ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

Bill McCreary氏のいろんな写真

2008-04-30 23:29:41 | Weblog
すいません。今日は馬鹿なネタです。

下の自己紹介の欄にもあるように、私のハンドルネームは、National Hockey Leagueの審判、Bill McCreary氏からいただいています。彼は、1955年にカナダのオンタリオ州に生まれました。叔父やいとこもアイスホッケーの有名な選手で、McCreary氏自身は、NHLのトップのレフェリーです。

で、この人の写真を幾つか集めてみました。大して関心を引くようなものではないかもしれませんが、ちょっと見ていただければうれしく思います。




電話でプレーの確認をしているMcCreary氏。



ヘッドコーチにジャッジの説明をするMcCreary氏。アイスホッケーのヘッドコーチは、顔が怖い人が少なくありません。



GKと言い争うMcCreary氏。



ペナルティを宣告するMcCreary氏。



なぜかGKと仲よさそうなMcCreary氏。



あら怖いというMcCreary氏。アイスホッケーも危険なスポーツです。

すいません、今日は下らんネタでした。

コメント (2)

アニセー・アルヴィナ 1979年のインタビューを翻訳する予定

2008-04-29 22:36:54 | アニセー・アルヴィナ
先日発表させていただきましたアニセー・アルヴィナ 1975年のインタビュー(1)~(3)の記事は、モーランGさんのサイトでも取り上げていただいたおかげで、大変多くの読者の方からアクセスをいただきました。ブログ管理人より、お礼を申し上げます。

前にも書きましたとおり、アニセーのフランス語でのインタビューは、日本語に翻訳されたものよりだいぶ表現や感情の吐露も直截に思えます。「フレンズ」で彼女が演じた少女ミシェルの純情で優しい雰囲気とはずいぶん違いますが、フランスで発表されたフランス語のインタビューによって、彼女の映画への熱い想いを日本のアニセーファンの方々に知っていただきたいと考えています。

なお、一応断っておきますと、私がフランス語のインタビューを翻訳するなど僭越なのですが、ぜひ彼女の想いを日本のファンの皆様と分かち合いたいと考えて、何とか努力して翻訳しています。よろしくお願いします。

さて、私の手元に、もう1つアニセーのフランス語のインタビュー記事があります。フランスの雑誌「CINE REVUE」の1979年12月号の記事で、アニセーがまたまた映画についていろいろ語っています。表紙もアニセーです。合計4ページの記事ですが、アニセーの写真が2ページ弱ほどありますので、実際のインタビューは2ページ強です。が、雑誌のサイズが大きく、活字も小さくぎっしりつまっているので、かなり翻訳しがいのある量のインタビュー記事です。まだ翻訳には取り掛かっていませんが、記事を発表できるのは連休明けかそれ以降になりそうです。

余談ですが、1979年にこのインタビューを発表してからまもない時期に彼女は、映画界から旅立ってしまいました。(たぶん)志半ばで女優の世界から去ってしまった彼女の想いを、このブログのインタビュー記事を読みながら考えていただければ、私もとてもうれしく思います。

(表紙の写真などは後日アップします。申し訳ございません)

さて、私もまだ記事未入手ですので詳細は不明ですが、彼女が映画界に復活した1995年のインタビュー記事もあるようです。これは、雑誌の現物はともかく、記事のコピーはなんとしても入手して、ぜひこのブログで訳して発表したいと思います。当然彼女のインタビュー記事はなんでもウェルカムです。何か情報をご存知の方がいましたら、モーランさんでも私でもけっこうですので、教えていただければ幸いです。

いずれはまとまったアニセーの記事を書こうとも考えています。私の持っている海外版DVDの紹介や評も計画中です。今後も、この「ライプツィヒの夏」をよろしくお願いします。
コメント

靖国神社へ、「南京の真実」を見に行く(2)

2008-04-27 21:02:02 | 映画



さてこの映画ですが、南京事件否定派の映画監督・チャンネル桜(右翼のCS放送局)社長の水島総氏が監督しています。彼は、製作・監督・脚本・編集と、大活躍です。

ではこの映画の評判はというと、イデオロギー(南京事件を否定するとか)でこの映画を支持している人たち以外で、この映画をほめている人を私は知りません。もちろんイデオロギーは相容れないが、作品そのものの出来はとても優れているということも、世の中ないではないので、とりあえず見ないと話は始まりません。

さて、私の感想はというと、まず上映時間が長すぎます。最初のヴァージョンより短くなったようですが、それでも2時間50分です。ちょっと長すぎます。どうも監督自身が編集をやっているので、冷厳にカットできないように見えます。

また、この映画のストーリーは、極東国際軍事裁判で死刑判決を下された七人の死刑囚の最後の1日を細かく描写して、途中で当時の記録映画を挿入しながら南京事件を否定するという構成をもっています。この方法も、まだるっこしいだけで、映画の狙いの本質がひどくぼやけてしまったように思えます。仮に荒唐無稽ではあっても、ストーリーをもっとストレートに否定論を全面に打ち出したほうが、この映画を支持する観客達は納得したのではないでしょうか。


最初に、東京大空襲と広島・長崎の原爆の犠牲者達の写真が映し出され、、「原爆が落とされ、広島長崎三十万人が虐殺された日、戦後日本と「南京大虐殺の嘘」が始まった」と出ます。ようするに米国が捏造したと主張したいのでしょうか。一般的には、中国側の捏造とされているのでは…。どちらにせよ、まともに相手にされる話ではありませんが。

それにしても、沖縄が出てこないのは、右翼らしいというべきでしょうか。

この映画の南京事件否定論は、もっぱら事件直後の南京の映像をみせて、「市民達はこんなに穏やかな表情をしている」みたいなテロップを入れて(メモしなかったので、正確な表現ではありません)いるのですが、個人的には、あまり南京市民達の表情は「穏やか」と表現できるようには思えませんでした。で、ほかにも時代錯誤な陰謀論や(盧溝橋事件は、中国共産党の陰謀だとか)事実誤認のテロップがでます。正直、映画を見ていて失笑したくなりました。

それにしても、こんな程度のシロモノで、「南京事件否定」を主張されてもねえ…。やっぱり通用しませんよね。

最後に、映画のクライマックスでも、独房から最初に出された東條英機ら4人の死刑執行の場面を事細かに描写したあと、よせばいいものを広田外相その他次に処刑された3人の執行の模様も詳細にたどります。冗長にもほどがある。いいかげんにしろといいたくなりました。なお、紙コップにぶどう酒を注いだり、別れの杯をするシーンがありましたけど、当時の紙コップって、あんなに真っ白な物だったんですかね。

それでひどいのが、戦犯死刑囚の世話をする花山教誨師が、処刑後に処刑場へ行ったら、七人の人が能をするという(幻覚?)シーンで、これにも笑いを我慢するのに大変な努力をしました。

映画はクレジットタイトルの後、左側に「協力者」の名前を出しながら、すでに90くらいになった元兵士たちのインタビューを流すという画面がえんえん続いて終わります。もちろんこんな映画に出てくる人たちが、南京事件があったなんて証言するわけもありませんが、他はともかくこのシーンはけっこう不愉快でした。

私が、映画が終わって会場を立つと、拍手がおきました。こんな映画を真に受けちゃう人も、やっぱりいるんでしょうね。

映画を見終わって、外に出ました。映画にも出てきた、パール判事の碑を見ました。



そういえば、首相だった安倍も、インドへ行った時、判事の子孫に会いましたっけ。判事も、空の上で困惑しているのではないでしょうか。



靖国神社を後にします。



靖国神社については、後日再訪してあらためてレポートを書こうと思います。
コメント (6)   トラックバック (1)

靖国神社へ、「南京の真実」を見に行く(1)

2008-04-26 21:22:12 | 映画
靖国神社の遊就館で、4月いっぱい連日1日2回「南京の真実」という映画(第一部だそうです)を上映しています。遊就館の入場料800円(高い!)を払えば見ることができます。もっともこの映画、実際には自主上映を行っていて、そこではお金を取っていないので、実質800円を払うのもどうかという気がするのですが、映画の日だって1,000円取られるのだから800円は高くないと(むりやり)自分を納得させて、本日2008年4月26日、生まれて初めて靖国神社というところへ行ってきました。近くはしょっちゅうふらついているところなのですが、中に入ったのは、初めてです。

靖国神社といえば、最近は映画「靖国」の話題に世間の関心が集まっていますが、今回はもちろん関係はありません。ただ、この「南京の真実」と「靖国」は、関係している人たちが少々重なっているのも事実です。

大鳥居をくぐるのではなく、市谷方面からショートカットで南門から中に入りました。狛犬が出迎えてくれます。



学校帰りの高校生の女の子がだべりながら歩いていました。この近辺は文教地区です。

拝殿を見ます。土曜ですが、特に行事があるわけでもないので、中はそんなに込んでいません。



個人的には、この掲示板が印象に残りました。



私は靖国神社には批判的な人間なので、参拝とかはもちろんしません。遊就館へ向かいます。



ここは、日本を代表する戦争博物館です。日本の侵略に対する反省がないとか、帝国主義的視点がないとかいろいろ批判されていますが、これはこの記事の本論とは関係ありません。展示は後日ゆっくり見学させていただくこととして、中に入りました。800円の入場券を自動販売機で買い、荷物をコインロッカーに預けました。2階に上がるとホールが2つあって、奥のほうでこの映画を上映します。上映は、残念ながらDVDによるものです。フィルムでの上映ではありません。

本当なら中の写真もお見せしたいのですが、ここは撮影禁止ですので私も撮影は遠慮しました。観客は、私が数えたところ60人弱というところでしょうか。意外と入っていました。

靖国神社の職員の方が「これから上映します」旨のあいさつをしました。2時間50分の映画の始まりです。
コメント   トラックバック (2)

アニセー・アルヴィナ 1975年のインタビュー(3)

2008-04-25 20:32:13 | アニセー・アルヴィナ
・・・・・・(アニセー・アルヴィナ:)映画が「現実」であると主張するのであるからには、つまり、ヌードのシーンて、人生の中でどのような場面であるのかって思うの。全然現実的じゃないじゃない!情婦はいつもすっぱだかでガキは成人するまで毛布にくるまっているっていうわけ。そのようなことの中に、あたしをいらだたせるある種の偽善があるのよ!

ロブ=グリエは私の言うことに完全に賛成すると断言してくれたし、それから「私の次回作では、ヌードのシーンは絶対にない」って付け加えてくれたわ。ロブ=グリエといっしょにお仕事をするのってすごい楽しいし、とりわけ彼と共に進化するようなものね!


プリヴェ:「背徳物語」封切り前のあなたの予定についてお聞かせください。

アニセー・アルヴィナ:ジャン=ピエール・ベルクマン監督の「背徳物語」は、私が撮影し終えたばかりのもう1本の映画「妖婦」とほぼ同じ時期に公開になるわ。「妖婦」ではとても面白い役だったので、ぜひその話をしたいの。あたしは、とても落ち着いていて、夫と情夫の間で忙しい女性を演じていているわ。警察物のストーリーで、犯罪でおわるの。だから裸が出てくる映画じゃないわ!「ほら、最新作で、アニセー・アルヴィナのヌードを見ようぜ」なんてことは言われないわ。私の演技を見てくれるってことね。


プリヴェ:アニセーさんは、ご自分をどんな女性だと思いますか?

アニセー・アルヴィナ:私は、とても気がかわりやすいわよ。ほんと「セックスシンボル」になんて、絶対なりたくないの。他の人からは、喜劇女優として、1人の人間として評価されたいの。身体だけが注目されるなんて本当に嫌だわ。今は、とても若い映画監督である友人と短編映画を作っているわ。面白くてたまらないの。これこそ映画ね!


プリヴェ:撮影中でないときは、どんなふうに過ごされているのですか?

アニセー・アルヴィナ:ちょっと絵を描いたり、デッサンしたり、映画には本当にしょっちゅう行くわね。幻想小説やマンガは大好きよ。私の夢は、コメディ・ミュージカルに出演すること!実際には、そんなに風変わりでもないわ。というのは、アメリカ人ができたことを見たとき、既に制作された側でない方を試みることができるだろうかと思うの。

ほんとのところ、同じことをやらないのが好きで、いろんなことをしたいの。いつまでも「エロティックな」映画には出たくないってこと。それって、私がすごい移り気な気質だってことに由来しているのよね。


プリヴェ:なぜアニセーという名前なのですか?洗礼名なのですか?

アニセー・アルヴィナ:ええ、でも私は洗礼は受けてないけどね。あたしの父はイラン人で、「アニセー」って名前の基となったのは、イラン人の女性の名前なの。おまけに、その名前をちょっと父の好みにあわせて変えてるから、理屈の上では、「アニセー」って名前の女性は他にいるはずがないのよね。とにかく、確かだと思うんだけど、あたしみたいな女の人は、他には決していないわ!
(了)


             *                                                *  

この記事の目的は、アニセー・アルヴィナのインタビューを読んでいただくことですので、私の解説は最小限にとどめます。

私が個人的にこのインタビューを読んでいて驚いたのは、彼女が「父はイラン人」と、自分がイラン系フランス人であることをあっさりと語っていることです。私は勝手に、彼女は自分がイラン人の血を引いていることを公表したがらなかったと考えていたのですが、70年代半ばの時点でそれを特に隠す様子もなく答えているのは意外でした。インタビューにもあるように、「アニセー」という名前はかなり珍しい名前ですから、移民の系統であることは、いまさら口を濁すようなことではなかったのかもしれません。ただ、当時(70年代半ば)は、いまよりずっと差別の厳しい時代だったはずで、彼女も苦しむことが少なくなかったはずです。

なお、ロブ=グリエとアニセーの3本目の映画は実現しませんでした。また、彼女が語っている「短編映画」とは、「貧しいソニア」という映画のことだと思われます。詳細は分りません。そしてヌード封印宣言をしているアニセーですが、彼女はついに裸のシーンと縁がきれることはありませんでした。個人的には彼女を気の毒に思います。

また、未公開作品の題名については、モーランさんのサイトを参考にしました。お礼を申し上げます。
コメント (6)

アニセー・アルヴィナ 1975年のインタビュー(2)

2008-04-23 11:21:07 | アニセー・アルヴィナ


プリヴェ:(アラン)ロブ=グリエとの出会いは、一目ぼれのようなものでしたか?

アニセー・アルヴィナ:ああ!そのようなものね!彼は、「春の訪れ」を見たの。そして私の演技を見てとても気に入ってくれたわ。それで私とぜひ逢いたいって言ってくれたの。私は彼の名声を知らなかったし、文筆家としての彼も知らなかったわ。彼と逢う前に、彼の著書を読もうとしてみたの。8ページしか読めなかったわ!

彼のことは、にきび面で眼鏡をかけた堅物だと想像していたわ。実際には、とても感じが良くて、ユーモアがあって元気いっぱいの人だって分ったわ。1年くらいたって、彼は「危険な戯れ」を監督しようとしたの。でも、ジャン=ルイ・トランティニャンのスケジュールが空いていなくて。監督は待つことにして、私のためにもう1本の映画の脚本を書くことにしたの。新人女優のための別のシナリオを書くなんてとても珍しいことでしょうね。確認はしてないけど。撮影は、「快楽の漸進的横滑り」っていう題名で、とても楽しかったわ。「危険な戯れ」よりね。彼の映画は、だいたいにおいて、たった1人の人間に執着するの!「危険な戯れ」の中では、主な登場人物が、3人いたわ。トランティニャンと(フィリップ)ノワレとあたし。演じている最中は、私たちがどこへ行こうとしているのか見当がつかなかったんだけど、テーマはちょっと支離滅裂よね。


プリヴェ:あなたは、どんな風にロブ=グリエを説明しますか?

アニセー・アルヴィナ:何よりもまず、すばらしくユーモアがある人だと思うわ。彼の映画って、ちょっとあまりに知的なイメージを前提にして見られている傾向にあるじゃない。映画の中にユーモアがあって、ちょっとマンガのような側面もあるってことが認識されていないのよね。思い切って笑うってことができない印象があるわね。撮影している最中は、観客は、これらの映画がロブ=グリエの作品だってことがあんまり理解できないのではないかと思うわ。


プリヴェ:ご家族は、映画の中でいつもヌードになっていることに、どう反応されていますか?

アニセー・アルヴィナ:私が喜劇女優でありたいって思っていることをとても面白がっているわ。ロブ=グリエの映画も喜んでいるわよ。あたしにとっては悩みでも、家族にとってはそうではないのよね!


プリヴェ:脱がない役について、計画があるのですか?

アニセー・アルヴィナ:ええ!ちょうど、ロブ=グリエとね。この間彼とあったとき、アヴォリア(フランスのスキーリゾートの街)の映画祭の時、私たちは話しあったの。「危険な戯れ」の撮影の最中に、ちょっとうんざりしちゃったし、ヌードのシーンも、もうたくさんだってこと、彼に説明したわ。彼は、1年以内に実現しそうな他の映画の計画を私に話してくれたわ。その映画は、ますますマンガのようなものになるわ。トランティニャンが演じるのとちょっと似たような役になりそうよ。それって、とっても面白おかしくあるべきよね。

(つづく)
コメント

アニセー・アルヴィナ 1975年のインタビュー(1)

2008-04-22 19:42:22 | アニセー・アルヴィナ
前にも書きましたとおり、アニセー・アルヴィナの、フランスの雑誌「PRIVE」1975年4月号でのインタビュー記事を日本語訳しましたので発表します。彼女の本音や映画に対する熱い想いがうかがえます。個人的には、日本の映画雑誌のインタビューよりかなり彼女は熱く語っているように思いました。彼女の母語であるフランス語と翻訳された語りの違いでしょうか。

       *                                 *

アニセーはそれを不快に思っている

4月、映画では脱がない
誰がアニセー・アルヴィナについてそんなふうに語るだろうか。
というのは、彼女は今後映画でヌードにならないことを決意したからだ。
彼女がそう決意したことは、我々にはとても残念だ・・・。でもアニセーには、自分の行く道が見えている。
自分の将来を、大女優のような手腕で突き進んでいる。そして、裸の女優はいなくなってしまうが、映画界に間違いなく姿をあらわす…喜劇女優として。


プリヴェ:映画の世界にあなたはどのようにして頭角をあらわしたのですか?

アニセー・アルヴィナ:私はずっと喜劇女優になりたかったの、なぜそう思ったかは分らないけど。でもどうやったらなれるのか、ぜんぜん分らなかったわ。映画のお仕事をしたいということは気づいていたのだけど、それを実現させる方法なんて思いもつかなかったわ。バカレロアと学業の後、サンジェルマン・アンレーで演劇の授業をうけたの。完全にアマチュアの流儀だったけど。大勢の人に舞台と映画の仕事に就くよう手助けする公開オーディションに参加することでその課程が卒業となることに気づいたわ。だから私は、オーディション受ける気になったの。

芸能事務所の人がいて、私に事務所に来て写真もいっしょに持ってこいと言ってきたわ。私はそうしたわ。それがどんなに重大ことか認識してなかったけど。事務所の人には身分証明書用の写真を渡したわ。それで全てが始まったの。彼は私を(ミシェル)オーディアール監督のところへ連れてったの。オーディアールは、「彼女は酒は飲まない、煙草は吸わない、でもおしゃべりだ」ていう映画の端役に私を起用してくれたわ。ミレーユ・ダルク主演の喜劇映画で、その中の小さな役だったわ。

それから、とても若い女の子、だいたい16歳くらいのね・・・をさがしていた英国人の映画監督と出あったわ。私は今でも若いけど・・・22歳なんだけど、とてもしばしば18歳っていわれるのよ!私はその役に抜擢されたわ。その映画は、米国や日本でとてもヒットしたの。「フレンズ」って題名よ。とてもヒットしたので、続編(続フレンズ/ポールとミシェル)も制作されたわ。一作目と同じくらいの成功を収めたのよ。


プリヴェ:あなたは映画出演のたびにヌードになっています。自分自身の誇りになるような印象的な場面はありますか?

アニセー:いいえ!もううんざりよ!ほんといつも決まりきったように裸になっている印象があるわ。ほんとに必要不可欠な限り、またギャラをもらえる範囲でのみそのことを受けているの。もちろん裸のシーンがあるたびに少々困惑するけど、そんなにひどく気に病んでいるわけでもないけどね。それは、あたしをうんざりさせるし、今では裸のために裸になっている権化みたいね!

脚本の中で、ベッドに入っている時、お風呂に入ったりシャワーを浴びたりしている時、愛し合っている時に服を脱ぐのは自然だと思うわ。そんなことで服を着ていたがる人はいないってことは明らかじゃない。それが生きるってことだし、いろんなことの何かが正常に行なわれているってことだわ。

でもジャーナリストは、分りやすい意見を排して、もっぱらそっちの視点に自分の批評の基礎を据えるわ。裸のシーンだけがあの人たちの注意を引くの。「性的な」とその映画を定義するよう決めちゃうの。ああ、全然そんなことないのに!


プリヴェ:初めてのヌードのシーンの撮影は、どのように対応しましたか?

アニセー・アルヴィナ:私の最初の映画の撮影で、それはあったわ。でも、代役が立てられていたの!それでも、そのことを考えると、それってほんとに悪気があるってことではなかったわね。私は背中から裸になって、浴槽に入ったの!とてもぼやけていて、とてもかわいらしく見えて、全然取るに足らない…なんていう風には誰も見てくれなかったわ。確かに、同じ考えがあたしをうんざりさせたわ。で、最後には、代役になったの。その後、「春の訪れ」の撮影の最中だったけど、そもそも追加のシーンがあったの。それは完全に前のとは異なるものだったわ。アクションのシーンで、私はひどく怒っていて、ヒステリーの発作を起して、シャワーの下で落ち着くというものだったわ。裸でないなんて考えられないわ!裸のシーン、裸のシーン!

(つづく)
コメント

ブダペスト紀行(2006-2007)(10)

2008-04-21 20:59:47 | 旅(欧州―英国・アイルランド以外)
トラムに乗って、マルギット橋を渡って、西駅に行きました。

別に何の用事があるわけでもなかったのですが、面白そうかなと思ったので行ってみたのです。



さすがにここは人通りも多く、けっこうせかせかした雰囲気でした。極端に言えば、渋谷の駅前に近い雰囲気がありました。

駅の中に入ってみると、けっこう荘重な雰囲気です。

実はこの写真をとったときは、もしかしたら(私にとっては)歴史的大傑作が撮れたかもと期待したのですが、いやあ、どってことない写真ですね。



それにしても、駅前とか構内って、怪しげな人間がたむろしていますよねえ。私も他人から見れば、そのように見られていたかも。



駅のとなりの広場では、ライヴの会場が準備されていました。年が変るころは、ここも盛り上がるのでしょう。

コメント

アニセー・アルヴィナの1975年のインタビューを翻訳中

2008-04-20 11:10:44 | アニセー・アルヴィナ
アニセー・アルヴィナのインタビューが収録されている1975年のフランスの雑誌を入手できました。たぶん日本では発表も翻訳もされていないと思いますので、私が翻訳することにしました。

でも、私がフランス語を翻訳するなんて無茶なんですよねー。そんなにフランス語ができるわけでもないし。が、日本にたくさんあるブログの中で、アニセー・アルヴィナの日本未発表インタビューを探して翻訳しちゃおうという人は、たぶんTakagiさんか私くらいしかいないと思いますので、ここは私ががんばらなくてはなりません。



彼女のインタビューが収録されている雑誌は、「PRIVE」という雑誌の1975年4月号です。ちょっと読んだ限りでは、表紙からも分りますけどかなり大胆というか露骨なヌード写真がたくさん収録されている雑誌です。どうやら、「LUI」などとくらべても、あまりグレードの高い雑誌ではないみたいです。アニセーの写真も、「危険な戯れ」他の映画からの写真(「危険な戯れ」の写真はスチール写真でもないみたいです)がありますけど、1枚をのぞいてヌードの写真ばかりです。ちょっと、アニセーが気の毒になりました。

「危険な戯れ」は、最近亡くなったアラン・ロブ=グリエが監督した映画です。日本でも、日本ヘラルドが輸入しようとしたのですが、けっきょくお蔵入りになってしまいました。シルヴィア・クリステルも(カメオ出演ですが)顔を出しているくらいですが、興行的に期待できないという判断がはたらいたのでしょう。ずっと後の1989年に、VHSビデオが日本でも発売されました。

まだ20歳をちょっとすぎたくらいのアニセーの本音がけっこう出ていると思います。アニセーが好きな方も興味のない方も知らない方も、このブログに遊びにきていただいた縁で、読んでいただければ幸いです。

余談ですが、彼女の複数のインタビューを読んだ限りでは、彼女ってかなり気が強い女性なんだなと思います。芸能人なんだから当たり前ですが、「フレンズ」の純情な雰囲気とは(当然ながら)ぜんぜん違います。

あと数日もすればこのブログで発表できると思います。お楽しみに。
コメント (2)

ブダペスト紀行(2006-2007)(9)

2008-04-19 19:56:45 | 旅(欧州―英国・アイルランド以外)
王宮の丘を下りて、てくてく歩きました。



なかなか趣のある建物です。

こういった、ガスが漂う欧州の街って、きれいですね。冬は観光に向くシーズンではありませんが、でもこういった雰囲気は好きです。







日もいよいよ暮れ始めてきました。2006年の最後の夜です。まもなく真っ暗になりました。

いかにも昔の「東欧」という雰囲気の車がありました。そういえば、ドイツで「トラバント」(観光用でなく本当に走っていました)を見たとき、妙にうれしかったことを思い出しました。クロアチアでは、すごい小さい車にも乗りましたっけ。



それにしても夜のブカレストって、場所によっては本当に真っ暗です。女性はけっこうやばいかも。もっとも、これは東京の明るさに慣れすぎているからかもしれません。地方都市は、日本でも東京ほどは(当然ながら)明るくありません。



このようなライトアップされた建物もあります。



コメント