ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

地域ミスコンも、将来性はあまりないと思う(特に地方発は)

2018-10-22 00:00:00 | Weblog

ミスコン絡みの記事は、通常「美女探求」のカテゴリーですが、今日は「Weblog」で。なおWeblogというのは、gooのブログにデフォルトでついているカテゴリーですが、拙ブログでは「その他」くらいの意味合いの記事をこのカテゴリーに入れています。ただ発表後にカテゴリー変更が多いのもこのカテゴリーです。

先日読んだ記事より。また上の写真は、記事にあったものです。昨年のコンテストの様子とのこと。

 >まさかの応募ゼロ、きもの親善大使の選出

 滋賀県長浜市で28日開催予定の「長浜きもの親善大使」選出大会について、大会事務局を担当する長浜商工会議所は16日、応募者がなく今年は中止を決めたと発表した。

 和装振興を目的に県呉服小売商連合会が1998年から催行。在勤・在学を含む県内の女性を対象に募集してきたが、初回の45人をピークに、近年は20人前後に低迷、昨年は9人に減少していた。

 同商議所の桐山輝雄事務局長(68)は「中止は残念。着物文化を見直す機会として、来年以降に向けアピールしていく」と話した。

 同大使の任期は1年で、催しなどに着物姿で参加してアピールするが、中止に伴い、現在の3人がもう1年務めるという。

昨年9人応募で、今年はゼロですか(苦笑)。一応来年もやる予定ということのようですが、どうなるか。継続なら、募集にそれなりに力を入れる必要があるでしょう。

で、私が今年になってお熱をあげている「ミスはこだて」も、状況はけっこう厳しいみたいですね。今年度(2018年4月~2019年3月)のミスの決定を報じた地元紙によると

>今年は9人の応募があり

とのことで、偶然ながら、今年中止になったコンテストの昨年の応募人数と同じで、かなり少ない数になっています。2016年は8人、2017年も9人(ただし当日1人辞退)とのこと。そしてこの数も、相当無理して確保している可能性があります。昨年度(2017年4月~2018年3月)に第38代ミスはこだてを務めた加藤千明さんという方は、ブログでの最後の記事で、感謝を申し上げるとして、

>コンテストを受けるか迷っていた私に叱咤激励してくださった
第36代ミスはこだての山原さん

と書いています。以下私の勝手な推測ですが、たぶん候補者がいないので人数をかき集めるのに、元ミスの女性が、知人その他でそれなりの容姿の女性たちに声をかけまくったり説得を依頼したということでしょう。かなり無理をして集めているのだと思います。もちろん「山原さん」だけでなく、いろいろな人たちが、つてやなにやらをたどって、なんとかコンテストを成立させているということだと思います。もっともそのわりには、ミスはこだてというのは私の見たところ、毎年レベルの高い女性を確保しています。今年の2人については、「田中さん」のほうは母親が応募したとのことなのでまた違うかもですが、「世永さん」のほうは、私の勝手な推測では、たぶん人間関係とかのからみで応募に至った可能性があるかなという気がします。どうでもいい話ですが、たぶん加藤さんも、毎年いろいろな女性に声をかけるんでしょうね、これから。

さてここで、函館市による興味深い文書があります。「市民の声」というものへの回答です。

>2015年3月10日
ミスはこだてについて

受付月日
平成27年2月17日

ご意見等要旨
ミスはこだての応募者が少ない中、需要と状況を考え、ミスはこだてを廃止するということは考えているか。

市の回答
ミスはこだては観光諸行事や物産展等に参加し、本市の観光および地域振興に資するために設置され、本市の広報・宣伝活動を行っております。さらに、ミスはこだてとして選出されてから任期開始までの間に接遇等の研修を受けており、質の高いPRを行っております。

ご意見のとおり、応募者の減少についてはミスはこだての活動の場が市外で行われる観光PRや物産展等がほとんどであるため、市民がミスはこだての活動を知る機会が少ないことなどが、応募者の減少などにも繋がっているのではないかと考えております。応募者増加の対策としては、現役のミスはこだてが自身の活動の様子をブログで発信しているほか、次のミスはこだてコンテストの際にはメディアを通じて実際の活動内容や経験談を語り、応募者の呼びかけなどを行っております。

ミスはこだての昨年度の活動実績は、派遣件数71件、実質活動日数は150日を超えますがそのほとんどの活動は主催者からの出演依頼によるものであり、平成28年3月には北海道新幹線開業も控えていることから、ますます函館市をPRする場が増え、ミスはこだての必要性は高まっていくと考えております。

よって、今後も函館の親善大使として、本市の観光および地域振興に資するような広報・宣伝活動を行ってまいりたいと考えております。

3年半前のものですが、実情はそんなに変わらないか、あるいは悪化しているのでしょうね。少子化が進み、また時代背景が変わったので、なかなか地域の観光親善大使のたぐいに若い女性が魅力を感じるというのは厳しそうです。今のところ、かなり函館市はやる気があるようなので(といっても3年半前のものですが)、来年廃止ということはなさそうですが。

いずれにせよ人口の母数の多い自治体とかならまだしも、政令指定都市でない一般の市のレベルですと、応募者確保にどこも大変だと思います。函館市はやる気がありそうですが、他はどうか。

対策としては、市町村合併ではありませんが、広域で募集をかけるとかの方法が考えられますが、でもだいたい近場の自治体って仲が悪いしね(苦笑)。同じような規模の自治体は先方はライバルであり、このようなことでは共同しかねるという立場だし、規模が違うと飲み込まれるのでいやだということもあります。このあたりは各自治体のやる気次第ではあります。だいたい行政は直接関与していないのでしょうが、上の滋賀のコンテストだって、一応全県が対象だしね。ちなみに函館市の2018年現在の人口は、Wikipediaによると26万人です。1980年には、345,000人の人口があったとのこと。

いずれにせよ、私の見たところ、こういう地域ミスコン、とくに地方の自治体等が主宰するものは、かなり将来は厳しいでしょうね。函館市のように行政がわりと熱心なところはまだいいかもですが、そうでもないところは存続はかなり危うそうです。ただミスはこだてのように、応募者が少ないわりには毎年レベルの高い女性を探してくるところもあるので、そのあたりは若干の希望はありそうです。

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シェムリアップ、バンコク、成都紀行(2017年12月~2018年1月)(23)

2018-10-21 00:00:00 | 旅(東南アジア―ミャンマー以外)

翌朝宿をチェックアウトします。今日はシェムリアップに向かいます。記事の題名がシェムリアップが一番先にあることでお気づきのように、私としてはシェムリアップが今回の旅のメインです。

宿にあったイラストです。単なる安ゲストハウスですが、このようなところはそれなりにおしゃれです。

歩くのはいやになったので、タクシーを拾い、最寄りのBTSの駅に向かいます。

プロンポン駅からBTSに乗ります。

窓口でカードにチャージします。

モーチット駅へ向かいます。

この広告は前にも見ました。

駅に到着します。

駅から眺めた光景です。

バスターミナルに行くバスに乗ります。

簡素なバスです。

エアコンもない、一番安いタイプのバスです。

無事到着します。

朝食を食べます。今回は、このフードコート(?)にて。

まあこういうものを食べてまずかったら救いがありません。

106番のバス乗り場へ向かいます。

もうだいぶ人が集まっています。

乗車します。

やはり白人の乗客が多い模様。ちなみに私の隣の席は、ドイツ人男性でした。

出発します。

東京などでは、こういう鉄道関係の遊休地を見かけることが少なくなりました。つまりは国鉄の土地を、格安に民間業者に売り払っただけですが。国民の財産を勝手に民間企業(JR)の財産にして、それで不動産商売をしているのだから、ひどいにもほどがあるというものです。

それはともかく、バス内で配られたお菓子です。

カンボジア国境へ向かってひたすら走ります。

途中弁当も出ました。

一度とあるバスターミナルに止まって、今度は線路沿いに走ります。

いよいよカンボジア国境が近くになります。

(つづく)

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シェムリアップ、バンコク、成都紀行(2017年12月~2018年1月)(22)

2018-10-20 00:00:00 | 旅(東南アジア―ミャンマー以外)

アソーク駅から、ランドリーの店へ行きます。

きれいな電飾です。

うーん、なかなかロマンチック。

近くの屋台です。

いろいろなものが商われています。

 

ランドリーを受け取ります。ホテルより、安上がりです。

駅に戻ります。

 

ステーキ屋隣のセブンイレブンにある屋台です。

地下鉄に乗って、宿に戻ります。

暗い夜道を、宿に向かって歩きます。

バンコクでも、暗いところはかくのごとく暗いのです。東京が別格に明るいだけか。

タイ前国王の肖像は、いたるところにあります。現国王は、前国王と比べると人気、尊敬の度合い、ともに芳しくありません。

こういうのは、いかにも東南アジアの光景です。

遅い時間ですが、バス停に人がたむろります。

やっぱり華僑が多い地区なんですかね。赤い色は、中国人の好きな色です。

屋外で食事をするのも気持ちいいものです。ほこりや排気ガスに注意。

我が家度近くのホテルです。

急に高いビルが現れる過渡的な地区なのかもです。

あ、ネコがいました。

わりと人懐っこいネコです。写真を撮って、LINEで知り合いにばらまきました。明日はカンボジアのシェムリアップです。

(つづく)

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もし実現するのなら大変いいことだ(平壌に、日本の連絡事務所を開設する動きがある)(あともう一つ、荒木和博の真意を見きわめたい)

2018-10-19 00:00:00 | 北朝鮮・拉致問題

久方ぶりに、北朝鮮・拉致問題の記事を。

共同通信の記事によると、タイトルのような動きがあるようですね。私が読んだのは、サンケイスポーツの記事です。

>2018.10.15 05:01

平壌に連絡事務所設置、日本政府が北朝鮮に打診
 北朝鮮による日本人拉致問題を巡り、日本政府が北朝鮮との非公式接触で、被害者帰国と真相解明を図るため平壌に連絡事務所を設置したいとの意向を打診していたことが14日までに分かった。

 連絡事務所を拠点に交渉を続けながら、本人と確認された被害者を順次帰国させることも視野に置いているという。複数の日朝関係筋が明らかにした。また、2020年東京五輪・パラリンピックでの北朝鮮選手団の受け入れ協力や植民地支配を巡る「過去清算」の用意など、関係改善に向けた数項目の取り組み方針も伝えているという。

個人的な意見を申し上げますと、これを実現するのはかなり大変だと思いますが、でも実現すれば大変いいことですね。たとえば北朝鮮には、拉致被害者以外にも、何らかの事情で北朝鮮に長期滞在、あるいは自由意思で帰国するのが難しい日本国籍を保持する人たちがいます。日本人妻とか、あるいは理由はともかく長期にわたって北朝鮮に滞在している人がいるわけで、彼(女)らの身分の保証のためには、連絡事務所を設置することはそれなりの効果があるでしょう。設置しないよりは、設置したほうがいい。前にこんな記事を書きました。

まあつまりは、与党(自民党・公明党)の政治家も、(まともな人は)対北朝鮮対応に限界を感じているのだろう

その記事の中で私は、次のように書きました。

>まずは利益代表部や連絡事務所の設置です。日中国交回復前の北京にだって日本の連絡事務所はあったし、米国とキューバだってそれがあったわけです。上の世迷言をほざいた人は、北朝鮮とかかわることはなにがなんでも絶対嫌だということなのでしょうが、そういうことをいっていても話は始まりません。

そしてそのあと、米国とキューバにおいても、米国は、対キューバの利益代表国であるスイスの大使館に、100人以上の政府職員を派遣しているという話を引用しました。北朝鮮は、キューバなどと比べてもはるかに閉ざされた国であることは確かですが、しかしそんなにこういう問題を毛嫌いしてもしょうがないでしょう。それで何とかなるのならいいですが、まったく何ともなっていません。

そもそも国交樹立も連絡事務所設置も、別にその国を支持する、イデオロギーを是認するとかいう話ではない。サウジアラビアでついこの間までやっていた、女性の免許取得禁止などというものを支持する国は、たぶん世界中にそうはないでしょうが、しかしいろいろな理由で、世界中の国がサウジアラビアとはいい関係を保とうとしています。英国でロシア人がたぶんロシア政府によって殺害されても、それだけで英国とロシアが断行するわけではないし、何かと話題のサウジアラビア人記者がトルコの領事館で殺害されたらしいというニュースも、さすがに断交とはなかなかいかないでしょうし、するにしても、それなりの折衝ののちのはずです。

さてさて、荒木和博は、この件についてどう書いているかといいますと・・・

> 「日本政府は北朝鮮に対し平壌に連絡事務所を設置したいとの意向を伝えていた」と共同通信が昨日報道しました。外務省は否定しているようですが、まあそんな話が進んでいても不思議ではありません。

 この交渉が行われているとすれば安倍総理が全く知らないところで進んでいるとも思えません。極めて敏感な問題であり、総理が知らなかったのなら担当者の首が飛んでも不思議ではありませんが、以心伝心程度も含めて、少なくとも官邸と全く別のことをやっているはずはありません。私は総裁選で石破元幹事長が「連絡事務所を設置して」と言ったのを批判しましたが、これが事実ならどっちもどっちということで、批判して悪かったかな、とも思っています。

福島香織などは、たとえば安倍晋三が対中国関係改善に乗り気であっても、役人や自民党幹事長らを非難するばかりで安倍晋三は批判しないという馬鹿でクズで恥さらしなことをしていますが(つまりは、フリーになって仕事が満足にゆかず、反中右翼にこびているんでしょうね)、荒木はそういう気はないようですね。彼は、とっくに安倍なんかに期待はしていないのでしょう。もっとも森友・家計では妙に安倍をかばっていましたが。

それで荒木ですから、(当然)そのあとは日本政府に悪口の連続ですが、でもしょうがないですよね、それは。だって拉致被害者が帰国してもう16年も経つんですから。2002年にサッカーの日韓ワールドカップが開かれ、ソルトレークシティーで冬季オリンピックが開かれました。ワールドカップはその後ドイツ、南アフリカ、ブラジルと開催され、今年ロシアで開催され巻いた。冬季オリンピックは、トリノ、ヴァンクーヴァー、ソチと開催され、今年平昌です。ずいぶん長い時間がたちました。それでその後、これといった進展がないのだから、それは連絡事務所を設置するくらいのことは当然でしょう。ていいますか、遅すぎるにもほどがあるというものです。16年たって事態が動かないのなら、それは対応のやり方が根本的に間違っているか、さもなければ前提が間違っているかです。つまり拉致被害者が、現在北朝鮮で生存していないのではないかということです。これはこの記事の本論と違いますが、荒木がこういう記事を書いているのが非常に興味深いですね。昨日発表の記事です。

死んだ人をどうするのか【調査会NEWS2843】(30.10.18)

荒木によれば・・・

> これは正直考えたくないことですが、拉致被害者の全てが元気で生きている可能性は残念ながらほとんどありません。

 もちろん、全員が無事に帰ってくることが最も望ましいことは言うまでもありません。しかし寺越昭二さんがそうであるとされるように、拉致の途中で殺害された人もいることが想像されます。また寺越外雄さんのように北朝鮮で亡くなった人も、年齢等から考えて相当数いると思われます。北朝鮮にいる人たちの無事を願っていることがいつの間にか「希望的観測」になり、無事でいるのだろうと思い込むのは過ちです。

いや、私もそう考えますが、しかし日本政府は、全員生存を前提というフィクションとしての建前を崩していませんし、過去巣食う会や家族会は、田原総一朗氏や和田春樹氏が、大要有本恵子さんや横田めぐみさんはすでに存命でないと思うと主張したら、激しくそれに反発していませんでしたっけ。和田氏の主張については、こちらをご参照ください。

で、拉致被害者家族たちは、この発言にどう反応するんですかね。荒木を非難するのか、それとも見て見ぬふりをするのか。後者の可能性のほうが高そうですが、いずれにせよこれは私も注目したいですね。もし見て見ぬふりをするのなら、私としてはますます家族会を批判するネタが増えますし、家族会が荒木と絶縁したら、それはそれで非常に面白いと思います。ただその可能性は低いと現段階考えます。どうなるかはともかく、荒木の真意も今後それなりにわかってくるかもしれません。このあたり私なりに非力ながらそれを見きわめたいと思います。

ではすみません。本論に戻ります。

上の続きに、荒木はこう書きます。

> 「先方も政府で、彼らのこの領土の中においてはあらゆる人に対する権限を持っておりますので、これは我々が説得をして、そして彼らがついに、実は生きておりました、全員返しますと言うまで粘り強く交渉をすることが我々の今の方針でございます」

 これは平成17年(2005)6月14日の参議院内閣委員会、当時民主党の森ゆうこ議員が「どうやって具体的に拉致被害者を取り返すのか」と質問したときの細田博之官房長官の答弁です。特に細田さんが北朝鮮寄りで行った答弁ではなく、それまで何十年も続いてきて、その間に政権交代があっても延々と続いている日本国政府の基本です(もしあなたが北朝鮮にこれから拉致されて、北朝鮮が拉致したことを隠したら、日本政府はこう「粘り強く交渉」してくれるのしょう)。

いや、現実に粘り強く交渉するしかできることはないじゃないですか。荒木らがほざく拉致被害者の自衛隊による救出なんて、まったくもって現実性がない。安倍晋三だってそんなことを実行する気はありません。けっきょくこういう荒木らの態度に追随した拉致被害者家族たちが、小泉首相や外務省の田中氏らに暴言を吐いたり蓮池透氏を組織から追い出したりしたわけです。お話にもなりません。それで荒木のこの記述を、読者の皆様はどう考えますかね。

>連絡事務所を置くなら外務省ではなく、似たような名前なので自衛隊の地方連絡部(今は地方協力本部と名前が変わっていますが)でも平壌に置いたらどうでしょう。さすがに募集業務はできませんが、結果の出ない交渉を続けるよりも、いるだけで北朝鮮側にはプレッシャーになると思います。

荒木って、こういうくだらない話を、「ユーモア」「気が利いている」と勘違いしていますね。しょっちゅうのことです。まったくどうしようもない馬鹿でクズです。私が拉致被害者家族なら、「てめえ! いいかげんにしろ!!!」と怒鳴って、こいつを追い出すか、退会するか、そうでなくてもこの人物とは縁を切ります。こんな話は何回書いたかわかりませんが、要はそういうマンガみたいな光景が今日に至るまで続いているのです。荒木も西岡力も、拉致被害者家族から見放されたらそれでおしまいなんですけどね(苦笑)。ほんろ拉致被害者家族を押さえているのは強い(笑)。昨今だいぶ影響力は落ちたとは思いますが、このあたりは荒木や西岡ほかの政治的勝利だと思います。そして蓮池透さんを家族会から追い出したのは、家族会全体としてはマイナスにもほどがあったでしょうが、荒木らにとってはまさに最大の勝利というものでしょう。ただし拉致問題全体についてかんがえれば、まったく無様で無残にもほどがあったと思います。

ところで共同通信の記事で、

>複数の日朝関係筋が明らかにした。

というのは、当然ですがまともな報道機関の仕事ですね。つまり複数の筋に確認を入れているわけです。産経なんか、南京の祈念館の展示の件とか、沖縄の交通事故の件など、祈念館とか警察に確認を入れることすらしませんからね(呆れ)。特に前者は、最初から全部承知のデマ記事だったのでしょうが、いずれにせよあまりにデマの程度がひどくてお話にもなりません。後者は、おいしい情報に夢中になって飛びついたのでしょう。うそつきクズか、都合のいい話にすぐ飛びつく馬鹿というわけで、まったくどうしようもないにもほどがあるというものです。

この記事は、bogus-simotukareさんの記事を参考にしました。感謝を申し上げます。

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実に馬鹿で非常識だ

2018-10-18 00:00:00 | 社会時評

小川榮太郎が窮地に立っていますね。読者の皆様たいていはご存知でしょうが、詳細は下の記事をお読みください。

>『新潮45』休刊論文 小川榮太郎氏に「ネットワークビジネス」の過去
「週刊文春」編集部 2018/10/03
source : 週刊文春 2018年10月11日号

 9月25日に休刊が決まった月刊誌『新潮45』。同誌では8月号で杉田水脈衆院議員が「LGBTは生産性がない」と断じた論文が批判を浴びたことを受け、10月号で「そんなにおかしいか『杉田水脈』論文」という特集を掲載。中でも、休刊の引き金になったのが、文芸評論家・小川榮太郎氏(51)による「LGBTの権利を認めるなら、痴漢の触る権利も社会で保障すべき」などと主張する論文だった。

「小川氏と言えば、『約束の日 安倍晋三試論』の筆者で、“安倍首相の応援団長”とも言える人物です。首相も小川氏の評論活動を『切れ味鋭い』と絶賛してきました」(首相周辺)

「週刊文春」の取材で、その小川氏が「ネットワークビジネス」に携わっていたことが分かった。

 小川氏が代表取締役を務める「有限会社光明藏」(05年設立)。その会社登記簿の目的欄には、〈1.ネットワークビジネスによる健康食品・栄養補助食品・日用品雑貨・化粧品の購入、小売販売及び販売促進、斡旋〉と記されているのだ。

 小川氏は「週刊文春」の取材に対し、以下のように回答した。

「どうしても一生書き続けたかったので、生活のための収入手段を複数持っていた。清涼飲料水とかそういうものを売るために、母親や当時の妻と家内工業的に一生懸命やりました」

 10月4日(木)発売の「週刊文春」では、安倍晋三首相との親密な関係や、社長が声明を出した新潮社への反論、「放送法遵守を求める視聴者の会」内の“寄付金流用騒動”などについて、小川氏が150分にわたってインタビューに応じている。

『新潮45』10月号が9月18日に発売されて、9月25日に休刊(実質廃刊)となって、もう10月4日にはこんな記事が出るんですか(苦笑)。どんだけ愚劣なんだか。次は長いので、一部抜粋ということで。

安倍応援団の小川榮太郎切りが醜悪!百田、上念、有本、WiLLが小川の悪口と「自分は関係ない」の大合唱

>昨日発売の「週刊文春」(文藝春秋)が「『新潮45』を休刊させた“安倍応援団長”を直撃150分」という記事のなかで、例の「放送法遵守を求める視聴者の会」(以下、「視聴者の会」)における小川氏の“寄付金私的流用疑惑”を追及。

(中略)

これまで極右界隈では、「新しい歴史教科書をつくる会」の主導権争いによる分裂騒動や、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)での金銭トラブルによる仲間割れ、そして、「日本文化チャンネル桜」の水島聡社長が告発した田母神俊雄氏による政治資金横領疑惑など、ゲスな内輪揉めが絶えなかった。そう考えてみると、金や利権絡みの内ゲバは極右界隈の“お家芸”とも言えるわけだが、今回の「視聴者の会」と小川氏の場合はそれだけではないだろう。

 ようするに、これまでは疑惑に目を瞑ってきた“お仲間”だったくせに、今回の「新潮45」(新潮社)の差別論文問題でスポットがあたり、「視聴者の会」内部のトラブルが報じられたことで、連中は慌てて小川氏をスケープゴートにし、一目散に逃げ出した。そういうふうにしか見えないのだ。

 実際、露骨な“小川切り”を始めたのは「視聴者の会」だけではない。小川氏を支えた“安倍応援団”の出版界隈、そして安倍首相周辺も同じだ。

 たとえば、これまで小川氏が多数寄稿してきた極右月刊誌「WiLL」(ワック)は、3日、編集部のTwitterアカウントに〈『週刊文春』(10/11)も指摘していますが、小川榮太郎氏の論文が『新潮45』の休刊を招いたことはご承知の通りです。弊誌は、現編集体制に移行した2016年4月以降、小川氏を起用しておりません。論壇誌として「本件につきコメントを」と取材依頼がございますが、受ける立場にないことを申し上げます〉と投稿。流れ弾を避けようと躍起になっている。

あの幻冬舎の見城徹社長もそうだ。見城氏といえば、小川氏のデビュー作『約束の日 安倍晋三試論』を世に出した “恩人”だが、前述の「週刊文春」の取材に対し、こんなコメントをしているのである。

「出版の二カ月半ほど前、小川氏から原稿が郵送されてきた。当時、私は彼の存在を知らなかったのですが、安倍さんから電話で『小川氏が出版を希望している。読んでみてくれないか』と頼まれたのです

(後略)

・・・(苦笑)。

で、もちろん私は、小川みたいな人間とはイデオロギー的にも何もまったく相いれないし、大っ嫌いですが、それにしてもこの人これからどうなるんですかね(苦笑)。

私の見たところ、たぶん逃げられないでしょうから、けっきょく田母神籠池らのように「こんなやつとかかわっていたら、こっちが損する」とか「こんな人間とても付き合いきれない」とかで、切って捨てられるんでしょうね、たぶん。

で、仮にそうなったとして、もちろんそれはご当人の不徳のいたすところというもので仕方ありませんが、田母神といい小川といい、こういう連中はどんだけ馬鹿で非常識なんですかね(呆れ)。小川の言論活動を見てまともな人間とはもちろん思っていませんでしたが、それにしても田母神にしても小川にしても、驚かんばかりに常識がなく頭が悪いですね。念のために言っておきますが、この「頭が悪い」というのは、学校の勉強ができないとかそういうことを言っているんじゃありませんよ。イデオロギーとかそんなこと以前にあまりにひどすぎてお話にもなりません。こんな人間が、杉田水脈(苦笑)と

民主主義の敵

なんて本を出版したり、

徹底検証「森友・加計事件」――朝日新聞による戦後最大級の報道犯罪

なんていう題名の本を出すなんて、ほとんどマンガの世界じゃないですか。馬鹿も休み休み言え、クズもいいかげんにしろ、というレベルです。なお、上の書籍について、Amazonへのリンクはしないことをお断ります。どうしても購入したい方は、ご自分でどうぞ。なお杉田は、現在この一連の騒動から逃げ回っていますね。こいつもどんだけクズなんだか。もちろんこんなクズを比例で当選させてあげる現自民党執行部が狂っているだけですが。

けっきょくinti-solさんが私のコメントへの返しでおっしゃったように、

>何の実績もない人間が「安倍ヨイショ」だけで虚名を博せば、その虚名を維持するために、安倍ヨイショをどんどん過激化するしかないわけで、こういう事態に行き着くのはある意味必然だったのだろうと思います。

ということなんでしょうね。無様で無残にもほどがあります。それで安倍も、これからは籠池に対してそうしたように、迷惑がる(笑)というスタンスになるんでしょうね。小川は商売右翼というより、埼玉大学大学院でわざわざ長谷川三千子の指導を受けたくらいで(彼の出身大学は、大阪大学)ガチの右翼なのでしょうが、それにしても実に愚かですね。もちろんこんな馬鹿でクズと仲が良かった、利用した連中も同罪です。いや、むしろ連中のほうがはるかに悪いかもですね。連中だって、小川のいかがわしさは初めから知っていた人間も多かったでしょうし、ましてや金銭面の不祥事があってからは、最大限の注意を払ったはずです。それでやばくなる前は黙っている。ましてや現在の首相がこんな野郎と関係を持っていたなんて、まさに憲政史上の恥にもほどがあるというものです。

今回の記事は、inti-solさんが私に返していただいたコメントを引用させていただきました。感謝を申し上げます。

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「人を叱る時の四つの心得」と、金本知憲監督の、監督辞任(解任)について

2018-10-17 00:00:00 | スポーツ

旧聞ですが、阪神タイガースの金本監督が辞任して、矢野2軍監督が新監督に就任しました。建前は辞任でも、実際は解任だという話もありますが、それはこの記事の主眼ではありません。

先日記事でとりあげたノーベル賞を受賞した山中伸弥京都大学教授とラグビーの平尾誠二との交友関係や闘病を記した『友情 平尾誠二と山中伸弥「最後の一年」』という本で、次のようなくだりがありました。つまり山中教授によると、平尾が次のようなことを述べたというのです。以下主要部分の抜粋ということでご了解ください。

>「人を叱る時の四つの心得」

プレーは叱っても人格は責めない

あとで必ずフォローする

他人と比較しない

長時間叱らない

(p.44~45)

で、これを読んで間もなく金村監督辞任のニュースを知り、思わず私

「金村って人は、人を叱るときは、人格を責めて、フォローなんか絶対せず、他人と比較しまくって、延々長時間叱ったんだろうなあ」

と考えました。それでまた次のようにも考えました。

「金村は、少なくとも野球に関しては、そういう叱られ方しかされていなかったから、自分でもそのようにしか叱れないのだろうなあ」

金村は、こと野球に関しては、人格で叱られ、叱られっぱなしにされ、他人と比較されまくり、長時間叱られる、といった叱られ方しかされなかったんじゃないんですかね。金村は、それでもそこをバネにして大きく飛躍できる才能と強い精神力と運(最後は思いのほか重要です)がありましたが、それを他人に要求するのは指導者として無理でしょう。

平尾が実際にどのように後輩なり他の選手を叱ったのかは当方知りませんが、伏見工業の山口監督から同志社大学の岡監督、および神戸製鋼の同僚、指導者、日本ばかりか他国もふくめた選手、指導者らとの付き合いの中で、他人を叱るとはどういうことかということを考えて、上のような結論にいたったのでしょう。

それに対して金村は、自分の経験から、自分はそのように叱られた大きくなった、だから他人も・・・という思考から抜け出せなかったのでしょう。虐待の連鎖という言い方がありますが、けっきょく人間は、自分がそうされたようにしかできないという部分があります。金村が、今はそういう時代ではないと考えたり、自分なりに勉強したり、あるいはブレーンに様々なアドバイスを求めて自己革新を進めていけばまた事態は違ったのかもですが、金村はそういう人間でもなかったのでしょう。

監督とかコーチというのは、これはスポーツに限りませんが、あまり自分の経験に固執していてもしょうがないと思います。時代の流れ、気質の変化、科学の知見といったことを重視していかなければしょうがないでしょう。金本の辞任(解任)については、そのようなことを改めて痛感しました。

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『ブラック・レイン』のロケ地の現在(いま)(追記・訂正あり)

2018-10-16 00:00:00 | 映画

先週末、用事があったので関西方面に行ってきました。用事が意外と早く終わったので、半日時間が空きましたから、映画『ブラック・レイン』のロケ地(の跡地)を見学してみようと考えました。時間の都合で、行けたのは4か所だけです。また、行った順でなく、映画での時系列の順で記事を書きます。

この映画の撮影は、大阪では1988年の秋に行われています。大阪府庁でのシーン(警察署のシーン)や、製鉄所(新日鉄の堺製鉄所で撮影されました)などは、11月初旬の土日に行われたようです(下でご紹介するサイトより)。

で、この記事を書いている現在は、2018年10月というわけで、だいたい30年前の今頃、大阪で熱い撮影が行われていたわけです。この映画の主要な日本人俳優は、その多くはすでにこの世の人ではありませんが、高倉健松田優作が、二人一緒のシーンはあまりないとはいえ、共演が実現したのは奇跡のようなものだったのかもしれません。

まずは十三から。駅近くの栄町商店街です。

「がんこ寿司」の看板は、健在です。

駅方面を見た写真。それにしても、通りがあそこまで人がいないのも、いくら夜とはいえ、なかなか非現実的な光景です。

それではお次は、京橋へ。ライフルで武装した大阪府警の機動隊(もちろん日本の機動隊は、このような装備をしませんが)が、佐藤(松田)のアジトに手入れをするシーンです。映画での事務所の中は、米国で撮影している模様。

ファミリーマートのある建物が、映画で佐藤のアジトだった建物です。

2Fは現在ネットカフェになっていますね。設定では、ここが佐藤のアジトだったのでしょう。映画撮影時は京一会館というパチンコ屋でした。その後も長きにわたって営業をしていましたが、こちらによると、2016年8月16日に閉店したとのことですね。老舗だったようですが。こちらは、その時代のSVです。

 

アーケードから写真を撮ります。

駅方面に向けて写真を撮りました。セブンイレブンと向かい合っているわけで、なかなかのコンビニ激戦区です。ただファミリーマートのほうは、ドラッグストアとしての要素が強い模様。

2018年10月21日追記:映画のショットと類似した写真がないので、このあたり再訪した際に再確認したうえでまた写真を撮ってみます。よって上の京橋の写真は、参考画像ということでお願いいたします。

お次は、マイケル・ダグラスアンディ・ガルシアが、ドル紙幣を燃して、真贋を確認するシーンです。あべの筋です。あべのハルカスの近く、天王寺駅、阿倍野駅近辺です。

たぶんこの建物近辺で、撮影が行われています。(下の訂正箇所をお読みください)

おそらくこの近辺。(下の訂正箇所をお読みください)

やや斜めになってごめんなさい。それにしてもあまりの映画との違いに少々絶句します。

あべのハルカス方面を撮影しました。

「再開発」といえば言葉はいいですが、実につまらん光景です(苦笑)。

阪堺電車です。

2018年10月21日訂正・追記:すみません。こちらは反対側を写真に撮ってしまいました。これも参考画像でお願いします。こちらも再訪した際にあらためて写真を撮ってみます。この記述の論拠は、下のURLのサイトです。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20141125-00000013-wordleaf-l27

それでは、ラストが、ゴルフの練習場です。いくつかのサイトさんをチェックして、場所を特定できました。あのシーンが、妙に印象に残ったという方も少なくないはず。

阪急電鉄の中津駅から、徒歩で向かいました。途中あった地図です。豊崎北公園の左側にある「豊崎六丁目」とあるあたりが、ゴルフ練習場があった(すでに廃業しています)場所のはず。

しばらく歩いて近くに来ました。

夕暮れですが、関西ですので日が落ちるのはまだ先なので助かりました。

草ぼうぼうの空き地が、ゴルフ練習場があったところです。遠くに、伊丹空港を発着する飛行機が見えます。

うーん、まさに兵どもが、夢の後ですか・・・。

奥の建物が、たぶん「仁丹」の広告があった建物でしょう。

それで、いかにも地元の人らしい男性が現れたので、ぶしつけですが声をかけさせていただきました。

私「あ、申し訳ありません。ここは昔、ゴルフの打ちっぱなしがあったのですか?」

男性「そうだね。あったよ」

私「『ブラック・レイン』の撮影もされたんですね?」

男性「そうだね、『ブラック・レイン』の撮影をしたんだ」

やったぜ!と思わず喜びに体が震えます。ついでにもう少しお伺いしました。

私『あのビルには、仁丹の広告があったんですか?」

男性「うーん、仁丹ねえ。あったかな。いろんな広告があったよ」

この辺りは少し記憶があいまいでした。つまり、定期的にいろんな広告がされていた、ということかもしれません。お礼を述べました。ありがとうございますとここでもあらためて述べさせていただきます。

現在大阪市が管理しているんですかね?

それでは、仁丹の広告があったと思しき建物のほうへ歩いていきます。

映画では、奥のほうに仁丹の広告がありました。それで、画面の左側から右側に向けてボールを打っていたのですから、位置的には、西から東に向けて打つという状態だったのかと思われます。仁丹の広告は、淀川サイドにあったわけです。

雲と太陽の具合がいい!

飛行機はひっきりなしに飛んでいます。

しかし河原とはいえ、梅田のすぐ近くに、よくこのようなところがあるなと思ってしまいました。

車もけっこうスピードを出して行きかいます。

現在は、トランクルームなどを商っている模様です。空きビルではありません。

以上です。かなり面白かったと告白します。行った順は、土曜に京橋→十三→豊崎で、日曜朝に、阿倍野に行きました。なおこの記事は、いろいろなサイトさんから情報をいただきました。以下のサイトさんには特にお世話になりましたので、感謝を申し上げます。

居ながらシネマ 『ブラック・レイン』 Black Rain (1989)

映画「ブラック・レイン」に見るサイバーパンクな大阪・ロケ地案内

また、こちらの記事には、88年当時の撮影時の様子について書かれています。必読です。

【mixi・日記再録】「ブラック・レイン」撮影見物記

それで上の記事によると、当時の(大阪の?)スポーツ紙には、撮影の様子がわりあい詳しく書かれていたようですね。関西版だけかもですが、これは私もチェックをしようかなとも考えます。

今回は、時間の都合ほかの諸事情あって、道頓堀、大阪府庁、神戸市元町など他のロケ地には行けませんでしたが、これらもまた訪問する予定ですので、乞うご期待。

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シェムリアップ、バンコク、成都紀行(2017年12月~2018年1月)(21)

2018-10-15 00:00:00 | 旅(東南アジア―ミャンマー以外)

チャイナタウンを歩きます。

1件の屋台でチキンを食べます。これはチキンの揚げ物。

女性が作ってくれます。

なかなか個性的なTシャツです。

あとカオマンガイもいただきます。

おいしくいただきます。

路上で堂々と寝ている人が目立つのが、東南アジアの特徴です。

まあほんと、通りにはいろいろな人たちがいます。

 

こういうことをしていって、またこの子どもも信心深くなるのでしょう。

だいぶ日もくれました。

このような白人女性は、写真を撮ってしまいます。

地下鉄です。

アソーク駅前のショッピングモールで一休み。

吹き抜けです。

日本の影響するものもあります。

 

すでに年は変わっています。

(つづく)

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シェムリアップ、バンコク、成都紀行(2017年12月~2018年1月)(20)

2018-10-14 00:00:00 | 旅(東南アジア―ミャンマー以外)

地下鉄に乗り、またチャイナタウンを目指します。

うーん、こういうものの人気は、世界共通なんですかね。

地下鉄の車内です。

白人の女性も乗客にいます。

チャイナタウンで今日の夕食をいただくつもり。

このようなものを物色してもいいかもしれません。

タイ人らしい笑顔の女性です。

チャイナタウン方面に向かいます。

夕暮れの景色もなかなかすてきです。

いろんなところで香が焚かれています。

正月だからということではありますが、これはなかなかすごい光景でした。

このような女性がいると、すかさず写真を撮ってしまう私。こういう写真を撮ってもとがめられないのが東南アジアのいいところです。

なかなかいい色のいい建物ではないですか。

 これは雪だるまなんですかね? 1月初旬だしね。

(つづく)

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シェムリアップ、バンコク、成都紀行(2017年12月~2018年1月)(19)

2018-10-13 00:00:00 | 旅(東南アジア―ミャンマー以外)

ホテルを出ます。

バンコクには、町のいたるところにこのような立派なホテルがあり、また私が本日泊まる簡素な宿があります。

ミャンマーもそうですが、タイでもやはり象は別格のありがたみのある動物です。

ライオンもご同様。そういえばシンガポールに行ったとき、マーライオン見なかったな。

勤務中に寝ていてはいけません。

お昼を食べていなかったので、通りがかりの店でカオマンガイをいただきます。

おいしくいただきます。カオマンガイは、どこで食べても一定の質はあります。ていいますか、これがまずかったら、その店は営業を継続できません。

だいぶ日も落ちてきました。

タイも少子化が顕著です。高齢化はドラスティックに進むでしょう。

日本ではあんまり見かけない鳥です。

中国系の地区のようで、漢字が目立ちました。赤い建物も、赤が好きな中国人の影響があるんですかね。

タイでは、なにげにこのようなじみなようしの女性が、短いスカートをはいていたりします。

明るいブルーの建物です。こういうあたり、日本ではそんなに見かけませんね。

若い女の子も一生懸命働きます。

夜の本番の営業時間のための仕込みですかね。

昔ながらのタイの姿と、このような現代的な建物が両立するのがバンコクです。

見事な白髪です。

地下鉄の駅からチャイナタウンに向かいます。

(つづく)

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