非国民通信

ノーモア・コイズミ

同一賃金でも不公平なのだが

2016-08-21 21:27:41 | 雇用・経済

非正規賃金、正社員の8割に=働き方改革、月内にも始動-政府(時事通信)

 安倍政権が最重要課題と位置付ける「働き方改革」の柱の一つ「同一労働同一賃金」の実現に向け、政府は非正規労働者の賃金を正社員の8割程度に引き上げる方向で検討作業に入る。9月に予定する「働き方改革実現会議」発足に向け、具体策づくりを担う「実現推進室(仮称)」を8月中にも内閣官房に設置し、準備を加速させる。

 実現会議は安倍晋三首相が議長を務め、加藤勝信担当相や塩崎恭久厚生労働相ら関係閣僚と労使の代表、有識者で構成。(1)同一労働同一賃金の実現(2)長時間労働の是正(3)高齢者の就労促進(4)障害者やがん患者が働きやすい環境の整備-を主なテーマに、来年3月までに行動計画を取りまとめ、関連法案を国会に提出する段取りを描く。

 

 「働き方改革」の柱の一つが「同一労働同一賃金」とのことですが、その具体案として「非正規労働者の賃金を正社員の8割程度に引き上げる方向」なのだそうです。なんだかいきなり「同一ではない」目標が大まじめに設けられつつあるようで、まさに出オチと言ったところでしょうか。非正規社員と正社員とで労働内容が同一ではないとの前提もあるのかも知れませんけれど、最初から看板倒れの印象を受ける人も多いであろうことは想像に難くないですね。

 安倍政権が掲げたインフレ目標は、ご存じのように達成されていません。実際の到達点は往々にして目標よりも低いものになりがちなのだから、2%を狙うならば5%くらいの目標を掲げておかなければ駄目だろう等々と、先見性のある人は語っていたものです。非正規労働者の賃金目標も然り、目標値が8割では、実際に到達できるのは正社員の6割が良いところでしょう。8割を目指すなら、看板は10割にしておかないと期待すら出来ません。

 現実問題として非正規社員の賃金水準は低い、月給レベルではまだしも賞与などを含めると差は広がる、昇給機会や雇用の継続なども鑑みて生涯賃金を考慮すれば歴然たる差が出てしまうわけです。そこから「非正規労働者の賃金を正社員の8割程度」に持って行くことができるのなら「現状に比べれば」改善とは言えるのかも知れません。しかし8割では目標を達成したところで同一労働同一賃金の達成には遠いのも現実です。「当座の是正措置として8割」の目標はアリとしても、「終着点として8割」では話にならないと言えます。

 そもそも、「同一労働同一賃金」で良いのでしょうか。概ね雇用の継続が期待できる正社員と、いつ失職するか分からない非正規社員の場合、労働内容が同一でも抱えているリスクは異なります。公平性の観点からは、失職のリスクを負わせている分だけ非正規社員には正社員よりも高い賃金が支払われなければなりません。ところが、ハイリスクな働き方ほどローリターンというのが現実だったりするわけです。我が国の労働市場における競争は、常に不公平なのです。

 もし既にそういう先行研究があれば教えて欲しいのですが、まずは「リスクに応じて許容される賃金差」を意識調査してみる必要があるのではないか、と思います。正規/非正規格差の問題ならば、「非正規(有期)雇用に伴う失職リスクは、どれだけの割増賃金が支払われるならば許容できるか」、あるいは正社員間でも「転勤のあり/なしで、どこまでの賃金格差が許容できるか」、「時間外残業のあり/なしで、どこまでの賃金格差が許容できるか」「本人の意思に反した異動のあり/なしで、どこまでの賃金格差が許容できるか」等々。

 僻地や海外に飛ばされるかも知れない、深夜や休日でも会社に拘束されるかも知れない、全くの畑違いの仕事を強いられるかも知れない、そうしたリスクを負わされている社員が、そうでない社員よりも高い賃金を得ることには概ね社会の理解が得られることと思います。ただし、当然のことながら無制限ではありません。果たして「どこまで」が妥当なラインなのか、細かな項目毎に広範な調査が行われるべき――そして時代の変遷に合わせて継続的に更新されるべき――と考えます。そうすることで「僻地に飛ばされるリスクは少ないけれど、いつ契約を打ち切られるか分からない」ような雇用形態の妥当な賃金も分かろうというものですから。

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目次

2016-08-21 00:00:00 | 目次


なんだかもう、このカテゴリ分けが全く無意味になりつつあります……

社会       最終更新  2016/ 8/14

雇用・経済    最終更新  2016/ 8/21

政治       最終更新  2016/ 8/ 8

非国民通信社社説 最終更新  2013/12/ 7

文芸欄      最終更新  2016/ 4/17

編集雑記・小ネタ 最終更新  2016/ 5/ 2

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日本の社会人としてのマナーや常識は、自衛隊から教わることが望まれているようです

2016-08-14 23:00:15 | 社会

ユニーク新人研修続々 自衛隊入隊やしょうゆ造り…(神戸新聞)

 社会人としてのマナーや一般常識を教える新人研修に近年、ユニークな指導方法を取り入れる企業が増えている。規律やチームワークの大切さを身に付けることを目的に、異業種での研修や自衛隊への体験入隊を活用する企業も。一方、そうした研修を行う背景には、かつてのような厳しい社内指導は「パワハラと捉えられかねない」との事情もあるようだ。

 印刷業の大和美術印刷(兵庫県姫路市網干区新在家)の新入社員7人は、社内研修でトマト味や黒ごま味など6種のオリジナルしょうゆを造った。8月から販促物として営業先に配っている。

(中略)

 自衛隊の体験入隊を活用する企業も目立つ。陸上自衛隊姫路駐屯地(姫路市峰南町)でも数年前から増え始め、今年は播磨地域の27社を受け入れた。参加者は2泊3日の日程で、敬礼や行進、登山などに取り組む。

 姫路市内の製造会社は長年社内研修を続けてきたが、「時代が変わり、パワハラと非難されるケースも出てくるかもしれない」と、数年前から体験入隊を取り入れている。同社の関係者は「厳しい訓練で負けん気を培ってもらいたい」と期待していた。

 

 記事では「近年」と書かれていますけれど、「近年」が指し示す具体的な範囲は果たしてどれくらいの幅があるのでしょうね。少なくとも、この2~3年の傾向ではない、むしろ長年に渡って継続中の傾向なのではないか、という気がします。もちろん研修と言ったらOJT(仕事は先輩社員から教わってください)一本槍の企業も多いわけで、それに比べれば会社として研修の機会を設けているところはマシな部分もあるのかも知れません。しかし、一口に研修と言ってもムダであるどころか有害なものも多いのではないでしょうか。

 ここで挙げられている例では、印刷会社が新人に醤油を造らせたのだそうです。醤油造りが印刷業にどう関係するのか理解できませんが、きっと研修を「受けさせた」側はご満悦なのでしょう。コミュニケーション能力溢れる新人社員たるもの、会社の偉い人に「全くのムダでした」などと直言することは考えにくいだけに、「仲間意識も強くなった」云々と曖昧な効用を並べて馬鹿げた研修を肯定して終わらせているケースが多いのではないかと推測されます。

 総じて日本の会社が企画する「研修」は、専ら業務に関わりのないことばかりだったりするのではないでしょうか。研修と称して本来業務とは無関係な精神論や都市伝説、似非科学を教え込まれている人は多いような気がします。まぁ不合理なことでも会社の命じることならば無条件に肯定できる、そうした人間を選別し育てていきたいというのが本当の思惑であるならば、目的に適ったところはあるのかも知れません。会社の決めた研修に疑問を持つのか、それとも賛同するのか、少なくとも踏み絵の目的なら果たせていますから。

 そして大人気の自衛隊研修です。なんでも「時代が変わり、パワハラと非難されるケースも出てくるかもしれない」と自社研修から自衛隊への体験入隊に切り替えた会社もあるようですが、社員を自衛隊の訓練に参加させるのはパワハラではない、と考えられていることが分かります。確かに日本社会において自衛隊とは神聖にして不可侵の絶対正義です。自衛隊に対して否定的(と解釈される)言動があれば囂々たるバッシングの嵐が待っています。たとえ実態はパワハラでも、自衛隊のやることならば感謝されこそすれ非難はされないだろうとの算段が成り立つのでしょう。

 自衛隊研修の参加者は、2泊3日の日程で敬礼や行進、登山などに取り組むとのこと。これがどう業務に役立つのか、やはり私には理解できません。しかしまぁ敬礼はともかく、行進や登山となると小中学校を思い出しますね。私の幼少期を振り返れば高校受験を前に進学塾に通って初めて勉強を教わったと言いますか、小中学校では専ら整列と行進の練習に明け暮れていた記憶がありますが、他の皆様はいかがでしょうか。いずれにせよ、会社の定めた教育として提示されるのが「敬礼や行進、登山」というのは日本の会社ひいては日本社会が求めるものを端的に表していますね。

 もう一つ自分の経験から話せば、自分は就職活動で大学の成績を問われたことは一度もありません。今なお「学歴フィルター」の存在が至る所で指摘される日本社会である反面、問われているのは「どこの大学を出たか」であって「大学で何を学んだか」ではないことが分かろうというものです。それどころか高校や大学で学んできたはずのことを否定して、自衛隊などで「再教育」したがっているのが我々の社会なのだとすら言えます。求められているのは教養ではなく、軍隊的な性質の方なのです。いわゆる軍靴の足音ってのは、むしろ政府なんかよりも会社の方から聞こえてくるものなのでしょう。

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消費税増税の結果

2016-08-08 22:30:30 | 社会

国税滞納残高、1兆円を下回る 29年ぶり(朝日新聞)

 国税庁は3日、2015年度の所得税や法人税、消費税などの滞納残高が前年度から8・2%減少し、9774億円だったと発表した。17年連続の減少で、1986年度以来、29年ぶりに1兆円を下回った。税の滞納は国の税収に影響するため、同庁は滞納額を減らす取り組みを進めており、「コールセンターなどで滞納の未然防止に力を入れた結果」としている。

 一方、消費税の新規の滞納額は4396億円で33・4%増えた。14年4月から消費税の税率が8%に上がったことで、一部の事業者が払えなくなったことが要因とみられる。

 

 さて国税の滞納残高は概ね減少傾向にあって、ようやく1兆円を下回ったことが伝えられているわけです。まぁ現代は国内レベルの脱税よりもタックスヘイブンを活用した脱法節税の方が主流になりつつありますから、ちょっとやそっとの滞納額の減少に安堵してはいられないのかも知れません。取るべき税金を取れていないケースは、必ずしも減っていないのではないでしょうかね。

 なお2015年の新規滞納額は以下の通りです。

所得税 1,552億
法人税  634億
相続税  269億
消費税 4,396億

 全体として滞納は減少傾向にある中で、消費税に限っては33.4%もの大幅な増加に転じていることが伝えられています。おそらく阪神は関係ないと思いますが、これだけ滞納が多ければ徴収・督促のためのコストも嵩んでいるはず、消費税増税を強硬に主張してきたはずの朝日新聞には事実を伝えるだけではなく、何らかの釈明の一つも求めたいところです。

 消費税の滞納増の要因として「消費税の税率が8%に上がったことで、一部の事業者が払えなくなったこと」が挙げられています。建前として消費税は消費者が負担することになっていますが、実際は違うことも伺われるでしょうか。要するに税込み108円の商品ならば消費者が消費税として8円を負担しているように見えますが、税込み100円の商品に課せられる消費税は誰が負担しているのかどうか、その辺がきわめて曖昧なまま施行されている、実際問題として「支払えない事業者」が頻出しているのが消費税なのです。

 結局のところ、「消費税を価格に転嫁できる強い事業者」であれば消費税を負担するのは消費者になりますが、「価格に転嫁できない立場の弱い事業者」の場合は往々にして消費税を「売る側」が負担していると言えます。だからこそ、税率が上がると耐えられない(税を滞納する)事業者も増えるわけです。税には透明性や公平性が求められますが、「誰が負担しているか曖昧」かつ「往々にして弱い側に負担が押しつけられがち」な消費税がとんでもない欠陥税制であることは繰り返すまでもないでしょう。

 どのみち消費税に関して納税の手続きを取るのは売る側の事業者になるのですが、どちらが負担するにせよ滞納される額が際立って多いのが消費税であるわけです。消費者(買う側)が負担するという仮定の下でさえ逆進性が指摘されており、かつ実際の負担者は「立場の弱い方」になりやすいという面で消費税には二重の逆進性があります。そして8%への税率引き上げはリーマンショック級の後退をもたらすなど、消費税には極大の景気引き下げ効果がある上に、他の税制に比して際立って滞納が多いことも伝えられているとおりです。財政再建の面ですら消費税には二重の欠陥がある、まさに救いようのない代物であることは言うまでもありません。

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無党派層の選択

2016-08-03 23:31:41 | 政治

自民支持5割、小池氏に=推薦の増田氏上回る-都知事選出口調査【都知事選】(時事通信)

 31日投開票の東京都知事選で時事通信が実施した出口調査によると、自民党支持層の投票先として最も多かったのは小池百合子氏の52%で、同党の推薦候補だった増田寛也氏の40%を上回った。小池氏は、全体の半数近くを占めた「支持政党なし」の無党派層からも50%を獲得し、他の候補を引き離した。

 公明党支持層のうち63%が同党推薦の増田氏に投じたが、31%は小池氏に流れた。鳥越俊太郎氏を推薦した民進党の支持層では、56%が鳥越氏に投票したが、30%は小池氏に一票を託した。増田、鳥越両氏は組織を固めきれず、政党推薦なしで臨んだ小池氏が票を奪う形となった。無党派層でも、増田氏は23%、鳥越氏は19%の得票にとどまった。

 

 さて東京都知事選も終わったわけですが、結果はと言えば小池氏の圧勝でした。実際のところ、どの程度まで予想された未来であったのか興味深くもあります。小池百合子ではなく増田寛也を推薦した自民党、鳥越俊太郎を推薦した民進党、それぞれどこまで勝算があっての人選だったのでしょうね。自民、民進、共産そして無党派層諸々、それぞれ思惑はあったはずですが――

 まず自民党を見ますと、党(が擁立する候補)の勝利を優先するのであれば小池百合子に便乗するのが簡単であったはずです。そうではなく、小池よりずっと中道寄りの増田寛也を立てたのは党執行部の良心とも言えますし、選挙で全く太刀打ちできなかったのは党の内部統制の問題とも言えます。結局のところ自民党のトップは野党が訴えるほどには強権的ではない、小池よりは「右よりでない」候補を優先する程度のバランス感覚も備えている一方で、党内の異論を封じ込めるほどの統制力を有しているわけでもない、ぐらいが実態でしょうか。

 一方で民進党ですが、どこまで本気で鳥越俊太郎が対抗馬たり得ると思ったのかどうか疑わしくもあります。前回選挙で民主党は知名度抜群の候補者と小泉純一郎の協力もありながら、共産党が推した宇都宮健児の後塵を拝するなど苦杯をなめる結果でした。その後は共産党への攻勢を強めているわけですが、ことによると今回選挙でも共産党色の強い宇都宮が前面に出てくるのを阻止するのが最優先であったのかな、という気もします。候補は誰でもいい、勝てなくてもいい、ただ共産党候補が与党への批判票を持って行く事態だけは避けたい、その辺りが本音ではないでしょうか。民進(民主)党が本当に対立してきたのは共産党であって、大多数の自治体では自民党は連立のパートナーなのですから。

 そして非・自民党支持層の投票傾向を見ると、いずれも小池百合子>増田寛也となっています。安倍自民党が擁立した候補よりも明らかに右寄りの候補を、無党派層も民進党支持層も共産党支持層は好んだわけです。選挙結果を受けて安倍首相は「今回示された民意をかみしめ」云々と語ったそうですが、示された民意は「もっと右に、もっと保守的に」と言うことなのかも知れません。

 あるいは、民進党支持層にとっても共産党支持層にとっても、最優先なのは「安倍自民党にNO」であって、「右傾化にNO」ではなかったのだとも考えられます。小池百合子を支持できるのあれば、あくまで野党支持層が反発しているのは自民党の看板であって、自民党の政治的傾向に反対しているのではないのだ、と言うほかありません。小池百合子の政治的な立ち位置は、非自民党支持層にも受け入れられているわけです。結局のところ自民党に一線を踏み越えさせるものがあるとしたら、安倍晋三ではなく外にあるのかな、という気がしてきますね。

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低い賃金水準こそが日本経済のリスク

2016-07-29 22:17:13 | 雇用・経済

外国人労働者、陰る日本の魅力 韓国・台湾と争奪(日本経済新聞)

 外国人労働者の「日本離れ」が静かに進んでいる。韓国や台湾などが受け入れを進め、獲得競争が激しくなっているためだ。日本で働く魅力だった給与などの待遇面も、差は急速に縮まる。日本の外国人労働者は今年中に100万人の大台を突破する見通しだが、今後、より一層の受け入れ拡大にカジを切っても外国人が来てくれない懸念が強まってきた。(奥田宏二)

 「月給30万円なんて出せない」。東京・赤坂にある老舗の中国料理店の店主は嘆く。アルバイトを募集したところ、それまでの2倍の給料を中国出身の若者に要求された。これまでの給料だと「中国で働くのと変わらない」と相手にされない。店主は「年中無休」の看板を下ろし、店も早く閉めるようになった。

 上海市の平均月収は2014年の統計でも5451元(約9万円)に達し、その後も上昇を続ける。アジア域内での経済力の盛衰は労働人口の減少に悩む日本の地方にも及ぶ。

 外国人労働者のうち中国人が7割を超えていた愛媛県。同県中小企業団体中央会は今年1月、ミャンマー政府と技能実習生の受け入れ協定を結んだ。愛媛県の最低賃金でフルタイムで働いた場合の月収は約11万円で中国の都市部と大差ない。中央会の担当者は「日本に来るメリットがなくなっている」と分析する。

(中略)

 技能実習生として、縫製工場で働く20代のベトナム人女性は言葉少なだった。残業代は最低賃金の半分以下しかもらっていない。労働契約の中身も「知らない」ので、そうした待遇が違法かどうかもわからない。出国するために100万円以上を支払っており「働き続けるしかない」。

 潜在成長力低下を補うための移民受け入れ論もくすぶるが「日本は海外から見たときの魅力がなくなっている」(日本総研の山田久チーフエコノミスト)のが実情だ。

 

 ちょっと引用が長くなりましたが、要するに日本の賃金水準はアジア諸国から見て魅力的なものではなくなってきているわけです。「賃金を引き上がれば失業が増える」という実体を伴わない空理空論が支配的な我が国の経済界では、専ら利益の最大化よりも働く人の取り分の最小化を追求しているかのような動きも目立つところですが、その結果はどうしたものでしょうか。日本の会社は狙い通りに人件費の抑制にこそ成功している一方で、世界経済に占める日本の地位は着々と低下を続けてもいます。

 僅かに景気が上向くように見えても専ら非正規の求人ばかりが増える、賃上げ幅が微増したかに見えても非正規率の高さで労働者全体の平均賃金は必ずしも上がらなかったりするなど、とにかく日本は給料の上がらない「人を安く雇える国」へと突き進んでいるわけです。プランテーション経営でもやるなら、それは目的に適った変化と言えるのかも知れませんけれど、上述の「世界経済に占める日本の地位」を鑑みれば、やはり日本経済は全体としてグローバル時代には通用しないやり方を追い求めているとしか言いようがありませんね。

 結局のところ「低い賃金水準こそが日本経済のリスク」にすらなっているのかも知れません。本当の意味で日本が労働力不足になるには相当な長い年月を要するように思われるところですが、いざ労働力不足が現実のものになったとき「日本は海外から見たときの魅力がなくなっている」のですから。今は現地の親日派ブローカーと組んで中国農村部の人やヴェトナム人を騙しては実習生に仕立て上げるなどしているわけですけれど、そうしたブローカーだって「韓国や中国都市部に売った方が儲かる」と判断するようにもなることでしょう。

 以前に介護現場へのロボット導入の話を書いたりもしましたが、「ロボットが高い=人にやらせた方が安い」ために導入が進んでいないという実態があります。ここで日本とは違って人件費の高騰する国であれば、いずれはロボットの方が安くなる、好むと好まざると機械化を進めるというイノベーションにも繋がるわけです。逆に賃金の抑制が容易で、非正規化を進めることでさらなる人件費カットが可能な日本では、ロボットを導入するのではなく給料をカットする、安い外国人を買ってくることの方が解決策になってしまいます。「人を安く働かせれば済む」国では、イノベーションは阻害されるのです。

 現政権下ではことあるごとに、政府が財界に賃上げを要請しています。その辺、何もしなかった前政権よりはマシ、特定政党への支援しか頭にない大手労組よりはマシではあるのでしょう。しかし、口先だけの賃上げ要請がもたらしたのは、「お茶を濁す」レベルの微々たるものでしかありません。確かに個々の企業からすれば、自社の賃金を低く押さえ込んでおくことこそが利益の元であり、株主への説明も付きやすいものなのかも知れません。とはいえ、社会全体で賃金が低いまま据え置かれれば個人消費は冷え込み、それが経済成長を押しとどめる要因ともなっているわけです。もうちょっと政府を危機感を持って、企業に対して強い姿勢を見せるべき段階に来ているのではないでしょうかね。

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地方の議席を削るよりは良いはず

2016-07-24 23:06:03 | 政治

 さて本ブログでは一票の格差是正――という大義名分の元に地方の「議員を国会に送り込む権利」が切り捨てられている問題――について何度か取り上げてきました。参院選の結果を受けてか、恐らくは(決して本人達は認めないでしょうけれど)一票の価値が重くなっている(すなわち人口の減少が続く)選挙区で勝てない政党の支持者達が、選挙の無効を訴え出たりもしています。そんなことをしているより、自分たちの贔屓政党がなぜ過疎化の進む弱い地域で支持を得られていないのかを考えた方が良さそうなものですが。

 これも繰り返しとなりますけれど、たとえばアメリカの場合ですと有権者数に比例した議席が割り当てられているのは下院だけであって、反対に上院は各州につき2名が定員で州による人口の多寡は全くの無関係だったりします。そのためアメリカ上院の場合、一票の格差は70倍くらいありまして、それに比べれば日本の格差なんて可愛いものでしょうか。いずれにせよ日本の現状としては1人別枠方式でアメリカの上院方式(地域毎にx人)と下院方式(人口割り)をミックスしたような議席配分となっているわけです。

 アメリカに倣うのであれば、1人別枠方式を廃止して上院型の「都道府県毎に2人」の選挙区と下院型の単純な人口比例の中選挙区に分けてしまうのも一つの手と思われます。ただまぁ、その辺は何度か述べてきたものの特に反響はありませんでしたので、そうした改革は実は望まれていないのかも知れません(望まれているのは地方で強い政党の否定の方なのかと)。もっとも、私なんかとは違って社会的な影響力のある人が上記の変更案を提唱し、これが抜本的改革と大新聞や国会で論議される未来ならあり得るとは思っていますが。

 では実行に移された前例がないであろう(考えた人くらいはいるのでしょうけれど)奇策を考えますと「二重都道府県籍制度」とか「ふるさと投票制度」とかはどうでしょう。日本は今なお頑なに二重国籍を認めない国であり続けているのはさておき、せめて投票する選挙区に関しては「二重都道府県籍」があっても良いのではないかな、と。つまり、「仕事のために住んでいる都道府県」もしくは「生まれ育った都道府県」のどちらかの有権者として投票先を選択できるようにしてみるわけです。

 地方で生まれても、仕事や進学のために都会に出て行く人は多いです。そうして都市部の有権者が増加し、地方の有権者は減っていきます。結果として、議席の増減がなければ都市部の「一票の価値」は薄まり、地方の「一票の価値」は重くなる、一票の格差が生まれるわけです。これを単純に地方の議席を減らすことで済ませようとする人もいますが、東京に出て行った地方出身者の頭数を、生まれ育った故郷の方でカウントしてみるのも面白いのではないでしょうか。

 ふるさと納税と称して、実際に自分が住んでいる自治体「以外」に納税できる制度もあります。ならば、自分の現住所を含む選挙区「以外」の選挙区で投票できたって悪くはないでしょう。ふるさと納税よろしく任意の投票先を都合良く選べてしまうと組織票の動きなどで問題となり得ますので、投票先は「現時点で住んでいる選挙区」か「自分が生まれた地域の選挙区」もしくは「有権者の一親等の親族が住む選挙区」ぐらいに制限すれば、恣意的な乱用は概ね防げます。仕事で東京に住んでいても、東京の声を国会に届けるばかりではなく、故郷や親族の住む地方の声を国会に届ける方を望む人だっているはずです。そして人口の移動が生み出す一票の格差を補完するものともなりますから。

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選挙は続くよ

2016-07-17 22:23:01 | 政治

 さて参院選が終わったと思いきや次は東京都知事選が告示され、今月も選挙絡みの報道は多そうですが、結果はどうなるでしょうか。なかなか候補者を正式に立ててこなかった民進党も、毎度のことながら共産党候補が与党系への対抗馬になってしまうことだけは避けたいのか、今回もまた最後の最後で鳥越俊太郎氏を担ぎ上げてきました。党の性格によく合致したキワモノといった感じですが、これを受けて宇都宮健児氏は立候補を取り下げることに、共産党はあくまで社民党化を目指すようです。

 一方で与党系の候補者としては党が擁立する増田寛也氏と立候補を強行した小池百合子氏が並び立つ形となり、「保守分裂」などと書き立てられることもあるわけです。ただ前回の選挙でも、自民党の本来の候補は舛添であったにも関わらず、安倍晋三の取り巻きの中には公然と田母神を応援する人も出るなど、与党どころか首相に近しい人の間でも「分裂」していたことは、覚えている人も多いのではないでしょうか。前回の田母神枠が小池百合子だと考えれば、与党筋に関しては前回選挙時点と構図はあまり変わらないとも言えます。

 さて野党側は前回選挙で舛添に次ぐ票を獲得していた宇都宮健児が辞退してしまったわけです。民進党の軍門に降るという共産党の方針が大きく影響しているものと思われますが、結果はどうなるのやら。ネット世論を見ると、前回選挙でレイシスト層は専ら舛添を攻撃し、民主党支持者は宇都宮を誹謗していたものですが、今回選挙においてレイシストの攻撃の矛先は舛添的ポジションであろう増田ではなく、細川ポジションの鳥越の方に向かっているように見えます。まぁ、真の多数派である無党派層がどこに入れるのかには、あまり影響がないのかも知れませんけれど。

 順番が逆になりましたが、参院選の結果はどう見るべきでしょう。改選の対象となった2010年を基準に増減を見るのか、それとも前回選挙である2013年を基準に判断するのかで、印象が変わるところも多いような気がしますね。たとえば共産党で言いますと、民主党に大敗を喫した2010年選挙に比べれば今回選挙は健闘したと見えなくもない反面、勢力を盛り返した2013年に比べれば後退と目されるべきです。他の党も概ね「考え方次第」みたいなところがあって、都合の良い尺度で「しかるべく成果を出した」と党首が自己弁護に走るのか、それとも「望み通りの結果を得られなかった」と自省するのかで、トップの資質がうかがわれるように思います。

 

参院選、「野党に魅力なかった」71% 朝日世論調査(朝日新聞)

 参院選の結果を受けて、朝日新聞社は11、12日、全国世論調査(電話)を実施した。自民、公明の与党の議席が改選121議席の過半数を大きく上回った理由を尋ねると、「安倍首相の政策が評価されたから」は15%で、「野党に魅力がなかったから」が71%に及んだ。

 

 なお世論調査によると、上記引用の通り「安倍首相の政策が評価されたから」ではなく、「野党に魅力がなかったから」と考えている人が圧倒的に多いことが分かります。確かに野党筋の主張は「アベ政権否定が第一」みたいなところがあって、安倍内閣時代の肯定的な変化も否定的な部分も盲目的にダメ出しするばかり、日本の戦後政治70年の中で今ほど野党側の主張に説得力が乏しい時代はなかったのではないかな、と私などは感じるわけです。与党、と言いますか自民党の政治家もダメになった部分はありそうですが、それ以上に急激なペースで非自民党の政治家が劣化しているのではないでしょうかね。有権者に伝わったのは、彼らがとにかく安倍晋三を嫌っているということばかりで(それでも民進党にとっては地方議会で連立与党を組むパートナーのはずですが)、それ以外の主張はあまりにも希薄だったのではないかと。

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「人並み」とは

2016-07-10 21:21:34 | 雇用・経済

「仕事は人並みで十分」の新入社員、過去最高に(読売新聞)

 新入社員を対象にした公益財団法人「日本生産性本部」などのアンケート調査で、そう回答した人が58・3%と過去最高だったことがわかった。「人並み以上に働きたい」という回答(34・2%)との差は調査が始まった1969年度以来最大だった。同本部は「就職活動が『売り手市場』のなか、比較的容易に就職でき、競争心が高まっていない面がある」としている。

 就職率が低迷した時期には、「人並み以上」の回答が高くなる傾向にあったが、就職率が好転した近年の状況を反映した形となった。

 また、会社で目標とするポストの設問では、「社長」が10・8%と過去最低になった一方で、部長や課長などの中間管理職が計36%と10年前より13ポイント増えており、相次ぐ企業不祥事を背景に、重い責任を負うトップを回避する傾向もみられた。

 

 さて本日のネタはこちら、曰く「過去最高」との触れ込みですが、なんだか毎年似たような報道を見ている気がしてしまうのはどうしてでしょうね。とりあえず「仕事は人並みで十分」と回答した人が過去最高で、「人並み以上に働きたい」という回答との差もまた調査開始以来最大なのだそうです。この辺の数値は就職率に左右されるようで、不況であれば「人並み以上」の回答が高くなる傾向があり、「人並みで十分」の回答が増えたのは就職率の好転を反映したものだとか。

 まぁ、経済的な豊かさと精神的な豊かさは比例すると言いますか、経済的に貧しければ「人並み以上」に働かないと生活が立ちゆかなくなる人だって増えるわけです。逆に経済的に豊かな社会であれば「人並み」に働けば「十分」な対価が得られると言えます。現代において経済の衰退以上に人間の自由を束縛するものはないのでしょう。景気が低迷して就職難の時代ともなれば、生きていくためには好むと好まざると「人並み以上」の働きを競わされる、それを強いられるようになってしまうのですから。

 なお会社で目標とするポストについては「社長」が10・8%と過去最低、部長や課長などの中間管理職は計36%で10年前より13ポイント増えたのだそうです。報道では「重い責任を負うトップを回避する傾向」と伝えられていますけれど、現実はどうなのでしょう。会社が傾けば末端の非正規は解雇という最も重い責を負わされますが、個人事業主に毛が生えた程度の零細の社長ならいざ知らず大企業の経営者ともなれば、会社を潰しかけてもヨソの会社に好待遇で迎え入れられたりするものです。日頃を振り返っても、より辛い立場に置かれがちなのは中間管理職の方ですよね?

 それはさておき、「人並み」とは具体的にどういう水準なのでしょうか。「人並みで十分」との回答にノータリンは「競争心が高まっていない」と論評していますけれど、今時の新入社員が考える「人並み」とは実際のところ、どれぐらいのレベルなのでしょう? たとえば婚活女子が口にする「人並みの年収」とは、最頻値や中央値どころか算術平均を大きく上回る、一握りのエリート層だけに到達可能な年収であったりするわけです。一口に「人並み」と言っても実は相当に「高望み」をしていることもあると言えます。

 現に新卒で正社員として就職できる人だって今や当たり前ではない、部長はおろか課長になれるのだって当たり前であるどころか少数派になっているのが現実です。「人並みで十分」と回答した新入社員が思い描いている「人並み」とは、少なくとも日本で働いている人の平均を下回るようなものでは決してないような気がします。せいぜいが「光の当たる部分」だけを基準にした「人並み」であり、それを実現できるのが日本で働く人の過半を形成することは決してない――それぐらいの高い水準なのではないでしょうかね。

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地方の声は聞かない方向で

2016-07-04 21:53:17 | 政治

合区の4県、「容認」は2割 朝日・参院選世論調査(朝日新聞)

 朝日新聞社は22、23の両日、参院選の情勢調査とあわせて世論調査(電話)を実施した。「一票の格差」を小さくするため、隣り合う選挙区を統合する「合区」の対象となった鳥取、島根、徳島、高知の4県では「選挙区は都道府県単位がよい」が7割前後にのぼり、「二つの県を一つにした選挙区があってもよい」は2割前後にとどまった。4県では合区への反対が根強いことが浮き彫りになった。

 

 ……とまぁ、先月末になりますが、こういう世論調査結果も出ていました。一票の格差を是正するという建前で議席を削られた地方では「容認」する声が2割に止まるとか。裏返せば、8割近くは反対と言うことですね。それほどの反対がありながらも、民意は無視されて合区が強行されてしまったわけです。結局、一票の価値が重くなる=有権者数が減少している=すなわち「弱い地域」は切り捨ての対象なのでしょう。

 翻って東京はというと、実際に影響を受ける合区の4件とは裏腹に6割近い賛成が得られています。一票の格差是正とは、公平性に名を借りた都市部のエゴに見えてくるところです。東京一極集中の時代、政治家も東京都民の声を重視しがちなのかも知れませんが、何とも寂しい結果ではないでしょうか。なんだか公平性を口実に、富める人と貧しい人の税率を同じにしてしまったような感じでもありますね(まぁ、実際に消費税などはそういうものですが)。

 これもまた憲法の定める一票の価値の平等のためには当然のことなのだと言い張る人も多いですが、それこそまさに現行憲法の欠陥であり、その辺は改正が必要なのではないかと私には思われるところだったりします。地方の「国会に代表を送り込む権利」が削減されるのを防げないどころか正当化してしまう、そんな憲法は悪法でしかありません。私は憲法を改正すべきだと主張します。

 

 各県で年代別にみると、高知の30代は「合区容認」が比較的多く、「県単位」と5割近くで拮抗(きっこう)した。鳥取、島根でも30代は「合区容認」が多めで、3割以上を占めた。

 

 一方で30代――と伝えられていますが恐らくは「相対的に若い世代」――は全体に比して容認傾向が強いことも伝えられています。その辺も時代の流れなのか、年代によって政治に対する感覚も異なっているようです。私なんかは地方(というより自分の住む自治体)の政局も絡めて国政を考えがちですが(だからこそ地元議会では自民党と連立与党を構成しながら国政では「自民党の対抗馬です」と平然と偽る民進党の卑劣さが許せない)、若い人は地方とは切り離して天下国家を考えるものなのかも知れません。

 総じて自分の住む地域の問題よりも、新聞やテレビそしてインターネットを通じて目にする「全国区の話題」の方が若い世代には「近しい」ものと感じられるのではないでしょうか。選出される政治家もまた「若手」ほど、地域性に乏しいと言いますか、選挙区との「しがらみ」を持たず、自身の地元の話題よりも天下国家を語る方を好んでいるように見えます。そうした若い感性にとって、地方の議席が削られていくのは些細な問題であり、関心を持たれるべきは日本全体のことと思えてしまうのでしょう。

 建前として国会議員は地方の代表ではなく、字義通りに「国政」を語るために選出された人々なのかも知れません。しかし、そうした人々がもたらしたものはどうでしょうか? 己の選挙区との「しがらみ」を持ち、地方に利益を引っ張ってくる政治家が普通に存在した時代にも問題は多くありましたけれど、では地方の利害など顧みず天下国家ばかりを語る政治家が圧倒的主流派になった現代は、過去に比べて希望の持てるものになったのかどうか。少なくとも私には、今の時代はバランスが悪い、もう少し「地方の代弁者」が許容されても良いのではないかと感じられます。

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