非国民通信

ノーモア・コイズミ

もう2週間後です。

2016-06-26 21:10:17 | 政治

 いつのまにやら参院選の候補が告示され既に期日前投票を済ませた人がいたり、なんだか時間の流れの速さを感じるところですが結果はどうなるでしょうか。世論調査によると18~19歳は他の年代より自民党支持傾向が強いようで、「我こそは若者の味方」と装いたがる人々の中でも明暗は分かれそうな気がします。そして各地の首長選や地方議会では自民党と民主&維新とで統一与党が結成されているのとは裏腹に、国政選挙では共産党が社民党化の道を選択しました。「野党統一候補!」と息巻く層もあるようですけれど、望んだ結果は得られるのやら。まぁ野党統一候補という虚構とは裏腹に自民党側からの「民共」批判を見ると、意外や対立陣営からは脅威に見られているのかも知れません。

 とりあえず私としては、やはり経済を重視したいところ、経済情勢が悪化すれば自殺者だって増えますし福祉を必要とする人だって増える、「金持ちけんかせず」とは反対の方向に突き進む人だって増えるわけです。とかくブルジョワは政治的、思想的な自由ばかりを重視しますが、経済的な要因による自由・不自由というのは考えられている以上に深刻なものがありまして、貧しいが故に人生に選択肢がない、嫌なことも拒んでいられない人々もいる、そうした存在は決して忘れられてはならないでしょう。人間の尊厳を重んじる上でも、経済以上に大切なことはありません。

 そして政党/政治家と経済を考える上では、消費税増税の失敗に向き合っているかが一つの尺度になると思います。消費税増税の失敗を認めて路線を改めようとする姿勢があるかどうか、それは政治家が現実と向き合えるかを問うポイントです。反対に、消費税増税「以外の何か」に景気低迷の責任を負わせようとしている政党/政治家は現実よりも政局重視なのだと言わざるを得ません。人によっては特定の政党の勝利こそが何より重要のようですが、どの政党が政権を握ろうと景気が上向くことが重要と考えるのなら、消費税増税が景気回復局面を破壊したことを認めている政権から投票先を選ぶべき、と言えます。

 外の世界に目を向けると、イギリスが国民投票でEU離脱の道を選びました。明らかに離脱が自国の利になるであろうギリシャではなくイギリスが離脱の先陣を切ったのは意外でしたが、まぁEUに属するようでいてユーロには未加盟、シェンゲン協定にも未加盟で元から距離を置いていたのがイギリスと思えば、それもアリなのかも知れません。ともあれイギリスの国民投票結果を受けて為替相場は大荒れ、円高が急激に進む結果ともなりました。それを受けて、民進党の岡田代表の主張が以下の通りですが――

 

岡田代表「アベノミクスのうたげは終わった」(毎日新聞)

 欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う英国の国民投票で離脱派が勝利したことについて、民進党の岡田克也代表は24日の記者会見で「世界経済に及ぼす影響や、EUの統一がどうなるか大変深刻な問題だ」と懸念を示した。日本経済への影響には「けん引車だった円安・株高が逆回転し、離脱の問題がさらに拍車をかける。アベノミクスのうたげは終わった」と述べた。

 

 いかがなものでしょう? 故・民主党政権時代は実態からかけ離れたすさまじいばかりの円高を頑なに放置してきたわけです。1ドルが80円を切るなど、あり得ないレベルの円高に何の対策も取られてこなかったのは記憶に新しいところでしょう。そして岡田代表曰く「けん引車だった円安・株高が逆回転し」とのことですが、円高(&株価低迷)を見守るばかりであった民主党の残党と、金融政策をタブー視せず円高是正に動いた実績のある現与党とでは、期待できるものも大きく異なるように思います。確かに「円安・株高が逆回転」とは危険な兆候なのですけれど、異常な円高は過去に例がなかったわけではありません。そしてどのように対処してきたかは、与党にも野党第一党にも近年の実績があるのです。

 アメリカ大統領選では進歩的なサンダースと競う中で保守派のヒラリーも幾分か政策を良い方向に改めてきたように思います。対立候補の支持層を取り込むべく敢えて対立候補の主張を受け入れる、という選択も起こりえるわけです。日本でも昭和の時代には、自民党が社会党の提言に歩み寄ることがありました。負けた候補が一定の影響力を行使することだってあるのです。翻って現代日本の野党は、与党に良い影響を与えることができているのでしょうか? 野党支持層を取り込むべく自民党が民主党なり維新の党なりの政策や主張に接近したら、それは政権が変わらずとも日本の政治を良い方向に変えうるのか――そう思えるかどうかは皆様の判断にお任せします。

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目次

2016-06-26 00:00:00 | 目次


なんだかもう、このカテゴリ分けが全く無意味になりつつあります……

社会       最終更新  2016/ 6/19

雇用・経済    最終更新  2016/ 6/ 5

政治       最終更新  2016/ 6/26

非国民通信社社説 最終更新  2013/12/ 7

文芸欄      最終更新  2016/ 4/17

編集雑記・小ネタ 最終更新  2016/ 5/ 2

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人の方が安いなら

2016-06-19 23:21:47 | 社会

抱きかかえ、排泄、見守り…介護ロボット導入施設に「報酬加算」 政府が平成30年度改定で 「労働環境改善や人手不足の緩和も」期待(産経新聞)

 政府は10日、介護ロボットを導入することで介護職員の負担軽減やサービスの質向上を実現する介護施設に対し、介護報酬を加算する方針を明らかにした。ロボット市場拡大や職員不足対策につなげる狙い。介護現場にロボットを導入して得られる改善効果などをデータ化する実証実験を8月から開始。結果を基に具体的な加算割合などを算出し、平成30年度の介護報酬改定に盛り込む考えだ。

(中略)

 現状、介護ロボットは1台数百万~数千万円と高額なことなどを理由に施設への導入は進んでいない。 経産省は今後、ロボットの価格が下がり、介護報酬の加算などの政策でロボットの施設への導入が進めば、「単純労働をロボットが、複雑な仕事を人間が行う分業化が始まる」と分析。その結果、「労働環境の改善や人手不足の緩和も図られる」と期待する。

 

 よく「今ある仕事は機械に取って代わられる、将来的には必要なくなる」みたいなことを言う人がいます。「今時の若者は~」みたいな言説は紀元前の石碑にすら刻まれているそうですが、「今ある仕事は~」系の歴史はどんなものでしょうね。実際のところ産業革命時代にも「機械に雇用機会を奪われる」と考える人が存在したことは見て取れるわけですけれど、数百年の時を経てもなお人類は労働から解放されてはいません。

 さて報道によれば政府は介護ロボット導入を後押しするようで、実効性はさておき方向性としては歓迎されるべきでしょうか。合理性を嫌う我が国ではOA化や機械化にも一定の反発があったりするものですが、実際に現場で仕事に追われている人からすれば、仕事を楽にしてくれそうな装置の導入は喜ばしいことではないか、と思います。今でも育児を筆頭に、手間暇のかかる選択肢の方が是とされがちなところもありますけれど、介護施設の入居者にまで、そんな歪んだ愛情を求める人はいないですし。

 なお記事では「今後、ロボットの価格が下がり」云々とのこと、この想定はいかがでしょう? 世の中には、時代が進むに連れて価格が下がっていく製品もあれば、価格が下がらないどころか上昇していくものもあります。思惑通りに介護用ロボットの価格は下がるのか、どうにも鬼が笑うレベルの話に感じないでもありません。まぁ太陽光パネルよろしく中国辺りが日本製を駆逐する安価な商品を造るようになる未来ならばありそうですが。

 ともあれ現在は、ロボットが高いから導入が進んでいないわけです。裏を返せば「人間の方が機械より安い」わけです。こういうケース、他の産業でも決して珍しくはないのではないでしょうか。人間が機械に取って代わられるどころか、「人間の方が安いから」機械でもできる仕事を人間にやらせていることだって多々あるはずです。世界経済の孤児として賃金水準も低空飛行を続けてきた日本であれば、「機械よりも人」への逆流だってあり得ます。人が安く雇える日本なのだから、わざわざ高価なロボットは必要ない――効率化ではなく人件費の抑制を追求していく国では、そういう判断だって成り立つのです。人件費が高い国なら少ない人でも仕事を回せるように機械化を進めなければなりませんが、日本はそこに該当するのかどうか――

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今日も東京は平和です

2016-06-12 23:05:15 | 政治

 さて舛添都知事の政治資金問題で色々と紛糾したりもしているようですが、影響はどんなものでしょうね。目の前の嵐さえやり過ごせば、いずれは他に報道の主役になれるような扇情的なネタが見つかって忘れらされそうな気もしないでもありません。なにせあの石原や猪瀬の時代でも普通に栄えていたのが東京都です。都知事なんかとは無関係に東京には日本の富が集まっていくものであって、都議会がカネの問題にうつつを抜かしていても都民の生活や都内の事業者の営業活動は何事もなく続いていくものなのかも知れません。

 どれほど政治家が私腹を肥やそうとも、誤った政策を実行に移す政治家に比べれば可愛いものです。どれほどカネに汚い欲にまみれた政治家が現れようとも、小泉純一郎や菅直人のような類いほどには有害ではない、と思います。政策的な誤り以上に国民に被害を与えるものはありません。政治資金の私的流用によって有権者が被る痛みなんて純粋に感情的なもの、妬みや上っ面の正義感をくすぐられる程度のものです。しかし、ひとたび権力者が謝った判断を下せば、どれほど多くの国民が路頭に迷うことでしょう?

 しかしながら、政策的な過ちには結果がどれほど悲惨なものであってさえ一定の擁護者が付くもので、時には過去に起こった事実をねじ曲げてさえ正当化、美化する人がいるわけです。それに比べるとカネの問題(ついでに女性問題)は一種の国民的合意が形成されていると言いますか、全会一致でダメなこととして扱われており、それをかばう人はいません。不適切な金銭の取り扱いこそが政治家にとっての致命傷になっていると言えます。どれほどの失政を重ねることよりも、カネの問題の方が政治家の地位を揺らがせるものなのですね。

 まぁ今回の舛添と同程度の――法的な違反として罪に問われることはないが国民を納得させる説明はできない――政治資金問題としては小沢一郎のケースが思い出されるところでしょうか。小沢は不思議と狂信的な支持者がネット上と夕刊紙に存在していたりもしたもので、その辺が無理筋を厭わぬ陰謀論で小沢擁護を繰り返していたりもしましたけれど、それに比べると舛添は良くも悪くも狂信の対象とはなっていない、と言えそうです。その辺が「他の候補よりマシ」と選挙で有権者から判断された理由にも感じられるところですが、仮に辞任の可能性が出てくるならば「もうちょっとマシ」な候補は見つかるでしょうか?

 自民党が問題のある主張を繰り出せば、今度は負けじと民主(民進)党が輪をかけて酷いことを言い出すのが近年の日本の政治ですけれど、石原の後の猪瀬みたいな事態になってしまうくらいなら、舛添が地位にしがみつくのもアリなんじゃないかと思える昨今です。そもそも公私混同の類は非難されがちですが、むしろ公私の区別を付けないのが日本の文化なんじゃないかという気もします。「私」の領域に仕事を割り込ませ、アットホームな職場では私的な人間関係の構築を強いられるのが日本の企業文化です。仕事は仕事、プライベートは無関係とビジネスライクな振る舞いを許容してこなかったのが日本社会であるだけに、まぁ舛添の振る舞いも一種の社会の縮図なり病理の反映みたいなものなのかも知れません。仕事とプライベートの境が曖昧なのは都知事だけではないですから。

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未来へのツケ

2016-06-05 22:06:02 | 雇用・経済

厚生年金逃れ、国の想定以上 建設業・ごみ収集員も(朝日新聞)

 従業員に資格があるのに事業所が厚生年金に入れていない「加入逃れ」が政府の想定以上に広がっている。厚生労働省は未加入者を約200万人と推計して事業所の調査に乗り出したが、対象に含まれない建設作業員やごみ収集員の一部も未加入なことが朝日新聞の調べでわかった。

 従業員5人以上の個人事業所は厚生年金に加入する義務がある。だが、建設業者の中には雇っている作業員を「一人親方」として仕事を外注している実態が判明。厚生年金の保険料負担を避ける狙いで、こうした作業員は保険料が全額自己負担の国民年金に入る。一人親方は2015年度で全国に約60万人おり、加入逃れのため装われたケースも少なくないとみられる。

 東京23区の日雇いのごみ収集員(2千~3千人)のほとんども厚生年金に未加入だ。同じ業者に1カ月以上続けて雇われれば厚生年金の加入条件を満たすが、委託業者の一部は違法に加入を避けている。

 

生活保護、高齢者世帯が初めて5割超える 厚労省発表(朝日新聞)

 生活保護を受給した世帯のうち、65歳以上の高齢者世帯の割合が50・8%となり、初めて半数を超えた。厚生労働省が1日に発表した3月分の速報値でわかった。高齢化を上回る勢いで増えており、公的年金が老後の暮らしの支えになっていない実態が改めて浮き彫りになった。

(中略)

 公的年金は老後の支出すべてを賄えるように設計されておらず、年金頼みの老後を送る人にとっては十分な額ではない。14年に厚労省が実施した調査では、高齢者世帯に属する生活保護受給者の約47%は公的年金を受け取っており、その平均受給額は約4万6600円。ただ、高齢者の夫婦でともに無職の世帯は月平均で約27万5700円(15年家計調査)の支出がある。

 

 2本ほど続けてニュースを引用しましたが、いかがでしょうか。この国の未来を占う上では大いに判断材料になると思います。そして未来を変えるか変えないかは、間接的ではあれ有権者にも問われるところですね。日本の会社の不法行為は目に余ると言いますか、事業者と消費者は守っても労働者は守らない日本の緩すぎる規制の結果が将来へのツケになるであろうことは繰り返すまでもありません。虚偽記載に溢れた求人はハローワークに公認され、偽装雇用は横行するばかり、それでも企業が罰せられることなど万に一つ以下の確率でしかない、まさに日本は雇用者天国といった風情ですが、その結果として今に至るわけです。

 かつて我が国は日本国籍を持たない――1945年までは有無を言わさず帝国臣民としてカウントしていたはずですが――日本の永住者を年金加入から排除してきました。その結果として、高齢者の中でも日本国籍を持たない人々の生活保護受給率は幾分か高い物になっていたりします。高齢になれば自分で稼ぐのは誰だって難しくなるわけで、そうであるにもかかわらず公的年金の対象から除外などしていては、当然のこととして年金とは別の社会保障に頼らざるを得なくなるに決まっているのです。50年以上前から、わかりきっていたことです。

 何事も目先のコストカットは将来の負担に繋がります。賃下げと人員削減で一時的に利益を上げているように見せかけている企業が、その後は着実に沈んでいくのと同じように、こうした年金の加入逃れは将来的な「年金以外の」社会保障負担を増やすだけ、社会全体で見れば将来に借金を残す行為になっていると言えます。改革と称して諸々のコストカットを進めて賞賛される政治家や企業経営者は数多いますけれど、長いスパンで見れば20年後、30年後により重い負担がのしかかってくる、そんなケースは枚挙にいとまがありません。

 とかく日本のメディアや経済筋の論者は「将来に借金を残すな」と言って目先の財務状況の改善を急務と説くものです。しかるに実際のところは全くの筋違いと言いますか、目先の出費を惜しんで将来への投資を減らしインフラを破壊してしまうと、それこそ次の世代が苦しめられることになるものなのではないでしょうか。目先のコストカットを進めれば将来の世代は育たず、未来の収穫を減らして結果的に収支を悪化させてしまうだけ、借金を増やす要因を追加してしまうだけです。「将来に借金を残すな」と声高に説く人が実行を迫っているのは、種籾を食べることだと言えます。

 ドイツその他の債権者や投資家を救ったEUの緊縮財政はギリシャを壊滅させ、世界経済にブレーキをかけることにもなりました。緊縮財政はある種の人々に精神的満足感をもたらすものではあるかも知れませんが、その爪痕は将来の禍根となるものでもあります。逆に財政出動のように普遍的な景気刺激策は、種籾を植えるものです。目先の出費は増えるかも知れませんけれど、将来の収支を改善するための投資を惜しんではいけないでしょう。年金行政も然り、企業の負担を緩和することばかり考えていれば、それは必然的に将来的な社会の破綻を招くものです。そこはしかるべく企業に負担させなければ、当の企業ですら生きられない荒廃した社会ができあがってしまいます。

 ……後はまぁ、ことによると民間企業以上に「公」の世界が悪い意味で先を行っている部分もあるわけです。日本経済が伸び悩む主因としては個人消費の低迷が広く指摘されるところで、その原因としては賃金水準の下落、非正規雇用への急速なシフトが挙げられます。そして非正規雇用へのシフトを他に先駆けて強行してきたのが公務員の世界であるはずです。「公」の世界で行われていることなのですから、それに続いた民間企業が非難されるいわれはないのかも知れません。冒頭の報道で例示されている「東京23区の日雇いのごみ収集員」も然り、脱法行為を続ける事業者に平然と業務委託を続けているのは公的機関なのです。不法な年金の加入逃れも、役所のお墨付きなら仕方がありませんね!

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ヨソのバイトもこれくらいやるべきだと思う

2016-05-29 22:39:34 | 雇用・経済

帝国ホテル、従業員の「芸能人がいた」ツイートを謝罪(ITmedia)

 帝国ホテルは5月20日、芸能人が来館したとする業務委託先企業の従業員のTwitter投稿を「不適切な書き込み」として謝罪した。「指導・管理体制を一層徹底し、再発防止に努める」という。

 16日夜から17日にかけて「帝国ホテルで働いているんだけど」と従業員であることを明かした上で、ある芸能人を目撃したとツイートしていた。同ホテルの入館証と思われる写真なども投稿していたが、現在はアカウントが削除されている。

 同ホテルは「業務委託先企業の従業員が、SNS上にお客様に関する情報を発信するという事態が発生いたしました」と説明。内容についても「ある方が帝国ホテル東京に来館された事実はございません」と否定した。指導・管理体制を徹底し、再発防止に努めるとしている。

 

 ……とまぁ、こんなニュースも先日はありまして、来館して「いない」ことを公表するのも管理として問題があるんじゃないのかなどと帝国ホテル側の対応に疑問を投げかける人もいたりしたわけです。そして問題の書き込みを行ったのは「業務委託先企業の従業員」とのこと、なんでも帝国ホテルのアルバイト募集は普通に求人サイトに出ているようで、フロント業務であれば時給1000円程度だそうです。時給1000円のアルバイトで守秘義務も糞もないよな、と思います。

 過去にはベネッセの顧客情報を非正規社員が持ち出していたなんて事件もありました。かくいう私自身も勤務先の顧客情報は持ち出せたりします(買い手は探していませんが)。今や非正規社員に中核業務を任せていたり、容易に顧客情報へアクセスできるような立場に置いている会社も多いのでしょう。安っぽいビジネスホテルだけではなく帝国ホテルのような宿泊料の高いホテルでも、それは例外ではなさそうです。

 じゃぁ非正規雇用だから問題が起こるのかと言えば、その雇用形態がクローズアップされないだけで正規に雇用されている従業員が会社に重大な事件を起こすケースだって無数にあるわけです。外国人が犯罪を犯せば外国人であることが注目されますけれど、日本人が犯罪を犯しても日本人であることは注目されないのと同じですね。時給1000円にも満たないような非正規でも高給取りの正社員でも、会社の定めたルールを守ろうとする意識は、実のところ大差ないのではないかという気もします。

 ……で、大差ないからこそ問題なんじゃないのかと私などは思うわけです。ボロは着てても心は錦、非正規でも心はエグゼクティブ、そんな人の方が圧倒的多数派なのが実態ではないでしょうか。ほとんどの人は非正規でも正社員と同様に経営意識を持って会社に尽くしているのです。非正規だからと言って顧客情報をホイホイと外に漏らすような人は、それこそ人が犬を噛むような話で滅多にいない、非正規だからと仕事に手を抜く人はきわめて稀でしょう。そして、だからこそ問題なのです。

 以前にも書きましたけれど、日本の非正規労働者の待遇が悪いのは、非正規社員の能力が高すぎるから、です。非正規雇用なのに正社員と同様に働くのであれば、雇用側にとっては正規雇用を増やすメリットはありませんから。時給1000円のアルバイトでも正社員と同様に真剣に会社へ尽くすのであれば、安いアルバイトの方を増やすのが経営判断としては当然の正解です。もし日本人の大半が「給料の分しか働かない」のであれば、会社側としては「より高いレベルで働かせるためには待遇を上げるしかない」ことになりますが、そうはなっていませんよね?

 現実問題として非正規社員が優秀すぎるからこそ、非正規雇用率の増大に歯止めがかからない、帝国ホテルのような海外からの来訪者への「顔」と呼べるような高級ホテルですら非正規職場になっているわけです。一部上場企業の中核的な情報を非正規社員が管理していたりするのも然り、ですね。それもこれも、わざわざ高い給与を出して正規に人を雇用しなくても真面目に働く人材が手に入る、そういう社会だからこそ非正規雇用ばかりが増えるのだと言えます。逆に今回のように、間接雇用の非正規社員が問題を起こすような事態が続けば、日本の経営者も少しは考えを改めるでしょうか。非正規ではダメだ、間接雇用ではダメだ、しかるべき待遇の正社員ではないと信用できない――そう日本の偉い人が考えるようになってくれればイイと思います。

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日本の学生に勉強させたいのなら

2016-05-22 20:39:41 | 雇用・経済

留学生が斬る ここがヘンだよ日本のシューカツ (日本経済新聞)

 中国の山東省出身で08年に立命館APUに入学した杜銘雨さん(26)は大学卒業後、日本語を使って仕事をしたいと考え、日本で就活に挑んだ。商社やメーカーなど大企業を受けるが、いずれも落とされた。現在では文系でも活用できるという理由で、あるIT(情報技術)系企業で働いている。就活を通して感じたのは「採用する際の明確な基準がない」ことだ。

 あるプラント大手のリクルーター面接を受けた時には、学生時代の課外活動について聞かれて面食らったという。「オーケストラでバイオリンを弾いていたが、それがどう関係あるのか分からなかった」。たしかに日本の採用では、学業成績よりもその他の活動での定性的な評価が重視される傾向がある。学生側も、バイオリンをやっていたことを喜んでアピールするだろう。だが、留学生が期待しているのは、学業成績で平等に評価されることのようだ。

 シンガポール出身の曾オスティンさんも「大学の成績が採用に関係ないから学業を放棄して就活に走ってしまう」と手厳しい。大学の成績があまり重視されないことに違和感を覚える外国人は多い。日本の就活生も同じような矛盾を感じたことはないだろうか。学業の邪魔にならないようにと、経団連が毎年のようにスケジュールを二転三転させて混乱しているが、そもそも評価の基準を変えないかぎり、学業優先は実現しないのかもしれない。

 

 折に触れ書いてきたことですけれど、どこの国の大学生だって純粋に「勉強したいから」勉強しているわけではないと思うんですよね。「日本とは違って勉強している」とされる国の学生も「将来、立派な職業に就くため」に勉強しているのであって、本物の向学心の持ち主が占める割合は日本も他国も違いはないのではないでしょうか。そして「勉強しない」と詰られる日本の大学生はヨソの国の場合と何が違うのかと考えると、それはやはり上記に引用した類いの現実が大きく影響しているのだと言えます。

 この外国人留学生が日本の就職活動に対して感じた違和感は私自身も痛感してきたことで、その点で私は日本社会の物差しからは外れていたのだろうなと思うところですが、ともあれ「日本の採用では、学業成績よりもその他の活動での定性的な評価が重視される傾向がある」わけです。血液型ですとか体育会系の部活動への所属歴なんかは聞かれても、大学の成績なんかは一度も問われたことはありません。もし日本社会が「学業成績で平等に評価される」代物であったのなら私はエリートなのでしょうけれど、現実は正反対ですし。

 「大学の成績が採用に関係ないから学業を放棄して就活に走ってしまう」とシンガポール出身の留学生は語ります。ただし出身大学のネームバリューは割と重要ですので、「良い大学に入るため」に受験勉強を頑張る日本の高校生は多いわけです。しかし、その先は勉強しないのですね。理由は考えるまでもないでしょう。そこから勉強しても「良い仕事に就くため」には役に立たないから、ですよね。どこの国の学生も、大学を出た先をちゃんと見据えているのです。「大学を出た先」で求められるのが勉強なのかそうでないのか――それを日本の学生は実によく理解しています。

 日本の教育も行政の決める方針は二転三転していますけれど、結局はニンジン次第なのではないでしょうか。良い大学に入ることが良い会社に入ることの近道なら、教育行政が何を定めようと高校までは決められた教科を学生達は真面目に勉強するかも知れません。しかし、その先が学業「以外」を重視するのであれば、若者が勉強するのは大学入試まで、です。ゆとり教育をやめる、英語教育を早期開始する、プログラミングを教える云々と学校現場を振り回したところで、それを「大学を出た先」の社会で採用の権限を持った人々が評価するかは別問題なのですから。

 行政の決める「何を学ばせるか」なんかよりも、国内企業の「何を身につけた学生を採用するか」の方がずっと、学生が勉強するかどうかへのの影響力は強いように思います。しかるに日本の場合は企業側の求めるものがあまりにも曖昧すぎて「何を勉強して良いのか分からない」学生も多い、学生だけではなく大学関係者にも多いのが実態と言えます。そうして、何も学べないまま時間だけが経過してしまうこともあるでしょうか。おそらく教育行政がナタを振るうべきは教育現場の方ではない、変えるべきはぶら下げるニンジンの方であり、その権限を持った企業側にこそ改革を迫ること、それこそが日本の教育を変えることになるはずです。

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社会人の辞書に"不可能"はない

2016-05-15 21:56:00 | 雇用・経済

 この頃ですと三菱自動車の燃費偽装が話題ですが、少し遡れば東芝の不正会計なんかもあるわけです。そしてこのブログにも過去に書きましたが、私の勤務先でもカラ受注なんかは横行しておりまして、まぁヨソの国は知りませんが日本の会社なら多かれ少なかれどこでも見られることなのかな、という気がします。会社の偉い人の求めるままに実態からかけ離れた都合の良い報告をする、ってのはコミュニケーション能力によって選別された日本のサラリーマンにとっては当たり前の行動なのかも知れません。

 かのナポレオンは「"不可能"とはフランス語ではない」みたいに語ったそうで、これが「我が輩の辞書には~」と訳されて日本に普及しているのはよく知られていることですが、むしろ日本の場合こそどうでしょう? 「"不可能"とは社会人の使う言葉ではない」ぐらいに考えられている気がします。実際、会社で高く評価されている人はおろか下っ端でもマトモに就職できている人、非正規でも会社に完全になじんでいる人は決して「無理です、不可能です」とは口にしませんから。

 ……で、その結果が三菱自動車であり、東芝でもあると言えます。私の勤務先でも会社の偉い人が毎月、全国の営業拠点長に「どうして(予算を)達成できないんだ!」と電話会議で詰問しているわけです。もちろん各拠点で事情はありますし計画通りに受注が取れるとは限らない、それは当たり前のことです。しかし、会社で偉くなるような人の辞書に「不可能」はありません。なんだかんだ言って結局は「(予算達成)できます」と全国の拠点長が宣言し、それに基づいた事業計画が立てられて終わるのです。

 言うまでもなく予算目標が事前の宣言通りに達成されることはなく、蓋を開けてみた結果は当初の目論見からは大きくかけ離れた低い実績でしか出てこなかったりします。そんな結果があらわになって初めて「なぜ見込みと実績にここまで差があるのか」を分析すべく役員層からの厳命が飛び交い、本社の管理部署では上へ下への大騒ぎを繰り広げていたりするのですが――いやはや馬鹿の相手は仕事とはいえ疲れますね。

 私なんかは事前に不可能であることが分かっていれば「それは無理です」と適切に現実を伝えてしまうわけです。だから自分はまともに就職できないし会社でも孤立しがちなんだろうなと思うところですけれど、結局のところ実務に携わっている人間が最も正しく実態を把握しているもので、そこから上がってくる報告が歪められてしまえば将来の予測もおぼつかないのではないでしょうか。「やります」「できます」と言わせることは簡単なのかも知れませんが、実際にできるかどうかは別問題なのですから。

 気象予報士に「晴れ」の予報を出すことを強要することはできますが、翌日の天気を晴れにすることができるわけではありません。むしろ「雨」の予報を受け入れていれば、まだしも対策は取れるというものです。社員が正しく「そんな都合良くは行きません」「我が社では開発できません」「状況は厳しいです」と現状を報告し、偉い人がそれを受け入れることができれば最低でも「備え」ができます。しかし偉い人が望むがままに都合の良い報告を上げる/上げさせるのが当たり前になった会社にできるのは夢を見ることだけです。夢の中では燃費が他社を上回っている、利益は上がっている、計画通りに受注できているのかも知れません。しかし夢はいつか醒めるのです。

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技術に劣る日本の企業はオカルトに頼る

2016-05-08 23:36:11 | 雇用・経済

 この頃は「水素水」が一部で流行っているようで、いかがわしい業者ばかりではなく名の知れた一流メーカーも参入するようになったわけですが、どうしたものでしょうね。まぁ元より世界に冠たる日本の家電メーカーなども挙ってマイナスイオングッズに群がっていたりしたくらいですから、日本企業の見識とはそういうものなのかも知れません。

 かくいう私も家電量販店でバイトしていた頃は、効果がないと知りつつマイナスイオン製品を売り込んでいたことがあります。お客さんへ「こんなの完全にデマ、オカルト商法ですよ」みたいに説明しておけば誠実な振る舞いであったのかとは思うところですけれど、そんなことをすれば店長に怒られるだけですから。

 その他にも日本の名だたる食品メーカーや製薬メーカーが、これまた根拠の薄弱というか捏造に等しいレベルの健康グッズを盛んに販売しているわけです。何とも恥ずかしい話ですが、市場にはそれだけの需要があると言うことでもあります。為政者が有権者の水準に引き寄せられていくのと同じように、メーカーもまた顧客の水準に擦り寄っていくところもあるでしょうか。

 マイナスイオンだのプラズマクラスターだの水素水だの高音質microSDカードだの、そんなものはハッタリだと理解している人は当然ながらメーカー側にもいるのだとは思います。しかし、それでも発売されてしまう、社を上げて売り込みが図られてしまう辺りに「日本の会社」らしさがあるのかも知れません。日本の会社が重んじるのが何なのか、窺い知れるところです。

 結局のところ日本の会社はどこも「コミュニケーション能力重視」「人物重視」です。技術力や科学の素養なんかよりも大切なものがあるのだと言えます。真摯に優れた製品を開発するよりもハッタリで誤魔化す、会社の偉い人の望み通りの回答でご機嫌を取ることの方が優先順位が高いわけです。日本の会社で活躍したければ、知性には蓋をしなければなりません。こんな馬鹿げた製品をラインナップしていけば中国や韓国の企業に追い抜かれるのは当たり前ですよ、と忠告できるような人は就職の段階で弾かれてしまう、あるいは奇跡的に社内に存在していても黙殺されてしまうのでしょう。

 日本の技術力云々は、こうしたハッタリ商法の横行を見るに完全に過去の神話になってしまったなと感じます。むしろ近年は中国企業に技術力で追い越されるばかりか賃金水準でも上を行かれるケースが珍しくなりつつあります。日本の会社の偉い人々は日本をどこへ導こうとしているのか、どうにもこのままの方向ですと「技術力は今ひとつだけれど賃金コストは低く抑えられる国」になりそうです。発展途上国にとって、それは通過段階なのですが――日本の場合はゴールになっていそうな辺り、目も当てられません。

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日本人の言う「もったいない」とは

2016-05-05 22:22:13 | 雇用・経済

 たとえば一口に「無駄削減」と言っても日本の場合と余所の国とでは向いている方向が正反対なんじゃないかという話を先月に書きましたが(参考)、似たようなことは他の言葉でも当てはまるでしょうか。思い当たるのは「もったいない」とかですね、何を以て「もったいない」と扱うか、文化圏によって結構なズレがあるような気がします。

 「日本には資源がない」というのもまた一種の合い言葉と化していますけれど、資本主義における資源の有無の重要性は果たしてどの程度なのでしょう。確かに「資本のない国」にとって「資源の有無」は命運を大きく左右する要素です。資源でもなければ外貨を獲得できない、外貨を獲得できなければ経済を発展させようにも「元手」がありませんから。元手を手にできなければ、商才があっても金儲けは出来ないわけです。

 では反対に元手がある、資源はさておき「資本がある」国の場合はどうなのでしょうか。確かに資源があれば、知恵を絞らずとも容易に利益を上げる機会が得られるとは言えます。しかし、資源から得られた利益が国全体の経済を支えているのは小国や発展途上国の話、一定以上の規模の先進国は資源ではなく「資本」から利益を上げているわけです。資源の有無の重要性やいかに?

 19世紀ぐらいまでなら資源を輸出して金銭を自国に蓄積させる経済モデルは有効であったのかも知れません。一方で近代以降の「資本主義」の時代において重要なのは資源ではなく資本である、まず資本を獲得するために資源を必要とする国はあるにせよ、既に資本の蓄積を終えている国にとっては、資源を売ることよりも手元の資本を活用して経済を循環させることの方が大切になってくると言えます。

 しかるに日本の経済言論は今なお資本主義の時代に到達できていない、言うなれば「資源主義」の段階に止まっているのかな、と感じることもあります。資本をいかに活用するかよりも、限りある資源よろしく蓄積させることの方を是としているのですから。お金(資本)というリソースを「眠らせておく」ことを「もったいない」と思うのか、それとも「使う」ことを「もったいない」と思うのか――どうも日本の場合は後者のようですが、その結果として日本は世界経済の成長から取り残され、ひたすら内部留保だけが増加するという孤高のガラパゴスと化してしまいました……

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