、たしかに「民主主義国家」ではありえないものです。

 

なかなか味があります。

何かを売っていました。女の子が夢中(?)になっているのだから、あるいはアクセサリー類ですかね。

 

このようなところで楽器を演奏するというのも、中国でもあるようですね。

ひたすら歩きます。

美女は、当然撮影します。

日本語でも説明がありました。

すごいでしょ、って私が自慢してもしょうがないですが、こういうものも、まさに「皇帝」なんていうものでないと作れなさそうです。

白人美女も当然写真を撮ります。

こういう緑と赤のコラボ(当方若干色弱なので、実は赤と緑がいっしょだと少し苦手なところがあります。もちろんこの写真くらいなら平気です)は、朝鮮の建築物にもよくみられます。やっぱりあれは、中国の影響なんですかね。

さらに観光を続けます。

(つづく)

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2020年秋以降あるいは21年にiPhoneの5G対応機種を購入したい(SIMフリースマートフォンあるいはタブレットの購入も必要だ)

2019-11-12 00:00:00 | PC・通信・IT関係

私は、2012年にガラパゴス携帯からスマートフォンに移行しました。移行した理由は、単にガラパゴス携帯が故障したからです。それも機能ではなく充電用のジャックが酷使ですりへってだめになりました。周する気もしなかったので、とりあえずスマートフォンに移行しようとあまり物事を考えずに決めました。この時故障していなければ、たぶんもうしばらくガラパゴスを使っていたと思います。

購入する前にiPhoneかアンドロイドのどちらにしようかと考えて、別にどっちでもよかったのですが、iPhoneのほうが操作が簡単であるという話を何かの本で読んだので、そらなら簡単なほうがいいかなとこれまたあまり考えずに決めました。このあたりは好みの問題ですのでどちらだっていいのですが、結果論としてはこの時私は、一生Appleさんの奴隷になる運命を決定づけられたように感じます。いやもちろんiPhone→アンドロイド(あるいはその反対)にしたっていいのですが。

最初に買ったのはiPhone4Sで、これは紛失してしまいました。1度京浜東北線で紛失しまして、この時は幸い見つかりましたが、2度目はだめでした。紛失した件については、前に記事を書いたことがります。

さすが日本、といっていいかもの経験

仕方ないので2015年春、新しい機種を買いました。これがiPhone6です。これは、買った直後に地面に落としてしまって表面のガラスを割るという痛恨の失敗をしてしまいました。この時は、あまりに悔しいので、ガラスにひびが入ったまましばらく(相当長期間)利用し続けましたが、2度目に落としてさらにひびが入ったことと、さすがにガラスで手を切っても馬鹿らしい(けがをしたわけではありませんが)のでようやくガラスを好感しました。この時は、携帯のバックアップの重要さを痛感しました。いや、この時は、そんなに致命的な事態はありませんでしたが。ひびが入ったことについては、こちらの記事で少し触れました。

ツイッター風随想(私は、ツイッターはやっていない)

その後は普通に使っていて特に問題はありませんでしたが、2017年12月、とつぜんバッテリーの消費が異常に早くなり、画面に黒線が入ったりとまったく使い物にならなくなりました。買い替えようと思い自宅近辺のauの営業所に行き話をしたところ、Appleの商品にはそのようなことがよくあると営業所の人は語りました。彼の表情は、「苦笑」とでもいうものでした。同じような相談をする人が多いのだなと感じました。この件も、以前に記事を書いています。

iPhoneが壊れたので買いかえた(今日から毎日更新)

それでこの時購入したのが現在使っているiPhone8なのですが、私が契約している携帯キャリアであるauに、私が持っているiPhone6を下取りしてもらいました。私は車を持っていないので、商品の購入の際に下取りということをしてもらうのは、人生初めでした。私のiPhoneはおそらくスクラップになったのではないかと思いますが、世の中 中古品というものがそれなりに市場に出回り購入する人も一定数いる商品というものもあります。車、本、カメラ(およびその付属品)といったものがその代表でしょうが、スマートフォンやタブレットなども、中古品が流通しているものでもあります。

遺憾ながらこのiPhone8も地面に落とした後画面が真っ黒になりまた安くもない金を払って修理してもらったりしましたが、購入後2年近くなった現在、いちおう問題なく動いてはいます。前に使用していたiPhone6が1年半強で使えなくなったときは「故障するの早いじゃん」と大変気を悪くしたのですが、買い替えた際は、なんとか2020年までは使用したいなと考えていました。具体的には、東京オリンピック後にあると予想される iPhone新製品発表以降(例年秋)に購入したいなと考えていました。もっとも上にも書いたように、新品にこだわらないという選択肢もあります。

そんなことを考えていたら、先日こんなニュースを読みました。 

 >2020年iPhoneのロジックボードは大きくなってコスト上昇?5G対応のためとのアナリスト予測

Kiyoshi Tane

2019年11月4日, 午後02:05 in 5G

2020年のiPhoneには3モデルとも最新鋭5Gモデム採用との噂が報じられていましたが、それを搭載するロジックボードは面積が大きくなり、製造コストも上昇するとの予測が伝えられています。

(後略)

2020年に発売されるiPhoneが5G対応になるというのはほぼ確実なようですが(いろいろなサイトが報じています)、そうなるとちょうど買い替えにもいい時期なのかもしれません。

でもけっきょくスマートフォンというのは、数年サイクルで機種の買い替えですね。車などなら使い倒すことも可能ですが、スマートフォンというのは、基本的に買い替えを当然の前提としているところがあり、長きにわたって使い続けるのも容易ではありません。使ってもいいですが、壊れやすい。スマートフォンは使ってこそ価値のあるものですから、そうなると酷使することになって消耗も激しくなります。

実は私は、大の携帯嫌いだったのです。だから私の携帯の番号は、「080・・・」です。私くらいの年齢(別に何歳かなんて書かないけどさ)なら、最初に携帯を購入した際の番号は「030・・・」あるいは「090・・・」が多いかと思いますが、嫌いなので長きにわたって携帯電話を持ちませんでした。が、やっぱり最終的には持つに至ってしまいました。私は、TDRに行ったことがないとか、そういう何の自慢にもならないことを自慢するような人間ですから、携帯を持っていないこともかつては自慢していたのですが、いまにしてみると、やはり私が携帯を購入したころが、「携帯を持たない」なんてことが通用しえた最後の時期だったかと思います。なおTDRは、現在も行っていません。

ところで私は、海外でネットを利用する際は、WiFiルーターをレンタルしてそれでつなげているのですが、海外渡航もひんぱんですし、また特に複数の国を渡航する際はルーターだけでもかさばってしまうので、これはそろそろSIMフリーのスマートフォンを購入すべき時期かなと考えています。もちろんSIMフリータブレットを購入してもいいわけです。日本では、MVNOのSIMカードをさして、それを利用すれば安くて済みます。どっちみちタブレットを買ったら、docomo、ソフトバンク、auなどのようなメジャーキャリアと契約するつもりは私はありません。

SIMフリーのスマートフォンあるいはタブレットがあれば、渡航先の携帯電話事業者が提供してくれるプランから自分に都合のいいもの(日数、データ量、価格などがポイントです)を選んで契約すればいいのだから、こちらのほうが面倒はありません。最初は敷居が高いでしょうが、慣れれば何でもなくなるでしょう。また日本でも海外のSIMカード購入が可能になっていますので、それを購入してもいいわけです。

どっちみち長期で海外へ渡航する場合、日本の業者からレンタルWiFiルーターを持っていくという選択肢はありませんから、空港、港、あるいは国境の近場の携帯電話ショップでSIMカードを購入してそれを活用するということになります。それでもし第二のスマートフォンを購入するとなれば、さすがにSIMフリーのスマートフォンでiPhoneを購入する気はないので、アンドロイドの機種を購入することになりますかね。ファーウェイあたり?

そうこう考えてみると、私もずいぶん長く海外を旅していますが、昔とくらべていちばん「変わったな」と思うのが、やはりネット関係ですね。かつてはどっかのネットカフェみたいなところやホテルの端末でネットをしてお茶を濁していましたが、いつのまにかWiFiで自分のスマートフォンにつなぐのが当然になり、さらにレンタルルーターの利用が主になりました。そんなに遠い将来でなくたぶんSIMフリー端末を持つようになるわけで、このあたりの進化は、とくにそっちの方面に詳しいわけでもない いち旅行者であってもやはり無縁ではいられないというところです。ほんと、かつては電話や営業所に直接おもむいて航空券を手配したり購入したものですが、現在はほんとネットでの購入ばかりになってしまいました。それだけ時代が変わったのだなと痛感させられます。

そういうわけで、またSIMフリー端末を購入した際は記事を書きますので乞うご期待。

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そんな右翼集会に呼ばれて感謝するより、安倍晋三に早く拉致被害者を何とかしてくれと強く申し入れるべきだ(11月9日発表)

2019-11-11 00:00:00 | 北朝鮮・拉致問題

いつものことですが、これも「どうもなあ」の記事です。

>拉致被害者家族が国民祭典出席へ いたわりに感謝

2019.11.6 14:35国際朝鮮半島

 天皇陛下のご即位を祝う9日の「国民祭典」に、北朝鮮による拉致被害者の家族が出席することが6日、分かった。皇室からはこれまでに家族を気遣うお言葉があり、横田めぐみさん(55)=拉致当時(13)=の弟の拓也さん(51)は、「数多くのいたわりを頂いてきた。同じ場にいることで、感謝の気持ちをお示ししたい」としている。

 国民祭典は、超党派の議員連盟や、財界などでつくる「天皇陛下御即位奉祝委員会」などが主催。天皇、皇后両陛下もお出ましになることが決まっている。委員会側は皇室とゆかりが深い団体などを祭典に招待しており、拉致被害者家族らを支援する「救う会」に出席を打診。同会が家族に声がけした。

 祭典は2部構成で、関係者によると、家族は夕方からの第2部「祝賀式典」に出席予定。拓也さんや、田口八重子さん(64)=同(22)=の長男、飯塚耕一郎さん(42)ら約10人の出席が見込まれている。

 拉致をめぐっては、上皇后さまが昨年10月に84歳の誕生日を迎えた際、文書で「平成の時代の終焉と共に急に私どもの脳裏から離れてしまうというものではありません」と、変わらぬ思いを述べられている。

 今回の祭典で、両陛下と家族との直接的な交流の場面はないとみられるが、拓也さんは「拉致が進展せずに折れそうになる心に、勇気を頂いてきた。今の両陛下も同じく、われわれ国民に寄り添う目線を引き継いでいらっしゃると思うので、同じ空間に立つことで謝意をお示ししたい」と話した。

もちろん横田拓也氏も、建前としての発言をせざるを得ない立場にはあるわけで、そういう事情を考えないわけではありませんが、それにしてもです。そんな集会に呼ばれて参加することなんて、拉致被害者帰国に何もつながらないじゃないですか。

 以下はたぶんということで私の憶測でしかありませんが、おそらく拉致被害者家族がいまだに安倍晋三を(絶対的に)支持している理由の一つが、こういうたぐいのことに便宜を図ってくれるということなんでしょうね(苦笑)。他の首相ならそういうことはしてくれないと。あるいはそうなのかもですが、それ拉致問題解決になんの関係もありません。まもなく安倍は首相在任が8年になりますが、文字通り拉致問題なんてなにもしていないじゃないですか。第二次安倍政権になった当初は、安倍もあるていどの動きはあったかと思いますが、現在は、米国が北朝鮮にさほど強硬政策をとっておらず、といって日本では、自分を支持する巣食う会や家族会にいい顔をしたいから北朝鮮に融和政策を取っているわけでもなく、つまりは君子(安倍は君子じゃないけどね)危うきに近寄らずの精神で逃げているだけじゃないですか。そういうふうに何にもしない野郎を家族会はいまだ少なくとも建前では絶対支持の姿勢を崩していないわけで、世の中こんな馬鹿な話はほかにないでしょう(笑)。

現在天皇は、政治的な実権があるわけではなく、拉致被害者を日本に戻すいかなることもできません。当たり前の話です。そんなことをしている暇があったら、安倍晋三に、「早く拉致被害者を日本にもどしてくれ」といったらいいんじゃないんですかね。建前ではいっているのかもですが、実質が全然ないですよね。安倍以外の首相なら、罵倒しているんじゃないか。で、いまさら安倍が、この人たちが期待している(らしい)北朝鮮の現政権撃滅なんかしてくれるわけもない。

私が何回も指摘しているように、北朝鮮が日本に拉致被害者日本人を返した背景には、日本側がその後の国交樹立、経済援助を約束したことがありました。それで荒木和博などは、つい最近も

>現状の金正恩政権には圧力を強めること以外に拉致問題を進展させる方法はありえない。私たちは日本独自の圧力をバックに1人からでも拉致被害者の救出を実現するよう政府に求め、また私たち自身が救出のための活動を行う。

主張しますが、そんな主張を裏付けるいかなる証言も文書もなにも私は知りません。単にアンチ北朝鮮の人物が、無責任にほざいているだけです。まったくどうしようもない連中です。

米国のキューバへの対応から、日本の北朝鮮への対応を考えてみる

それで横田拓也氏自身も、以前にご紹介したように、

しかしながら、日本の立場は一貫しており全拉致被害者の即時一括帰国が果たさ
れない限り経済支援をする事はありません。

部分的な解決や段階的な解決では納得しません。

拉致被害者達を帰国させず、双方の国に事件究明の為と称する連絡事務所の設置
や調査委員会の立ち上げと言う「聞こえの良い隠蔽工作」には絶対反対する立場
を私達は貫きます。

といった態度に終始しています。そういう非現実的な話をしてもしょうがないでしょうに。けっきょくアンチ北朝鮮の道具になっているだけです。

そもそもこの行事はあくまで民間主催のものだし、その実行委員たちを見ても「顧問」に

>三好 達
元最高裁判所長官

「代表世話人」に

>櫻井 よしこ
ジャーナリスト

田久保 忠衛
杏林大学名誉教授


田中 恆清
神社本庁総長

なんていうまるっきりの右翼の連中の名前が目に付きます。三好とか田久保は日本会議のトップだったりした連中です。こんな右翼は、フロントでは名前を出さないくらいの常識があってしかるべきですが、そんな程度の配慮もないわけで、天皇もこんなものに引っ張り出されて正直気の毒ではあります。まあさすがに三好、櫻井、田久保は、「日本会議」とか「国家基本問題研究所」とかいう右翼組織の名前をフロントでは出していませんが。ともかくこんなものに呼ばれたからといって、自慢するようなものではまったくない。当たり前ですが。

だいたい感謝するにしたって、拉致問題について拉致被害者家族が感謝すべきは小泉純一郎氏や金大中氏、林東源氏、田中均氏らであって、天皇なんかに感謝するより彼らに自分たちの非を詫びることが先決です。それで連中は、安倍とか荒木とか西岡力のようなクズ連中といまだ深い関係にある。この人たちが会から追い出した蓮池透氏と現家族会のメンバーのどちらが拉致被害者のことを考えているのか、もう少し真面目に向き合えです。安倍や荒木、西岡その他の役立たずのクズに、いつまで依存していれば気が済むのか。まったくどうしようもない。現在首相の安倍はともかく、荒木や西岡なんて、拉致被害者家族が縁を切ればそれで力はなくなりますが、しかし切ることができない。昔の義理だか何だか知りませんが、安倍もふくめて連中は徹頭徹尾拉致被害者家族を利用することしか念頭にない。そういうことは認めたくないのでしょうが、こんな低次元のことで懐柔されているようではまったくもってどうしようもないというものです。

なおこの記事は、11日の日付ですが、早めに発表したいので9日の21時20分ごろの発表とします。

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アニセー・アルヴィナについての情報(今日が彼女の亡くなった日、ただし違う日の可能性もある)(11月9日発表)

2019-11-10 00:00:00 | アニセー・アルヴィナ

今日11月10日は、私の好きなフランス人女優アニセー・アルヴィナが2006年に亡くなった日です(ただし11日に亡くなったという資料もあります)。私がこのブログを継続しているのは、彼女のことを書きたいからです。他のあらゆる記事は、彼女の記事を読んでいただきたいために書いているのです。

しかし残念ながら、彼女について例年あまりいい情報がありません。これはそろそろ、私のアニセーコレクションを発表するべき時期に来たかなという気もしますが、今回は彼女の出演した映画のDVDについてお知らせします。

昨年、ヌーヴォー・ロマンの旗手アラン・ロブ=グリエ監督作の『快楽の漸進的横滑り』が日本で公開されました。私はそれ以前に、某所で公開されたこの映画を観たことがあるのですが、それは字幕なしというきわめてよろしくない条件でしたが、この映画がきれいなデジタル上映で鑑賞できたのは、わが人生においてもそうはない喜びでした。

それでこの映画が、DVDとして発売されています。今年の9月末の発売です。

快楽の漸進的横滑り [DVD]

もちろん後姿の女性は、アニセーです。彼女のヌードを見られるのは、もちろん異性愛者の男性としてはうれしいのですが、でもやっぱり彼女世界的には「脱ぎっぷりのいい女性」というイメージが定着しちゃいましたね…。


またボックスセットとして、ブルーレイにて発売もされています。

アラン・ロブ=グリエ Blu-ray BOX II(限定生産)

右の水色の服を着ているのがアニセーです。念のため。

彼女は、ロブ=グリエの映画に2本出演していまして、あと1本『危険な戯れ』をいう映画は、日本でも公開される予定だったようですが(だから、『危険な戯れ』という題名がつけられていました)、内容からして興行的に期待できないという判断になったようで、遺憾ながら公開にいたりませんでした。なおこの映画は、かのシルヴィア・クリステルも、ほぼカメオ出演ですが、顔を出しています。ただソフト化されていますので、観ることはできます。現在かなり安く購入できますので、興味のある方はどうぞ。

危険な戯れ [DVD]

正直言って、私ですら「面白いからぜひ見てください」なんていう気にもなりませんが、情報提供ということで。

でもやっぱり彼女の映画は、これにつきますかね。

フレンズ ポールとミシェル [DVD]

 

現在発売されているのは、下のバージョンのジャケットのものかと思いますが、私個人は上の方が好きですかね。いい写真です。この映画を観て、私は彼女にしびれちゃったのです。彼女を超える女優さんは、私にとっては永遠に出ないなと思っています。

以上の文章でおわかりでしょうが、私はひどいアニセー馬鹿です。私への悪口なんかいくら言われたってかまいませんが、アニセーへの悪口は絶対許しません。それくらい私は、彼女のことを好きなのです。

それでは、何か突発的なことがない限り、来年の1月の彼女の誕生日にまたお会いしましょう。彼女についての何らかの記事を発表します。なおこの記事は、本来なら11月10日に発表すべきものですが、諸事情あり9日21時20分ごろの発表とします。

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北京・天津紀行(2014年12月~2015年1月)(25)

2019-11-09 00:00:00 | 旅(中国本土ー広州・深圳以外)

次は頤和園(いわえん)です。地下鉄4号線北宮門駅からです。円明園駅のすぐ近くです。

てくてく歩きます。

裏門(ていうんですかね)から入ります。

 

このあたりであまりのスケールの大きさに早くも驚きます。

 

カラフルです。

ふうふう歩きます。

体力を使うところです。

すばらしい眺めです。

さらに観光します。

(つづく)

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知らなかったが、『ポセイドン・アドベンチャー』で歌手を演じていたキャロル・リンレイが亡くなっていた

2019-11-07 00:00:00 | 美女探求

知らなかったのですが、映画『ポセイドン・アドベンチャー』で歌手を演じたことで日本では知られている女優キャロル・リンレイ(Carol Lynley)がお亡くなりましたね。9月3日に逝去したとのことです。 IMDbの「バイオグラフィー」によると、心臓疾患のようですね。

それでネットで、彼女の死について書いている記事ほかを検索しましたが、あまり見かけませんね。見つけたのがこちらです。 

>#キャロル・リンレイ が9月3日、天に召されました。

若い頃は、理想のアイドルのように健康的で愛らしい。

「バニーレークは行方不明」でのローレンスオリヴィエやキアデュリアをしたがえての病的な演技は忘れられません。

ご冥福をお祈りいたします。

ほかにもあるかもですが、見つけるにいたっていません。正直今の日本では「過去の人」かもですが、それでも彼女はなかなかの美女でした。そういうわけで彼女の写真をご紹介します。ではまずは、彼女の美しい写真を。

愛娘のジルとの写真。

実は、水着の写真なども撮影していました。もともとモデル出身なので、この種の撮影もお手の物です。ただ163㎝の身長で、やや背が足りなかったかも。

これも同じ系統の写真ですかね。

イメージと違うかもですが、こういう写真も撮っています。

それでは『ポセイドン・アドベンチャー』での彼女の写真をご紹介。英語の訃報記事でも『ポセイドン・アドベンチャー』出演の・・・と彼女を紹介している記事が多いので、やはりこの映画の出演が、彼女のキャリアハイだったのかもしれません。

オレンジ色の服と白のショートパンツの女性が彼女です。以下同じ。

宣伝用スチール写真を3枚。

大晦日で、ライヴ演奏をしているシーンです。

説教を聞いているシーンです。

宣伝用ポスターですかね。

最後に、晩年の彼女の写真を。正直ややご紹介するのが心苦しい部分もありますが、彼女自身で登場しているので、お見せします。

上の2枚は、『ポセイドン・アドベンチャー』関係のイベントにて。2006年。

2011年の彼女です。どうしてこうなりますかね。正直「どうもなあ」です。まだ69歳の時点での写真なんですけどね。ともかくキャロル・リンレイさんのご冥福を祈ってこの記事を終えます。最後の写真は、1959年、彼女が17歳のころの写真です。

Carol Lynley(1942-2019)

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不定期連載・普通自動二輪免許取得記(前説4・オートマチック限定を解除する)

2019-11-06 00:00:00 | 自動二輪免許取得(普通自動二輪編)

ようやく自動車免許を取ったのですが、当時の私の職場は、まだ車がMT車ばかりでしたので、私が運転するわけにはいきませんでした。が、2~3年を経てある程度車にもなれたかなと思ったので、前に通った教習所に再び行きました。当時の事務職員や教官(じゃなくて指導員ですかね)も大勢残っていました。かつては私を厳しく指導した指導員も、ああ、今度は限定解除ですかと私に笑顔で話してくれました。

さてさて、限定解除なるものはどういう教習をするのか私もよく知らなかったのですが、内容は教習所内での教習ですべて済むものでした。つまり二輪免許取得とその点は同じだったわけです。

やはりクラッチを踏むと同時にギア(チェンジレバー)を変えるというのが、なれるまでは大変でした。ただ、これもスーパーカブを運転していて、ギアの変更により発進させて加速して安定させるという概念は理解していたので、それはやはりプラスだったと思います。

それで最大の難関がやはり坂道発進でした。坂道で停車してサイドブレーキをかける。そしてギアをローにして思いっきりふかし、そしてエンジン音の変化を聞き取りながらタイミングをはかってサイドブレーキを解除して発進する。やはり難しいですね(苦笑)。

二輪車の免許取得中、自動車の教習の様子を見ていると、ほんとわずかな坂道でも車がどんどん下がっている。

「なるほどねえ、下手なときはこういうものなのね」

と妙に感心してしまいました。私もおそらく、彼(女)らよりもっと下手だったはずです。坂道発進というのは、それまでに経験したことのないものであることは間違いないわけで、やはり慣れないとほんと苦労するというところです。

それで最後に、いよいよここでみきわめ(私の場合、卒業試験を受けられるかどうか)をもらえるかどうかというところにきて、残念ながら私はもらえませんでした。指導員の人も、「涙をのんで、今回は・・・」と言ったくらいです。それで事務の人が、ではすぐ次の時間に教習を受けろというので、すぐ再教習、今度は無事に卒業試験OKとなりました。

当日、卒業試験に臨みました。試験官は、今回の限定解除では担当はありませんでしたが、前に教習を受けた際には数回担当してくれた人で、正直苦手なタイプでした。

さて試験内容は、仮免の試験と同じですが、マニュアル車ですからやはり坂道発進が難所です。

それで・・・私ミスをしちゃいました。坂道発進の際、ギアをローでなくセカンドに入れたままだったんです(苦笑)。

しかし神は私に味方したのかはわかりませんが、セカンドでも車はやっとこさっとこかもですが、ブオオオオオー!!!と発進してくれました(苦笑)。思わず私「やっちゃったあ!!!」と思いましたが、しかし発進したので、なんとか検定中止という最悪の事態は免れました。

試験終了後、試験官は「緊張しすぎ!!!」と苦笑しながら大声でいいました。が、なんとか無事クリアできました。

しかしいずれにせよ、これで私は、無事AT限定解除となったわけです。しばらくして免許センターへ行きました。限定解除は、単に免許の後ろに、限定解除のスタンプを押してくれただけでした。

いやー、これを押してもらえてすべての普通自動車を運転するためにどれだけ苦労したことかと考えると、ちょっと感慨深いものはありました。一応これで、私の運転免許取得のための苦労は、ひとまず終了したわけです。このあと私が二輪免許取得に具体的に動くまでには、それなりの年月が必要でした。

そういうわけで、いよいよ次回から普通二輪免許取得の話になります。長ったらしい前説におつきあいいただきありがとうございました。

注:この記事および他記事の運転免許取得の話は、あくまで私の経験であり、記憶違いほか勘違いがある可能性があります。また私の免許取得時点の法令と現在との違いや地域特性、教習所による違いもあるかと思いますので、現在、日本全国に当てはまる話かは特に確認していないので不明です。その点ご留意の上お読みいただければ幸いです。これは以後の記事も同じです。

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北京・天津紀行(2014年12月~2015年1月)(24)

2019-11-05 00:00:00 | 旅(中国本土ー広州・深圳以外)

いよいよ円明園見学も佳境です。

観光客も、ここは円明園の見どころですから大勢います。

迷路です。私も歩いてみました。

ひどい破壊の跡です。

まあそれにしても略奪ぶりがすさまじいですね。以下写真をたっぷりお見せします。

 

看板がありました。白でコーディネイトしているんですかね。

円明園をお暇します。後半は、だいぶストレスのたまる見学でした。が、やはりここは読者の皆さまもぜひご覧になってください。

(つづく)

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北京・天津紀行(2014年12月~2015年1月)(23)

2019-11-04 00:00:00 | 旅(中国本土ー広州・深圳以外)

さらに散策します。

上から中国語、英語、日本語、韓国(朝鮮)語ですかね。

食事処があるので、ここで昼食をとることにします。

私以外に客はいませんでしたが、営業はしていました。

けっこうこの肉料理はおいしくいただきました。

店の人たちです。中国人にしてはフレンドリーって言っちゃまずいかな。彼女らと記念写真も撮影しました。

看板にも、さっき言ったレストランがあります。

それで円明園の見もの、アロー戦争で破壊、略奪された廃墟です。

やはりここがメインですので、さらにじっくりと見学します。

 

復元された迷路を歩く観光客たちです。

(つづく)

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RWC決勝は、かなり意外な結果だった(やはり2試合続けて完ぺきな試合をするのは難しい)

2019-11-03 00:00:00 | スポーツ

このブログは、週末、祝日、あるいは旅行ほかで、私がしばらく記事を更新できないときは旅行の記事を発表しているのですが、ラグビーワールドカップ(RWC)決勝の結果が出たので、臨時の更新とします。

RWC決勝は、南アフリカの勝利でしたね。記事を。

>南アフリカ、エディー・イングランド破り3大会ぶり3度目の優勝

11/2(土) 19:54配信スポーツ報知

◆ラグビーW杯 ▽決勝 イングランド12―32南アフリカ(2日・横浜国際総合競技場)

 世界ランク3位の南アフリカが同1位のイングランドを破り、3大会ぶり3度目の優勝を果たした。前半から強力FWでスクラムでの反則を誘発。得たPGをSOポラードが確実に決めて加点した。後半25分にはウィングのマピンピが左中間にトライ。南アフリカにとって3度目の決勝にして記念すべき初トライをマークし、知将エディー・ジョーンズ監督率いるイングランドを振り切った。

 南アフリカは1次リーグ初戦(9月21日)でニュージーランドに13―23で敗れてB組2位通過からの優勝。1次リーグで黒星を喫して大会を制した初のチームになった。またニュージーランド、オーストラリア、アルゼンチンと競う南半球4か国対抗覇者が同年のW杯覇者になるのも初めて。

 9月20日の開幕戦、ロシア―日本で始まり、日本代表の初8強入りで大いに盛りあがった世界三大スポーツイベントの1つは閉幕。次回大会は2023年にフランスで行われる。

個人的には、すごい意外な結果です。今回は、さすがにイングランドが南アフリカに勝つんじゃないかと私は予想していたので。識者などの予想も、イングランド有利の声が大きかったと思います。それでこちらの記事も。

>【ラグビーW杯】イングランド、完敗で2度目のVならず エディーHCは“第二の故郷”日本で無念
11/2(土) 19:56配信THE ANSWER

2003年以来、2度目の優勝には届かず
 ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会は2日、横浜国際総合競技場で決勝が行われ、世界ランク1位のイングランドが同2位の南アフリカと激突。2003年大会以来、2度目の優勝を目指したイングランドは勝負所でのペナルティが重なり、12-32で敗れた。前回大会で日本代表を率いたエディー・ジョーンズ・ヘッドコーチ(HC)にとっても悲願の初Vはならなかった。


 イングランドは「死のC組」といわれた1次リーグで3勝1分け(中止による引き分け扱い)と無敗で1位通過。準々決勝でオーストラリアを、準決勝ではニュージーランドを連破し、世界ランク1位まで上り詰めていたが、決勝では南アフリカの鉄壁の守備を崩しきれなかった。

 勝負所でのペナルティが最後まで響いた。前半8分にノットリリースザボールの反則から、PGでの先制点を許す展開。22分にはCTBファレルのPGで追いついたが、前半だけで4本のPGを決められた。

 前半30分にはラインアウトからボールをキープし、フェーズを重ねて波状攻撃をしかけたが、南アフリカの鉄壁のディフェンスの前にトライが奪えなかった。

 後半も取っては取り返し、懸命に食らいついたが、26分には痛恨のトライで失点。12-25と引き離された。33分にもトライを許し、万事休した。

 ジョーンズHCにとっても、指揮官としての悲願の優勝はならなかった。母は日系米国人、妻は日本人。オーストラリアのタスマニア州バーニー出身だが、指導者としての原点は日本だった。32歳での現役引退後、1996年に東海大監督に就任し、指導者の道を歩み始めた。

 98年からブランビーズの監督を務め、01年にスーパーラグビーを制覇した。同年から母国の代表監督に就任したが、03年W杯決勝は、延長の末にイングランドに17-20で敗れ、優勝カップに届かず。しかし、07年大会は南アフリカのテクニカルアドバイザーとしてチームの世界一を支えた。

 09年から日本のトップリーグ・サントリーでGM、監督を務めると、12年から日本代表を率いた。15年大会1次リーグでは南アフリカから大金星を挙げ、世界中から「スポーツ界最大の番狂わせ」と称賛される結果を残すなど3勝。選手たちから「鬼」と恐れられる厳しい練習で、日本ラグビーに哲学を植え付けた。

 イングランドでも規律を重んじ、緻密に計算されつくした戦術で駆け上がってきた。自国開催だった15年大会、初の予選リーグ敗退で屈辱を味わったラグビーの母国。再建を託され、16年に同国初の外国人指揮官としてチームを決勝まで導いたが、あと一歩届かなかった。

THE ANSWER編集部・角野 敬介 / Keisuke Sumino

ラグビーの場合、実力差がかなり出るので、正直勝敗の予想はかなりつくし、またその精度もかなり正しいわけです。それで今回の決勝は、私のようなラグビー素人だけでなくいわゆる識者もイングランド有利を予想していた人が多かったと思います。J SPORTSで解説をつとめた元サントリー監督(HC)の沢木啓介氏も

イングランド優位「相手動かして蹴る」/沢木敬介

としていました。

しかし勝ち負けはしょうがないとして、さすがに20点差というのは点差がつきすぎです。こんなに差がつく対戦相手ではない。実際僅差の勝負ではないかという意見も多かったと思います。

その点で私が興味深く感じたのは、私はCSのJ SPORTSで観ていたのですが、解説をした沢木氏だったかもう1人の解説者である村上晃一氏(なお氏は、大阪体育大学でラグビー部の副将でしたが、基本的には「ラグビージャーナリスト」です)のどちらがおっしゃったのかわかりませんが(沢木氏だったかな?)、今大会は、完璧な試合の後にあまりいい試合でない場合があるとして、ニュージーランドVアイルランドの準々決勝でニュージーランドが文句なしの試合をした後準決勝でイングランドにたいへんよろしくない内容で負けたのと、どうも結果としてはそれを踏襲したように思います。

実際イングランドは休養日が1日南アフリカより長かったわけで、そのあたりも有利に働くはずですが、どうもキックオフのボールの処理といったところからしてよろしくありませんでした。だいたい対ニュージーランドの試合では、ニュージーランドはPGをける機会すらなかったわけで、今回はペナルティが多く、これでは厳しい試合になってしまいます。

前の記事でも書いたように、私は北半球のチームを応援していたので、イングランドが勝てばいいなと思っていましたが、ちょっと今日はよろしくない試合でした。それでこれ、やっぱりニュージーランドに完勝したことと決勝とが表裏一体だったのだなと思います。イングランドは、おそらく準決勝でニュージーランドに当たると予想して、そしてこれに勝つためにあらゆる準備をしてきました。そしてそれが、きれいにはまってあの歴史的といっていい勝利につながりましたが、どうもやはり肉体的にはともかく精神的なピーキングがこの準決勝に来てしまったのでしょうね。やはり歴史的勝利で精神的に満足してしまった部分が大きかったのではないか。私は、エディー・ジョーンズのことだから、そのあたりの手綱の締め具合も抜かりはないと思っていたのですが、ジョーンズの責任ではないのかもですが、想像以上にイングランドの選手たち状態がよくありませんでした。

やはりイングランド有利か?(RWC決勝は、イングランド対南アフリカに決定)(ニュージーランドが負けると、それだけで話題になる)

それにしてもこういうことを書いてはよくないのかもですが、たぶんオールブラックスに完勝した時点でイングランドの選手は、「よし、これで優勝はもらった」と考えたのではないかと思います。それは人情というやつで、仕方ないといえば仕方ないのでしょうが、しかしどうも世の中そういうものでもないようです。

さて今回の優勝で、南アフリカは、予選プールで敗北して優勝した最初のチームになりました。予選プールで南アフリカに勝ったのはニュージーランドのわけで、それでこれはもちろん実際にどうなったかはわかりませんが、たぶんですが決勝がニュージーランドとの戦いだったら、そうとうニュージーランドのほうが有利ではなかったんじゃありませんかね。最近南アフリカもニュージーランドにはなかなか勝てない。南アフリカとしては、イングランドにニュージーランドを倒してもらたうえ、それで少なくとも南アフリカにとってはニュージーランドよりはイングランドのほうが戦いやすい相手だったのでしょうから、これはこれで、非常に南アフリカにとってはラッキーだったと思います。やはり優勝するためは、幸運をも必要とするのでしょう。1995年の南アフリカ対ニュージーランドのRWC決勝で、同点の後半終了近く、ニュージーランドのアンドリュー・マーテンスが、彼の実力ならぜったい外しっこない位置からのドロップゴールをまったく見当違いの方向に蹴ってしまって外してしまい、これが決まっていたらニュージーランドの優勝はほぼ決まっていたはずで、まさに彼としては人生痛恨のミスというものでしょうが、南アフリカからすればそのような幸運が優勝のために必要だったのでしょう。

そういうわけで私としては応援していたイングランドが負けたので残念ですが、でもここは「ノーサイド」の精神で、南アフリカの優勝をお祝いしたいと思います。南アフリカの優勝おめでとうございます! ラストに、南アフリカ対イタリアの試合で見かけたスプリングボクスの垂れ幕をご紹介。なおこの記事は、早急に発表したかったので、11月2日21:45分ごろの発表ですが、便宜上3日の記事として発表します。またこの記事は、拙ブログがはじめてハッシュタグをつけた記事です。

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