ライプツィヒの夏(別題:怠け者の美学)

映画、旅、その他について語らせていただきます。
タイトルの由来は、ライプツィヒが私の1番好きな街だからです。

フォトログ

2008-03-31 20:42:05 | フォトログ
先週末に、東京は桜がほぼ満開になったようです。関西はそうでもなく、桜は東京は突出して早くなっています。ヒートアイランド現象のせいでしょうが、これもどうかという気がします。

で、自由が丘のプロムナードにある桜がとてもきれいだったので、写真を何枚か紹介します。こういうとき、デジカメを持っているといいですね。







外国人の方も、桜を楽しんでいました。







最後の桜は、世田谷区弦巻で見かけたものです。

今年は、しばらくぶりに京都で桜を見たいと思います。約束はできませんが、もし行けたらこのブログに写真を掲載したいと思います。
コメント (2)   トラックバック (1)

ブログ仲間としばらくぶりに逢う

2008-03-30 20:08:16 | Weblog
私がこのブログを始める直前の2007年11月、ジェーン・バーキンが来日して日本でコンサートをしました。このことについての話は後日このブログでさせていただくとして、このとき、ジェーン・バーキンとシャルロット・ゲンズブールのファン数人が集まって、オフ会が開かれました。

主催したのは、シャルロットのサイトを運営している ゆうさんという方で、私もジェーン・ファンを自称しているので、生まれて初めてだったのですが、オフ会に参加させていただきました。

いったいどんな人たちがくるのかなと思っていましたら、さすがに熱心なファンが多く、彼(女)らのジェーンやシャルロットに対する愛情や知識に驚かされました。正直、私がこの場にいていいのかなとも思いました。

余談ですが、オフ会にいったという話を職場などで知人に話をすると、みんな「怖い」という反応をします。私も知識がなかったので、どんなもんかいなと思っていたのですが、いってみたらとても楽しいものでした。ジェーン・バーキンのファンを10名集めようたって、そんなことを私ができるわけもありませんが、ブログなどをやっていればけっこう容易にホイホイ現れます。これってなかなかすごいことかもしれません。ゆうさんには感謝しています。

さてそのオフ会に、丼ちゃんことHN中映智晶さんという方がいました。彼は、mixiや自分のブログで、フランス語の歌の訳詞を発表している方です。私もそのオフ会で彼と知り合い、その訳詞に感動したので、中映さんのブログにはちょいちょいコメントさせていただいています。彼は関西在住なので、関東に住む私とはなかなかコンタクトが取れない状態なのですが、シルヴィ・ヴァルタンが日本に来たので、彼もコンサートを見るという機会に、申し訳なかったのですが、いっしょにお話をさせていただく時間を設けさせていただきました。

私たちはホットの赤ワインを飲みながら、話を続けました。



(手は、中映さん、砂糖は、会場となったカフェ・ドゥ・マゴのものです。手ぶれしてしまって、お見苦しい写真になってすいません)

中映さんは、30すぎからフランス語を勉強されたそうで、多分語学の才能のある方なのでしょう。

彼からは、2002年にパトリシア・カースからもらったというサイン(そのときのコンサートのチケットにしてもらったもの)を見せてもらいました。これには私も感激してしまいます。



中映さんが語るところによると、カースに「あなたのコンサートを見るために、大阪から来たんだ」みたいな話をフランス語でしたら、カースがとても大喜びしたそうです。

昨日のエントリでも少し話をしましたけど、パトリシア・カースも最近日本に来ることがありません。ぜひ彼女のコンサートには私も行きたいのですが。ちなみに、Kaasというスペルからわかる通り、彼女はドイツ系(ロレーヌ生まれ)です。

また、彼は映画「めがね」にはまってしまい、与論島までロケ地訪問の旅に出かけました。その記事をブログに書いていらっしゃって、私も楽しく読ませていただきました。与論島を気に入った彼は、秋にまたでかけるそうです。いろいろと裏話も聞かせていただきました。

シルヴィの公演が始まるので、彼とは別れましたが、今度は彼の地元で酒でも飲みながら話ができればいいな・・・・と思いました。丼ちゃんこと中映智晶さん、ありがとうございました!

コメント

シルヴィ・ヴァルタンと握手する

2008-03-29 23:59:18 | 音楽関係(CD、コンサート、歌手その他)
現在シルヴィ・ヴァルタンが何回目かの来日公演をしています。彼女は、3月26日には、みのもんたの朝の番組に出演しました。これは、今回の公演をTBSが主催しているためです。知っていれば見たのですが、知らなかったので遺憾ながら見ることができませんでした。



なーんか、写真がほんとに若いころのもので、ちょっとどうかという気が…。彼女は1944年生まれです。


(写真は、TBSのサイトより)

昨年の11月にジェーン・バーキンが来日した際、私もコンサートに出かけ(このときの話はまたこのブログで書くつもりです)、そのときもらったチラシで、彼女の来日公演を知りました。フレンチポップス好きを自称(100年早いけど)している私としては、これは万難を排して行かなければなりませんから、さっそく発売日当日にチケットを買ったのです。そうしたら、前から2列目を買えました。これには正直ちょっと驚きました。

さて当日(28日の金曜日)、やや遅れて会場(渋谷のオーチャードホールです)に到着しました。雨が降っていて、ちょっと足場の悪い日でした。

で、会場に入ると・・・・後ろのほうの席はだいぶ空席でした。

仕方ないといえば仕方ないのですが、やはり少し残念でした。

実はこのコンサート、チケット代がかなり高く、12,000でした。ジェーン・バーキンのコンサートは9,000円だったので、これはどうかなと。個人的には、ジェーンのほうが高くていいのではとも思いますが、これはさまざまな事情があるから仕方ないでしょうが。

客層はというと、女性が70%以上、そして年齢は、50以上の方が男女問わず8割以上というところでしょうか。そして女性の中には、着物を着ている人たちも散見しました。そしてフランス人の観客も多く見かけました。このコンサートは、フランス大使館も後援しています。フランスは、文化事業にはやはり熱心です。

ほぼ同じ年齢(1946年生まれ)のジェーン・バーキンなどは、女性が多いのは同じですが、観客の年齢はずっと若い人が目立ちます。このへん、けっこう差が出てしまっていました。

コンサートは、ギター2人、ベース1人、ピアノ1人、キーボード1人、ホーンセクション4人、コーラス3人、ドラム1人というなかなかの大編成でした。コーラスの女性たちは全員黒人でした。

さて、金色のステージ衣装に身を包んだシルヴィ・ヴァルタンが登場したのですが・・・・。


(写真は、TBSのサイトより)

正直、かなり老けてしまっていました。

また、体格がだいぶよろしくなったようで・・・・。

1944年生まれなのですから、そんなのまったく当然なのですが、しかし2列目なので彼女の顔をかなり近くで見ることができます。かなりしわが目立ちました。

最初に「ギミ・サム・ラヴィン」が歌われ、ボブ・ディランの「風に吹かれて」(歌詞はフランス語)やビートルズの「ドライヴ・マイ・カー」などが続きました。

それで、わりと早めに「あなたにとりこ」が歌われました。

この歌は、CFとかにも使われて、彼女の歌では多分1番知名度が高い(題名は知らなくても、聴いたことはある)歌ではないかと思いますが、私はアンコールがこの曲かなと思っていたので、ちょっと意外でした。

で、20分休憩がありました。休憩のあるコンサートというのもあんまり記憶にありませんが(クラシックはともかく)やはり63歳ですから適度に休息しないと苦しいのでしょうか。

後半青い服で登場した彼女は、傘を持ったりして歌います。

で、最後の2曲目くらいから、花束を持ったファンがステージ前方に駆け寄りはじめました。ジェーン・バーキンのコンサートではこれはおなじみなのですが、シルヴィのコンサートでもそうなのかなと思いました。で、だんだんプレゼントを持たない客もステージ前まで押しかけます。むかし、ボブ・ディランのコンサートで、観客がステージに殺到したのを見たことがありますが、今日はさすがに押しかけても観客はけじめはつけています。

シルヴィと握手する観客もいました。それならというので、私もステージ前に進んで彼女に手を差し伸べました。そうしたら、左手で彼女と手を触れることができました。

私も日本人のタレントとは、結構いろんな人と握手したことがありますが(川原亜矢子、栗山千明、本上まなみその他)、たぶんシルヴィ・ヴァルタンが私が握手した(いや、手が触れたか)女性の中では、世界で最も知名度の高い女性ということになりそうです。いやあ、いい経験をしました。

お出迎えをしようかどうか迷ったのですが、握手できたのでしませんでした。彼女も正直次の来日があるかどうかわかりませんので、コンサートに行ってよかったと思います。

満員ではないコンサートでしたが、観客の満足度は高かったように思います。私もそれなりに満足しました。

それはそうと、パトリシア・カースでも来ませんかね?

コメント (8)

ブダペスト紀行(2006年ー2007年)1

2008-03-27 20:12:28 | 旅(欧州―英国・アイルランド以外)
2006年の年末から2007年の正月にかけて、私は中学からの友人N君(以下彼の敬称は略します)とオーストリアのウィーン,ザルツブルク、ハンガリーのブダペストを旅行しました。全ての旅行記を発表するとなると、たぶん30回くらい書かないと個人的には満足のいくものになりません。それは無理なので、ブダペストの旅のみ書かせていただきます。

2006年12月31日早朝のウィーン西駅は、さほど人が多くありませんでした。年末モードで、出不精になってしまった人が多かったのかもしれません。



ブダペスト行きの列車のコンパートメントに乗り込みます。今回は、列車の切符は日本で手配しました。割高ですが、年末なので日本で予約したのです。列車の込み具合を見ると、そんなに心配するほどのこともありませんでした。



2等のコンパートメントには、Nと私のほかに、オーストリア人の夫婦が乗っていました。たぶん60前後くらいでしょうか。正直、白人の年齢というのは私は的確に判断できません。

列車は、ブダペストへ向かいます。平原ですので、そんなに目を見張るような絶景があるわけはもちろんありません。淡々と列車は進みます。

夫の方は英語が苦手なようでしたが、奥さんはある程度英語が出来ました。少し会話すると、彼女は私たちにオレンジをくれました。親切な人です。そのオレンジの種類は分かりませんが、日本のみかんに近いものでした。柑橘類独特の強いにおいが狭いコンパートメントに広がります。

この夫婦は、旅行でハンガリーへ行くのではなく、何かのビジネスのためのようでした。それが何かは分かりませんでしたが・・・。

列車がオーストリア国境をぬけて、ハンガリーに入りました。前後して、オーストリアの車掌がパスポートをチェックし、次にハンガリーの車掌がパスポートを確認しました。夫婦は、オーストリアのパスポートを見せました。すると彼らはフリーパスで、私たち日本のパスポートはしっかりスタンプを押されました。みると、スタンプはEU共通ですが、列車のマークが入っています。現在は、いわゆる東欧諸国も陸路の場合パスポートチェックがなくなったので、考えてみれば私たちは貴重な経験をしたのかもしれません。



私は夫婦と記念写真を撮りました。Nは、写真を撮りませんでした。

そうこうしているうちに、都市郊外特有の、倉庫その他が現れ始めました。ブダペストです。一説によるとブダペストは、世界の首都で一番美しいとか。私は世界中の首都など知りませんから何とも判断がつきませんが、どのくらい美しいのか自分の眼で確認しなければなりません。

列車が駅に到着します。夫婦と握手をして分かれました。

さて、大晦日ですのでさすがに駅構内も寒く、早く移動しなければなりません。が、まずは両替です。ハンガリーはまだユーロに参加していなくて、フォリントという通貨単位です。ガイドブックには、駅の両替は良くないと書かれていたので、わずか長くしか両替しませんでしたが、本当に悪くてうんざりしました。





駅を出ると、近くのスーパーでとりあえず水を買いました。老女が町を歩いています。なかなか絵になります。



さて、これからブダペストと私たちは、どのような出会いをするでしょうか。
コメント

2008年の海外旅行の予定

2008-03-24 22:39:48 | 旅(海外旅行一般 あるいは上以外の国々)
正直、4月以降の仕事の予定がどうなるかぜんぜん読めなかったので、旅行の予定とかも立てられなかったのですが、なんとか4月過ぎも今の仕事を続けられそうなので、ようやく海外旅行の計画が立てられそうです。で、それを書いてみます。もっともこれは予定というより、願望ですけど(笑)。

4月あるいは5月:ソウルへ行く。ソウルも最後に行ってからしばらく日がたつので、行かないといらいらします。最近ウォン安みたいだからけっこうチャンスかも。

7月末、あるいは8月末:プラハとライプツィヒとベルリンへ行く。さもなければ、スウェーデンかバルト3国でも行く。個人的には、カフカス(グルジア、アルメニア、アゼルバイジャン)へ行きたいんですが、それは来年以降になりそうです。個人的には、カフカスはいいですねえ。今年はやはりチェコ、旧東独かな。欧州も行きたい国がたくさんあって、行ききれません。アイルランドもいいですね。

10月:上海へ行く。中国は、ほんとにわずかしか旅したことがないので、上海に行ってみたいですね。今年は北京五輪の年だから、終わってからの方がいいかな。もしかしたら6月くらいに行っちゃうかも。

11月:香港へ行く。香港$は、米$とレートがリンクしているので、最近のドル安は、香港$安になります。11月までドル安が続くかな。ある程度、ゆっくりした旅行をしてみたいですね。

12月~1月:バンコクかどこかへ行く。今年は、カレンダーを見れば分る通り、わりと曜日の配列がいいんですよね。だから、年末年始の休みでかなり長く旅行ができます。このブログの読者の方々も、次の年末年始は旅行に行くチャンスではないでしょうか。これを逃すと、損です。

以上、経済的裏づけのない全くの願望の旅行計画ですが、全部とは言わずとも、少しは実行しますから、そうしたらこのブログで記事を書きますのでお楽しみに。

さて、しばらく映画の話が続きましたので、次回からまた旅行の記事を書きます。ハンガリーのブダペストの旅行記をしばらく続けます。ブダペストの美しい写真をたくさん載せます。ハプスブルクから共産主義の時代まで激動の日々を送ったこの街の風景を楽しんでください。
コメント (2)

あらま・・・・

2008-03-22 19:20:54 | Weblog
もう、去年の暮れくらいの話らしいので、なんとも時期はずれかもしれませんが、本日新宿御苑近くにあるベトナム料理店「ミュン」なる店に行こうとしたら、なんか様子がおかしいんですよね。もしかしたら・・・と思っていたら、「閉店しました」旨の張り紙が。あらーと思いました。

私はベトナム料理は好きな人間で、米国のニューヨークやフランスのパリに行ったときもベトナム料理をいただきましたが(個人的には、パリはまだしも、ニューヨークでベトナム料理を食べるというのは、かなり複雑な思いがしました)、まだベトナムには行ったことがありません。でも、ベトナム料理はおいしいと思っています。フォーや生春巻きはおいしい。余談ですが、北のほうでは犬も食べるそうですが、ブリジット・バルドーが知ったら(とっくに知っているか)、やっぱり怒るかな。食習慣だから、文句を言っても仕方ないんだけどね。

私が日本のベトナムレストランではじめて行ったのは、池袋にあるサイゴン・レストランです。ここは定期的に行っています。この「ミュン」も、安くておいしいレストランで、私の大好きな店でした。地下にあり、内装もいかにも昔ながらの水商売系の店で独特の雰囲気があり、初めて入るのはちょっと勇気がいるくらいの店でしたが、でも味はよかった。

ビルの立替かどうか、完全閉店なのかちょっと事情がわかりませんが、あの味は惜しかったなあ。

こちらのブログによると、すでに12月には閉まっていたみたいで。今年この店に足を向けたのは初めてだったので、今日知ったというわけです。

はやっていても、レストランとか飲み屋とかカフェとかは、驚くほどあっけなく閉店してしまうもので、私もそのような経験は数知れずですが、今回もこのようなことになってしまい、とても残念です。今後日本にもいろいろなベトナム料理の店が開店するでしょうし、私の知らない店もたくさんあるわけで、そのような店を今後も探求していこうかなと思います。でも、うーん、残念。

それと関連して、韓国というところは、親の仕事を継ぐという精神に欠け、また飲食店の社会的地位が必ずしも高くない(これは、けっこう韓国では決定的なようです)ので、いわゆる老舗の食堂というものが少ないそうです。李氏朝鮮時代や日帝時代から営業している店は希少です。あんな食文化の豊かな国がもったいない。

まったく話は違いますけど、先日のマリアンヌ・フェイスフルの「やわらかい手」の記事を発表した3月20日に、1日あたりのアクセスIP数が100を超え、閲覧数も200を超えました。とりあえず、IPの数を1日100を突破することが最初の目標だったので、なんとかちょうど3ヵ月で突破することができました。これも日本中、あるいは世界中の読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。
コメント

祝!! アニセー・アルヴィナ主演の「フレンズ」DVD発売!!!

2008-03-21 23:15:39 | アニセー・アルヴィナ
すでに3月20日(あるいはもっと前からそうかもしれません)には店頭に並んでいました(私が確認したのは、新宿の高島屋のHMV)けど、アニセー・アルヴィナが主演した映画「フレンズ」のDVDが、ついに発売されました!!!



すいませんねー、一人で喜んでいて。でも私は、この日を何年も心待ちにしていたのです。だから、ブログですので許してください。

アニセー・アルヴィナは、この映画に出演している前に、とあるフランス映画に出演しています。「十代の妊娠している少女」なる役名で、テレビ出演している少女の役だそうです。なーんだか、その後の彼女の運命を占うような気もしますが、「フレンズ」の監督のリュイス・ギルバート(あるいはスタッフ)がこの作品で彼女を知り、「フレンズ」のヒロインに起用したということのようです。



残念ながらアニセーはこの「フレンズ」を超えるインパクトのある作品に出演することがついにありませんでした。十代で妊娠、出産をするという(当時としては)衝撃的なストーリーが、彼女の女優としての幅を狭くしてしまった感は否めません。

また、前にも書きましたとおり、この映画にはアニセーの少女ヌードが何シーンかあります。ちょうどこの映画が製作されたころが映画界もヌードがだんだんと一般化していった時代で、少女ヌードもまだ社会的にうるさくなかったので、かなり大胆なヌードシーンが挿入されていますが、言うまでもなく現代はかなり規制が厳しくなっています。問題視されかねません。

その後、アニセーは映画の中でやたらヌードになっていて、本人も悔しかったりしていたみたいです。余談ですが、彼女がイラン系フランス人であることを紹介しているこのサイトでは、彼女のことをFrance's Sex Icon of the 1970's と表現しています。



なんだかずいぶんいろんなことを書きましたが、この映画はあのエルトン・ジョンが全編歌を担当しています。今日では信じられないくらい贅沢な話です。作詞は、バーニー・トーピンが担当し、ストリングスのアレンジをポール・バックマスターがしています。現在発売されているCDでのトーピンのコメントによると、彼はほとんど映画を見ることもなく作詞をしたという相当なやっつけ仕事だったみたいですが、それでも奇跡のような偶然で彼らがこの映画の音楽を担当してくれました。本当に運のいいことです。

「名画」とは言いませんし、今日ではさして有名な俳優が出演しているわけでもない「フレンズ」ですが、もしDVDを購入していただけるのなら私としてはこんなにうれしいことはないし、そうでなくてももしお近くのレンタルDVD屋でこの映画があったら、そしてもし私のこの記事が頭の片隅にでも残っていましたら、ぜひ借りていただけたらと思います。このブログを読んでいただいている方々にこんなお願いをすることが極めて僭越なことはわかっていますが、ぜひお願いします。決してつまらない映画ではないと思います。もしつまらないとお感じになったら、大変申し訳ないとしかいえませんが、少しでも興味を持っていただけたら本当にありがたく思います。

なお、この場を借りて、アニセー・アルヴィナのファンサイトを主催しているモーラン爺さんに強くお礼を申し上げます。彼の努力とアニセーに対する熱い想いが、日本中のアニセーファンの心を燃え上がらせました。このサイトに出会っていなければ、今でも私は、アニセーの死すら知らないかもしれません。モーランさん、ありがとうございます!!!

念のため、断るまでもありませんが、モーランさんのアニセーに対する強い想いは、当方など比較するのもおこがましいものです。これをご覧になってください。

しかし、「フレンズ」のDVD発売だけで満足するわけにはいきません。「続」もDVD化してほしいし、日本映画でもある「夢・夢のあと」(最近飲酒運転でつかまった高田賢三の監督作品です)のDVDも発売していただかなければなりません。最近亡くなったアラン・ロブ=グリエの監督作品も2本あります。

最後に、この記事を読んだ方が、アニセー・アルヴィナさんに少しでも興味を持っていただいたのなら、前記のモーランさんのサイトをごらんになってください。(たぶん)世界でもっとも充実したアニセーさんについてのサイトです。
コメント (6)

マリアンヌ・フェイスフルが風俗嬢(笑)に-「やわらかい手」

2008-03-20 15:14:38 | 映画
マリアンヌ・フェイスフルの主演映画が日本公開されるという話を聞いたとき、ちょっと私は信じられない思いがしました。まさか、いまどき彼女の主演映画が製作されるとも思わなかったし、ましてやその映画が日本で公開されるというのも私の予想外だったわけです。



で、彼女が風俗嬢(W)-もちろん1946年生まれの彼女は「嬢」ではありませんがーを演じるというのもこれまたおったまげました。重度のヤク中でホームレスの時代もあった彼女が性産業の従事者を演じても、なんら不可解なことではありませんが、しかし60くらいで演じるというのも、彼女自身も予想しなかった出演オファーではなかったでしょうか。

ロンドン郊外に住む、裕福とは言えず職歴も乏しく学歴などもない50代(かな?)の女性が、病気の孫を遠くオーストラリアで治療を受けさせるため、仕事を探します。が、むろんそのような女性が仕事を見つけるのは困難です。職安から相手にされず、銀行も金を貸してくれません。たまたま高い金をくれるという張り紙を見た彼女が向かった先は、風俗店で、オーナーから才能があるといわれてすすめられるのが、いわゆる「手コキ」の仕事。



映画では、オーナーが「これは東京で・・・」なんて話をします。これには失笑してしまいました。

それにしても、マリアンヌ・フェイスフルの容貌の変化と体型の変化は、すごいですね。うーん、これがミック・ジャガーの恋人だったあの女性かと思ううくらいの変化です。最近も映画出演しているから私も知らないわけではないけど、声の変わり方も半端じゃありません。

ついでながら、同じ英国人のジェーン・バーキンもシャーロット・ランプリングも1946年生まれです。1946年て、英国女性の当たり年だったのかな。彼女らはそんなにイメージ変わっていないけど、フェイスフルはすごいですね。

マリアンヌ・フェイスフルの主演映画で一番有名なのは何といっても、(この作品くらいしかないのかもしれませんが)「あの胸にもういちど」です。この「やわらかい手」の公開に合わせて再公開されたのですが、遺憾ながら当方は見逃しました。が、まもなくDVD発売されますので、そうしたらこのブログで記事を書きたいと思います。けっこう日本人にもなじみ深い作品ですので。

さて、彼女は、「才能」があったのか、人気者になり、その余波で仲がよかった同僚は解雇されたり、ライバル店に好条件でスカウトされます。いくらなんでもあんなに彼女を求める行列ができるんかよというような野暮な突っ込みはやめます。



6000ポンド(今レートを調べたら1ポンド200円弱くらいですから、120万円弱くらい)の金を店に前借して息子夫婦に渡しますが、そんな大金(日本人の感覚からすると、用意できなくもない金額という気もしますが)をどうやって入手したかと不審に思った息子が後をつけて、母親の仕事を知り、激しい怒りを持ちます。即刻仕事をやめろと母に厳命しますが、前借金もあるしオーナーと心のふれあいが生じている主人公は悩みます。

これ以上はネタバレになるので書くのをやめますけど、主人公の周辺にいる人たちは、わりと保守的な人間が多いという設定みたいですね。息子しかり、詮索好きの近所の人たちしかり。実態はいざ知らず、なかなか住みにくい環境です。

主人公は、義理の娘(息子の奥さん)と人間関係がよくなく、息子も度重なる困難でヒステリー気味です。近隣住民はわずらわしく、あまり人間関係に恵まれません。そんな彼女が、想像もしなかったセックス産業で人間関係の豊かさ(?)を見つけるというのが皮肉かもしれません。この女性は、それまであまり充実した人生を送ってこなかったのかなと思わせます。

また、セックス産業の関係者たちは、移民が多いというのもなるほどと考えさせられます。オーナーや同僚の女性も移民のようです。映画も、こんな風に見ていれば勉強になります。

内容的には、けっこう面白く見ることができたと思います。英国やロンドンが好きな私には、いろいろな点で興味深いものがありました。

競演陣では、息子を演じた俳優は、少し演技が直線的に過ぎるかなと考えましたが、オーナーの俳優はよかったですね。温かみと厳格さと冷酷さをうまく出していました。彼のような演技が映画をひきしめます。

最後に、ジェニー・アガターがおせっかいな近隣住民の役で出演していました。最近彼女をスクリーンで見た記憶はあんまりなかったのですが、おきれいではありました。やせている女性なので、かなりしわは目立ってしまっていますが。

コメント (4)   トラックバック (1)

川原亜矢子をかまう(2)

2008-03-19 21:46:26 | 映画
せっかく川原亜矢子が、私の「映画「サブリナ」に出演したんですよね」という話に「ありがとうございます!!!」と喜んでくれたのに、平然と「いえ、まだ見ていないんですけど」と語ってしまう私。うーん、やはり私の性格の悪さが出てしまったというべきでしょうか。

というのは冗談で、別に彼女をかまったわけではなく、ただ非常に緊張していたので、つい本当のことを言ってしまったわけです。じつは私が頭の中で考えていた想定問答では、「ええ、そうなんです」というのが彼女の回答だったのですが、やはり現実はなかなかうまくいきませんね。

さて、私からひどいことを言われた川原さんは、その満面の微笑が急に失望と落胆で「ガクッ」という感じになってしまいました。明らかに身体も、がっくりしてしまいました。私のような一般人で、あそこまで川原亜矢子をずっこけさせた人間は、そんなにいないかもしれません(笑)。

しかし彼女は、必死に笑顔を作り、「あ、そうなんですか。映画の中では私はサングラスをかけていますので・・・・」と、とても丁寧に語ってくれました。もしかしたら、川原亜矢子って、すごい性格のいい女性かもしれないぞと私は勝手に考えています。

で、彼女と握手をしました。彼女は右手だったかに指輪をしていて、その指輪が私の手のひらに押し付けられたとき、私はとても幸せな気分になりました。とてもやわらかい手でした。

さて冷静になって、自分の話したことを思い返すと、さすがに後悔しました。川原亜矢子と話ができるなんて、人生そうそうあることでもないので、もうすこしまともなことを話せばよかったと柄にもなく反省しました。

しかし私は、よせばいいものを、職場その他でこの話をゲラゲラ笑いながらしました。その反応は・・・・(いずれも女性)。

Aさん「(微笑みながら聞いていたのが、急に険しい顔になって)McCrearyさん、それじゃあだめじゃないですか」
Bさん「・・・・・・(笑)」
Cさん「こんなきれいな人にそんな口のききかたしなくてもいいとおもうけどねえ・・・・」
Dさん「川原亜矢子って、心の広い人ね」

ろくな反応がかえってきません。当然ですけどね。

のちに川原亜矢子ともう一度私は話す機会があったのですが、その話は(仮にするとしても)別の時に書きたいと思います。

それはそうと、その2回めのイベントの時、たぶん20代半ばくらいの女性が、川原さんに「私ー緊張しちゃってーなに話していいのかぜんぜん分らないんですけどー」なんて、半分涙を流しながら語っていました。彼女は、けっこう熱心なファンがいるみたいですね。
コメント

川原亜矢子をかまう(1)

2008-03-18 19:46:03 | 映画
世の中、後に有名になった俳優が無名時代に映画の中にちらっと登場するということがあります。

有名なのは、「卒業」に現れるリチャード・ドレイファスでしょう。バークレーまでキャサリン・ロスを追っかけるダスティン・ホフマンの下宿に、キャサリンが抗議に訪れるシーンで、興奮したキャサリンが絶叫します。で、大家さんのノーマン・フェル(この人も面白い俳優です)が何事かとやってくると、「警察呼ぼうか」と顔を出す青年がドレイファスです。当時は、クレジットが充実していなかったので、彼の名前も出ません。今なら出るでしょう。



女優・モデルの川原亜矢子も、パリでのモデル時代、アメリカ映画にちらっと姿を見せています。ご存知の方もいるでしょうけど、映画「サブリナ」で彼女の姿をみることが出来ます。この映画で、ジュリア・オーモンドの主人公がパリへ行き、雑誌VOGUEのスタッフの見習いみたいなことをします(つまりこの映画とVOGUEが協力していたわけですね)。パリのオベリスクのある公園の撮影のシーンで、数人のモデルがポーズをとったり佇んでいます。その中の、白い服を着てサングラスをかけているスタイルのいい女性が川原さんです。彼女は、クレジットにも名前が出ていて、AYAKOと表示されています。役名はINDIAですが、なぜこのような名前なのかは私は知りません。


ついでながら、川原さんは「九条の会」の賛同人です。ああ見えて、けっこうリベラルな人なのかな。

で、とある時、私は川原亜矢子のイベントに顔を出しました。たまたま情報を仕入れることができて、短い時間ではありますが、彼女と話をする機会ができたのです。芸能人と話をしたことは何回かありますけど、川原さんはそれなりに大物ですので、私も正直うれしくて仕方ありませんでした。

当日、彼女が会場にいました。黒い上下という格好で、もともとやせている女性が黒い服を着ているので、拒食症かと思うくらいほっそりしていました。さすがモデルです。

私は前の日から、彼女に話すネタを考えていました。結論として、アメリカ映画出演の話をすれば、彼女も悪い気はしないだろうと考えて、この「サブリナ」の話をすることにしました。

私の番が来た時、私は話しました。
McCreary「こんにちはー。確かおでになったんですよねえ、「サブリナ」に」
すると彼女は、満面の笑顔で、答えてくれました。
川原「あ!ご覧になっていただいたんですか!!ありがとうございます!!!」

そんなに世間で知られている話でもないので、彼女もうれしかったのかもしれません。

で、私は平然と答えました。

McCreary「いえ、まだ見ていないんですけど」
コメント (2)