ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

第二自民党あるいは自民党補完政党もしくは極右政党の解党・壊滅的打撃を嘆く産経新聞

2014-12-31 00:00:00 | 社会時評

ちょうど総選挙公示中の12月5日、産経新聞にこんな記事がのりました。

民社党にみる戦後政治の「不運」 社会学者、関西大学東京センター長・竹内洋(魚拓12

いくら民社党の解党からこの12月で20年とはいえ、衆議院選挙の最中にこんな記事掲載しなくてもいいじゃんという気はします。いくら産経新聞だからってさ。筆者は、たぶん選挙とは無関係にこの記事を書いたのでしょうから、これは掲載する産経新聞の見識の問題ですかね。

>1960年1月、西尾末広や片山哲などが日本社会党を離党して新党・民主社会党が誕生する。与党・自民党と野党第一党の社会党による55年体制のなかで、保守よりの野党として独自の政策を掲げた。階級政党ではなく国民政党を宣言し、格差の拡大になりかねない資本主義経済を是正する福祉国家構想が提起される。

民社党は階級政党ではないでしょうが、民社党が国民政党なんか自称したってたいていの有権者からは馬鹿にして笑われるだけでしょう、って、私も馬鹿にして笑います(笑)。なにを馬鹿なことを主張したんだか。

>民社党の不運といえば、まだある。民社党の学者支援集団の民主社会主義研究会議に集まった蝋山政道や関嘉彦、猪木正道などは人間的にも学者としてもすぐれた人々だったが、蝋山の盟友で、関や猪木の師だった河合栄治郎を欠いたことは痛手だった。

河合は1944年に53歳で早世し、戦後は故人。

1960年に設立した党について、1944年に亡くなった人物の死を嘆いたってはじまらんでしょ(呆れ)。結党の十何年前に亡くなった人の名前を持ち出すって、どういう神経しているんですかね。

>河合は社会党のブレーンだった大内兵衛や向坂逸郎と同世代だが、知名度と影響力で河合のほうが、はるかに上である。河合を欠いたことも民社党のプレゼンスには不運だった。

別に河合と比較して、大内向坂が知名度が低いとか影響力が低いなんてこともないと思いますけどね。単に筆者が民社党が好きで、社会党と大内、向坂が嫌いなだけでしょう(笑)。ていいますか、1944年に亡くなった人と、1980年代まで生きていた人たちの戦後政治への影響力なんて、そもそも比較すること自体が野暮でしょう。

それにしても、産経界隈の人たちって、河合をものすごく評価していますね。なにしろ東京大学名誉教授の平川祐弘氏などは、「河合と尹にみる日韓言論の桎梏」という記事で、

>早世しなければ河合栄治郎は戦後日本の首相に選ばれた人である。

とまで書いているくらいです。え、戦後日本に学者出身の首相が出る可能性は低かったんじゃないの、って言う気がします。民主党の鳩山さんは学者出身ですが、世襲政治家だしね。土井たか子が学者出身の政治家としては、一番首相に近かったですかね。知事とかなら、わりといます。

話を元に戻します。民社党はCIAのひも付き政党だなんて話もありますが、だいたい河合が存命だとして民社党が社会党を上回る勢力を持つ政党になった可能性なんて、高いとはいえんでしょう。民社党の党勢が大きくならずじまいだったのは、浅沼稲次郎の暗殺によって社会党に同情票が集まったとか(そのような話も書いています)そんな矮小な問題ではない。その理由はたくさんあるでしょうが、私の思うにそれは3つ大きな理由を挙げられると思います。

1つは、民社党のイデオロギーが有権者に評判が悪かったことです。「反共」を理由にその党に投票する有権者がどれくらいいるかも疑問ですが、そのような有権者は自民党に投票する可能性が高い。民社党のチリ・ピノチェト政権支持、韓国・朴政権支持なんてのは、人権に対するこの党の無関心ぶりを証明しているわけで、それは民社党に投票をする可能性のある有権者にあまりアピールするものではなかったでしょう。

第2に、民社党の政治家の資質の低さです。春日一幸なんてのは、支持者や一部有権者には人気はあったのでしょうが、政治家としてはろくでもない人間という以上の評価はできないでしょう。支持はしなくても、ある程度敬意を払われる、といったレベルでもない。このあたり共産党の政治家が、イデオロギーとかは違っても全般として政治家としての実力が高いことは、他党の政治家からも認められていることとえらい違いです。社会党の政治家のほうがずっと実力があったし、公明党にもだいぶ劣ったのでは? これも、たとえば政治家の魅力で投票する気持ちにもならないというのが多くの有権者の正直なところだったでしょう。

最後に、民社党の主要支援組織であった労働組合、旧・同盟の力のなさです。社会党を支援した旧・総評と比べると、組合としてのありかたその他でやはり勝負にならない。同盟の力のなさが民社党支援の不十分さにつながったのか、そもそも同盟に民社党を支援する意欲が低かったのか、それがどれくらい複合しているのか、そのあたり詳しいことは私も勉強していませんが、つまりは同盟の支援は民社党を強くするものではなかったということです。

民社党は、イデオロギー、政治家の資質、支援組織のすべてがダメダメだったと思います。民社党は他党と比べても数段どうしようもない政党でした。

さてさて、衆議院選挙の結果はというと、「次世代の党」の一人負けと言っていい印象ですが(「みんなの党」は、選挙以前に解党したので論外です)、産経新聞にこんな記事が載りました。

「誰が国会で慰安婦問題を聞くの?」 次世代の党、存続の危機…首相の政権運営にも影(魚拓2

>誰が国会で慰安婦問題を聞くの?

なんて、いくら産経新聞だからといったって、記事の見出しにするか(馬鹿)という気がしますが、けっこうこれ産経新聞の本音をあらわしているように思いますね。つまりは、国会で河野談話について反対する質問をする際、与党議員(公明党の議員はさすがにこんな質問はしないでしょう(少なくとも現段階では)から、するとすれば自民党の極右議員でしょう)が質問するのはリスクが高いので、「次世代の党」のような右翼野党の議員に質問してもらって、安倍晋三が見直し意向に沿う答弁をする、ってことでしょう。この件に限りませんが、典型的な示し合わせの答弁ですよね(笑)。毎度おなじみの手口です。

しかし衆議院で小選挙区2議席の当選にとどまり、比例ではゼロというのが、この党の支持の状況のわけで、次世代の党のやり方も全くと言っていいほど破綻してしまったわけです。次世代の党の候補者たちは、自民党は公明党と連立していてはだめだ、自分たちと連立しろと主張しましたが、たいていの自民党支持者も議員も、次世代より公明のほうがずっといいと考えざるを得ないでしょう。

次世代の党の惨敗の原因は、上で私が指摘した民社党の問題点とだいたい共通すると思います。次世代の党の場合、イデオロギーは右翼に特化しているので、それは批判しても仕方ないのですが(共産党の左翼イデオロギーを批判しても仕方ないのと同様)、あまり有権者の支持を得るようなものではない。政治家の資質で言えば、現職であってもこのブログでも記事にしてとりあげた西村眞悟中山成彬など、正直問題発言その他トラブルが多すぎて、政党の足を引っぱるような連中が多い、新顔も田母神俊雄のような不祥事を起こして組織を追い出されたような人物を堂々と公認候補にするといったところです。支援も、ネット右翼では力がなさ過ぎでしょう。

特に公明党への攻撃は、比例に投票する気もなくす、というものですよね。外国人の生活保護廃止なんて(そこで引っ張り出されたデータも事実無根であると批判されました)、一部の人間は喜ぶかもしれませんが、とてもそれを理由にして投票するなんて気にはならんでしょう。これでは泡沫候補の立候補と主張と言われても仕方ありません。

それで、産経新聞の本音としては、もちろんそんなことは書けないし書きませんが、やっぱり自民党はぜひ公明党でなく次世代の党(のような極右政党)と連立してほしいというのが本音なのでしょうね(笑)。そういうことを主張すれば安倍の足を引っぱるし、さすがに現実性はないといわざるを得ないから黙っていますけど、連立は無理でも自民党の極右主張を代弁する政党としての次世代の党の存在意義は、産経新聞からすれば貴重なものだったのでしょう。

実際問題として、安倍という男のイデオロギーは、平沼や田母神ほか次世代の党のメンバーのイデオロギーと酷似していますが、さすがに中国にそんなに極端な対決姿勢はとれない。過日の日中首脳会談など、安倍だから右翼メディアも批判しませんが、他の首相なら産経などは「土下座外交」と罵るようなものでしょう。その程度には安倍も常識はあるということです。しかし次世代の党の連中には、その程度の常識もなかったということです。

つまり今回取り上げた2つの記事は、1つが外部の筆者、後者が記者の記事ではあっても、要は第二自民党がうまくいかなかったということを嘆いているというわけで、産経が嘆くということは私にとってはたいていは喜びですから、たいへん読んでいて面白い記事でした。まあ安倍の天下はまだ続きますから、その点では大して面白くもないですが。

今回の記事も、bogus-simotukareさんの記事(こちらこちら)を参考にしました。感謝を申し上げます。

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2014年下半期に劇場で観た映画

2014-12-30 00:00:00 | 映画

 年末も、恒例の劇場で見た映画のご報告です。今年はあまり映画見ていないと反省しなければいけません。ほとんど「午前十時の映画祭」の映画ばかりです。 

あなただけ今晩は(*)

俺たちに明日はない(*)

飢餓海峡(*)

ゴースト/ニューヨークの幻(*)

サウンド・オブ・ミュージック(*)

細雪(*)

さらば、わが愛/覇王別姫(*)

シャレード(*)

仁義なき戦い(*)

スティング(*)

砂の器(*)

第三の男(*)

黄昏(*)

地上より永遠に(*)

チャイナタウン(*)

ニッポン無責任時代(*)

幕末太陽傳(*)

母の身終い

フライト・ゲーム

羅生門(*)

ワレサ 連帯の男

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遅ればせながら、奥村昭夫氏の死を知る

2014-12-29 00:00:00 | 映画

過日書店で本をあさっていまして、ちくま学芸文庫のコーナーで、こちらの本を手に取りました。

ゴダール 映画史(全) (ちくま学芸文庫)

文庫本が出版されていること自体は知っていましたが、この本については単行本をすでに持っているので、特に手に取ったりもすることはありませんでした。このときなぜこの本を手に取ったのかは私もよく分かりませんが、「なんとなく」という程度のものだと思います。

で、あれ、文庫化にあたっての訳者(奥村昭夫氏)の解説がないなと思ったら、本の末尾に大要、本文中に問題のある表現があるが、訳者が存命でないこともあり・・・というようなことが書かれていました。

え、奥村さんて亡くなったの、と驚きました。表紙カバーの訳者紹介を読むと、2011年にお亡くなりになったとのこと。1943年生まれとのことなので、まだ70歳にもならない死です。

Wikipediaにも氏の項目がありますが、死亡の日(誕生日も同様)も記載されておらず、お亡くなりになった年齢もわかりません(67歳あるいは68歳ではあります)。お亡くなりになったことも特に報道されなかったんですかね。ネットで確認した限りでは、関係する記事は見当たりませんでした。

奥村氏は東京大学文学部仏文科を卒業、映画監督として数本作品を撮っています。いわゆる自主制作映画と思われますので、観た人はあまり多くないでしょうし、私も観ていませんが、世間ではゴダールの紹介者、ゴダール本の翻訳家として知名度があると思います。以下、奥村氏の翻訳、あるいは編集したゴダール関係の本です。

気狂いゴダール―ルポルタージュ:現場のゴダール

ゴダールの全体像

ゴダール全評論・全発言〈1〉1950‐1967

ゴダール全評論・全発言〈2〉1967‐1985

ゴダール全評論・全発言3

六〇年代ゴダール―神話と現場

最後の本は2012年の出版ですから、お亡くなりになった後のものです。

常識的に考えて、ゴダール関係の仕事だけで生活できるわけもないでしょうから、その他の何かで生計を立てていらっしゃったのでしょうが、ネットで見つけた次の記事が印象に残りました。

>間宮さんが、『ゴダール全発言・全評論』全三巻の編集をしていた頃、「奥村さんは数千枚の原稿用紙が入ったリュックサックを背負って、会社にやってくるんですが、そのリュックから机の上に生原稿の束を置くときにドサリと大きな音がして、周りがびっくりするんですよ」と嬉しそうに語っていたのが思い出される。

へえ、と思ったのが「原稿用紙」というところです。この時代(本が発売されたのは、1998年~2004年)は、すでに世の中多くの人がパソコンあるいはそうでなくてもワープロ専用機で執筆していたと思われます。さすがに経済的にパソコンが購入できなかった・・・ということでもないのでしょうが、あれだけ大部な書物を翻訳すればさらに膨大な原稿にはなるわけで、それを担いで現れたという奥村氏(すでに50代以上だったはず)を想像すると、正直鬼気迫るものがあります。いまならメールなりそうでなくても記憶媒体で原稿を出版社に持ち込むことがOKですが、物理的な原稿を背負って(つまり、運送を頼むわけに行かなかったのでしょう)出版社を訪れる・・・。なかなか現代では見かけない光景だと思います。

奥村氏はゴダールより10歳以上年下なわけで、たぶん自分がゴダールより早くこの世を去るなんて想像もしていなかったのでしょうが、しかしゴダールは今日でもお元気です。いまだ映画製作を続けるゴダールについての奥村氏の評論をこれからも読んでみたく思いました。

奥村昭夫氏のご冥福を祈って、この記事を終えます。

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コペンハーゲン、マルメ、フレンスブルク紀行(2014年7月~8月)(45)

2014-12-28 00:00:00 | 旅(欧州―英国・アイルランド以外)

これがルンド大聖堂です。ルンド観光の目玉です。

ムーミンの作者、トーヴェ・ヤンソンはフィンランド人ですが、スウェーデン系ですので、作品もスウェーデン語で発表しています。2014年は、彼女の生誕100年です。

大聖堂の中に入ります。これは正午になると動き出す仕掛け時計です。

すみません、中は暗いので、私の持つ性能の低いデジカメでは、シャッタースピードが遅くなってしまいます。

正午が近づくと見物人が増えます。左にいるマイクを持った女性が説明をします。

なかなか精巧でした。

洗礼の儀式をしていましたので、私も飛び入りで見学をさせてもらいます。

儀式はまだ続いていましたが、地下室を見学します。

一通り見学が終わったので、外に出ます。

牧師が平服に着替えて去っていきました。写真はありませんが、私以外の観光客が彼にサインを求めていたので、私もいただいてしまいました。ありがとう、牧師さん。

(つづく)

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今日から北京です

2014-12-27 00:00:00 | 旅(中国本土ー広州・深圳以外)

前にも書いたように、今日から年末年始の旅で北京に行きます。いろいろ行きたいところはありますが、とりあえず毛主席は見てきます。しばらくコメント欄の対応ができませんので、いただいてもコメントを表に出して返しができるのが1月5日過ぎだと思います。そういうわけで、記事も自動更新みたいな形になりますが、毎日新しい記事が出ますので、もしよろしければ年末年始も「ライプツィヒの夏」にお付き合いいただければ幸いです。

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ジョー・コッカ―が亡くなった

2014-12-26 00:00:00 | 音楽関係(CD、コンサート、歌手その他)

またひとり、ウッドストック・コンサートで名を売った歌手が亡くなってしまいました。英国人歌手のジョー・コッカ―です。記事を。

>ジョー・コッカー氏死去=英出身の歌手

 ジョー・コッカー氏(英出身の歌手)米メディアによると、22日、肺がんのため、コロラド州クロフォードの自宅で死去、70歳。
 独特の歌声を持つソウル歌手として知られた。英中部シェフィールド出身。60年代にデビューし、ビートルズの楽曲「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」のカバーがヒットした。
 米国で69年に開かれた伝説的なロックコンサート「ウッドストック・フェスティバル」のパフォーマンスが評判を呼び、人気歌手の仲間入り。米映画「愛と青春の旅だち」(82年)の主題歌をデュエットで歌い、グラミー賞を受賞した。(2014/12/23-08:11)2014/12/23-08:11

前にもこのコンサートのオープニング・アクトを務めたリッチー・ヘヴンズの死についての記事を書きました。私が彼の名を意識したのは、やはりウッドストックの映画です。というわけでさっそく動画を。上の記事でも紹介されているビートルズのカヴァーである「With A Little Help From My Friends」です。 

JOE COCKER -With A Little Help From My Friends- 1969 Woodstock..

原曲のみ知っていてこのヴァージョンを知らない方がこれを聞いたら、これのどこがカヴァーじゃいと思われるかもしれませんが、ビートルズの星の数ほどあるカヴァーの中でも、たぶんこれがもっとも有名で、出来がいい(原曲よりいい?)とされます。

ちなみにこの時のバックであるグリース・バンドは、キーボードがクリス・ステイントン、ギターがのちにウィングスに加入したヘンリー・マッカロウと、なかなか豪華です。

ほかに私が好きな曲は、ビートルズの「レット・イット・ビー」のアルバムに参加したり、ローリング・ストーンズのバックも担当したことでも知られるキーボーディストのビリー・プレストンの「You Are So Beautiful」のカヴァーです。これは映画「カリートの道」で使われたのが印象に残りました。

というわけでこの曲の紹介は、「カリートの道」のエンディングより。偶然ながら、24日の記事に登場したアル・パチーノの主演映画です。この映画については、また記事を書きましょう。

carlitos way last scene (1993) _ YOU ARE SO BEAUTIFUL

コッカーも、アルコール依存症やドラッグの問題が付きまといましたし、また喉を酒で痛めたり(前に記事にしたハリー・ニルソンと同じです)いろいろありましたが、しかし私の大好きなミュージシャンの死は本当に残念です・・・。さようなら、コッカーさん。

なおこの記事は、発表されたのは24日ですが、1日1記事の鉄則のため、26日の記事にすることをご了承ください。 

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これはひどい、最低・最悪の少年犯罪(追記あり)

2014-12-25 00:00:00 | 社会時評

本日(12月25日)判決が下る裁判に関する記事を読み、これはまさに最低・最悪の少年犯罪だと思いました。記事を全文引用します。

><埼玉・祖父母強殺>被告少年は「居所不明児」、無援の年月
毎日新聞 12月24日(水)7時3分配信

 ◇25日判決、裁判長「大人は助けられなかったのか」

 埼玉県川口市で今年3月、少年(18)が祖父母を殺害し金銭を奪った強盗殺人事件の裁判員裁判の過程で、少年が社会問題化している「居所不明児」として学ぶ機会を奪われ、暴力やネグレクトなど虐待を受けてきた生い立ちが浮かんだ。公判で裁判官が「大人は救いの手を差し伸べられなかったのか」と発言する一幕もあった。判決は25日、さいたま地裁(栗原正史裁判長)で言い渡される。【山寺香】

 少年は初公判で、殺害行為を認めつつ「母親の指示だった」と述べた。弁護側も、強盗罪などで服役中の母親(42)らの虐待が背景にあると訴えた。

 弁護側の主張では、少年の父母は就学前に別居し、その後離婚。引き取った母親はホストクラブに通い続け、少年は毎晩家に来て酒を飲むホストに付き合わされ、小学4年からほとんど学校に通わなくなった。

 母親はホストを追いかけ1カ月ほどいなくなったこともあった。母親は再婚し、一時は元ホストの義父と母親と3人で静岡に暮らし、2~3カ月間は静岡の小学校に通った。その後、住民票を残したまま埼玉に戻り、小学5年からは学校に通っていないという。

 日雇い仕事で義父に収入がある日は3人でラブホテルに宿泊し、仕事がない日は公園で野宿した。ささいなことで義父に殴られ、前歯が4本折れたこともあったという。

 少年は母親と義父の指示で、親類らに金銭を無心していた。弁護側証人として出廷した父方の祖母の姉は「約4年間で振り込んだ金は400万~500万円。借金して調達した」と証言した。

 その後、義父は塗装会社に就職し、会社の寮で暮らした。間もなく義父は失踪し、少年は16歳から代わりに働いた。母親は少年に給料の前借りを強要し、金が尽きた直後、事件が起きたという。

 少年を精神鑑定した精神科医は公判で「少年は、虐待する母親の言う通りにするしかない『学習性無力感』の状態にあり、仮に母親の(殺害)指示がなかったとしても、(金を必要とした)母親の言葉の意図を察知して殺害に至った可能性がある」と分析した。

 公判では、裁判長が検察側証人の被害者遺族として出廷した少年の母の姉に「決してあなたを非難しているわけではないが、周囲にこれだけ大人がそろっていて誰か少年を助けられなかったのか」と尋ね、裁判員がため息をつく場面もあった。

 弁護側は「親類などは少年が金を借りに来させられたと気づきながら、母親から引き離さなかった。児童相談所もケアできず、事件を防げなかったのは社会の責任でもある」と主張。検察側は「母親は相当悪いが、それと少年の刑を軽くするのは別で、事件の実態を無視した乱暴な論法」と反論している。

 2人を殺害していることもあり、検察側は「大人なら死刑相当」と無期懲役を求刑。弁護側は少年院送致などの保護処分を求めている。

こちらも。

>川口の夫婦刺殺:家族で借金、背景に 祖父母が家賃肩代わり /埼玉
毎日新聞 2014年05月23日 地方版

 川口市西川口2のアパートで無職の小沢正明さん(73)と妻千枝子さん(77)が刺殺されキャッシュカードなどが奪われた事件で、川口署捜査本部に強盗殺人容疑で再逮捕された孫で解体作業員の少年(17)=東京都葛飾区=の母親(41)=同=が、小沢さん夫妻に借金を繰り返し断られていたことが捜査関係者への取材で分かった。母親は殺害に至った経緯について「知らない」としており、捜査本部は少年が金銭的に追い詰められて殺害に及んだ可能性もあるとみて調べている。

 捜査本部は22日、少年を強盗殺人容疑でさいたま地検に送検した。

 捜査関係者によると、小沢さん夫妻の次女にあたる母親は無職で、以前から夫妻に借金を繰り返し、少年らと暮らす部屋の家賃の支払いを夫妻に肩代わりしてもらうほど生活に困窮していた。夫妻が殺害された3月26日、現場付近の防犯カメラに少年と母親が一緒にいるところも映っているが、少年は「(借金目的で)1人で(夫妻宅に)行った」と供述しているという。

 捜査本部は、現場近くの大型スーパーの現金自動受払機(ATM)で同日、夫妻名義の複数のキャッシュカードを使って現金約1万8000円を引き出したとして4月29日に少年を窃盗容疑で逮捕。母親も少年にカードの暗証番号を教えたなどとして4月29日に逮捕され、今月20日に窃盗罪で起訴されている(少年は処分保留)。

 引き出した金は生活費に充てたという。捜査本部はカードが夫妻のアパートから持ち去られたものだったことなどから、殺害後に奪ったとみて少年を同日、強盗殺人容疑で再逮捕した。【鈴木梢、川畑さおり】

もうひとつ

>祖父母殺害:少年起訴内容認める 母親の殺害指示巡り対立
毎日新聞 2014年12月15日 20時56分

 埼玉県川口市のアパートで3月、無職の小沢正明さん(当時73歳)と妻千枝子さん(同77歳)が殺害されキャッシュカードなどが奪われた事件で、強盗殺人などの罪に問われた孫の少年(18)は15日、さいたま地裁(栗原正史裁判長)の裁判員裁判の初公判で「間違いありません」と起訴内容を認めた。

 その上で、少年は「前日に母と話し合った」として、強盗殺人は母親(42)=強盗罪などで服役中=と共謀したと主張した。

 検察側は冒頭陳述で「母親から殺害の指示はなく事前の共謀はなかった」と指摘。「重大な事件で(懲役刑などの)刑事処分が相当」と主張した。弁護側は「すべて母親の指示でやった」と反論し「母親から虐待を受けており、指示を断れなかった」として、裁判を家裁に移し(少年院送致などの)保護処分とするよう求めた。

 その後、証人として出廷した母親は「(殺害を)指示していない」と検察側の主張に沿う発言をした。

 起訴状によると、少年は3月26日、電気コードや包丁を使って小沢さん夫妻を殺害。夫妻の次女にあたる母親と共謀し、キャッシュカード4枚や現金約8万円を奪うなどしたとされる。【山寺香】


検察側と弁護側、どちらの主張が正しいのか、あるいは妥当なのかは私が判断できることではありませんし、刑事処分にすべきか保護処分が妥当かも、これも裁判官が決めるしかないことですが、どのような処分(刑罰)が妥当なのかは別として、これはまさに最低・最悪の少年犯罪の事件だと思いますね。

親(継父もふくむ)による虐待、親だけでなく社会からも見捨てられている少年の立場もさることながら、たぶんこの母親も程度はともかく精神を相当に病んでいるのでしょう。まさに救いがないとはこのことだといわざるを得ません。そもそも女性で「強盗罪」で服役中というのも相当なものです。

仮に保護処分が下っても、この少年の更生には相当な障害がありそうです。刑事処分になったとしても、この少年へは相当なケアを必要とするべきではありませんからね。出所したら(無期懲役の判決が出たら、なかなか出所できません)また悪質な犯罪をする(前科の悪質さの次元は違いますが、こちらの記事を参照してください)なんてことになったら、それこそ目も当てられません。

判決は今日下ります。控訴されればまだ裁判は続きますが、ともかく私なりにこの裁判を注目したいと思います。

12月25日の追記:この裁判の判決が下りました。

>祖父母強盗殺人、小学校にも通えなかった少年の生い立ち

TBS系(JNN) 12月25日(木)18時41分配信

 祖父母を殺害し、現金などを奪った罪に問われた18歳の少年に対し、さいたま地裁は懲役15年の判決を言い渡しました。裁判では少年が虐待を受け、小学校にも通わせてもらえなかったことが明らかになりましたが、その生い立ちはどう判断されたのでしょうか。

 今年3月。埼玉県川口市で73歳の男性と77歳の妻が刃物で殺害されているのが見つかった事件。強盗殺人などの罪で逮捕・起訴されたのは孫で当時17歳の少年、さらに現金8万円やキャッシュカードなどを奪った強盗の罪などで少年とともに少年の母親(当時41)も起訴されました。

 少年は初公判で殺害は認めたものの「母親の指示で犯行に及んだ」と一貫して主張、弁護側は犯行の背景には「母親の虐待」があるとして過酷な生い立ちを明らかにしました。

 弁護側によりますと、少年が物心がついてすぐ両親は離婚、同居する母親はホストクラブに通い続け、ホストを追いかけ1か月間家をあけたこともあったといいます。少年は元ホストの義理の父親と母親の3人で暮らすようになりますが、家がなくラブホテルを転々、お金がないときは、ラブホテルの敷地内にテントを張ったり、公園で野宿生活を強いられたこともあったということです。

 「少年は14歳から母親と義理の父親とともに、横浜スタジアム周辺の公園などで生活していました。本来なら中学2年生の年齢ですが、学校に通わせてもらえず、路上生活を強いられていました」(記者)

 小学5年から学校に通わせてもらえなかったという少年。義理の父からささいなことで殴られ前歯を折ったこともあったといいます。2年前、義理の父は突然失踪、少年は16歳から働くことを強いられ、さらに母親は給料の前借りを強要、事件前日、母親は少年に「祖父母を殺してお金を持ってくればいい」と指示したと弁護側は主張していました。

 こうした生い立ちを裁判員たちはどう判断したのか・・・
 「母親によって不遇な生活を強いられたものの、最終的には自ら殺害を決意した」
 「周りの人間が少年の生活環境を改善できなかったのは残念だが、事件の本質とは言えない」

 さいたま地裁は、無期懲役の求刑に対し懲役15年の判決を少年に言い渡しました。少年は判決後、コメントを発表しました。

 「自分みたいな存在を作っちゃ駄目だということをお伝えしたい」(少年のコメント)

 弁護側は「刑事罰を与える前提の教育を受けていないことを考慮すべき」として控訴しました。(25日17:19)

最終更新:12月25日(木)18時41分

控訴になりましたので、この事件については私なりに注目したいと思います。

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ずいぶん昔に描いたアル・パチーノの絵

2014-12-24 00:00:00 | 映画

以前に押入れを整理していたら、私がはるか昔に描いたアル・パチーノの絵が見つかりました。

これは、「ゴッドファーザーPARTⅡ」で、主人公のマフィアのボスが、自分を裏切ったお兄さん(ジョン・カザール)を許す(実際には許さないのですが)シーンです。抱きかかえられているのが、ジョン・カザールです。

 

どうでしょう、いい絵ですかね? いま自室に飾っています。

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コペンハーゲン、マルメ、フレンスブルク紀行(2014年7月~8月)(44)

2014-12-23 00:00:00 | 旅(欧州―英国・アイルランド以外)

あらためて、ルンドの街の探索に出かけます。

どうです、いかにもスウェーデン人ぽい人たちでしょう。

こうやって街中に木がある公園があるのもいいものです。

これが、ルンドでいちばんのホテルのようです。

落ち着いた感じの街です。

このような路上カフェというか、レストランというのは、なかなかいいですよね。日本は道路交通法がうるさいのが難です。

(つづく)

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完全な誘導じゃん

2014-12-22 00:00:00 | 社会時評

衆議院選挙が終わった翌日の12月15日深夜(16日未明)、テレビ朝日の「テレメンタリ―」で非常に興味深い番組が放映されました。

「僕、殺したんじゃあねぇもの~野田事件35年目の真実~」~2014年12月15日放送~

>1979年9月11日、千葉県野田市の竹藪から、当時小学1年の女児が遺体で見つかった事件。逮捕され、有罪判決が下されたのは、現場近くに住む知的障害者の青山正さんだった。しかし、警察が証拠提出した自白テープや実況見分映像を検証すると数々の矛盾点が…さらに唯一の物証である被害者のカバンには、捜査当局による証拠の“ねつ造”疑惑も浮上。青山さんは身の証をたてるため、
再審請求を申し立てた。はたして事件の真相は…?

制作:テレビ朝日

野田事件の詳細については、とりあえずWikipdia記事をお読みになってください。またこちらの本も非常に良い本です。

ほんとうは僕殺したんじゃねえもの―野田事件・青山正の真実

青山氏は精神鑑定によるとIQ36とのことで、正直訴訟能力があるかさえ怪しいものがありますが、けっきょく有罪が確定、懲役12年となり、現在は出所、東大阪市の福祉施設にいます。つまり地元に戻れないということです。

番組の中では、上の紹介文にもあるように、物証である被害者カバンの疑惑も報じられていましたが、一番すごかったのは、当時の実況見分の一部が番組中で公開されたということです。実況見分が映像として記録されるということもあまり聞きませんが(ましてや、1979年の事件です)、つまりは警察も検察も、「やばい逮捕」「やばい起訴」「やばい裁判」であると認識していたということでしょう。

で、そこでの様子ですが・・・。

 

完全に、警察が誘導しているじゃないですか(呆れ)。

このような「実況見分」を、裁判で有罪の証拠として提出するというのもどうかだし、そしてこれを見て青山さんへの有罪判決を出す裁判官の見識もひどいものです。

そもそも青山さんが、警察や検察の取り調べに応じる能力があったとは考えにくいし、警察と検察がいいようにストーリーを作ってしまえた事件であるという以上の話ではないと思います。あらためて、取り調べの録音・録画などの記録や知的障害者の事件についての立ち合い人の存在などの必要性を痛感します。

なおこの番組を見るきっかけをいただいたapesnotmonkeysさんの記事と、この番組を取り上げた記事を参考にしましたことをご報告すると同時に感謝をいたしたいと思います。また一番上の写真は、「テレメンタリ―」のHPよりです。

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