ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

非合法な手段やなんらかの不備、宝くじめいたもので入手した金は、投機性の高い投資や無謀な出店・愚劣な浪費など、あまり有効活用されない(佐藤忠志氏の高級車購入も同じ)

2022-05-25 00:00:00 | 社会時評

ありがちな記事ですが、先日報道されたことを。

>釧路信用金庫で元職員が現金9700万円着服し懲戒解雇
05月20日 18時15分

釧路市に本店がある「釧路信用金庫」は、30代の元職員がATMを不正に操作し現金1億円近くを着服したとして懲戒解雇の処分にしたと発表しました。この元職員は「投資の損失の穴埋めや遊興費にあてた」と話しているということです。

「釧路信用金庫」によりますと、釧路市内の営業店に勤務していた30代の元職員は、現金管理責任者の立場を悪用して去年10月から先月までの半年間にATMを不正に操作し現金9700万円を着服していたということです。
先月6日、元職員が「隠しきれない」と同僚に話したことから不正が発覚し、調査に対して着服を認めた上で「投資の損失の穴埋めや遊興費にあてた」と話しているということです。
着服した現金のうち、1500万円あまりは返還したということです。
信用金庫は先月26日付けで懲戒解雇の処分にし、刑事告訴の準備を進めています。
釧路信用金庫は「深くおわび申し上げます。法令遵守と内部管理態勢の一層の充実と強化を図り、不祥事の再発防止に努めたい」とコメントしています。

それでこの記事を読んで「やっぱりな」と思ったのがこちら。

>投資の損失の穴埋めや遊興費にあてた

具体的にどういう投資なのかわかりませんが、多分ですが相当に投機性の高い投資なのでしょうね。自分の金では怖くてとてもできないようなものなのでしょう(苦笑)。いや、もちろん自分の金だってめちゃくちゃな投資とかをする人間もいますが、おそらく大抵の人間は、自分の金ではとでもできたもんじゃないという種類の投資には手を出しにくいでしょう。

世の中金融機関の人間などが金を着服するという記事はちょいちょい報じられますが、たとえばかつてゴム会社の社員がキャバクラ嬢に横領した会社の金を流した(しかし途中で無心をされるばかりで、会うことすらできなくなった)という話がありました。それで、この女は(おそらく)その金を別の男に流していたと推測されるわけで、横領した男といい、キャバクラの女といい、そしておそらくキャバクラの女から金を受け取っていた男だってどう使ったのかわかったもんじゃありません。こちらの記事を参照してください。

ほかにも炭鉱事故で莫大な補償金を受け取った夕張の暴力団の夫婦は、その金をこれまた高級車や無謀な出店で使い果たし、さらには今度は故意の火事で住み込みの労働者を焼き殺した後に得た保険金(1億円を超える額)を1か月で使い果たしたという話もあります(夕張保険金殺人事件)。

さらに最近話題の山口県阿武町での誤振り込み事件でも、ご当人はネットカジノでそれを使い果たしたと語っています。ただこちらの記事にあるように、

>決済代行業者の1つから山口 阿武町の口座に3500万円余 返還
2022年5月23日 5時59分 

山口県阿武町から誤って振り込まれた4630万円の給付金の一部を別の口座に振り替えたとして24歳の住民が逮捕された事件。
住民が給付金を3つの決済代行業者に繰り返し出金していたことがわかっていますが、このうち1つの業者から、3500万円余りが町の口座に返還されたことが捜査関係者などへの取材でわかりました。

山口県阿武町の無職、田口翔容疑者(24)は先月、町から振り込まれた国の臨時特別給付金4630万円について、誤って入金されたと知りながら、オンライン決済サービスで自分の口座から決済代行業者の口座にこのうちの400万円を振り替えたとして、電子計算機使用詐欺の疑いが持たれています。

警察によりますと、調べに対し「金はオンラインカジノで使った」などと供述しているということです。

田口容疑者は4630万円が振り込まれて以降、3つの決済代行業者に繰り返し出金していましたが、逮捕後の今月20日、このうち1つの業者から町の口座に3500万円余りが返還されたことが捜査関係者などへの取材でわかりました。

田口容疑者はこの業者に27回にわたって出金していて、返還されたのはその全額にあたるということです。

これについて、町は「現在係争中の事件なので、お答えは控えさせていただきます。あす午前、記者会見を予定しているので、きょうはコメントすることはありません」としています。

さらにこちらも。

>誤送金の9割「確保」 4299万円が町に―山口・阿武
2022年05月24日18時51分

 山口県阿武町が給付金事業で4630万円を誤送金した問題で、花田憲彦町長は24日記者会見し、誤送金の約9割に相当する4299万円余りを法的に確保したと明かした。

 誤送金と知りながら金の一部を使ったとして、電子計算機使用詐欺容疑で18日に逮捕された田口翔容疑者(24)の出金先の決済代行業者3社などから確保し、ほとんどが町の口座に入金されたという。未回収分は約330万円となった。
 田口容疑者の代理人弁護士によると、同容疑者は金を主にこの3社へ出金し、「カジノで全額使った」と話していた。
 花田町長は会見で、「発端が町のミスによる誤振り込みであることは間違いない事実」と謝罪。「引き続き公金の全額回収に向けて粘り強く努力していきたい」と語った。

これもなんだかよくわからないところが多いし、真相も現段階定かでありませんが、あまり前向きな金の使い方とは言えません。

そしてこれは、宝くじに当たった、あるいはそれに近いような形で金を得た人も同じでしょう。上の夕張の暴力団夫婦も、2回目は犯罪ですが、1回目は宝くじのようなものでしょう。かつてこんな記事を書きました。

「自分は例外だ」なんて考えないほうがいいのかもしれない(米国スポーツ選手の浪費と困窮について)

上は、米国の一部のエリートプロスポーツ選手の話ですが、やはり極端に高額な金を受け取ると金銭感覚が狂うというのは、洋の東西、現在も過去もかわりません。未来もたぶんそうです。

よりせこい話ですが、私が下の記事でご紹介したスコットランドの身体障害者である男性は、2か月で1200万円を使い果たし(そのため生活保護を打ち切られました)、さらにある未亡人は、歌手崩れの男に店を出させたはいいが、まったく経営が成り立たず、けっきょく全財産を使い果たし、生活保護受給者となって死にました。しょうがないよね、どっちも。自分の意志でそういう金の使い方をしたのだから。このような話は、枚挙にいとまがありません。

このような話はくりかえし読む価値がある(3月1日更新)

金をためられる人、財産を残せる人は、けっきょく金にシビアなのだと思う(追記あり)

さらに「またその人か」でしょうが、このブログに繰り返し登場する故佐藤忠志氏も、全盛期は年間2億円の収入があったようですが、ブームが去っても過去の金銭感覚を捨てられず、(たぶんみかねたのであろう)支援者(?)からリバースモーゲージのような形で家を買い取ってもらったら、その金で高級車を購入(現金で1億円払ったとのこと)、奥さんが家を出てしまい(それはそうだろと思います)、精神的に自暴自棄になってしまいアルコールと煙草に依存、生活保護受給者になり孤独死してしまったわけです。佐藤氏について興味のある方は、拙ブログで佐藤氏のことを取り上げた記事を参照してください。佐藤氏が最終的にそのような愚劣な金の使い方をした背景には、彼がおそらく極端な発達障害を持っていて、まともな生活ができない人間であるということもありますが、やはりある意味何の努力もせず(? という言い方はあまり妥当ではないかもですが、自宅を売るという行為は、苦労して得た金では、ご当人にはなかったのでしょう)に得た金であるのでそのような金の使い方をしたということなのでしょう。そのような側面はあるはず。ともかく

>非合法な手段やなんらかの不備、宝くじめいたもので入手した金

というのを、その人の人生、将来を見通す有益な金の使い方ができる人は、あまりいないのだろうなと思います。貯蓄に励む暴力団組長なんてのもいますが、これも昔と比べるとだいぶ厳しくなっているでしょうし、またそういう優秀な人間だから高い地位につけるのでしょうしね。

それにしてもどうしてこういうふうに、ろくでもない金の使い方をするのだというと、やっぱり自分の金でない、あるいは自分が苦労して得た金ではないからなのでしょうね(苦笑)。まーったくろくでもないとはこのことです。「悪銭身に付かず」とはよく言ったものです(笑)。生活保護費を横領した大阪府河内長野市の市役所職員が、その金を自宅に隠しておいたりまともな投資に運用していたというケースもありますが、そんな優秀な人間なら、もっとまともなことをすればいいのにね(これも苦笑。こちらの記事参照)。ただ生活保護費など公金を着服する職員は、やはりギャンブルなどに費やしている人が多いようです。つい最近の記事を。

>松崎町の職員、懲戒免職 公金153万円横領
2022.5.21

 松崎町は20日、公金を横領し私的に流用していた20代男性職員について、懲戒免職処分にしたと発表した。横領したのは遊歩道整備などを行う「南伊豆歩道運営協議会」の予算約153万円。2021年12月から22年3月まで、管理する口座から16回にわたって不正出金し、消費者金融の返済や遊興費に充てていたという。

 町によると、懲戒免職処分を受けたのは、町産業建設課主事の男性職員(22)。男性は当時、町企画観光課に所属し、同協議会の会計担当だった。通帳と印鑑を1人で保管し、町は出金事務を把握していなかった。後任者が4月に通帳を確認し不正が発覚した。
 男性は20年にも他部署で不適切な会計処理をしたとして、訓告処分を受けていた。深沢準弥町長は町環境改善センターで開いた記者会見で謝罪し、「管理方法が間違っていた」などと述べた。再発防止に向け、通帳と印鑑を同じ職員が管理する体制を排除し、上司による請求書などの入念なチェックを徹底するとした。
 町は男性の将来などを考慮し、刑事告訴しないという。監督責任として当時の課長を訓告処分にした。

ほかの記事によるとオンラインゲームの課金などもあったようですね。過去にも不祥事を起こしているようで、どうも人間的にもろくでもない野郎なのでしょう。ところでオンラインゲームにはまっていたらしい死刑囚も存在します。詳細はこちらの記事を参照してください。

ただこういうのもねえ、おそらくどっかで「依存」とか「自暴自棄」「発達障害」「精神障害」といったことが絡みますからね。ある段階まで行くと、破滅するまで止まらないというところがあるんでしょうね。夕張の死刑囚や佐藤氏やスコットランドの男性、歌手崩れに貢いだ女性などはまさに行きつくところまで行ったし、ゴム会社や信用金庫の人も、せめて身内で弁済できるところでやめていればまだよかったんですが、そこを過ぎちゃったら怖いものが(その時は)なくなっちゃいますからね。

いずれにせよ世の中悪いことはやらないに限ります。あたりまえですが、そのような当然の心理をかみしめて、今日の記事を終えます。

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無事帰ってきました

2022-05-24 00:00:00 | Weblog

無事に(でなければ困りますが)帰ってきました。明日から通常の更新となりますので乞うご期待。

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韓国人であると考えられる美女モデルたちの写真をご紹介(6)

2022-05-23 00:00:00 | 美女探求

ネット通販に登場する(たぶん)韓国人美女モデルの写真をまたご紹介します。すべて「CINNAMON GIRL」というところの写真から。

もちろんまだまだ続きます。

(つづく)

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JR西日本を中心とするローカル線乗車を主とする旅(あと福岡)(2021年12月~2022年1月)(Day3-6)(12)

2022-05-22 00:00:00 | 旅(国内)

木野山駅です。

備中高梁駅です。それにしても高校の名前、「宇治」とか「松山」とか、やや紛らわしいですね(失礼)。

岡山県も最近泊まっていないので、高梁に泊まるのも悪くなさそうです。

日羽駅です。やはり車両のシルエットがいいですね。

車内もだいぶ客が増えてきました。

乗り換えが忙しかったのでしばらく写真がありません。これは、福山駅 に向かう車内です。倉敷で乗り換えました。

福山駅に到着します。

この電車に乗りました。

こういうビルを見てなんかほっとしてしまうところのある私は、相当な文明中毒のような気がします。

この黄色い電車に乗ると、あ、中国地方に来たなと思います。

新幹線だったかに遅れが生じたのか、改札前で悄然としている人たち多数。

福山で降りたのは、「最悪の誘拐事件」(泰州くん誘拐殺人事件)の取材以来です。あの時は、高速バスで福山に到着したので、鉄道でこの街に来たのは、これが初めてかな。

「最悪の誘拐事件」の現場を歩く(1)

駅近くで、酒ならぬアイスコーヒーを飲みます。これは、のどが渇いたとか休むためでなく、iPhoneの充電のためです。

街に繰り出します。

福山を代表するラーメン屋だそうですが、残念ながら私が行ったときはすでに店じまいでした。しょうがないから、近くの店を物色します。

とんこつラーメンの店が近くにあったので入ります。

濃厚な味でした。

替え玉もいただきます。

備後のとんこつだそうです。なかなかいい店でした。福山ではたくさん展開しているようです。

この洋食屋ものぞいてみましたが、閉店していました。

(つづく)

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JR西日本を中心とするローカル線乗車を主とする旅(あと福岡)(2021年12月~2022年1月)(Day3-5)(11)

2022-05-21 00:00:00 | 旅(国内)

特急が止まりました。私は、青春18きっぷの利用者ですので、これにはもちろん乗れません。

岡山行きです。私も岡山へ行くのです。

あまり客はいません。

特に田舎では、このような場所によく墓が作られます。

それにしても真冬のせいで、ものすごく空気が澄んでいますね。

車両の影が見えるのもいいですね。かつて、廃止直前の三江線で、なかなかきれいな、車両のシルエットを観たことがあります。

砕石工場も、なかなか絵になります。

地方のローカル線は、川沿いに走ることが少なくありません。

(つづく)

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北海道へ続けざまにいきます

2022-05-20 00:00:00 | 旅(国内)

北海道に続けざまにいくことになりました。最初は明日(5/21)から2泊3日で、次は、6/4からまた2泊3日です。

何も重複していくこともないのですが、ともかくせっかく行くのですから楽しんでいきます。最初のほうは、札幌と小樽ということになろうかと思います。2つの都市でビールを楽しもうかと考えています。現在連載中の昨年末~今年初の旅行をちょっと中断して記事にすることになろうかと思いますが、たぶんそんなに長くはなりません。無事に帰ってきたらそんなに時を置かずに記事にしたいと思いますので乞うご期待。

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「大宅壮一ノンフィクション賞」を受賞した文藝春秋社の本ですら、文春文庫に(他社の文庫にも)なっていないことがある

2022-05-19 00:00:00 | 書評ほか書籍関係

ブログがめでたく復活した高世仁が、こんな記事を発表していました。

樋田毅『彼は早稲田で死んだ』が大宅壮一賞を受賞

>樋田毅さんの『彼は早稲田で死んだ 大学構内リンチ殺人事件の永遠』(文藝春秋)が大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した。

1972年11月、早稲田大学で革マル派が文学部2年生の川口大三郎君を自治会室で殺害した事件とその後の闘いを描いている。

(中略)

 当時、同じキャンパスで革マル派と闘った「戦友」として、受賞はとても喜ばしい。おめでとうございます。

(後略)

いや、高世って、客観的現状はともかく、主観的には現段階ジャーナリストをやめたわけではないのでしょうから、他人様の著作の受賞なんか喜んでいる場合かよと思うんですが、どうなんですかね(苦笑)。なお、復活後の高世のブログはタイトルを改名し、「高世仁のジャーナルな日々」となっています。

それはさておき、その受賞作の内容が、1970年代の早稲田大学における革マル派の関係っていうのもねえ(これも苦笑)。

立花隆の『中核 vs 革マル』の時代ならともかく(あれは同時代1975年の著作です)、いまどきそんな半世紀前の話に世間一般の注目が集まるのかなあですね。本の内容については未読ですので何も言えませんが、出来がいい本だとして、「大宅壮一ノンフィクション賞」を出すほどのものなのか。私見では、優れたノンフィクション(ルポルタージュ、記録文学ほかいろいろな呼称があります)というのは、当たり前ですが、現代の世情を鋭く切り取る内容であるはずだし、過去のことを題材にするとしても、それはまさに現代につながるものである必要があるでしょう。それでどうなんですかね、約半世紀前の、早稲田大学での革マル派との問題とかが、そんなに現代社会のさまざまな問題に対峙する際のヒントになりうるのか。そんなこともないと思いますけどね。その時代の新左翼が暴れたエピソードなんて、まさに時代のあだ花でしょう。

ところで樋田毅氏の著書ですが、これは賞を主宰する文藝春秋社からの発売です。もう1冊の同時受賞の本も同じく文藝春秋からの発売です。

そこからうかがえるように「大宅壮一ノンフィクション賞」というのは、かなり露骨に、文藝春秋社から発売された本を受賞させていると思います。この賞は、Wikipediaから引用すれば

2017年より「大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞」に改称し、一般読者からの投票を受け付ける形式に変更してノンフィクション作品の支持拡大を図ったが、「思うように成果が上がらなかった」として、通算第50回の2019年から元の名称と選考方法に戻した

とあります(太字は原文のまま。注釈の番号は削除)。それで2019年からの受賞作を見ますと、2022年までに計6冊の本が受賞していますが(19年と22年は2冊ずつ、20年と21年は1冊)、そのうち4冊が文藝春秋の本です。いくらなんでも露骨すぎないかいという気がします。

というわけで、1970年から2016年まで数えてみましたら、75冊の書籍が賞を受賞していますが(14年~16年には、「雑誌部門」というのがありましたが、これは除きます)、41冊が文藝春秋の本です。ちょっとねえ、これはどうしたものか。ちなみに講談社ノンフィクション賞(現・講談社本田靖春ノンフィクション賞)は,1979年から今日まで74冊の本が受賞していて、30冊が講談社の本となっています。新潮ドキュメント賞は、2002年から開始で、21冊の受賞本のうち10冊が新潮社の本となっています。小学館ノンフィクション大賞開高健ノンフィクション賞は、未発表の作品の募集ですので、ここでは扱いません。たしかに他社の賞も、自社の本を受賞させたいという姿勢は強いですが、文藝春秋は、講談社や新潮社より、自社の本を受賞させるという方針がかなり強いと感じます。

さてさて、bogus-simotukareさんが、面白いことを指摘していました。これもやはり文藝春秋社からの本ですが、同じく大宅壮一ノンフィクション賞を1994年(第25回)に受賞した小林峻一、加藤昭 共著の『闇の男 野坂参三の百年』という本のことです。小林と加藤の本では、この本だけ、Amazonにリンクをつけます。出版は、1993年です。

この本の写真は、Amazonからいただいたのですが、実物を映した写真であるということは、それなりに注目に値すると思います。それでこの本は、前出の立花隆が解説を書いていますね。解説者の名前が、こんなに大きく出ている本というのも、わりと珍しいかも。どうも著者の小林と加藤という人物が、立花のスタッフライター(弟子?側近?リサーチャー?)だったみたいですね。その関係で解説を引き受けたのでしょう。たぶん立花が、かつて『日本共産党の研究 』を発表したことも絡んでいるはず。なおこの本は、前出の講談社ノンフィクション賞の第1回目の受賞作です(苦笑)。講談社も、こんな本受賞させるなよと思います。が、それはともかく。ちょっとbogus-simotukareさんのご指摘を引用します。小林と加藤の現状についてです。

>ググっても最近の本がまるでヒットしません。加藤(アマゾンの著者紹介に寄れば1944年生まれ、存命ならば今年で78歳、ちなみに1944年 - Wikipediaによれば1944年生まれのライターとしては例えば辺見庸(元共同通信記者、芥川賞受賞者)がいる)の最新刊は『鈴木宗男研究』(2002年、新潮社)、小林(アマゾンの著者紹介に寄れば1941年生まれ、存命ならば今年で81歳)の最新刊は『ソニーを創った男・井深大』(2002年、ワック)でいずれも20年も昔の本です(小林には『昭和史最大のスパイ・M:日本共産党を壊滅させた男』(2006年、ワック文庫)があるが、これは『スパイM』(1994年、文春文庫)の復刻に過ぎないので事実上の最新刊は『ソニーを創った男』です。まあワック文庫を最新刊と見なしても今から16年も昔ですが)。つまり小林も加藤も「一発屋」にすぎなかったのでしょう。例の「野坂批判」も高世仁の幼稚なデマ自慢を平然と垂れ流すNHKの馬鹿さとクズぶりに本気であきれ返る - ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)の高世仁と同じで「連中に実力があった」というよりは「運良くソ連流出資料が手に入った」程度の話でしかなかったのでしょう。

余談ですが、加藤の著作である『鈴木宗男研究』というのは、当然立花の『田中角栄研究』を意識しているのでしょう。なおこの本も、第1回の新潮ドキュメント賞の候補作品でした(受賞はせず)。もちろん立花本とは、社会へのインパクトほか比較の対象にもなりません(当たり前)。

それでこの野坂参三についての本は、文藝春秋のサイトにも記載されていますが、本の表紙も掲載されていませんね。また著者として、立花が、小林と加藤と同格で記されている(さすがに3番目の位置づけですが)というのがなんとも(苦笑)。下のほうでは(さすがに)

>立花 隆解説

とはありますが。

それでこの本は、現在品切れ重版未定という状況で、文庫化すらされていませんね。売れ行きが良ければ当然文春文庫で収録されていたでしょうし、でなくても違う会社からの文庫で出版される可能性もあったでしょうが、発売30年近くなってそうなっていないのだから、たぶん売れ行きも良くなく、あんまり読者からの評判もいいとは言えなかったんじゃないんですかね。この本の文庫化に、まさか日本共産党が文句を言ってきたということもないでしょうし(言ってきたところで文藝春秋は突っぱねたでしょう)、野坂参三の遺族(野坂には実子はいませんが、養子はいます)から苦情が来るということもないでしょう。つまりは、売れ行き、評価ともあまり芳しいものではないのでしょう。要は、高世仁が、友人(後輩)のつてで光文社から本を出版したはいいが、売れ行きも評価もよろしくなく、その後今日までメジャー出版社から単著を出すに至っていないのと同じです。詳細は、下の記事を参照してください。

北朝鮮が崩壊する前に自分の会社を倒産させた無様で無残な話

ただ1992年にそういう話を雑誌に書いて、93年に本に出したところで、そんなに社会的にインパクトがあるのかなあという気はしますね。野坂参三も、1977年に参議院議員を引退しており、当時すでに100歳近い過去の人間であり、野坂除名が、共産党の支持を増やしたとか減らしたとかいうこともないでしょうし。連中に大宅壮一ノンフィクション賞が受賞となったのも、おそらく反共運動の一環の意味合いがあったのでしょうが(のちに小林の本が、WACから出版されているのも、つまりは彼の反共活動への功績という側面があったはず)、そんなに効果があったということもないのではないか。小林のその後の著作のスパイMとか井深大の本、あるいは、松崎明について書かれた本も、同時代でそんなに影響力があったわけでもありませんしね。

いずれにせよbogus-simotukareさんがご指摘のように、小林も加藤も、立花の弟子、側近、スタッフライター、リサーチャーだとしても、つまりは旧ソ連からの資料を早い段階で入手したから記事を書けたということに尽きますからね。大宅壮一ノンフィクション賞受賞という栄誉をもらったのに、その後2人ともろくに本も出せていないし話題にもならないのは、その程度の実力だったということでしょう。立花が解説を記しているのも、2人の実力をよくわかっているので、そういう意味合いでサポートした部分もあるのではないか(苦笑)。

そう考えてみると、この本については未読ですので、ここで内容についての論評を私はできませんが、賞をあげたのが相当無理筋な本のように感じますね。つまりは、自社で出した本なのに、文庫化すらできなかったのだから。ほかの文藝春秋の本の大宅壮一ノンフィクション賞受賞作品の文庫化について確認はしていませんが、けっきょく野坂除名という際物的な興味以上の本ではなかったようですからね。立花隆自身戦前の日本共産党については本を書いても、戦後の共産党についてはまとまったものは残していないはず。まあ失礼ながら、あの師匠にしてあの弟子というレベルなような気がします。

bogus-simotukareさんに感謝して、この記事を終えます。

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オードリー・ヘプバーンは、虫垂がんというめずらしいがんで亡くなった

2022-05-18 00:00:00 | 映画

オードリー・ヘプバーンの生涯について取り扱った映画『オードリー・ヘプバーン』が公開されています。

個人的には、私はヘプバーンならキャサリンのほうが好きな人間なので、あまりオードリーには興味がないのですが、それはこの際どうでもいい話です。本日は、彼女の命を奪った病気について書いてみます。

オードリー・ヘプバーンは、1993年1月20日に、スイスの自宅で亡くなりました。彼女の死因が虫垂がんです。

Wikipediaによると、日本人の虫垂がんの発症率は年間 0.12人/100万人 程度とのことで、ということは、日本の人口が12600万人とすれば、年間15人くらいの発症なんですかね。かなりまれな疾患ということになりそうです。

ほかにもWikipediaから引用すると(注釈の番号は削除)、

>虫垂癌は自覚症状が少なく大腸内視鏡検査での発見率は30%程度との報告 がある様に手術前確定診断が難しいため別の疾患の検査や手術に伴い発見されることも多い。

>発見されているときにはすでに腹膜リンパ節に転移していることが多い ことから、外科手術により虫垂および転移箇所を除去した上で化学療法を行う。しかし、他のガンとは異なり虫垂癌固有の標準術式は確立されていない

というわけで、発見困難、発見されたときは手遅れの場合が多い、治療法も確立していないというわけで、非常に怖い病気です。では、実際にこの病気にかかった人たちの経緯を見てみましょう。

前出のオードリーはというと、Wikipediaの死去というところを私の責任で要約すると、1992年9月末に腹痛を起こし、10月に精密検査のためにロサンゼルスへ向かいます。末にがんが判明、11月1日に手術をしました。一時退院して化学療法を受けますが、腸閉そくになり12月1日に再入院、同日に再手術をしたものの手の施しようのない状態でした。人生の最後を自宅で過ごさせるため、生きるか死ぬかの危険なフライトで(体調が悪すぎて、気圧の変化で腸閉そくを起こしかねない状態でした)、なんとかスイスへ到着します。これが12月20日の出発でした。その後は自宅で最後の時間を過ごし、1月17日に自宅で最後の散歩、20日に亡くなっています。つまり彼女は、9月末から4か月くらいしか生きられなかったわけです。

日本人女子として、傑出した砲丸投げ選手だった森千夏はといいますと、彼女は26年間の短い生涯で、9回も日本記録を更新しているすごいアスリートでしたが、アテネ五輪代表に内定した2004年春過ぎから体調を崩し、アテネ五輪ではベスト記録(18m22㎝)に遠く及ばない15m86㎝で予選落ち、その後入院となりますが、病名が確定せず、入退院を繰り返します。ようやく2005年7月に虫垂がんであることがわかり療養をしますが、彼女が希望した治療法が保険適用外のものであり、彼女への募金も行われたとか。パニック障害を起こすなど、精神的なダメージも重大でした。そして2006年8月9日に26歳で亡くなっています。彼女も、自覚症状が現れてから、2年強くらいしか生きられませんでした。

2000年代に活躍したグラビアアイドルの村上恵梨は、2006年11月ごろから腹痛を感じ、翌年1月に病院を受診、原因不明でしたが虫垂がんであることが判明、直ちに摘出手術をうけたもののすでに転移が広がっており、同じ年の7月に亡くなっています。なお上の森、村上のお2人の闘病経緯も、Wikipediaの記述を私の責任で要約したことをお断りしておきます。

以上3人の方の闘病経緯を記しましたが、森以外は、自覚症状を訴えてから1年も満たずに亡くなっています。森は、2年数か月というところか。かつてこんな記事を書いたことがあります。

すい臓がんというのは危険な病だとあらためて思った

その記事でもご紹介しましたように、すい臓がんは、

>早期発見が非常に困難な上に進行が早く、極めて予後は悪い

とされ、

>膵癌の予後は非常に悪い。5年生存率は部位別がんのなかで最下位(5%)であり、治療がきわめて困難な癌の一つである。

というわけで、非常によろしくない病気です。虫垂がんは、こちらの論文でのデータによると、

>術後観察期間中央値は43カ月(2~169カ月),転帰は無再発生存5例,無再発他病死3例,腹膜播種による原癌死3例,肝転移による原病死が1例,切除断端再発よる原病死が1例であった.累積5年生存率は51.9%であった.

とあります。運が良ければ助かるのですかね。しかし、オードリー、森、村上の3人の状況では、なかなか治癒は難しかったのではないかという気がします。

すい臓がんの場合、糖尿病などの罹患者や肥満体の人などがなりやすいようですが、虫垂がんはまれながんなので、そのあたりはどうか。大腸がん全体では、Wikipediaによれば危険因子として、過体重・肥満、赤肉、加工肉(ベーコン、ハム、ソーセージ)の摂取、飲酒、喫煙などがあげられています。私はというと、飲酒はあまりせず、喫煙はしませんが、過体重・肥満だし、赤肉や加工肉は大好きです。私もそれなりのリスクファクターの持ち主です。ただ肉では、鶏肉が一番好きかな。

でも虫垂がんなんて、多分なるならないは運でしかないですからね。たぶん記事であげたお三方は、運が悪いから虫垂がんになったはずで、気を付けていればならなかったというものでもないでしょう。オードリーの62歳という年齢だってとても早い死ですが、森千夏と村上恵梨なんて二十代の死ですからとても気の毒です。

3人の方々を追悼して、この記事を終えます。

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断酒のほうがいいには決まっているが、「減酒」というのもオプションとして考えてもいいかもしれない

2022-05-17 00:00:00 | 書評ほか書籍関係

先日こんな記事を書きました。

酒の飲み方というのは、まさに人生をどう生きるかということと不可分であることを痛感させられる(『しくじらない飲み方』を読んで)

そうしたら、地元の図書館にこちらの本が新規の本としてありまして、さっそく借りて読みました。

今日から減酒! お酒を減らすと人生がみえてくる

前記事の本『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』の著者である斉藤章佳氏は、医者ではないアドバイザー、指導員みたいな立場ですが、これはアルコール依存症の専門医(倉持穣医師)の書いた本です。

前の本に、久里浜医療センターにおける「減酒外来」のことが書かれていて、著者が久里浜の医者にインタビュー取材をしていまして、私など「なるほどねえ」と興味深く読んでいましたが、この本は、まさにその「減酒」を自分のクリニックでやっている医者の書いた本です。なお久里浜医療センターのHPにおける減酒外来のくだりをちょっと引用してみます。太字も原文のままです。

  • お酒で身体やメンタルの調子を崩している
  • 飲み過ぎてよく記憶をなくしてしまう
  • 飲み方がおかしいと感じる。周りからもそう言われる
  • お酒の習慣を変えたいが「全くやめてしまうのは大げさだ」と思っている

ここ、久里浜医療センターでは、アルコールに問題を感じていて、お酒を減らしたり、お酒との付き合いを変えてみたい方達を対象とした「減酒外来」を始めることにしました。

従来のアルコール治療はお酒をやめることに重点が置かれてきました。この外来では「お酒の量を減らす」ことや「問題のない飲み方をする」ことも含めた、受診した方それぞれの多様なゴール設定に合わせたお酒とのお付き合いをサポートする、我が国初の外来治療を提供します。

「お酒の習慣は気になっているけど、病院に相談に行ったら『お酒をやめなさい』と責められるのではないか?」 その心配はいりません。

(中略)

診療対象と方針

  • お酒の習慣が気になっている方
  • お酒の量を減らしたい方
  • お酒に関する健康チェックをしたい方
  • アルコール依存症の診断がつく方もこの外来を受診することが可能です。ただし、アルコールの問題が重篤で、お酒を断つことが望ましいと判断される方には、断酒をおすすめすることもあります。
  • 当院への入院治療を希望する方には、従来のアルコール外来の受診をおすすめします。
  • すでに当院に通院されている方、入院されている方はこの外来を受けていただくことができません。現在の担当医の外来を受診くださるようにお願い致します。

もちろんアルコール依存症を断ち切るには、断酒をするのがいいには決まっていますが、しかし人間やはり「断酒」というのは難しいのも事実です。断酒でなくて「減酒」なら、まだ病院に精神的に行きやすくなるということも確かにあるかもしれません。私は幸いアルコール依存症ではありませんが、しかし今後ならないという保証はない。ここはやはりいろいろ知識を仕入れて、自分なりにアルコールに対処しなければいけないなと感じます。では、次は、今回ご紹介する本の著者である倉持穣氏が院長を務める「さくらの木クリニック秋葉原」のHPの断酒外来のくだりを。久里浜のと重複する部分があるのは乞うご容赦。

>飲酒コントロール障害であるアルコール依存症に対して、「断酒」の開始と継続が最も有効な治療法であることは明らかです。しかし様々な事情により「断酒は難しい」という患者さんは数多く存在しており、彼らに対しての有効な治療法は、我が国においていまだ確立されていないのが現状です。特に我が国の場合、患者さんに対して「断酒」治療を受けるか、まったく治療を受けないかの二者択一を迫る傾向が強かったため、「減酒(節酒)」を希望する多くの患者さんにとって、治療的な受け皿がない状況が続いていました。

当院では、このような現状を踏まえて、2015年頃より、減酒外来(節酒外来)を行っており、一定の成果を上げています。(もちろん医学的に「減酒」が難しいと判断される場合は、「断酒」の開始をお勧めすることはありますが、「断酒」を強制することはいっさいありませんのでご安心ください。)
具体的に減酒外来とは、減酒目標の設定、飲酒状況の記録、定期的な外来受診と報告、専門医からの定期的なアドバイスなどを行っていく認知行動療法的な治療法であり、ヨーロッパにおいて広く普及しています。外来通院の間隔は病状にもよりますが、当院の場合、1ヶ月に1~2回程度のことが多いです。

我が国において「減酒外来」が普及していく上で、2019年に大きな出来事がありました。それは、アルコール依存症に対する我が国初の減酒薬(飲酒量低減薬)であるナルメフェン(商品名セリンクロ)が、2019年3月に発売されたことです。ナルメフェンは、上記した認知行動療法的な治療(心理社会的治療)と組み合わせて使うことで、その有効性が確認されています。

ナルメフェンは、毎日服薬する必要はなく、大量飲酒してしまう危険性のある日などに、飲酒の1~2時間前に頓服する薬です。そのため患者さんのニーズに合わせて柔軟に使用することが可能です。もちろん毎日服薬することも可能です。使用が適切であると判断された場合は、当院ではナルメフェンの処方も行っております。

減酒外来に通院することで、可能であればアルコールと適切に付き合っていきたいものです。減酒外来については、詳しくは当院までお電話にてご相談ください。

減酒外来というのは、今の日本ではまだまだ発展途上というか、本格的に手掛けている医療機関が多いとは言えないのかもしれませんが、「減酒」による治療というのもあるんだというのがオプションになれば、それは選択の余地が多くなり、悪くはないと思います。昨今の研究では、「酒は百薬の長」なんてのは事実でなく、飲まないほうが健康にはいいということのようですが、しかし私も、可能なら死ぬまで酒は飲んではいたいと思います。どっちみち人間社会において酒というのは切っても切れぬものでしょう。だから飲酒をタブーとする有力大宗教があっても、いろいろなところで抜け道もあるし、必ずしも守られているわけでもないわけです。そしてそういうことに付け込んで、悪質なデマをほざくクズもいるし、そんな幼稚なデマを真に受けて恥をかく自分では頭がいいつもりだったらしい馬鹿もいるわけです。ウイグル人にとってもいい迷惑です。

なかなか面白い記事を見つけた(うそを見抜くのにいい判断材料になりそうだ)

こういうデマ記事を書いて発表するような人間と共著を発表する大学教授というのも、最低限の常識を疑う

こんな馬鹿やクズのことなどどうでもいいので話を元に戻すと、本の中には、減酒にチャレンジしている(成功したとは言えません。今日まで成功しても明日元の木阿弥にならない保証のある人はいないのです)人の体験談が6本、断酒中の人(これも同じです。明日も断酒できているかどうか保証の限りでありません)の体験談が2本収録されています。個人的な意見を言うと、これ減酒じゃなくて断酒にしたほうが絶対よいのではないかと思う人もいるのですが、久里浜も、さくらの木秋葉原クリニックも、共通して

アルコール依存症の診断がつく方もこの外来を受診することが可能です。ただし、アルコールの問題が重篤で、お酒を断つことが望ましいと判断される方には、断酒をおすすめすることもあります。

>もちろん医学的に「減酒」が難しいと判断される場合は、「断酒」の開始をお勧めすることはありますが、「断酒」を強制することはいっさいありませんのでご安心ください。

というわけです。断酒はあくまで「おすすめ」「強制することはいっさいありません」ということです。これは、つまりは「あなたは絶対断酒しなければだめだ」なんてことを医者から言われると、もう医者に来ない人がたくさんいるからです。来る人もいますが、来ないことも多々ある。そもそも麻薬じゃないのだから、成人が自分の金で飲酒をするということは止めようがない。それが極端になると、このブログで繰り返し登場する故佐藤忠志氏のように、生活保護受給者になっても保護費を焼酎と煙草にばかり使って食事もろくに取らず(死の直前の彼がひどく痩せていたのは、酒ばかり飲んでいて食事をしなかったからです)、それで孤独死してしまう人もいるわけです。

そしてこのような本を読んでいると、いつも「そうだよなあ」と思うことが多いのですが、減酒に取り組んでいる人の手記に、著者の倉持医師が寄せているコメントを引用してこの記事を終えます。間違いなく佐藤氏もある段階から自分のことをそのように感じていたし、残念ながら佐藤氏には、「では酒を控えて自分もそうなろう」と考える自己変革能力がなかったということなのでしょう。読者の皆様におかれましては、「減酒」というのを「断酒」と適宜読み替えていただいてもよろしいかと思います。

>アルコール依存症の人の多くは、「お酒に支配されている自分は情けない」と感じているものです。減酒とは、アルコールの力に振り回されている状態から、自分の能動性や主体性を取り戻していくことです。その結果、人は、再び自己肯定感を持てるようになり、自分のことも嫌いではなくなっていきます。(p.164)

読者の皆様へのお断り:この記事は、私のミスで、未完成の段階で5月17日月曜日の午前0時から朝の8時くらいまでアップされていました。失礼いたしました。また私は、現段階アルコール依存症ではありませんので、当然久里浜医療センターにも、さくらの木クリニック秋葉原にも通院もしくは入院している患者ではありませんし、両病院の宣伝や、あるいは減酒療法の宣伝や患者にすすめているものではありません。当然ながら治療は自分の判断ですることとなりますので、もしこの記事をお読みになって減酒療法に興味を持たれましたら、ご自分の責任でお調べの上での対応をお願いいたします。当然の話ですが、念のため。

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投票する気は全くないが、三原じゅん子とツーショット写真を撮った

2022-05-16 00:00:00 | フォトログ

過日(2022年5月14日)、小田急線新百合ヶ丘駅で下車したら、なにやらアナウンスをしていました。なんだと思ったら、三原じゅん子がいました。今度の参議院議員選挙に神奈川選挙区から再選を目指して立候補するので、その関係のものでしょう。特に演説するということはなく、ツーショット写真の撮影に特化していたので、では私もついでだからと考えて、一緒に写真を撮ってもらうこととしました。並んで写真を撮ってもらいます。

例によって姿はがっちり処理をかけているので表情はうかがえないかと思いますが、この時の私の表情は、実にさえないものでした(苦笑)。吉良佳子(吉良よし子)あたりでしたら、わりとうれしそうな顔だったかもしれませんが。このご時世では握手は不可ですので、グータッチをしました。自民党の政治家とグータッチ(あるいは握手)をしたのは、これが初めてかも。たぶんそうです。

ちなみに私以外の人は、彼女と同じポーズをしている人が多いようでした。一応私も、「がんばってください」「昔から見ていました」とは言いましたが。しかし見る人が見れば、ああ、あいつ冷やかしだなというのは一目瞭然だったと思います。たぶん三原も気づいていたのではないか。

昨日東京競馬場へ行った(しかし日本ダービーのためではない)(追記あり)

「ロマン長崎」の女性と写真を撮る(千葉にて)

やはり観光親善の人とのツーショット写真や、

いままで記事にしなかった2019年の写真の放出(10月31日渋谷ハロウィンでの美女とのツーショット写真ほか編 前編)

ハロウィンでのツーショット、

バンコク・ヤンゴン紀行(2013年12月)(18)

旅先での女性とのツーショット写真ほどは笑顔になりません(当たり前)。つまりは、一方はそれなりに緊張しているというか気合が入っていますが、もう一方はやる気がないというものですかね。マッカーサーと昭和天皇の面談みたいなものか。

マッカーサーの態度と昭和天皇の態度が、まさに戦後の日米関係を象徴するとみな考えられたし、事実そうなったわけです。

それはそうと、私がなぜ新百合ヶ丘へ行ったかというと、とある映画を観るためです。ロベール・ブレッソン監督の『やさしい女』です。この映画については、前に記事を書きました。

ロベール・ブレッソンの「やさしい女」が公開されている

この映画も何回も観ていますが、2021年が原作者(ドストエフスキー)の生誕200年ということで、公開されたということです。

川崎市アートセンターです。こちらで公開されたわけです。川崎市立の芸術文化施設ですが、芸術系の映画も上映してくれている私のような人間には大変ありがたい施設です。近隣にお住いの読者の皆様も、ぜひご活用ください。

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