ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

2013年ミス・ユニバースの美女たち(1)

2013-12-31 00:00:00 | 美女探求

そういえば今年は、ミス・ユニバースに出場した美女たちを記事にしていませんでした。

昨年と同様、1年最後の記事は、美女たちに登場していただくことにします。それではみなさんよいお年を。

 

コメント (1)

2013年下半期に劇場で観た映画

2013-12-30 00:00:00 | 映画

2013年下半期に映画館で観た映画を発表します。五十音順です。なお、公式HPが確認できた作品については、HPをリンクしました。リンク切れはご了承ください。あるいはwikipedia、IMDbその他をリンクしました。(*)は、「新・午前十時の映画祭」の作品、(**)は、「スクリーン・ビューティーズ」の作品です。

秋のソナタ

偽りなき者

イノセント・ガーデン

風立ちぬ

カッコーの巣の上で(*)

恐怖と欲望

暗くなるまでこの恋を(**)

クロワッサンで朝食を

恋のマノン(**)

最後のマイウェイ

ザ・タワー

3人のアンヌ

ジャッカルの日(*)

菖蒲

処女の泉

二郎は鮨の夢を見る

セデック・パレ 第一部

セデック・パレ 第二部

大脱走(*)

第七の封印

台湾アイデンティティー

タワーリング・インフェルノ(*) 

ティファニーで朝食を(**)

トゥ・ザ・ワンダー

父ちゃんのポーが聞こえる

ニュー・シネマ・パラダイス(*)

野いちご

パリの恋人(**)

反撥

ヒステリア

ビトレイヤー

白夜

白夜(2回目)

ビル・カニンガム&ニューヨーク

ファイアbyルブタン

袋小路

プリティ・ウーマン(*)

ペーパーボーイ 真夏の引力

ベン・ハー(*)

冒険者たち(*)

フォレスト・ガンプ/一期一会(*)

マリリン・モンロー 瞳の中の秘密

約束 名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯

よりよき人生 

レイダース/失われたアーク《聖櫃》(*)

ローズマリーの赤ちゃん

ローマの休日(*)

ロマン・ポランスキー 初めての告白

コメント

象徴的な選手が引退した

2013-12-29 00:00:00 | スポーツ

すでに過去の人ですが、岡野雅行が引退しました。1997年にマレーシアのジョホールバルでの対イランの試合で、ゴールデンゴール(この制度もあんまり評判がよくなく早々に打ち切られました)を決めた人です。

“野人”岡野引退 鳥取GM就任へ25日にも発表
スポニチアネックス 12月25日(水)5時31分配信


J2鳥取の元日本代表FW岡野雅行(41)が今季限りで現役を引退し、同クラブのGMに就任することが24日、明らかになった。既に条件面で合意しており、25日にも発表される。

クラブは来季から新設されるJ3降格が決まっており、関係者は「1年でのJ2復帰に向けて、岡野GMに懸かる期待は大きい」と語った。

 岡野は日大を中退して94年に浦和入り。爆発的なスピードや野性的な風貌から「野人」の愛称で親しまれた名物選手だ。日大時代にはバスケットシューズで100メートルを走り「10秒8」のタイムを記録。野良犬に追いかけられて走り勝つなど数々の伝説を持つ。日本が初のW杯出場を決めた97年11月16日のW杯アジア第3代表決定戦(マレーシア)では、2―2の延長後半13分に日本のサッカー史に残る決勝弾を挙げ「ジョホールバルの歓喜」の立役者となった。

 その後は神戸や香港リーグなどを経て、09年から当時JFLの鳥取に加入した。J2で戦った今季は10月に右太腿肉離れを起こすなど故障に苦しんで10試合無得点。20年のプロ生活に終止符を打つことを決断した。12年に米子市に新設されたサッカー専用スタジアムが岡野のニックネームにちなんで「チュウブYAJINスタジアム」と命名されるなど今でも知名度は抜群。1年でのJ2復帰に向けて岡野の人気や経験がピッチ外でも必要と判断したクラブ側から、GMのオファーを受けて快諾した。来季はスーツ姿でビシッと決め、チーム運営に携わる新たな一面を見ることができそうだ。

 ▼岡野 雅行(おかの・まさゆき)1972年(昭47)7月25日、横浜市出身の41歳。日大を中退して94年に浦和入り。神戸などを経て09年8月に当時JFLの鳥取に加入した。J1通算301試合36得点、J2通算69試合6得点を記録。日本代表で国際Aマッチ25試合に出場して2得点。96年Jリーグベストイレブン。利き足は右。1メートル75、71キロ。血液型B。

さて、岡野といえばジョホールバルのゴールですが、人物紹介にもあるように、彼は実は日本代表としては2得点しかあげていないわけです。FWが25試合プレーして2点だけというのはやはりもの足りません。岡野は、ジョホールバルでのゴールで日本サッカー史に永遠に名を残すプレーヤーとなりましたが、残念ながらそれ以外ではあまりインパクトを与えることが出来ませんでした。もちろんジョホールバルのゴールだけでも大したものですが、たぶん彼自身あまり好成績が出せずに忸怩たる思いもあったのではないかと感じます。

このブログのネタ元の一つである「バース・デイ」というテレビ番組でも彼が取り上げられたことがありまして、東京から奥さんとお子さんを呼び寄せていました。っていうことは、長きにわたって彼自身は単身赴任をしていたのかいなという気がします。家族を呼び寄せたということは、鳥取に本格的に拠点を構える、っていうことなんでしょうね、きっと。

41歳という年齢といい、ここ最近の成績といい、引退自体は仕方ないというか、遅いといってもいい状況でしょうが、98年のフランス・ワールドカップに出場した選手たちも引退が進んでいます。GKの川口能活も、ジュビロ磐田を退団しましたしね。彼は、まだ引退表明はしていませんが、もう彼も38歳ですからね。GKとはいえ、そんなに長い現役の時間が残されているわけではありません。

で、川口は、1975年の8月15日生まれですから、フランスワールドカップ期間中は22歳の若さだったわけです。その選手が38歳ですから、ずいぶん長い時間がたったものです。また、岡野とか川口というのは、Jリーグ発足後にプロになった選手のわけです。つまり日本リーグ時代を経験していないプロのさきがけだったわけで、Jリーグ発足同時あるいは直後にプロになった世代の選手たちも現役を退く年齢です。

それにしても代表2ゴールのうち、1ゴールが日本の初ワールドカップ出場を決定したゴールですか。代表だけでなく、その後の岡野のサッカー人生は、あのゴールの日の栄光を追い求めるものだったのだろうなと(勝手に)考えます。彼が40を過ぎても格落ちのJ2でプレーした理由の一つは、あの日の栄光を忘れることが出来なかったことなのでしょう。あのゴールがなければ、彼も現役をもっと早く退いていたのでは。あるいはやめざるをえない立場になったかもしれません。

いや、彼のサッカー人生はまだ終わりではありません。記事にもあるように、彼は現所属チームのGMになります。たぶん指導者としての人生を今後歩むはず。いろいろなチームで指導をすることになるでしょうが、資格も取らなければいけないしなかなか大変だと思います。ぜひ彼にはがんばってほしいと祈念いたしまして、この記事を終えます。

コメント (2)

今日から恒例の年末年始の旅に行きます(追記:コメント返しは1月6日以降です)

2013-12-28 00:00:00 | 旅(海外旅行一般 あるいは上以外の国々)

今年はカレンダーの配置がいいので、特に有給休暇をとらなくても12月28日から休み、1月5日まで休みになります(カレンダー通りに休める人の場合)。そうなると年末年始は9連休になりますので、思い切った旅に出られます。

というわけですでに記事でも書きましたように、今年も某国(2国)を旅することにしました。トランジットを入れれば3国を旅することになります。旅する2国は私にとって初めての国ですので、それなりに面白そうな旅になりそうです。どこの国に行くかは、例によって記事を書いてからのお楽しみということで。ただし夏の旅の記事も滞っているので、いつ記事に出来るかはわかりません。

よって、1月5日までコメント欄には対応いたしませんので、6日以降の対応になることをご了解下さい。ただし記事自体は更新します。

同じ日の追記:題名でもコメントについて説明を追記しました。

コメント

おかげさまで600万アクセスを突破しました

2013-12-27 00:00:00 | Weblog

拙ブログが12月23日で600万アクセスを突破しました。浅田真央の学校関係の記事のアクセスがよかったので、年内での突破となりました。

画像は、12月25日1時30分ごろのものですので、アクセス数は12月24日(gooは、日の途中では、アクセス数は不明です)分ですが、トータルは12月23日までのものであることをご了解ください。数字が変わるのに若干の時間の齟齬があります。

500万アクセスの突破が7月後半だったので、5ヶ月強での100万アクセスは厳しいだろうなと考えていましたが、世界陸上の美女記事と9月にわりとアクセスがよかったこと、浅田真央の学校関係の記事(実は、こちらの記事は、グランプリシリーズファイナルで、彼女についての関心が世間で高まる時期を見込んで発表しました)のアクセスのよさが高アクセスの要因だったと思います。前の記事でも書いたように、これなら1年で200万アクセスの維持(もちろんもっとアクセス数が増えてくれればそれに越したことはありません)によって、2015年中の1,000万アクセスも視野に入ります。100万アクセスも私にとって望外の驚きでしたが、1,000万を突破したらやはりなんらかの感慨を覚えると思います。

gooは、1日経たないとアクセス数が分からないのが不便なところです。700万アクセスは、可能なら6月までには達成したいと考えます。それでは、これからも拙ブログをよろしくお願いします。

コメント (2)

帰国しました(訂正あり)

2013-12-26 00:00:00 | 旅(海外旅行一般 あるいは上以外の国々)

12月21日~24日まで某国(2国)を旅してきました。まだ夏の旅行の記事もようやく4日目ですし、すぐ年末年始の旅行に行きますので、今回の旅行を記事にするかどうか未定です。書くとしてもたぶん1日1記事くらいになると思います。

よって25日までの記事(24日夜の帰国でしたので、25日までは事前に記事を書いておきました)についてのコメントは表に出せなかったことをご容赦下さい。年末年始も29日(同日の訂正:28日です)~5日まで旅に出かけますので、コメント欄の対応不可のことをご了解下さい。

では明日から通常運転を再開します。

コメント (4)

幸福な(?)死

2013-12-25 00:00:00 | Weblog

ある男が車にはねられた。彼の死体が横たわった草原は、四つ葉のクローヴァーでいっぱいだった。

コメント

アジア周遊紀行(2013・夏)(27)

2013-12-24 00:00:00 | 旅(ミャンマー)

トレーダーズホテルで休みます。このホテルで爆発事件があったことを知った時は驚きました。

コカコーラと

パンナコッタをいただきます。

なかなか感じのいい人がいます。

この「セントラルホテル」も、日本人ら観光客に人気の高いホテルです。

以前のヤンゴンでは、このような照明は無縁でした。

前に食べた中華料理屋に行こうと思いましたが・・・

閉店したと聞いて「あひゃー」です。ミャンマーも外国人観光客が多くなって、店は儲かると思うんですけどね。

仕方ないので、何回も食べている日本料理店に行きます。

スタジアムに隣接する店に行きます。

ミャンマービールをいただきます。隣にある本は、「もうひとつのチベット現代史」です。プンツォク・ワンゲェルについて書かれた本です。この本を脇に抱えてバンコク→ヤンゴンのエアアジアに乗っていたら、日本人の女性が驚いた顔をして私を見ましたので、会釈を返しました。

牛筋をいただきます。

鶏の照り焼き、

カツとごはん(定食になっておらず別々の注文です)をいただきます。これで今日はホテルに帰ります。おやすみなさい。(つづく)

コメント

アジア周遊紀行(2013・夏)(26)

2013-12-23 00:00:00 | 旅(ミャンマー)

早くもこの国3回目の入国です。

入国審査を過ぎて、USドルからミャンマーチャットに交換しました。こういったことができるようになったのも大きな進歩です。「なんだそんなこと」と思うかもしれませんが、以前は空港で両替はできませんでした。

これも、3年続けて同じホテル、「パノラマホテル」です。

わりといい部屋でしょ。でも3年前と比べると、部屋代がほんと高騰しました。ホテルが足りず、観光客やビジネス関係の客が殺到しているんだから、高くなるのは当たり前。まもなくホテル開業ラッシュで落ち着くのでしょうけど。ホテルに向かう途中、ノヴォテル(だったっけか。アコー系のホテルではあった)も建築中でした。

早速ヤンゴンの街を探索します。去年は確かここ建物があったぞ。

前も食べた屋台で食事をいただきます。

あっという間に暗くなりました。さあどうしましょうか? (つづく)

コメント

アジア周遊紀行(2013・夏)(25)

2013-12-22 00:00:00 | 旅(ミャンマー)

無事にバンコクのドンムアン空港に着きます。

この空港は、LCC専門空港といっていいかも。

ね。昔ながらのイメージの客室乗務員の写真を使っているでしょ(昨日の記事参照)。

次なる便に乗るためにチェックインカウンターに並びます。女性係員が、ボードをもって歩き回っています。

中国系の人たちでした。

かなりえんえん並んで、ようやく私の番です。

しかし・・・。

ねえ、この人のビザ大丈夫、と、カウンターの女性がそこらじゅうに私のパスポートを見せて確認します。「大丈夫だ」と説明する私。ようやく手続きが完了しました。

エアアジアの客室乗務員ですが、この女性私に向かってVサインしているんですかね。それなら、ありがとう、あなた。

しばらく待合室で時間をつぶします。

私のボーディングパス(といったって、たんなる紙切れです。LCCは、こういったことにも簡素です)。行先は、またあそこ?

ミャンマーのヤンゴンです。めでたく3年続けていきます。

搭乗します。

離陸します。さようならタイ。

このあたりは、もうミャンマーかな。

パゴダが見えますね。まさにミャンマーです。

空港に着きます。機内でボールペンを落としてしまったのですが、後ろに座っていた男性が親切で拾ってくれました。ありがとう、あなた。私以外にも日本人は搭乗していました。(つづく)

コメント