ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

しばらくぶりに岩波ホールに映画を見に行く―「アニエスの浜辺」

2009-11-30 20:53:01 | 映画
このブログ、全然映画を見たって記事を書いていませんね。調べてみると、こちらの記事以来。っていいますか、最近大学院が忙しい(っていうのも事実ですが)と称して映画を全然見に行っていません。これではいけませんので、11月22日(スカーレット・ヨハンソンの誕生日)、神田の岩波ホールに、アニエス・ヴァルダ監督の「アニエスの浜辺」を見に行きました。



だいたい私、映画は渋谷で見ることがほとんどです。東京でたくさん映画館が固まっているところって、銀座、池袋、新宿、渋谷(順不同)あたりでしょうが、いろんな映画館でやっている映画は渋谷で見ますし、渋谷でしかやっていない映画を見ることがまた多いのです。

そういう意味で言うと、岩波ホールってほんと長い間行っていません。ここで上映された映画自体は結構見ているんですが、二番館で見ることがほとんどで、驚くほどこの映画館に足を運んでいません。なぜかはさっぱりわからないのですが、これからは反省してもう少しここで映画を見ることにしました。やはり岩波ホールという映画館の貴重さを考えれば、私も微力ながら可能な限り支援しなければいけませんから。

さてさて、今回見に行った映画の監督であるアニエス・ヴァルダは、ジャック・ドゥミの奥さんです。かつてこのブログで「ベルサイユのばら」の実写版についての記事を書きました。ドゥミはあの映画を監督した人です・・・って書いたら名誉が棄損されちゃいますか。やはり「シェルブールの雨傘」の監督というべきですかね。



この映画はともかくカトリーヌ・ドヌーヴがきれいです。見ていない方はぜひ見てください。損はしないと思いますよ。

この映画は、女性映画監督ですでに80歳を超えているアニエス・ヴァルダが、自らの人生、映画への想い、夫や子供、孫たちへの想い、ゴダールをはじめとするヌーヴェルヴァーグの連中からハリソン・フォードら米国滞在中に知り合った映画人との交流その他その他について、浜辺(フランス語でplage)をモチーフにして語っていく映画です。ドキュメンタリー映画というか自伝映画というべきか、エッセイ映画(シネマ・エッセイっていうんですかね)です。

しかしこのような映画を製作できたアニエス・ヴァルダは幸せ者ですね。ふつうなかなか映画監督はこのような映画は製作できないし、しても本国どころか遠く日本まで上映されて私のような人間がブログで記事にしちゃうんですから。恵まれた女性です。

私の見に行った11月22日は、3連休の谷間で最終回でした。観客を観察すると、若いカップルは皆無、高齢なカップル数組、男同士、女同士がほとんど、あとは単独の観客でした。若い観客が多かったのですが、いかにも映画が好きそうな(たぶん私もそういう風に見られていたんだろうなと勝手に考えます。)人たちばかりでした。それはそうですよね。楽しい連休にこの映画を見に来る人は、映画好きのはずです。

予告編は、アンジェイ・ワイダの「カティンの森」でした。12月5日からの上映です。これは見ないとね。ワイダ自身、この事件で父親を失っています。

さて映画ですが、ベルギーの北海の海岸で、なにか得体のしれない撮影を始めるアニエス・ヴァルダの姿が映し出されます。そしてギリシア人の父親をもっている彼女の幼少時代から話は始まります。

1928年ベルギーのブリュッセルで生まれた彼女は、少女時代を過ごした家を現在の持ち主の行為で何十年振りかに訪れます。そして戦争に翻弄された十代後半の時代、パリに来て美術学校に通った時代、写真家として活動した時代、ジャック・ドゥミとの出会いなどなどが語られます。

彼女はもともと写真家として活動をしていたのですが、1955年に映画製作を始めます。当時女性の映画監督はとても珍しい時代でした。

そしてかつて映画を撮影したロケ地を訪れます。彼女が1950年代に撮影したときに子供だった人も、当然ながらすでに老人といっていい年齢です。懐かしさっと旧交を温めながら、長い歳月が重くのしかかります。

それにしてもこのシーンを見ていると、彼女って人格者なんだなと思います。でなければ、このようなシーンを撮るのは困難でしょう。

1962年、彼女はジャック・ドゥミと結婚します。彼とは、1990年の彼の死まで夫婦関係にありました。

彼女は2人の子供に恵まれます。長女のロザリー・ヴァルダは、この数年は活動していないみたいですが、映画衣装の仕事をしています。調べてみると、ゴダールの映画「パッション」(メル・ギブソンの映画ではありませんよ、当然ながら)の衣装も担当しています。また、前掲の「ベルサイユのばら」でも衣装見習みたいなことをしているみたいですね。お父さんの親心なのかな。

そして、彼女は「シェルブールの雨傘」で、最後のシーンで車の中にいるカトリーヌ・ドヌーヴの娘役でも登場しています。クレジットにはありませんが、なかなかかわいい子です。

長男のマチュー・ドゥミは1972年生まれで俳優を今もしています。しかしそうすると、彼ってアニエスが44歳の時に生まれた子供ですか。当時としてはすごい高齢出産ですね。

そして(私の好きな)ジェーン・バーキンもアニエス・ヴァルダの映画に出演しています。「カンフー・マスター!」ではマチューと共演しました。



当方、この映画は勉強不足で未見ですので、見たらこのブログで記事を書きます。ジェーンのほうも、実の娘たちから母親まで大集合するという一種のお遊び映画ですが。

そしてカリフォルニアでのしばらくの滞在のエピソードも紹介されます。ちょうど、ヒッピー・ムーヴメントやフラワー・ムーヴメントの時代でした。ヴェニス・ビーチに滞在して映画製作を模索します。このときハリソン・フォードともすれ違ったりしたりします。個人的には、アメリカでのエピソードは正直すこしだれました。

ほかにもジム・モリソンドアーズのヴォーカル)など、アーカイヴ映像におったまげるような人たちが続出します。顔の広い女性です。

しかし夫のジャック・ドゥミがエイズを患ってしまいます。偏見を恐れて彼(女)らはこの事実を伏せます。この映画によって、ドゥミがエイズで死亡したことが公表されたということのようです。以前は死因は白血病とされていました。

彼女はドゥミの少年時代を描いた「ジャック・ドゥミの少年時代」を製作します。まさに彼の死が訪れる前にこの映画を完成させるために。この映画のクランクアップの直後の1990年10月27日、ジャック・ドゥミは亡くなります。

死の直前のやせ衰えた夫の姿を、カメラはとらえます。ある意味、これ以降のアニエス・ヴァルダは純粋な劇映画を製作していないことからもわかるように(「百一夜」は完全なフィクションではないと思います)、たぶん劇映画としてはこれ以上の作品はつくれないという彼女なりの思いがあるのでしょう。

それにしてもこの映画での浜辺のシーンは美しいですね。真夏の込み合う海岸でなく、荒涼とした海岸の風景もいいものです。

岩波ホールでの上映は12月4日までですが、たぶん全国のミニシアターで上映されることになるでしょう。映画好きでないと見ても面白くないでしょうが、でも悪くないと思います。よろしかったらどうぞ。
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「坂の上の雲」に対する批判的な書物

2009-11-29 00:26:51 | 書評ほか書籍関係
いよいよ本日11月29日(日)、NHKが放送局としての歴史と誇りをかけて(と書いても決して大げさではないはず) 製作する「坂の上の雲」が放送されます。よかれ悪しかれ、ここ数年の日本を代表するテレビドラマになるのは間違いないでしょう。なにしろ3年をかけて放送される予定ですから、かなりの気合をいれて製作されることになることは疑いのないところです。

坂の上の雲」(wikipedia)は、司馬遼太郎が1968年から1972年にかけて「産経新聞」紙上で執筆・連載した小説です。まさに、高度成長時代の最後に発表された小説というところです。

司馬は、高度成長時代の日本を代表する小説家であり、1996年に亡くなるまで国民的な人気を誇りました。まさに20世紀を代表する日本の作家でしょう。

この小説が本格的にテレビドラマ化されるため、書店にもこの作人に関する解説本その他がいろいろと単行本やムックの形式で並んでいます。それらをいちいち手にとっているわけでは無論ありませんが、ともかく相当な量です。

さて、司馬遼太郎といいますと、なかなか批判をされにくい人間です。わりあい保守的なイデオロギーの持ち主ですが、かといって「左翼」も必ずしも彼に言うべきことを言っているとは思えません。それだけ国民的な作家というべきなのでしょう。正直、彼については微温な批評ばかりでつまらんという気もします。

なにしろ朝日新聞は、週刊誌で彼の連載を実に長く続けていましたし、その朝日を何かというと批判する産経新聞も、なにしろ司馬の出身でもあるしまた「坂の上の雲」を連載した新聞ですから、司馬とはなにかと深い関係にあります。司馬人気の幅の広さがわかろうというものです。

かつて藤岡信勝は「司馬史観」に影響を受けたなどと語っていました。もっとも藤岡の言論や行動は暴走がひどくなって、司馬どころの話ではなくなってしまい、すでにそれを言及することもないようですが。

さて、前置きが長くなりました。今回私が書評するのは、一橋大学名誉教授の中村政則著 『坂の上の雲』と司馬史観 です。



著者は、司馬がなくなった直後の1997年に「近現代史をどう見るか-司馬史観を問う」 (岩波ブックレット (No.427)) という本を書きました。これはそれなりの売れ行きを示したそうです。実は私もこの本を買っています。この本は、そのブックレットを第3章に収録しています。

この本執筆のきっかけは、いうまでもなく「坂の上の雲」のドラマ化によります。ある意味私たちが司馬という人物の実態を的確にとらえるためにもこのような本の出版は大いに意義があるというものでしょう。

さて、当たり前ですが、司馬が「坂の上の雲」を執筆した時代と今では、明治時代や日露戦争その他にたいする研究も大変すすんでいます。時代的制約で、今日の水準の知見を得られなかったことによる記述不備は仕方ないとして、当時の研究水準からしても司馬はやや行き過ぎた記述をしているということを著者は冷厳に指摘します。

たとえば、義和団事件において司馬は日本軍の軍紀がよく保たれていたと主張しますが、事実は虐殺事件を行っています(p.16~17)。

また、有名なのは日露戦争の責任問題についても、必ずしもロシアも対日主戦論一本やりだったわけではありませんし(これは日本も同様)(p.37)、明石元次郎についても過大評価をしているし(p.66)、また昭和天皇に対する異常に甘い評価もおおいに問題です(p.215)。

こういったことは司馬の記述がとても社会に強い影響力があり、彼のファンでなくても「そんなもんかな」と思う人が少なくないと思います。しかし必ずしもそうとはいえないということもあるかと思います。

また、著者の指摘で印象に残った点の一つとして、司馬が読者の喜ぶツボをよく押さえていたということがあります(p.220)。

そんなの(ベストセラー作家なのだから)当たり前じゃないかと思われるでしょうが、やはりそれを見抜き的確に押さえる能力が司馬はものすごく高い。そして、ある意味司馬は、それを優先させて確信的に史実の解釈としては妥当とは言いかねる記述をしたり、あえてそのことを書かないで済ませるということもやっています。

もちろん小説家であるのだから、歴史家のような厳密さで批判しても仕方ないという意見もあるでしょうが、しかし司馬はさまざまな意味で別格の物書きですからね。好き嫌いは別としても、彼が日本の社会に与えた(そしてこれからも与える)影響の絶大さを考えれば、やはり指摘しておくべきことはたくさんあるでしょう。正直、司馬は単なる大衆小説家ではないのだからね。その他大勢の物書きと一緒にしてしまっては困りますし、また司馬にも失礼でしょう。これは著者も力説しているところです(p.67~p.69)。

それはそうと、司馬に対して批判的な本も徐々に出てきています。私は勉強不足で読んでいませんが、ぜひ読んでみて、面白かったらこのブログで書評をします。

なんであろうと、長嶋茂雄だろうと昭和天皇だろうと、横田早紀江さんだろうと、犯罪被害者家族(遺族)だろうと、松本清張だろうと、批判できないというのは面白くありません。私は批判すべきものは批判するというポリシーを持ちますので、これからもさまざまなことをいろいろと批判していこうと思います。

*司馬はすでに亡くなって久しい歴史的人物ということで、藤岡信勝についてはとても敬称などをつける気はしないので、敬称は略します。
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年末年始は、飽きもせずソウルへ

2009-11-28 11:12:29 | 旅(韓国)
すでにひとさまのブログさんでコメントしていますけど(こちら)、年末年始の旅行は今年も飽きずにソウルへ行きます。

今回は5日間の旅の予定なので、前回のように全羅南道から釜山までといった旅行にはならず、ソウルに特化した旅になると思います。が、それだけではつまらないので、ソウルの周辺の旅も最低1日はあてるつもりです。

ソウルに行くのは1年ぶりですが、やはり1年行かないとソウルに行きたくて行きたくてたまらなくなります。やはり半年に1回(程度なら、ビジネスでなくても観光でもいくらでも行っている人がいますが)は行かないとだめですね。毎月とは言わずとも、春夏秋冬に1回くらいは行きたいものです。

しかし、行くんだったらやはり日本のガイドブックに載っていなかったり、いくつかのサイトや書籍でひっそりと紹介されているところを探求したいなと考えます。ソウルと言っても、まるっきり東京みたいなところ(ほめているんじゃありませんよ、念のため)から、むかしながらのアジアの息吹を感じるところまであります。むろん私は、後者を探求するつもりです。

それにしても日本のガイドブックも、最近はいろいろな本が出版されたりサイトやブログも充実してきたからだいぶ情報が豊富になってきましたけど、「地球の歩き方」なんかも馬場の精肉市場すら紹介しませんもんねえ。私のブログでは、この市場をこちらこちらこちらで紹介しています。この市場は最近いろいろな本やサイトで紹介されていますが(たとえばこちらこちら。このブログも馬場洞の焼肉横丁について詳細なレポートを書いてくれています)、今度の旅行では、まだあまり日本では紹介されていないと思われるところにも当然行ってみます。読者の参考になればこれほどうれしいことはありません。場所については、記事を書いてからのお楽しみということにさせていただきます。

しかし韓国というところも1人では食事をしにくいところがありますからねえ。私は平気ですが、世の中どうにも1人で食事するのが苦手な人もいますから、面倒なところもあります。特に鍋もののたぐいは1人で食べるのが困難ですが、可能な限り食べたいとは思います。

おとといの記事にも書いたとおり、ドル安基調は当分続くというのがもっぱらの見方のようですから、免税品店のショッピングもかなりいいかも。ただし日本人が殺到するのは確実ですから、おいしい商品は片端から売れるでしょうね。火を見るより明らかです。私が買うのはネクタイくらいですが、去年もアルマーニのネクタイなんかほんと売り切れていたもんなあ。今年も同じようなものでしょうね。むろん売り手の側も思い切って仕入れるでしょうけど。

で、驚いたのが、私がソウルで定宿としているメトロ・ホテルが今回はまったく予約できなかったことです。かなり早い時期にいっぱいになっちゃったみたい。このホテルは、ガイドブックなどでも紹介されているし、私のほか様々な人間がこのホテルをブログなどで紹介しているから(ソウル メトロ・ホテル でのブログ検索)、安くて地のいいホテルというのが知れわたっているのかもしれません。もしかしたらしばらくはこのホテルは、ゴールデンウィーク、お盆、年末年始などのハイシーズンは予約しにくいかも。私としては残念な気持ちとこのホテルが人気があってうれしい気持ちもあり、やや複雑なところも。

ニューイヤーズ・イヴをどうしようかなとか、どこかのホテルのバーに行こうかとか考えますが、決めていません。いま決めてもどうせその通りにはなりませんから。私の人生、だいたいそんなもんです。

1月1日は何をして過ごそうとか、いろいろ考えますが、韓国はいまでもわりと旧暦を重視するので日本ほど徹底的に様々なものが休みにならないのは幸いというべきでしょうか。

屋台にも行ってみたいし、ある程度まともなビールの飲めるビヤホールも行ってみたいし、ともかくいろいろ考えます。公共交通のみを使う旅ですから、いろいろ不都合な点も多いでしょうが、可能な限り主流のガイドブックには紹介されないソウルの街をさまよい歩くつもりです。
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レフェリーはつらいよ

2009-11-27 19:13:00 | スポーツ
Referee Bill McCreary puts interference on player, helping Wings score


私のHNは、左にもあるようにNHLの審判の名前からいただいていますが、こんな動画を見つけました。

審判も大変ですね。

本物のBill McCreryさんも、今シーズン終了とともにレフェリー引退です。



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円高が進んで海外旅行は好都合だ

2009-11-26 21:35:38 | 旅(海外旅行一般 あるいは上以外の国々)
報道によると、本日11月26日円高が進んで1USドルが86円台になり、これは14年ぶりの円高だそうです。つまり今世紀最高の円高というわけ。

ちょっとこちらの記事を引用します。

>再送:14年ぶり円高、株安に波及すればデフレ色強まるリスク
11月26日15時19分配信 ロイター
東京 26日 ロイター] 26日の東京市場は、ドル/円が14年ぶりに86円台へ下落し、円高が日本のデフレ現象を強めるとの懸念が広がっている。ただ、日経平均は小幅の下落にとどまり、長期金利の低下幅も限定的で、為替から株、債券への波及は静か。
(中略)
<対円相場がドル安をけん引>
 外為市場ではドル安が急速に進んだ。対円で一時86.35円と95年以来14年ぶり対スイスフランで0.99スイスフラン前半と昨年4月以来、1年7カ月ぶり安値を更新。対ユーロも1.51ドル前半と海外市場で付けた1年3カ月ぶり安値圏で弱含みとなり、主要6通貨に対するドルの値動きを示すドル指数も1年3カ月ぶり低水準を更新した。
 現在のドル安には様々な側面が指摘されている。米低金利政策の長期化見通しやドル基軸通貨体制への懸念、世界的な財政出動で下支えされた株高を背景に投資家がリスク選好姿勢を強めている点などが挙がっている。だが、前日からきょうにかけてドル安が勢いづいたのは、対円で心理的な節目を下抜けたことがきっかけ。豪ドルやユーロなどに比べ、ドル安地合いの中で出遅れ感が指摘されていた円が対ドルで動き始め、ドルの広範な下落を後押しする形となった。
 ドル/円の下げがきつくなったことで、円は他通貨に対しても大きく上昇。きょう正午過ぎまでにユーロ/円は130円後半と前日夕方の高値から1.8円、英ポンド/円は144円半ばへ同3円、豪ドル/円は79円後半へ同2円の下げとなった。クロス円でもドル/円と同様に、これまで買い込んだ向きが損失確定の売り戻しに動くストップロスを相次ぎ巻き込んだという。
 市場では、低金利・低成長の円が大きく買われてきたことに首をかしげる参加者も少なくない。バンクオブアメリカ―メリルリンチがグローバル投資家を対象に毎月実施している聞き取り調査でも、今後1年間に日本株をオーバーウエイトしたいと回答した投資家は11月にマイナス27%と2002年11月以来の低水準を記録。日本に資金が大きく流入するような状況ではない。
 ある外銀のチーフディーラーは「クロス円がドル/円に引きずられて下落しているので円が強含みとなっているが、あくまで今はドル安局面。多くの参加者が下値めどと指摘する85円も強烈な節目というわけでもなく、それを割り込んで下落する可能性も十分出てきた。80円前半への下げもあり得る」と話している。

(後略)

円が強いというよりドルが安いというのが今回の円安事情のようですが、そうするといろいろプラスマイナスがあるわけで、とりあえず海外旅行という観点ではプラスということになるでしょう。

米国はもちろん、ユーロや英国、オーストラリアなどの国もこの年末年始くらいまではかなり旅行しやすそうです。

米ドルの場合、香港ドルなどとは固定レートですから、香港へ旅する人もたまらない話です。

ちなみに、この記事を書いている時点での円と香港ドルのレートは、Yahoo!ファイナンスで見たところによると、日本時間11月26日20:59現在で1香港ドルで11.194117円だそうです。これは円高ですね。私が今年の7月に香港に行った際は、レートの悪い空港で買えたときは12.9円、レートのいい重慶大廈の両替所で買えたときは12.4円くらいでした。手元のガイドブックには、今年8月時点でのレートが12.2円とありました。ともかく4か月くらいで8%強も円高が進んじゃったわけです。

実は私、12月半ばに香港に性懲りもなくまた行きます。それなりにリッチな旅になるかも。私の旅だから、どうということもありませんが。

日本は輸出主導の国ですから、トータルでは円高困るということになるかもしれませんが、海外旅行には好都合です。というわけで、今ドル建てでホテルとか予約すると結構有利です。これからどうなるかはわかりませんが、年末年始くらいまでは間に合うかも。

去年も同じ時期、このブログで似たような記事を書いています。これは韓国に特化した記事ですが…。今回、あらためて日本円と韓国ウォンのレートを調べてみました。すると、日本時間11月26日21:19時点で日本円100円に対して韓国ウォン1,329.15ウォンです。昨年の10月17日が1,316.71ウォンでしたから、なんとわずかながら円高が進行しています。韓国も旅行しやすそうです。

というわけで、時間と金が都合のつくみなさん、外国を旅しませんか。チャンスですよ、今年は。
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自民党の代議士(当時)だって、取り調べ可視化についてこの程度のことは語っている

2009-11-25 22:53:37 | 社会時評
昨日11月24日に配信された記事に、こんなのがありました。

>吉村前長官の反対は「感情的」「20年前の理屈」 取り調べ可視化で中井公安委員長
2009.11.24 11:21
 中井洽国家公安委員長は24日、吉村博人・前警察庁長官が月刊誌文芸春秋12月号掲載の論文で取り調べの可視化(全過程の録音・録画)に反対を表明したことに対し「極めて単純、感情的反対のように感じた。何の資格があってああいうことを書くのか」と批判した。閣議後の記者会見で語った。

 吉村前長官は論文で、可視化が導入されれば被疑者との信頼関係を築き供述を得ることが困難になるなどと主張。これに対し中井委員長は「20年前の理屈だ」と反論、「現在の政権内での議論は、もっと現実と現行制度の欠点を踏まえた真摯(しんし)なものだ」と述べた。

 また、近く警察庁内などに設ける可視化導入へ向けた勉強会で、吉村氏の意見を聞く考えはないとの認識を示した。


記事は、「産経新聞」のものです。

吉村前警察庁長官が、「文藝春秋」で上の記事にあるような主張のものを書いていることは知っていました。内容はまだ読んでいませんのでその点については私は論評できませんが、警察というか捜査側の本音を語ったものではあるのでしょう。

さて、これはすでにapesnotmonkeysさんのところでコメントしたことではありますが、たぶんあまり知られていない記事だと思いますので拙ブログであらためてご紹介します。

今年8月の総選挙で敗北、政治家引退を表明した弁護士出身の衆議院議員だった早川忠孝氏が、ご自分のブログこのように訴えておられました。引用します。なお、氏は弁護士ではありますが、wikipediaの表現を借りれば

>憲法論議があまりなされなかった時期から、憲法改正の必要性を弁護士としての視点から主張する。日韓議員連盟、みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会所属。

だそうですので、そんなにリベラルという立場の方でもないようです。



>(前略)

これまで私が口に出来なかったことを述べておきたい。



取調べの全面可視化は、不可避である。

無辜の人を罪に問うような冤罪被害を、これからは絶対に起こさない、という強い決意を示すためにも、検察庁も警察も取り調べの全面可視化に踏み切るべきである。



私の国会議員としての渾身の思いを籠めて、最後にそう述べておく。



実は取り調べの可視化については、自民党の法務部会で流れは出来ていたのである。

法務部会長であった倉田議員や柴山議員、法務委員会の棚橋理事など弁護士出身の議員は皆、取調べの可視化推進論論者だった。

可視化問題について検討するプロジェクトチームの座長に私が選任されていたら、多分その方向での党内意見取り纏めになっていたと思う。



法務大臣政務官に就任したため、これまでは大臣の公式の答弁と異なることは言えなかった。

しかし、これからは、一歩だけ先を歩む必要があると思っている。

誰かが言わなければならないはずのことで、これまで誰も言い出さないでいたこと、あるいは、日本の将来にとってどうしても必要だと思えることなどを、率直に語っていきたい。



これが、最後の私の仕事である。



繰り返す。

取調べの全面可視化は、不可避である。

警察も検察も、新しい時代に備えなければならない。

*                        *

この記事は、今年2009年7月20日の記事です。つまり、解散前日のものです。

>最後の私の仕事

というのは、氏は来るべき選挙で自分が当選する可能性はないと覚悟していたための記述です。

>弁護士出身の議員

というのに稲田朋美も入っているのかどうか個人的には少々興味がありますが(私はこの件で稲田がなにがしかの意見を表明しているのかどうかを知りません)、ともかく自民党の議員でも弁護士出身の議員は取り調べ可視化を支持しているとのことです。

私はたまたまこの記事を読んでいて、新鮮な驚きを感じました。自民党の代議士は、こういった問題には関心がないか警察や検察に何らかの意見をするということをひどく渋る人たちだと思っていたのですが、そうばかりでもないのかもしれません。

が、ともかく、自民党の国会議員でさえ、この程度のことは自分のブログで書いているのです。(元)役人があまり積極的な態度を示さないというのは仕方ないところもあるでしょうが、マスコミはもう少しこの件について積極的に動くべきではないですかね。繰り返しますが、自民党の代議士(当時)だって、取り調べ可視化についてこの程度のことは語っているのですから。

もちろん弁護士出身議員以外の人たちがこの問題についてどのような認識でいたかというのはまた問題であるし、要は問題を認識するに至らなかったというのが現実かもしれませんが、それにしても保守政党で警察・検察とも非常にいい関係にあった政党の代議士の方がここまで語ったというのはやはり貴重だと思います。

やはり、取り調べの可視化は不可避なのではないでしょうかね。少なくとも私のような一般市民にとっては、取り調べが可視化されても不都合なことはないので、ぜひこれは可視化が進んでほしいものだと思います。

2009年11月27日追記:下のコメントでいただいた情報のとおり、稲田は

>犯罪の容疑者に対する取り調べの全過程を録音・録画(可視化)することに賛成ですか、反対ですか。

という質問に「反対」だそうです魚拓)。ほんと私たちの期待を裏切らないわかりやすい女です。
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大学院を修了したらやってみたいこと

2009-11-24 20:53:46 | 大学院
大学院を修了するのは予定通りなら2011年の3月のわけで、こんな記事を書くのは早いのですが、しかし刑務所の出所みたいなもので(経験ないけど)、そんなことを考えているのが一番楽しみです。よって、何をしたいか考えてみました。

①フランス語をまじめに勉強する

このブログで何回かフランス語のインタビューを翻訳してみて、そんなことは初めから分かっていたのですが、あらためて自分のフランス語の力のなさを痛感しました。これではいけないので、自分なりにフランス語を勉強して、もっといい翻訳をこのブログで発表したいと思います。

しかし、フランス語を勉強するのもなかなか大変そうです…。


②プラハとライプツィヒとベルリンに行く。

昨年この3都市を旅する旅行を企画したのですが、様々な事情から全く旅行どころの話ではなくなってしまいました。これは私の不徳のいたすところで文句をつけようのない話なのですが、大学院を修了すればとりあえず余裕はできるでしょうから、ぜひこの3都市を回る旅をしてみたいと思います。ライプツィヒとベルリンは2005年に行ったのみ、プラハには行ったことがありません。

しかしこの3都市を旅したら、いったい何枚写真を撮って、どのくらい動画を撮影するかな。かなり膨大な量の記録を持って帰ることになりそうです。

プラハとベルリンは私のあこがれの都市だし、ライプツィヒはこのブログの題名にもしているくらいだから、これは楽しい旅になりそうです。


③もっと映画をたくさん見る

これが最大の目標ですかね。もっとたくさん映画を見て、このブログの映画の記事も充実させたいですね。娯楽映画からミニシアター系の映画にいたるまでくまなく見て、映画についてもいろいろなことを語りたいと思います。安いチケットを買って最大限映画館でたくさん見たいものです。


④ほかにも、スウェーデン語と韓国語、ロシア語、オランダ語を勉強するとか、フランスでアニセー・アルヴィナ巡礼の旅をするとか、レソトやフェロー諸島に行くとか、ジェーン・バーキンくらいの大物芸能人からサインをもらって握手をするとかいろいろ計画がありますが、どうなりますかね。

うーん、これを全部実行するには時間と金がずいぶんかかりそうです。

でも、このブログにかんしてネタが切れる日は、私が生きている限り当分ないかも。

そういうわけで、これからも末永く「ライプツィヒの夏」をよろしくお願いします。
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「拉致対論」を読む

2009-11-23 23:22:52 | 書評ほか書籍関係
昨日の日曜日、このブログのアクセスを解析したら、土曜日のアクセス数が非常に多いのに驚きました。

トレイシーになんかあったのかなと思ったのですが、確認したら、蓮池透さんの記事に対するアクセスが多かったのです。

このブログはアクセス数を対外的に公表しない仕様にしているのですが、数をあえて書くと1122IPの閲覧があり、gooブログ全体でこの日の255位のアクセス数でした。とでした。ふだんより非常に多い数であると書いておきます。

つまり一部の方がはてなのブックマークに拙記事を紹介してくださり、そこからいろいろな方が遊びに来てくださったわけです。ブログ管理人として、感謝の言葉もありません。

それにしても、はてなブックマークの力恐るべしですね。kojitakenさんなど、尊敬するブロガーの方々からもブックマークをいただきました。

しかしこの記事は、buhikunさんからいただいた情報で、こちらのサイトに飛び、その情報を私なりに若干の整理と解釈を加えたものですから、正直申し訳ないなという気もします。buhikunさんにあらためて感謝します。

さて、本題です。

つい昨日、蓮池透氏と太田昌国氏による対談をまとめた「拉致対論」を読みました。



一方の対話者である太田氏は、かつて「「拉致」異論」という本を出版して、蓮池氏や増元照明氏らの言動を批判しています。そのような関係にあった2人が拉致問題について討論しようというのですから、いろいろ興味深いところです。

それはそうと、蓮池氏についてのwikipediaの記事で、こちらの部分に私は失笑しました。

>また、蓮池の言動の変化の裏には、蓮池自身の女性関係が関係しているとの向きもある[3]。

真相は知りませんが、いいじゃないですか、それくらい。要は、言動が妥当かどうかを判断すればいいだけなんですから。

なお、今回はカテゴリーを「書評」としましたが、私が印象に残った部分を引用するという形にします。

>私たちは、「自分は被害者だ」ということのみを前面に出して、胸を張っていたんです。今になって考えてみると、それは被害者とは言えない姿だったと思います。日本中にも世界中にも様々な被害者がいます。にもかかわらず、拉致被害者の家族というだけで、自分たちが一番の悲劇のヒーロー、広いんだという錯覚に陥っていたというところがあると思います。時間的余裕がありませんでしたし、周りに煽られたということもありました。
時間がたつに従って、そういう言動をとっていたら世間の信用や支援を受けられないのではないかということに気づいたんです。(p.23 蓮池氏の発言)

>なぜ私が変わったのか、いつがターニングポイントなのかというのは一概には言えませんが、一つには救う会アレルギーみたいなものが出てきたんです。善意の裏に北朝鮮打倒という強い目的が見えたということでしょうか。ちょっと時間は前後しますが、兵本(達吉)さんが佐藤(勝巳)さんに訊いたらしいんです。「本当に拉致被害者が生きているのか?」と。そうしたら佐藤さんが、「死んだなんて言ったらあいつらついて来ないぞ」と答えたそうです。(p.35 蓮池氏の発言 かっこ内は引用者の補足)

>最初は「救ってくれ」という署名の嘆願書だったのが、「制裁しろ」に変わったんです。「経済制裁」と言い出したのは、救う会です。日本政府じゃありませんよ。(p.41 蓮池氏の発言)

>拉致被害者の家族会は、これらの先例とは性格を異にしているが、まれに見る「国民的基盤」を持った圧力団体だと思います。(中略)なぜなら、家族会は、私が先に触れた「歴史的思考」を欠いたまま、偏狭なナショナリズムに依拠した運動方針を堅持しているので、その限りでみんな乗りやすいのです。(p.54 太田氏の発言)

>イデオロギーに呪縛された人々は、独特の偏狭さと独善性を見せてしまうところがあります。(中略)右翼イデオロギーのために、拉致問題という、本来的には人権問題として解決されるべき問題を利用してしまった。家族会の方たちが、ほかに頼るべきものがなかったが故にその中で動かざるを得なかったというのが、私は非常に不幸なことだったと思います。(p.99 太田氏の発言)

>横田早紀江さんが合衆国を訪問してブッシュ大統領に会えるように動いたのは安倍晋三氏だと思いますが、そんなことを一生懸命やるくらいなら、安倍氏自身が北朝鮮とはっきり向き合って、何を交渉すべきかを考えるべきでした。横田早紀江さんがブッシュに会いましたが、アフガニスタンとイラクなどでとんでもない一方的な殺戮戦争を命令している人間に同情的な言葉を言われたって何にもならない、しらけるばかりだと、私はあの大袈裟な報道を見ながら思っていました。あの恐るべき軍事作戦を指令している男に、「人権問題は大事だ」と言われたところで。(p.138~p.139 太田氏の発言)

>ブッシュ大統領と横田早紀江さんが会っても、ブッシュ氏は「横田早紀江」という名前すら覚えていなかったのですから。「マザー」と呼んでいましたね。本当に拉致問題について考えているのであれば、「早紀江」「横田」という言葉が出てきてもいいと思います。ところがブッシュ氏の口からは「めぐみさん」という言葉すら出てきませんでした。ブッシュ氏との会見は、パフォーマンスに過ぎなかったんです。それをあたかも問題解決へ向けた進歩であるかのように、大々的に取り上げるマスコミもどうかと思います。(p.141~p.142 蓮池氏の発言)

>彼(安倍晋三)はいちばん家族会を利用した政治家で、家族会を前面に出して自分が後から付いていくというやり方で総理にまでなった人です。総理になった後は、家族会に対してはご機嫌とりしかありませんでした。(p.163 蓮池氏の発言 かっこ内は引用者の補足)


ほかにもまだまだたくさんありますが、きりがないのでここで引用・紹介はやめます。正直私が前々から主張してきたことを語っているところもあるのですが、私のような部外者でなく拉致被害者家族の当事者である蓮池氏が語ってくれているのは、当方としても非常にありがたいというか、感銘をうけるところがあります。 

それにしても、これらの蓮池、太田両氏の発言と比較すると、このブログでも紹介した荒木和博の

>アメリカが朝鮮半島に軍事力を行使する可能性は、もはやジンバブエがアイスランドに侵攻する可能性より低いのではないでしょうか、直接ミサイルでも撃ち込まれれば別ですが。もういい加減「自分でやらなければ」と心に決めるときではないかと思います。まだ分からないのなら、金正日に頼んでまたミサイルを撃ってもらいましょうか。

という発言や

増元照明氏の

>最後に、私は「村山談話なるものは、国益を損なう最たる発言である」と感じているし、主催者の趣旨(村山談話を破棄する)には賛意を唱えたい。


さらに島田洋一の

>私は、アメリカでは米共和党のレーガンナイツ(レーガン派)が最も信頼できる勢力だと思っています。ロナルド・レーガンの政治理念に強く共鳴する人たちと緩やかに定義しておきますが、ブッシュ、チェイニーもそこに含まれるでしょう。彼らは、自由主義と民主性を世界に浸透させることが、正義に立脚した平和につながるという信念の下、外交戦略を立てています。色々混乱もありますが、少なくとも、彼らをひとくくりに「ネオコン」と揶揄する機会主義的なリベラル派などよりは、はるかに信用できると思います。


横田早紀江さんの

>願わくば小泉首相も、せめてブッシュ大統領の半分でもいいから拉致問題への情熱を持っていただければと思っています。


櫻井よしこの

>自国民の尊厳と自由を第一とすべき宰相の器とは思えない、ブッシュ大統領とは対照的な反応です。今回のブッシュ大統領の発言は、小泉首相にとって強烈なパンチになったことでしょう。


などの程度の低い発言との差はひどいですね。比較するだけ馬鹿と言ってしまえばそれまでですが、ちょっと質が低すぎるんじゃないんですかというところです。荒木や島田や櫻井なんか、どうでもいいですが、拉致被害者家族である増元氏や横田さんらの勘違い発言は、もう少し何とかしなければいけませんね。

以上、もちろん蓮池さんの考えに賛成しかねる方々は(巣食う会や家族会以外にも)たくさんいるでしょうし、それを支持する私の記事にも不快感を持つ方も少なくないと思います。そういう方は、ぜひブログなりなんなりで、ご意見を明らかにしてくれませんかね? 私も勉強不足でわからないことがたくさんありますから、ぜひ参考にさせていただきたいので、お書きになったら当方まで連絡していただければ幸いです。こちらの記事のコメント欄でもメール:mccrearyアットmail.goo.ne.jp(アットは、いうまでもなく@)でも結構です。よろしくお願いします。

なお、例によって櫻井とか島田とか荒木といった人たちに敬称を付ける気がしませんので略します。また、上に引用した発言は、荒木の発言はこちら、増元氏の発言はこちら、島田、横田さん、櫻井の発言はこちらで記事に引用しています。
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長洲未来の事例から、脳の構造と言語表現の過程について考える

2009-11-22 12:14:48 | スポーツ
前にも書きましたが、女性の中には自分のことを名前で呼ぶ人がいます。

で、米国のフィギュアスケートの選手である長洲未来という人も・・・

  

自分のことを名前で呼んでいるみたいですね。私は彼女のインタビューは聞いたことないんですけど、雑誌なんかを読んだ限りでは自分のことを「未来」って呼んでいます。

改めて調査すると、こちらの動画でも「未来」って言ってます(2011年2月21日追記:下の動画はすでに削除されています。下の追記も参照)。

Mirai Nagasu talked


さて、彼女は日米両国籍でして(両親が日本国籍保持者だから日本国籍、米国生まれだから米国籍)、日本語より英語のほうが得意です。上の動画でもわかります。

そうすると彼女、頭の中で物事を考えるときは(I・・・)っていつも浮かぶはずで、そうすると当然代名詞で基本的には思考しているはずですよね。

ところが日本語では、自分のことを代名詞でなく名前ででてきます。うーん、これはなんなんでしょうか。きわめて興味深いですね。

ヒロコ・グレースが、どっちの言語で考えているんですかという質問をされたとき、英語で考えることもあり日本語で考えることもあるって答えていた記憶がありますが、日本語で言語表現する際は長洲さんは最初に代名詞でなく自分の名前で主格を表すわけです。バイリンガルの脳の中がどのように言語表現を紡ぎだしているのか、なかなか面白そうです。

それはそうと、フィギュアスケートの関係者って、なぜか自分のことを名前で呼びますよねえ。浅田真央とかその姉さんとか、かつては安藤美姫も自分のことを名前で呼んでいたし。浅田真央は、いまはテレビでは名前で呼ぶのをやめたみたいですが、雑誌のインタビューや私生活では名前で呼んでいそうです。私生活は関係ないけどね。

あ、すいません、大げさなタイトルをつけちゃいました。たんなるコケおどしです。ごめんね。

2011年2月21日追記:昨日長洲未来がフィギュアスケートの四大陸選手権に出場したので、この記事のアクセスが大変多かったので、おどろいています。長洲が大会に出場するとこの記事はアクセスがいいのですが、読み終わった後「なんだこれ」と思うんじゃないかな。失望した方はごめんなさい。上に張り付けた動画は削除されましたが、昨日のインタビューではやはり「未来」って呼んでいましたね。
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羽田空港の国際化の話と茨城空港

2009-11-21 22:26:04 | 社会時評
前原国土交通大臣の、羽田空港ハブ化案は、ある意味トラのしっぽを踏んだようなものです。そもそも羽田に4本目の滑走路をつくるに至った際に、明らかに将来の羽田の国際空港本格的復活が視野に入っていたわけです。

成田が、不便なだけならともかく、運行時間の規制が厳しく滑走路が完全満杯状態で、世界中からの就航の申請を却下している現状では、羽田空港を活用するのが一番便利でコスト面もよく、これを活用しないわけがありません。

ところが成田空港は建設に際してご存じの通りの過程が生じてしまい、これに懲りて関空や中部セントレアなどは海の上につくられたくらいです。成田空港建設の惨状は、特にアジア諸国が新空港を建設する際にはかなりの参考にしていると思います。

その結果、政府も政権与党だった自民党も思いっきり成田および千葉県には遠慮するようになっています。それは仕方ないところもあるとは思いますが、いかんせん成田空港はとっくにフルの状態になっていて、限界にもほどがあります。

で、どうも前原さんは、いわゆる根回しの類をせずにかなり思い切ってこのハブ化の意見を述べたようです。蛮勇というべきかもしれませんし、多方面からいろんな考えが噴出しますが、でも早い遅いはともかく、しなければならないことではあったと思います。

だいたい成田空港って、千葉県民と茨城県民(の一部)くらいしか便利じゃありませんよねえ。羽田のほうがずっといいわけです。

私もずいぶん昔ですが、1998年に台湾に行った際、中華航空(チャイナエア)を利用した際羽田から出国しました。当然ながら非常に便利でした。当時は台湾の複雑な状態を鑑みて、あえて羽田空港に追いやったわけですが、羽田から出国・帰国できるのは便利でした。ただし、この航空会社は事故が多い会社ですが。

現在羽田の国際線の運用は、香港・ソウル・上海といった近場のみです。これも時間の問題で拡大することになるでしょう。あと、なぜかウランバートル行の便もあります。

しかし、だからといって成田を廃港するわけにはいきません。このようないい方は良くありませんが、チャラにするにはあまりに膨大な投資と施設整備がされてしまっていますし、また東京レベルの街で空港が1つでは滑走路も足りないし、有事の際の保険の意味でも好ましくありません。あれ、でも横田基地ってどうなんですかね。石原大先生も以前、たしか横田を活用したいなんてことを言っていた記憶が無きにしもあらずですが。

ここで話は変わります。茨城空港wikipedia ただし「百里飛行場」として登録)って、これほんとに開港するんですかね。

ともかく11月19日に官報で告示されたことにより、開港が決定したわけですが、就航が決まっている国内線が皆無という何ともお粗末な状況です。

開港予定は2010年3月11日です。航空自衛隊百里基地を活用する軍民共同空港ですが、それにしてもこんなものに何の利用価値があるというのでしょうか。今のところ予定されている定期便の運航が(webにもあるように)アシアナ航空wikipedia)だけですからねえ。お話にもならんとはこのことでしょう。

このブログはたぶん関東地方の読者が多いと思うので、茨城県の読者の方もいるでしょう。皆さん方は、現在のところは運行の予定がほとんどないので議論の余地すらないのですが、やっぱり羽田や成田をお使いになりますよねえ。おそらくそっちのほうが運賃の割引もいいし、時間も便利ですしねえ。いままで茨城に空港がなくて特に不便だったと嘆く人は、皆無とは言いませんがたぶんごく少数ではないかと思います。そのような少数の方にサービスをする必要ってあるんですかね。あまりにコスト面のことを軽視しすぎていますよね。

最悪、開港直後に廃港(の一歩手前までいく)なんて可能性もあるんじゃないでしょうか。このご時世にこの空港に就航しようという航空会社はそんなにあると思えません。

開港したら、面白半分に遊びに行ってみようかな。できたての空港を見学するのも面白そうな気もします。でも自衛隊基地と共同使用だからどうなのかな。
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