ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

安倍晋三を支持している人たちからすると、安倍は病気で首相をやめたらしい

2011-04-29 00:00:21 | 社会時評


この間このブログで、雑誌『正論』2011年4月号で、50人の保守系の人間に理想とする内閣を「組閣」してもらったらそのうち14人が首相に安倍晋三を挙げているというを書きました。

安倍みたいな最高レベルの馬鹿をそこまで甘やかす右翼とか産経新聞に(何をいまさらながら)呆れましたが、少々彼(女)らの言い分を解析してみるとなかなか興味深いところがあります。

つまり安倍を首相に推す人たちのうちかんたんなコメントでなく長い文章を書いている人たちは、中西輝政金美齢屋山太郎田母神俊雄(ちなみに、田母神の名前が、p.81では「敏雄」と誤植されていて失笑。もうすこしきっちり校正しようよ)でして、そのうち金と田母神の文章にこのような表現があることです。まず金のほうから。

>日本にとっての最大の課題は「戦後レジームからの脱却」である。それを力強く打ち出しながら、病気のため引かざるを得なかった安倍さんに、再度「戦後レジームからの脱却」に命をかけて取り組んでいただきたい。いわばリターンマッチである。(p.66)

田母神も。

>病を克服した安倍氏は、今度こそ憲法改正を含む戦後レジームからの脱却を完遂し、日本を良い国だと思える政策をどんどん推進してほしい。(p.81)

つまりこの2人は、安倍は病気で首相を辞任したと言っているようです。田母神の言っていることもそのように解釈して問題ないでしょう。

ほかに、短いコメントを寄せている人の中でもすぎやまこういちは、

>突然総理の職を投げ出したと批判される安倍氏ですが、潰瘍性大腸炎の苦しみは、私にも経験があるのでよく分かります。完治された今こそ出番です。(p.67)

とまで書いています。

また、かの阿比留瑠比氏も、そのブログの中で

>いま現在、安倍氏に対しては、病で力尽きた辞め方もあって

書いています

金と田母神、すぎやまは2011年に、阿比留氏は安倍辞任直後の文章と書かれた時期は異なりますが、書いていることは同じですね。

安倍晋三についてのwikipediaの記事によると

>辞意表明2007年9月12日午後2時(JST)、「内閣総理大臣及び自由民主党総裁を辞する」と退陣を表明する記者会見を行った[24]。これにより同日予定されていた衆議院本会議の代表質問は中止となった。

安倍は辞任の理由として「テロ特措法の再延長について議論するため民主党の小沢代表との党首会談を打診したが、事実上断られ、このまま自身が首相を続けるより新たな首相のもとで進めた方が良い局面になると判断した」「私が総理であることが障害になっている」などとした(小沢代表は記者会見を開き「打診を受けたことは1回もない」と否定。なお、小沢は党首会談について報じられてからも「意見を変える気はない」と明言している)。一方で、自身の健康に不安があるという理由も与謝野馨内閣官房長官が同日中会見で述べている。24日の記者会見では本人も健康問題が辞任の理由の一つであることを認めた。

もともと胃腸に持病を抱えているといわれており[25]、辞意表明当日の読売新聞・特別号外でもそのことについて触れられていた。また、辞意表明前日には記者団から体調不良について聞かれ、風邪をひいた旨を返答している[26]。なお、辞任に追い込まれた実質的原因については、本人が記者会見をこなしていることもあり、健康問題ではないとする見方をする論者も、立花隆を初めとして存在する。なお、過去には石橋湛山や小渕恵三などが、自身の健康問題(いずれも脳梗塞などといった重い病)のために首相を辞任している。

(引用ここまで)

とあります。

wikipdiaですから相当遠慮した記述になっていますが、常識的に考えて安倍は病気のために辞任したのでなく、政権運営に見通しが立たなくなったから辞任したっていうもんですよねえ。こういっちゃなんですが、もし07年の参議院選挙で自民党が勝っていれば、安倍だって辞任はしなかったでしょう(爆笑)。

ていいますか、そのへんはたいていの人間は記憶が鮮明ですし、いくら『正論』の読者だって安倍が病気で辞任したと本気で考える人はごく少数だと思いますけど、それにしてもねえ、いくら歴史修正主義者を支持する歴史修正主義者たちだからって、そんなあからさまなでたらめを主張するのはどうかと思います。

さすがに「総理の職を投げ出した」人間を支持するわけにはいかないから、病気で辞任したという話にしたいというわけですけど、そこまでして安倍ってのは擁護する価値のある人間なんですかね。あるんでしょうね、この人たちにとっては。

それにしても良かったね、安倍さん。あんたみたいな最高レベルに無能な人間でもここまでかばってくれる人たちがいるんだから。あんたが勘違いするのも無理はないね。運がいいね、岸信介の孫で。そのおかげで首相にもなれたし、あそこまでしでかしてもこんなにも期待してくれているんだから。

それにしても「リターンマッチ」というのも笑えます。自民党も安倍にもう一度自分たちの運命を託すほど馬鹿ではありませんが、やはり一部の人間はいまに至るまで「安倍首相」を夢見ているのでしょうね。

『正論』の記事の題名は、「保守論客50人が提言 これが日本再生の救国内閣だ!」というものです。でも、本当に日本がやばくなったり、今回の地震のような事態の際に安倍が首相だったら、かなり早い段階で逃げてない? これは私の偏見じゃないでしょう。前科があるんだから。
コメント (24)

2010年12月 天橋立、丹後その他の旅(9)

2011-04-28 06:48:55 | 旅(国内)


あ、どうも、このシリーズもしばらくお休みしていましたがまた再開します。でもたぶん断続的な更新になります、きっと。

バスは経ヶ岬へ向かいます。







なんだかまた雪が激しくなってきました。



峠の頂上付近で車が立ち往生していてひいひい押していました。この降雪状況と坂では、ちょっと素人さんが車を運転するのは危険だったのでは…。バスの運転手さんも声をかけていました。なおこの車はなにわナンバーでした(車のナンバーは画像処理させていただきました)。



また海が見え始めました。











いやあ冬の丹後の絶壁というか海岸はすばらしいですね。その荘厳な雰囲気に酔いしれてしまいます。









来てよかったとつくづく思いました。

(つづく)



コメント

ジョック・スタージスの展覧会が今年は5月にある

2011-04-27 02:29:24 | 展覧会
先日、当ブログは「ナチュリスト村」なる検索でとても多くのアクセスを頂戴しました。でもナチュリスト村ってなんだ?

要はヌーディストが集うところです。欧米では「ヌーディスト」というより「ナチュリスト」と呼ぶことが多いみたい。

あ、それから念のため。「ナチュラリスト」ではありませんよ。「ナチュリスト」です。

で、このブログでも何回も記事を書いている米国人でフランスのモンタリヴェなどでナチュリストの写真を撮っているジョック・スタージスの展覧会が今年も開かれます。ただし例年夏に開かれるのですが、今年は5月です。なんでも作者の強い希望でそうなったとか。収益は、すべて地震の関係に寄付されるそうです。

写真はこのようなものです。







またこういう写真、って思う方もいるでしょうけど、でもきれいでしょ。

いまの時代、どうしても未成年の少女の裸ってのは世間から嫌がられますし、それも仕方ないとは思いますが、でも嫌がるだけが能じゃない、気がつくとナチュリストの自然な姿を楽しんでいるあなたがいる…かもしれません。

もっともそういうことを言うと、被写体はきれいな女の子ばっかじゃんという意見が聞こえそうです。ていいますか、私も(当然)同じことを考えます。正直「いくらなんでも」と(私でさえ)考えるような写真も(今回はどうだか知りませんが)かつてはありました。今回はどうかということは、あなた自身の眼で確認してください。

5月10日から東京青山の「ときの忘れもの」というギャラリーで展覧会は開かれます。21日までです。
コメント (2)

田中好子の死を知り国仲涼子と握手したことを想いだした

2011-04-26 06:14:50 | 美女探求
私はキャンディーズ世代では(もちろん)ないので、田中好子にそんなに思い入れがあるというわけではありません。ただ、その死を悼む人たちに堺正章がいるのを見て、「あれ、なんの関係だったっけ」と思っていたら国仲涼子が出てきたので、「あ、『ちゅらさん』か」とわかりました。



何の自慢にもなりませんが、私日本のテレビドラマってほとんどまったく見ないので、「ちゅらさん」も見ていません。でもこのドラマに国仲涼子と堺正章が出ているのは知っていました。でも田中好子が出ていたのは…記憶になかったな。

で、国仲涼子を見ていて、ずいぶん以前に彼女と握手したことを想いだしました。今日はその記事を書きたいと思います。



つまり2003年の4月25日といいますからちょうど8年前に彼女が「琉球ムーン」というシングルCDを発売しまして、そのイベントが横浜でありました。その情報を入手した私は(いまはそうでもないですが、当時の私はこういった情報を収集することについては神のごとくでした)、万難を排して(笑)横浜へ行きました。今ネットで調べたのですが、ちょっと横浜での具体的な日付が確認できません。ゴールデンウィークでした。ともかくその日私は横浜へ行きました。

CDを購入してなんとか彼女と握手することができました。初めて見る(そしていまのところ最後)国仲さんは、とても小柄な印象がありました。ネットによると157㎝前後だそうで、そうすると私より20㎝くらい低いことになります。



で、ちょっとイメージとちがうかもしれませんが、彼女は水着の写真集も出しています。それをなぜか私は持っていました(爆笑)。べつに彼女のファンでもないのになぜ買ったのか覚えていませんが、たぶん彼女の水着が意外だったので購入したのでしょう。でもあの写真集どうしたかな。

「ちゅらさん」では話ができないので、その写真集の話を吹っかけました。

私「写真集買いましたよ、水着の」
国仲さん「あ…ありがとうございます」

「ちゅらさん」で売れる前のものですから、あるいは彼女からすれば恥ずかしかったのかも。ちょっとそんな感じがしました。

もう少し話をしたと思いますが、よく覚えていません。そんなに印象深くなかったのでしょう。べつに態度が悪いとかそういうことはなかったのですが。

彼女と握手してその場を去りました。その後彼女の出演作品を追跡したわけではありませんから、いまひとつ私の心に訴えるものがなかったのかな…。

「ちゅらさん」でのイメージが強すぎ、ちょっと彼女自身そこからの脱皮を模索しているのかなとも感じます。

田中好子さんの死からほとんど関係ない記事を書いてしまいました。田中さんのご冥福をお祈りします。

コメント

アニセー・アルヴィナ主演の『危険な戯れ』がDVD発売される(予定)

2011-04-25 06:38:02 | アニセー・アルヴィナ
発売中止になるかも知れないと思っていたので記事にしなかったのですが、どうやら本当に発売されるみたいなので記事にします。

私の好きなイラン系フランス人女優のアニセー・アルヴィナの主演映画『危険な戯れ』がDVD発売されます。



実はこの作品は昨年DVD化される予定でして、私も記事の準備をしていたのですが、事情は不明ですが発売中止になりまして「どうしたものか」と思っていたのですが、無事発売されるようですのでとりあえず「よかった」と思います。



シルヴィア・クリステルもカメオ出演していて実はこの映画は日本でも公開される予定だったのですが(そのときすでに『危険な戯れ』というタイトルが決定していました)、興行成績が見込めないという判断が下されたようでお蔵入りになってしまいました。なーんだか作品に恵まれなかったアニセーの映画人生を象徴しているようなエピソードです。







ストーリーはあってないようなもので、『フレンズ』とかの純情な雰囲気のアニセーが大好きという方には、デカダンなアニセー(なにしろアラン・ロブ=グリエの映画だからね)の姿は「どうもなあ」でしょうが、でもこれもアニセーです。



実はこの映画は日本でも1989年にVHSビデオが発売されています。ただしかなり修正が入っていますが。

正直面白いとかなんとかとか全然そのような映画ではないので、いくら私でも「ライプツィヒの夏」の読者に「見てくれ」「買ってくれ」などとは言いませんが(『フレンズ』のときはそう言いましたし、未発売ですが『夢・夢のあと』なら(出来は悪くとも)あえて読者にお願いしますけど)このブログは(自称)アニセー・アルヴィナ情報センターを兼ねていますのであえて記事にしました。

と…上には書きましたが、やっぱり読者にお願いしちゃいます。DVDを買ってほしいとまでは言いませんから、もし私のこの記事を覚えていてレンタルDVD屋でこの映画を見かけたら、よろしかったら借りてください。ただし面白い映画とは言えないかもしれません。
コメント

一瞬おどろきながらも「やっぱり」と思う自分がいる

2011-04-24 01:46:47 | Weblog
4月22日はアクセス数が非常によかったんですが、検索ワードの1番が「ナチュリスト村」でした。これ一体どういうこと(笑)?

もっともこれに関連するネタがあるので、近日中に記事にする予定はあります。



ネットの記事を読んでいて、雑誌「ぴあ」が休刊になることをしりました。記事はこちらより。

>「ぴあ」首都圏版、7月で休刊へ-「紙媒体として時代の役割全う」 /東京

みんなの経済新聞ネットワーク 4月22日(金)16時16分配信

ぴあ(渋谷区東1)は4月22日、エンターテインメント情報誌「ぴあ」首都圏版を、7月21日発売号をもって休刊すると発表した。(シブヤ経済新聞)

 1972年(昭和47)7月に創刊した同誌。エンターテインメント情報誌の草分けとして、興行スケジュール、エンターテインメント特集、アーティストインタビューなどを掲載し、1980年代後半には発行部数約53万部を誇っていた。インターネットが普及したことから近年の発行部数は6万部ほどで、現在の同グループの売り上げの約9割がチケット販売だという。

 そうした中、「紙媒体として、時代の役割は全うした」(同社広報担当小沢聡子さん)と判断し、今回の休刊を決定。インターネットでの情報発信はこれまで通り続けるほか、今秋を目安にエンターテインメント情報を中心とした新雑誌創刊を検討している。

 同誌は隔週木曜発行。1985年(昭和60年)に創刊した関西版は昨年10月に、1988年(昭和63年)に創刊した中部版は同年6月に、それぞれ休刊している。

(引用ここまで)

もうひとつ

>『ぴあ』首都圏版、7月休刊 ~創刊から40年「時代の役割を全うした」

オリコン 4月22日(金)13時3分配信

エンターテインメント情報誌『ぴあ』の首都圏版(隔週刊・ぴあ)が7月21日の発売(1,341号)をもって休刊することが22日、わかった。同誌は1972年に創刊し、演劇、映画、ライブなどのチケット発売情報を軸に展開。これまでエンタメ雑誌の草分け的存在として親しまれてきたが、一次的な情報の入手がインターネットにシフトしたことで、40年の歴史に幕を下ろすことになった。

まだインターネットが一般家庭には普及していない創刊当時(72年7月)、音楽ライブ情報や映画館の上映時間といったエンターテインメント情報を掲載し、若者たちから絶大な支持を得て、88年には最高53万部を発行した。しかし90年代に入り、情報収集ツールがインターネットに移行すると共に、徐々に売上げ部数が低迷。同社担当者は「情報誌としての時代の役割をまっとうした」と語っている。中部版は10年6月、関西版は同10月にすでに休刊しており、雑誌『ぴあ』はこれで姿を消すことになる。

(引用ここまで)

実は私、「ぴあ」が週刊から隔週刊になった2008年11月の段階で次のような記事を書いています。私が書きたいことはすべてこの記事で書いているので、全文引用します。

>「ぴあ」がつまらない雑誌になった

2008-11-19 18:55:05 | Weblog

雑誌「ぴあ」が、11月発売号からリニューアルし、週刊が隔週刊に、そして情報量もぐっと減ってしまいました。

週刊が隔週刊になったのも痛いですが、情報も、今までのような徹底的にメジャーからマイナーにいたるまで詰め込むという編集方針をやめてしまい、メジャーな情報に限るようになってしまったのは、残念で仕方ありません。

私は学生時代からこの雑誌にはずいぶん世話になっており、ある意味青春とは「ぴあ」に代表されるみたいな部分すらありました。この雑誌を見てさまざまなマイナーな映画の上映会に参加したり、いろんなイベントに顔を出したりと、ずいぶんこの雑誌のおかげで人生が充実したと思います。

でも現在の「ぴあ」は、マイナーな情報を完全に切り捨ててしまったわけで、これではこの雑誌を積極的に読む気になりません。

ただ正直、ご存じの方も多いと思いますけど、ぴあという会社自体かなり経営状態が良くないわけで、「ぴあ」という雑誌の存続のためには、このようなリニューアルをする以外にないという事情は私も理解できます。そうすると、私がいくら希望したところで以前のような編集方針に戻る可能性ははなはだしく希薄なわけで、事実上絶望的です。うひゃー、いったい何を道しるべに私は生きていけばいいんでしょうか。

「ぴあ」には私は、何回か実名・顔写真入りで登場したこともあり(って、新作映画の初日のインタビューですけど。なんの映画で登場したかは、私の正体が一発で判明しちゃうので勘弁ね)、この雑誌に対する愛着は人一倍のつもりなんですけど、まさに私の愛す部分が時代に通用しないのが現状のわけで、まったくもってショックです。

いくらインターネットが発達したとは言っても、「ぴあ」のような膨大な情報を網羅した雑誌の存在意義は大きい(知らなきゃ検索のしようもないことも多いのですから)のですから、これは第二の「ぴあ」を期待するしかないのかな。あんまりそれも期待できそうにありませんね。

うーん、マイナーな情報を入手するのが困難になり、私もいろいろと戦略を練り直す必要もありそうです。このブログの目的は、マイナーな映画をも見て読者の皆様に情報を伝えたいということもあるのですが(しかし今のところあまりその目的は達成できていません)、これまた思案中です。

ともかく、今の「ぴあ」はともかく、以前の「ぴあ」に「ありがとう、そしてご苦労様でした」とあいさつしたいと思います。

(引用ここまで)

けっきょくこの記事を書いてから2年半強しか雑誌はもちませんでした。記事のタイトルの通り、「やっぱり」って気がしてしまいます。いまの「ぴあ」では廃刊は時間の問題だったろうなというのが正直なところです。ネットだけで情報を把握できるものではありませんが、もう今の時代紙媒体のエンターテイメント情報というのは時代遅れということです。

最近の「ぴあ」はほんと薄くなっちゃって、とても買って内容を参照する気にもなりませんでした。かつてはコンビニなんかでも山積みにされていたものですが、最近はほんと見かけることすらまれといっても過言でないくらいだったと思います。売れないから内容が薄くなり、コアなファンも離れるという悪循環もあったかと思います。

ともかく、「ぴあ」にはありがとう、そしてご苦労様でしたと再びお伝えしたいと思います。さようなら、「ぴあ」さん。
コメント (4)

何をいまさらながら、大江・岩波訴訟が原告側敗訴で決着した

2011-04-23 01:14:29 | 社会時評
偶然って、(当然ながら)世の中あるもんだなと思います。

昨日4月22日の朝、そういえば大江・岩波訴訟ってまだ決着してないな、どうしたんだろうと出勤しながら考えたんです。そうしたら、次のような記事が出ました。

>「軍関与」認める判決確定=大江さん沖縄ノート訴訟-元軍人の上告棄却・最高裁
時事通信 4月22日(金)12時48分配信

太平洋戦争末期の沖縄戦で、住民に集団自決を命じたとする虚偽の記述をされ名誉を傷つけられたとして、元日本軍の守備隊長らが「沖縄ノート」の著者大江健三郎さんと発行元の岩波書店を相手に、出版差し止めや損害賠償を求めた訴訟の上告審で、最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)は21日付で、元隊長側の上告を棄却する決定をした。
 集団自決に旧日本軍が深く関与したことを認め、名誉毀損(きそん)を否定した二審大阪高裁判決が確定した。 

(引用ここまで)

当然の結果ですが、よかったですね。もともと(百人斬り訴訟同様)、大江氏・岩波書店側が敗訴する裁判ではありませんが、ともかく司法で大江氏の記述は名誉棄損にあらずということが確定したのですからよかったと思います。

ほかにもいくつか記事を引用します。

>最高裁決定「強い励みに」=改訂にも意欲―大江さん

時事通信 4月22日(金)17時35分配信


 「沖縄ノート」をめぐる名誉毀損(きそん)訴訟で、住民の集団自決に旧日本軍の関与を認めた判決が確定したことを受け、著者の大江健三郎さん(76)は22日午後、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見し、「『沖縄ノート』は自分の一生を懸けてきた仕事。最高裁で主張が認められ、強い励みになった」と評価した。
 大江さんは「沖縄戦の真実がずっとあいまいなまま、米軍基地があり続けたのが戦後一番の問題だった」と指摘。勝訴によって、沖縄問題が教科書で取り上げられることや、地元の市民運動の力になることを期待すると話した。
 老齢の小説家を主人公にした小説を執筆中だが、東日本大震災を受けて全面的に書き直しているという。沖縄ノートについても、「もっと強い内容にし、新たな章を加えることができればとも思っている」と、改訂に意欲を示した。 

(引用ここまで)

産経新聞の記事も。

>沖縄集団自決訴訟 大江健三郎さん側の勝訴確定 最高裁
産経新聞 4月22日(金)13時25分配信

太平洋戦争末期の沖縄戦で旧日本軍が「集団自決」を命じたとするノーベル賞作家、大江健三郎さんの「沖縄ノート」などの記述をめぐり、旧日本軍の元戦隊長らが名誉を傷つけられたとして、岩波書店と大江さんに出版差し止めなどを求めた訴訟の上告審で、最高裁第1小法廷(白木勇裁判長)は元戦隊長らの上告を退ける決定をした。集団自決についての軍の関与を認め、名誉毀損を否定した大江さん側勝訴の1、2審判決が確定した。決定は21日付。

 原告は元座間味島戦隊長で元少佐の梅沢裕さんと、元渡嘉敷島戦隊長の故赤松嘉次元大尉の弟の秀一さん。「沖縄ノート」と、歴史学者の故家永三郎さんの「太平洋戦争」の集団自決に関する記述をめぐり、「誤った記述で非道な人物と認識される」として提訴していた。

 争点は軍や元戦隊長らによる住民への命令の有無だったが、同小法廷は「原告側の上告理由は事実誤認や単なる法令違反の主張。民事訴訟で上告が許される場合に当たらない」として、判断を示さなかった。

 1審大阪地裁は「集団自決に軍が深く関与したのは認められる」と指摘して請求を棄却。2審もこれを支持し、控訴を棄却していた。

(引用ここまで)

産経の記事にもありますように、最高裁は上告理由にあたらずとして相手にしなかったわけです。もちろんそんなことは、上告側(原告側)も(原告本人はどうだか知りませんが)重々承知の話。歴史修正主義者の側だって、最高裁でどうこうできるかもなんて頭の悪い期待はしていません。もうこの裁判は十分用済みというのが彼らの本音でしょう。

余談ですが、このブログでも最近なにかと話題にしている阿比留瑠比氏は、そのブログで

沖縄集団自決訴訟に対する大阪地裁の不当判決と照屋氏の証言

と題したうえで、

>本日、大阪地裁は沖縄集団自決訴訟をめぐり、被告で作家の大江健三郎氏を勝訴させるという不当な判決を下しました。これまでの法廷での議論などを通じ、原告側は間違いなく勝つつもりでいたでしょうから、さぞや驚き、失望したことと思います。それでも原告側は当然控訴し、舞台は高裁へと移ることになるのでしょうが(後略)

とまで書いています。さすが阿比留氏、「不当な判決」なんですね、この人にとってはね。

ともかくこの裁判については私もこれからもっと勉強していきたいと思います。いろいろな意味で、この裁判について考えていき、直截的な形ではないかもしれませんが、このブログに生かしていきたいと思います。
コメント (2)   トラックバック (1)

ああみえて、阿比留氏瑠比氏はけっこう油断ならない人物かも(爆笑)

2011-04-22 04:31:39 | 社会時評


阿比留瑠比氏でこのブログを検索して遊びに来る方がいまだたくさんいます。やはり阿比留氏の首相記者会見でのあの発言はかなり世間にもインパクトがあったみたいで。阿比留氏の言論についてそれなりに知識のある私でも、いやー阿比留氏、いよいよ末期の症状になったかなと思ったくらいで、いろいろ興味深いものはあります。

さてさて、一昨日(4月20日)私がネットで阿比留瑠比氏を検索してみたら、パソコンの前でおどろいてしまいました。「ライプツィヒの夏」の記事が、上のほうに表示されているのです。





いやだなあ、これ。阿比留氏に名前を覚えられちゃうじゃん(爆笑)。

正直、阿比留氏に対する厳しいコメントなら、pr3さんとかのほうが適任じゃないかという気がするんですが、阿比留氏といい、安藤慶太氏といい、これも何かの因縁なのかもしれませんね。というわけで末長くこのお2人をはじめとする産経新聞関係のことは悪く書くこととしましょう。

安藤慶太氏にいたっては、一昨日検索してみたらめでたく1番上でした。





ちょうど1カ月前に検索したらやはり1番上でした。最近彼についての記事書いていないんだけどね。



それはそうと、上の写真の阿比留氏の発言を読んで思わず笑っちゃうのは私だけではないはず。いや、阿比留氏の発言でなく、安倍の挫折が面白いということです。

さてさて、4月19日、私ちょっとネットを検索していましたら、阿比留氏の本の出版を知りました。



アマゾンにはリンクしません(笑)。読みたい方は、ご自分で検索してください。書店でも入手は容易でしょう。

阿比留氏の本なんか出して、新潮社も(なにをいまさらですが)しょうがねえ出版社だなあーとつまらんことを考えましたが、でも阿比留氏の本て売れるんですかね。売れるから新潮社のような大手の出版社が出すんでしょうね。もっとも新潮社は大赤字だという話ですが。

ついでながらに書いておくと、阿比留氏はこんな本も出版しています。





後者については、推薦者がすばらしい。帯によると、櫻井よしこ、田母神俊雄、西尾幹二、尾山太郎、渡部昇一…(失笑)。著者同様、どうしようもない人たちばかりです。

それはいいとして、突然私、へんなことを考えつきました。これは証拠はないし、真相を知るのは阿比留氏のみです。阿比留氏にどうなんですか」と聞いてみても真偽以前に否定するだけです。だから可能性としてのみお読みください。

阿比留氏が世間で注目を集めたのは、4月12日の首相記者会見におけるこの発言魚拓)です。

>先ほど首相は「辞任をするのか」という時事通信記者の質問には答えなかった。現実問題として与野党協議にしても、最大の障害になっているのは首相の存在であり、後手に回った震災対応でも首相の存在自体が、国民の不安材料になっていると思う。一体、なんのためにその地位にしがみついていらっしゃるのか考えを聞かせてほしい

(引用ここまで)

ジャーナリストが首相記者会見の場でここまで首相に言うというのもまともではありませんが、しかしこの発言によって阿比留氏に対する注目が俄然高くなったことは確かです。文字通り良くも悪くも。

で…これは私の邪推なんですけど、この発言のおかげで阿比留氏の新刊本てけっこう注目を浴びたんじゃないんですかね。

阿比留氏という人物は、支持する人は本気で支持しているし、私のように徹底的に否定する人間と両極端な人物です。しかし、世間一般の知名度がものすごく高いとは言えないでしょう。でもあの発言のおかげで彼のことを知った人って、けっして少なくはないですよねえ。それで彼の本を手に取る人もいるかも。

阿比留氏が首相記者会見でそこまでにらんで発言したかどうかは何とも言えませんが、それでもあの発言は彼の知名度を高めるために大変効果のあるものでした。だってお金をかけずに一発勝負で数多くの日本国民に(良くも悪くも)「うわ、すげえ人がいる」と思わせたんですから。

そう考えると、ああ見えて阿比留氏というのもなかなか油断ならない人物かもしれません。彼の意見は「どうしようもない」という以上の感想を私は持ちませんが、案外彼は世渡りがうまいのかも。産経新聞が倒産しても、彼は極右ライターとして生き残るでしょうね。

というわけで、これからも阿比留氏に対しては注目しつづけたいと思います。
コメント (6)

2011年4月16日 都内にて

2011-04-21 07:23:16 | フォトログ
inti-solさんのフォルクローレのライヴに行った4月16日、京都で写真を撮り損ねたことが悔しかったのと信濃町の駅で見た夕日がきれいだったので写真を撮ってみました。















以上、世田谷区桜新町で撮影。









以上、JR信濃町駅にて撮影。

コメント

やはり馬力がきかなくなった

2011-04-20 06:18:45 | Weblog
人間年をとって体が無理が利かなくなることを実感する機会はいろいろあるでしょうが、私の場合たとえば旅行とかに行って時差ぼけの解消に苦労するあたりにそれを強く感じます。

もともと昔から私はそんなに時差ぼけに強い人間ではなく、対応するのに一苦労というところがありましたが、しかし明らかに昔とくらべても対応力が落ちています。けっきょく人間の肉体というのは、時差ぼけのようなものに対応できるようになっていないわけで、それを直すのは体力で無理にリセットしているということです。年齢とともにそういった力は目に見えて悪くなってきます。仕方ないですが、それにしても厳しいですね。

また、記事にはしませんでしたが、09年の香港紀行の際、香港国際空港で思いっきり転んでしまい膝を強打してしまいました。昔だったら手をつけたのでしょうが、重い荷物をもっていたとはいえ完全に転んでしまったのには自分の運動神経の衰えを実感しないではいられません。昔から私は運動がものすごく苦手なのですが、それがさらにひどくなってしまってはどうにもなりません。

先日の関西紀行も、やはり大垣行きの夜行で睡眠時間を十分に確保できなかったのは致命的ですね。

それで最近仕事も残業が多いんです…。けっこうきついですね。

それが人間年を取るってことなんだということですが、やはり歳月の流れは残酷だ・・・とまでは言いませんが、ともかくいろいろこれから苦労をしそうだと覚悟をきめました、というのはさすがに大げさですけど。でも、人間ある程度の年齢を生きれば、だれでもこのような経験はしますよね。

年を取りたくないもんだ、なんてつまらんことは言いませんけど、でもいらぬ苦労はしたくないよね。

コメント